ガルヴォルスLord 第2話「人を憎む者」
私は人間を信じることができなかった。
周りが私にしてきた仕打ち。
そして人でないものに変わった私。
それが私が、人間を捨てた瞬間だった。
レナやルナちゃんと出会うまでは・・・
幼くして両親を亡くした私は、親戚の知り合いの家に預けられた。両親を失った悲しみが残っていたけど、その新しい家族が私を受け入れてくれると信じていた。
でも、その人たちは私に幸せの欠片すら与えてくれなかった。
その家族に預けられた直後から、私はその夫婦にこき使われることになった。
その家は酒場を営んでいた。夜になると酒を求めてやってくる客が多くなる。そこで私は店内の掃除や荷物運び、雑用まで何でもやらされた。
逆らえば暴力を振るわれる。どんなに私に傷ができても、その夫婦は私をこき使う。
(どうして・・・どうして私がこんな思いを・・・)
私はいつもそう思っていた。しかしその願いを聞き入れてくれる人は、誰一人いなかった。
このような生活が数年続いたある日のことだった。この日も私は、いつものようにこき使われ、店の掃除をさせられていた。
「ほらほら、しっかり働きなよ!せっかくお前の親になってあげてんだからさ!」
母の代わりになっている女が、私に怒鳴り散らしてくる。その罵声の一声一声が、私の心に怒りを植えつけてきていた。
「なんだい、その眼は!住まわせてる恩を仇で返そうってのかい!?」
女は眼を血走らせて、私をほうきで叩き出した。力の弱かった私には、その暴力に抗うことができなかった。
「そんな考え持ってる暇があったら、きちんと働きな!ほら、まだトイレ掃除と荷物運びが残ってるんだからね!早くしないとお客さん来ちまうよ!」
女は私にそういうと、厨房へと戻っていった。私はそれから店の中の掃除を続けるしかなかった。
だが、その間にも私の中で、黒い憎悪が膨らんできていた。それが自分でも分かるくらいに、憎悪は大きくなってきていた。
そしてそれが爆発したのは、それから数日後のことだった。
その日も私は雑用をさせられていた。夜の客のラッシュが去り、店は平穏を取り戻していた。
「もう。客は来るけどあんまし食べてくれないからね。」
「これじゃ赤字覚悟か?じゃ、もうちょっとコイツに働いてもらわねぇとな。」
女がため息をつくと、その夫である男が私に眼を向けてくる。すると2人は私に近づき、男が私の髪をつかんできた。
「い、痛い・・・!」
「おい、キリキリ働けよ!そんなのんびりしてたら、こっちは赤字になっちまうんだよ!」
男は私に怒鳴ると、私を突き飛ばして雑用を急かす。
「全く、せっかく駒を拾ってきたっていうのに、これじゃとんだ買い物だって気分だぜ!」
「買い物・・・!?」
男の言ったことに、私は耳を疑った。
「めんどくさいから言っといてやるよ!お前はオレたちが買ったんだよ!ウンザリしたがってたお前の親戚連中から、高い金を払ってな!」
「そんな・・・!?」
「お前をこき使えば、こっちの労働力が少なくて済むと思ってたんだけどな・・これがこのザマだ。」
男は苛立ちを見せながら、私に言い放つ。私の親戚が私を売り飛ばしたというその言葉が、私は信じられなかった。
「こういうことなら、最初から買い物なんてしなきゃよかったよ!こんな使えないガキなんか!」
「ウソ・・・」
「ウソじゃないよ。だってきちんと誓約書までもらってるしさ。」
私が否定するが、夫婦は確信して言ってくる。
「お前は親族から愛されちゃいなかったってことだな。お前なんか、いてもいなくても同じだってわけだ。」
「そんな・・・そんなバカなこと・・・!?」
男の言葉で、私の中で何かの引き金が引かれたように感じた。
「何だ、その態度は!?お前はうちらに使われてるんだよ!だからそんな態度をする権利もないんだよ!」
「どこまで・・勝手なことを・・・」
ついに私の怒りは頂点に達した。傷だらけの体を動かして、私は立ち上がる。
「許さない・・・どいつもこいつも、私のことを・・・!」
「ケッ!使われてる分際のくせに偉そうに!」
「殺してやる・・・私を虐げるものは全部・・必ず殺してやる!」
怒りの叫びを上げた瞬間、私の体に変化が起こった。私自身、何が起こったのか分からなかった。
だけど、これだけは自覚していた。人でない別の何かに変わっていることは。
「な、何なんだ、これは・・!?」
「バ、バケモノ・・ギャアッ!」
男も女も私を指差して悲鳴を上げていた。怪物を見ているような形相を浮かべて。
