ガルヴォルスinデビルマンレディー 第7話「白糸」

 

 

「ジュンちゃんを元に戻しなさい。さもないと私・・」

「私を殺すかい?」

 鋭く見据える和美に、梶野は悠然とした態度を崩さない。

「私が死ねば、私の作品を心待ちにしている方々を悲しませることになるよ。」

「関係ないわ。私はジュンちゃんを助ける。それだけよ。」

「まぁ、その点を省いたとしても、君は私を殺せないよ。たとえ君がビーストでも。」

 余裕さえ見せる梶野。和美の中にある怒りを逆なでする。

「アンタァ!」

「待ちなさい!」

 憤慨する和美を夏子が呼び止める。

「止めないでよ!私はジュンちゃんを助けるのよ!」

「少しは状況というものを考えなさい!アンタがこのまま戦ったら、周りの人たちにも危害が及ぶ!ガルヴォルスに固められた人々はおおよそ、固めた相手が死亡すれば元に戻ると聞いてる!」

 苛立ちをぶつけてくる和美を夏子は戒める。

「それに、ここじゃ絶対的に相手が有利よ!外に出たほうがいいわ!」

 夏子の指示を受けて、和美は苛立ちを押し殺しながら後退を始める。

 梶野は固めた人々を人質に取るようなことはしないはず。固めた女性たちを最高位の作品と称しているなら、彼女たちを傷つけるような行為はしないと夏子は推理していた。

 外に向かって足を進めると、梶野も後を追ってきた。

 彼の動きを気にしながら、和美と夏子は洞窟の外に出た。

 

 外は日がすっかり落ち切り、薄闇が広がっていた。わずかな雲に隠れた月が光を照らしていた。

 洞窟から出てきた和美と夏子。2人が足を止め振り返ると、後から梶野が洞窟から出てきた。

「なるほど。洞窟内は私に優位になる。確かにあの中なら私は夜目が利くし、狭い中をうまく行動することもできる。外なら君たちの不利が解消されると考えたわけか。でも・・」

