ガルヴォルスFate 第22話「全ての終わり」
私はフェイトであることを、ちはやに必死に隠してきた。もしも知られてしまったら、私はちはやに嫌われてしまうと思った。
でもちはやはそんなことはなかった。私の正体を知っても、私のことを受け入れようとしてくれた。いいえ。私が正体を見せることになったあの日より前に、ちはやは私のことに気付いていたのかもしれない。
それなのに私はちはやに嫌われることを恐れて、ずっとちはやを巻き込まないと必死になって、ずっとちはやを遠ざけてしまっていた。
もっと早く気付けばよかった。もっとちはやの気持ちに眼を向けていればよかった。結局私の自己満足で、ちはややみんなに余計な迷惑をかけてしまった。
もう自分だけで背負い込んだりしない。ちはやの気持ちを真正面から受け止めていきたい。
でもちはやの気持ちとその切実な願いに気付いたときには、何もかも手遅れになっていた。
気持ちのすれ違いから始まってしまった由記とちはやの戦い。2人とも具現化した剣を握り締めて互いを見据えていた。
「あたしは恐れない・・怖がるものをなくすために、あたしは・・・!」
ちはやはいきり立って、由記に向かって駆け出す。振り下ろされたちはやの剣を、由記は身を翻してかわす。
「それはちはや、今のあなたに恐れるものがあるってことだよね・・・?」
「違う!あたしはこれ以上、意味なく傷ついていく人たちを見ていたくないだけ!」
「つまり、傷つくことを恐れてるんだね・・・?」
ふと微笑みかける由記に、ちはやが一瞬戸惑いを見せる。振りかざした剣が、由記が回避する直前に外す。
由記は背中に翼を広げて飛翔し、後方へ下がってちはやとの距離を取る。ちはやの感情が悲痛に思えて、由記も戸惑いを隠せなくなっていた。
「誰だって傷つけること、傷つけられることは怖いよ。でも、その怖さと真正面から向き合おうと思えば、その怖さを乗り越えられる。」
「由記、あたしは・・」
「もう恐れないで、ちはや。私がそばにいる。だから何も恐れることはないよ。」
由記の切実な言葉に、ちはやは必死に動揺を隠そうとする。
「帰ろう、ちはや。私と一緒に、またいつもみたいに・・・」
「由記・・・ダメだよ。あたしは由記みたいに強くない。人間を受け入れていられるほど、強くなんかないよ・・・」
由記の言葉と想いを、ちはやは物悲しい笑みを浮かべて頑なに拒む。
「ちはや、自分を信じて。ちはやは今は私と同じフェイトになってる。体は怪物になってしまっているけど、邪な現実を受け止められる心の強さも持ってる。」
「だからだよ・・だから心を失っているものを壊さなくちゃいけないんだよ・・・!」
ちはやが再びいきり立ち、剣を振りかざして由記に向かって飛びかかった。
由記のことはなんとなく分かってた。
由記が怪物だったってことまでは知らなかったけど、由記が何かに深く悩んでいることはすぐに気付いた。
あたしにも話そうとしないから余計に心配だった。力になってあげたかったのに。
あたしは辛かった。悔しかった。由記が自分のことを話してくれなかったことじゃなく、由記を助けられないあたし自身に。
だからいつしか求めてたのかもしれない。力がほしいって。由記と同じようにフェイトになりたいって。
それが罪だとしても、逆に由記を悲しませることになってもいい。あたしは由記のそばにいたい。一緒にいられる場所がほしい。
そしてあたしは手に入れた。あたしたちの場所を作れるだけの力を。守れるだけの力を。
でもそのときから、あたしと由記はすれ違っていた。願いも考えも、何もかも。
ちはやが掲げた剣が、由記に向かって振り下ろされる。由記は剣でその一閃を受け流すと、さらに距離を取ろうとする。
「由記、どうして反撃しないの!?由記は由記の願いのためにあたしと戦ってるんでしょ!?」
ちはやが反撃に転じない由記に呼びかける。
「あたしはあたしの願いのために戦ってる。みんなのために、みんなが幸せでいられるために・・・そう・・由記、あたしはみんなのために!」