「バケモノ?・・何だっていいわ・・とにかく私は、あなたたちを殺す・・・」
「殺す!?うちらはお前と違って、ちゃんとした人間だよ!本気でうちらを殺せるっていうの・・!?」
「殺せるわ。だってあなたも人間じゃないから・・」
悪あがきをする夫婦に、私は冷淡に言い放った。今の気分は、まさに鬼か悪魔だった。
「人間の姿をしているけど、心は人間じゃない・・存在する価値さえない・・あなた自身でその価値を壊したから・・」
「た、助けておくれ!・・今までお前さんにやったことは全部謝る!だから許して!」
私に突然怯えだした夫婦が私に命乞いをしてきた。だが私は2人を許せるはずもなかった。
「これからは何でもしてあげる!だからお願い!命だけは・・!」
夫婦がさらなる懇願。だけど、もう私は聞きたくはなかった。
私が殺意を向けた瞬間、私の背中から翼が生え、そこから羽根が矢のように飛んだ。その羽根が夫婦を貫き、その体から血をまき散らした。
脱力した夫婦の体が石のように固まって動かなくなる。そしてその体が砂のように崩れていった。それは夫婦が命を落としたということだった。亡骸さえ残らずに。
本当なら自分を傷つけた相手がいなくなって喜べるところだった。だけど私は素直に喜ぶことができなかった。
人を殺めるのが初めてのこと。それが私に動揺を植えつけていたのかもしれなかった。
だけど、自分以外の人間が信じられなくなったのは、自分でも分かるくらいに明らかだった。
私はどうしたらいいのか分からないまま、夢遊病者のように店を出て行った。
それから、人間たちは私をどんどん追い込んでいった。町から町を転々としていった中で、私は人の非情さ、人の闇を見てきた。
虐待、いじめ、策謀、人の被った悪魔が、弱い人を平気で陥れていた。それが私の心に傷を付けていった。たとえその矛先が私に向けられていなくても、その光景が私を傷つけていた。
そしていつの間にかこう思うようになっていた。人は信じるに値しない存在だと。
弱いものを虐げるものを見てると、私の中の怒りが私を揺さぶる。だが私は最初から、私を駆り立てるその感情に身を委ねていた。
私は感情の赴くまま、その不良たちの前に立った。
「何だ、このアマ?」
「もしかして、お前がうちらと遊んでくれるってか?」
「どっか楽しいとこ知らないか?最近退屈続きでさぁ。」
不良たちが好き勝手なことを言う前で、私はおもむろに笑みを見せた。
「いいわよ・・案内してあげる・・・地獄の底に!」
私は再び変貌を遂げた。その姿に、勝気を見せていた不良たちが恐怖を見せる。
「バ、バケモノ!」
「そう、今の私はバケモノ・・鬼でも悪魔でもいい・・・でも、あなたたちは私以上の、本当のバケモノよ!」
絶叫を上げる不良たちに向けて、私は死の矢を放った。不良たちは固まって絶命し、砂のように崩れていった。
私は許せなかった。この不良のように、自分のためなら手段を選ばない、人の形をした存在を。
私はしばらく路頭に迷い、目的もなく歩き続けていた。しかしいつしか私の体力も精神力も限界に来ていた。
私はいつの間にか、道端で倒れ込んでいた。意識が遠のいていく私の中で、私は自分の中で憎悪が膨らんできているのを感じていた。
そんな私に向けて差し伸べてきた。気付いた私は、おもむろに顔を上げる。
そこには1人の少女がいた。年齢は私と同じくらいだろうか。彼女は私に笑いかけて、私に手を差し伸べてきていた。
「どうしたのよ、あなた?こんなところで寝てると病院送りになっちゃうわよ。」
少女は優雅な雰囲気を放ちながら、私に声をかけてきた。しかし私は人が信じられなくなっていたため、その人も信じることができないでいた。
「私に近づかないで・・・どうせ私を陥れるための装いでしょ・・・」
私はその少女を突き放した。すると少女は不満を浮かべて、私の手を優しく取った。
「そういう悪い考えは、自分を悪くしちゃうものよ。って、これは妹の受け売りなんだけどね。」
「妹・・・?」
少女が言いかけると、私はその背後に眼を向けた。そこにはもう1人、優しい笑顔を見せている少女がいた。
「私は柊レナ。で、あの子が妹のルナ。あなたは?」
少女、レナが妹のルナちゃんと併せて自己紹介をしてくる。私が黙り込んでいると、レナは再び不満を浮かべてきた。
「名前よ、名前。こっちが名乗ったんだから、あなたもちゃんと名乗りなさいよ。」
「私は・・・カナメ・・白雪カナメ・・・」
レナの勢いに乗せられてか、私は思わず自己紹介をしていた。するとレナは笑顔を取り戻して、改めて私に手を差し伸べてきた。
