ガルヴォルスFate 第23話「崩壊の中の欲情」

 

 

 世界は天変地異に見舞われていた。

 ワームホールから徐々に地球に向かいつつある赤色巨星は、接近するだけで影響を及ぼしていた。世界中で気象異変が起き、冷害や噴火などの被害が続出。人々を不安に陥れていた。

 巨星はフェイトが最大の原因であることに人々は気付き始めていたが、怪物そのものが世界の崩壊の火種であると思い込んでいる者も少なくなかった。

 世界は確実に混乱を喫していた。

 

 ちはやの想いを受け入れようとしたため、その刃にかかってしまった由記。血まみれになった体は意思に逆らい、海辺に倒れたまま動けなくなっていた。

(動けない・・まるで自分の体じゃないみたい・・・)

 砂地の上にいるにも関わらず、まるで海の上を漂っているような感覚にさいなまれていた由記。いや、体と魂が離れているかのような感覚も感じていた。

(これが、死んでいくってことなのかな・・・このまま何もできず、何も伝えられないまま・・・)

 もうろうとする意識の中で、由記は歯がゆさを感じていた。ちはやを止められなかった自分の無力さ、このまま朽ちていこうとしている運命を、彼女は許せなかった。

(このまま、何も得られないまま終わるなんて・・・私には、耐えられない・・・!)

「だったら早く立ち上がりなさいよ。」

 そのとき、由記の耳に黎利の声が聞こえてきた。たまらず閉じていた眼を開くと、その先には確かに黎利の姿があった。

「黎利、先輩・・・!?」

 由記がきょとんとしていると、黎利が気さくな笑みを見せてきた。

「由記、ちはやと一緒にいたいんでしょ?だったらこんなところで立ち止まってないで前に進む。いつもの由記だったら、ちはやが絡んでたらそのくらいやってたわよ。」

「先輩・・・」

「これでも私は生徒会会長で、あなたたちのことをずっと近くから見てたんだからね。あなたたちの考えることまで、自然とお見通しになったんだから。」

 満面の笑みを見せる黎利の励ましの言葉に、由記は勇気付けられる。

(そうよ・・私はちはやが好き。ちはやと一緒にいたい・・・だから助けなきゃ、ちはやを・・・)

 ちはやに対する想いを呼び起こして、力を振り絞って立ち上がる。

「その意気よ。はやくちはやのところに行ってあげて。」

 黎利はそういうと振り返り、由記の前から立ち去ろうとする。そんな彼女に、由記はたまらず手を伸ばした

「黎利先輩!」

 

 気がつくと由記の眼には、星が瞬く夜空が映ってきていた。彼女は先ほどのことが夢であったことに気付く。

 そしてちはやから受けた傷がほとんど痛みを訴えていなかったことも。

(どうして・・・私は確かに、ちはやに貫かれて・・・)

 由記が剣が突きたてられたはずの右のわき腹に触れる。痛みは残っているが、心身に強く響くほどではない。

(もしかして、これもフェイトの力なの・・・?)

 由記は回復の原因を推測する。フェイトとしての治癒力が、瀕死の重症を追っていた彼女を救ったのか。それともフェイトの力が、ちはやの攻撃の威力を和らげたのか。

 いずれにしても、フェイトの力が由記を生還させたことは間違いなかった。

「私もけっこうしぶといんだね・・・このまま死んでしまってよかった、なんて考えもチラッと浮かんでたっていうのに・・・」

 皮肉めいた言葉を口にして苦笑を浮かべる由記。

「私にもまだ、生きて、しなくちゃいけないことがあるってことなのかな・・・」

 由記はわき腹を押さえていた自分の右手を見つめ、握り締めた。

(私はちはやと一緒にいる・・たとえ世界が壊れても、私はちはやを連れて帰る・・・)

 一途な想いと決意を胸に秘めて、由記は街のほうへ振り返る。

(黎利先輩、ありがとうございます・・先輩のおかげで、自信を取り戻すことができました。って、夢の中の話でしかないんですけど・・)

