ガルヴォルスLord 第4話「救われない魂」

 

 

 ライとカナメの全力の衝突。その膨大な衝撃がぶつかり合い、激しい爆発を引き起こした。

 ライが壁に突き飛ばされ、苦痛に顔を歪める。力を消耗した彼の姿が人間へと戻る

「ぐっ・・アイツ、オレの全力を・・・!」

 カナメの力に毒づくも、体に痛みを覚えるライ。傷つきながらも、彼はスワンガルヴォルスの行方を探る。

 だが砂煙が治まった広場には、ガルヴォルスの姿はなかった。

「逃げたのか・・・ガルヴォルス・・姉さんを無茶苦茶にしたバケモノたちは、オレが・・・!」

 ガルヴォルスに対する憎悪と怒りを感じて、ライは体を震わせていた。

 

 同じく爆発によって吹き飛ばされ、空中に跳ね上げられたカナメ。彼女はビルを飛び越えてその裏の公園の木の茂みに飛び込んでいた。

 傷ついた彼女からその茂みから地面に落ちる。彼女の姿は人のものへと戻っていた。

「あのガルヴォルス、すごい力だった・・それなのに、なぜガルヴォルスを・・・」

 傷ついた体の痛みに顔を歪める中、カナメはウルフガルヴォルスの言動に疑問を感じていた。

「あの人、無事に逃げられたのかな・・・?」

 カナメはふと男のことを思い出し、立ち上がる。そして傷ついた体に鞭を入れて、足を前に進める。

 重い足取りでしばらく進んでいったところで、カナメの前にライが現れた。

「こんなところで何油売ってるんだよ。しかもそんなボロボロになって・・」

「ライ・・・?」

 突然のライの登場に、カナメは当惑を見せる。

「お前の帰りが遅いからって、カイリが迎えに行けって言われてな。で、わざわざ探しに出てきたってわけだ。」

「ライが、私を探しに・・・」

 憮然とした態度で言いかけるライに、カナメが沈痛の面持ちを浮かべる。

「いかにも真面目だって感じしてるのに、らしくないんじゃないのか?」

「こ、これは違うわ!私は・・・!」

 ライの言葉に弁解を入れようとするカナメだが、うまく言葉を出せず口ごもってしまう。沈黙してしまうと、ライがため息混じりに言葉を切り出してきた。

「とにかく戻るぞ。頼まれたもんはカイリから聞いてオレが買っておいた。」

「えっ?・・ライが・・・」

 戸惑いを見せるカナメをよそに、ライは振り返ってこの場を立ち去ろうとする。

「ち、ちょっと待ちなさいって・・・!」

 カナメが慌ててライを追いかける。彼の横に並んだところで、彼女は困惑を浮かべたまま声をかける。

「あ・・ありがとう・・あと、ゴメンなさい・・私のために、あなたに・・・」

「・・・悪いと思ってるなら、今度から気をつけることだな。」

 謝るカナメに眼を向けずに、ライは歩きながら答える。それからカナメは困惑にさいなまれ、言葉を切り出せなくなってしまった。

 

「もう、カナメったら、どこで油売ってたのよ。」

 ライとカナメが店に戻ると、レナが不満の言葉を投げかけてきた。するとカナメが逆に不満の面持ちを浮かべる。

「そのセリフ、ライにも言われたわよ。あなたにまで言われると不満が二乗するわ。」

 カナメの反論に不満を感じながらも、レナはあえてそれを口にしなかった。そしてカイリが彼女たちの声を聞きつけて、厨房から顔を見せてきた。

「あ、カナメちゃん、ライくん、帰ってたんだね。」

「すみません、カイリさん・・私、その、あの・・・」

 微笑みかけるカイリを前にして、カナメが口ごもってしまう。自分がガルヴォルスとして、他のガルヴォルスと交戦していたなどと言えるはずもない。

「いいよ、カナメちゃん。元々は僕がやるはずだったことなのに・・」

「よくいうよ。オレを迎えに行かせたのはどこのどいつだってんだ。」

 だがカイリはカナメを快く受け入れる。そこへライが憮然とした態度で口を挟み、カイリが微笑をこぼす。

「ダメだよ。広い心を持たないと、男じゃないよ。」

「へいへい。どうせオレは心が狭いよ。」

 カイリの言葉を受けて、ライがふてくされる。その態度にカナメが再び不満を覚える。

「こんな人に心配をかけられるなんて・・・」

 ため息をつきながら仕事に戻るカナメ。その態度に気付きながらも、ライはあえて文句を言わなかった。

 

