ガルヴォルスinデビルマンレディー 第10話「悪意」

 

 

 武士主催のパーティー、桐也と蓮の襲撃の翌日の朝。

 たくみは普段通りの生活に戻ろうとしていた。普通ならそういう風に見えていた。

 しかしたくみと和海には、何か違和感を感じていた。

 何かに狙われている不快感、突発的に起こりうる襲撃への気構えがどうしても拭うことができなかった。

「どうかしました?」

 困惑するたくみと和海に、ビルの管理人が笑顔で声をかけてきた。

「何だか元気がないように見えますが?」

「えっ・・?」

 浮かない顔を見られ、たくみが返答に困る。

「何があったのかは知りませんが、そういうときは笑ってみるのがいいですよ。」

「笑う・・・?」

「辛いときや悲しいときはあえて笑ってすごしてみる。“笑う門には福が来る”といいますからね。」

 管理人が再び見せる笑顔。それがたくみたちのかたくなな心を和らげる。

 このような笑顔や喜びが、今の彼らの心の支えになっているのだ。

「ところで、最近この辺りに危ない事件がよく起きますね。デビルビーストっていうのが昔はよく出てきましたけど・・」

 管理人が話題を変え、解かれそうになっていたたくみと和海の緊張が走る。

「ガルヴォルスっていうのでしょうか?・・そんなのまで出てきて・・・」

「それが、どうかしたのですか・・?」

 たくみはあえて管理人に問いかける。

「彼らがみんなを襲うようになって、みんなが辛い思いをしているって聞きまして・・」

 たくみたちの中の不安が徐々に広がっていく。

「それでみんながこうよく思っているようなんです。もしかしたら、そのガルヴォルスがいなくなれば、街は平和になるのではないか、と・・」

 それを声にして言わないでほしかった。

 同じガルヴォルスであるたくみと和海にとって、その言葉は痛恨だった。自分の存在を危うくすると思ってもおかしくなかった。

「でも、私はそうは思っていませんわ。そうして差別をするのはよくないですから。」

 気まずいことを言ったと思い、管理人が苦笑いを浮かべる。しかしたくみたちの不安が緩和しなかった。

 彼女はたくみたちがガルヴォルスやビーストであることを知らない。悪気があって言ったのではないと分かっていながらも、ガルヴォルスへの敵視に対する不安を取り除くことはできなかった。

 

「あ〜あ・・あたまがいてぇ〜・・・」

 元気が全く感じられない武士が、小声をもらす。

 先日のパーティーで有頂天になり、酔いが回り、気分が悪くなった。その調子はよくならず、二日酔いになってしまった。

 たくみたちの仕事振りを見ながらも、武士は作業に入ることができないでいた。

「ったく、ビール飲みながらはしゃぐから。」

「うるせぇ・・余計なお世話・・うぐっ・・・」

 呆れているたくみに愚痴を言おうとするが、すぐまた気分の悪さにうつむく武士。

 そんな彼から眼を離し、バイクの手入れをしようとするたくみ。しかしその手が止まる。

 蓮の登場。ガルヴォルスに対する偏見。それが彼らに不安を植え付けていた。

 これから何が起こるのか。どうしたらいいのか。自分から動く動機が分からず、たくみは周囲の出方をうかがうしかなかった。

「たくみ!」

 そのとき、和海と和美が慌しく店にやってきた。彼女たちの後からジュンもやってくる。

「和海、タッキー、どうしたんだ?」

「たくみ、大変よ!とにかくTVつけて!」

 何事か分からず、たくみは腰を上げて奥の部屋に向かう。そして部屋に置かれているTVのスイッチを入れる。

「おい和海、いったい何なんだ?その様子からただ事ではないとは思うけど。」

 疑問符を浮かべながら、たくみはチャンネルを変えていく。

「そこ!それよ!」

 和美の声がかかり、たくみはチャンネル変えを止める。

 そこではニュース速報をやっているようだった。集まる群集の片隅で、レポーターが中継をしていた。

“あっ!今から会員の少年が公演が始まりそうです!”

