ガルヴォルスFate 第15話「動き出す黒幕」
由記の行方を追っているちはやだが、手がかりがつかめず、途方に暮れていた。彼女はいつしか学校のサッカーグラウンドにたどり着いていた。
そこでは男子サッカー部の練習が行われていた。練習を繰り広げる部員たちの中にイブキの姿もあった。
ところが、イブキは練習の途中であるにも関わらず、1人練習をやめてグラウンドを後にしようとする。それが気になったちはやは、たまらずイブキに駆け寄った。
「イブキ先輩!」
ちはやが呼びかけると、イブキは彼女に気付いて足を止めた。
「ちはやさん、どうしたんですか?今日は女子サッカー部の練習の日ではないはずでは・・?」
「イブキさんこそどうしたんですか?まだ男子サッカー部の練習、続いていますよ。」
ちはやが訊ねると、イブキは苦笑を浮かべて答えだした。
「家の事情でね。今、ちょっとゴタゴタしてるから、部活にも打ち込めない状況で。」
そしてイブキの顔から笑みさえも消えていく。
「実は父さんが亡くなって。大企業の会長だった父さんが亡くなって、社内は混乱しているんだ。」
「そんな・・イブキ先輩・・・」
イブキの言葉に戸惑いを浮かべるちはや。するとイブキが慌てた面持ちを見せる。
「あ、すみません、ちはやさん!無関係な人に、こんなことを話してしまって・・!」
「えっ!?い、いいですよ、先輩!先輩もいろいろ大変なんですから・・!」
謝罪するイブキに、ちはやが照れながら弁解する。彼女の笑顔に勇気付けられたかのように、イブキは笑みをこぼした。
「ありがとう、ちはやさん。それでは僕はこれで・・」
そういうとイブキはそそくさにちはやの前から離れていった。
いろいろ大変なのは自分だけではない。人それぞれで悩みや多忙があるのだ。第一、それは由記に対しても言えることである。
ちはやの心は再び揺れ動いていた。
イブキは大企業の社長の息子である。裕福な家庭の中にあり、学校の登下校には送り迎えをつけることを勧められたが、彼は気恥ずかしいという理由でそれを拒んでいた。
しかし会社に赴けば、社員たちの手厚い出迎えを受けるのは否めなかった。混乱している現状、そのことにこだわっている場合ではない。
社員たちの一礼に迎えられて、イブキは社屋に入っていった。そして彼は地下への階段を降りていった。
世界でも有数の大企業は表向きの姿。本当の姿は、国家を裏から操る大組織の1つである。
その前任者だった父親が亡くなり、彼の遺言より、イブキは新たな責任者を任せられることとなった。初めはイブキは抵抗を感じていたが、尊敬していた父の言葉を受けて、指揮することを決意したのだった。
地下に降りたイブキは、奥の部屋へと赴いた。そこはフォースの集合場所となっている部屋だった。
部屋に入ると、イブキは周囲を見回す。千夏と姫女の姿はあったが、美冬と萌の姿がない。
「フォースは4人と聞いていますが、あとの2人はどうしたのです?」
イブキが姫女に問いかけると、彼女は慄然とした態度のまま答える。
「美冬も萌も、フェイトの手にかかりました。萌を殺された怒りに駆られて、美冬は私の制止も聞かずに・・」
「・・・そうですか・・残念です・・・」
姫女の言葉にイブキが沈痛な面持ちを浮かべた。
「幼いながらも力のある2人だと聞いていました。2人にも、あなたたちにも幸せになってほしいですよ・・・」
淡々と告げるイブキを前に、姫女は真剣な面持ちを崩さず、千夏はため息をついている。
「それで、会長の息子さん、新会長となったあなたが、私たちに何のようなのよ?」
千夏が問いかけると、イブキは彼女に視線を向けて答える。
「もちろん、フェイト対策のためですよ。フォースの方々にも、今まで以上に力を発揮していただきたいです。」
「何を言っているの?あなたにも前会長にも、私たちを指揮する権利はないわ。私たちはあなたたちの部下ではない。共通の目的の上での協力者よ。」
イブキの言葉に反論する千夏。だがイブキは表情を変えない。
「しかし誰かが指揮しなければ、集団の統率は成り立たず、目的を果たすどころか、内部崩壊にもなりかねません。僕はそれなりにリーダーシップを取れると自負しています。」
意志の強さを見せ付けられ、千夏は歯がゆさを見せるもこれ以上反論できないでいた。