ちはやが黒い翼を広げて由記に一気に詰め寄る。
「ちはや・・・」
悲痛さにさいなまれる由記も剣を振りかざす。ぶつかり合った2つの刃は、その衝撃で折れてしまった。
毒づきながらも由記とちはやは翼を広げて力を解放する。翼の羽ばたきは吹雪を巻き起こし、周囲を凍てつかせていく。
吹雪は由記とちはやの体さえも凍てつかせ、2人は氷塊に包まれる。だが互いに冷気を打ち消して、氷塊から脱出する。
吹雪の冷たさにやられたのか、2人は互いを見据えながらも呼吸を荒くしている。そんな2人を突き動かしているのは、相手のために負けられないという気持ちだった。
「由記、あたしはここで立ち止まるわけにはいかない・・・たとえ由記でも、邪魔はさせない!」
ちはやが言い放って両手をかざすと、由記の体が突然凍りつく。氷塊に閉じ込められるのではなく、氷が表面的に彼女の体を包み込んでいた。
「今度は密に凍らせたから、そう簡単には抜け出せないよ。でもしばらくすれば解ける。その間にあたしのやることをやっちゃうから・・・」
ちはやが凍りついた由記に向けて冷淡な笑みを向ける。そのとき、由記を包み込んでいる氷にヒビが入った。
「えっ・・・?」
その瞬間にちはやが眼を見開く。氷は次第にひび割れて、やがて粉砕されて中から由記が解放される。
「あ、あたしの力が、こんな簡単に・・・!?」
「私はフェイト。あなたが私と同じ力を使っているなら、その効果を打ち消すのも簡単よ。」
驚愕を見せるちはやに、由記は淡々と答える。その言葉に気持ちを落ち着けて、ちはやは再び微笑む。
「そうだったね・・あたしの力は、由記に憧れて手に入ったようなもんだからね。」
「お願い、ちはや。もう誰かを傷つけるのはやめて。そんなことをしても、私は・・」
「由記もあたしくらいにしつこいんだね。何度呼びかけても、あたしはやめない。諦めない・・・!」
ちはやは再び剣を具現化して、由記を見据える。
「ちはや、あなたは私にどうしてほしいの・・・?」
「ううん。由記はもう何もしなくていい。ムリすることはないんだから・・後はあたしが・・」
「それはちはやが望んでいることであって、私が望んでいることとは違う。」
「それは・・・」
「ちはや、本当は私にどうしてほしかったの?ただ単に一緒にいてほしかっただけ?」
由記の問いかけに、ちはやは困惑を隠せなかった。
「もしそうなら、私とずっと一緒にいればよかったじゃない。私はちはやがそばにいてくれたら、それでいいんだから・・・」
由記が微笑みかけると、ちはやの困惑がさらに強まる。そんな彼女に由記が優しく手を差し伸べる。
「もう帰ろう、ちはや・・私たちの帰るべき場所へ・・・」
「由記・・・」
由記の優しさを改めて垣間見て、ちはやの心は揺らぐ。しかしすぐに自分が信じている気持ちに引き返す。
「やっぱりダメ!もしここであたしが諦めたら、姫女さんやケンくん、みんなが・・・!」
「ちはや・・!」
ちはやが言い放った言葉に、由記が声を荒げる。感情の赴くまま、ちはやが由記に飛びかかる。
由記も再び剣を具現化させて、ちはやの一閃を受け止める。由記の防御を押し切ろうとしながら、ちはやは再び自分の心と向き合っていた。
あたしはずっと何かに閉じ込められていた気がする。
とても冷たくて暗くて、氷の殻に閉じ込められた雛鳥のような気分だった。
それは自分の無力さを意味していた。氷の殻を破れないばかりか、何もできないでいた。
だからあたしは由記に憧れを抱いた。由記みたいになりたい。フェイトになって、自分が抱えている悩みごと、この氷の殻を破って外に出て行きたかった。
そしてフェイトになった今のあたしは、やっとのことで氷の殻を破れるくらいになった。
でも外に出ようとするあたしを必死に止めようとする手があった。由記の手だった。
「どうしてあたしを外に出してくれないの?」
あたしは声をかけたけど、由記は首を横に振るだけで何も答えない。
それでもあたしは外に出たかった。出なくちゃいけなかった。
みんなのために、あたしは外に出なくちゃいけないのに。