 カメラがレポーターから、群集の中央に向けられる。

 「ガルヴォルスの被害の会」と書かれたプレートが掲げられているその壇上に、1人の少年が上がってきた。

「あれは!?」

 その少年の姿にたくみは驚愕する。その少年が彼らに襲いかかってきたガルヴォルス、桐也だったからだ。

 桐也は群集を見渡してから、壇上に置かれたスタンドマイクの前に立つ。

“みんな、聞いて。みんなが幸せになるためにも、ガルヴォルスはいてはいけないんだ。”

 桐也が悲劇の少年のように人々に語りかける。

“ガルヴォルスって何だ?”

“初めて聞くなぁ。”

 聞きなれない言葉に、人々がいろいろな反応を見せる。

“ガルヴォルスは、簡単に言えば人の進化。前に現れたデビルビーストに似ていると思ってもいいよ。ガルヴォルスは、固めたり傷つけたりして、人を襲う恐ろしい怪物。そんな怖いのがいたら、みんな幸せにならないよ。”

「バカな・・!?」

 桐也の言葉にたくみが愕然となる。

 ガルヴォルスの少年は、自分がその被害者を装って、ガルヴォルスは人間に危害を及ぼす怪物であるを人々に告げていた。

 しかしそれが真実の全てではない。ガルヴォルスの中にも、人間の心を持ったのもいる。しかし、桐也の言葉を受けた人々は、外見や危険度からだけで認識してしまうだろう。

“そう・・ガルヴォルスは、人に危険と不幸を与えるだけの存在だよ。”

 悲しい顔を群集に披露する桐也。その偽りの感情と言葉は、人々を突き動かし狂気を受け付けるには十分だった。

“そうだ・・その通りだ!”

“こんな子供を悲しませるなんて許せるものか!”

“私たちは生きるのよ!”

 人々が奮起し、ガルヴォルスへの敵対心を示す。

“ガルヴォルスは危険な存在!私たちの手で、ヤツらを倒すんだ!”

 1人の青年の号令を期に、人々の喝采が最高潮に達していた。

「くっ・・!」

 その現実から眼をそらすように、苛立ったたくみはTVの電源を切った。

「たくみ・・これって・・・!?」

 動揺を隠せない和海。ジュンも和美も困惑のあまり言葉が出ない。

「あのガキ・・・オレたちを倒すために、関係ない人まで巻き込むなんて・・!」

 たくみたちを引きずり出すための、ガルヴォルスに対する敵意の植え付け。桐也は自分のゲームのために、街の人々を利用しようとしていた。

 自分はその被害者を装うことで、人々からの迫害を受けずにすむ。つまり、人々が彼の手駒となってたくみたちに襲いかかることになる。

 ガルヴォルスの少年の恐怖の策略。その牙がたくみたちに向けられようとしていた。

 そんな彼らのいる部屋の傍らで、武士は二日酔いの頭痛に悩まされていた。

 

 桐也の街中での悲痛の叫び。その恐怖の中継を、夏子と他の刑事たちも見ていた。

「いったい何なんでしょうね、これは?街中でここまで大々的に主張して・・」

 刑事の1人が感心とも困惑ともつかない調子で呟く。ガルヴォルスがどうにかなるというのはありがたかったが、一般人を巻き込むことには賛同しかねた。

「あの少年の策略よ。」

「策略?」

 夏子の言葉に刑事が眉をひそめる。

「昨日、少年が街のゲームセンターを凍てつかせた事件は聞いたわね?今、TVに映っていたのがその少年、ガルヴォルスよ。」

「ガルヴォルス?ならどうしてあんなことを?あれでは自分も標的にされかねませんよ。」

「いいのよ、あれで。」

「えっ?」

 夏子の考えがいまひとつのみ込めず、刑事が疑問符を浮かべる。

「彼はガルヴォルスの被害者を装うことで、加害者であることから外れる。そして自分は何もせず、人々に自分の標的を始末させる。その正義感をうまく利用してね。」

 TVの向こうで喝采に沸いている人々を鋭く見つめながら、刑事に説明する夏子。

「ガルヴォルスを敵視することが間違いだとしても、彼のその行為ひとつで彼の言葉を信じ込んでしまう。最近になって起こっている怪事件と、人間の心理を巧みに利用した策略よ。私はこのやり口は気に入らないけど。」

