ガルヴォルスFate 第12話「別れ」

 

 

 友香の力によって仕掛けられた罠に陥り、徐々に死を与えられていく由記とちはや。2人の苦悶の姿に、友香は歓喜を覚えていた。

 自分の意思に反してフェイトになれないことに、由記は愕然となっていた。無意識のうちにちはやのことを思い、フェイトになることを拒んでしまっていた。

(私は、こんなときにまで、ちはやのことを・・・!)

 愕然さを拭えない由記。そんな彼女に、苦痛を覚えながらも笑みを作ろうとするちはや。

「由記・・・」

「ちはや・・ちはや・・・!」

 弱々しく声をかけてくるちはやに、由記がたまらず叫ぶ。するとちはやが満面の笑みを浮かべる。

「どんなことがあったって、あたしは由記を信じてる・・・」

「ちはや・・・」

「ありがとね・・由記・・・」

 うっすらと涙がこぼれたちはやの瞳から生の輝きが消える。その瞬間に由記は絶望感に襲われる。

「ちはや!」

 見開いた由記の眼から涙がこぼれる。しかし彼女の叫びと思わせる呼びかけにちはやは答えない。

「ちはや・・私は・・私は・・・」

 愕然となる由記も、次第に体から力が抜け落ちていた。カプセル内に流れ落ちてくるタールは、由記にも死に陥れようとしていた。

 その中で由記は涙をこぼしていた。それは死の苦しみでもちはやの死の悲しみでもない。自分自身の気持ちを悔いる心の痛みによるものだった。

(そう・・そうだったのね・・・私が恐れてたのは、ちはやが危険に巻き込まれることじゃない・・・私の正体を知って、ちはやが私を怖がることだったのね・・・)

 由記は物悲しい笑みを浮かべて、自分を責めていた。

(自分やちはやのことを分かってたつもりでいたのに・・・本当は、何にも分かっていなかったのね・・・)

 押し寄せる絶望感にさいなまれるように、由記の瞳からも生の輝きが消える。流れ落ちる死の液体の中で、由記とちはやが抱き合って立ち尽くしたまま動かなくなった。

「ウフフフ。けっこう楽しめたわね、フェイトとその友人の苦痛の舞は。でもフェイトになって抵抗してくれなかったのが少し心残りだったかな。」

 2人の姿を見て友香は妖しい笑みを浮かべ、指を鳴らした。すると2人の足元から黒茶色の煙が吹き上がってきた。

 その煙に包まれた2人。それを見越して友香は再び指を鳴らすと、カプセルが開け放たれ、煙とともに黒茶色に染め上げられた由記とちはやが現れる。

「寄り添いあいながら死を迎えた2人の乙女。華があってなかなかいいじゃないの。」

 固められ微動だにしない2人を見て、友香は満面の笑顔で微笑んでいた。

 

 既にない命と思っていた中だった。

 由記は薄れていく意識の中で、押し寄せてくる暗闇を眼にしていた。

(体から力が抜けていく・・・これが死んでいくってことなのかな・・・)

 彼女は胸中で弱々しく囁く。彼女は自分がちはやを抱きとめていることに気付く。

(ちはや・・・私のせいで、こんなことに・・・)

 ちはやを死に追いやったことを責め、由記は歯がゆさを覚える。

(まだ私もあなたも、やりたいことがたくさんあったよね・・・だからこのまま死ぬなんて・・・)

 そして生きたいという強い意志が、由記の中でこみ上げてくる。その気持ちに呼応するかのように、彼女の顔に紋様が浮かぶ。

「私は生きたい!ちはやと一緒に生きていきたい!」

 生への強い執着に駆り立てられる由記の姿が怪物へと変わり、強い心の力を解放した。

 

