ガルヴォルスLord 第3話「凍てつく心」
傷ついたカナメを抱えて、彼女の自宅に戻ってきたライ。その玄関にいたレナとルナが、2人の様子を目の当たりにして驚きをあらわにする。
「ち、ちょっと、2人ともどうしたのよ・・・!?」
レナがたまらず駆け寄り、ライからカナメを受け取る。
「気絶しているだけだ。傷とかはない。」
ライが言いかけると、レナとルナが安堵を浮かべた。
「とにかくベットに運んで、介抱してやらないと。ルナ、お水をお願い。」
「分かったよ、お姉ちゃん。」
レナの呼びかけを受けて、ルナが台所に向かう。
「ライさんも付き添ってあげて。お礼も言いたいから。」
「そんなのはいいんだよ。オレはおめぇらに助けられた借りを返しただけなんだから。」
レナの呼びかけに対するライの返事に、レナがため息をついてみせる。
「そういう風に何もかも邪険にしないの。そういうときは何も言わずに素直にお礼を受ける。それが男の人なのよ。」
レナがそういうと、カナメを連れて部屋へと向かった。腑に落ちない面持ちを浮かべながらも、ライも渋々部屋に向かった。
レナとルナの介抱によって、カナメの容態は安定していた。しばらくしたところでカナメは意識を取り戻して、ゆっくりと眼を覚ました。
「やっと眼を覚ましたのね。もう、飛び出していったと思ったら、気絶して、しかもライさんに抱きかかえられて戻ってくるんだもの。」
レナが悠然とした態度を見せる前で、カナメは頭に手を当てて記憶を巡らせていた。
「私は・・・」
「おめぇ、あのバケモノがやり合ってた場所で倒れてたんだ。何事もなかったのが、不幸中の幸いというべきか・・」
「バケモノ・・・ガルヴォルス・・」
「えっ・・・?」
カナメが口にした言葉に、ライが顔を強張らせる。
「おめぇ、ガルヴォルスを知ってるのか・・・!?」
「ま、まぁ、そういう名前を聞いたことがあるというぐらいで、詳しくは・・・」
ライが問い詰めると、レナが苦笑いを浮かべて答える。ライは肩を落として吐息をひとつもらした。
「・・ライさん、詳しく聞かせてくれない?ライさんに何があったのか・・・」
「悪いがそれはできない。言ってしまえば、おめぇらを巻き込むことになっちまうから・・・」
レナが訊ねると、ライが歯がゆさを浮かべて、答えることを拒む。
「そう・・これからどうするつもり?泊まる場所とか、行く当てとかあるの?」
レナが質問を変えるが、それでもライは答えない。当てがないと察して、レナは話を続ける。
「だったら一緒に住まない?ここだったら堅苦しくなくいられると思うから。」
「ち、ちょっとレナ、勝手に決めないでよ!そこまで肩入れすることないわよ!」
レナの提案に対してたまらず反論するカナメ。レナはあえて気に留めず、ライに向けて話を続ける。
「ただし条件があるの。私たちがバイトしてるお店があるの。そこでバイトすることが条件。お店の人には言っておくから。今、バイト募集にかなり力を入れてるから。」
「悪いがお断りだ。オレに深入りするな。何度も言わせるな。」
だがそれでもライは頑なに拒み続ける。するとレナがからかうような笑みを見せる。
「それじゃこれからどうするの?野宿とか?言っとくけど盗みとか脅しとかはNGだからね。」
「ハァ、これじゃ強制労働じゃねぇかよ。」
レナに言いくるめられて、ライが大きくため息をつく。観念したと見て、レナが笑みをこぼす。
「決まりね。それじゃ明日にカイリさんに言っておかないとね。」
レナはそういうと、悠然とした態度でひとまず部屋を出た。彼女の言動にライとカナメが同時にため息をつく。
「全く、どういう神経してんだよ、アイツ・・」
「レナはあんな感じよ。普段はお嬢様みたいな態度を見せてる・・でも、本当は心優しいのよ。特に妹、ルナちゃんにはね。」
呆れるライに、カナメが落ち着きを払って言いかける。
「ああ見えてレナは、あなたのことをすごく心配してるのよ。だからそのありがた迷惑を断るなんてムリだから。」