 梶野が背中の爪を大きく広げる。

「中でも外でも、私の優位に変わりはないんだよ。」

 梶野は上空を仰ぎ、口から糸を吐き出した。ジュンたちを固めたものとは違い、眼ではっきりと見えるほどの白い糸だった。

 糸は洞窟の入り口の上の岩場に張り付いた。梶野はその弾力性のある糸を使い、上空に飛び上がった。

「えっ!?」

「飛んだ!?」

 和美と夏子が梶野を仰ぎ見る。彼は岩場の断片にうまく着地し、彼女たちを見下ろしていた。

「さて、ここから糸をまいて、徐々に君たちを固めていくとしようか。」

「そんなことさせないわ!」

 微笑をもらす梶野に向けて、和美は翼を羽ばたかせて飛び上がった。構える右手の爪は鋭くなっていて、獲物を狙って研ぎ澄まされる。

 すると梶野が糸を吐き出す。和美はその糸をかわすが、梶野は糸を使って空を移動する。

 さらに糸を吐いて、次々と空を駆け回り、和美を翻弄していく。

「くっ!いつまで逃げ回ってるつもりなの!?」

 苛立ちを深めていく和美。しばらく移動した後、梶野は再び元に岩場に着地した。

「さて、おいかけっこはこれくらいでいいかな。」

「逃げ回ってばっかりじゃ勝てないわよ。いい?そこで待ってて・・」

 和美が念を押しながら、梶野に詰め寄ろうとする。だが、前に進もうとした体がふと止まる。

「えっ!?なに!?」

「どうしたのよ!?」

 夏子が叫ぶ中、和美が上空でもがく。しかし何かが彼女の動きを封じる。

「動けない・・何かが体を・・・!」

 拘束に抗う和美の眼に、細い線のようなものが映る。よく見るとそれは、梶野が移動のために吐き出した糸だった。

「まさか!?」

 糸に囲まれた和美の姿に、夏子が驚く

「そうだよ。私はただ逃げ回っていたわけではない。和美さん、君を捕らえるための行動だよ。」

「えっ!?」

 和美の眼に、自分の手足を縛っている糸も飛び込んでくる。

 全ては梶野の策略だった。逃避を装いながら、和美を捕縛する罠作りを行っていたのである。

「君は私を追いかけていくうちに、私の伸ばした糸に勝手に飛び込んでくれたわけだ。凝固された私の糸は、簡単には断ち切ったり振り切ったりすることはできない。」

 身動きの取れなくなった和美を見つめながら、梶野は岩場から飛び出し、夏子の眼前に着地する。

「さて、彼女はいつでも作品にできる。先に君を固めさせてもらうよ、刑事さん。」

「何をバカな!」

 悠然と見据える梶野に向けて、夏子が銃を構える。

「ムダだよ。ガルヴォルスは人の進化。人の力を大きく超えている。銃の弾でも私は殺せないよ。」

 梶野の言葉に毒づきながら、夏子は銃の引き金を引いた。しかし梶野の吐き出した糸によって、空を突き抜ける弾丸が一瞬にして絡め取られ、地面に落ちる。

「そんな・・・!」

「だから言っただろう?君は私は殺せない。君も作品となるといいよ。」

 愕然となる夏子に向けて、梶野が口から霧状の糸を吐き出した。白糸が黒のポニーテールに降りかかる。

「く、くそっ!」

 夏子が手で糸を振り払おうとするが、糸はさらに彼女の体を絡め取っていく。もがけばもがくほど彼女は白糸に束縛されていく。

「刑事としての強気な態度。それが今まで体験したことのない出来事で、どんなに変わっていくか。その変わりようを見せながら、最高位の作品に仕上がってくださいよ。」

「くっ・・こんなところで・・・!」

 うめく夏子から動きがなくなっていく。右手に銃を握り締めたまま、梶野の糸に包まれていく。

 その様子を、和美が糸の巣の中で見下ろしている。夏子を助けようと考えていたが、糸に捕らわれ自由にならない。

「アンタ・・ジュンを助けたいんでしょ・・だったら、早くその糸を何とかしなさいよ・・・いつまで手間取ってるつもりよ・・・」

「簡単に言ってくれるわね!この糸、思ったより頑丈なのよ!」

 必死に声を振り絞る夏子に抗議する。すると梶野が哄笑をもらす。

「当然だよ。あの糸は中の繊維を束になるように調整してある。いくらビーストやガルヴォルスでも、そう簡単に切れはしないよ。」

「アンタは黙ってなさい・・・!」

 余裕を見せる梶野を一喝する夏子。薄れていく意識を限界まで刺激し、声を発する。

「文句をいう力があるなら・・さっさとそんな糸・・・ひき・・ちぎっ・・て・・・」

 最後まで文句をこぼす夏子が、完全に動かなくなった。白糸に体を包まれ、白く固まってしまった。

「最後まで強気だったね。でも君は私が責任をもって飾ってあげるからご安心を。」

 人間の姿に戻った梶野が、微笑をもらしながら、白い彫刻になった夏子の頬に手を差し伸べる。うめいたままの表情で彼女は固まり、全く反応を示さなくなっていた。

 しばし彼女の頬をさすってから、上空でもがいている和美を見上げた。

「さて、次は君の番だよ、和美さん。」

 不敵な笑みを見せる顔に再び紋様が浮かび上がり、姿が蜘蛛に変わる。

「ふざけないでよ!」

 和美が強引に糸を引きちぎろうとする。彼女の眼が再び不気味に光りだす。

「アンタに、ジュンちゃんを渡したりしない!」

 その眼光の灯る瞳から涙があふれ出す。

「せっかくまた会えたのに・・また離れ離れになるなんて・・・私は・・イヤッ!」