「何も言いたくないならそれでもいいけど、とにかく何か食べていきなさいよ。おなかがすいたら何とかはできないって。」
「もう、お姉ちゃんったら。食事を作るのは私なんだから。」
レナに向かって、今度はルナが不満を言ってきた。この姉妹のやり取りを見て、私は思わず笑みをこぼしていた。
「何よ。笑うとあなたも結構かわいいじゃないの。」
「もう、それじゃ笑わない私がかわいくないって言い方じゃない・・」
「その通りよ。だってさっきのあなたを見てて、かわいいなんて全然思えないわよ。」
「それってどういう意味よ!私だってわかいいところがたくさんあるんだから!」
私とレナはいつしか口ゲンカを始めてしまっていた。そのやり取りを見て、ルナちゃんが笑みをこぼしていた。
これが私とレナ、ルナちゃんとの出会いだった。もしもこの2人に会ってなかったら、私は今も人を信じられないままだった。
表向きには仲が悪いように感じさせてるけど、ありがとう、レナ・・・
ライからの接触に気恥ずかしくなり、カナメはたまらず彼を張り倒して家を飛び出してしまった。彼女はひたすら通りを駆け抜けていった。
だが、彼女はふと立ち止まり、戸惑いを覚える。なぜこんなことになってしまったのか、彼女は一瞬分からなくなってしまっていた。
(私が、こんなに恥ずかしがるなんて・・・自分でも馬鹿馬鹿しく思えて・・・)
困惑にさいなまれて、カナメはたまらず自分の胸を押さえる。自分がこれまで感じたことのない不思議な気分だった。
そのとき、カナメは突然緊張を覚えて背後に振り返る。その先には黒ずくめの男が立っていた。
「また若い女を見つけられるとは、今日のオレは運がいい・・・」
歓喜を口にした直後、男の姿が不気味な怪物へと変貌する。虎を連想させる姿のタイガーガルヴォルスに。
「ガルヴォルス・・・!?」
カナメが眼前の怪物を目の当たりにして驚愕を見せる。その反応にタイガーガルヴォルスが悠然さを浮かべる。
「ほう?オレのこの姿を知っているとはな。ということはこの力も大方予想がつくはずだ。」
男は言い放つと大きく跳躍し、カナメに向かって飛びかかる。そのとき、カナメの頬に異様な紋様が浮かび上がる。
「まさか・・!?」
「生憎だったね。私もあなたと同じ、ガルヴォルスだからね・・・!」
驚愕する男に言い放つカナメの姿が変貌する。白鳥を連想させる姿の怪物に。
カナメは背中から翼を広げて、男に向かって飛びかかる。2人のガルヴォルスが爪を振りかざし、相手を切り裂こうとする。だが2人の爪は刃先で衝突し、攻撃を相殺する。
カナメと男がとっさに一蹴を繰り出す。再び互いの攻撃がぶつかり、反発を引き起こして弾き飛ばされる。
体勢を立て直して、互いを見据える2人。慄然としているカナメに対して、男は悠然さを崩していなかった。
「なかなかやるな。だがそんなお前に死を与える瞬間が、オレに恍惚を与えてくれる・・・」
男は笑みをこぼすと、カナメに向かって素早く飛びかかる。だがこの直線的な動きは、カナメにとって造作もないことだった。
男が繰り出した一閃をかわし、カナメが打撃を見舞う。彼女の拳は男の腹部に命中し、彼を突き飛ばす。
「ぐっ!・・まさかこのような攻撃をしてくるとは・・・だが一筋縄でいかないほど、オレの楽しみも増えるというものだ・・・」
男は歓喜の笑みを浮かべて、カナメを見つめる。彼女は未だに慄然さを崩していない。
「今回はここまでにしておこう。続きは次の機会に回しておく。」
男はそう言い残すと飛び上がり、カナメの前から姿を消した。敵意が去ったことを感じて、カナメは肩の力を抜く。
そのとき、カナメは近くに凄まじい気配を感じて振り返る。その先には狼を連想させる姿の怪物が立っていた。
「あなた・・・?」
「ガルヴォルス・・・ここでもテメェらは・・誰かを傷つけようってのか!?」
当惑するカナメに向かって、ウルフガルヴォルスが憤怒を見せる。爪を立てて飛びかかってくるが、カナメは背から翼を広げてその突進をかわす。だがウルフガルヴォルスも飛び上がり、爪を振りかざして追撃を繰り出す。
カナメもとっさに翼を振りかざして、ウルフガルヴォルスを迎撃する。2人の攻撃はその威力を相殺し、2人は再び距離を取る。
「あなた、どういうつもりなのよ・・・!?」
「オレはガルヴォルスを許さねぇ・・姉さんを奪った、テメェらをな!」
問い詰めるカナメに向けて、ウルフガルヴォルスが怒りをあらわにする。
(姉さん・・・!?)
