ガルヴォルスLord 第5話「悲しみの連鎖」
ライがカイリのレストランでバイトを始めてから数日が経過していた。
カイリからいろいろと教わり、いくつかメニューの調理ができるようになっていたライ。その働きぶりに、カイリ、レナ、ルナが感心そうに見ていた。
「何だかずい分様になってきたって感じね。」
「うん。というよりも、筋があるっていったほうが正しいかな。ライくん、以前に料理をしていた。そんな感じがするよ。」
レナとカイリがライの様子を見て言葉を交わす。
「レシピとコツを覚えれば、僕に負けない料理人になれたりして。」
「そうなったら、ルナも少しは楽になるかな。」
「もう、お姉ちゃんったら。そんな意地悪言わないの。」
カイリとレナの会話に、ルナが不満げに口を挟む。
「いいじゃないの、ルナ。そうなればルナが1番嬉しいんだから。」
「私はお姉ちゃんやみんなんために自分で作れることが好きなんだから。」
レナとルナがやり取りをかわしていたときだった。それに気付いたライが苛立ちをあらわにして近づいてきていた。
「お前ら、こそこそと勝手なこと抜かしてんじゃねぇよ。」
ライはそう言い放つと、きびすを返してキッチンに戻っていった。レナもルナもしばらくの間、呆然となっていた。その横で、カイリは笑顔を崩してはいなかった。
昼間の混雑時が去って平穏が戻り、ライは休憩を取っていた。憮然とした態度を見せていたが、彼はこのひとときが悪くない気分だと感じていた。
皿洗いに専念しようとしたとき、ライはキッチンの傍らで沈痛の面持ちを浮かべているカナメを気付く。
「そんなところで、そんな顔してどうしたんだよ?」
ライが憮然さを浮かべたまま、カナメに声をかける。その声に気付いて、カナメが顔を上げる。
「ライ・・・」
カナメがライに呆然としながら答える。
「もしかして、この前のガルヴォルスのことを気にしてるのか?」
ライのこの言葉に、カナメはそのときの忌まわしい瞬間を思い出して眼を見開いた。
「ガルヴォルスは人間を食い物にしてるバケモノ連中だ。そんなヤツらに同情してたら、その気持ちさえ利用されちまうぞ。」
「どうしてそんなこというの!?」
ライの言葉にカナメが不快感を覚えて反発する。
「あの人は迷ってただけ!まだガルヴォルスとしての力を抑えようとしていた!それなのに、命を落とすなんて・・・!」
「・・・どうして、そこまでガルヴォルスに肩入れしようとするんだ・・・?」
カナメの切実な思いに、ライが眉をひそめる。
「人を襲って喜んでる以上、ガルヴォルスが悪いのは分かりきってることだろう。あいつらがいなくなれば、誰も辛い思いをしなくて済むんだよ・・」
「ガルヴォルスが一方的に悪いだなんて、勝手に決め付けないで!」
カナメがライの言葉を否定して、キッチンを飛び出していった。すれ違いにキッチンを訪れたレナが、この状況に一瞬唖然となる。
「カナメ・・・ライ、何かあったの・・・?」
レナが当惑を募らせて、ライに訊ねる。ライが振り向き、歯がゆさを覚えながら答える。
「分からない・・けどアイツ、ガルヴォルスに肩入れしてるみたいなんだ・・・」
ライはレナに、今起こったことを話した。その話を聞いて、レナが頷いてみせた。
「なるほどね。ずい分立ち直ってきているものの、やっぱり引きずっているところが残ってるみたいね。」
「ん?どういうことなんだ?」
ライが疑問を投げかけると、レナは沈痛の面持ちを浮かべて答える。
「あの子は昔、いろいろといじめや虐待を受けていたことがあるのよ。」
「えっ・・・!?」
レナの口から語られるカナメの過去に、ライは驚きを覚える。
「私とルナが初めて会ったカナメは、他人をまるで信じられなくなってたわ。私がちょっと強引に言葉をかけて、やっと話を聞くようになったくらいにね。」
「そこまで・・・だからって、ガルヴォルスに肩入れするなんて・・・」
「あの子だって、いろいろ辛いことを経験してきたのよ。人が信じられなくなって、ガルヴォルスに依存してしまっているのも、納得できないことじゃない・・・」
