ガルヴォルスFate 第11話「死出の罠」

 

 

 夕食を終え、この日の当番だった由記が食器に後片付けを行っていた。皿洗いを行っている彼女に、ちはやが笑顔で駆け寄ってきた。

「由記、あたしも手伝うよ。」

「えっ?」

 ちはやの親切に由記が戸惑いを見せる。

「気にしない、気にしない。あたしがそうしたいだけなんだから。」

 そういってちはやは由記の答えを聞かずに皿洗いの手伝いを始めた。彼女の真っ直ぐな思いを由記は受け入れることにした。

 結果、いつもより早く後片付けを終えることができた。

「ありがとう、ちはや。手伝ってもらってしまって・・」

「いいんだって。あたしが勝手にやりだしたことなんだから・・」

 感謝する由記に、ちはやが照れ笑いで答える。

「今度、ちゃんと埋め合わせするから。何でも言って。」

「だからいいんだって。由記は全然気にしなくていいんだから。」

 弁解を入れるちはやだが、感謝の意を決めたら一歩も引かない由記の性格を考えて折れることにした。

「分かったよ。それじゃ今夜、やっちゃおうか。ここ最近やってないからね。」

 ちはやが笑顔で呼びかけると、由記の顔から笑みが消えた。その反応にちはやが戸惑う。

「由記、最近何かヘンだよ。以前だったら由記のほうから声かけてきたじゃない。それなのに・・・」

 深刻な面持ちで心配の声をかけてくるちはやに、由記は困惑したまま答えようとしない。

「もしかして・・・由記、あたしのこと、嫌いなの・・・?」

「ち、違う!そんなことないよ・・でも・・・」

 ちはやの由記が反論する。しかし言いかけて言葉が出なくなってしまう。

 もし言ってしまったら、ちはやを危険に巻き込むことになり、自分の怪物としての姿を知られることにもなる。それは由記の最大の不安だった。

「あたし言ったよね?あたし、どんなことでも由記ちゃんのこと受け止めるって。由記の悩みともちゃんと向き合いたいと思ってるから・・」

「でも、ちはや・・私は・・・」

 切実に現実を受け止めようとするちはやだが、由記はどうしても答えることができなかった。それが逆にちはやを困惑させてしまっていた。

 この夜、それ以来、2人が言葉を交わすことはなかった。

 

 日がたつごとに深まっていく由記とちはやのすれ違い。ちはやを傷つけまいとする由記の行為が、逆にちはやを傷つけてしまっていた。

 朝練習のために先に出て行ったちはやのことを思い、1人登校する由記は困惑を拭いきれないでいた。

(ちはやだけはこれ以上、私に深く関わってほしくない・・・フェイトとしての私に・・・)

 自分の気遣いが間違っているとは思えない。しかしその自分の行為に彼女自身疑問に思い始めていたのも確かだった。

(黎利先輩に相談するしか、なさそうかな・・・)

 考えがまとまらず、由記は黎利に相談することを心に決めた。そして迷いを振り切るために、無心で学校に向かって走り出した。

 そんな彼女の姿を、1人の女性が妖しく微笑みながら目撃していた。

「あの子ね、世界の命運を握っているフェイトっていうのは・・・」

 1人で呟いた女性がきびすを返し、この場を離れようとした。そんな彼女の前に、同様に妖しく微笑んでいる千夏が立っていた。

「う、うわっ!・・もう、千夏じゃないの。驚かさないでよ。」

「何言ってるのよ、友香。あなたが勝手に驚いているだけでしょ。」

 驚きの面持ちを浮かべている女性、巻島友香(まきしまともか)に、千夏が笑みをこぼす。しかし2人とも真面目に語り始めた。

 千夏と友香は幼馴染であり、お互いに怪物の姿を持っていることを知っている仲でもある。

「今見たとおり、彼女がフェイトよ。」

「そのようね。でも彼女を真っ直ぐ狙ったんじゃうまくいかないし面白くもないわ。彼女の弱みをついて、より彼女を苦しめるように仕向けるわ。」

「あなたらしい残酷な試みね。それで、どうやって彼女の弱みを狙うの?」

 千夏が訊ねると、友香は含み笑いを浮かべて答える。

「フェイトは女子高生。当然お友達は何人かいるでしょ?そのお友達を苦しめれば、フェイトもきっと苦しむでしょうね。」

 友香はそう告げて微笑み、千夏から離れていった。彼女の目論む最悪の策略が、由記だけでなく、その周囲の人間にも及ぼうとしていた。

 

