ガルヴォルスFate 第25話「揺るぎない想い」

 

 

 黎利からの抱擁と激しい快楽にさいなまれて、由記の心は崩壊していた。瞳からは生の輝きが消え、生き人形のように動かなくなっていた。

 そんな彼女の裸身に寄り添って、黎利は喜びを感じていた。求め続けていた想いを得て、彼女はこれ以上にない幸せを感じていた。

「由記、私はこうしてあなたのそばにいられて、とても幸せなのよ・・あなたのあたたかさが、私の心をどんどん満たしてくれる・・・」

 由記の胸を撫でながら、黎利は安堵の笑みをこぼしていた。

「たとえこの世界が壊れても、私は由記のそばにいたい・・由記と一緒にいられるだけで私は幸せ・・・」

 満面の笑みを浮かべて、黎利は由記との抱擁に酔いしれていた。その腕に抱かれて、由記は自分の心と向かい合っていた。

 

 私は冷たい氷の中にいた。

 昔のように、心を閉ざして周りの全てからふさぎ込んでしまっていたときのように、私は氷の中に閉じこもっていた。

 私はどうしたらいいのか分からなくなっていた。

 氷から出たいのか、出たくないのか。

 出ようとしたこともあった。

 でも私は氷から出られなかった。

 氷が硬いのか、それとも私の力が弱いのか。

 氷は私の気持ちに逆らうように、氷は私を外に出させてくれなかった。

 このまま氷の中でいることになるのだろうか。

 また昔に戻ってしまうのだろうか。

 ずっと心を閉ざしていくのだろうか。

「由記・・由記・・・」

 そのとき、私の心に呼びかける声が伝わってきた。

 私は閉じていた眼を開いて前を見ると、1人の女の子が私を見ていた。

 今まで忘れたことはなかった。

「ちはや・・・」

 私はちはやに呼びかけたが、その声は自分でも分かるくらいに弱々しかった。

 でも、ちはやは私の声に、私の心に気付いて微笑みかけてきてくれた。

「由記、こんなところにいたんだ。心配しちゃったよ・・」

「ちはや、私は・・・」

「由記、こんなところにいないで、あたしと一緒にいよう・・」

「ちはや、もうどうしていいか分からないよ・・・この氷、私の気持ちを受け入れようとしない・・・」

 私は塞ぎ込みそうな気持ちを感じながら、ちはやに答える。

 するとちはやは満面の笑みを私に見せてきた。

「そんなことないよ。だってその氷、由記の心そのものなんだから。」

「えっ・・・?」

 私は一瞬、ちはやが言ったことが理解できなかった。

「この氷が・・私の心・・・?」

「由記、あたし、あなたの気持ちが痛いほど分かる・・由記と何度も触れ合ってきたし、ずっと一緒にいたからね・・」

「確かに私たち、ずっと一緒にいたけど、ちはやの本当の気持ちも、私自身のことも分かっていなかった。だからちはやとすれ違って、対立して・・」

「そんなことないよ・・少なくても、由記はあたしのこと、誰よりもよく知ってるよ。多分、あたしよりも・・」

「それは言いすぎだと思うよ・・自分より自分のことを知ってるなんて・・・」

「そうかな・・・自分だからこそ、自分自身のことが分からなかったりすることもあるんじゃないかな・・・?」

 その言葉に私は答えられなかった。

 今までのことから、私よりちはやのほうが私のことを分かっていた。

 だからちはやと会えたとき、私は私自身とも理解し合えたと思った。

 ちはやがいてくれたから、私は「私」を見つけられた。

 ちはやは、私を心から支えてくれる、もうひとりの私。

「由記、お願い・・あたしに心を開いて・・あたしと一緒にいよう・・・」

「ちはや・・・ありがとう。ちはやと一緒だったら、私は何も怖くないよ・・・」

 私はちはやと一緒にいたい。

 この世界が滅びても、フェイトの運命に流されても。

 たとえどんなことがあっても、私とちはやの仲を引き裂くことはできない。

 私は私の心を、私を閉じ込めていた氷を壊して、差し伸べてきたちはやの手を取った。

「由記・・こんなあたしを求めてくれて、あたし、とってもうれしかったよ・・」

 