 その日の仕事を終えたライたち。ライはカナメに連れられる形で、彼女の家に来ていた。

「別に泊めてくれなくてもいいってのに。」

「ここまで来て出て行くことはないと思うけど。」

 不満を口にするライに、カナメが軽く言いとがめる。家に入ろうとしたところで、カナメがライに声をかける。

「ねぇ・・その、ガルヴォルスについて、なんだけど・・どう思う・・・?」

 カナメの唐突な質問に、ライが眉をひそめる。

「何だよ、いきなりそんなこと・・・?」

 ライが聞き返すが、カナメは沈痛の面持ちを浮かべるばかりで答えない。ライは観念してその質問に答える。

「アイツらはバケモノだ。凶暴さを前面に出して、人に平気で襲い掛かる、本物のバケモノだ・・・」

 心の中にある憎悪を言い放つライ。カナメがそのガルヴォルスの1人であることを彼は知らなかった。

 迫害される気分を感じながらも、カナメは何とか声を振り絞る。

「もし・・もしもの話だけど・・・ガルヴォルスの中に、人の心が残っているとしたら・・・」

「そんなのいるわけない!」

 カナメのこの言葉を、ライが叫んでさえぎる。その怒号にカナメは言葉を失う。

 困惑の色を隠せなくなった彼女を目の当たりにして、ライが我に返る。

「ワリィ・・つい、ムキになっちまって・・・」

「う、ううん・・私こそごめんなさい・・気に障ることを言ってしまって・・・」

 互いに謝罪の言葉を掛け合うライとカナメ。2人とも、どこかしこか腑に落ちない感覚を覚えていた。

「ライ、ちょっと用事を思い出したから・・我慢できなかったら、冷凍庫から何か出して、レンジで温めて。」

「あ、おい!・・・もう、仕方がないなぁ・・・」

 突然家を飛び出していったカナメに不満を覚えるライ。だが彼女のことが気がかりになってしまい、彼も遅れて家を出た。

 

 カナメは昼間出会った男のことを思い出していた。ガルヴォルスに転化したものの、女に対する憎悪に駆られ、自身の力を制御できないでいた。

 その暴走のために、いつその報いを被ることになるか分からない。カナメはその男が心配でたまらなかった。

 街中に漂うかすかな冷気を辿って、カナメは歩を進めていた。しばらく歩いて、彼女は廃工場跡地にたどり着いた。

 そこには見覚えのある姿があった。ホワイトベアーガルヴォルスである男だ。

「ここにいたのね・・・心配になってしまって・・・」

 カナメが安堵の笑みを浮かべて声をかけると、男がゆっくりと振り返る。

「お前・・・どうして、ここに・・・」

「あなたはガルヴォルスとしての力を制御できていない・・このまま力を暴走させたら、自分で不幸を招くことになる・・・」

 当惑する男に向けて、カナメが沈痛の面持ちで呼びかける。しかし男は彼女の言葉を受け入れられないでいた。

「どうしてそんなことを言うんだ・・僕は女が許せないだけなんだ・・・お前がガルヴォルスじゃなかったら、すぐにでも凍りつかせてたところなんだから・・・」

「それで、何もかも信じられなくなったら、あなたは何もかも失ってしまう・・・!」

「じゃ、僕に何を信じろって言うんだよ!・・今の僕に、信じられるものなんて・・・!」

 互いに悲痛の声を上げるカナメと男。男の辛さを目の当たりにしたカナメは、微笑んで手を差し伸べる。

「私を・・私を信じて・・・私は、あなたを救いたいの・・・」

「何を言ってるんだ・・・僕なんかを助けて、お前に何の得があるんだよ・・・!」

「そんなの関係ない・・私は助けたいから助けないの・・・あなたと私は、同じガルヴォルスだから・・・」

 涙ながらに呼びかけるカナメに、男は戸惑いを覚える。ここまで自分を信じてくれる女の存在に、彼の心は揺さぶられていた。

「そこまで・・そこまで僕を助けたいっていうのか・・・」

 男が声を振り絞って問いかけると、カナメは微笑んで頷いた。

「やれやれ。久しぶりに会ってみれば、相変わらずの甘さ。」

 そのとき、2人に向けてかけられた声。カナメと男が振り返った先には、黒ずくめの男が立っていた。

「あなたは、この前の・・・!?

