ガルヴォルスFate 第17話「非情の果てに」
心当たりを探って、由記は海辺を訪れていた。彼女とちはやが初めて会った場所である。
ちはやが来ているのではないかと思ってやってきた由記だったが、そこに彼女の姿はなかった。
(ちはや・・いったいどこにいったの・・・私は、ここにいるよ・・・)
ちはやに対して切実な思いを秘める由記。彼女はその中で最初の出会いを振り返り、懐かしさを覚える。
(あの日から、全てが始まったような気がする・・私たちの日常も、フェイトとしての運命も・・・)
思い出における喜びと同時に、不条理に対する物悲しさも感じていた由記。
(ちはやに・・ちはやに会いたい・・・!)
寂しさに打ちひしがれていた彼女の思いは、ただそれだけだった。たとえちはやがどのような答えを返そうとも。
「由記!」
そこへ由記を追いかけてきた黎利と天音が到着した。彼女たちの声に由記は振り返る。
「黎利先輩、天音先輩・・」
「もう、由記ったら、いきなり飛び出しちゃうんだから。ちはやの影響?」
「えっ?そんなわけでは・・」
困り顔を見せる天音に、由記が照れ笑いを見せる。すると黎利が微笑んで、由記に声をかける。
「由記、もう分かってると思うんだけど、天音も、あなたのことは知ってるから・・教えてもらうって強いインパクト出してくるから・・」
「私だけ蚊帳の外に出されてたまるかっての。由記、私に気を遣わないで、存分に頼ってちょうだいね。」
呆れ顔の黎利に突っかかる天音。2人の姿を見て、由記は思わず笑みをこぼす。
「ありがとうございます、天音先輩。でもこれは私自身の戦いなんです。私がちはやを守りたいってだけで・・」
「だから、そうやって自分たちだけで抱え込まないの。必死に頑張る後輩の背中を、先輩である私たちが押してやる。それだけのことなんだから。」
謙遜する由記に、天音はあくまで自分の気持ちを崩さない。手を差し伸べてくれる先輩に、由記も気持ちを許そうと思った。
「あらあら。こんなところで愛らしいこと。」
そのとき、由記たちの前に千夏が姿を現した。身構える由記の横で、黎利も天音も千夏を見据える。
「あなた、何者よ!私たちに何の用よ!」
天音が言い放つと、千夏は妖しい笑みをこぼす。
「元気があっていいわね。でも私、騒がしいのは苦手だから、あまりうるさいと真っ先に固めるかも。」
「なっ!?何ですって!」
千夏の言葉に憤慨する天音だが、黎利になだめられて踏みとどまる。それを横目にしながら、由記は千夏に呼びかける。
「黎利先輩と天音先輩は関係ないわ。だから手を出さないで。」
「手を出さないで、ねぇ。それはそちらの態度次第ね。もしもそこの人が騒々しくしてきたら、話が変わるかも。」
妖しく微笑む千夏に苛立ちを浮かべる由記。
「さて。このまま真正面からあなたと戦ったら、私も無事ではすまなくなりそうね。だからあなたを苦しめる方法を別に用意してあるわ。」
「私を・・何を企んでるの・・!?」
千夏の言葉に由記が息を呑む。
「この際だから教えてあげるわ。フェイトは世界を滅ぼす忌まわしい存在ということは知ってるわね。でも、フェイトはあなただけじゃない。この世界に2人存在しているのよ。」
「2人・・!?」
さらに続ける千夏に、由記だけでなく黎利も天音も驚きを浮かべる。
「しかも2人のフェイトは互いに惹かれあう習性のようなものがあるのよ。まるで運命の紅い糸で結ばれているかのようにね。」
千夏の表情に異様な紋様が走り、姿が怪物へと変化する。
「もうすぐかしらね、もう1人のフェイトが目覚めるのは・・その目星はだいたいついてるわ。たとえ外れていたとしても、あなたが苦しむことで助けに現れるかもしれないし。」
言い終わると、千夏は由記たちの前から姿を消した。
「病院・・・」
由記が追いかけようとしたところで、天音が唐突に呟いた。足を止めた由記と黎利が彼女の声に耳を傾ける。
「この前、ちはやが練習中に足を痛めて・・ケガは大事にはならなかったんだけど、水希を先に帰らせて、1人残ってたのよ・・事情は聞いてないけど、ケガ以外に何かあったみたいなのよね・・・」