由記とあたし自身の心と気持ちに、すれ違いが生まれている何よりの証だった。
剣で防御する由記を、ちはやが力任せに剣を突きつける。その強引さに押し切られて、由記が突き飛ばされる。
由記に対するちはやの力の入り方が向上してきていた。しかし精神的に追い込まれていたのは明らかにちはやのほうだった。
「あたしはみんなを守りたい・・・だからあたしは壊す!あたしたちを傷つけようとするもの全部!」
感情をあらわにして、ちはやがさらに飛び掛ってくる。彼女の心境を察して、由記は心苦しくなっていた。
「ちはや・・あなたの心の痛み、すごく分かるよ。でもその理由がなんなのかまでは分からない・・それは、あなたの口からじゃないと、私に伝わってこないよ・・・」
切実にちはやに呼びかける由記だが、ちはやの気持ちを突き動かすまでには至らない。
その中で由記も、ちはやに対する思いを振り返っていた。
私はずっと心の氷の中に閉じこもっていた。
「かごの中の鳥」と言い表せる人はいるかもしれないけど、私はそれ以上かもしれなかった。
母さんは私を思い通りにできると思っていた。それが私の心に深い傷をつけた。
今は母さんとは分かり合えたけど、家を飛び出したときは、どうしていいか分からなくなっていた。周りが信じられなくなっていたと言い換えてもいい。
私は暗く冷たい氷の中で、何かに怯えていた。
そう。氷の中に閉じ込められていることに怯えているんじゃない。その氷は、私が生み出し、私の周りの何かから私自身を守るためのものであった。
外に出たいという気持ちもあったけど、それ以上に外にあるものへの恐怖が強かった。
このまま氷の中に閉じこもっていてもいい。私はそう思っていた。
そんなときだった。氷の中にいる私に優しく微笑みかけ、優しく触れてくる女の子が見えた。
私は迷った。あの子に助けてもらうべきか。あのこの助けを拒むべきか。
そんな迷いを感じているうちに、その子が私の氷を解かして、私を心の暗闇から連れ出してくれた。私の手をつかむその子の手の暖かさに、私は光を感じたような気がした。
その子こそが、私の大切な人、ちはやだった。
ちはやは私に笑顔をよみがえらせてくれた。もしもちはやが私に手を差し伸べてくれなかったら、私はずっと心の中でとじこもっていたのかもしれない。表面的にも、気持ちの上でも。
だから私は、ちはやにとても感謝している。ちはやを何が何でも守る。世界がどうなっても、私はちはやと一緒にいたい。
でもそれは、私が好きになった本来のちはやだからこそのこと。今のちはやは、私やみんなの願いから離れていっている。いいえ、その意味を間違えている。
だからその間違いを止めないといけない。ちはやにこれ以上、怪物のやることをしてほしくない。
そう。私たちは人間だから。たとえ体は怪物になってしまっていても、心はちゃんとした人のものだから。
ちはやに対する思いを巡らせながら、由記はちはやの攻撃を受け流し続けていた。その行為が、さらにちはやの感情を逆なでしていく。
「お願いだよ、由記!あたしと戦って!あたしの気持ちを受け取る代わりに、あなたの気持ちをあたしに伝えて!」
ちはやも由記に対して切実な願いを言い放つ。
「あたしは負けられない!もしも負けたら、あたしやあたしの周りの人たちがいなくなる!だから由記と一緒にいるためにあたしは!」
「違うわ!私もちはやと一緒にいたいけど、そのために何かを壊す必要なんてない!」
ちはやの思いに由記もたまらず言い放つ。
「私はただ、ちはやと一緒にいられればそれでいい。何も壊すことなんてないのよ・・・」
微笑みかけた由記が、構えていた剣を下げる。
「あたしは・・由記を守りたい・・・守りたいんだよ!」
押し寄せる感情の赴くまま、ちはやは剣を振り上げて由記に飛びかかる。
(ちはや・・・)
悲痛さをあらわにして向かってくるちはやに対し、由記は完全に戦意を消した。
「もう心配いらないよ・・・ちはや、あなたの気持ち、全部私が受け止めてあげる・・・」
(由記・・!?)