 由記とちはやを固め、死に追いやった友香。2人の姿を見つめている彼女の前に、千夏が姿を現した。

「フェイトの始末、うまくいったようね?」

 千夏が声をかけると、友香が満面の笑みを浮かべた。

「さすがフェイトといったところかな。いいように苦しんで踊ってくれたわ。その後もなかなかのもので、私としては感無量よ。」

「そう。それは結構なことで。」

 千夏も笑みをこぼして、事切れた由記とちはやを見つめる。

「これでフェイトは滅び、世界は落ち着いた。あなたも幸せだったでしょうね、由記さん。親友と一緒に天国に行けたんだから。」

 固められた2人の少女を見つめて、千夏も友香も満足げに微笑んでいた。

 そのとき、微動だにしないはずの由記が、かすかに揺れだした。その瞬間に友香が眉をひそめる。

「どうしたの?」

「今、かすかだけど、動いたような・・・!?」

 千夏の問いかけに答える友香。彼女の言葉に千夏が苦笑する。

「何を言ってるの、友香。あなたの力を受けて固まった人は死んでるのよ。勝手に動くはずが・・・」

 言いかけた千夏だが、彼女の眼にも由記の体が揺らいでいるのが映った。揺れは徐々に大きくなり、手が強引に動き出した。

 その直後、由記の背中からまばゆいばかりに輝く翼が広がった。タールの殻を破り、由記がフェイトの姿で千夏と友香に立ちはだかる。

「ど、どうなってるの!?・・私の罠に落ちて、生きて出られる人なんて・・・!?」

 由記の姿に友香が愕然となる。由記の力を受けて、ちはやもタールから解放されて抱えられていた。

 そして彼女はうっすらと眼を開けた。彼女の眼に、怪物の姿の由記が映る。

「ゆ・・由記・・・」

 小さく呟いた直後、ちはやは再び意識を失った。彼女の面持ちを見つめて、由記は歯がゆさを覚える。

(ちはや・・ゴメンね・・私のために、こんなことに・・・)

「許さない・・・」

 ちはやを想う由記が、千夏と友香に向けて言い放つ。

「あなただけは、絶対許さない・・・!」

 ちはやをそばの壁に寝かせて、由記は千夏たちを鋭く見据える。すると友香が笑みをこぼす。

「私の罠の死を受けて生きているなんて、私は認めないわ・・・!」

 憤慨を込めた言葉を放つ友香の顔に紋様が浮かぶ。そして彼女の姿が胴色の怪物へと変わる。

「もう1度苦痛の舞を踊ってもらうわよ、フェイト!」

 いきり立った友香の眼光が不気味に光る。由記に向けてカプセルが次々と迫ってくる。

「今の私に、同じ手は通じない!」

 低く言い放つ由記が翼を広げる。同時に彼女から波動が巻き起こり、迫ってきていたカプセルを弾き飛ばす。

「そんな・・私の罠が・・・!?」

 自分の力を破られ、友香が愕然となる。由記に鋭い視線を向けられた彼女は、とっさに口から粘液を吐き出す。だがそれも由記が具現化した剣に振り払われる。

「あなただけは、許さないと言ったはずよ・・・!」

 完全に友香を敵として見なしている由記。怒号をあらわにした彼女の姿は、悪魔のように思えた。

 戦意を完全に失った友香に、由記は容赦なく剣を投げつけた。その刀身が友香の胸を貫いた。

 愕然となったままの友香が人間の姿に戻り、事切れたことによって固まり、砂になって崩れて消えた。

「あなたも私の気が変わらないうちに消えなさい。でないと、あなたも容赦しないわ。」

 由記は千夏にも鋭く言い放ち、再び出現した剣の切っ先を彼女に向ける。フェイトとしての脅威を目の当たりにして、千夏は息を呑む。

「今回はあなたの言葉に甘えることにするわ、由記さん。」

 千夏は苦笑を浮かべつつ、由記の前から姿を消した。由記は戦意を消して人間の姿に戻る。

 由記は沈痛の面持ちを浮かべて振り返り、眠っているちはやを見つめていた。

(ちはや・・ゴメンね・・・)

 ちはやに申し訳なく思い、由記は彼女を抱えて、夢遊病者のようにおぼろげに寮に戻った。

 

 死の淵からよみがえった由記によって友香を倒され、撤退を余儀なくされた千夏はフォースの集合場所に戻ってきていた。彼女を待っていたのは、悠然さを浮かべている美冬の微笑みだった。

「あらあら。その様子では、この前のあなたの言葉をお返ししなくてはいけませんね。」

 あざ笑ってくる美冬だが、千夏は笑みを作ってみせていた。そんな彼女に、姫女が淡々とした口調で声をかけてきた。

「戦況は私たちは知っている。1度はフェイトを葬ったそうだな。」

「・・・えぇ。友香の罠に落ちて、タール漬けにして死んだはずだったわ・・・」

 姫女の問いかけに、千夏は歯がゆさを込めて答える。

「だが、フェイトはよみがえった・・しかも、その友人さえも蘇生させたとも聞いている。」

 その指摘に眼を見開く千夏。悪魔とも思えるフェイトの姿が、彼女の脳裏に浮かび上がる。

 彼女たちフォースがフェイトを恐れている理由のひとつは、回復・蘇生能力である。対象の傷や体力を完治させ、死亡した相手でも間を置いていなければ蘇生させることが可能である。