 胸中で黎利に感謝しているうちに照れ笑いを浮かべてしまう由記。そして彼女はちはやのところへ行くため、フェイトへ変身して飛び立っていった。

 黎利がちはやに連れ去られたことも知らずに。

 

 由記を手にかけたと思い込み、錯乱してしまったちはや。彼女はいつしか意識を失い、暗闇の中で眼を覚ました。

「ここは・・・?」

 もうろうとする意識を覚まそうとしながら、ちはやはゆっくりと立ち上がる。眼を凝らしてみると、そこが大きな部屋であることに気付く。

「あたし、何でこんなところに・・・?」

 動揺を隠し切れず、その場を右往左往するちはや。

「そういえば、天音先輩が・・・あれは・・・」

 何とか記憶を思い返そうとするちはや。彼女の脳裏に、衣服を引き剥がされて体が石になっていた天音の姿が蘇る。

「そうだ・・天音先輩が・・・!」

 ちはやが天音の身を案じ、周囲を見回す。そこで彼女は部屋の中の異様な光景を目の当たりにする。

 彼女の周りには裸の女性の石像が立ち並んでいた。いずれも恐怖や不安はなく、安堵の表情に満ち溢れていた。

「ちょっと、これって・・・!?」

「ち、ちはや・・・?」

 驚愕したちはやの耳に、か細くも聞き覚えのある声が響いてくる。恐る恐る振り返った先に、彼女はさらに眼を見開いた。

 石化しかかっている天音が、呆然とした面持ちで立ち尽くしていた。

「天音先輩!」

 ちはやがたまらず天音に駆け寄り、手を伸ばす。石になった天音の肌の冷たさを感じて、ちはやはさらなる困惑にさらされる。

「ちはや・・何で顔してるのよ・・そんなのいつものアンタらしくないじゃないの・・・」

「天音先輩、どうしてこんな・・・!?」

 何とか笑みを見せる天音に、ちはやは声を荒げる。

「ちはや、落ち着いて聞きなさい・・・これは全部、黎利がしたことよ・・」

「えっ!?・・黎利先輩が・・・!?」

 天音が口にした言葉にちはやが驚愕する。一抹の不安を覚えた彼女が振り返ると、そこには妖しい笑みを浮かべている黎利の姿があった。

「眼が覚めたようね、ちはや。」

「黎利先輩・・・!?」

 当惑するちはやにさらに微笑みかける黎利。

「ここにいるオブジェたちは、元々はみんなかわいい女の子たち。私が快感と安らぎを与えながらオブジェに変えたのよ。」

 この言葉にちはやが天音に振り返る。天音は歯がゆさをあらわにしながらちはやに答える。

「信じたくないけど、ホントよ。あの女のせいで、私はこの有様よ・・!」

「あなたも思ってた以上に強情だわ。ほとんど身動きができず、あれだけ肌の触れ合いをしてあげても、ずっとムキになるばかりだもの。」

 苛立ちを込めて言い放つ天音に、黎利が妖しく微笑む。

「でも私が思うだけでそれが終わる・・私が石化を進めれば、あなたはその強気な態度を見せることもできなくなる。」

「確かにそうなるわね・・・」

 黎利の言葉に天音が不敵な笑みを見せ、すぐに憤慨をあらわにする。

「でもアンタになんか絶対に魂は売らないからね!私は椎名天音・・自分が許せない相手には、とことん反発して見せる女よ・・・!」

「天音先輩・・・」

 あくまで自分を曲げない天音に、ちはやは安らぎを感じたように思えた。

  ピキキッ パキッ

 そのとき、止まっていた天音の石化が進行し彼女が悶える。

「天音先輩・・・!」

 ちはやがたまらず天音に呼びかける。頬を赤らめながらも、天音は自分を保とうと必死になっていた。

「ち、ちはや・・アンタは負けちゃダメだからね・・黎利にも、アンタ自身にもね・・・」

  パキッ ピキッ

 天音の手足の指先まで石に変わり、頬まで石化が進行していった。もはや彼女の体は感覚を失っていた。

「由記・・しっかりちはやを守ってやんなさいよ・・・」

 その中でちはやに、由記に対して自身の気持ちを呟く天音。

  ピキッ パキッ

 その声を発していた唇が固まり、声が出なくなる。

    フッ

 そして涙があふれていた瞳も石化し、生の輝きが消える。天音は完全な石像へと変わってしまった。

