ガルヴォルスFate 第20話「対峙する二人」
ちはやが人間を手にかけ、人間であることを捨てようとしている。この現実が由記の心を強く揺さぶっていた。
しばらく街を夢遊病者のように放浪した後、由記は寮に戻ってきた。自分の部屋に戻ってみたが、ちはやは帰ってきていなかった。
(ちはや・・・私は・・私は・・・)
ちはやのことを想うあまり、由記は悲痛さにさいなまれた。彼女の眼に、ちはやと過ごした日々が映る。
笑顔を交わす夕食。悩みや相談を打ち明けた放課後。あたたかな抱擁を過ごした夜。
ちはやとの様々な思い出が走馬灯のようによみがえり、由記は思わず涙をこぼしていた。
「ちはや・・・どうしてこんなことを・・・こんなことしたって・・あなたの気が晴れても、私は全然嬉しくないよ・・・」
かつてない悲しみが押し寄せ、由記は逃げ出しそうになる。だがここで逃げたらちはやに手が届かなくなる気がして、彼女は踏みとどまった。
そして彼女は黎利と天音の言葉を思い出す。彼女たちへの信頼を秘めて、由記は携帯電話を取り出した。
黎利の提案を受け入れて、ひとまず自宅に戻ってきた天音。ひと心地つこうと思い、彼女は自分の部屋のベットに横になったところだった。
机の上に置いていた携帯電話が鳴り出し、天音は不機嫌そうな面持ちを浮かべながら電話を取る。相手は由記からだった。
「もしもし、どうしたの、由記?」
天音は気を落ち着けて電話に出る。すると由記の沈痛さを込めた声が返ってくる。
“天音先輩・・よかった・・黎利先輩に連絡してもつながらないから・・”
「黎利が出ない?・・まったく、こんなときに何なってんのよ・・・!」
由記の言葉を受けて、天音が黎利に対して愚痴をこぼす。しかしすぐに彼女は話を戻す。
「それで由記、どうしたの?ちはやは見つかったの?」
“先輩・・それが、ですね・・・”
由記はためらいを感じながらも、天音に話すことを心に決める。ちはやがイブキや多くの人間に牙を向け、人間であることを捨てようとしていることを。
彼女の話を聞いた天音は動揺を隠せなかった。
「そんなバカなこと・・・ちはやが、本気で・・・!?」
“私だって信じたくないです・・・でも・・!”
由記の困惑を込めた声を返すばかりだった。2人ともちはやが人間を手にかけることが信じられないでいた。
「とにかく、どっかで落ち合って、そこでじっくり話をしましょう。」
“いいえ。私がそっちに向かいます・・”
天音の指示に受け答えする由記。彼女との通話を終えると、天音は大きくため息をついた。
しばらく待っていた天音は、自宅のインターホンが鳴ったのを聞いて立ち上がる。玄関を開けると、やってきた由記の姿があった。
「お待たせしました、天音先輩。」
「いらっしゃい、由記。入って。少し散らかってるけど・・」
由記が一礼すると、天音が苦笑いを浮かべて彼女を招き入れる。
「お邪魔します。」
その言葉に甘える形で、由記は天音の自宅に入る。
「黎利は何をやってるのかしら!この非常時に何の音沙汰もなくなるなんて!」
ここで天音が再び愚痴を言い放ち始める。しかし後ろに由記がいることを思い出して笑みを作る。
「ゴ、ゴメン、由記、そんなつもりじゃ・・」
「い、いいですよ、先輩。私も黎利先輩がどうしたのか、気にしてますので・・」
「由記・・・アイツめ、今度あったらコンコンと言ってやるわよ!かわいい後輩に心配させるなってね。」
妙な意気込みを見せる天音に、由記は思わず苦笑を浮かべた。天音の自室に入り、2人はひとまず気を落ち着ける。
「さてと、そろそろ本題に入らないとね。」
「はい・・・」
天音の言葉に由記は深刻な面持ちを浮かべる。
「由記、アンタはこれからどうするの?ちはやへの気持ちとあわせて、アンタはどうしたいの?」
天音の問いかけに、由記は少し考えあぐねた。
「ちはやは私にとって大切な仲です。どんなことがあっても、ちはやと一緒にいたい・・・でも、もしちはやが人間を傷つけようとするなら、私はそれを止めなくちゃいけない。」
決意を告げる由記の頬に一瞬紋様が浮かぶが、すぐに消える。
「最悪の場合、私がちはやを手にかけるかもしれません・・・」
「由記・・・!?」
「本当は私はちはやを傷つけたくない!・・でも、ちはやが誰かを傷つけることのほうが、辛い・・・」
