ガルヴォルスLord 第1話「異形を恨む者」
全ては、あの女から始まった・・・
いつでも優しく、オレを励ましてくれた姉さん。
両親を亡くしていたオレたちは、これからも2人で力強く、幸せに暮らしていくはずだった。
だがある日、家に戻ってきたオレが見たのは、変わり果てた姉さんの姿だった。
服がボロボロに崩れていて、さらされている体がピキピキと音を立てていた。
裸のまま動けなくなっていたら、自分の異変と恥ずかしさでどうかなってしまいそうになるはずなのに、なぜか姉さんは笑っていた。
まるでこうなることを喜んでいるかのように、姉さんは微笑んでいた。
この光景で、オレのほうがどうかなってしまいそうだった。
混乱しているオレの前に、1人の女が現れた。
女は姉さんの体を抱き寄せて、オレに笑みを向けていた。
この女が、姉さんをこんなにしてしまったんだ。
許せなかったオレは女に向かっていったが、女の人間離れした力の前では、オレはあまりに弱すぎた。
女は笑みをこぼす横で、姉さんは微笑んだまま、完全な石像へと変わっていった。
どうしようもなくなったと思うしかなかったオレの前から、姉さんは女に連れられて姿を消した。
オレは悔しかった。
何もできずに、姉さんを奪われたことが。
そして許せなかった。
ヤツら、ガルヴォルスの存在を・・・
高い学力を有する大学が点在している大きな街。その街で生活している1人の少女がいた。
白雪(しらゆき)カナメ。落ち着きのある雰囲気と首元辺りまである青みがかった黒髪、その髪からはねている髪の毛が特徴の大学生である。
カナメはゼミの講義を受けるため、大学を訪れていた。教室には何人かの生徒が先に来ており、カナメはその中の1人の女子を眼にしていぶかしげな面持ちを浮かべる。
柊(ひいらぎ)レナ。カナメと同じ大学の生徒であり、さらに同じゼミ生である。長い黒髪と優雅な雰囲気と容姿が特徴である。2人は幼馴染みではあるが考えが合わず、互いに腐れ縁と認識していた。
「ごきげんよう、カナメ。今日は私のほうが先だったわね。」
「レナ、そんなことで私に勝ったのがそんなに嬉しいの?」
悠然と挨拶をかけてくるレナに、カナメが呆れた面持ちを見せる。
「だってあなたは、真面目一直線だけど時々間の抜けたところを見せたりしますからね。」
「誰が間が抜けてるって!?アンタ、私より少しだけ成績がいいからって、有頂天になんないでよね!」
「確かに私はあなたより成績がいいですわね。ただし運動系はあなたのほうが上だけど。でも裏を返せば、勢い任せ、猪突猛進ということを示唆しているのでは?」
「勝手を言わないで!もしかして、この前のバレーで私のアタックを顔面に受けたこと、まだ根に持ってるの?」
「あれで危うく顔の形が変わるかと思ったわよ!いくら私の姿を僻んでるからって・・」
周りのことなど気に留めず、口ゲンカを始めてしまうカナメとレナ。2人のやり取りを見て、同じゼミ生たちが苦笑を浮かべていた。
「あ〜あ、また始まっちゃったよ、カナメちゃんとレナちゃんのケンカ。」
「これじゃ先生が来るまで静かになりそうもないわ。」
ゼミ生がこぼす言葉を聞きもせず、カナメとレナが口ゲンカを続ける。このケンカが終わったのは、教師が入った後のことだった。
そのゼミの後、カナメとレナは帰路に着いていた。だが2人は家が隣り合わせだったため、同じ帰り道を歩くことが多い。
「どうしてあなたと一緒に帰らなくちゃなんないのよ・・」
「家が隣同士なんだから仕方がないでしょう。」
家路でも不満をぶつけ合うカナメとレナ。家にたどり着こうとしていた2人に、1人の少女が声をかけてきた。
ふわりとした茶髪におっとりした面持ちと雰囲気が特徴的だった。