 由記との抱擁を続けていたところで、突然突き飛ばされた黎利。何が起こったのか分からず、黎利はその場を動けなくなっていた。

 彼女の眼の前で、心を壊していた由記がゆっくりと立ち上がっていた。

「由記・・・どうして・・・!?」

 黎利は眼の前にいる由記の姿が信じられなかった。由記は動揺を隠せないでいる黎利を見つめて小さな笑みを見せる。

「先輩、私、もう迷いません。私は自分の気持ちに正直になりたいと思います・・・」

「由記・・・!?」

「黎利先輩、私はちはやを奪っていきます。ちはやが私のものであり、私もちはやのものだから・・・」

 由記が言い放った決意を聞いて、黎利はたまらず立ち上がり、言葉を返す。

「ダメよ!たとえあなたたちが互いを求め合ったとしても、あなたたちは私のものよ!」

「それでも私は、ちはやがほしいのよ・・・!」

 感情的になる黎利に対し、あくまで自分に正直であろうとする由記。もはや彼女の心は揺るぎないものとなっていた。

 脱ぎ散らかしていた衣服を身につけ、気を引き締める素振りを見せる由記。そして彼女は改めて黎利を見つめる。

「1回しか言わない・・・石化を解いて、ちはやを解放して・・・」

 低く言い放つ由記の顔に紋様が浮かび上がる。

「でないとあなたを殺す・・・今までのあなたとの大切な思い出とともに、全てを粉砕する!」

 フェイトへの変貌を果たし、黎利と対峙する由記。背中から白い翼が広がり、力の解放を示唆していた。

「そうはさせない・・・あなたは渡さない・・・私以外の誰にも!」

 いきり立った黎利が髪を伸ばし、再び由記を捕らえるべく迫る。由記は身を翻して、その包囲網をかわす。

「今度こそあなたを手に入れてみせる・・2度と私から離れていかないよう、確実に!」

 黎利が髪を操りつつ、自ら由記を捕らえるべく手を伸ばす。だが由記はその手を逆につかみ上げ、黎利を突き飛ばす。

 それでも向かってくる黎利に対し、由記は具現化した剣を振りかざした。剣の切っ先が黎利の右頬をかすめる。

「由記・・どうして、こんな・・・!?」

 愕然さを隠せない黎利に対して、由記は鋭い視線を向ける。由記の手にしている剣の切っ先から紅い血が床に滴り落ちる。

「言いましたよね、黎利先輩?・・・私はどんなことになっても、ちはやをあなたから奪い返す・・・!」

 由記が黎利に向かって飛び掛り、剣を振りかざす。黎利は髪を振りかざしてこの一閃を受け止める。

 だが伸ばしたその髪が簡単に断ち切れてしまう。その光景に黎利はさらなる驚愕を覚える。

(そんな・・いくらフェイトの力だからって、由記を押さえ込めないなんて・・・私の力が弱くなってる・・・!?)

 黎利が自分の両手を見つめ、自分の力の低下に疑念を抱く。

「迷ってるんですね・・私も自分に迷っていたときがありましたから、あなたの気持ちがよく分かります。でも同情はしません。ここで迷いたくないから・・・」

 由記が剣を構え、ゆっくりと黎利に近づいていく。黎利が感情に駆られるあまり、額の眼を開いて石化を発動しようとする。

 だがそれよりも先に、由記の突き出した剣が黎利の腹部を貫いていた。激しい激痛にさいなまれ、吐血した黎利が石化を発動できずに怯む。

「私の想いを守るために、私はあなたを殺めていきます・・・」

「由記・・・」

 悲痛さを噛み締める由記が、黎利から剣を引き抜く。鮮血にまみれた黎利が床に倒れる。

「私は・・・由記を・・・」

「先輩、もう何も言わなくていいです・・先輩に愛されたこと、私もうれしく思いますよ・・・」

 人間の姿に戻った由記が満面の笑みを見せる。だが、喜ばしく思えたはずの彼女の笑顔が、今の黎利にはこの上なく辛かった。

 由記は振り返り、裸の石像となって立ち尽くしているちはやに近づいた。彼女の石の体を優しく抱きとめて、由記は沈痛の面持ちを浮かべる。

「ちはや、本当にゴメン・・私がもっと早く、あなたの気持ちに気付いていたら、こんなことにならなかったのにね・・・」

 変わり果てたちはやの姿に、由記は涙をこらえることができなかった。

「もう大丈夫だから・・私がずっとそばにいるから・・・」

 由記はちはやから離れようとしなかった。ただひたすらちはやのことを想い続けていた。

 このまま抱きしめあったままでも構わない。ちはやのそばにいられればそれでいい。

 由記の想いは、完全にちはやだけに向けられていた。

(由記・・・あなたは、私から逃げられない・・逃がさないわよ・・・)

 そんな2人を見つめる形で、黎利が必死に体を起こす。

(このまま手に入れられないというなら、あなたをオブジェに変えてでも!)

 黎利は残された力を振り絞り、額の眼を開く。由記の姿を捉えた眼から閃光が解き放たれる。

 

    カッ!