「なるほど。その少年の企みは分かりましたが・・しかし、何の目的で・・?」

 その刑事の疑問を受けて、夏子はたくみたちの姿を脳裏によぎらせていた。桐也は彼らを引きずり出そうとしていることを察していた。

「ガルヴォルスの中には、まだ人間の心を持った人もいる。それはデビルビーストと同じよ。おそらく、彼はそんなハンパ者が気に入らないみたいね。」

「とにかく、このままでは街の人々が暴動に出るのは明らかです!我々もすぐに動きましょう!」

 別の刑事がいきり立って夏子に呼びかける。

「ええ。そのつもりよ。あなたたちはすぐに街に向かいなさい。」

「警部はどちらへ?」

「すぐに向かうわ。」

 会議室に集まっている刑事たちより早く、夏子は先に外に出て行った。

(たくみ、ジュン、ムチャしないでよ・・!)

 不安を抱えながら、夏子はたくみたちのところに向かった。

 

 桐也の主張が、争いの火種となった。偽りの正義に駆り立てられた人々が、ガルヴォルスを求めて動き始めていた。

 しかしそれは正義という名の悪意に他ならなかった。

 ガルヴォルスは人の進化。普段は人の姿をしている。だから普通の人間には、その区別をつける手立てがなかった。その結果、普通の人間をガルヴォルスと疑う事態にまで発展し、無関係な人々まで傷つけるということまで発生してしまった。

 今、街は無法地帯と化していた。

「あのガルヴォルスの子、もしかして・・」

「ああ。アイツの狙いはオレだ。」

 和海の言葉にたくみが頷く。桐也は彼をおびき出そうとして、このような手口を行っていると気付いたのだ。

「このまま被害を出させるわけにはいかない。オレが出てヤツとケリをつけてやる。」

「ダメよ、たくみくん!それではあの子の思う壺よ!」

 外に出ようとしたたくみを呼び止めるジュン。

「それに、街の人はガルヴォルスを倒そうとしている。もしも襲ってきたらどうするの?」

 ジュンに言いとがめられ、たくみは部屋の前で足を止める。

「じゃ、みんなが傷つけあうのを黙って見ているのか!?」

 振り向き、ジュンに問いつめるたくみ。怒鳴られてジュンは黙り込んでしまう。

 張り詰めた緊張に包まれた静寂が、彼らのいるこの部屋を包み込んだ。

「大変、大変!」

 そのとき、店の外から彩夏の声が響いてきた。

「彩夏ちゃん!?」

 たくみはすぐに部屋を飛び出した。和海、和美もそれに続く。

「コラァ・・・ドタドタ、するなぁ・・・」

 部屋の振動に、さらなる頭痛に襲われる武士が愚痴をもらす。しかしその声は弱々しく誰の耳にも届かず、ただ悶え苦しむしかなかった。

 

 たくみたちが外に出ると、彩夏と美優が血相を変えて駆けてきた。

「彩夏ちゃん、美優ちゃん、どうしたんだ!?」

 大きく息をついている姉妹にたくみが声をかける。

「たくみさん、大変!すぐそこで、ガルヴォルスが街の人たちに襲われて、それでそのガルヴォルスが怒って、その人たちを襲い始めたの!」

「何だって!?」

 彩夏の言葉にたくみが驚愕する。そして異様な静けさをもたらしている街への道を見据える。

「みんなはここにいるんだ。オレが様子を見てくる。」

「待って、たくみくん!それじゃ・・!」

 ジュンの呼び止めを聞かず、たくみは街に向かう。

「待って、たくみ!私も行く!」

 和海もたくみの後を追う。2人の後ろ姿を、ジュンたちは動揺を隠せない面持ちで見送るしかなかった。

 そこへ1台のパトカーが止まり、ジュンたちが振り返る。店の前に停車したパトカーから、夏子が降りてくる。

「夏子お姉ちゃん・・・?」

 その動揺を言葉にしたのは美優だった。

「え?たくみと長田さんは?」

 2人の姿を求めて、夏子が問いかける。ジュンは困った顔でそれに答える。

「たくみくんたちは、ガルヴォルスが出たって、今街に向かっていったのよ・・」

「何ですって!?それはマズイわ!」

 夏子は血相を変えて、再びパトカーに乗り込んだ。

「どうしたの、夏子お姉ちゃん?」

 不安の表情を浮かべている美優が、夏子にたずねる。

「街は今、ガルヴォルスを憎む人たちであふれている!たくみたちが行ったら、間違いなく彼らの標的にされるわ!」

 夏子はいきり立って、パトカーを発進させた。たくみと和海に降りかかる最悪の事態を、彼女は胸中で予感していた。

 