 カナメはその男に見覚えがあった。以前に彼女と対峙し、撃退されたタイガーガルヴォルスである。

「覚えていてくれたか。これは光栄と思うべきか。」

 黒ずくめの男がカナメを見つめて不敵な笑みを浮かべる。

「それにしても彼女だけでなく、そこの男も甘い。他人の言葉にこうも簡単に惑わされてしまって。」

 黒ずくめの男の言葉に、その眼前の男がさらに困惑する。

「お前だけの力だ。それにお前は女に対して憎悪を抱いている。お前の持つ力を、その憎悪とともに解放すればいいだけのことだ。」

「黙りなさい!あなたが口出しすることではないわ!」

 悠然と言いかける黒ずくめの男に、カナメが苛立って言いとがめる。だが黒ずくめの男は笑みを崩さない。

「つくづく甘いな、お前は。ためらわずにやりたいようにすればいいことを、オレは教えてあげているだけ。」

「僕のやりたいように・・・」

 黒ずくめの男の呼びかけを受けて、男が眼を見開く。その顔に紋様が浮かび上がり、白い熊の怪物へと変貌する。

「お願い、やめて!」

 カナメがホワイトベアーガルヴォルスを呼び止める。そこへ黒ずくめの男が割って入ってくる。

 黒ずくめの男が虎の怪物へと変貌を遂げる。

「どきなさい!でなければ、私は容赦しないわ!」

「容赦しない?フフフフ・・そうしてくれたほうが楽しいというもの。」

 カナメの叫びに対し、タイガーガルヴォルスが微笑をもらす。いきり立ったカナメが白鳥の怪物へと変身する。

「ではこの前の続きといこうか。今度こそオレの心を満たしてほしいものだ。」

 タイガーガルヴォルスが身構え、カナメに飛びかかる。振り下ろされる爪を、彼女は後退してかわす。

「僕は・・・僕は女を・・・!」

 その傍らで、自身の憎悪を膨らませるホワイトベアーガルヴォルス。その感情の赴くまま、彼は廃工場を飛び出した。

「あっ!待って!」

 カナメが呼び止めようとするが、ホワイトベアーガルヴォルスはこの場を離れてしまう。追いかけようとする彼女だが、タイガーガルヴォルスに行く手を阻まれた。

 

 カナメを追って家を飛び出したライ。その途中で、彼はガルヴォルスの気配を感じ、彼女とともにその行方を追っていた。

 そして街外れの通りで、彼は1体の怪物を目撃する。

「アイツ・・・!」

 ホワイトベアーガルヴォルスを目の当たりにしたことで、ライはガルヴォルスに対する憎悪を募らせる。千鳥足となっている怪物の前に立ち塞がり、対峙する。

「ガルヴォルス・・お前らがいるから、みんなが辛い思いをする・・・!」

 怒りを覚えるライの顔に異様な紋様が浮かび上がる。彼の脳裏に、先ほどのカナメの言葉がよぎる。

“ガルヴォルスの中に、人の心が残っているとしたら・・・”