「これからのフォース、および特捜班は、僕が取り仕切ります。」
そういってイブキがきびすを返すと、姫女が突如部屋を出ようとする。
「どこへ行くのです?」
「作戦開始までは、少し時間があるはずです。それまで失礼させていただきます。」
イブキの質問に答えて、姫女は部屋を出て行った。
「姫女はあるところに出かけているのよ。どこかまでは聞いてないけど。」
千夏が口を挟むと、イブキは納得の素振りを見せる。
「そうですか・・ではあなたも少しだけ休養していてください。僕も他のみなさんと打ち合わせしなくてはなりませんから。」
そういってイブキも部屋を出て行った。そして彼は1人の役員に声をかけた。
「世界の命運のためにフェイトを倒す。それは僕たちの使命であり、フォースの目的でもある。だが、滅ぶべきなのは果たしてフェイトだけですかな?」
「と、いいますと?」
眉をひそめる役員に、イブキが微笑んで答える。
「僕たち人間の敵はフェイトだけではない。あの怪物全てが、人間に危害を及ぼす存在となっているのですよ。」
「しかし、怪物の姿を見せる彼らも、元々は人間では・・」
「確かにその通りです。ですが、彼らが人間を脅かしているのも紛れもない事実。彼らもフェイト同様、打ち倒さなければならない存在なのです。」
イブキの言葉に役員は畏怖を覚えていた。
「ともかく、まずはフェイトを倒すことを優先させましょう。他はそれからでも十分でしょう。千夏さんに同士を集めるよう伝えてください。それと姫女さんに見張りを付けてください。」
「了解しました。」
イブキの指示に答え、役員は行動を開始した。その後ろ姿を見送ってから、イブキは不敵に笑った。
(姫女さん、あなたはいずれフェイトに味方しかねない人だ。せめてフェイトを倒すために利用させてもらいますよ。)
徐々に混乱へと進んでいる状況の中、イブキはひとつの企みを目論んでいた。
父と母と別れ、由記はフェイトとなって福音町に向かっていた。その途中、彼女は近くの草原に降り立って、休憩を兼ねて幸一郎から受け取った手紙を読んでいた。
“由記、あの日お前が家を出て行ったとき、私はお前が自分の心にけじめをつけたことを確信していた。おそらく、私以上に母さんは確信していたことだろう。私も母さんも、自分の道を切り開いたお前の成長を快く思った。ただ母さんは、お前が悲しい思いをすることを心から恐れていたようだ。母さんには姉がいて、彼女には1人の娘がいたんだ。だが自由性のある育て方をしたために、娘は反抗的となり、暴力沙汰に巻き込まれて亡くなった。それを期に、母さんはお前が過ちを犯さないようにと思ったのだ。だが結果、お前を縛り付けて苦しめてしまった。本当にすまなかった。だが母さんがしてきたことも、お前を思ってのことだということを忘れないでくれ。私も母さんも、お前がこれから歩んでいく道を信じる。だから由記、お前はお前の信じる道を進んでくれ。それが父親である私からの最後の教えだ。生きてまた会おう、由記。”
「父さん、母さん、ありがとう・・・私は行くよ。私が信じる道を・・・」
父の願いと母の思いがつづられた手紙を胸に抱いて、由記は決意を告げる。彼女の眼からは涙があふれてきていた。
その涙を拭わずに、由記は立ち上がり、街のほうへ眼を向ける。そしてフェイトへと姿を変え、再び街に向けて飛び立った。
ちはやを初めとした大切な人たちを守るため、彼女はフェイトの運命に立ち向かおうとしていた。
由記の行方もその手がかりもつかめていないちはやは、いつしか病院を訪れていた。姫女の弟、ケンの見舞いを期に、自分の迷いを振り切りたかったのだ。
そこでもしも姫女と会えれば、彼女の助言をもらえるとさえ思っていたのだ。今のちはやは、わらをもつかむ心境だった。
ケンのいる病室に向かい、ノックして入る。病室にはケンだけではなく、姫女の姿もあった。
「こんにちは、姫女さん、ケンくん。」
「あ、ちはやさん、こんにちはー♪」
ちはやが声をかけると、ケンが笑顔で挨拶を返してきた。
「ちはや、君も来たのか・・嬉しいよ。」
姫女もちはやに向けて微笑みかける。
「いきなり行こうって思っちゃって、あまりいいもの選ばなかったんだけど・・」
そういってちはやは、近くの花屋で買った花束を引き出しの上に置いた。