 女子サッカー部の朝練習が終わり、部員たちは更衣室で制服に着替えていた。由記に対する悩みを抱えているちはやの様子を見かねて、水希が声をかけてきた。

「どうしたの、ちはやちゃん?何だか思いつめてるって感じしてるよ。」

「えっ?・・そ、そんなことないよ。あたしは今日も元気、元気♪」

 訊ねてきた水希に、ちはやが笑顔を振りまくが、水希の前では空元気にしかならなかった。

 未だに深刻そうに見つめてくる水希に、ちはやは観念して事情を話すことにした。

「実は、由記の様子が最近おかしいみたいなの。」

「由記ちゃんが?」

 眉をひそめる水希に、ちはやは小さく頷いた。

「でも由記、それをあたしに打ち明けてくれないのよ・・前だったら悩みがあったらいつもあたしに話してくれたのに・・・」

「なるほどね・・・もしかして、何かとんでもないことに巻き込まれてたりして・・」

 冗談混じりに答える水希の言葉に、ちはやは一抹の不安を覚えていた。最近世間を騒がさせている怪物の暗躍に、由記が関わっているかもしれない。

「じ、冗談だよ、ちはやちゃん。そんなに気にしないで。」

 ちはやが沈痛の面持ちを見せているのに気付いて、水希が苦笑気味に弁解する。

「あ、あたしこそゴメンね、水希。アハハ・・ヘンだね、あたしもさ・・・」

 次第に声に力が入らなくなってくるちはや。彼女から不安が拭いきれていなかった。

 

 ちはやと同様に気に病んでいた由記。生徒会における各部活動の会計について話し合われている中、彼女は真剣さを装っていたが、黎利は彼女の様子がおかしいことに気付いていた。

 会議が終わったところで、黎利は由記から事情を聞きに来た。すると由記は戸惑いながらも黎利に話した。

「なるほどねぇ。それは困ったことだわねぇ。」

 まるで困っていないような面持ちで頷いてみせる黎利。しかし由記の沈痛さは拭えない。

「そんなに思いつめることでもないんじゃないの。フェイトだとか何だとかいう前に、あなたはあなた、南城由記なんだから。」

「先輩・・・」

 気さくに答えてくる黎利に、由記は心の中で淀んでいたもやもやが和らいだように感じていた。

「ちはやだって由記を信じてるし、由記のことだったら何でも向かい合ってくれるはずだよ。だからあなたも彼女のことを信じてあげないと。」

 黎利の言葉に由記は迷いを振り切った。いつもどおりの生活をしていれば、怪物だろうとフェイトだろうと関係ない。

「そうですね・・・いつもありがとうございます、黎利先輩。本当に先輩に助けられてばかりで・・」

「気にしない、気にしない。そうやって笑顔でいるほうが、由記らしくていいと私は思うわよ。」

 黎利は言い終わると、由記の胸をわしづかみにする。思わず由記は席を立ち、胸を押さえて赤面する。

「もう、先輩!そういうのはやめてくださいって、いつも言ってるじゃないですか!」

「アハハハ。だって由記の胸、けっこういい感じだから。」

 抗議の声を上げる由記に、黎利は気さくな笑みを崩さなかった。

 

