ガルヴォルスLord 第7話「導かれる気持ち」
ガルヴォルスの件から、ライはカナメとのすれ違いを感じていた。人間でありながらガルヴォルスに感情移入している彼女の言動が、彼には理解できなかったのだ。
しかし何を考えていようとも、人間であることに変わりはない。ライはカイリからの言葉を促される形で、カナメに謝ることを決めた。
朝、大学に向かおうとしていたカナメに、ライは声をかけた。
「この前はすまない・・オレ、言い過ぎた・・・」
ライに声をかけられて、カナメが振り向いた。
「お前の気持ちをまるで考えず、オレの考えを一方的に・・・すまなかった・・・」
「ライ・・・それなら私も謝らなくちゃいけない・・あなたの気に障ることを言ってしまったのに、自分の気持ちばかり・・・ごめんなさい・・・」
ライの言葉を受けて、カナメも謝罪の言葉を返した。
「ライもいろいろあって辛いものを抱えてるんだよね・・・もし、もしよければでいいんだけど・・いろいろライの相談にも乗ってあげられればって思ってる・・・余計なお世話だっていうなら、心の片隅にでも入れておいてくれればいいよ・・・」
「そうか・・じゃ、そうさせてもらうよ・・・」
カナメの切実な気持ちを、ライは憮然さを見せながら答える。
「ところで、ひとつお願いがあるんだけど・・」
「お願い?」
「この前のレナとルナちゃんとの買い物のときにいろいろあって、ちゃんと買い物ができなかったのよね・・近いうちにまた行こうってことになったんだけど、多分いろいろと買い込んでしまうと思うのよ。」
「それでオレに荷物持ちをしろっていうのか?お断りだな。オレは別に買い込むほどの買い物の予定はないぞ。」
「お昼ご飯、私がおごるから、それでお願い・・・」
「・・・仕方がないな・・・」
カナメの申し出に肩を落としながらも、ライは引き受けることにした。するとカナメがライに笑顔を見せて、活気を取り戻して家を出た。
そしてその買い物の日。カナメ、レナ、ルナの買い物は、カナメの予想通り大量となっていた。
その荷物を持たされて、ライは不満を浮かべていた。それを気に留めていないのか、カナメたちは自分たちの買い物に没頭していた。
「ハァ・・まだ買い物するつもりなのかよ・・全く・・」
「文句はなしだよ、ライくん。女の子の買い物は多いものだよ。」
愚痴をこぼすライに、同じく荷物持ちをしているカイリが言いとがめる。それでもライから不満は消えなかった。
「どうやら、カナメちゃんとは仲直りできたみたいだね。」
「別に最初から仲良しってわけでもないんだけどな。」
安堵を見せるカイリに、ライはさらに憮然とした態度を見せていた。
「ねぇ、次はあの店に行ってみよう♪」
「そろそろ休憩にしないと。荷物を持ってくれてるライやカイリさんに悪いでしょうから。」
乗り気になっているルナをいさめて、カナメがライとカイリを気遣う。
「そうね。どこか休憩できる場所を探すとするわね。」
レナもそれに同意して、ライとカイリを促した。そして彼らは近くのファミリーレストランに立ち寄った。
テーブル席に着いて、メニューを眺めていたときのことだった。
「ご注文はお決まりでしょうか・・?」
1人のウェイターがライたちに注文を取りに来た。レナが注文しようとウェイターに眼を向けたときだった。
「あれ?・・あなた、もしかして・・・?」
「えっ・・・?」
レナにはそのウェイターの顔に見覚えがあった。そしてルナにも。
「まさか・・レナちゃん・・それに、ルナちゃん・・・」
「・・・ホ、ホントだぁ♪ケンジさんだぁ♪」
ウェイター、金城(かねしろ)ケンジもレナとルナに見覚えがあり、ルナが喜んで笑顔を振りまいた。
「レナさん、ルナさん、知り合いなのかい?」
カイリが訊ねると、レナが笑みをこぼして頷く。
「金城ケンジ。私の高校の同級生。といっても1年生のときだけなんだけどね。」
「あの後、僕は父さんの仕事の関係で引っ越してしまって・・でも専門学校で勉強するためにまたこっちに戻ってこれたよ・・・」
「なるほどねぇ・・でも、相変わらずって感じがするわね。もちろんいい意味でね。」
「レナちゃんも昔と変わっていないね。レナちゃんに言われるといい意味って感じがしないよ。」
旧友同士の再会に笑みをこぼすレナとケンジ。
「それよりケンジくん、早く注文を取らなくていいのかなぁ?」
「あ、いけない!君たちと久しぶりに会って、つい・・・」