 力任せに前に出ようとするあまり、縛りついていた糸が手足に食い込み、出血を引き起こした。紅い血が白い糸を伝い、雫を落とす。

 その直後、その糸が弾け飛ぶように断ち切られる。彼女を押さえつけていた束縛が、彼女自身の力によって解かれる。

「何っ!?」

 息を荒げて着地する和美に、梶野は驚愕する。

「私の耐久力を増した糸を断ち切るとは・・君はいったい・・!?」

 愕然となる梶野に、呼吸を整えようとしている和美が鋭い眼光を向ける。

「私は魔女。相手を殺すことを迷ったりしない・・・」

 和美は眼を見開き、手の爪を立てて、梶野に向かって飛び出した。

 梶野は危機感を感じて、口から糸の霧を吐き出す。しかし和美はそれにかまわず、霧を突っ切ってそのいまま飛び込んだ。

「ぐはっ!」

 衝撃を受けた梶野が蜘蛛の口から白い液が出る。ガルヴォルスとしての彼の血だろう。

 白糸の霧は和美の体に降りかかり、動きを鈍らせていた。しかし彼女の爪は、梶野の腹部を深く貫いていた。

「まさか・・私の糸の中を突っ切ってくるとは・・・!」

 苦しみうめく梶野が人間の姿に戻り、鮮血を飛び散らせながら地面に倒れる。絶命し色をなくして固まっていた彼の体が、同時に崩れて消え去っていった。

 霧状の糸に包まれかけた和美が息を大きくついている。そんな中、彼女は梶野を死に至らしめた自分の右手を見つめた。

 その手と爪には、彼の白い血がたれていた。

「これが・・人を殺すってことなの・・・」

 愕然となりそうな気持ちを何とか抑え、和美は大きく息を吐く。寒い夜に冷やされて吐息が白くなる。

 ジュンを守るために魔女として戦った。その空しさと傷心が、彼女の心に突き刺さっていた。

 

 梶野の死によって、女性たちを固めていた白糸がひび割れ、卵の殻のように剥がれ落ちた。ジュンも夏子も、その白糸の呪縛から解放されていた。

 その糸の殻の音を耳にして、人間の姿に戻った和美が振り返る。

「わ、私は・・・」

「ア、アンタ・・・」

 固められたことで疲労を蓄積され、夏子がその場に座り込む。和美がそんな彼女に駆け寄る。

「大丈夫?」

「私は大丈夫よ・・糸で体が動けなくなってたから・・・」

 夏子の言葉に、和美が安堵して微笑む。

「イヤァァ!!」

 そのとき、洞窟内で悲鳴が響き、和美と夏子が振り向く。すると洞窟から、固められていた女性たちが飛び出し、そして一目散に逃げ出していった。

「どうしたの!?」

 和美と夏子がその様子に、疲れきった体に鞭を入れて立ち上がり、再び洞窟に駆け込んだ。

 洞窟内は女性たちが逃げ出していて、もぬけの殻となっていた。その中で、ジュンは一糸まとわぬ姿で岩壁にもたれかかっていた。

「ジュンちゃん!」

 和美が眼を閉じているジュンに駆け寄る。

「ジュンちゃん、しっかりして!」

「あ・・和美ちゃん・・・」

 ジュンが寄り添ってくる和美に気付く。2人の肌が洞窟の中で触れ合う。

「もしかして、和美ちゃんが・・」

「ええ。その通りよ。」

 和美に続いて洞窟に入ってきた夏子が、2人に声をかける。

「まさかアンタがビーストだったなんてね・・探知機を持ってなかったから分からなかったけど。」

 ため息をつく夏子。その傍らでジュンが沈痛の表情を見せる。

「できることなら、私は和美ちゃんが人間でいてほしかった・・・でも和美ちゃんは、私と同じ運命を受け入れることを決めたのよ・・・」

 和美はジュンを助けるために、人を捨て悪魔に変身した。彼女もビーストとして生きることを選んだのだった。

 もう死なせたくない。もう離れたくない。ジュンと和美の思いは一途だった。

 寄り添いあっている彼女たちに、黒いコートがかけられる。夏子が着ていたものだ。

「少しの間、これを羽織ってなさい。代わりの上着を持ってくるから。」

「あ、ありがとう・・・」

 きびすを返す夏子に、感謝の言葉を呟く和美。

「ところで・・」

「ん?」

 和美に声をかけられ、夏子が足を止める。

「アンタの名前、何ていうの・・?」

 小さく微笑む和美。夏子はひとつ息をついて、

「夏子よ。秋夏子。」

「それじゃ、なっちゃんだね。よろしくね、なっちゃん。」

「なっちゃんって呼ばないで。」

 笑顔を見せる和美に対し、夏子はムッとなる。そんな2人にジュンは安らぎを感じていた。

 

 夜が明け、警察の調査と処理が本格的に始動した。ジュンと和美は夏子によって保護された。

 夏子は2人のビーストに関して、上層部に報告をしていない。2人への友情が芽生えていたからだった。

 少し話を聞かされた後、2人は解放され、帰路へとついていた。

 その電車の中で、和美はふと笑みを浮かべた。

「どうしたの?」

 ジュンが微笑んで聞いてくる。

「ジュンちゃん・・わたし、なっちゃんを信じてもいいかもしれない・・・」

 笑顔を見せる和美に、ジュンの嬉しさが増す。

 普段世間への偏見を抱いていた彼女。そんな彼女が夏子に対して信頼を抱き始めていた。

「和美ちゃん・・・いろいろあったけど、楽しかったね。」

「・・うん、そうだね。」

 ジュンの呟いた言葉に、和美は笑顔で頷いた。

 