「あぁ、マジでありがた迷惑だな・・・」
カナメの言葉を受けて、ライは腑に落ちないながらも観念していた。
街の郊外に点在している港。その縁側にクレープ屋ができたため、それを目的にして港を訪れる女子が多くなっていた。
その港の外れの通りを、1人の男が歩いていた。薄汚い風貌をしているため、周囲の人々から不審がられていた。
「女たち・・・どいつもこいつも僕のことを・・・」
男は憤りの言葉を小さく呟き、周囲にいる女子たちをねめつける。
「許さない・・女なんて身勝手なヤツは・・絶対許さない!」
憤りに駆られた男の顔に紋様が走る。そしてその姿が白熊を思わせる怪物へと変貌する。
その姿を目の当たりにした人々が悲鳴や絶叫を上げる。ホワイトベアーガルヴォルスが口から息を吹きかけると、その吐息に触れたものが白く凍てついていく。
草木や建物だけでなく、逃げ惑う人々も白く凍結していく。やがて通りは白い静寂に包まれ、ホワイトベアーガルヴォルスが歓喜をあらわにする。
「どうだよ・・・女なんて・・みんな凍りつかせてやるよ・・・」
男は怪物の姿から元に戻って、哄笑をもらしながらその場を後にした。
ライはレナの誘いに促されてカナメの家で一晩を過ごすこととなった。その翌朝、ライはカナメ、レナ、ルナに連れられて、彼女たちが働いているイタリアレストランを訪れた。
坂崎(さかざき)カイリ。このレストランの若きオーナーシェフであり、折り紙つきの料理人でもある。カナメたちはその彼の店でウェイトレスのバイトをしているのだ。
「カイリさん、こんにちは。」
まだ準備中のこの店に入ったところで、レナが声をかけた。するとキッチンから1人の黒髪、長身の青年、カイリが顔を出してきた。
「やぁ、レナさん、カナメさん。でも、今日はシフト入っていないはずだけど・・?」
「カイリさん、今日は働かせてあげたい人を連れてきたんだけど。」
カイリが疑問を投げかけると、レナが満面の笑みを浮かべて答える。彼女の隣で、ライが不満の面持ちを浮かべていた。
「へぇ。なかなかのスタイルの人だね。名前は?」
カイリが悠然とした態度で声をかけてくるが、ライは憮然とした態度を見せるばかりだった。
「ライさん。霧雨ライですよ。」
「勝手に人の名前を他の人に教えるなよ・・」
代わりにレナが紹介すると、ライが愚痴をこぼす。カイリが何度か頷いてみせると、微笑んで言いかける。
「僕がいろいろと教えてあげるから、よろしく、ライくん。あと、分からないことがあったら遠慮なく言って。」
「初対面なのに馴れ馴れしくしないでくれよな。別に今は仲良しってわけじゃねぇんだから。」
朗らかな態度を崩さないカイリに対して、ライが苛立ちをあらわにする。するとカナメが不満の面持ちをライに見せてきた。
「いい加減にしなさいよ。そういう態度だと、みんなから嫌われるわよ。」
「別に構わねぇよ。オレは嫌われるのには慣れてるからよ。」
「ハァ、呆れた・・・」
ライの態度にカナメはついに肩を落とした。しかしカイリは2人のやり取りを前にしても、微笑を絶やさなかった。
「何だかにぎやかになりそうだ・・とにかくよろしく。」
笑顔を振りまくカイリだが、ライは憮然とした態度を見せるばかりだった。
結局、ライは店でのバイトを引き受けることにした。まず彼は荷物運びを行い、開店後は皿洗いを行っていた。地味だと感じながらも、彼は悪く思っていなかった。
「けっこう頑張るじゃないの。さっきの態度から、すぐに投げ出すんじゃないかなと心配していたんだけど・・」
そこへカナメが現れ、ライにからかいを込めた言葉をかける。するとライは憮然とした態度を返す。
「こういう淡々としたもんには慣れてるんだ。別に悪い気分はしねぇからな。」
「もう、少しは楽しくなれないの?いつまでもそんな態度だと、こっちまで滅入ってしまうわよ。」
ライの態度にカナメが肩を落とす。そこへカイリがやってきて、カナメの肩に優しく手を乗せる。
「人と人とのやり取りは押してばかりじゃいけないよ。たまには引くことも大事。今は見守ってみようか。」
