ガルヴォルスFate 第16話「姉弟の旅立ち」
イブキが送り込んだ怪物の襲撃を受けたケンを守るため、姫女はちはやの前で正体を明かした。ダイヤモンドの剣を握り締めて、怪物と対峙する。
「姫女さん、あなたが今していることがどういうことなのか、分かっているのですか?我々の任務の妨害、および反逆を意味しているのですよ。」
「それがどうした・・ケンは私の全てだ。それをないがしろにして、任務を遂行することは私にはできない!」
怪物の忠告に、姫女は反旗を翻す。その言動にケンはうっすらと笑みをこぼしていた。
「ちはや、ケンを安全な場所に。」
「あ・・はい、分かりました。」
姫女の指示を受けて、ちはやはケンに眼を向ける。しかしその間には、怪物が立ちはだかっていた。
「私が飛び出したら、迷わずにケンのところまで行ってくれ。そしてすぐにこの病院を出ろ。」
「でも、誰かに助けを求めたほうが・・」
「我々の力は人間の力をはるかに凌駕していることはお前も分かっているはずだ。私もすぐに追いつく。だから今はケンを連れてできるだけ逃げるんだ。」
姫女の言葉に、ちはやはケンに眼を向けて頷く。それを見た姫女は剣を構え、怪物に飛びかかる。
その瞬間、ちはやは剣を振り下ろす姫女とそれを受け止める怪物の脇を駆け抜けて、ケンにたどり着く。
「ケンくん、今のうちに!」
「でも、お姉ちゃんが・・」
「・・姫女さんなら大丈夫。ケンくんの自慢のお姉ちゃんなんだから、あたしたちが信じてあげないと・・」
当惑しているケンに呼びかけて、ちはやは姫女に眼を向ける。姫女は怪物に一閃を撃ち込み、圧倒していた。
怯む怪物を見据えながら、ちはやはケンとともに病室を飛び出す。だがその廊下には、数人の黒ずくめの男たちが立ちはだかっていた。
「そんな・・!」
「お姉ちゃん!」
驚愕するちはやと、姫女に呼びかけるケン。怪物を打ち倒した姫女が、廊下の複数の気配を感じ取って毒づく。
「おのれ!外にまで包囲網を・・・ケン、ちはや、こっちだ!」
姫女の呼びかけを受けて、ちはやとケンが病室に戻る。男たちが彼女たちを追って病室の前に立ちはだかる。
「ど、どうしよう、姫女さん・・・!?」
「私から離れるな、ケン、ちはや!」
困惑するちはやとケンに姫女が呼びかける。2人は彼女の指示を受けてそばに付く。
すると姫女は2人を抱えて、窓を突き破って外へ飛び出した。男たちが驚きを覚えながら駆けるが、彼らの眼下で姫女たちが地上に着地して病院から離れていっていた。
「おのれ!すぐに行方を追え!あの少年は病にかかっている!そんなに遠くへは行けないはずだ!」
「はっ!」
男たちがちはやたちを追って、行動を開始しようとしていた。これを期に、病院内は騒然となっていた。
病院で巻き起こった騒動は、イブキの耳にも届いていた。
「そうですか。ずい分派手なことになりましたね。姫女さんもああ見えて大胆不敵ですね。」
笑みをこぼしながらも、イブキは報告をしてきた役員に指示を出した。
「引き続き、姫女さん、ちはやさんの捜索、同士の収集を行ってください。それと、フェイトの行方の捜索も同時進行で行ってください。」
「了解しました。」
イブキの指示を受けて役員が駆け出す。それを見送ってから、イブキが再び不敵に笑う。
(次第に熾烈を極めようとしている戦い・・しかし、人間と怪物の戦いは、今に始まったことではないのですよ。)
胸中で策謀を巡らせていくイブキ。
(怪物は人間にとって、滅びの種をまく脅威でしかない・・フェイトだけでなく、怪物全てが滅ばなければならない存在なのです・・・)
ちはやの元へ帰るため、由記は福音町の郊外に来ていた。そこで彼女は着地して、人間の姿で移動することを考えていた。
だがそのとき、由記は驚異的な力を感じ取り、上空で止まる。彼女の眼下で電流がほとばしっていた。
「この電気・・・まさか・・・!?」
危機感を覚える由記が見つめる先に、体に電流をまとっている千夏の姿があった。
「あらあら。仲間を探していたら、フェイトを見つけてしまったようね。」
妖しく微笑む千夏の前に、由記は着地して見据える。千夏の背後には、数体の怪物が立ちはだかっていた。
「これはどういうことなの・・私を倒すために、また・・!」
「どうかしらねぇ・・とりあえず敵討ちということで。でないと美冬と萌に悪いからね。」
いきり立つ由記を前に、千夏は悠然さを見せる。
「私はちはやのところに行かなくてはならないの!そこをどいて!」