心苦しさを見せる由記に、天音も困惑を覚える。
ちはやは由記の親友であり、天音のよき後輩でもある。ちはやが過ちを犯していることを見過ごすことはできない。2人はその気持ちでいっぱいになっていた。
「とりあえず、2人手分けして、もう1度ちはやを探しましょう。それでもし見つけてもすぐに声をかけず、先に連絡をして合流すること。」
「天音先輩・・」
「あと、ついでに黎利のヤツにも連絡を入れておくこと。もしも通じたら一緒にちはやを探すように念を押しておきなさい。」
天音の指示にただただ頷く由記。その反応をうかがってから、天音は自信のある頷きを見せる。
「それじゃ、2時間後に連絡を入れるから、よろしくね。」
「はい。分かりました。」
こうして由記と天音は、ちはやを探すべく動き出した。
昨夜の事件での騒然さからようやく落ち着きが見られるようになってきた街中。事件の生々しさを少しでも拝見しようと、3人の女子高生が街に来ていた。
「やっぱ生だと迫力が違うね。」
「これ、怪物がやったんだって・・」
「ウソ、マジ!?そんなことあるわけないっしょ!?」
現場にできる限り近づいた女子たちが雑談を繰り広げる。
「でももしホントに怪物が現れたら、まさに“事実は小説より奇なり”だね。アハハハ・・」
「怪物がいるのはホントのことだよ。」
苦笑いをこぼしたところで、背後から声をかけられる3人。振り返るとそこにはちはやの姿があった。
「誰かと思ったらちはやじゃないの。驚かさないでよ。」
「それに何よ。怪物がホントにいるって・・」
ちはやの知り合いである女子たちが笑みをこぼしながら答える。するとちはやが唐突に微笑みかける。
「うん。怪物ならホントにいるんだから・・・」
優しく語り掛けるちはやの顔に紋様が走る。
「ち、ちはや・・・!?」
その変貌に動揺をあらわにする女子たち。
「あたしも、姿が怪物になっちゃったんだから・・・」
そしてちはやの姿が異様な姿の怪物へと変わる。その変化に女子たちが驚愕し、悲鳴を上げる。
「でもね、ホントに怪物なのは、人間のほうだったりするんだ・・・」
「ちはや、冗談はやめてよ!こんな、こんな・・・!?」
優しく語り掛けてくるちはやに、女子たちが声を荒げる。
「自分の目的のためだったら平気で誰かを傷つける・・心のあるあたしたちと、心のない人間・・どっちが怪物なのか、分かるよね・・・?」
「ちはや、ふざけないで!人間は人間じゃない!」
「こんな悪ふざけ、いくらちはやでも許さないよ・・・!」
抗議の声を上げる女子たちに、ちはやが笑みを消す。
「許さない?・・・許されないのは人間のほうだよ・・・人間なんか、みんな、みんな!」
感情をあらわにしたちはやが黒い翼を広げる。その翼を羽ばたかせて、黒い羽根の矢を女子に向けて放つ。
たまらず逃げ出そうとする女子たちに矢が刺さると、その部分から徐々に灰色に変色し出す。そして染め上げられた部分の自由が利かなくなり、女子たちがさらに恐怖を覚える。
「やめて、ちはや!お願いだから!」
「こ、こんなの、ウソだよね・・悪い夢だよね・・・!?」
絶望感をあらわにする女子たちが石化していく様を見て、ちはやが微笑む。
「今までのことが全部悪い夢だって思いたい・・だけど、もう・・・」
ちはやの眼からうっすらと涙があふれた。その涙はかつての友に牙を向けることへの悲痛さではなく、今まで人を信じていた自分への後悔を意味していた。
恐怖や動揺を浮かべたまま、女子たちは石化に包まれて動けなくなった。
「人間なんて、みんないなくなっちゃえばいい・・・いなくなっちゃえば・・・」
「ちはや!」
悲痛さを噛み締めている様子を見せているちはやの背後から声がかかる。ちはやが振り返った先には、息を荒げている天音の姿があった。
「天音、先輩・・・!?」
天音の登場にちはやは動揺し、思わず人間の姿に戻る。呼吸を整えてから、天音がちはやに呼びかける。天音はちはやが行った行為を目の当たりにし、由記へ連絡することも忘れてたまらずちはやに声をかけたのだった。
「アンタ、自分が何やってるのか、分かってるの!?」
「先輩・・・」
憤慨する天音に、ちはやは言葉を返せない。