「カイリさん・・・仕方がないですね・・・」
カイリに諭されて、カナメは渋々受け入れた。ライも不満を浮かべながらも、黙々と皿洗いを続けるのだった。
「カイリさん、備品取り扱い用のハサミが切れないんですけど・・」
そこへルナがカイリに声をかけてきた。困り顔の彼女に彼が近づき、そのハサミを手に取る。
「切れ味が鈍ってきてたからね・・昨日のうちに買っておくべきだった・・・」
カイリが肩を落として自分の失敗を悔やむ。
「では私が行きましょうか。この中で1番手が空いていますし。」
「えっ?でも、カナメちゃんにわざわざ・・」
「ダメですよ、カイリさん。私はバイトで、あなたはオーナー。容赦なくこき使ってくれないと逆に困りますよ。」
カナメが満面の笑みを浮かべる。彼女の言葉に言いとがめられて、カイリは渋々彼女に買い物を任せることにした。
カイリに言われたものを買うため、カナメは外に出ていた。彼女は早歩きで、その目的のものの売っている店に向かっていた。
その途中の通りにて、カナメは唐突に足を止める。彼女は街中に漂っている冷気に緊迫を覚えたのだ。
(冷たい空気・・もしかして、ガルヴォルスが近くに・・)
カナメは周囲を見回して、ガルヴォルスの行方を追う。だが周囲は人が散開しているばかりで、異様な様子すら見られない。
カナメはかすかに漂ってくる冷気の出所を追うことにした。冷気は裏路地からあふれてきており、彼女が進んでいくに連れて、その冷たさが強まっていく。
そして彼女は、人気のない広場に出た。そこはビルに囲まれた裏広場だった。
冷気は広場の中央からあふれてきていた。そこには白熊の怪物がおり、口から冷気を吐き出していた。
「あなた、ここで何をしているの・・・?」
カナメが当惑を浮かべながら怪物に声をかける。すると怪物は冷気の吐息を止めて、彼女に眼を向ける。
「何だ、お前は・・女が、また僕を陥れるつもりなのか・・・!?」
怪物がいきり立って、カナメに向けて冷気を吹きかけてきた。カナメは白い冷気に眼を細めるも、後退して身構える。
「あなた、ガルヴォルスなんでしょ!?だったらこんなことしないで・・・!」
怪物に呼びかけるカナメの頬に異様な紋様が浮かび上がる。そして彼女の姿が白鳥を思わせる怪物へと変わる。
「えっ!?・・君も、もしかして・・・?」
我に返った怪物が男の姿に変わる。カナメもこれに合わせて、人の姿に戻る。
「あなた、どうしてこんなことを・・・もしかして、誰かを・・・?」
「そうだよ・・・僕は女がイヤなんだよ・・お前がガルヴォルスじゃなかったら、すぐにでも凍らせてたところだよ・・・」
カナメが深刻な面持ちで訊ねると、男も思いつめた面持ちで答える。
「あなたに何があったの?・・・確かに私はガルヴォルス。そんなことを聞くのはどうかと思うけど・・・どうして、女性を・・・?」
親身になって男の悩みに関わろうとするカナメ。すると男は自分の中に封じ込めていた過去を思い返した。
「女は身勝手な生き物だよ・・僕が願ってもないのに勝手に僕のところに寄ってきて、僕にいろいろとやらせておいて・・僕を利用するだけ利用して・・・そんなの、許せるものか・・・!」
「そんなことが・・・大丈夫。私はそんな考えは起こさない。むしろそんな人を、私も快く思っていない・・・」
男の事情を聞いて、カナメも深刻な面持ちを見せる。だが男は首を横に振る。
「いくらガルヴォルスのお前でも、僕を救うことができるっていうのか・・・僕の気持ち、誰にも理解できない・・・!」
「そんなこと・・・!」
男が言いかけると、カナメがたまらず声を荒げる。男の姿が再び白熊の怪物へと変わる。
「やめて!私は、あなたを助けたいのよ・・・!」
「僕は我慢ならない・・女はみんな凍り付けばいいんだよ・・・!」
カナメの悲痛の叫びも、男には通じていなかった。
「こんなことをしても、何にもならない・・・」
困惑の広がるカナメの姿も、スワンガルヴォルスへの変貌を遂げていた。
