ガルヴォルスinデビルマンレディー 第12話「因果」

 

 

 重い空気が張り詰めた街。夜明けとともに、1人の女性が壇上に上がった。

 アスカ蘭。夏子の上司に就いている彼女が、人々の憎悪を沈めるためにマイクを手に取った。

「みなさん、よく聞いてください。」

 アスカの声に、息を潜めていた人々が耳を傾ける。彼女の立つ壇上に続々と集まってくる。

「ガルヴォルスを憎むあなたたちの気持ちは分かります。自分たちが傷つく前に敵を倒そうという考えなのでしょう。」

 その言葉に周囲がざわつく。彼女の指摘どおりのことに、人々の興奮が湧いていたのだ。

「しかしよく考えてください。あなたたちが今していることと、ガルヴォルスがしていることに差はないとは思いませんか?憎しみに駆られて暴力に走るのは、その獣たちと変わらないのではないでしょうか?」

 アスカの必死の主張。その言葉に人々の心が揺らぐ。

「ガルヴォルスを憎むなとは言いません。ただ、これ以上の暴力は、関係のない人まで巻き込むのです。だから自ら戦いに赴かず、忍ぶ勇気を持ってください。」

 そういってアスカは壇上から離れていった。彼女の主張の余韻が、人々の心に染み渡らせる。

 これが人々の暴動を緩和するきっかけとなった。憎悪は消えないものの、争いは減少の方向に向かっていた。

 しかしこの主張は結果、彼女を支持し崇拝さえする異様な事態が見られるようになった。だが、直前の暴挙に比べれば些細なことに思えてしまい、警察はこれを放置した。

 これがアスカ蘭の、胸中で描いていた目論みの幕開けだった。

 

 街の外れの薄暗い空き地。その片隅で少女が人形と戯れていた。

 彼女は人々の迫害を受け、たくみたちにその争いを中断されたドール・ガルヴォルスである。彼女は人々の眼がたくみたちに向けられている間に、その騒動に紛れて逃げていた。

 その事件で、彼女は人を信じる心を失っていた。人と対面すれば、容赦なく暴力をふるわれると思い込んでしまっていた。

 彼女は元は人だった人形を使って1人で遊んでいた。ときにはままごとみたいなことをし、ときには手足を引っ張って暴力的な扱いをして、傷ついたなら無造作に放り投げていた。

「みんな嫌い・・・あたしは何もしてないのに・・・それなのにみんな、あたしをいじめて・・・許すことなんてできないよ・・・」

「それはどうかしらね?」

 そのとき声がかかり、少女は顔を上げる。そこには長い金髪の女性が、妖しい笑みを浮かべて彼女を見下ろしていた。

「確かに人間の中には、人間らしさをなくしている人もいる。あなたの本当の姿を見ただけで、恐れたり憎んだりしてしまう。でも、多くの人は優しい心を持っている。」

「そうだとしても・・あたしはみんなを信じられないよ・・・」

 優しく語りかけてくる女性、アスカ。しかし少女の打ちひしがれた心は信頼を持てない。

「だったら、私のところに来てみる?」

「えっ・・?」

 突然のアスカの言葉に、少女が思わず顔を上げる。

「私だったら、あなたの心を癒せるかもしれないわ。どうかな?よかったらでいいんだけど・・」

 アスカはそう告げて、少女に背中を向ける。すると少女がそわそわした面持ちを残しながら立ち上がる。

「あたしを連れてって、お姉ちゃん。」

 弄んでいた人形にされている人を放り捨てて、少女はアスカに駆け寄ってくる。アスカは少女の虚ろな眼を見ながら、再び妖しく微笑んだ。

 

