ガルヴォルスinデビルマンレディー 第6話「蜘蛛」

 

 

 山林地帯に隣接しているプールパーク。多種多様のプールが設置されているその場所に、ジュンと和美は来ていた。

 事の始まりは、たくみたちの住むビルの管理人が、2人分の無料利用券を提供してくれたことだった。くじ引きで当てたものらしい。

 友人と一緒に行こうとしたのだが、都合よくいかず、1人で行くには1枚をムダにしてしまうということで、住居者の誰かに差し上げようと考えたのだった。

 そこで管理人は、たくみたちに声をかけたのだった。

 しかしたくみと和海は、その券をジュンと和美に勧めた。

 久しぶりの再会を果たした彼女たちに、2人だけの楽しい時間をすごしてほしいという配慮だった。「バイトがある」とウソをつき、その券を彼女たちに渡した。

 美優が不服そうにふくれっ面を見せるが、ジュンと和美のことを察した彩夏に制された。

 感謝の気持ちを持って、2人はこれを受け取った。

 2人が訪れたプールパークは、雲がかすかしかない晴天だった。来客のにぎわうこの場所で、和美は泳ぎ、ジュンは木陰で休んでいた。

 これまで張り詰めていた空気の中から解放されたような気がして、ジュンは安堵感に浸っていた。

 しばらく泳いできた和美がプールから上がり、休息をとっているジュンに近づいた。

「ねぇ、ジュンちゃんは泳がないの?」

 和美に声をかけられ、うつ伏せになっていたジュンが体を起こす。

「そうね。そろそろ泳がないとね。せっかくたくみくんたちが譲ってくれたから。」

 きょとんとする和美に、ジュンは優しく微笑む。

「それにしてもいいところね。心が安らぐわ。」

「そうだね。自然の中にできたプールだから、気分がよくなるよね。」

 ジュンが周囲の自然を仰ぎ見る。和美の笑みを浮かべるジュンに、安らぎを感じていた。

「それじゃ、行ってくるね、和美ちゃん。」

「私も行くよ。まだ泳げるから。」

 こうして2人はプールに入っていった。まずプールの水の温度を手で確かめる。温水として管理されているため、それほど冷たいものではない。

 そこへ水しぶきが降りかかる。一瞬眼を伏せたジュンが視線を移すと、和美が笑顔を見せていた。

「やっぱり楽しくやらないとね。」

「もう、和美ちゃんったら・・」

 微笑む和美に、ジュンが苦笑を浮かべる。和美がさらにジュンに水をかける。

 ジュンも負けずに、和美に水をかける。

「うわっ!やったなぁ、ジュンちゃん。」

 互いに笑みを見せて微笑むジュンと和美。

 こうして笑顔を見せ合うことが2人の願いであり、互いの心を支え合う不可欠なものになっていた。

「あの、アンタたち・・・」

 そこへ鋭い声音をかけてきて、ジュンと和美がそっちに振り向く。その先のプールサイドには、レディーススーツに身を包んだ女性が立っていた。

 ジュンたちがかけ合っていた水を浴びて、その女性はハンカチで顔を拭いていた。

「あっ・・・」

 彼女の姿に唖然となり、ジュンも和美も言葉が出なかった。

 