普段の悠然とした態度ではなく、切実な心境で語りかけてくるレナ。だがガルヴォルスへの憎悪から、ライはレナの言葉を鵜呑みにできなかった。
「だからって、ガルヴォルスを受け入れていい理由にはならない。辛いことも悲しみも、全ては、ガルヴォルスが引き起こしていることなんだよ・・・」
「ライ・・・」
ライの言葉に困惑を浮かべるレナ。だがすぐに真剣な面持ちを浮かべて、彼に言いかける。
「ライに何があったのかは知らない。でもライ、カナメの気持ちも受け入れたほうがいいと思うよ・・だから、とりあえずは謝ったほうがいいかな。」
レナの言葉に対して、ライは苛立ちを噛み締めて押し黙るだけだった。
街の片隅に位置する保育園。そこでは保育士たちと戯れる子供たちの姿があった。
賑わいを見せているその保育園の門の前に、1人の少女が立っていた。少女は人形のドレスのような紅い服を着用しており、1体の人形を抱えていた。
少女がずっと門の前で立っていると、それに気付いた保育士の1人が門にやってきた。
「どうしたの?どこから来たのかな?」
保育士が笑顔で少女に声をかけるが、少女は何も答えない。
「パパとママはどうしたの?もしかして、みんなと一緒に遊びたいのかな?」
保育士が続けて声をかけていくと、少女は微笑んでようやく口を開いた。
「・・・楽しそうだね・・・私も一緒に遊びたいな・・・」
囁くように言いかけた瞬間、少女の頬に紋様が浮かび上がる。その変化に保育士から笑みが消える。
そして少女の姿が異質のものへと変化する。それはマネキンのような無機質は容姿の怪物だった。
「こ、これって・・!?」
保育士が驚愕を覚えた直後、マネキンガルヴォルスが眼から不気味な光を放つ。その光を受けた保育士がその場で硬直してしまう。
そして彼女の眉間から無機質なものが現れる。それは一気に広がり、動かない彼女の体を包み込んでいく。
保育士はマネキンガルヴォルスの光によって、マネキン人形と化してしまった。
「また、お人形さんが増えた・・・」
少女がマネキンとなった保育士を見つめて微笑む。その異変に気付いた他の保育士たちが、その変貌を目の当たりにして驚愕する。
「みんな、私と一緒に遊ぼうよ・・・」
マネキンガルヴォルスが微笑んで、園内に踏み込んでくる。
「みんな、逃げて!」
保育士の1人が子供たちに呼びかけた瞬間、マネキンガルヴォルスの眼から閃光が放たれた。その光が治まったその場所には、マネキン人形と化した保育士や子供たちの姿があった。
「みんな、あたしのお人形さん・・・」
人間の姿に戻った少女が、マネキンとなった人々を見渡して微笑む。
「もうすぐ街ね・・一緒に遊んでくれる人が、もっといるはずだよ・・・」
少女は抱いている人形の髪を優しく撫でて、静寂に包まれた保育園を後にした。
その翌日、レナとルナは学校、バイトの休みを利用して、街に買い物に出かけていた。同じく休みだったカナメを励まそうと、半ば強引に彼女を引っ張り出していた。
「どうして私を連れ出すのよ。私は家でゆっくり休みたい気分なのに・・」
「家でじっとしてても、その暗い気分が治るはずないでしょ。大学や店でそんな顔見せられたら、私まで参っちゃうわよ。」
不満を口にするカナメに、レナも悠然とした態度で不満を返す。
「買い物に出かけるなんて久しぶりだよー。もう上機嫌♪」
その横でルナが喜びをあらわにする。レナやカナメと一緒にどこかに出かけることが、ルナにとっては何よりも嬉しいことなのだ。
「上機嫌というよりは、有頂天って感じね。」
レナがからかうつもりで言いかけたが、ルナは舞い上がっていて聞いていなかった。
「まぁ、あそこまでなれとは言わないけど、少しは楽しくしてないと。せっかくの買い物なんだからね。」
「あなたが連れ出したんでしょ・・」
レナが言いかけるが、カナメは不満を浮かべるばかりだった。
「もう、お姉ちゃんもカナメさんも、こういうときまでケンカしないの。」