「病院・・・もしかして、ちはやはそこへ・・・!」
思い立った由記は間髪置かずに飛び出していった。彼女を呼び止めることができなかった黎利と天音が唖然となる。
しかしその直後、天音がたまりかねて憤慨を見せる。
「もうっ!由記ったら私たちを置いてけぼりにして!」
苛立たしさのあまりに地団太を踏む天音。その横で黎利は困惑の面持ちで、由記が去ったほうを見つめていた。
ちはや、姫女、ケンを取り囲み、怪物へと変身する人々。姫女は周囲の怪物たちを見据えて、必死に活路を探っていた。
「どうしよう、姫女さん・・このままじゃ・・・」
ちはやがこの現状に動揺を見せる。
「・・・ちはや、ケン、私にしっかり捕まっているんだ。」
「えっ・・?」
姫女の指示にちはやが当惑する。ケンが従うのを見て、彼女も従うことにした。
すると姫女は怪物へと変化し、ダイヤモンドの剣を具現化する。そしてちはやとケンを抱えたまま飛び上がり、剣を地面に突き立てる。
突き刺さった剣から地面がダイヤモンドへと変質し、一気に変化が拡散していく。それは周囲の怪物たちをも巻き込んでいく。
(これで少しは足止めできる。お前たちは後で元に戻す。)
胸中で人々に語りかけながら、姫女はダイヤの地面に着地する。そして間髪置かずにこの場を後にする。
ひとまず裏路地に身を隠し、彼女たちは状況を見守ることにした。
「今はこうして活路を築き上げるしかない・・」
姫女が毒づく中、ちはやはおもむろに携帯電話を取り出していた。
「由記じゃなくても、黎利先輩か天音先輩に・・」
思い立ったちはやだが、姫女が手を差し出して制する。
「相手は世界を動かすことも可能の組織だ。ここで電波連絡を取ったら、すぐに居場所をつかまれてしまう。」
「それじゃ・・・!」
「直接向かうしかない・・君の知り合いのところへ・・・」
声を荒げるちはやに、姫女は必死の思いで呼びかける。ちはやも彼女の言葉に反論できず、渋々従うしかなかった。
「お、お姉ちゃん・・僕に構わず・・逃げて・・・」
そのとき、心臓への負担のあまりに疲れ切ってしまっているケンが、姫女に声をかけてきた。弱々しくも必死に呼びかける弟の声に、姫女は困惑の面持ちを見せる。
「ケン、バカなことを言うな!お前を置いて逃げることなど、私にはできない・・・!」
姫女は悲痛さをかみ締めて、息が絶え絶えになっているケンを抱きとめる。
「お前は決して死なない・・お前は生きて、私と一緒に、いつまでも・・・!」
「お姉ちゃん・・・」
姫女の涙に戸惑うケン。悲痛さを隠さない姉を目の当たりにして、彼は微笑む。
「そういえばお姉ちゃん・・前に僕が行きたいって言ってた場所があったよね・・・?」
「行きたい場所・・・あぁ。覚えている・・高い場所から街を眺めてみたいと・・・」
姫女が答えると、ケンは小さく頷く。
「福音タワーならいいのではないか・・そこの展望台なら、街が十分見渡せるぞ・・」
「うん・・元気になったら・・お姉ちゃんと一緒に行きたかったよ・・・」
「諦めるな、ケン!お前は必ず元気になる!そして私と一緒に街を眺めよう・・・!」
必死に笑顔を作る姫女に、ケンも希望を取り戻しつつあった。
「ここにいましたか。探しましたよ、辻谷姫女さん。」
そのとき、1人の青年の声がかかり、姫女が身構える。その声と目先の姿に、姫女だけでなくちはやも覚えがあった。
「イ、イブキ先輩・・・これは・・・!?」
「これは、ちはやさんじゃないですか。まさかここで会うとは・・」
動揺を隠せないちはやに淡々と答えるイブキ。彼は彼女が姫女たちと行動をともにしていたことを知っていながら、あえて知らないふりをしていた。
「ちはやさん、私が大企業の社長の息子であることは知っていますね。私は現在、その企業の裏事情により、この部隊の指揮を任されているのですよ。」
イブキの言葉にちはやは驚くばかりで、姫女は周囲をうかがっていた。
(この者たちが全て、イブキの部隊だというのか・・・!?)