レナがからかうと、ケンジは慌しい様子を見せて仕事に戻る。彼らから改めて注文を取ると、急いでキッチンへと向かった。
「間の抜けたところも相変わらずのようね。」
「お姉ちゃん、あんまりケンジさんをいじめたらダメだって。」
レナのからかいの態度にたまりかねて、ルナが言いとがめてきた。
「さてと。せっかくのドリンクバーだから、いろいろと飲んでみちゃおうかな♪」
「気分よくするのもいいけど、あんまりガブガブ飲まないでよね、ルナ。」
上機嫌で席を立つルナに、レナがからかってくる。
「もう、お姉ちゃんったら。私はいつまでも子供じゃないんだからね・・うわっ!」
ルナが反論したときだった。通りがかった長い茶髪の女子高生がルナにぶつかってきた。
「もう、気をつけてよね!」
「ゴ、ゴメンなさい・・」
ルナに文句を言うと、女子高生はすぐにその場を離れていってしまった。
「ルナ、だから言ったじゃないの。」
肩を落とすレナに、ルナは苦笑いを浮かべるしかなかった。
その日の夜、その女子高生は友達と遅くまで遊び回っていた。夜遅くに帰宅することを悪びれる様子も見せず、彼女は岐路に着いていた。
「ハァ。ホントはもう2、3件立ち寄りたかったんだけどなぁ。」
不満を口にしながら家に向かう女子高生。家に続く道へと曲がったとき、彼女は驚愕して足を止める。
彼女の眼前にはコガネムシを彷彿とさせる怪物、ダングビートルガルヴォルスが立ちはだかっていた。
「バ、バケモノ・・・!?」
恐怖し悲鳴を上げる女子高生。ダングビートルガルヴォルスが、口から金粉を吐き出してきた。
「な、何、コレ!?・・イヤ・・・!」
取り巻き付着する金粉に翻弄される女子高生。その体についた金粉は徐々に固まり、彼女の自由を奪っていく。
やがて金粉が全身にまとわりつき、女子高生は完全に動かなくなった。それは彼女の死の直前を意味していた。
金は皮膚呼吸を断絶する毒でもある。その美しき猛毒に犯されて、女子高生は怪物の眼の前で息絶えた。
「おはようございまーす♪」
その翌日、ルナはカイリの店を訪れると、元気よく挨拶をする。
「おはよう、ルナちゃん・・あれ?レナちゃんは?」
「えっ?・・えっと、お姉ちゃんは、その・・・」
カイリに訊ねられて、ルナがそわそわする。その様子を見て、カイリは微笑んで頷く。
「もしかして急用かな?それならその分の給料は差し引かないといけないね。」
笑顔のまま厳しいことを言うカイリに、ルナはただただ苦笑いを浮かべるばかりだった。
そのとき、TVでは奇怪な事件についてのニュースが放送されていた。女子高生が金の像となって死亡するというものだった。
その被害者にルナは覚えがあった。
「この人、この前私がぶつかってしまった人ですよ!」
「えっ・・・?」
ルナの声に促されるように、カイリもTVを凝視する。
「あ、本当だ。確かにあの子だ。」
カイリも頷いて、さらにニュースに耳を傾けていた。
人間が金の像にされるという奇怪な事件。その現場は警官と刑事たちが駆けつけてきた。
その警戒網を訪れた1台のフェラーリ車。停車したそれから降りてきたのは、背中の辺りまで伸びた黒髪、レディーススーツを身にまとった女性だった。
樋口(ひぐち)リオン。日本警察所属の警部で、特別査察官も兼任している。頭脳明晰、運動神経抜群。まさに刑事の鏡と呼べる人物だった。
「またこのおかしな事件なのね・・・金の像に関してはこれで5件目。他のものを含めたら、本当に数えたらきりがないくらい。」
リオンは部下からの報告を受けて、嘆息をつく。
「リオン警部、これはいったい・・・何者の仕業なのでしょうか・・・?」
警官の1人が疑問を投げかけると、リオンは検証が続けられている現場を見回してから答える。
「これはガルヴォルスの仕業ね。このような不可解な手口、よほどの変質者か連中ぐらいでしょうね。」
「ガルヴォルス・・・?」
リオンが口にした言葉に警官がさらに疑問を募らせる。
「分かりやすく言えば、ガルヴォルスは人間の進化。怪物の姿になって、人を襲うのよ。あのようにね。」
リオンは警官に説明しながら、金にされた女子高生を指し示した。
「そ、そんなバカなことが現実に起こりうるなど・・・」
「私も本当なら信じたくはないわ。でも眼の前で起きていることこそ現実。非現実的に思えても、受け止めるしかないのよ。」
不安を口にする警官にリオンが冷静に言いかける。
「とにかく、今、私たちがやらなければならないのは、この事件の犯人を拘束すること。最悪の場合、息の根を止めることも覚悟しておきなさい。相手は怪物。侮っていると、私たちが食い物にされるわよ。」