 蘇生さえも行えるその強大な力が、ワームホールの向こう側にある膨大なエネルギーの巨星を呼び寄せる効果さえ及ぼしている。

「やはりフェイト・・侮れない相手だ・・・」

 フェイトの脅威に言葉さえ出なくなってしまう。そんな2人を、美冬が再びあざ笑う。

「呆れた態度を見せますわね、千夏さんも姫女さんも。そんな弱気でいるあなたたちには任せておけませんわ。」

「待て、美冬。フェイトの力はお前も直に戦って理解しているだろう。単独で挑むのは無謀というものだ。」

 呼び止めてくる姫女だが、美冬はため息をついてみせる。

「あなたに言われるまでもないですわ。今度は私と萌で、フェイトを倒してごらんに入れましょう。」

「私とお姉ちゃんが力をあわせたら、どんな相手だって敵わないんだから♪」

 自信満々に告げる美冬に、萌が付け加える。2人はフェイト打倒のため、部屋を出て行った。

「愚か者が。2人だけではフェイトは倒せない。私と千夏、フォース全員で向かわなければ勝ち目がないというのに・・・」

 姉妹の勝手な行動に苛立ちを覚える姫女。千夏はフェイトの脅威に固唾を呑むばかりだった。

 

 眠っているちはやを抱えて、由記は寮の自分の部屋に戻ってきていた。由記はちはやをベットに寝かせ、沈痛の面持ちで見つめていた。

「ゴメンね、ちはや・・・あなたを死なせたのはあの女じゃない・・私なのよ・・・」

 自分を責める由記が自分の胸に手を当てる。

「私がフェイトだから・・ムチャクチャな運命を背負わされてるから・・・」

 ちはやに対して詫び続ける由記の眼から涙がこぼれ落ちる。止めようと思えば思うほど、涙の雫はとめどなくあふれてきていた。

 ひとしきり泣いた後、由記はテーブルへと向かった。そこで彼女は引き出しの上に置かれた写真立てに眼を向けた。由記とちはやが映っている写真が収められている。

(ちはや・・・ちはやといる時間は、本当に楽しかったよ・・・あなたとの思い出、絶対に忘れないから・・・)

 ちはやとの数々の思い出を振り返り、由記は微笑む。しかしその笑みもすぐに消える。

(でももう、あなたとは一緒にいられない・・・あなたをこれ以上、危険に巻き込みたくないから・・・)

 再びちはやに振り向き、由記は彼女との別離を決意する。

 1枚の置き手紙をテーブルに置いて、懐に収まるだけの物を持って、由記は立ち上がる。

「・・さよなら・・ちはや・・・」

 最後にもう1度ちはやに言葉をかけて、由記は部屋を出て行った。

 

 おぼろげに見えてくる由記の姿を、ちはやは追いかけていた。徐々に離れていく由記をずっと追いかけていた。

「由記、お願いだから待って!」

 離れていく由記に、ちはやは手を伸ばした。そしてようやくその手が由記の肩に触れる。

 だが由記の姿が、人間とは違うものへと変化した。目の当たりにしたちはやが眼を見開き、愕然となる。

「由記ちゃん・・・」

 ちはやが困惑していると、由記は何も言わずに立ち去っていった。

「待って、由記!」

 それでも声を振り絞り、ちはやは由記に手を伸ばした。

 

 しかしその先は寮の部屋の天井だった。彼女が見ていたのは夢だったのだ。

「夢・・だったの・・・?」

 何とか気持ちを落ち着けて、ちはやはベットから起き上がる。そして部屋の中を見回してみるが、由記の姿がない。

「由記・・どこ・・・?」

 ちはやが声をかけながら、さらに由記を探す。だが部屋の中のどこを探しても、由記の姿はなかった。

 そのとき、ちはやはテーブルに置かれていた1枚の手紙に気付く。彼女はその手紙を手に取ると。その内容に当惑した。

 

“ちはや、ごめんなさい。騙すつもりではなかったの。私自身、どういうことなのか分からなかった。でもこれが危険な力だってことは直感できた。だからちはやに話せなかった。もしも話してしまったら、ちはやまで危険に巻き込むことになると思ったから。だけど本当は、私がちはやが傷つくのを怖がってただけだった。ちはやはどんなことでも、私のことを受け入れようとしてくれていた。それなのに、私は勝手に怖さを作って、ちはやを突き放していただけだった。そんな私に、ちはやと一緒にいる資格なんてない。だから私はしばらく、あなたのそばを離れます。でも私は、ちはやのことが好きだという気持ちは変わってないから。ちはやと過ごしたこの時間は、私にとってかけがえのないものだと思っている。ちはやがいてくれたから、私は強くなれたんだと思う。だから私は、ちはやにすごく感謝している。ありがとう、ちはや。 由記”

 