微笑みかけてきた由記に、ちはやは戸惑いを覚える。だがちはやの勢いは止まらなかった。
ちはやが突き出した剣は、由記の体に突き立てられた。由記は眼を見開き、吐血する。
ちはやの剣は由記の右わき腹を貫いていた。噴き出した鮮血が刀身を伝い、砂地にこぼれ落ちる。
「由記・・・!?」
ちはやが血みどろになった由記を見て愕然となる。
「そんな・・・あたし・・あたし・・・!」
ちはやは由記を突き刺した剣からたまらず手を離す。彼女の手にも紅い血がまみれていた。
「そんなつもり・・そんなつもりじゃなかった・・・ただ、あたしは、由記を止めたかっただけだったのに・・・!」
自分のしたことに対して強い後悔と絶望感を覚えるちはや。彼女の眼前で、由記がフェイトから人間へと戻っていく。
(ちはや、ごめんなさい・・・そして、ありがとう・・・)
倒れていく由記が胸中で、ちはやに対する想いを囁く。彼女を貫いていた剣は、ちはやの戦意とともに消えていく。
砂地に倒れた由記の下の砂が紅く染まっていく。
「ゆ、由記・・・い、いや・・・いやあっ!!」
ちはやが上げた悲鳴が、思い出の砂浜にこだまする。見開いた眼から大粒の涙があふれ、瞳が小刻みに震える。
たまらず後ずさりして、やがて由記の前から逃げ出してしまうちはや。今の彼女に、由記を真正面から向き合うことはできなかった。
駆け出していくちはやの後ろ姿を眼にして、由記は脱力していく体を必死に突き動かして手を伸ばそうとする。
そのとき、由記は伸ばした自分の手から砂のようなものがこぼれるのが見えた。砂地の砂ではない。手についていたにしてはあまりにも量が多すぎる。明らかに自分の体から出ていた。
自分の死の前兆を目の当たりにして、由記も絶望感に駆られた。
(ちはや・・・私、あなたが・・・)
ちはやにすがる思いでいっぱいになっていたものの、由記は力尽き、意識を失った。
由記を手にかけてしまったことに罪悪感と絶望感を覚え、ちはやはたまらず海辺を離れた。戦意を失った彼女は既に人間の姿へと戻っていた。
「そんな・・そんな!・・・あたしが、あたしが由記を・・・!」
もはや眼に映るもの全てが信じられなくなってしまっていたちはや。どこまで進んだのか分からないくらい、ひたすら走り抜けていた。
やがて体力的に辛くなり、ちはやは足を止める。心身ともに疲れ果てて息が絶え絶えになっていた。
そして眼の前に人の気配を感じて、ちはやは顔を上げる。そこで彼女はさらなる驚愕を覚えて眼を見開く。
彼女が見たのは天音の姿だった。だが天音は衣服をほとんど引き剥がされて、さらけ出された体が白く固まっていた。強気な態度は完全に消え失せ、呆然としていた。
「天音、先輩・・・!?」
ちはやは天音のこの姿に動揺を隠せなくなっていた。
「ウフフフ、待っていたわ・・・」
天音の背後から姿を見せてちはやに声をかけてきたのは、黎利だった。一切の事情や状況が飲み込めず、ちはやは動揺を見せるばかりだった。
次回
「私は、あなたたちがほしくてたまらない・・・」
「あたしはこんなこと望んじゃいなかった・・・!」
「ちはやと一緒にいたいんでしょ?」
「助けなきゃ、ちはやを・・・」
「来なさい、由記。私とちはやはここにいるわ・・・」