「ちはや?あぁ、あなたと一緒に友香にタールを浴びた子だったわね。大丈夫よ。あなたを倒したら、丁重にあなたのところに送り届けてあげるから。」
「ふざけるな!あなたなんかに私は殺されない!ちはやに手は出させない!」
憤慨を見せる由記が剣を具現化し、千夏に飛びかかる。臨戦態勢を取った千夏が怪物へと変身する。
由記の振り下ろした剣は、千夏が放出していた電流を切り裂く。千夏は跳躍して後退し、由記を見据える。
「へぇ。何か吹っ切れたって感じするわよ。迷いがないって感じ。でもあなたはここで終わりよ。」
千夏がかざした右手から電撃を放つ。巻き込まれた草木が金属へと変質していく中、由記は飛翔して回避する。
「空中に逃げちゃってもいいのかしら?」
千夏はさらに左手をかざし、電撃を空中に拡散させた。由記は剣を振りかざして電撃をさえぎるも、その効果を受けた刀身が金属に変わる。
使えなくなった剣を捨てて、由記は千夏を見据えた。千夏は体に電流を滞留させて、妖しい笑みを浮かべていた。
「あなたは私が倒す。私が世界の救世主となるのよ。」
千夏が言い放ち、由記も負けじと力を込める。
そのとき、由記と千夏は街から発せられた力の発動を感じ取り、眼を向ける。
「この力・・姫女!?・・彼女が任務以外で力を使うなんて・・・!?」
千夏が姫女の力の発動に驚きを感じていた。
(街から力が・・しかもこの感じ、フォースのあの人の・・・!)
危機感を覚えた由記が、千夏との勝負を放棄して街に向かった。彼女を追おうとした怪物たちを、千夏は手を出して制する。
「今は追わなくていいわ。とりあえず戻りましょう。お楽しみはまだまだこれからよ。」
千夏の指示を受けて、怪物たちは人間の姿に戻って帰還していった。そして千夏は単身、由記を追って駆け出した。
イブキの役員たちの襲撃をかいくぐって、病院を離れたちはや、姫女、ケン。3人は近くの公園に身を潜めていた。
「姫女さんも、あの、その・・・」
ちはやが戸惑いの面持ちを浮かべて声をかけるも、言葉にならなくて口ごもる。すると姫女は微笑みかけて答える。
「ちはや、すまなかった・・隠すつもりではなかった・・私も由記と同じように、自分の正体を知られることを恐れていたのだ・・・」
「姫女さん・・・」
「私のこの姿は、周りから見れば明らかに怪物。ケンのように受け入れてくれる人もいるが、そうでない人がほとんどだ・・・」
姫女が沈痛の面持ちを浮かべると、ケンも困惑の面持ちを見せていた。
「それに私は由記を手にかけようと目論む人間の1人だ。君が私を受け入れられるはずは・・・」
姫女が言いかけたとき、ちはやが彼女の手を取って優しく微笑んだ。
「大丈夫です。由記も姫女さんも、ずっと人のままですよ。」
「えっ・・・?」
ちはやの言葉に姫女は当惑する。
「だって姫女さん、ずっとケンくんのお見舞いに来ているじゃないですか。ケンくんを想っていることが、姫女さんに人の心がある何よりの証拠です。」
「ちはや・・・君は・・・」
戸惑いを見せる姫女に、ちはやは寄り添ってきた。突然の抱擁に、姫女は動揺をあらわにする。
「お、おい、ちはや・・・!」
「あたしも、姫女さんの全てを受け入れます。ケンくんが受け入れているように。そして由記も、受け入れたいと思います・・・」
ちはやが少し照れながら、決意を秘める。
「ちはや・・・」
彼女の決意を目の当たりにした姫女が、彼女の髪を優しく撫でる。
「ありがとう、ちはや、君の気持ちのおかげで、私も気持ちを固めることができた・・・」
「姫女さん・・・
「お姉ちゃん・・・」
姫女の言葉に、ちはやとケンが笑みをこぼす。
「ケン、私はお前を守る。今の私は、お前が全てだ・・・」
「お姉ちゃん・・・ありがとう。でも、僕なんかのために、お姉ちゃん・・・」
感謝の言葉をかけながらも、ケンは戸惑いを浮かべる。すると姫女は再び微笑みかける。
「私がそうしたいからそうする。お前には迷惑かもしれないが、これが今の私の正直な気持ちだ・・・」
「迷惑だなんて・・ただ僕は、お姉ちゃんが僕を守ることに・・・」
ケンが言いかけたとき、姫女は眼を見開いた。振り返った彼女の前に、黒ずくめの男が1人、立ちはだかっていた。
「いたぞ!こっちだ!」
「ちっ!」
舌打ちをする姫女が、ケンを連れて駆け出す。ちはやも2人の後に続く。
(今の男、内に秘める力がなかった。ただの人間なのか・・・!?)