 この日、女子サッカー部の練習はなく、軽いミーティングだけであった。ちはやは水希とともに帰路についていた。

「今日は早く帰れるね。ねぇ、ちはやちゃん、街に寄り道していかない?」

 水希が笑顔を振りまきながらちはやに呼びかけてきた。少し考えてからちはやも笑みを見せた。

「OK。あたしも付き合っちゃうからね。」

「そうこなくちゃ♪」

 ちはやの返答に水希も喜びを見せた。

 2人は街中で買い食いやショッピングを楽しんだ。しかしショッピングはあまりよさそうなものが見当たらなかったため、手荷物は出なかった。

 しばらく見て回った後、2人は小休止のため、近くのレストランに立ち寄っていた。

「ふう。何だかいろいろ歩き回っちゃったね。」

 ちはやは椅子にもたれかかり、水希もコップの水を口にしていた。

「アハハハ。少しは元気になったかな、ちはやちゃん?」

「えっ?・・そういえば・・大丈夫、かな・・アハハ・・」

 水希に問いかけられて、思わず照れ笑いを浮かべるちはや。

「あたしが思うに、由記ちゃんはいろいろ思いつめてるだけだと思うよ。でもどんな悩みだって、時間がたてたスッキリしたりするんだよね。」

「水希・・・」

「だからちはやちゃんはじっと待っていれば、由記ちゃんのほうから笑顔を見せてくれるよ。」

 水希の言葉にちはやは素直に喜んだ。由記に対する思いを強め、ちはやは一途の決意を胸に秘めた。

「あっ!いけない!」

「う、うわっ!ど、どうしたの!?」

 突然ちはやが大声を上げ、水希が驚く。

「今日はあたしが夕食当番だった〜・・買出しに行ってこないと・・・」

 困り顔を見せるちはやに、水希は思わず笑みをこぼした。

「もう、しょうがないなぁ。この際だからあたしも付き合っちゃうよ。」

「ホント、ゴメンね、水希。またまた迷惑かけちゃって。」

 苦笑いするちはやに、水希はウィンクして答えた。

 