 街はガルヴォルス狩りをする人々であふれていた。それに触発されて、普段は大人しかったガルヴォルスが怒り、人間に敵意を向けることまで起きてしまった。

 その街の片隅では、手の指の爪が異様な長さになっている奇怪な怪物、ドール・ガルヴォルスが人間に牙を向けていた。

 普段は内気な少女だったのだが、人々の凶暴性を目の当たりにして危機感を覚え、その恐怖心が逆に彼女の凶暴性を引き起こしてしまったのである。

 顔にひとつだけある眼から怪光線を放ち、それを浴びた人はぬいぐるみのようにされて動けなくなってしまう。

 いきり立っていた街の少女が、その光を浴びて人形になる。一瞬その体が宙に浮いていたが、体が柔らかくなっていたため地面に落ちた衝撃は和らいでいた。

「どうして・・・あたしが何をしたの・・・あたし、みんなには何もしてないのに・・・」

 少女が悲痛の言葉を人々にかける。しかし、ガルヴォルス打倒に駆られている人々に、怪物の姿をしている少女の言葉を聞く者はいない。

「お前らがいると、不安になるんだよ!」

「こんな危険な連中、ほっといたら何されるか分かったもんじゃない!」

「すぐに八つ裂きにすべきなんだよ!」

 次々と飛び交うガルヴォルスへの怒号。人々は敵視する怪物以上の暴徒と化していることに、気付く人はほんの一握りだった。

「ガルヴォルスを殺せ!ヤツらは人間の敵だ!」

 さらに猛襲をかける人々。少女によって人形にされた人が、その非情な足に踏まれ蹴られていた。

 その非情さに耐えかね、少女が次々と光線を放ち、人々を人形に変えていく。

「やめろ!」

 そのとき、強烈な地鳴りが起こり、人々の動きが止まる。声のしたほうに人々が振り向く。

 そこには騒ぎをかぎつけて駆けつけたたくみと和海の姿があった。

「これって・・」

 狂気に満ちた人々を目の当たりにして、和海が愕然となる。鋭い視線を投げかけてくる人々に向けて、たくみは思い切って声をかける。

「やめるんだ!そいつ、怯えてるじゃないか!それをみんなでよってたかって!」

 苛立つたくみの言葉。しかし人々の憤慨を逆撫でするだけだった。

「何言ってるんだ?ガルヴォルスは倒すしかないんだよ!」

 1人の男がそういって、手に持ったバットをドール・ガルヴォルスに向けて振り下ろす。

「やめろぉ!」

 たくみがたまりかねて、男と少女の間に割って入る。彼の姿がとっさに悪魔の姿になっていた。

「お、お前・・・!?」

 男がたくみのガルヴォルスとしての姿に驚愕する。振り下ろされたバットを、たくみは左腕で受け止めていた。

「やめるんだ・・こんなことで争ってどうするって・・!」

「うるさい!」

 たくみの思いを込めた言葉が、男の怒号にさえぎられる。

「お前もガルヴォルスだったのか!仲間の危機にわざわざ現れたってことか!」

「違う!争うのをやめろって言ってるんだ!」

「黙れ!ガルヴォルスは全てやっつけるんだ!」

 いきり立った人々が、今度はたくみを標的とする。それぞれの武器や道具を持ち寄って、たくみに襲いかかる。

 そのとき、1発の銃声が響き渡り、再び人々の足が止まる。覚悟を決めかけていたたくみ、困惑しきっている和海もその銃声のした方向に振り向く。

 そこには夏子が手に取った銃を空に向けていた。人々の争いを一時的に止めるために空砲による威嚇を行ったのだ。

「これ以上の暴挙はやめなさい!」

 

 

次回予告

第11話「歌声」

 

暴徒と化した人々。

彼らにたくみたちの言葉は届かないのか?

打ちひしがれ自暴自棄になるたくみ。

たくみを支えようとする和海。

優しく広がる歌唱(メロディー)。

彩夏の思いが、修羅場となった街にこだまする。

 

「私の声が、みんなに届けばいいと思います。」

 

 

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