ガルヴォルスLord 第8話「砕かれた想い」
追い込まれたケンジをかばおうとするルナ。彼女の乱入に、ライは攻撃を繰り出すことができなくなっていた。
そこへレナが飛びかかってきた。不意を突かれたライはそのまま横転する。
「ルナ、ケンジくん、早く逃げなさい!」
「お姉ちゃん!」
逃げるように促すレナに、ルナが戸惑いを見せる。だが姉の気持ちを受け入れて、彼女はケンジを連れてこの場を離れる。
「ま、待て!」
ライがケンジを追いかけようとするが、今度はレナに行く手を阻まれた。
「ルナが必死になってケンジくんを守ろうとしている・・だからその邪魔は絶対にさせない!」
立ちはだかるレナに対しても、ライは躊躇を抱いていた。彼は彼女を押しのけてまで、ケンジを追うことができなかった。
そのとき、近づいてくるサイレンが響き渡ってきた。誰かがこの騒動を聞きつけて通報したのだろう。
毒づいたライは近くの建物に向かって飛び込む。窓ガラスを割って建物に飛び込み、ライは姿を消した。
レナはウルフガルヴォルスを追おうとはしなかった。そんな彼女のそばに、パトカーが続々と停車してきた。その中のフェラーリから降りてきたリオンが、いぶかしげな面持ちを浮かべているレナに歩み寄ってきた。
「ここで何があったの!?通報ではあの怪物が現れたそうだけど・・!」
リオンに声をかけられて、レナが我に返って振り返る。
「大丈夫!?ここで起きたことを話してもらえる!?」
リオンに問い詰められる中、レナは思考を巡らせていた。正直に話せば、ケンジに容疑がかかることになる。
「はい。確かに怪物は現れました。怪物はあの窓から建物の中に入っていって・・それから先は分かりません。」
「なるほどね・・・ありがとう。後は私に任せなさい。ケガなどはない?よければ、家まで送るけど・・?」
レナがあえて事実と違う説明をすると、リオンは頷いてみせる。
「いえ、大丈夫です。妹と知り合いを待たせているので・・」
レナはリオンの気遣いを断って、レナとケンジを追っていった。レナを見送って、リオンは部下の刑事たちに指示を出した。
「あなたたちはこの近辺の調査を始めなさい。専用のレーダーは全員持ったわね?」
リオンの呼びかけに刑事たちが答える。リオンの発案により、警察の一部の人間には、ガルヴォルス特有の反応を探知するレーダーを持たされている。これを使えば、人間の姿でいるガルヴォルスさえも探り出すことができるのだ。
「発見したら私に知らせるように。間違っても自分だけで何とかしようとは考えないこと。」
「了解!」
リオンの指示を受けた刑事たちが敬礼を送り、ガルヴォルスを追って散開した。
(ガルヴォルス、お前たちの好きにはさせない・・必ず見つけ出して、この手で・・・)
胸中でガルヴォルス打倒の決意を強めて、リオンもガルヴォルスを追って駆け出した。
ガルヴォルスとしての姿をレナとルナに明かすことになったケンジ。彼はルナに連れられて、近くの公園に駆け込んでいた。
「ハァ・・ハァ・・ここまで来れば大丈夫かな・・・」
公園の外に眼を向けながら、ルナが呼吸を整える。ケンジも気持ちを落ち着けようと必死になっていた。
「ルナちゃん・・・僕が怖くないの!?・・僕は、こんな怪物・・・」
恐る恐る口を開くケンジ。するとルナは一瞬戸惑いを見せるも、すぐに微笑みかけてきた。
「大丈夫ですよ。私もお姉ちゃんも、そういうのはあまり気にしないほうですから。」
ルナのこの言葉を予想していなかったのか、ケンジは当惑を見せる。
「たとえ人間でなくても、怪物の姿になっても、ケンジさんはケンジさんであることに変わりないですよ・・・」
ルナに励まされて、ケンジは徐々に安らぎを感じ出していた。怪物としての姿を見せても、態度や考えを変えない彼女に、彼は心を突き動かされていた。
「ありがとう、ルナちゃん・・・君たちがいなかったら、僕は弱いままだった・・・ありがとう・・・」
「いいんですよ、ケンジさん。私とお姉ちゃんも、いろいろとケンジさんに励まされたことが多いですし。」
感謝の言葉をかけるケンジに、ルナが照れ笑いを浮かべた。
ルナとケンジを追って街を駆け回っていたレナ。その最中、彼女はライの姿を目の当たりにする。
「あれはライ・・ライ!」