「は、はい・・・」
リオンの呼びかけに警官は緊迫を募らせて答える。彼女は刑事数人を招集して、さらなる調査を続けた。
ケンジが気がかりになってしまい、レナはカナメを連れ出して昨日訪れたレストランに来ていた。無理矢理引っ張られたカナメは、レナに不満を見せていた。
「どうして私を連れ出すのよ、レナ・・」
「1人で行ったら他の誰かにナンパされちゃうじゃないの。」
その不満にレナは悠然と答える。2人がレストランに入ろうとすると、
「あれ?レナちゃん?」
レナとカナメはケンジに背後から声をかけられたのだった。
「あ、ケンジくん・・ちょっと心配になっちゃって・・・ケンジくん、笑顔はいいけどよく失敗もするから。」
「アハハ、とんでもないことを簡単に言うね、相変わらず君は。」
レナが言いかけると、ケンジが苦笑する。
「ケンジくん、今日は何時までバイト?」
「え?今日は午前中だけど・・」
「よかった。私とルナも午前で終わるから、また会わないかな?ルナが会いたがってたから。」
レナから事情を聞くと、ケンジは快くこの申し出を引き受けた。
そしてその日の午後、レナはルナを連れて、レストランに向かった。そのレストランの前でケンジは待っていた。
「本当によかったです。ケンジさんとこんなすぐに会えたなんて・・」
「もし都合が合うなら、僕はいつでも君たちに会うよ。」
笑顔を見せて声をかけるルナに、ケンジも笑顔を返した。嬉しそうな2人を見て、レナも安堵の笑みをこぼしていた。
「もう、ルナったら、何気にわがままを言ってくるんだから。」
「何言ってるのよ。わがままの数だったら、お姉ちゃんのほうが断然多いんだからね。」
レナがからかうと、ルナが反論する。図星を言われて言葉を詰まらせ、レナは言葉を返せなくなった。
「ケンジさん、実は私、ずっとケンジさんが優しい人だって思っていたんです。私が困っているときに、いつも私を支えてくれたのは、お姉ちゃんとケンジさんでしたから・・・こういう言い方をすると、甘えているように聞こえてしまいますね。」
自分の中に秘めていた想いを告げるも、照れ笑いを浮かべてしまうルナ。しかしそれでもケンジは誠実に受け止めていた。
「僕も、君とレナちゃんのことは大切に思っているよ。でも君たち姉妹の仲の良さには敵わない。僕の入る余地なんてとてもとても・・」
「もう、ケンジくんったら、いつそんなお世辞なんて覚えてきたのよ。」
真面目に答えたケンジに、レナが照れ笑いを見せた。
「そうだ。何か飲み物を買ってくるよ。ジュース系でいいかな?」
「えっ?いいんですか?いいですよ、そんな。ケンジさんにそこまでしてもらうなんて・・」
ケンジの気遣いにルナが申し訳ない心境を見せる。だがケンジは笑顔を見せて弁解する。
「いいんだよ。僕はレナちゃんとルナちゃんが好きなだけなんだから。君たちが甘えてくれるなら、僕としては幸せなんだから。」
「そんなこと言っちゃっていいの?人が良すぎると、いろいろと利用されちゃうわよ。」
レナにからかわれて、ケンジが苦笑を浮かべる。
「それじゃ、ちょっと行ってくるよ。君たちはここで待ってて。」
ケンジはレナとルナに言いかけると、近くの自販機に向かって駆けていった。
「本当に優しいね、ケンジさん。でも何だか悪い気もしてる。ケンジさんに甘えてしまってる気がして・・」
「気にしなくていいのよ、ルナ。ケンジくんも好きでやってることだし、痛い目を見れば懲りるわよ。」
心配するルナに、レナは悠然と弁解する。その励ましを受けて、ルナは笑顔を取り戻した。
そんな2人のところに、数人の女子高生が突然取り囲んできた。その異様な様子にルナは不安を覚え、レナが戦慄を覚える。
「コイツだよね、ぶつかられたってのは。」
「そうそう。もしかして昨日のアレも、コイツの仕業かもしんないよ。」
「単刀直入に聞くよ。うちのダチをやったの、アンタかい?」
女子高生たちが口々にルナに言い寄ってくる。その態度と言動に、ついにレナが反論する。
「いろいろ言ってくれるじゃないの。ルナが何かしたとでもいうの?」
「あぁ。昨日、レストランでダチがそいつにぶつけられたんだよ。」
女子高生が告げた言葉に、レナは昨日のレストランでの出来事を思い返す。
「もしかして、昨日の・・・」
「そうよ。その立ちがあんなことになっちゃってさ。コイツがやったんじゃないかって考えてるわけ。」