 彼女が流した涙は、快楽や悲しみ、後悔ではなく、黎利に対して何もできず、由記やちはやに対して何もできない自分への悔しさが込められていた。

「天音先輩・・・」

 天音の気持ちを受け取って、ちはやも涙をこぼしていた。その涙腺を拭うことなく、彼女は黎利に振り返った。

「黎利先輩、あたし、戦いますよ・・天音先輩のため、由記のため、そして・・・」

 黎利に言い放つちはやの顔に紋様が走る。

「あたし自身の心のために・・・!」

 叫ぶ彼女がフェイトへの変身を果たす。異様な姿となった彼女を見て、黎利が妖しく微笑む。

「そういえばあなたもフェイトになったのよね。由記と同じ感じがしたから、私はあなたにもひかれた・・・」

 黎利は笑みを強めて、長い髪を揺らめかせる。

「あなたもほしいと思った!」

 その髪を伸ばしてちはやを狙う。ちはやは剣を具現化して髪を払おうとするが、髪は切れずに刀身を絡め取る。

「私の髪には私の力を込めてある。それに私もあなたたちのフェイトとしての力を見てきている。あなたたちの力がどういうものかぐらいは分かってるつもりよ。」

 黎利が語りかけながら、さらに髪を伸ばしてちはやを狙う。ちはやは絡め取られた剣を捨てて、背中から生えた黒い翼を輝かせて羽ばたかせる。

 放たれた閃光が髪に触れ、石化や凍結などの効果を引き起こす。しかし黎利は笑みを崩さない。

「私の主な力の効果は石化。同じ石化なら私はすぐにその効果を打ち消せる。そして凍結は力を与えて熱量を上げてしまえば効果は相殺される。」

 黎利が言い放った言葉どおり、ちはやがかけた石化や凍結がことごとく打ち消されていく。その光景にちはやは当惑を覚えていた。

「固める効果が効かなくても黎利先輩、あなたを止めることはできる!」

 ちはやが再び剣を出現させて、黎利に向かって飛びかかる。黎利は髪を使ってちはやを捕らえようとするが、ちはやはかいくぐって距離を詰めようとする。

 そしてちはやは剣を振りかざし、一閃を繰り出す。刃は眼を見開く黎利の右の頬をかすめる。

 だがその直後、ちはやの背後から迫ってきた髪が、彼女の手足を縛りつけた。強く力を入れられて、彼女は手から剣を離してしまう。

「確かにできないとは言い切れないわね・・でもこれでチェックメイトよ。」

 ちはやの動きを完全に封じた黎利が妖しく微笑む。力を加えられて苦悶を浮かべたちはやが人間の姿に戻る。

「さすがフェイトっていうべきなのかな。私をここまで追い込んでくるなんて。」

「そんな・・フェイトじゃない黎利さんが、どうして・・・!?」

 黎利の力にちはやが疑問を浮かべる。

「気になっているようね。確かに私はフェイトじゃない。基本的に普通の怪物と同じよ。でも私には石化の他に・・いいえ、石化の力と連動した力を持っているのよ。」

「石化に関連した・・・!?」

「私はオブジェにした人の能力を全て取り込むことができるのよ。普通の人間の能力は怪物やフェイトに比べると微弱なものでしかないけど、塵も積もれば山となるってこと。」

 黎利がちはやに対して少し力を加える。フェイトの力を解放しようと意識を傾けるが、髪を振り払うことができない。

「このとおり、力だけならフェイトに負けない。少なくともこうして動きを封じることはできる。でも私にはそれで十分。」

 黎利がちはやを自分の眼前まで引き寄せる。

「あなたを石化にかけられればそれで終わり。後はじっくり楽しむだけ・・でも・・・」

 黎利が唐突に笑みを消し、戸惑いを浮かべているちはやを見つめる。

「できるなら、あなたをオブジェにはしたくなかった。あなたや由記とは人間として付き合っていきたかった・・・」

「今更何を言ってるの!?あなたは天音先輩にあんなことして・・それに、あたしは人間であることを捨てた。でも今のあなたを受け入れるつもりもない!」

「いいえ。今のあなたの姿は明らかに人間よ。私もできれば人間でいたかった・・でも私は、あなたたちがほしくてたまらない・・・この気持ちを止められない!」

 感情をあらわにする黎利の額に切れ目が入る。

「ちはや、あなたも由記も、誰にも渡したくない・・・そのためなら、私は!」

 

     カッ!