レナが呼びかけると、ライがその声に気付いて振り返ってきた。レナが急いでライに駆け寄り、笑みを見せる。
「レナ・・・」
ライはレナに言葉を切り出すことができないでいた。ケンジを倒そうとしたところへレナとルナに立ちはだかられ、ライは攻撃することにためらった。
「ライ、いきなり悪いんだけどお願いがあるの。ルナとケンジさんを探してもらえない?」
レナのこの頼みを、ライは素直に受け入れることができなかった。もしもこれを受け入れれば、ガルヴォルスであるケンジに感情移入することになる。ライにとって、それは絶対に許されないことだった。
「レナ・・アイツ、ガルヴォルスだったんだよな・・あのケンジっての・・・」
「・・・知ってたの・・・!?」
ライが唐突にもらした言葉に、レナは一瞬当惑する。
「さっき、オレ、見てたんだ・・アイツが、ガルヴォルスから人間に戻ったのを・・・」
「なるほどね・・でもそれでも構わない。ケンジくんがガルヴォルスであってもね。多分、ルナも同じ気持ちだと思う。」
切実に心境を告げるレナだが、ライはその考えに対して怪訝な気持ちを覚えていた。
「何でお前ら、ガルヴォルスに心を許そうとするんだよ・・カナメだってそうだ。どいつもこいつも、ガルヴォルスに甘すぎるんだよ!」
「・・そうかな・・・」
感情をあらわにするライの言葉に、レナは困惑の面持ちを見せる。
「聞いた話、ガルヴォルスは元々は人間だったんだって。ガルヴォルスを憎むことは、人間を憎むことと同じ・・」
「バカなことを言うな!」
レナが切り出した言葉に、ライが憤慨をあらわにする。だがレナはその怒号に追い込まれてはいなかった。
「ガルヴォルスは人間じゃない!人間が、人間を食い物にするなんてバカなこと!」
込み上げる怒りを抱えたまま、ライはケンジを追って駆け出した。いたたまれない気持ちを覚えながら、レナもルナとケンジを追いかけていった。
公園内にて、近くのベンチで腰を下ろしていたルナとケンジ。2人はレナを待ちながら、気持ちを落ち着かせようとしていた。
「お姉ちゃん、遅いなぁ。もしかして、違うところを探してるのかな・・?」
ベンチに座ったまま左右を見回すルナ。心配になっている彼女に、ケンジが優しく微笑みかけてきた。
「大丈夫だと思うよ。レナちゃんはルナちゃんのお姉ちゃん。互いに心配しあってるなら、レナちゃんはすぐにここに来るよ。」
「ケンジさん・・・すみません。何か、気を遣わせてしまって・・」
励ましの言葉をかけるケンジに、ルナは申し訳なさそうに答える。だがケンジは笑顔を絶やさなかった。
「いいんだよ。僕はレナちゃんとルナちゃんが笑顔でいてくれれば、それが僕の笑顔になるから・・・」
「・・ありがとう、ケンジさん・・・」
ルナがケンジに素直に感謝の言葉をかけた。だがルナは唐突に言葉を切り出した。
「ケンジさん・・・ケンジさんは、昔のままのケンジさんですよね・・・?」
その言葉を聞いて、ケンジが笑みを消した。
「こうして優しくしてくれるのは、私はすごく嬉しい。お姉ちゃんも、同じ気持ちになると思う・・でもそれは、昔から変わっていないものだよね・・・?」
ルナの問いかけにケンジは答えることができなかった。それを気まずく思って、ルナが慌てて弁解を入れる。
「ゴ、ゴメンなさい・・私、そんなつもりは・・・」
動揺を見せるルナに、ケンジは笑顔を取り戻した。
そのとき、2人の女性警官がケンジとルナの前に現れた。
「この反応・・間違いないですね・・樋口警部に連絡を入れましょう。」
「待ちなさい。この人、とても大人しそうだから、任意同行させればいいと思うのよ。このまま連れて行くわよ。」
警官の意味深な会話にルナもケンジも当惑を見せる。
「すみませんが、ちょっとそこまでご同行願いますか?」
「えっ?な、何なんですか、いきなり・・・!?」
突然の警官の言葉にケンジが疑問を投げかける。
「あなたが事件の犯人であるという証言が出ています。事情を聞かせてください。」
「ち、ちょっと待ってください!ケンジさんは悪いことは何もしてません!」
警官が無理矢理ケンジを引っ張り上げようとしたとき、ルナが止めに入る。だが警官たちはそれを聞き入れようとせず、逆にルナを突き飛ばした。
「ルナちゃん!」