カナメの帰りが遅いことを心配したカイリは、ライに彼女を探してくれるよう頼んだ。店の繁盛で手が放せないからとはいえ、ライはカナメを探すことに腑に落ちない心境だった。
「全く。どこをどうほっつき歩いてるんだ。真面目な顔してふざけやがって。」
街中を捜索しながら、ライは愚痴をこぼしていた。
そのとき、ライは街に漂う冷気に緊迫を覚える。これがただの冷気でないことを彼は感じ取っていた。
「ガルヴォルス・・・!?」
ライはその気配の根源を追い求めて、街中を駆け出す。そしてついに、彼は2体のガルヴォルスのいる広場にたどり着く。
「ガルヴォルス・・アイツら・・・!」
ガルヴォルスに対する憎悪を募らせるライの頬に異様な紋様が浮かび上がる。そしてその姿が狼の怪物へと変貌する。
いきり立ったライが、冷たい霧を吐き出しているホワイトベアーガルヴォルスに向かって飛びかかる。突然のウルフガルヴォルスの乱入に、男もカナメもお驚きを覚える。
「ガルヴォルスは許さない!オレが全部ブッ潰してやる!」
ライの繰り出した拳が男の体に叩き込まれる。男は突き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
ライは男に追撃しようとさらに飛びかかる。そこへカナメが割って入り、翼を振りかざして彼をけん制する。
「コ、コイツ・・!?」
スワンガルヴォルスの乱入に、ライが驚愕を覚える。先日、自分と互角の力を見せ付けた相手が、再び自分の前に立ちはだかったのだ。
「やめて!彼は悩んでいるのよ!ガルヴォルスと人の間で!」
「何ワケ分かんねぇこと言ってやがるんだよ!ガルヴォルスは敵!人間を食い物にするバケモノなんだよ!」
呼びかけるカナメだが、ライは聞く耳を持っていなかった。ガルヴォルスに対する憎悪が、彼を突き動かしていた。
「それは大きな勘違いよ・・本当のバケモノは人間のほう。人の皮を被った、本当のバケモノよ!」
「ふざけるな!」
カナメの言葉に憤慨し、ライが拳を繰り出す。カナメはとっさに飛翔してこれをかわす。
「あなたもガルヴォルスなんでしょ!?なら分かり合えるはずなのに、なぜ・・!?」
「好きでガルヴォルスになったわけじゃねぇ!オレはガルヴォルスを許さねぇ!全員オレが、この手で!」
カナメの呼びかけを受け入れようとしないライ。カナメはついに身構え、ウルフガルヴォルスを鋭く見据える。
「あなたはここから離れなさい!あのガルヴォルスは、私が相手をするから・・・!」
背後にいる男に呼びかけるカナメ。男は何も答えず、大きく飛び上がってこの場を離れる。
「バケモノ同士が馴れ馴れしく・・・人を食い物にしてるくせに!」
憤りをあらわにして、ライがカナメに飛びかかる。
「腐ってるのは私たちじゃない!人間のほうよ!」
拳を振るうライに向けて、カナメも拳を突き出す。2人の攻撃が衝突し、激しい火花が散る。
2人の力は相殺し、2人が互いに弾き飛ばされる。後退しつつ体勢を整え、2人が互いを鋭く見据える。
「お前は一筋縄ではいかねぇみてぇだ・・だったらもう容赦しねぇ!」
ライは言い放つと、独特の構えを取る。走りのスタートの体勢に近く、両手は爪で引き裂くことを狙うかのように、半開きの状態で指がかすかに動いていた。
そしてライは全速力で飛び出し、一気にカナメの懐に飛び込む。右手を強く握り締めて、それを彼女に振りかざす。
カナメが背中の翼を振りかざすと、その翼に淡い光が宿り、ライの拳を受け止める。
ライもカナメも、負けじと力を注ぎ込む。やがて力は膨張し、決定打を与える前に膨大な爆発を引き起こした。
爆発は広場全体に広がり、ライはその壁に叩きつけられ、カナメは上空に跳ね上げられた。2人の全力が再び相殺されたのだった。
次回
「ガルヴォルスの中に、人の心が残っているとしたら・・・」
「僕に何を信じろって言うんだよ!」
「お願い、やめて!」
「ガルヴォルスは人じゃねぇ。全員がオレの敵なんだよ!」