 ジュンからタオルを借りた夏子が、ぬれた髪を拭く。

「すみません。夢中になってしまったもので・・」

「気にしないで。楽しくなれることはいいことだから。」

 謝罪をするジュンを夏子はあしらう。一通り髪を拭き終えると、タオルを椅子の背もたれにかける。

「ところで、何かあったんですか?」

 ジュンがたずねると、夏子は外していたメガネをかけ直して答える。

「この近くで、女性の失踪事件が多発しているのよ。」

「失踪事件?」

「付近の住民は、神隠しだなどと騒いでいる様子も見られるけど。もしかしたら、デビルビーストの仕業じゃないかということで、私たちが駆り出されたのよ。」

「もしかして、その事件の犯人がジュンちゃんだって言うつもり!?」

 夏子の説明に、和美が反論の異を唱えて突っかかる。

「和美ちゃん・・」

 ジュンが困った顔をして、和美を制する。

「そんなつもりはないわ。第一、アンタたちはここに今日、初めてここに来たんでしょ?」

 顔色を変えずに答えを返す夏子にジュンは頷いた。

「この事件が最初に起こったのは1週間前。私たちは犯人像を苦慮しているわ。デビルビーストか、あるいは・・ガルヴォルスか・・」

 夏子のもらしたガルヴォルスという言葉に、ジュンは息をのむ。ビーストと同じ人の進化でありながら、人間やものを別の物質に変える能力を備えている者もいる。

 その力を得た人が欲に溺れ、事件を引き起こすことも少なくないだろうと、たくみたちから聞かされていた。

「それで、私たちに話を・・」

「私とアンタたちが会ったのは偶然よ。でも、いろいろ話を聞かせてくれると助かるわ。」

「冗談じゃないわ!」

 突然、和美が苛立って椅子から立ち上がる。

「アンタ、ジュンちゃんや私たちのことに詳しいみたいだけど、私は警察や軍人を許したりしないわ!」

「和美!?」

 和美の憤慨ぶりにジュンが驚く。

 和美は前々から、世間に対する偏見を抱いていた。しかも彼女は、ビーストの親友を軍人によって殺される様をまざまざと見せられていた。

 それが世間ばかりでなく、人に対する偏見に拍車がかかってしまったのである。

「人は見た目だけで敵だって決め付ける!とても人の心を持ってるなんて思えない!だから、だから・・・!」

 怒りに顔を歪める和美の顔に悲しみが浮かび上がる。悲痛のあまり肩を震わせる。

 ジュンは沈痛の面持ちになり、そんな和美の肩に手をかける。その姿を見て、夏子の瞳が揺らぐ。

「アンタがどんな警察や軍人と会ったかは私は知らない。でも、少なくても、私はアンタのいう警察ではないわ。私は、そんな非情な人間じゃないわ・・」

 動揺をうかがわれないように、夏子は眼を閉じる。苦悩を繰り返してきたこの2人を思いやってやりたい。

 夏子はそう決意していた。警部として、1人の人間として。

「私は、苦しんでいる人を助けてあげたい・・」

 自分の正直な気持ちを言葉に表す夏子。打ちひしがれていた和美の心に、安堵感が浮かび上がってきた。

 もしも人に対して苛立ちがあるのならば、それを取り除きたい。夏子の決意は、さらに強まっていった。

 

 夏子と別れた後、ジュンと和美は再び遊泳を楽しんでから、プールから上がった。

 更衣室でぬれた体を拭き、私服を着ている最中に、

「秋さんは信じてもいいかもしれないわ。」

「ジュンちゃん・・?」

 ジュンの言葉に和美は振り向く。

「たくみくんは、厳しいけど優しい人だって言ってたわ。彼がガルヴォルスだってことを内密にしてくれたそうよ。」

「でも・・」

「彩夏ちゃんや美優ちゃんがあなたを信じているように、あなたも信じてみてもいいと思うわ。」

 優しく微笑むジュンに、和美は戸惑いながらも小さく頷く。

 ジュンが信じているなら、自分も信じてみてもいいのかもしれない。和美はそう思うようにした。

 着替え終わって更衣室を出て、外に向かおうとしたとき、

「ちょっと待って、きみ。」

 突然呼び止められ、ジュンと和美が振り向く。そこには水色のシャツを来た中年の男が立っていた。

「あの、何でしょうか・・?」

「いや、そのお嬢さんが、プールサイドで落し物をしたので・・」

 そういうと男は茶色の財布を2人に見せた。

「あっ!それ、私の財布!?」

 和美が慌しく、自分のバックの中を見る。しかし当然のことながら、中に彼女の財布がない。

「す、すいません。わざわざ届けてもらっちゃって。」

「いや、すぐに渡すつもりだったんだけど、もう更衣室に入ってしまったからね。いくらなんでも入っていくわけにいかなかったから、外で待つことにしたんだよ。」

 苦笑いを浮かべる和美に、男も照れ笑いを見せる。彼は財布を和美に返す。

「あの・・もしかしてあなた、梶野精二さんでは・・?」

「おや、私をご存知でしたか。」

 ジュンが声をかけ、その男、梶野が微笑む。

「梶野って、世界で活躍しているカリスマデザイナーでしょ?」

「世界で活躍といっても、まだまだ未熟ですから。」

 和美の言葉に梶野が再び照れ笑いする。

「それにしても、実にかわいらしいですね、お嬢さん。」

「お嬢さんじゃないわ。滝浦和美だよ。」

「おっと、これは失礼。どうでしょう?もしお時間が取れるなら、私のモデルになっていただけないでしょうか?」

「えっ!?私が!?」

 お誘いを申し込む梶野。驚きを隠せない和美。

 ふとジュンに視線を向けると、彼女は微笑んで頷く。すると和美も頷いて、梶野に視線を戻す。

「それじゃ、少しだけなら・・」

「ありがとう、和美さん。」

 梶野は感謝して、和美に手を差し伸べる。和美もその手に誘われるように、彼の後についていく。

「私は駅前で休憩しているから。気をつけてね、和美ちゃん。」

「分かってるよ、ジュンちゃん。」

 ジュンが見送り、和美が彼女に手を振った。

 