たまらず声を上げるケンジ。おもむろに救いを求める視線を周囲に見せるが、人々は押し黙ったまま、ケンジとルナを助けようとしない。
その瞬間、ケンジの中で何かが壊れた。そして彼はこう思った。もはやルナとレナを守れるのは自分しかいない。周囲にいる者は全て、彼女たちに危害を加える外敵であると。
「やめろ・・ルナちゃんを傷つけるな!」
ケンジはいきり立って、腕をつかんでいる警官の手を振り払った。あまりに勢いがつきすぎたため、その警官がその拍子で倒れてしまう。
「こ、このっ!・・こんなことをして、公務執行妨害で逮捕するわよ!」
「ふざけるな・・関係ないルナちゃんにこんなことをして、何が公務だ・・何が警察だ・・・!」
顔を強張らせる警官に対し、怒りをあらわにするケンジの頬に異様な紋様が走る。
「殺してやる・・全員、皆殺しにしてやる!」
その怒りを爆発させると同時に、ケンジの姿が変貌する。コガネムシの姿をしたダングビートルガルヴォルスに。
「・・バ、バケモノ!」
「キャアッ!」
その姿を人々が悲鳴を上げてその場から逃げ出していく。それに眼もくれず、ケンジは身構える警官たちに歩み寄る。
「や、やっぱりガルヴォルス・・・!?」
「ルナちゃんを傷つけたお前たちを、僕は絶対に許さない!」
気圧される警官たちに向けて、ケンジが口から金粉の霧を吐き出した。死の金の霧に包まれて、警官たちが苦痛を覚える。
「な、何、これは・・・!?」
「体が、動かない・・息が、できない・・・!」
悶え苦しむ警官たちの動きが徐々に小さくなる。やがて全身を金で包まれ、2人の警官は微動だにしなくなる。
息絶えた警官を前にして、ケンジは哄笑を上げていた。その姿にルナは驚愕を隠せなかった。
「僕は守るんだ・・ルナちゃんとレナちゃんを・・・!」
「ケンジさん、やめて・・私はそこまでしてほしいなんて思っていません・・・」
感情をむき出しにするケンジ。ルナが体を震わせながら呼びかけるが、ケンジには届いていない。
ケンジはガルヴォルスの牙の矛先を、周囲の怯える人々に向ける。口から吐き出された金粉が、次々と人々の動きを止めて息の根を止めていく。
「お願い、ケンジさん・・・お願いだからやめて!」
眼から大粒の涙をこぼして叫ぶルナ。それでもケンジは立ち止まろうとしない。
そんな混乱に満ちた公園に、その騒ぎを聞きつけてライとレナが駆けつけてきた。暴走するケンジを目の当たりにして、レナが驚愕を覚える。
「な、何だよ、これは・・・!?」
声を振り絞るライの傍らで、レナがルナに駆け込んだ。
「ルナ、何があったの!?どうしてケンジくんが・・・!?」
「お姉ちゃん・・ケンジさんが・・ケンジさんが・・・!」
レナが呼びかけるが、ルナは体を震わせていてまともに答えることができない状態にあった。
「ケンジくん、やめて!ルナのためにも!」
レナは暴走するケンジに歩み寄る。だが見境をなくしていたケンジは、駆け寄ろうとしたレナに向けて金粉を吐きかける。
「レナ!」
そこへライが飛び込み、レナを引き寄せて金粉から守った。その拍子で倒れながら、2人はケンジに眼を向ける。
ケンジはレナとルナを気にも留めず、人々を狙って歩き出してしまった。その瞬間、レナは何かが壊れたような気分を感じて、その場で肩を落とす。
「ダメ・・私はもう、どうすることもできない・・・」
絶望感に打ちひしがれるレナを、ライはただただ見つめていた。
「私の声も、ルナの声も、もうケンジくんには届かない・・・」
「レナ・・・」
「アイツはルナの心を傷つけた・・だからすぐにでも殺してやりたい・・・でもあの人はケンジくん!紛れもないケンジくんなのよ!・・ケンジくんを殺しても、ルナの心を傷つけてしまう・・・」
込み上げてくる涙を抑えきれないでいるレナ。その悲しみに感化して、ライが彼女を抱きしめてきた。
「もういい・・もういいって、レナ・・・!」
「ライ・・・!?」
ライの言葉にレナが眼を見開く。
「アイツのために、そこまで思いつめるな・・・お前がそういう風に抱え込んじまったら、オレも、カナメも、ルナまで・・・!」
「ライ・・・ルナ・・・」
ライの言葉に、抑え込んでいた感情をあらわにするレナ。ライは1人立ち上がり、ケンジが進んでいった方向に眼を向ける。
(レナ、ルナ、待っていろ・・アイツは、オレが!)