姫女が男を不審に感じる。
(男たちの中に、怪物ではない普通の人間が紛れ込んでいるのか・・・!?)
胸中で毒づきながら、姫女はちはやとケンを連れて駆け抜ける。3人の逃亡は続く。
千夏に声をかけられて徴収する怪物の姿を持つ者たち。地下の大部屋に集まった彼らの前の画面に、イブキの姿が映し出される。
「よく集まってくれました。人間を凌駕する力を持った方々。私は安藤コンツェルンにて、あなた方の指揮を務めさせていただきます、安藤イブキです。」
イブキの登場に部屋の中は騒然となる。
「これだけの人数。考えや野心が異なることは明白でしょう。その中で、私たちにはフェイトを倒すという共通の目的があることも事実。ここはあなた方の力で、フェイトを倒し、世界を救おうではないですか。」
イブキが高らかと呼びかけるが、人々の中には不満を抱く者もいた。
「ケッ!何エラソーに仕切ってやがるんだよ!」
「ひ弱そうなヤツが、オレたちに指図してんじゃねぇぞ!」
「真っ先に固めちゃうよ、あなた!」
愚痴をこぼす人々を前にして、イブキが不敵に笑って指を鳴らす。すると部屋の天井から銃声が轟き、人々の数人を射撃する。
「私たちに何の手立てもなくあなた方を迎え入れると思っていたのですか?フェイトを倒すためにここに集った。それに不満はないはずです。」
唖然となる人々に、イブキが言い放つ。怪物への対抗手段のひとつとして用意された銃口が不気味に光る。
「さぁ、フェイト抹殺のため、今こそ立ち上がるときなのです!」
イブキの高らかな宣言に、人々は従うことを余儀なくされた。イブキの野望が、着実に進行しつつあった。
(あなた方もフェイトも、人間の前からその存在を消さなくてはならないのです。せいぜい同士討ちを演じるのですね・・・)
神奈美邸を集合場所として集まった黎利と天音。ちはやとの連絡まで取れなくなり、天音が焦りを見せ始めていた。
「全くどうしたっていうのよ、ちはやは!メールまで送ってるんだからせめて返信ぐらいしなさいっての!」
文句を言い放つ天音を前に、黎利が吐息をひとつ付く。
「とにかくここで連絡が来るのを待とうよ。私たちが動き回ってゴチャゴチャになったら大変だからさ。」
「アンタはのん気でいいわねぇ。私はそこまでのん気にはなれないわ!」
ついに黎利に文句を言いつけてきた天音。そのとき、空を見上げた黎利が眉をひそめる。
「どうしたのよ!?」
天音がムッとした面持ちで黎利に訊ねる。黎利は空を見つめたまま、
「あれって、由記じゃないの・・・?」
「えっ・・!?」
黎利の言葉に天音も空を見上げて眼を凝らす。その先には、上空で周囲をうかがっている由記の姿があった。
「ホント!由記だわ!由記!こっちよ、由記!」
天音が由記に向けて声を張り上げた。するとその声に気付いて、由記が振り向いてきた。
2人の姿を確認して、由記が降下する。邸宅の庭に着地して、人間の姿に戻る。
「由記・・もうっ!今までどこに行ってたのよ、由記!ちはやがどれだけ心配してたことか・・!」
天音が由記に駆け寄って、必死の思いで呼びかける。その言葉に由記は笑みと一緒に沈痛さを見せる。
「すみません、天音先輩、黎利先輩!私、どうしてもけじめをつけたかったんです・・・ちはやと、これからどうやって向き合ったらいいのかって・・・」
「・・でも、その答えは出してきたんでしょう?」
黎利が声をかけると、由記は彼女に眼を向けて頷く。
「みなさんには申し訳ないとは思いますが、世界が滅びることになっても、私はちはやを・・・」
由記の決意を耳にした黎利が微笑み、彼女の肩に手を添える。
「だったら早く行ってあげなさい。って、どこ行ったか分かんなくなってる私たちが言える義理じゃないんだけどね。」
「えっ!?ちはや、どこにいるのか分からないんですか!?」
苦笑を浮かべる黎利の言葉に由記は驚き、たまらず携帯電話を取り出して電話をかける。しかしちはやにはつながらない。
「私、ちはやを探してきます!」
「ち、ちょっと、由記!」
天音が呼び止めようとするが、由記はちはやを探しに飛び出していってしまう。