「もうお姉ちゃんとカナメさん、またケンカしてる。ダメだよ、いつまでもケンカばかりしちゃ。」
「いきなり何を言い出すの、ルナ?人聞きが悪いわよ。」
注意を促してくる少女、柊ルナに、レナが肩を落としながら答える。ルナはレナの妹であり、姉であるレナを尊敬しているが、時折彼女の歯止め役になることもある。
「こんにちは、カナメさん。あ、もうこんばんはですね。」
「やぁ、ルナちゃん。相変わらず大きい胸ね。」
笑顔を見せるルナにカナメが答える。彼女の指摘にルナが頬を赤らめて自分の胸を押さえる。
「もう、カナメさん、からかわないでくださいよー。」
「そうよ、カナメ。姉の私より妹のほうが胸が大きいなんて、私は恥ずかしくて恥ずかしくて・・」
ルナがカナメに不満の声を上げると、レナが呆れながら付け加える。その言葉に、ルナの不満はレナに移っていた。
「お姉ちゃんまでそういうこと言わないでよー!」
ふくれっ面を見せるルナに、レナとカナメは苦笑いを浮かべていた。
「あ、あれ?・・お姉ちゃん、あの人・・・?」
「えっ?」
そのとき、ルナがじっと見つめる先を指し示し、レナがその方向に振り返る。その先には、1人の男がゆらゆらと歩いてきていた。
少し逆立った茶髪と長身。しっかりとした体格であるにもかかわらず、ひどく疲れている様子だった。
「どうしたんだろう?とても普通とは思えないよ、あの様子・・」
ルナが呟くのをよそに、カナメもレナもその男の様子を見つめている。その視線の先で、進んでいた男が突然前のめりに倒れこんだ。
「た、大変!」
ルナが声を荒げ、カナメとレナが男に駆け寄る。
「大丈夫!?しっかりしてください!」
レナが呼びかけるが、男はうめくばかりで答えられないようだった。
「ルナ、急いで救急車を呼びなさい!」
「は、はいっ!」
レナが呼びかけると、ルナが慌しく答える。
「ま・・待って・・くれ・・・」
そのとき、男が声を振り絞り、ルナが足を止める。
「少し、疲れているだけだ・・休めば大丈夫だ・・・」
「そんなこといったって、ひどく疲れてるじゃない・・とにかく家に来なさい!」
男の言葉をさえぎって、カナメが男を抱えて家に担ぎ込んだ。レナもルナも男のことが気がかりになり、彼女の後についていった。
カナメの介抱を受けて、男はようやく落ち着き、彼女のベットで安堵の吐息をついていた。
「よかった・・疲れているだけだったみたい・・・」
「・・別に気遣ってくれなくてもよかったのに・・・」
安堵するカナメに、男が不満の声をもらす。
「もう、そういうときは素直に介抱を受けるものよ。ここは大人しく休んでいきなさいよ。」
「そうはいかねぇ・・お前らにこれ以上迷惑をかけるわけには・・・」
男がカナメの制止を聞かずにベットから起き上がろうとする。するとカナメがいきなり男の首を後ろから叩き、気絶させた。
「ち、ちょっとカナメさん!一応けが人なんですから、そんな横暴な・・!」
その行為にルナがたまらず声を荒げる。しかしカナメは平然と、
「荒療治よ。こうでもしないと大人しくしなさそうだったから・・」
「もう、あなたって人は・・どこまで野蛮なのかしらね。」
レナが呆れると、カナメが不満の面持ちを浮かべる。
「誰が野蛮よ。いつもお嬢様気分に浸ってるあなたが。」
「私は事実を言っているだけよ。あなたがこの人にした仕打ちだけで、十分証拠になりえるわ。」
「もう、やめてよ、2人とも!」
再び口論しようとしていたカナメとレナを、ルナが言いとがめる。2人は腑に落ちない面持ちを見せるも、口論を思いとどまる。
「とにかく何か食べるものを用意しないと・・きっとこの人、おなかをすかせてるんじゃないかと・・カナメさん、キッチン借りますね。」
「えっ?・・う、うん・・」
「そうね・・ルナ、お願いね。」