 たくみたちは今、親戚の家に戻ってきていた。和海たちだけでなく、彩夏たちも彼の親戚がどういう人なのかを気にして、彼についてきていた。

 彼の親戚は様々な野菜や果物の栽培を営んでいた。作物に害を与えない農薬、いわゆる“無農薬農薬”を主に使い、人の体に優しい作物つくりをモットーとしていた。

「へぇ。これが“無農薬農薬”というものですかぁ・・」

 叔父に独特の農薬を見せられ、和美が感心の声をもらす。

「最近は化学薬品やらが目立っているが、それは人に害を与えるのは否めない。だから私はこうした”無農薬農薬”を使って、体に優しいものを作っているんだよ。」

「それでたくみくんが、あんなに立派に育ったわけですね?」

 ジュンが微笑みながら言うと、叔父は苦笑いを浮かべて、

「といっても、たくみくんは高校生になってから1人暮らしを始めてね。ときどきうちの野菜などを送っていたけどね。食べ物は何でも食べる子だったから。」

 自然にも人にも優しい食物を作ることが、叔父の1番の思いだった。この優しさにジュンと和美は安心感を受け止めていた。

「私にも、こんなふうに作れたりできますか?」

 和美がたずねると、叔父は優しく微笑む。

「それは私には分からないが、君たちには君たちにしかできないことがきっとあるはずだよ。畑は違えど、私と君たちの思いはさほど違わないはずさ。」

 その言葉に2人は同意した。この時間を大切にし、今を精一杯生きる。2人一緒にすごすことが、ジュンと和美の一途な願いだった。

 

 その頃、たくみと和海は家の廊下に座り、庭先をぼんやりと眺めていた。

 この家の庭にはわずかばかりの栽培が行われている。所有の農場を商品とするなら、ここはそれを良質のものとするための「実験用」といったところである。

 たくみは叔母がその食物を世話しているのを見つめていた。

「野菜や果物はね、心で作るもんなんだよ。」

「ああ。食べ物を作るだけに限らないけど、方法や環境も必要だけど、1番はうまく作りたい、大切にしたいという思いだってことだな。」

 叔母の言葉にたくみは同意する。

「アンタの考えは相変わらずなのかい?自分がしたいからそうするっていう・・」

「それがオレのやり方であり生き方だからな。それと・・」

「それと?」

 叔母が興味深げに聞き耳を立てると、たくみはひとつ笑みをこぼして、

「それと、守りたいものがあるんだ・・・」

 彼の決意の言葉を聞いた叔母が、からかうようにも聞こえる笑いをこぼす。

「なるほどね。和海ちゃんがたくみのコレなわけね。」

「なっ・・!」

 小指を立てた叔母の言動に、たくみが少し頬を赤める。恥じらいを感じながらも、彼は否定しなかった。

「結婚式をやるときには、是非呼んでほしいもんだねぇ。」

「アイツがやりたいっていうならな。正直、オレは堅苦しいのが苦手でね。」

 苦笑いを浮かべるたくみ。叔母は微笑ましい表情を崩さずに、さらに作物の手入れを続ける。

 そこでたくみはふと思った。

 彼も和海もガルヴォルス。誤った人間の進化である。もしも2人が結ばれ、子供が生まれたとしたら、その子供もガルヴォルスになってしまうのではないだろうか。

 もしそうなれば、ガルヴォルスの凶暴性や非難に直面することになる。ならば自分たちが力を貸してやらなければならない。

 たくみの心には、どんな逆境にも立ち向かっていこうとする思いで満ちていた。

「ねぇ、たくみ、ちょっとTV見て!」

「えっ?」

 そこへ和海が慌しくたくみに声をかけてくる。

「街のガルヴォルスの騒動が、沈静化したって・・・」

「な、何だって!?」

 たくみは驚きながら立ち上がり、居間に設置されているTVの前に駆け込んだ。

 今、TVでは人々の暴挙をいさめる主張をしている女性について報道していた。

 彼女は人の心を語り、暴力に駆られない勇気を持つことを伝えた。結果、人々からガルヴォルスへの暴挙は激減し、街は安泰の方向に傾いていた。

 しかしこの行為で、彼女は人々の心を支配する形となった。暴力に包まれていた人たちを、言葉ひとつで解決に導いたのだ。

「そんな・・・私たちが辛い思いをしていた問題が、こんな簡単に解決しちゃうなんて・・・」

 戸惑う和海。問題が解決した喜びよりも、彼女はこんなにもあっけなく問題が収まったことの虚しさを感じていた。

「それにしても、この人は誰なんだ?何かイヤな感じがするなぁ。」

「そうかなぁ?でも、何かタダモノじゃないなって感じはするわね。」

 緊迫の面持ちを見せるたくみに首をかしげる和海。深く考え込んでもどうにもならないので、たくみはひとまず外に出ることにした。

「どこに行くの?」

「いや、ジュンたちにも伝えておこうかと思ってな。」

「じゃ、私はここにいるね。また何か情報が入るかもしれないし。」

 そういって和海はTVに注目した。たくみはそんな彼女を一瞥してから、家を飛び出していった。

 