「全くしょうがないわね、ちはやも由記も。さて、これからどうするの、天音?置いてきぼりを食う?」
「バカなこと言わないの!すぐに追いかけるわよ!」
微笑みかけた天音が由記を追って駆け出し、黎利も笑みをこぼして続いた。
役員たちの包囲網を駆け抜けていくちはやたち。ケンが苦悶の表情を浮かべていることに気付いた姫女は、休める場所を探して裏路地に駆け込んで休むことにした。
「ケンくん、どうしたの!?大丈夫!?」
ちはやが駆け寄って呼びかけるが、ケンは息を絶え絶えにしている。
「いけない!ムリをさせすぎたんだ・・ケンは心臓病・・負担がかかって疲れきってしまったんだ・・・!」
姫女が2人を見て毒づく。ちはやが動揺をあらわにして、周囲をうかがう。
「ど、どこか病院か・・・!」
「そうしたいところだが、連中が既に網を張っているはずだ・・せめて誰か、私と同じ力を持つ同士がいてくれたら・・・!」
焦りを見せるちはやを前に、姫女が歯がゆさを見せる。フォースや組織を裏切った以上、力を持つ彼女の味方はそばにいない。
「あたしに・・あたしに力があったら・・・由記のようなすごい力が・・・」
力を求めるちはやが言いかけると、姫女は彼女の口元に人差し指を当てる。
「私や由記のような力を求めてはいけない。特に由記の力はフェイト・・忌まわしき運命の力だ。君にまで、その十字架を背負ってはいけない。私だけではなく、由記もきっと悲しむはずだ。」
「でも・・・!」
ちはやと由記、双方を気遣う姫女の言葉だが、ちはやは無力な自分を呪っていたのだ。由記にばかり苦痛と苦悩を背負わせているばかりでなく、ケンが苦しんでいるのを黙って見ているしかできないことが、彼女は許せなかったのだ。
「君がいるだけで心強い。私にとっても、由記にとっても、君はかけがえのない存在であることに変わりはないんだ・・・!」
「姫女さん・・・!」
姫女の切実な思いにちはやは動揺を隠し切れなかった。
そのとき、姫女はただならぬ気配を感じ取って眼つきを鋭くする。立ち上がり周囲をうかがうと、数人の人々が彼女たちを取り囲んでいた。
「貴様ら、何のつもりだ・・・!?」
姫女が言い放つが、人々は笑みを浮かべて彼女たちを見据えていた。
「フェイトを倒すために、そこの小娘をいただいていくぜ!」
男の言い放った言葉を皮切りに、人々が次々と怪物へと姿を変える。
「貴様ら、あの男の・・・!?」
姫女がイブキのことを思い出す。由記の抹殺、ちはやの利用を目論んだイブキの策略が、姫女とケンにも及ぼうとしていた。
由記とちはやたちの包囲を目論み、イブキは常に現状を把握していた。彼は由記を追跡している千夏への連絡を行っていた。
“私は今、フェイトを追って忙しいのよ。何の用だって言うの?”
不機嫌そうな千夏からの返信を、イブキは微笑みながら受ける。
「フォースであるあなた方なら分かっていると思いますが、フォースはこの世界に、2人存在しているのです。」
イブキの言葉に千夏は押し黙る。
「しかも2人のフェイトは、共鳴するかのように互いに惹かれあっていくようです。運命共同体といっても過言ではないほどに。つまり・・」
イブキの笑みに自信が混じる。
「もう1人のフェイトは、彼女のすぐ近くにいたということになるのですよ。」
“それじゃ、まさか・・・!?”
イブキの言葉に千夏は驚愕するばかりだった。
「ともかく、今は南城由記さんを追ってください。私はちはやさんのところに向かいます。」
“分かったわ。ご自由に。”
千夏との連絡を終えたイブキが通信を切ると、再び不敵な笑みを浮かべる。
(もう1人のフェイトの覚醒が、怪物たちの破滅をもたらすことになるでしょう。)
フェイトを基点とした怪物たちの同士討ち。それがイブキの最大の目的だった。
次回
「助けたかったら、どうしたらいいと思いますか?」
「もうすぐかしらね、もう1人のフェイトが目覚めるのは・・」
「怪物はアンタたちのほうよ!」
「ケン!」
「どんなことになっても、僕はずっとお姉ちゃんと一緒だよ・・・」