いきり立ったライは、ケンジを追って駆け出していった。レナもルナも、駆け抜けている彼の後ろ姿を見送るしかなかった。
ガルヴォルスの力と憎悪に駆り立てられて、人々を襲っていくケンジ。そんな彼の前に、ライが姿を現した。
もはやケンジには、人としての理性を完全に失っていた。もはや言葉を発することもままならなくなり、獣の咆哮を上げるばかりだった。
「お前はアイツらを裏切った・・あれだけ信じていたレナとルナの気持ちを、お前はぶち壊したんだ・・・!」
怒りを募らせるライだが、ケンジはひたすら唸るだけだった。
「オレはアイツらを悲しませたくない・・・だから、オレはお前を倒す!」
言い放つライの頬に紋様が走る。そして彼の姿が狼の怪物へと変貌する。
ケンジがいきり立ってライに飛びかかる。振りかざしたケンジの爪をかわして、ライが拳を繰り出そうとする。
そこへケンジが口から金粉を吐き出してくる。繰り出した右腕に金粉が付着し、その自由を鈍らせる。
(くそっ!これじゃ右手が使えないし、皮膚呼吸が・・!)
息苦しさを覚えつつ、胸中で毒づくライ。ケンジが咆哮を上げながら、ライにさらに飛びかかる。
動きの鈍っているライは、爪を振り上げるケンジにのしかかられて倒される。
(組み付いたら金粉にやられる・・・!)
危機感を覚えたライがとっさにケンジに一蹴を繰り出して突き飛ばす。そして間髪置かずに身を翻して、ライはケンジとの距離を取る。もしこの動作をすぐにしなければ、さらに金粉を吹きかけられて動けなくなっていたところである。
悪戦苦闘を強いられるライを、ケンジが眼を見開いて見据える。追い込まれるライの脳裏に、悲しみに陥っているレナとルナの姿がよぎる。
「オレはここで負けるわけにはいかない・・もうこれ以上、お前らのために悲しむ人を増やしたくないんだ!」
激情に駆り立てられるライが、金に包まれている右手に力を込める。
「オレは、お前らガルヴォルスの好き勝手には絶対にさせない!」
叫ぶライの右手に張り付いていた金が打ち砕かれ、右の拳が強く握り締められる。その拳にさらに力を込めて、ライがケンジに向かって駆け出す。
ケンジが口から金粉の霧を吐きかける。だがライは立ち止まることなく、金粉の霧を突っ切っていく。
そして全力で拳を繰り出すライ。その一撃がケンジの体にめり込み、さらに体を貫く。
ケンジの体から鮮血が飛び散り、口からも金粉ではなく紅い血が吐き出される。
「・・どうして、あの2人を裏切っちまったんだよ・・・!」
ライは喉から押し出すように声を振り絞ると、ケンジから拳を引き抜く。さらに鮮血がまき散らされ、脱力したケンジの姿が人間に戻る。
「ライ、くん・・ゴメン・・・ありが・・とう・・・」
物悲しい笑みを浮かべて、謝罪と感謝を告げるケンジの体が石のように固まる。そして前のめりに倒れてライにぶつかると、砂のように崩れ去り、風に流れていった。
手にこぼれたその亡骸を見つめて、ライは歯がゆさを感じていた。激情を抑えることができず、彼はその手を強く握り締めた。
悲しみに暮れるレナとルナのもとに戻ってきたライ。彼の帰還に気付いたレナが、涙ながらに歩み寄る。
「ライ・・ケンジくんは、もう・・・」
レナが言いかけるが、ライは歯がゆさを浮かべるばかりで何も答えない。それがケンジの死を意味していると悟り、レナも物悲しい笑みを浮かべる。
「ライ、ゴメン・・あなたにいろいろと背負わせちゃって・・・」
レナはライにすがりつき、さらに泣きじゃくる。
「ケンジくん、救われたのかな・・私やルナを守りたい、ううん、守らなくちゃいけないっていう重さを抱えていた・・それが逆に、ケンジくん自身を追い詰めていっちゃってたのかな・・・」
淡々と語りかけるレナに、ライは声をかけることができなかった。自分の中のガルヴォルスへの憎悪と、ケンジを想い絶望感に浸るレナとルナの感情。その2つにさいなまれたことで、ライの歯がゆさはさらに強まっていた。
それでもガルヴォルスを倒さなければならない。でなければ、ケンジを失ったレナやルナのように、悲しい思いをする人間を増やすことになる。
その葛藤と激情が、ライの心を大きく揺さぶっていた。
次回
「警察なんて信じらんないよ・・・」
「大丈夫!あなたは私が守ってみせるから・・・!」
「人間とガルヴォルス。絶対に和解することはできないのよ。」
「相手はガルヴォルスよ!殺しても構わないわ!」