そこへルナが仲介に入ってくる。だが彼女は笑顔を絶やしてはいなかった。
「さーて、目的地のデパートまでもう少し♪いいのがあるかなぁ♪」
ルナが期待に胸を躍らせて先行する。その姿を見て、カナメとレナは苦笑いを浮かべた。
3人が訪れたのは女性服売り場。レナとルナは自分に似合う新作を物色していたが、カナメは2人に加わろうとしていなかった。
「もう、ここまで来て選ぼうともしないなんてないでしょ。いい加減観念したらどうなの?」
レナが言いかけるが、カナメはそれでも加わらない。
「しょうがないわねぇ・・ルナ、お願い。」
「了解、お姉ちゃん♪」
レナとルナがにやけながら、カナメに詰め寄る。2人の様子が異様に思えて、カナメが顔を引きつらせる。
「ちょっと、レナ、ルナ・・あなたたちこそいい加減に・・」
カナメが反発しようとするが、レナとルナに引っ張られて、いろいろと試着させられることとなった。
私服から水着、ボーイッシュ、人形のようなドレスまで、様々なものを着させられたカナメ。レナとルナにからかわれているように感じて不満を覚えるが、このひと時が喜ばしいことにも思えて内心微笑んでいた。
その頃、いつものようにカイリの店で仕事をしていたライ。だが彼はカナメに対して、やりきれない気持ちにさいなまれていた。
「どうしたのかな、ライくん?」
その最中、カイリがライに声をかけてきた。ライは仕事の手を休めて、カイリに振り返る。
「どうしたって、何だよ、いきなり・・・?」
「いやはや。何だかライくんが思いつめているような気がしてね・・僕の勘違いなら、それに越したことはないけど。」
「勘違いだよ。オレは今のこの状態にいい気分になってないが、悪い気分でもない。」
「もしかして、カナメちゃんのことかな?」
カイリのこの指摘に、ライが一瞬眉をひそめる。その一瞬をカイリは見逃さなかった。
「何かあったのかは、言いたくなければ言わなくてもいい。でも男は、どんなときでも女の引き立て役だよ。」
「勝手なことぬかすなよ。オレは振り回されたくないんだよ・・振り回されるのは、もうイヤなんだよ・・・」
カイリの励ましの言葉をかけるが、ライはこれに反論する。だが彼からは憮然さではなく、憤りと忌まわしさが表れていた。
「あまり気にしすぎると、かえって深みにはまってしまうものだよ。だから逆に開き直ってみても、バチは当たらないと思うよ。」
「開き直る、だと・・・!?」
カイリの続けての励ましに、ライはいぶかしげに答える。だがその言葉とカナメの心境にさいなまれ、ライは困惑を募らせていた。
「これ以上言うのは、ライくんのためにもカナメちゃんのためにもなりそうもないからね。でも何かあったら僕に相談して。ちゃんと話し相手になるから。」
「ふざけんなって。男同士の親密な相談なんて気持ち悪いだけだ。」
ライはカイリの優しさを一蹴する素振りを見せて、仕事を再開する。だが本心はその優しさを快く受け入れてくれていると感じ、カイリは安堵していた。
1体の人形を抱きかかえて、街を歩く少女。少女はおもむろに、賑わいを見せているデパートに入っていった。
「・・何だか、みんな楽しそうだね・・・」
少女が周囲の人々を見回して微笑みかける。しばらく歩いていると、彼女はカナメ、レナ、ルナの姿を目撃する。
3人の姿をじっと見つめる少女。その視線に気付いたルナが、少女に近づいてきた。
「どうしたのかな、お嬢さん?こんなところで何をしてるの?」
ルナが少女に訊ねていると、カナメとレナも気になって近づいてきていた。
「・・・ねぇ・・私と一緒に遊ぼう・・・」
少女が囁くようにルナに声をかけてくる。
「え?遊ぼうって・・」
ルナが戸惑いを浮かべた直後だった。少女の頬に異様な紋様が浮かぶ上がる。
「ルナ、危ない!」
ルナに呼びかけたのはレナだった。少女の姿がマネキンに似た怪物へと変化する。
「ガルヴォルス・・・」
マネキンガルヴォルスを目の当たりにして、カナメが当惑を見せる。
「お、お姉ちゃん・・・!?」