カナメはその言葉に疑問符を浮かべるが、ウルフガルヴォルスがその怒りに駆り立てられて、彼女に向かって飛びかかる。
カナメはとっさに爪を振りかざし、ウルフガルヴォルスの突進を迎え撃つ。2人の力は凄まじく、互いに反発して2人が弾き飛ばされる。
壁に叩きつけられて、苦痛を覚えてうめくカナメ。巻き上がる砂煙の中で、彼女の姿が人間に戻る。
「何てヤツなの、あのガルヴォルス・・・私の力で押し切れなかった・・・」
苦悶の表情を浮かべて、カナメがうつ伏せに倒れ込む。ガルヴォルスの力を使いながら、ここまで自分が追い込まれたのは初めてのことだった。
スワンガルヴォルスとの衝突で、同じく壁に叩きつけられたライ。力を使い果たした彼の姿が人間へと戻る。
「くっ・・何てヤツだ・・こんなに強いガルヴォルスは、オレが今まで会った中で初めてだ・・・!」
毒づくライが、巻き上がっている砂煙の中へ足を踏み入れる。スワンガルヴォルスがその中に潜んでいるかもしれない。
「逃がさねぇ・・姉さんを奪ったガルヴォルスは、全部オレがブッ倒してやる・・・!」
声と力を振り絞って、ライが足を前に進める。砂煙を突っ切り、ライが敵の行方を探る。
だがそこにいたのは、傷つき倒れているカナメを発見する。
「おめぇ・・・!?」
ライは眼を見開き、カナメの体を抱え上げた。彼は彼女をガルヴォルスが襲ってそのまま逃げたものと思っていた。
「おい、しっかりしろ!アイツか!?アイツにやられたのか!?」
ライが声を上げて呼びかけると、カナメが意識を取り戻して眼を開ける。
「あれ・・私は・・・あなたは・・・?」
「おめぇ・・・よかった・・無事だったんだな・・・」
当惑を見せるカナメを見つめたまま、ライが安堵の笑みをこぼす。
「よかった・・大したケガとかはしてねぇみてぇだ・・・ところがアイツは、怪物はどうしたんだ・・・!?」
「怪物・・・分からない・・・」
ライの呼びかけに、カナメは少し混乱していた。追い込まれたことに、彼女の心は不安定になりかかっていた。
「とにかくおめぇの家に連れてくからな・・これでおめぇらに助けられたときの借りは返したな・・」
ライはカナメを抱えて言いかけるが、意識がもうろうとしていたカナメには聞こえていなかった。
(やっぱりガルヴォルスは許せねぇ・・自分の目的のために、関係のない人たちを・・・!)
ライはガルヴォルスに対する怒りを強めていた。自分の心を砕いた怪物を野放しにはできない。彼はそう決意していた。
これが、血塗られた過去を背負う2人の運命の始まりだった。
次回
「これじゃ強制労働じゃねぇかよ。」
「みんな凍りつかせてやるよ・・・」
「ガルヴォルス・・・!?」
「私は、あなたを助けたいのよ・・・!」
「僕の気持ち、誰にも理解できない・・・!」