「ガルヴォルスは人じゃねぇ。全員がオレの敵なんだよ!」

 その言葉を否定するように叫ぶと、ライが狼の怪物へと変貌を遂げる。感情を抑えることができず、彼の口から吐息がもれる。

「僕は・・僕は女が許せないだけなんだ・・それさえ否定されたくない!」

 ホワイトベアーガルヴォルスが悲痛の叫びを上げる。だがその声は、ライには怪物の咆哮にしか聞こえなかった。

 ライが先に飛び出し、拳を繰り出す。その一撃に突き飛ばされながら、ホワイトベアーガルヴォルスが口から吹雪を吐き出す。

 白く強い冷気を直に受けてしまうライ。踏みとどまるも、彼の体が氷に包まれていく。

 やがてライが全身を氷付けにされて動けなくなる。それでもホワイトベアーガルヴォルスの冷気の勢いは衰えず、さらに周囲に向けて拡散する。

 見境なく振りまかれる冷気に、周囲の建物や人々が凍てついていく。

「凍らせてやる・・女はみんな凍りつかせてやる・・馴れ馴れしく近づいてきて、僕を利用して、僕の心を弄んだ女なんか!」

 女に対する憎悪をたぎらせるホワイトベアーガルヴォルス。その憎悪に駆り立てられ、彼は見境を失くしていた。

 そのとき、氷付けにされていたライが全身から力を振り絞り、氷塊を打ち破る。その衝撃にホワイトベアーガルヴォルスが驚愕を覚える。

「そんな!?・・僕の氷は、ガルヴォルスでもすぐには壊せないはず・・・!」

「ガルヴォルスは自分の身勝手さで、人間を食い物にするバケモノ!そんなのに耳を貸せるわけがない!」

 怒りをあらわにして、ライがホワイトベアーガルヴォルスに飛びかかる。その速さはまさに獲物を狙う狼のようだった。

 ライからの拳による強烈な一撃が、ホワイトベアーガルヴォルスの腹部に叩き込まれる。ホワイトベアーガルヴォルスが吐血し、奥の大木に叩きつけられる。

 この一撃で致命的なダメージを負ったホワイトベアーガルヴォルス。その前に、怒りを募らせているライが立ちはだかる。

「ガルヴォルスは、絶対に許すもんか!」

 ライが眼を見開くと、爪をきらめかせた右手を振り上げる。そしてその鋭い一撃を、ホワイトベアーガルヴォルスに叩き込む。

 飛び散った鮮血がライの頬をかすめる。血にまみれた怪物がうめき声を上げる。

「僕は・・・僕は・・・!」

 激痛にさいなまれたホワイトベアーガルヴォルスが事切れ、手が力なく落ちる。絶命して硬質化する怪物を見下すライの心に安堵はなかった。

 

 タイガーガルヴォルスと交戦するカナメ。男に救いの手を差し伸べたいと強く願っていたカナメが、虎の怪物を追い詰めつつあった。

「バカな・・この私が、まるで赤子同然とは・・・」

「私はあなたの相手をしている暇はないの。だからもう、とどめを刺すわ。」

 驚愕の色を隠せなくなっているタイガーガルヴォルスに言いかけると、カナメは背中の翼を広げた。そして一気に飛びかかり、虎の怪物の胴体を切り裂く。

 断裂されたタイガーガルヴォルスの体から鮮血が飛び散る。血にまみれた光景を背にして、カナメは同じガルヴォルスを手にかけたことを悔やんで、涙を浮かべていた。

 その悲しみをこらえて、カナメは男を追いかけた。周囲を気にして、彼女は人間の姿に戻った。

 かすかに漂う冷気を頼りにして、カナメは男の行方を追う。そして街外れの空き地で、彼女は眼を疑った。

 彼女の見つめる先の大木で霧散する灰とも砂ともつかない粉。それはガルヴォルスの亡骸だった。

 ガルヴォルスは絶命すると石のように固まり、そして砂のように崩れ去る。風に巻かれれば、もはや形ある亡骸すら残らない。

 その形なき亡骸がホワイトベアーガルヴォルスのものであると、カナメは直感していた。

「そんな・・・そんなことって・・・!」

 カナメは眼前の光景が信じられず、その場にひざを付いた。悲痛さを抑え切れず、眼から大粒の涙をこぼす。

 救えたはずの命なのに。救えたはずの心だったのに。

 カナメの心の中では、この非情な現実への怒りよりも悲しみのほうが強かった。

「まだこれからだっていうのに・・・どうして・・・!」

 ひたすらに悲しみに暮れるカナメ。そんな彼女の後ろにはライの姿があった。

「カナメ、何があったんだ・・・?」

 ライがおもむろに声をかけると、カナメは泣き顔を浮かべたまま振り向いてきた。

「ライ・・・」

 カナメが一瞬呆然となるも、また悲しみを込み上げてライにすがりついた。

「・・せっかく、新しくやり直せるはずだったのに・・こんなことって・・・あのガルヴォルス・・・」

 カナメのこの言葉に、ライは一瞬眼を見開いた。彼女はガルヴォルスに対してこの涙を流していたのだ。

(何言ってるんだよ、コイツは・・・ガルヴォルスだぞ・・どうして、悲しむ必要があるんだよ・・・!?

 ライは胸中でカナメの涙に疑念を感じていた。

(ガルヴォルスは人を食い物にするバケモノなんだぞ・・そんなヤツらに、どうしてこんなに悲しむ必要があるんだよ・・・)

 ライはカナメの涙の意味が理解できないでいた。

 ガルヴォルスによって大切なものを奪われたライ。その大敵を哀れむカナメの悲しみが理解できなかった。

(どうして、こんなに悲しんでるんだよ・・・)

 

 

次回

第5話「悲しみの連鎖」

 

「あの子だって、いろいろ辛いことを経験してきたのよ。」

「全ては、ガルヴォルスが引き起こしていることなんだよ・・・」

「みんな、あたしのお人形さん・・・」

「もう、何も失いたくない・・・」

 

 

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