「いや、構わないよ。私は女のくせに、花言葉をよく知らないからな。」
苦笑する姫女を見て、ちはやが気まずそうな笑みをこぼした。だがすぐにその笑みが消えたことに、姫女は眉をひそめた。
「何か、あったのか・・・?」
姫女が問いかけるが、ちはやはうつむいたまま答えない。彼女の心境を察した姫女は立ち上がり、ケンに声をかけた。
「ケン、ちょっと買い物に出るが、何かほしいものはあるかい?」
「えっ?僕はいいけど・・・」
姫女の唐突な言葉に、ケンがきょとんとした面持ちを浮かべる。
「それでは、大人しく寝ているんだよ、ケン。」
すると姫女は微笑んで、ケンの頭を撫でると病室を出た。ちはやも当惑の面持ちのまま、病室を後にした。
ひとまず病室を出た姫女とちはやは、その病棟の屋上に来ていた。干されている白いシーツがそよ風になびいている中、姫女は改めてちはやに問いかけた。
「ここなら気兼ねなく話せるだろう・・ちはや、本当に何があったのだ・・?」
姫女の言葉に、ちはやはようやく話す決心を固める。
「信じられないことかもしれませんが・・聞いてくれますか・・・?」
沈痛さを浮かべながらも話そうとするちはやに、姫女は真剣に耳を傾ける。
ちはやは由記について話し始めた。高校に入ってからの無二の親友であったが、彼女は異質の怪物との事件に巻き込まれていった。そして彼女自身も怪物の姿となり、苦悩と苦痛を背負い、その混乱からか、次第にちはやと距離を置くようになっていた。その正体をちはやに知らせることになった由記は、1人寮を出て行ってしまった。それ以後、行方が分からなくなっている由記を追って、ちはやは奮起していたのだ。
「そうか・・由記という友人を、お前はずっと気にかけているのだな。」
事情を飲み込んだ姫女は小さく頷いた。
「由記はあたしが危険や事件に巻き込まれないようにしてたんだと思います・・でもあたしは、それでも由記のそばにいたかった・・・」
由記に対する思いを明かすちはやが悲痛さをあらわにする。その彼女を見て、姫女は微笑んで彼女の肩に手を添える。
「大丈夫だ。たとえ姿が変わっていても、由記が君を想っていることに変わりはないのだろう。なら、由記は由記のまま、人間のままだ。」
「姫女さん・・・そうですよね・・由記の心は、絶対に怪物になんてなっていないですよね・・・」
姫女の励ましを受けて、ちはやが笑みを取り戻す。
「姫女さん、あたし、信じます。由記はどこまでいっても人間であると。あたしたちのこと、心の底から信じてくれているって。」
ちはやの言葉を耳にして、姫女は微笑んで頷いた。しかし姫女は胸中では沈痛さを覚えていた。
自身も由記という怪物であり、目的のためならその力を使用することもいとわない。その姿をちはやに見せることになれば、双方さらに苦しめることになりかねない。
(私も由記と同じように、周りに自分を明かすことを恐れているのかもしれんな・・)
胸中で不安を囁きながら、姫女はちはやを見つめていた。
(由記?・・・まさか・・・!?)
ここでようやく姫女は一抹の不安を覚える。ちはやのいう由記は、自分たちが狙っているフェイトなのではないか。
そのことをちはやに問いかけようとした瞬間、姫女はただならぬ気配を感じた。
(これは私たちの同士の力・・・病院内に、それもこの近くに・・・)
「まさか・・!?」
驚愕を覚えた姫女が病院内へ走り出す。
「あっ!姫女さん!?」
彼女の突然の行動に、声を荒げたちはやもたまらず駆け出した。
弟の見舞いのために病院を訪れた姫女の行動は、イブキが送った役員に監視されていた。その報告を受けたイブキは、役員に指示を出した。
「ちはやさんが一緒ですか・・なら入院している姫女さんの弟さんを連れてきてください。弟さんをこちらに引き込めば、姫女さんは敵意を見せる。そうなれば、そばにいるちはやさんも、戦いに巻き込むことになりますから・・」
イブキの指示に答えて、役員は行動を開始した。通信を切ってからイブキは不敵に微笑む。
「姫女さん、ちはやさん、あなたたちはフェイトを倒すために役立ってもらいますよ。」
フェイトに対するイブキの策略が、ちはやと姫女を起点に始まろうとしていた。