 と思いながらも、たくみはジュンたちのところには向かわず、青々とした草原にやってきていた。

 人々の扮装を収めた女性。ガルヴォルスに対する制裁は問題としては弱くなるだろう。残るは蓮と桐也である。

 悪魔となった蓮との決着。ガルヴォルスたちをあえて陥れた桐也の次なる策略。それらに対する覚悟を秘めて、たくみは戦いに赴こうとしていた。

「それにしてもあの人・・ただ人々の争いを収めたとは思えない。何でだろうな・・イヤな予感がするな・・」

 そんな中、たくみは壇上の女性を気にかけていた。妖しい視線を放つ彼女に、彼はただならぬものを感じていた。

「あらあら。あなたも私の主張を聞いてくれていたみたいね。」

 そのとき、背後から声が響き、たくみは振り返った。

「ア、アンタは・・!?」

 たくみは驚愕を感じた。眼前に立っていたのは、壇上で人々の和解を主張した女性だったのだ。

 何とか落ち着きを取り戻して、たくみはその女性に話を切り出した。

「いや、直接聞いてたわけじゃない。TVのニュースで知っただけさ。」

「ところで、イヤな予感がしてるって言ったわね?それはどういうことかしら?ただの直感?」

 女性が妖しい笑みを消さないまま、たくみにたずねてくる。

「そうなるかな。アンタ、中学の頃に少しだけいた保健の先生に似てる。仮病使ってきたヤツによくセクハラ仕掛けてきてた。」

 たくみが苦笑を浮かべると、女性もからかうように微笑む。

「私も、そういうタイプの人間かもしれないわね、不動たくみくん。」

「えっ?オレを知ってるのか?」

 妖しく笑う女性に、たくみは眉をひそめる。

「自己紹介がまだだったわね。私はアスカ蘭。秋夏子のことは知ってるわね?今は彼女の上司に就いているわ。」

「なっちゃんの?ということは、デビルビーストに関して何か知ってるわけか。」

「それは愚問よ。対策本部の本当の設立者となって、夏子にいろいろと補助をしてあげているのはこの私。ビーストに関する知識が最もあるのは、おそらく私だから。」

「へぇ。大きく出たな。」

 たくみがからかうように笑う。しかしアスカは気にしていなかった。

「不動ジュンをビーストとして覚醒させ、導いたのも私よ。」

「何っ!?」

 装っていた余裕を消してたくみが驚く。

 アスカはジュンをデビルマンとして覚醒し、他のビーストの排除のために彼女を利用してきた。国際的にも上位に立っていた彼女が、たくみの前に現れていた。

「で、そのアスカさんが、オレに何の用だ?オレはデビルビーストじゃないぜ。」

「分かってるわ。あなたはガルヴォルス。ビーストとは異なる人の進化よ。」

 アスカが眼を閉じて微笑み、たくみは全てお見通しと悟って、ひとつ息をつく。

「率直に言わせてもらうわ。不動たくみくん、あなたには私たちに協力してもらうわ。」

「協力?」

 眉をひそめるたくみ。アスカの眼が、困惑を見せ始めている彼の姿を捉えていた。

 