「どうして・・どうしてこんな・・・!?」

 自分の気持ちをつづった手紙に、ちはやは揺さぶられていた。

 由記がちはやに対して強い想いを抱き、ちはやを気遣って由記はそばを離れた。これ以上、ちはやを危険に巻き込みたくないと考えたのだろう。

 だが由記のこの考えは、ちはやが望んでいることではなかった。

「そんなことをしたって、あたしは全然うれしくないよ・・たとえ人間じゃなくても、バケモノでも、由記は由記なんだから・・・!」

 こみ上げてくる悲痛のあまり、ちはやは涙を流す。その雫が、読み上げていた手紙の上にこぼれる。

「探さなくちゃ、由記を・・探して見つけて、あたしの気持ちを由記に伝えなくちゃ・・・!」

 決意を秘めるちはやも、由記を追って飛び出そうとする。だが彼女はふと足を止める。

「だけど、由記はどこに・・・?」

 由記の行きそうな場所を、ちはやはこの周辺以外では心当たりがなかった。由記は親しい間柄のちはやに対しても、あまり身内のことを話してはくれなかった。特に母親については、苛立って感情をむき出しにするくらいに嫌悪していた。

「もし、この辺りにいなかったら、多分実家に戻ってると思うけど・・その実家がどこにあるのか・・・」

 ちはやは完全に行き詰ってしまっていた。追いたくても追えない。それがちはやにさらなる困惑を植えつけていた。

「とにかく、誰かと相談したほうがいいかな・・黎利先輩か、天音先輩に・・・」

 それでも迷っている場合でも、つまらない意地を張っている場合でもない。思い立ったちはやは、改めて部屋を飛び出した。

 

 ちはやの身を案じて、1人寮を出た由記。孤独感を感じながらも、彼女は自分のこの行為が間違いでないものと信じようとしていた。

 自分のせいでちはやをここまで傷つけてしまい、命を落としかけた。こんなことになったのは、友香の悪意でもフォースの使命でもなく、自分の運命のせい。

 こんな自分が、ちはやのそばにいられるはずもない。由記はひらすら自分を責めていた。

 そんな沈痛さをかみ締めていたときだった。由記は眼前からただならぬ気配が出現したことに気付く。

「あなた1人なんですね、由記さん。」

 上品に語りかけてくる声。由記が眼を向けた先には、美冬と萌の姿があった。

「あなたたち、フォースの・・・」

「何だか辛いことでもあったようですわね。よろしければ、私たちが・・」

 不敵な笑みを浮かべる美冬の顔に紋様が走る。

「その辛さを取り除いて差し上げますわ。」

 そして彼女の姿が怪魚の怪物へと変わる。萌も無邪気な笑顔を見せながら、怪物へと姿を変える。

「そうね・・本当なら早く死んで、辛いことみんな忘れたいところだけど・・・」

 沈痛さを浮かべていた由記が鋭い視線を放つ。

「私は生きたい・・このまま辛いまま死んでしまったら、もっと辛くなる気がするから・・・」

 そしてフェイトへと姿を変え、美冬と萌を見据える。その姿に美冬が笑みをこぼす。

「いい心がけですわね、由記さん。ではその心に免じて、私と萌、2人がお相手いたしますわ。」

 朗らかに言い放つ美冬が槍を出現し、切っ先を由記に向ける。由記も剣を出現させて構える。

「私は進まなくちゃならない。あなたたちが私の邪魔をするなら、あなたたちを倒してでも、私は突き進む!」

 決意を口にする由記と、フェイト打倒を目論む美冬が飛び込み、ぶつかり合う。

「あなたは私たちの力で倒す。私たち姉妹が、この世界の救世主になるのよ!」

 敬意を切り捨てた美冬の言葉に、由記は視線を移した。2人の横から萌が石化の炎を放ってきた。

 由記はとっさに美冬を突き飛ばし、飛び込んできた炎を飛び上がって回避する。

「甘いですわね。」

 不敵に笑う美冬が槍を振りかざし、吹雪を巻き起こす。由記は波動を発動するが、凍結を免れたものの、冷気の風圧に弾けれて吹き飛ばされる。

 一軒家の屋根に叩きつけられ、うめく由記。起き上がり相手を見据えようとしたところへ、萌の炎が飛び込んできた。

 由記は思わず剣で炎を受け止めてしまう。刀身にぶつかって拡散した炎は、剣を持った由記の右手をも焼き、剣とともに灰色に固めてしまう。

「し、しまった・・!」

 右腕を石化され、戦力をそがれた由記が毒づく。その様子を見て美冬と萌が微笑む。

「これであなたの力は半減されましたね。さて、萌の石化の次は私の凍結を受けてみなさい。」

 再び槍を構えて、由記を狙う美冬。窮地に追い込まれた由記に、姉妹の魔手が伸びようとしていた。

 

 

次回

第13話「偽りの家族」

 

「協力してください、先輩!」

「あなたを少しでも信じた私がバカだったわ!」

「少しくらいは母さんを信じてやったらどうだ?」

「あなただけは、絶対許さない!」

「あの人が私を娘として見ても、私はあの人を認めない・・!」

 

 

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