「相手は間違いなく普通の人間!あなたに危害を加えるともとても思えない!それなのにアンタは・・!」
「先輩、あたしはもう人間じゃないんです・・人間を信じられなくなったんです・・・」
ようやく切り出したちはやの言葉に、逆に天音が動揺をあらわにする。
「みんな自分勝手で、他のものを平気で傷つける・・そんなのを、あたしは信じるなんて・・・」
「本気なの!?・・そんなことをして、由記が喜ぶと思ってるの!?本気で人間を捨てて、怪物になろうとでもいうの!?」
「怪物なのはむしろ、人間のほうですよ・・・!」
天音の言葉をあくまで聞き入れようとしないちはや。
「とにかく、アンタは由記と話し合ったほうがいいわ。今すぐこっちに呼ぶから・・」
天音が由記を呼ぼうと携帯電話を取り出すと、彼女の周囲が突然冷気がほとばしり凍てつかせる。その一瞬に、実際に凍り付いているわけでないのに、天音が硬直する。
「話をしても意味はないですよ。あたしはもう、人間を受け入れるつもりはありませんから・・・」
「ちはや、アンタ・・・!?」
「ホントは、由記や黎利先輩、そして天音先輩を大事にしたいと思っています。でももしあたしの邪魔をするなら、天音先輩でも固めますから・・・」
天音に鋭く言い放って、ちはやはフェイトへと姿を変える。そして黒い翼を広げて飛び去ってしまった。
天音はその場に立ち尽くしたままでいるところへ、由記が駆けつけてきた。ちはやの気配を感じてここまで来たのだ。
「天音先輩、大丈夫ですか!?」
由記が声をかけるが、天音は呆然としたまま反応しない。由記が少し肩を揺らしたところで、天音はようやく我に返る。
「先輩、しっかりしてください!」
「えっ・・由記・・・」
きょとんとした面持ちを浮かべる天音に、由記は切羽詰った面持ちのまま問いかける。
「天音先輩、今、ちはやが・・・」
「そう・・ちはやは私の声を聞き入れようとしないまま、またどこかへ・・・」
天音の言葉に由記は沈痛さを噛み締める。しかしすぐに気持ちを切り替えて、ちはやが去っていったほうへと振り返る。
「ちはやはまだフェイトになっています。だから、私はあの子の気配が分かります。」
「由記・・・」
「天音先輩は先に戻っていてください。私がちはやを連れて戻ってきますから・・」
由記が天音に向けて満面の笑みを見せる。だがその笑顔が物悲しいものであることを天音は分かっていた。
それでありながら、天音は由記にこれ以上声をかけることができなかった。そして由記の笑顔が紋様で覆われ、彼女もフェイトの姿へと変身する。
ちはやが去っていったほうに向かって、由記も白い翼を広げて飛翔した。
(ちはや、私はあなたにこれ以上、罪を犯してほしくない。私は私とあなたのために、あなたを止めるわ・・・)
由記は胸中でちはやを想い、さらに移動速度を上げた。
同じ頃、移動しているちはやも由記を想っていた。しかし同時に彼女との思いのすれ違いも感じ、困惑を拭えずにいた。
(由記・・あたしたち、もう分かり合えないのかな・・・このまま、戦うことになっちゃうのかな・・・?)
一抹の不安を覚え、ちはやは首を横に振る。
(ダメッ!あたしはそんなこと望んでない!・・だけど、もし・・・)
必死に不安を振り切ろうとするが、逆に不安は募るばかりで、ちはやはどうしようもない葛藤にさいなまれていた。
ちはやを説得することができなかった天音は、由記に言われるがまま、2人を追うことをやめていた。苦悩を感じたまま、彼女は黎利の自宅へと向かっていた。
「最悪の事態・・ホントに最悪の一言に尽きるわよ・・そんな事態だっていうのに、黎利は何をやってるのかしら・・・」
弱々しく愚痴をこぼす天音。しばらく歩くと、黎利の邸宅の正門前にたどり着いた。そこで天音は携帯電話を取り出し、黎利への連絡を試みる。しかし電源が入っていないためつながらない。
「もういいわよ!こうなったら断りなく直接乗り込んでやるわよ!1発ガツンと言ってやらないと治まりがつかないわよ!」
憤慨をあらわにする天音は、正門を乗り越えて敷地内に入り込み、邸宅の玄関に駆け込む。玄関の扉に鍵がかかっていることが脳裏によぎったが、扉はすんなり開いてしまった。
「あれ・・?」
予想外に思えて、天音が一瞬唖然となる。だが気持ちを切り替えて、彼女は邸宅に足を踏み入れる。