ルナが言いかけるとカナメがきょとんとなりながら頷き、レナは頷いて調理を任せる。するとルナは笑顔を見せて、部屋を後にした。
「ルナちゃんに任せ切りにして・・あなたも少しは手伝いに行きなさいよ。」
「私が料理が大の苦手だってことはあなたも知ってるでしょ?でなかったら、私が料理をやってやるんだから。」
言いかけるカナメにレナが憮然とした態度で答える。レナは調理が苦手で、彼女の作る料理は材料からは想像できないほど絶望的なものになってしまう。そのため、調理はルナの担当となっている。
「それにしてもこの人、けっこうかっこいいじゃない?」
「・・まぁ、確かにいいほうだとは思うけど、性格はそれほどとは言えないわね・・」
笑みをこぼして言いかけるレナに、カナメが頬を赤らめながら答える。その中でカナメは、男から不思議な感じがするのを察していた。
「あら?もしかしてこれ、この人の免許じゃ・・」
「えっ?」
レナが口にした言葉にカナメが振り向き、レナが拾った定期入れに眼を向ける。そこには男、霧雨(きりさめ)ライの運転免許が入っていた。
「霧雨、ライ・・・」
カナメはおもむろにライの名前を呟き、眠る彼の顔に眼を向けた。
夕暮れ時の小さな通り。学校から家に帰ろうとしている女子高生が、1人でこの道を歩いていた。
彼女は不安を隠せないでいた。自分を誰かが追いかけようとしている気がしてならなかったからだ。
不安はいつしか恐怖に変わり、彼女を足早にさせる。逃げるように必死に走り込み、そして立ち止まって後ろに振り返る。
背後には誰も追いかけている様子も気配もない。ただの思い過ごしだと思って、女子高生は安堵の吐息をつく。
そのとき、一条の刃が飛び込み、女子高生の体を切り裂いた。鮮血が飛び散った後、女子高生の体が一気に色を失くし、固まって動かなくなった。
その眼前に降り立った不気味な怪物。虎のような容姿をしているが、血に飢えた異質の怪物であることに間違いなかった。
「この瞬間・・一瞬にして若い女の命を絶つこの瞬間がたまらない・・しかもその死の瞬間で殺した女の姿が止まることさえ、オレにさらなる恍惚を与えてくれる。そして・・」
悠然と言いかける怪物の姿が、黒ずくめの男になる。男は歓喜の笑みを浮かべて、固まって動かなくなった女子高生の体に触れる。
その瞬間、女子高生の体が砂のように崩壊した。そよ風に流れて霧散していくその亡骸を見下ろして、男は笑みを強める。
「死を受け入れた女がそれに気付くことなく消滅する瞬間も・・・」
男は高揚感を浮かべながら、この場から姿を消した。怪物の犠牲となった女子高生は、その亡骸が完全に霧散してしまったため、彼女は失踪事件として処理されることとなった。
ライが再び眼を覚ますと、カナメとレナが安堵の笑みを見せてきていた。
「ようやく気がついたみたいね・・ゴメンなさいね。カナメ、手加減がうまく利かないから・・」
「ちょっと、レナ。それってどういう意味よ・・?」
ライに言いかけるレナに、カナメが不満を口にする。
「ずい分と世話になっちまったな・・もう、いい加減に出て行かねぇと・・」
「あなた、いい加減にしなさいよ。もう少し休んでいきなさい。もうすぐルナちゃんの料理ができあがるから・・」
「そうよ。ルナの料理はいつ食べても最高なんだから・・って、料理がダメな私が言っても説得力ないけど・・」
立ち上がろうとするライを呼び止めるカナメに続いて、レナも悠然と答える。
「これ以上オレに関わるな。それがお前たちのためなんだから・・」
「いつまでも勝手なこと言わないでよ!ケガがないとはいえ、あなたは1度疲れて倒れたんだから・・・!」
さらにライを止めようとしたとき、カナメが体勢を崩して前のめりに倒れそうになる。だがライに支えられて、倒れるのを免れる。