 

 黎利の額から現れた眼からまばゆい光が放たれる。

 

    ドクンッ

 

 その光を受けたちはやが強い胸の高鳴りにさいなまれる。しばらくその衝動に彼女は眼を見開いたままだった。

「ちはや、もうあなたは私のもの。あなたは決して由記のところに戻れない・・・」

 黎利が冷淡に告げると、ちはやを拘束していた髪をほどく。

「これでもう、髪での縛りつけは無意味・・・」

  ピキッ パキッ パキッ

 床に着いたちはやの両足が石化を始める。靴が壊され、白く固まった素足が現れる。

「こ、こんなの、フェイトとしての力で・・・!」

 ちはやがフェイトの力を使って石化を解こうとする。だが浮かび上がった顔の紋様がすぐに消えてしまう。

「力が、出ない・・・!?」

「ムダよ。もうあなたは私のもの。あなたの体も力も、全部私のものよ。」

 驚愕するちはやに黎利が妖しく微笑む。

「あなたはこのまま堕ちていくだけ・・石化の中に、私の気持ちの中に・・」

「冗談じゃない・・あたしはこんなこと望んじゃいなかった・・・!」

「いいえ。あなたはもう望んでしまっている。私の気持ちを受け入れることを・・・」

 黎利は当惑しているちはやに寄り添う。その抱擁にちはやに動揺が走る。

「恥ずかしがることはないわ。あなたもこの気持ち、理解できるはずよ。由記と何度も夜の時間を過ごしてきた、あなたなら・・」

 黎利がちはやと口付けを交わす。その感触にちはやは困惑する。

(由記・・ゴメン・・・あたし、黎利先輩に・・・)

 ちはやが由記に対する想いを巡らせるあまり、眼から涙を流す。黎利が彼女から口を離し、再び微笑む。

「ちはや、もう我慢することはないわ。ここでなら、私の前でなら、全てを見せてしまっても構わないから・・・」

  ピキキッ パキッ

 ちはやにかけられた石化が進行し、彼女がはいていたスカートが引き裂かれる。彼女の下半身が、石となった秘所があらわになる。

「それじゃ、ゆっくり楽しみましょうか。あなたの気持ち、由記に対する想い、全てを私に見せて・・・」

 黎利が身をかがめて、石化したちはやの秘所を舐め始めた。その行為を受けて、ちはやの感情が高まっていく。

「やめて!あたしにそんなことしないで!あたしは、あたしは由記のものなんだから・・・!」

 声を荒げるちはやの反応を楽しみながら、黎利は由記へ思いを馳せていた。

(来なさい、由記。私とちはやはここにいるわ・・・ちはやを取り戻そうとするあなたを、私は必ず手に入れてみせる・・・)

 

 突然感じたちはやのフェイトとしての力に、由記は眼を見開いた。その力がすぐに消えてしまったことに、彼女は不安を覚えた。

(ちはや、何が・・・まさか、怪物に・・!?)

 その不安が膨らみ、由記は必死にちはやの気配に探りを入れた。

(力が現れて消えた場所は・・黎利先輩の家の辺り・・・もしかして先輩にまで・・!)

 由記はたまらず黎利の邸宅へと向かった。それが全ての崩壊の始まりだった。

 

 

次回

第24話「絶望」

 

「黎利先輩・・どうして・・・!?」

「待っていたわ、由記。」

「あたし、黎利先輩にムチャクチャにされちゃった・・・」

「ちはやを、返して!」

「あなたの体も心も、全て私だけのものなのよ・・・」

 

 

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