「部隊を引き連れて、貴様は私に何の用だ?同士の目的の遂行ならば、狙いはフェイトのはず。」
姫女は冷静を装ってイブキに問いかける。するとイブキは不敵な笑みを浮かべて答える。
「姫女さん、あなたは我々やフォースを裏切っているんですよ。反逆者は排除しなければこちらの首を絞めることになりかねませんから。」
「何を言っているんですか!?姫女さんは誰かを傷つけるような人じゃないですよ!」
イブキの言葉に反論したのはちはやだった。するとイブキはあざ笑うような素振りを見せる。
「ちはやさん、あなたは姫女さんのことを知らない。姫女さんは軍事学校に通い、軍人としての責務と使命を全うしてきた経歴があるのです。たとえ傷つけようと思ってなくても、傷つけなければならない。彼女はそういった環境に置かれ、手を血で汚してきたのです。」
「・・・でも、それでも、姫女さんが心の温かい人だということに変わりはありません。ケンくんをこんなに想っている姫女さんが、悪い人のはずがありません・・・!」
あくまでイブキに抗議しようとするちはや。彼女の言動に、彼はあきれ果てた面持ちを浮かべる。
「彼女は忌まわしき怪物。存在だけでも人間にとっては悪意外の何者でもないのですよ。」
言い放つとイブキは懐から携帯用の銃を取り出し、姫女に向けて発砲する。姫女はとっさに怪物になろうとする。
だが突然、ケンが姫女をかばって、その銃弾を背中に受けてしまう。
「なっ・・・!?」
姫女がこの瞬間に眼を疑った。ケンが彼女にうっすらと笑みを見せてきた。
「よかった・・お姉ちゃん・・・」
「ケン!」
姫女が悲痛の面持ちでケンの体を支えて呼びかける。
「ケン!しっかりしろ、ケン!」
「お姉ちゃん・・もうムリして頑張る必要はないんだよ・・・今度は僕が、お姉ちゃんを守るから・・・」
「ケン!生きるんだ!お前は私と一緒に、街を眺めるのではないのか・・・!」
「うん・・だから、どんなことになっても、僕はずっとお姉ちゃんと一緒だよ・・・」
弱っていく中で力を振り絞り、手を伸ばすケン。姫女はたまらずにケンの手を取って握り締める。
「一緒だよ・・・お姉ちゃん・・・」
満面の笑みを浮かべるケン。だが姫女に握られていた手から力が抜けていく。
「ケン・・・ケン!」
姫女がケンに叫ぶが、瞳を閉じたケンは反応しなくなっていた。
「ケン・・どうして・・どうしてお前が・・・!」
弟の死に悲しみと憤りを隠せなくなる姫女。重く静かな雰囲気を漂わせて、姫女はケンをゆっくりと下ろして立ち上がる。
「ちはや、これからの私を、決して恐れないでほしい・・・」
「姫女さん・・・」
ケンの死に悲痛さをあらわにしていたちはやに、姫女は低い声音で言いかける。姫女の頬に、1度は消えかかっていた紋様が再び浮かび上がる。
「貴様ら・・・こんなふざけたマネをして・・ただで済むと思っているのか!」
憤怒した姫女の姿が怪物へと変わる。ダイヤモンドの剣を握り締める彼女に、人々が動揺を見せる。
感情の赴くまま、姫女は人々を斬り付ける。怪物に姿を変えた人々も含めて。ちはやはこの光景をただただ見つめるしかなかった。
そこへイブキが呼び出していた兵士たちが駆けつけ、猛威を振るっている姫女に向けて銃口を向ける。
「姫女さん、危ない!」
とっさに叫んだちはやの声に姫女が眼を見開く。兵士たちの構える銃がいっせいに火を噴いた。
弾丸は姫女の体を射抜き、彼女があえぐ。
「姫女さん!」
ちはやがたまらず駆け寄ろうとするが、背後から兵士たちに止められる。
「いけない!今飛び込んだら君まで巻き添えに・・!」
「放して!このままじゃ姫女さんまで・・!」
兵士を振り払おうとするちはやの前で、姫女が傷だらけになってふらついている。
「ちはや・・君は生きるんだ・・・フェイトの運命や、世界の行く末など気にせず、君の信じる道を進んでほしい・・・」
「姫女さん・・・!」
「・・これが願いであり、ケンの願いだ・・・」
苦痛を覚えながらも、姫女がちはやに微笑みかける。その微笑みにちはやは一瞬動揺が和らぐ。
そこへさらなる発砲が轟き、姫女を容赦なく撃ち抜いていく。姫女が吐血し、体から血飛沫が飛び散る。
「姫女さん!」
悲鳴を上げるちはやの前で、姫女が脱力して倒れる。人間の姿に戻って事切れた姫女の体が固くなり、砂になって崩れ去っていった。
「怪物は人間に対して負の要素しか与えない。滅ぼす以外に術はない。」
消えていく姫女の亡骸を、イブキは冷淡に見下ろしていた。姫女とケンを死に追いやった兵士たちや人々に対して、ちはやはかつてない憤りを感じていた。