 

 由記が気付いて振り向いたときには、既に閃光は彼女を捉えていた。

 

   ドクンッ

 

 光を受けた由記が強い胸の高鳴りを感じて眼を見開く。彼女に力をかけることに成功し、黎利が笑みを浮かべる。

「できればこんなことはしたくなかった・・・でもこのまま手に入れられずに終わるなら、あなたをオブジェにしてでもあなたを奪う!」

 苦痛にあえぎながらも、由記に向かって言い放つ黎利。立ち上がった拍子で、彼女の胸から血があふれてくる。

 だがその出血が徐々に治まりを見せてくる。ちはやから奪ったフェイトの治癒力が、黎利の傷を癒していたのだ。

「傷は消したけど、体が思うように動かない・・・それでも、私は由記を手にしたのよ・・・確実に!」

  ピキッ ピキッ ピキッ

 黎利が言い放った直後、由記がはいていた靴と靴下が引き裂かれる。黎利がかけた石化が由記の両足を蝕み始めたのだ。

(足が冷たい・・床のせいなのか、石になったからなのか・・まるで私の足じゃないみたいな・・・)

 石になってさらけ出された自分の素足に動揺を感じながらも、由記はそれを受け入れているかのような面持ちを見せていた。本当にちはやのそばいいれば、自分がどうなっても構わないと思わせるような。

「由記、もうあなたはここから逃げられない・・あなたたちは私の手の中なのよ・・・」

「それでもいいわ・・・」

 歓喜を覚えていた黎利に、由記が微笑みかけてきた。その反応に黎利は一瞬動揺を覚えた。

「私はちはやと一緒だったら、どんなことになっても構わない・・世界が滅びても、あなたに石にされても・・・」

  ピキッ ピキキッ

 石化が由記の下腹部におよび、スカートが引き裂かれる。下半身をさらすことになっても、由記はちはやとの抱擁をやめない。

「ちはやとずっと一緒にいられるなら、あなたの手の中にいてもいい・・あなたのものになってもいい・・・でも、ちはやは誰にも渡さない!ちはやの心に触れていいのは、私だけ・・・!」

 由記がちはやの石の体を抱きしめた。ちはやを抱擁したまま、由記はその腕を離さない。

  ピキキッ パキッ

 石化は由記の上半身に及び始め、上着を引き剥がしていく。衣服がボロボロと床に落ちていき、由記は裸身をあらわにする。

「ちはや、これで離れられなくなってしまったね・・いいことなのか、悪いことなのか・・」

 思わず照れ笑いを浮かべる由記だが、すぐに真剣な面持ちになってちはやを見つめる。

「ちはや、助けられなくてゴメン・・もう私も、ちはやのあたたかさしか分からなくなってきたよ・・・」

 由記が口にしたとおり、彼女の両手の先まで石化が到達し、彼女は感覚をなくしかけていた。もうろうとしている意識の彼女を支えていたのは、ちはやとの抱擁だった。

「ちはや、私の気持ち、受け取ってくれるかな?・・・私の一方的なわがままだからって、嫌いにならないかな・・・?」

 由記はおもむろに、ちはやの石の唇に自分の唇を重ねる。冷たく、そしてあたたかい口付けの感触に、彼女は快感を覚える。

  パキッ ピキッ

 やがてその唇さえも固まり、口付けを外せなくなった由記。彼女の眼には、石化していない裸身のちはやの姿が映っていた。錯覚だったのかもしれない。そう思いながらも、由記はちはやのこの姿に喜びを覚えていた。

(ありがとう・・・ちはや・・・)

    フッ

 やがて瞳に亀裂が入り、由記は完全に石化に包まれた。ちはやを抱きしめたまま、彼女は黎利の力に堕ちたのだった。

「やったわ・・・これで・・今度こそ、由記を手に入れた・・・」

 黎利が必死に笑みを作って由記たちに近づく。思うように体が動かず、足取りが覚束ない。

「私は今、1番幸せなのかもしれないわね・・・ほしがっていたものが、確実に自分のものになったのだからね・・・」

 それでも必死に由記たちのところへ向かっていく黎利。そしてついに、彼女は2人の石の肌に触れる。

「由記、ちはや・・・もう離さない・・誰にもあなたたちを渡さない・・・!」

 由記とちはやに寄り添う黎利。冷たい石の中のぬくもりに、彼女は快楽を覚え酔いしれていた。

「あなたたちが互いをものにしたいというならそれでいいわ・・・でも、そんなあなたたちも、今では私のもの・・・」

 由記とちはや。2人への支配の欲情に駆られて、黎利はその場から動こうとしなかった。

 

 フェイトの運命を示すかのように出現した巨大なワームホール。宇宙に開いた巨大な穴から姿を見せた巨大なエネルギー体。

 その膨大なエネルギーが世界を崩壊へと導くことは、専門家はもちろん、多少の知識がある人ならば誰の眼にも明らかだった。

 エネルギーの接近の前兆の災害がさらに肥大化、拡大化を起こし、人々は冷静さを保てなくなっていた。

 そして政府に設立されている特別調査団が、最悪の報告を提示した。

 エネルギー体が衝突し、世界が崩壊するまで、残り24時間。

 

 

次回

第26話「FATES」

 

「帰ってきた・・・ちはや・・・」

「いろいろ迷惑かけちゃったね、由記・・・」

「止めなくちゃ・・・私たちの居場所を守るために・・・」

「由記!」

「どんなことがあっても、私はちはやのところに帰る・・・」

 

 

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