 小休止を済ませた後、ちはやと水希はスーパーでの買い物を済ませた。今夜は由記を励ます意味も込めてカレーを作ることにした。

 買い物を済ませた2人は、寮に向かうこととなった。自宅から通っている水希だが、途中までちはやを送ることにした。

 時刻は6時を過ぎていて、夕日も見えなくなり始めていた。

「もうこんな時間・・由記、待ってるだろうなぁ・・」

 既に帰宅している由記を気にして、ちはやがため息をつく。そんな彼女を横目で見て、水希は笑みをこぼしていた。

 そのとき、人気のない道を通りがかろうとした2人の耳に、不気味な音が響いてきた。その音に2人は緊迫を見せる。

「な、何、今の音・・・!?」

 その音に思わず声をもらす水希。周囲に誰かいるようには見えなかったが、何かが近くにいることを彼女たちは予感していた。

 そのとき、水希は上から何かが落下してくるのに気付き、上を見上げた。すると筒状の何かが2つ落下してきていた。

「危ない!」

 水希はとっさにちはやを突き飛ばした。しりもちをついて顔をゆがめるちはやの前で、彼女をかばった水希がカプセルに閉じ込められる。

「み、水希!?」

 ちはやがとっさに立ち上がり、水希を閉じ込めているカプセルに駆け寄る。2人とも必死に叩いたり揺すったりするが、カプセルはビクともしない。

「ウフフフ。ムダよ。それはそんなものじゃ破れないわよ。」

 そこへ1人の女性が姿を見せてきた。黒髪の女性、友香である。

「あ、あなたは・・・!?」

 ちはやと水希が友香の登場に眼を見開く。2人の様子を見て、友香は妖しい笑みを浮かべていた。

「まさか1人かばわれちゃうとはねぇ。でもそういう意外な展開も面白くなっていいんだけど。」

「な、何を言って・・・!?」

「さて、あなたの苦痛の舞、じっくり見せてもらうわよ。」

 友香が水希に向かって声をかけ、指を鳴らした。すると水希を閉じ込めているカプセルから透明な液体が降り注いできた。

「な、何、これは・・・あぐっ・・!」

 不安の色を見せていた水希が、突如顔を歪めた。のど元に手を当てて、息苦しさをあらわにする。

「水希!・・何だって言うのよ、これは!?」

 水希の苦悶を目の当たりにしたちはやが友香に問い詰める。しかし友香は妖しい笑みを崩さない。

「言った通りよ。これはあの子の苦痛の舞。私の罠に堕ちたあの子は、死に向かって舞い踊っているのよ。」

「ふざけないでよ!今すぐ水希を出して!」

 言い放つちはやに、友香は笑みを強める。

「何を言っているの?せっかく罠に陥れた相手を、わざわざ助けてやるなんてバカなことするわけないでしょ?」

 あざ笑う友香の言動に、ちはやが苛立ちをあらわにする。その間にも、水希はカプセルの中で悶え苦しんでいた。

「水希!・・水希、しっかりして・・!」

 ちはやの呼びかけを受けて、水希が苦悶の表情を浮かべながら答える。

「ちはやちゃん・・お願い・・逃げて・・・」

「水希・・・ダメだよ!水希を置いて逃げるなんて・・・!」

「うく・・ぅぅ・・このままじゃ、ちはやちゃんまで捕まっちゃうよ・・・あ、あたしに構わずに・・・」

 体を蝕む激痛にさいなまれながらも、水希が必死にちはやを促した。だんだん死に向かっていくことを実感しながらも、彼女は笑みを作っていた。

「ちはやちゃん・・・由記ちゃんと・・幸せに・・ね・・・」

「水希・・・!?」

 水希が口にした囁きに、ちはやは眼を見開いた。その直後、水希の右手がだらりと下がり、瞳から生の輝きが消えた。

 彼女の死期を予感していたかのように、水希を入れているカプセルの中に、黒茶色の煙があふれた。

 そしてカプセルが開け放たれ、中から煙があふれ出し、黒茶色に染まった水希が出てきた。

「水希・・・水希!」

 ちはやが驚愕して、動かなくなった水希に声を荒げる。友香の力に陥り、水希は固められて命を奪われた。

「ウフフフ。悲しんでいる場合じゃないわよ。次はあなたの番よ。」

 笑みをこぼす友香が、悲しみにくれていたちはやに迫ろうとしていた。

 

 生徒会会議を終えて、由記も帰路についていた。だが彼女は寮には向かわずに街にやってきていた。

 通りがかった街中の電化製品店にあるテレビを通じて、由記はとあるニュースを眼にしていた。

“1週間にわたる変質殺人事件が、昨日午後9時ごろ、福音町内にて発生しました。被害者は今回で10人目となり、警察は犯人の捜索を急いでいます。”

 ニュースは連続殺人事件に関する報道を行っていた。被害者は全員女性で、いずれもタールで全身を塗り固められて殺害されていた。

(このやり方・・・もしかしてあの怪物や、フォースという人たちが関係しているのでは・・・!?)

 この事件性に、由記は怪物の暗躍を予感していた。

「水希!」

 そのとき、由記の耳にちはやの悲痛の声が届いた。由記の近くからではない。彼女のフェイトとしての鋭い聴覚が、遠くにいるちはやの声を捉えたのだ。

(ちはやの声・・・もしかして、ちはやが・・!?)

 不安を覚えた由記が、たまらず声のしたほうへと駆け出した。ちはやの悲鳴が次々と由記の耳に入ってきていた。

 由記は迷わずに真っ直ぐその場所へと向かった。そして街から少し外れた裏路地で、彼女はちはやを発見する。

 ちはやは眼に大粒の涙を浮かべて、悲観に襲われていた。そしてその周りには、妖しく微笑む女性と、黒茶色に固まっている水希の姿があった。

「水希ちゃん・・もしかして・・・!?」

 固められた水希を目の当たりにして由記が驚愕する。だが、悲観しているちはやに向かって、カプセルが落下してきていた。

「ちはや、逃げて!」

 とっさに由記が呼びかけ、その声にちはやが我に返る。上を見上げた途端に驚愕を見せるちはやに向かって、由記が飛び込んできた。

 由記のとっさの飛び込みで、ちはやは友香の罠から逃れることができた。

「ちはや、大丈夫!?」

「ゆ、由記・・・由記!」

 由記の姿に気付いた途端、ちはやは涙ながらに抱きついてきた。

「由記・・水希が・・水希が!」

 ちはやの言葉に由記は沈痛さをかみ締めるしかなかった。しかし水希に対する悲しみにくれている状況でもなかった。

 友香が再び指を鳴らすと、死出の導きを施すカプセルが由記とちはやに迫ってきた。

「ちはや、こっち!」

 由記はちはやの腕をつかんで、全速力で駆け出した。続々とカプセルが2人を狙うが、2人を取り込むことができないでいた。

 友香の姿が見えなくなるまで、由記とちはやはひたすら走り続けていた。

 由記はひとまずちはやを安全な場所に運んでから、フェイトとなって友香と敵対することを視野に入れていた。しかし友香の能力と神出鬼没さのため、離れ離れになるのは双方極めて危険であった。

(どうしよう・・このままだとずっと危険なままだわ。せめて誰かいてくれたら・・・!)