女子高生のこの言葉に、レナが顔を強張らせる。
「言いがかりはやめなさい!ルナはあんなおかしなことをする子じゃない!」
「そいつをかばうっての?いい度胸じゃない。」
「それじゃなかよく、あたしらの軍門に下ってもらおうかい!」
声を荒げるレナをあざけり、女子高生がついに力ずくの行為に出た。レナとルナを引っつかみ、平手打ちを見舞う。
「イヤッ!やめて!私はそんなことはしない!」
「やめなさい、あなたたち!ルナに手を出すなら、私はあなたたちを・・・!」
悲鳴を上げるルナの危機に、レナは憎悪をあらわにしたときだった。
「2人から離れろ、君たち!」
そこへケンジの声が飛び込み、女子高生たちが手を止める。その声にレナとルナも当惑を見せる。
「レナちゃん、ルナちゃん・・・よくも2人を・・・許さないよ・・君たちを・・・!」
憤りを浮かべるケンジ。その頬に異様な紋様が浮かび上がり、レナとルナが眼を疑う。
「ま、まさか・・・!?」
その変貌に思わず声を荒げるルナ。その眼前で、ケンジの姿がコガネムシの怪物へと変わる。
「バ、バケモノ!?・・こんなことって・・・!?」
「もしかして、この怪物の仕業なんじゃ・・・!?」
女子高生たちが悲鳴を上げて、レナとルナから離れて逃げようとする。だがケンジは彼女たちを見逃そうとしなかった。
眼を見開くと大きく跳躍し、一気に女子高生達の前に降り立つ。さらに恐怖を募らせる彼女たちを、彼は鋭く見据える。
「許さないと言ったはずだよ・・・!」
ケンジは低く告げると、口から金粉を吹き出す。その霧が女子高生たちに取り付き、徐々に自由を奪っていく。
「ちょっと・・何なのよ、コレ・・!?」
「体が動かない・・・そんなのって・・・!?」
悲鳴を上げる女子高生たち。金粉に全身を包まれて、その悲鳴も徐々に弱まっていく。
やがて女子高生たちは全員、金の像と化して動かなくなってしまった。その変わり果てた姿を眼にして、ケンジが笑みをこぼす。
突然のケンジの変貌に、レナもルナも動揺を隠せなかった。
この日のバイトを終えると、レナとルナの様子を見に行ってほしいとカイリに言われ、ライはふてくされながら街に来ていた。
「どうしてオレが2人の様子を見に行かなくちゃならないんだ。いくら自分もカナメも手が放せないからって。」
道を歩きながら不満を呟くライ。そのとき、彼はガルヴォルスの気配を感じ取り、緊迫を覚える。
(この感じは・・またガルヴォルスが・・・!?)
いきり立ったライは駆け出し、その気配の行方を追った。そして彼はレナ、ルナ、ダングビートルガルヴォルスを発見する。
「レナ、ルナ・・・アイツらの心を弄ぶな、バケモノが!」
怒りを膨らませたライがウルフガルヴォルスへの変貌を遂げる。そして一気に飛びかかり、ケンジに拳を見舞う。
「えっ!?」
「ガルヴォルス・・・!?」
ウルフガルヴォルスの乱入にレナとルナが驚愕する。突き飛ばされたケンジが踏みとどまるが、ライは追撃の一蹴を繰り出す。
さらに振りかざしてきたライの拳を、ケンジはとっさに受け止める。
「何なんだ、君は!?どうしてこんな・・・!?」
「ガルヴォルスは全てオレの敵だ!全員オレが叩き潰してやる!」
問い詰めるケンジだが、ライは怒りを強めてそれを一蹴する。そしてケンジに受け止められていた拳を強引に突き出す。
強烈な一撃を受けて後方の壁に叩きつけられるケンジ。吐血してひざを付く彼の姿が人間へと戻る。
「ケンジさん!」
息を切らしたケンジを目の当たりにして、ルナが声を荒げる。満身創痍に陥った彼の前にライが立ちはだかる。
「まさかお前がガルヴォルスだったとはな・・・レナとルナを騙していたのか!」
怒りを膨らませて、ケンジに向けて拳を振り上げるライ。
「やめて!」
そこへルナがケンジとライの間に割って入ってきた。彼女の乱入に驚愕し、ライはとっさに手を止める。
「ケンジさんは悪い人じゃない!だってケンジさんは、私とお姉ちゃんのために・・・!」
残酷な行動を行ったケンジを、ルナは信じてかばおうとする。その行為にライは拳を振りかざすことを躊躇していた。
ルナの心を打ち砕いてまで、ライはガルヴォルスを葬ることはできなくなっていた。そのことに、今の彼は気付いていなかった。
次回
「ケンジさんは、昔のままのケンジさんですよね・・・?」
「全員、皆殺しにしてやる!」
「私はもう、どうすることもできない・・・」
「オレはアイツらを悲しませたくない・・・だから、オレはお前を倒す!」