ルナも変貌を遂げた少女に眼を向けたまま、後ずさりする。マネキンガルヴォルスが彼女を見つめて微笑む。
「・・遊ぼうよ、お姉ちゃん・・一緒に、楽しく・・・」
少女が言いかけると、眼から不気味な眼光を宿す。
「ルナ!」
動揺して動けないでいるルナを抱えて、レナが横転する。少女から放たれた閃光は、目標を外れて壁に当たり弾ける。
「そんな・・どうして・・・!?」
少女のこの行為に、カナメは愕然となっていた。周囲では、人がマネキンにされていくのを目の当たりにして、客たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
「ルナ、大丈夫!?」
「お姉ちゃん・・うん。ありがとう・・」
レナの呼びかけに、ルナは戸惑いを見せながら頷く。
「・・一緒に遊ぼうよ・・私のお人形さんになってよ・・・」
マネキンガルヴォルスがレナとルナに微笑みかけて近づいてくる。
「やめなさい!」
その前にカナメが立ちはだかり、少女を呼び止める。だが少女は微笑んだまま、彼女自身の遊戯をやめようとしない。
「私の大切なものを奪わないで・・もう、何も失いたくない・・・だから!」
少女に呼びかけるカナメの顔に異様な紋様が浮かび上がる。だが少女はレナとルナに眼を向けたままだった。
「・・私の・・私のお人形さん・・・」
「ルナちゃん!レナ!」
少女がルナに向けて眼光を放つ。カナメがとっさに飛び出して、レナとルナを突き飛ばしてかばう。
「ちょっと、カナメ・・!?」
突然突き飛ばされて驚くレナ。だが振り向いた先にカナメは、少女の眼光に包まれて硬直していた。
(この光・・・体が、マネキンに・・・これじゃ、動けない・・戦えない・・・)
胸中で毒づく中、カナメの体を無機質への変質が広がっていく。彼女は少女にマネキン人形にされ、立ち尽くしたまま動けなくなってしまった。
「カナメ・・こんなことって・・・!?」
変わり果てたカナメの姿を目の当たりにして、レナが愕然となる。カナメをまじまじと見つめて、少女が喜びを込めた微笑を浮かべる。
「お人形さん・・・待っててね。すぐに遊んであげるからね・・・」
少女はカナメに言いかけると、視線をレナとルナに向ける。
(いけない・・これじゃ、ガルヴォルスにもなれない・・このままじゃレナとルナちゃんが・・・!)
レナとルナの危機にカナメが焦りを覚える。そのとき、恐怖を浮かべているルナを守ろうと、レナが少女の前に立つ。
「ルナに手を出すなら、私は何が相手でも容赦しない・・・」
レナが鋭く言いかけるが、少女は進める歩を止めようとしない。
「ルナ、下がってて・・私のそばにいると、ケガぐらいじゃすまなくなるから・・・」
ルナに離れるように促すレナの頬に、異様な紋様が浮かび上がる。その変貌に、マネキンにされているカナメが驚愕する。
(ま、まさか、レナ・・・!?)
その眼前で、レナの姿が変貌を遂げた。両肩にバラの花が生えている異様な怪物の姿に。
「・・一緒に遊ぼうよ、お姉ちゃん・・・」
少女がレナに向けて眼光を放つ。それと同時にレナが右手をかざし、力を込める。
レナに向かって伸びていた光が途中でせき止められ、彼女がさらに力を込めると弾けて消滅した。
「えっ・・・?」
少女の顔から笑みが消える。力を跳ね返されたことに驚いているが、それが表に表れていないだけだった。
「言ったでしょ。ルナに手を出すなら容赦しないって・・たとえ子供でもね!」
いきり立って眼を見開いたレナが少女に飛びかかり、一蹴を見舞う。突き飛ばされた少女が奥の商品棚に叩き込まれる。
「ルナを守るためなら、私は何にもでもなる・・たとえ、悪魔でも・・・!」
大切な妹のため、ルナは少女に牙を向いた。
次回
「レナも、ガルヴォルスだったなんて・・・!?」
「どんな姿になったって、お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ・・・」
「もう、本当の家族はルナしかいない・・・」
「ルナを守るためなら、私は手を血で汚しても構わない・・・」