 黎利が天音がそばにいれば、ちはやを任せて戦いに望めるはずだった。

 そのとき、由記とちはやの動きが突然止まる。何かに足を押さえつけられたような感覚を覚え、2人が足元を見る。

 足元にはどす黒い粘液がばら撒かれており2人の動きを止めていたのだ。

「あ、足が動かない・・何なのよ、コレ・・・!?」

「まさか、これもあの人の・・・!?」

 ちはやが声を荒げ、由記が驚愕を覚えた瞬間だった。2人の左右からカプセルが迫り、2人を閉じ込めた。

「し、しまった・・!」

「ウフフフ。やっと捕まえた。」

 愕然となる2人の前に現れた友香が哄笑をもらす。

「ますますいい感じといったところね。私が思ったとおりに罠にかかってくれるんだから。」

「この液体も・・あなたが・・・!?」

 由記が問い詰めると、友香は満足げに頷いてみせる。

「その粘液は一時的に相手の動きを止める効果があるのよ。でも私の本来の力と比べると、私の意志ですぐに効果が途切れてしまうのよ。こんな感じでね。」

 そういって友香が意識を傾けると、粘液の粘着質が消えて、由記とちはやの足の自由が利くようになる。しかし2人はカプセルに閉じ込められてしまっていて、動きを封じられていることに変わりはなかった。

「そしてそのカプセルこそが、私の最大の力であり、私の心を満たしてくれるものでもあるのよ。」

 友香が言い放って指を鳴らすと、水希を死に追いやった液体がカプセル内に流れ込んできた。その液体にちはやが愕然となる。

「イ、イヤ・・早く出ないと、死んじゃうよ・・・!」

「えっ・・!?」

 ちはやの言葉に由記も驚きをあらわにした。カプセルを伝って流れ落ちてくる液体に触れて、その正体を確かめる。

「油っぽい・・いいえ、ただの油じゃない!・・石油・・タール・・!?」

「ピンポーン♪正解。」

 液体の正体を知った由記に、友香が笑顔で答える。カプセルに流し込まれ、閉じ込めた相手を死に至らしめる液体は、石炭や石油を原料としたタール液だった。

「私の力は相手をカプセルに閉じ込め、その相手をタール液で固めるものよ。私のタール液は透明の液体だけど、吸い込んだりしたら体を蝕むわよ。」

 友香がそう告げた瞬間、由記とちはやが息苦しさを覚え、顔を歪める。

「い、いけない!・・液が充満してきた・・・!」

「何とか・・何とか脱出しないと・・アハァッ!」

 カプセルに満たされていくタール液とその毒性に、由記とちはやがあえぐ。悶え苦しむ2人の姿を見て、友香が歓喜の笑みを浮かべる。

「そうよ、その調子よ!そうやって苦しみ、だんだんと死んでいく姿が、私の心を満たしてくれるのよ!」

 満面の笑みを見せる友香の前で、由記とちはやの苦悶は続く。その中で由記は打開の糸口を必死に探っていた。

(このままじゃタールに体を侵されて死んでしまう!・・何とかしてここから抜け出さないと・・・!)

 決死の由記が、カプセルを叩いて打ち破ろうとした。しかしカプセルは固く、ヒビさえつけることもできない。

「ムダよ。私のカプセルは防弾ガラス以上の強度よ。私のようなすごい力を持っていないと、抜け出すことはできないわよ。」

(すごい力・・・フェイトの力なら・・・!)

 友香の言葉に思い立った由記が、苦しみ続けているちはやを抱きとめながら、全身に力を込める。フェイトにならなければ、2人とも命はない。

 だが、覚悟を決めた由記の姿がフェイトへと変わらない。

(変身、できない・・・!?)

 自分の意思に反してフェイトへの変身ができないことに、由記は愕然となった。2人は刻一刻と死へと近づいていた。

 

 

次回

第12話「別れ」

 

「あなただけは、絶対許さない・・・!」

「どうして・・どうしてこんな・・・!?」

「あなた1人なんですね、由記さん。」

「どんなことがあったって、あたしは由記を信じてる・・・」

「・・さよなら・・ちはや・・・」

 

 

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