 彩があるが静けさのあるバー。人のいないこのバーで、マスターがすまし顔でグラスを拭いていた。

 そこに鳴り出すドアに付いた鈴の音。1人の女性がバーに入ってきた。

「いらっしゃいませ。頼まれましたワインは用意してありますよ。」

 動じずすまし顔を崩さないマスター。女性は長い金髪をなびかせながら、近くの席に着いた。

「すまないわね。でもまだいいわ。今日は問題児が2人ほど来るから。」

 そういって女性は、入ってきたドアに視線を向ける。

「早速到着したようね。」

 微笑をもらす女性が見つめる中、青年と少年が1人ずつ入ってきた。

「あまりむやみに触らないで、清野桐也(せいのきりや)くん。あなたの力は・・」

「アンタでもそれは聞けないね。だって・・」

 女性の言葉に桐也が満面の笑みを見せて、近くのテーブルに右手を当てる。するとそのテーブルが、音を立てて凍り付いていく。

 氷の彫刻と化し、白い冷気を放つテーブルを見て、桐也の笑みが妖しくなる。

「こうして凍りつくのが楽しいんだよ。」

 優越感に浸っている桐也に、女性は再び小さく微笑む。

「でもそうやって凍らされたら、マスターに悪いわ。」

「いえいえ、お気になさらず。」

 マスターは顔色を変えずに弁解する。

「ところで、僕をわざわざ呼んだのはなんでかな?」

 本題を持ちかける桐也。女性は笑みを消して、話を開始する。

「倒してほしい相手がいるのよ。桐也くんの言葉を借りれば、ゲームといったところね。」

「えっ?ゲーム?」

 桐也が喜びをあらわにする。その傍らで、青年、鬼塚蓮(おにつかれん)は仏頂面のままだった。

「それで、相手は誰なんだい?新しく見つけたビーストかい?」

 期待さえ見せる桐也。すると女性は、ポケットから写真を取り出した。

「彼らが今回の標的よ。でも、殺さずに捕まえてきてほしいわ。」

 出された数枚の写真を見つめる桐也。その写真に眼を向けた蓮が、1枚の写真に眼を見開く。

「こいつは!?」

 前に躍り出て、その写真を掴み取る。

「間違いない・・ヤツだ・・不動たくみ・・・!」

「彼を知ってるの、蓮?」

 女性がたずねると、蓮は苛立ちとも歓喜とも取れる体の震えを起こしていた。

「忘れてたまるか・・ヤツは・・オレの人生を打ち崩したんだ・・・!」

 衝動に駆られるあまり、手にしていた写真が握りつぶされる。

「ヤツはオレの手で殺す。他の誰の都合も受け付けない。」

 その写真をテーブルに置き、振り返って外を見つめる。

「邪魔をするなら、たとえ貴様らでも容赦なく殺すぞ。」

「できるもんならね。」

 蓮の鋭い言葉をあざ笑うかのように言葉を返したのは桐也だった。

 蓮は桐也のこの挑発的な言動を気にした様子を見せず、そのままバーを去っていった。

「しょうがないなぁ、鬼塚くんは。まぁいいや。僕は僕で勝手にやらせてもらうから。それじゃ。」

 桐也もため息をつきながら、席を立ってバーを後にした。

「よろしいのですか?あの様子では捕獲どころか、本当に殺しかねませんよ。」

 マスターが心配の声をかける。しかし女性は笑みを消さない。

「心配ないわ。相手はそう簡単にやられるとは思ってないわ。」

「えっ?」

「殺すぐらいの勢いのほうが丁度いいのよ。そのほうがこちらも捕まえやすいものよ。」

 女性は置かれた写真の中から2枚を取り出した。1枚は蓮によってぐしゃぐしゃになったたくみの写真。もう1枚に映っているのは、不動ジュン。

「ジュン、今度こそあなたを私のものにしてみせる。あなたを束縛できるのは、私だけ・・・」

 妖しい笑みを浮かべながら、女性はじっとジュンを見つめていた。

 

 

次回予告

第8話「少年」

 

たくみたちとの出会い。

それでも美優の悲しみは和らぐことはなかった。

武士の主催によって催されたパーティー。

そこへ現れた1人の少年。

彼の中に隠された脅威の力が、たくみたちに襲いかかる。

 

「さぁ、楽しいゲームを始めようか。」

 

 

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