「黎利、いないの!?いるならさっさと出てきなさいよ!」
天音が黎利を呼びつけるが、誰も出てくる様子はない。
「出てこないなら、このまま家の中を捜索しに回るわよ!」
その言葉にも反応するものはない。天音は腑に落ちないながら、黎利の屋敷内にある部屋を片っ端から見て回ることにした。
天音の自宅の私室とは違って、黎利の私室は整えられて清楚な雰囲気も漂っている。それが逆に優劣の差をつけられているような感覚を植えつけられて、天音は少し不愉快になった。
しかしどの部屋を探っても、黎利の姿はない。廊下に出てため息をついたところで、天音は地下への階段に気付く。
「もしかしてその奥にいるんじゃないでしょうねぇ・・?」
天音は不審さを覚えながら、その階段を下りていく。次第に廊下からの明かりが薄らいでいく。
やがて1つの扉に行き着き、その前で天音は立ち止まる。
「黎利、ここにいるの!?」
天音が1度呼びかけ、その扉に手をかける。重苦しい何かを感じながら、彼女はその扉を開く。
「黎利、いい加減に・・!」
天音がさらに黎利に呼びかけようとしたとき、彼女は部屋の中の光景に驚愕を覚えた。部屋の中には何体もの裸の女性の石像が立ち並んでいた。
「ちょっと・・何なのよ、これって・・・!?」
その異様な光景に天音は眼を見開いた。そして彼女は部屋の暗闇から聞こえてくる声を耳にする。
その声のするほうへとゆっくりと歩を進める天音。彼女は1人の少女を眼にして、さらなる驚愕を覚える。
少女の衣服は靴と靴下以外はほとんどボロボロにされ、さらけ出されている体が白い石に変わっていた。
「ちょっとアンタ、これはどういうことなのよ・・!?」
「あ、あなた・・分かりません・・私、おかしな女の人に捕まって、おでこに眼が開いて、その眼を見たら、体が動かなくなって・・・」
問い詰めてくる天音に、少女が弱々しく答える。その少女の体に触れ、石の肌と生身の肌の境目に触れた瞬間、天音は眼を見開く。
(ホントに体が石になってるっていうの!?・・由記やちはやの仕業じゃない。さっき2人は、こっちとは反対の方向へ飛んでったはずだから・・別の怪物が・・・!?)
「ここまで入り込んじゃったのね、天音・・・」
胸中で考えを巡らせていたところへ突然声がかかり、天音は驚きを覚える。恐る恐る振り返ると、背後に黎利の姿があった。
「黎利・・これは・・・!?」
「あの人です・・あの人が、私やみんなを・・・」
ピキッ パキッ パキッ
天音が声を振り絞り、少女が訴えかけようとしたとき、少女にかけられた石化が進行し、靴と靴下を引き剥がす。白く冷たい石の素足が天音と黎利の前にさらけ出される。
「なかなかのめりこめないようね、あなた・・それともこの快感に慣れないのかしら・・・?」
裸へ、そして石像へ変化しようとしている少女の動揺する姿を見て、黎利が微笑む。彼女の様子に、天音は愕然さを隠せなかった。
ちはやの気配を追って夕暮れの空を飛び続ける由記。そこへ下から突然電撃が飛び込み、彼女は進行を止める。
電撃が飛んできたほうへ眼を向ける由記。その先には、怪物から人間へと姿を戻す千夏が妖しく微笑みかけてきていた。
「あなた・・・!」
由記は千夏に対して真剣な眼差しを向け、ゆっくりと降下する。そして人間の姿に戻って対峙する。
「ちはやという子に会いに行くのかしら?」
千夏が声をかけると、由記は動じる様子を見せずに頷く。
「あの子はあなたの気持ちを、人間を受け入れようとはしていない。私と同じ、人間を心を満たすための要素でしか・・」
「黙りなさい!」
千夏の言葉をさえぎって、由記が憤怒をあらわにする。しかし千夏は妖しい笑みを消さない。
「あなたは決して逃れられない・・運命からも、この現実からも・・・」
「私は認めない・・たとえ運命でも、こんな運命だったら・・・」
千夏にあくまで対峙しようとする由記の頬に紋様が走る。
「徹底的に逆らってやる!」
憤慨の叫びを放つと同時に、彼女の姿がフェイトに変わる。敵対する姿勢を見せた彼女に、千夏も笑みを消した。
次回
「誰にも邪魔はさせない!」
「たとえ私に勝てても、あの子を止められない・・」
「アンタ、こんなことを・・・!」
「もう、戦うしかないのね・・・」
「行くよ、ちはや・・・」