「あ、ありがとう・・おかげで倒れずに・・・」
カナメが感謝の言葉をかけようとしたときだった。彼女はライの手が自分の胸に当たっていることに気づく。そしてライが全くそのことに動じていないことも。
「こ・・このバカッ!」
カナメはたまらずライの顔面を平手打ちにする。ライがその勢いでベットに叩き込まれる。
「このスケベ!女の胸に触っておいて、悪びれる様子も見せないなんて・・!」
「べ、別に触られたって悪いもんでもねぇだろ!それにわざとやったわけじゃ・・!」
「ホントにバカなんだから!こんな思いするくらいなら、助けなければよかったわ!」
ライの返答に憤慨し、カナメは部屋を飛び出してしまう。その彼女に、丁度食事を運んで部屋に来たルナとすれ違いになる。
「ど、どうしたの・・カナメさん・・・?」
きょとんとなりながら声をかけてくるルナ。レナがライに眼を向けながら、肩を落としてため息をつく。
「いくらなんでも、それはデリカシーがなさすぎだって・・」
「そこまでいうか・・そんなに気にしなくてもいいと思うだけど・・」
それでもライは反省しようとしない。もはや何を言ってもムダだとレナは思った。
そのとき、ライは突然奇妙な感覚を覚え、眼つきを鋭くする。そしてライは立ち上がり、すぐさま部屋を飛び出した。
「ちょっと、ライ!?」
レナが呼び止めるのも聞かずに、ライはさらに家を飛び出す。彼の顔には剣幕が浮かび上がってきていた。
(もしかして、ガルヴォルスが・・・!)
いきり立つライが道を突き進んでいく。彼の頬に突如、異様な紋様が浮かび上がる。
そして彼の姿が人ではないものへと変化する。狼を思わせる異形の姿に。
彼が変身したのは「ガルヴォルス」と呼ばれる種族である。ガルヴォルスは人間の進化と称されているが、その姿かたちは人以外のものとなり、能力も人の域を大きく超えている。ライが変身したのは狼の能力を備えたウルフガルヴォルスである。
ライはガルヴォルスとなったことで、人の姿でいるときも五感が研ぎ澄まされている。その感覚によって、普通の人間では捉えられないような気配を感じ取ることが可能なのだ。
ガルヴォルスとなったライの速さは、人の眼に留まらぬものとなっていた。その速さで、彼は気配を求めて人気のない通りにたどり着いた。
そこでは別のガルヴォルス2人が対峙していた。一方は虎を、一方は白鳥を思わせる姿だった。
2人とも素早い動きで一進一退の攻防を繰り広げていたが、スワンガルヴォルスがタイガーガルヴォルスに一矢報い、タイガーガルヴォルスが撤退していった。
戦いを終えて肩の力を抜くスワンガルヴォルス。だが直後、ライが来ていることに気付いて振り返る。
「あなた・・・?」
「ガルヴォルス・・・ここでもテメェらは・・誰かを傷つけようってのか!?」
眼前のガルヴォルスに対して憤慨をあらわにするライ。爪を立てて、彼はスワンガルヴォルスに飛びかかる。
スワンガルヴォルスが背から翼を広げ、ライの突進をかわす。だが飛翔したガルヴォルスに向かってライは飛び上がり、爪を振りかざす。
スワンガルヴォルスもとっさに翼を振りかざして、ライを迎撃する。2人の攻撃はその威力を相殺し、2人は再び距離を取る。
「あなた、どういうつもりなのよ・・・!?」
「オレはガルヴォルスを許さねぇ・・姉さんを奪った、テメェらをな!」
問い詰めるスワンガルヴォルスに向けて、ライが怒りをあらわにした。
これが、血塗られた過去を背負う2人の運命の始まりだった。
次回
「せっかくお前の親になってあげてんだからさ!」
「どうして私がこんな思いを・・・」
「な、何なんだ、これは・・!?」
「本気でうちらを殺せるっていうの・・!?」
「殺せるわ。だってあなたも人間じゃないから・・」