「どうして・・・どうして姫女さんとケンくんが死ななくちゃならないの・・・2人とも何も悪いことしてないのに・・・!」
憤慨をあらわにするちはやだが、イブキは悪びれた様子を見せず、兵士たちも平然としている。
「姫女さんは怪物の姿を持ってたけど・・心はちゃんとした人間だった・・・!」
「怪物だからですよ、ちはやさん。容姿や力の存在だけで恐怖を与えるなら、それを取り除かなければならない。私たちはそれを遂行する英雄となるのです。」
イブキのこの言葉が、ちはやの心をさらに逆撫でする。
「英雄!?・・怪物はアンタたちのほうよ!人間なんて・・人間なんて!」
怒るちはやの表情に、怪物への前兆の紋様が浮かび上がる。この瞬間にイブキをはじめ、兵士たちが動揺を浮かべる。
そこへ怪物の姿の千夏が降り立った。
「ここにいたのね、沢北ちはやさん。」
妖しく微笑む千夏に再び動揺を見せるちはや。
「あなたたち、一緒に来なさい。フェイトと存分に遊ばせてあげるわ。」
「ゆ、由記・・!?」
ちはやが驚愕を見せたとき、千夏がちはやをつかむ。
「見たいならついてきなさい。最高のショーを見せてあげるわ。」
千夏が呼びかけると、イブキは不敵な笑みを見せる。そして千夏はちはやを連れてこの場を後にした。
「ちはや!」
そして由記が遅れて到着するも、ちはやを連れて去っていく千夏の姿を見て歯がゆさを見せる。
「ちはやは渡さない・・・ちはやを返して!」
由記はいきり立って再び飛翔する。銃を構える兵士たちを、イブキは手で制する。
「追撃はしなくていいです。私たちも後を追いますよ。」
イブキの指示に兵士が頷く。間髪置かずにヘリコプターが彼らのそばに降下してきた。
激情に混乱していたちはやを連れ去った千夏は、古びた廃工場に降り立った。2人を追って由記も駆けつけてきた。
「やっぱり追ってきたのね、由記。ちはやはこっちよ。」
ちはやを横に突き飛ばして、千夏が由記を見据える。剣を具現化した由記が、千夏を鋭く見据える。
だが由記の背後から、怪物に姿を変えた人々が続々と到着してきた。
「由記、あなたには彼らの遊び相手になってもらうわ。ただし・・」
千夏が怪物の1体が投げた剣を受け取り、その切っ先をちはやに向ける。
「反撃したり逃げたりしたらどうなるか・・」
「やめて!ちはやに手を出さないで!」
妖しく微笑む千夏に由記が声を荒げる。
「ならどうしたらいいのか、分かるよね・・?」
千夏が笑みを強める前で、由記は歯がゆさを浮かべつつも、持っていた剣を捨てる。だが千夏は元々ちはやに傷をつけるつもりは毛頭なかった。
由記の剣が千夏の足元に転がってきた直後、怪物たちが由記に向かって飛び掛ってきた。爪と牙が容赦なく由記の体に突き刺さっていく。
激痛が襲い、あえぐ由記。彼女の体から鮮血が飛び散り、壁に叩きつけられる。
「やめて!由記まで・・由記まで!」
ちはやがたまらず千夏に呼びかける。千夏が持っていた剣を捨てたところで、ヘリコプターで駆けつけたイブキが降り立った。
「イブキさん・・・!」
「これはひどいですね。見るに耐えません。」
困惑するちはやが見つめる先で、イブキが不敵に笑う。
「私が憎いですか?人間が許せないですか?」
イブキの言葉にちはやは答えることができず視線を外す。
「私が許せないならいい。人間を捨てるのも構いません。問題なのは、今眼の前で起こっていることです。」
イブキの言葉を受けてちはやが眼前の光景を見つめる。怪物たちの猛襲を受けて、由記は傷ついている。怪物たちの中においても驚異的といえる自然治癒力が仇となっている。
「由記さんを助けたいですか?助けたかったら、どうしたらいいと思いますか?」
イブキと千夏が見つめる先で、ちはやが眼を見開く。様々な憤慨と激情、力と想いへの欲望が彼女を突き動かしつつあった。
「ダ・・ダメ・・ちはや・・・」
その姿に眼を向けた由記が呼びかけるが、ちはやは聞こえていない。
「助けたい・・・由記を助ける力が、ほしい・・・!」
「やめて、ちはや!あなたまで、私と同じ苦しみを受けてほしくないよ・・・!」
必死の思いでちはやに呼びかける由記。だがその声は怪物たちも襲撃による激痛にかき消される。
顔に紋様が走ったちはやが絶叫を上げると、その体がまばゆい光に包まれた。
次回
「もう、由記を絶対に放さない・・・」
「あなたとの縁もここまでね。」
「私はちはや以上に、こうすることを望んでいたのかもしれない・・・」
「・・・ゴメンね・・由記・・・」