病室を出た姫女とちはやが帰ってくるのを待っていたケン。その病室に入ってきたのは、彼の検診のためにやってきたナースだった。
「ケンくん、検診の時間よ。」
笑顔で声をかけてきたナースだが、姫女の姿がないことに気付いてきょとんとなる。
「あれ?お姉さんはどこに行ったの?」
「お姉ちゃんなら買い物に出かけたよ。」
ケンの答えを聞いて、ナースは納得した様子を見せた。
「それじゃ、お姉さんが帰ってくるまでに、検診を終わらせてしちゃいましょうか。」
「はい。」
ナースの言葉にケンは頷いた。だがナースが検診の準備を行っている最中に、病室のドアが開かれた。
「あら?もう帰ってきちゃったかな?」
ナースが準備の手を止めて振り返る。だが入ってきたのは姫女たちではなく、黒のスーツと黒のサングラスを身に着けた怪しげな男だった。
「あ、あの、あなたは・・・?」
「申し訳ないが、その子を保護させていただきますよ。」
当惑を見せるナースを前に、不敵な笑みを浮かべる男の姿が、鳥と蛇を掛け合わせたような怪物に変わる。
「キ、キャアッ!」
その変貌に悲鳴を上げるナース。怪物が彼女に向けてくちばしから針を飛ばしてきた。
その針が右腕に刺さり、痛みに顔をゆがめるナース。だが刺さった場所から徐々に灰色に変わり、彼女がさらなる恐怖の色を浮かべる。
その恐怖を留めたまま、ナースは灰色の石像と化した。その変化にケンが驚愕を覚える。
「あなたには黙ってみてもらうことにして、君は我々と一緒に来てもらうことにしましょうか。」
「い、いやだ・・お姉ちゃん・・・!」
振り向いた怪物に怯え、姉を思うケン。
「ケン!」
そこへ姫女が病室に駆け込み、怪物が背後に立った彼女に振り返る。
「おやおや。誰かと思えば辻谷姫女さんではありませんか。」
「貴様、ここで何をしている・・ケンに何をするつもりだ!」
悠然さを見せる怪物に声を荒げる姫女。遅れてちはやも病室にたどり着いた。
「ケンくん・・・!」
怪物の襲撃を目の当たりにしていたケンに、ちはやが眼を見開く。すると怪物が哄笑をもらす。
「これはこれは好都合。姫女さん、そして沢北ちはやさん、あなた方には我々のために役立ってもらいましょうか。」
「貴様、何を企んでいる・・!」
姫女が苛立ちを見せるが、怪物は態度を変えない。常に冷静沈着を心がけている彼女は今、ケンを想うあまりに感情的になっていた。
「姫女さん、あなたには我々と行動をともにする義務があるはずですよ。フォースであるあなたには・・」
怪物の言葉にちはやが驚く。
「ひ、姫女さん、あなた・・・!?」
驚愕の声をもらすちはやに、姫女は振り向かずに答える。
「ちはや、お前もお前の戦いを始めるのか・・」
「えっ・・・」
姫女の言葉に始めは戸惑うも、ちはやはすぐに真剣な面持ちで頷いた。
「ならばその戦い、決して負けるな。自分自身に決して負けてはならない・・・!」
「姫女さん・・!」
「・・私も迷っていた・・心のどこかで私自身を守ろうとしていた・・・だが・・」
迷いを振り切った姫女の頬に紋様が走る。
「ケンが幸せでいてくれるなら、私の身に何が起ころうと私は何も恐れない!」
そして彼女の姿がダイヤモンドに覆われた怪物へと変わる。以前にその姿を目の当たりにしていたケンとは違い、ちはやは驚きを隠せないでいた。
「姫女さん・・・!?」
「ちはや、私も由記という親友と同じ、異質の姿の怪物。それもフェイトを倒すことを目的としているフォースの1人なのだ。」
「フェイト・・由記を・・!?」
「隠していたことはすまないと思っている。そして、私は現時点をもって、フォースの責務を放棄する。ケンを危険に巻き込もうと企む組織は、私のいるべき場所ではない!」
決意を示す姫女に、ちはやは戸惑いを見せる。ダイヤモンドの剣を出現させて構える姫女に対し、怪物は不敵な態度を崩さなかった。
(軍人としては実に滑稽だが、私はそのような責務や、フェイトを倒すことよりも、大切なものを見つけた・・・!)
ケンを守ることを誓った姫女の力と新たな思いは今、揺るぎないものとなっていた。
次回
「私から離れるな、ケン、ちはや!」
「人間と怪物の戦いは、今に始まったことではないのですよ。」
「とりあえず敵討ちということで。」
「そこをどいて!」
「由記も姫女さんも、ずっと人のままですよ。」