 和美と別れ、ジュンは休息を取るために駅前の近くで喫茶店かどこかを探していた。

「あれ?一緒にいたあの子は?」

 そこへ夏子が再びジュンに声をかけてきた。

「あ、秋さん。」

 ジュンが夏子に振り返る。

「和美ちゃんは、梶野さんのお誘いを受けてるわ。」

「梶野?お誘い?」

 ジュンの言葉に夏子が眉をひそめる。

「そういえば、1人不審な行動をする人物がいたわ。梶野精二よ。」

「えっ?」

「この近くに彼の別荘があって、最近彼はそこでデザインなどの作業を行っているわ。でも、時折外出が見られるのよ。」

 夏子は説明をしながら、周囲で調査や情報収集を続けている警官たちを一瞥する。

「気分転換に散歩しているとも取れるけど、それにしては回数が多いのよ。しかも時間帯が夕方や夜が多い。」

「それじゃ、あの事件の犯人が、梶野さんと・・・」

「断定はまだできないわ。あくまで可能性の段階よ。」

「でも、万が一その人が・・・和美ちゃんが!」

 不安を抱えたジュンが、血相を変えて駆け出した。

「ちょっと、ジュン!」

 夏子も慌しくジュンを追いかけていった。

(和美ちゃん、無事でいて・・!)

 