「ただいまぁ。」

 叔父の農作業を見てきたジュンと和美が家に戻ってきた。

「あ、ジュンさん、タッキー。あれ?たくみは?」

 2人を出迎えた和海が、たくみの姿がないのに気付く。

「え?たっくん?会わなかったけど?」

「えっ?」

 和美の言葉に和海が驚く。和美はたくみのことを勝手に“たっくん”と呼んでいた。彼はそのことをあまり気にとめてはいなかった。

 2人は外に出たたくみに会うことなく、ここに戻ってきたのだ。

「ところで、今TVで街の騒動が収まったって。」

「えっ?」

 今度はジュンたちが驚く。和海は今のTVのスイッチを入れて、ニュースを求めてチャンネルを変えていく。

 そして丁度ニュースをやっているチャンネルを見つけ、それに合わせる。画面には早朝の主張、1人の女性が壇上に上がってくるところが映し出されていた。

「えっ・・・!?」

 その女性の姿に、ジュンと和美は眼を疑った。

「そんな・・・この人・・・!」

「ア・・アスカ・・蘭・・・!?」

「えっ?知ってるの?」

 愕然となる2人に和海が問いかける。

「アスカ蘭・・私をビーストとして覚醒させた人よ。」

「この人が・・・!?」

 ジュンの言葉を受けて、和海がTVに映っているアスカに眼を向ける。

「でも、アスカは私と戦って、死んだはずよ・・・!」

 アスカは結果、対立したジュンによって命を落とした。悪魔の爪が彼女の体を切り裂いたのだ。

 しかし彼女は平然とTVで主張し、人々の注目を受けていた。

 いったいどうやって蘇ったのか。ジュンの当惑は深まるばかりだった。

「ちょっと私、たくみを呼んでくる!」

「いえ、私が行ってくるわ。」

 立ち上がった和海を呼び止めたのはジュンだった。

「たまには私が呼びに行ってくるわ。長田さんと和美ちゃんはここにいて。」

「ジュンさん・・」

 微笑むジュンに少し戸惑う和海。ジュンは小さく頷いて、外に歩き出した。

 

「アンタ、いったい何を考えてるんだ?内容次第じゃ賛同できないな。」

 たくみが用心深くアスカに問いつめる。彼女の目論みを確かめずに、迂闊な言動はできなかった。

 アスカは笑みを消さずに息をついてから、

「私は、ビーストとガルヴォルス、人間の進化との共存の術を練っていた。そしてその術を見つけ、それにはあなたの力が必要なのよ。」

「共存・・」

 アスカの言葉に困惑するたくみ。

 ガルヴォルスになりながらも、人間との共存を望んだ青年、飛鳥総一郎。しかし人間の非情さを目の当たりにした彼は、人間への敵意に囚われてしまった。

 その共存の意思を今、たくみと和海が引き継いでいるのだ。

「是非来てもらうわ。あなたなら、必ず共存を実現してくれる。」

 アスカがたくみに誘いの手を差し伸べる。たくみはその手を見つめたまま、困惑の中動こうとしない。

「待って!」

 そのとき声がかかり、たくみとアスカが振り向く。彼を呼びに来たジュンがこの草原に駆けつけてきた。

「ジュンさん・・!」

 ジュンの登場に驚くたくみ。ジュンもアスカを見て同様に驚く。

「久しぶりね、ジュン。」

 アスカは妖しい笑みを見せて、ジュンに挨拶を交わす。

「本当に・・本当に生きていたのね・・アスカ・・・」

 自ら手にかけた魔女が眼前にいることに戸惑うジュン。

「丁度よかったわ。ジュン、あなたにも声をかけようと思ってたのよ。ビーストとガルヴォルス、人間との共存のためにも、あなたとたくみくんの力が・・」

「断るわ。」

 アスカの誘いの言葉をさえぎって、ジュンはきっぱりと断る。

「アスカ、私はもう、あなたの考えにはついていかないわ。もしも和美ちゃんやみんなに手を出すなら、私は今度こそあなたを殺す。」

 覚悟を秘めながら、ジュンがアスカを見据える。すぐにでも悪魔に変われるよう、眼光を不気味に光らせていた。

「その様子では、2人とも来るとは思えないわね。でも、あなたたちに選択権はないのよ。」

 言い終わるアスカの横で、巨大な爆発が起こる。そこから巨大な何かが出現する。

 それは巨大な怪物だった。牛とサイのものと思われる角がそれぞれ頭部から生え、頑丈な灰色の皮膚をしていた。

「な、何だ、コイツは!?」

 たくみとジュンがその怪物に驚愕する。怪物は息を荒くしながら、突進の前の足慣らしをしていた。

「これはガルヴォルスだった人に、ビースト因子を発現させたのよ。結果理性を失ったけれど、制御装置をつけられたことでその暴走を抑えることができたわ。」

 不敵に笑うアスカの横で、怪物が高らかと咆哮を上げていた。

 

 

次回予告

第13話「正義」

 

アスカの呼び出した怪物の咆哮。

その凶暴な力の前に、たくみたちは敗れる。

2人を助けるため、混沌に満ちた巨塔に飛び込む和海たち。

そこで彼女たちを待ち受けている恐るべき罠とは?

アスカの描く陰謀とは果たして何か?

 

「その肉体の解明こそが、共存の鍵になるかもしれないわ。」

 

 

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