 梶野に案内された和美は、山林地帯の近くの洞穴の前まで来ていた。

「あのぉ・・もしかして、ここでデザインをするの・・?」

「ええ。この中でですよ。」

「えぇ・・自然の中でのデザインもいいとは思うけど、いくらなんでもこの中は・・」

 先の見えない暗闇が続く洞窟の中。その光景に和美は冷や汗をかく。

「アハハ・・ここは私の裏アトリエなんですよ。私の最高位の作品を作り上げるためのね。」

「最高位の?」

「作業に入る前に、君に私の作品たちを見せてあげますよ。」

 笑顔を見せる梶野に導かれ、和美は洞窟の中に入っていった。

 しばらく進んでいくと、外の明かりが次第に見えなくなっていき、周囲が暗闇に包まれていった。

「こんな暗いところでやってるの?」

「ええ。まぁ、私は眼が利きますから、あまり問題はないのですけどね。」

 そういう問題ではないだろう、と胸中で呆れつつ、和美はさらに足を進めた。

 またさらに進み、梶野は足を止めた。彼に合わせて和美も立ち止まる。

「ここですよ。」

 梶野が自分の裏アトリエを披露しようと、両手を広げてみせる。しかし周囲は暗闇で、和美にはよく見えなかった。

「おっと、これは失礼。ではとりあえず明かりを付けることにしましょう。」

 梶野は苦笑して、ズボンのポケットからライターを取り出し、火をつける。

 照らし出された周囲には、白い女性の彫刻が並べられていた。これらは様々な表情を見せており、暗い洞窟を彩っていた。

「すごい・・とってもうまく作られてるわね・・」

 和美がその彫刻たちに対する感嘆の言葉をもらす。

 その魅力に引き込まれて、その1体に触れてみる。しかし触れる直前で彼女の手が止まる。

 彫刻の周りには、何か細いものが絡み付いていた。しかもそれは彼女の指に絡み付いてくる。

「な、何なの、コレ・・・糸?」

 和美が不審に思ったとおり、それは白い糸、蜘蛛の吐く粘着質の糸だった。

「そう。この糸こそが、私の最高の作品の、最大の要因となっているんですよ。」

 梶野が不敵な笑みを浮かべて、和美が振り返る。彼女の眼に、顔に紋様を浮かべている彼の変貌が映る。

 彼の姿が変化し、蜘蛛を思わせる怪物となった。

「か、梶野さん・・!?」

 その変身に和美は驚愕する。

「ア、アンタ、まさか・・・!?」

「ビーストではないよ。たしか、ガルヴォルスといったかな。」

 梶野の言葉に和美が驚く。

 デビルビーストとは違った人の進化だと、ジュンやたくみから聞かされていた。

 対象を別の物質へと変化させてしまう人の進化が、自分の欲情に駆られてその力を発動させる。

「ある程度の数が出来上がったら、公衆の面前に公表しようと考えているんだ。“白糸のオブジェ”という作品名でね。」

 梶野が不敵に笑ってみせる。しかし蜘蛛の口が不気味に動くだけだった。

「君も私の作品として飾ってあげるよ。世界でも指折りの美術館を舞台にしてね。」

 梶野が口を大きく開き、和美に向かって糸を吐き出そうとする。

「和美ちゃん!」

 そこへジュンの声がかかり、和美と梶野がその方向に向く。ジュンが息を荒くして、2人の前に現れた。

「ジュンちゃん!」

「そこまでよ、梶野精二!」

 ジュンに続いて夏子が駆けつけ、蜘蛛の怪物に銃口を向ける。

「ほう?よく私が梶野と見抜けましたね?」

 右手を口元に当て不敵に笑う梶野。

「デビルビーストとガルヴォルス。種族は違うけど、ビースト探査装置には同様の反応を示すわ。それにアンタの不審な行動。そしてこの洞窟内にあるもの。調査が入れば言い逃れはできないわよ。」

 梶野に警告を送る夏子。しかし梶野は動じず、微笑をやめようとしない。

「いつかは誰かがここをかぎつけてくると思ってたよ。でも、普通の人間では私には敵わない。」

 梶野が口を大きく開き、銃を構える夏子を見定める。

「危ない!」

 そんな彼女をジュンは突き飛ばし、全身に力を込める。眼が不気味に光り、長い黒髪が大きく揺らめく。

 着ていた衣服もその衝動で引き裂かれ、揺らめいていた髪が鎌のような形になる。

 ジュンはビーストの姿への変貌を遂げた。

「うっ・・!」

 しかし彼女の動きが鈍る。

 梶野の口から吐き出された霧状の糸が取り巻き、彼女の動きを封じていたのだ。

「君がビーストであることは知っていましたよ、不動ジュンさん。獣のレディーを見つけられたのは、私にとって好都合でしたよ。」

 梶野が糸を吐きながら、悠然とジュンを見つめる。

 彼女が獣の本能に駆られながら、その糸を振り払おうとするが、もがけばもがくほど糸は体に付着し、彼女の体を絡めて固めていく。

「ジュンちゃん!」

「来ないで、和美ちゃん・・!」

 駆け寄ろうとした和美を、ジュンは必死に呼び止める。

「でも、ジュンちゃん・・!」

「来たら和美ちゃんまで固められてしまう・・・和美ちゃん・・・かず・・み・・・」

 和美に呼びかけるジュンの体が糸に包まれ、白い像となって固まってしまった。うめく表情のまま、悪魔の彼女は動かなくなった。

「ジュンちゃん!」

 完全に固まったジュンに和美が叫ぶ。糸を吐き終わった梶野の横をすり抜け、ジュンに駆け寄る。

「ジュンちゃん・・・ジュンちゃん・・・!」

 ジュンに寄り添って、眼に涙を浮かべる和美。

「順番が変わってしまったけど。さて、次は君かな、和美さん?それとも、そこの刑事さんかな?」

 梶野がさらに微笑をもらし、和美と夏子を見渡す。

「これ以上アンタの勝手にはさせないわ!」

 夏子が銃を向ける。そこを和美が手を差し出して制する。

「下がってて。この人は私が何とかする。」

「何とかするって、アンタ・・・」

 夏子が言い寄るが、和美は振り向かず、梶野を見据える。彼女の眼に不気味な光が宿っている。

 背中から翼が飛び出し、大きく広がった。その衝動で彼女の衣服が全て引き裂かれる。

「ア、アンタ、これって・・・!?」

 変貌を遂げた和美の姿に夏子が驚愕する。背中に悪魔の翼が生えたこと以外に変わったことは見られないが、獣としての本能を解き放っていた。

「私はジュンちゃんと同じ・・・ジュンちゃんを助けるためなら、私は悪魔にも魔女にもなるわ。」

「ほう。君も獣の娘か・・私の最高の作品とするにふさわしいな。」

 悠然とした態度を崩さない梶野。ビーストの姿を目の当たりにしても、彼の狙いと欲情は変わらなかった。

 

 

次回予告

第7話「白糸」

 

スパイダー・ガルヴォルスにかかり、白糸の彫刻にされてしまったジュン。

彼女を助けるべく、和美がビーストの姿を見せる。

しかし、白糸の脅威が和美を、夏子を追い詰めていく。

欲情によって生み出された白糸の包囲網。

魔女の爪は、それを切り開くことができるだろうか?

 

「私は魔女。相手を殺すことを迷ったりしない・・・」

 

 

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