ガルヴォルスFate 第10話「ワームホール」
この日の生徒会の会議や集合がなく、自宅に戻ってきていた黎利。
彼女は資産家の娘として育ってきたが、両親は事故で亡くなっている。現在は彼女1人だけが住んでいる。
邸宅は1人で暮らすにはあまりにも広く感じてしまうものだが、黎利はそのような違和感は感じていなかった。
「ふう。今日も1日ご苦労さんでしたっと。」
自分の部屋に戻った黎利が、机にバックを置きながらひとつ息をつく。
邸宅の中の部屋の1つでありながら、この部屋はそれにふさわしくない装いがなされていた。少し散らかっていて、部屋の脇には中型のテレビが置かれていた。
黎利はリモコンを手にして、テレビの電源を入れる。この時間、テレビはニュースが流れていた。
“今日午前11時ごろ、国際観測所は地球からおよそ14億kmの地点に、小規模のワームホールの発生を確認したと報告いたしました。”
「ふうん。ワームホールかぁ・・」
ニュースを耳にして、黎利が感心の声を上げる。
ワームホールは、宇宙の2点間を結ぶトンネルであり、物体を吸い込むブラックホールと、その出口と考えられているホワイトホールで構成されている。
ワームホールは時空のトンネルであるという説も上がっており、これを通ることでタイムトラベルができるとも言われている。タイムマシンの原理にも導けるという考えもあるが、タイムトラベルができるという根拠がなく、実現不可能な仮定が挙がっているため、ワームホールの時間説は認められていない。
そのワームホールが、今またその姿を現したのだった。
「夢みたいな話だけど、今のところ、まだ夢物語ってところかな・・・」
ニュースを見る黎利が、気のない態度で感想を呟いた。
街中でフォースの1人、美冬と遭遇した由記。2人は人気のない草原に来ていた。
「ここなら誰も人はいない・・・私としても存分に戦えるし、あなたも気に病むこともないでしょう。」
美冬が上品に振る舞い微笑む。しかし由記は深刻な面持ちを変えない。
「さて、あまりおしゃべりを続けるのはよくありませんわよね。そろそろ始めましょうか。」
「あなたたちは、私がフェイトだから狙うのでしょう?なぜ私を!?・・なぜフェイトが、忌まわしき存在とされているの・・・!?」
由記が問いかけると、美冬はこれを愚問に感じ、哄笑をもらす。
「あなた、本当にあなた自身のことを・・フェイトのことを知らないのですね・・いいでしょう。この際ですから教えてあげましょう。」
笑いを抑えつつ、美冬は由記の疑問に答える。
「宇宙に開いた穴、ワームホールが発見されたことはご存知ですか?」
美冬の質問に由記は頷かない。知らないものと察して、美冬は話を続ける。
「ワームホールは、ブラックホールを入り口、ホワイトホールを出口としている空間トンネルのことです。ブラックホールに吸い込まれたものが、時間と空間を通り抜けてホワイトホールから出てくるのです。」
「それとフェイトとどういう関係が・・・!?」
「今、宇宙に現れているワームホールの穴は、出口のホワイトホール。でもその先には、巨大なエネルギーの塊が点在しているのよ。ひと目見れば隕石や流星の類だけど、固体物質の全くない本当のエネルギー体なのよ。」
説明する美冬から次第に笑みが消える。
「そのエネルギーはフェイト、あなたの持つ驚異的な力に引かれているのよ。」
「・・私に・・・!?」
美冬の言葉に由記は耳を疑った。美冬の顔に苛立ちがあらわになる。
「まるで磁石のそばにある鉄のように、エネルギーはあなたに導かれ、最後には衝突する。でもそのそれは同時に、この世界の破滅も意味しているのですよ。
「ウソ・・・」
「あなたはこの世界のために存在してはならないのよ。」
「ウソよ・・・」
「あなたを滅ぼさなければ、この世界が滅びることになるのよ。」
「ウソよ!」
美冬の言葉を、由記は悲痛さをあらわにしながら否定する。
「私が世界を滅ぼす存在!?・・宇宙からのエネルギーが私に引かれてる!?・・・冗談じゃない・・冗談じゃないわ!」
愕然さを込めた憤りをあらわにする由記の顔に紋様が浮かび、彼女の姿を怪物へと変える。
「そう。冗談ではありませんのよ。あなたにとっても、私たちにとっても・・・」
低く告げる美冬の顔にも紋様が走る。彼女も怪魚の怪物へと姿を変え、由記と対峙する。
「南城由記さん、あなたの体と一緒に、忌まわしい運命を凍てつかせてあげますよ。」
美冬が妖しい笑みを浮かべ、具現化した槍を振りかざす。巻き上がる旋風に冷気が混じり、草原が白く凍てつき始める。
由記は背中から翼を広げて、地表を這う凍結を回避する。だが飛び上がった彼女を、美冬が槍を構えて飛び込んできていた。
由記は具現化した剣で槍を受け止めるが、力負けして突き飛ばされる。突き出ていた氷に激突した彼女があえいで吐血する。
それでも必死に抗おうとする由記の顔の横の氷に、美冬の槍が突き立てられる。完全に美冬に追い込まれ、由記が毒づく。
「あなたは自分の力を十分に扱いきれていない。あなたのような相手、私だけで十分ですわ。」
勝利を確信した美冬が笑みをこぼす。そんな彼女を突き飛ばし、由記は体勢を立て直して距離を取る。
「あくまで自分は生き延びたいと・・世界が滅びようと、あなたは生きたい・・そう考えているのですね・・・!?」
苛立ちの言葉を投げかける美冬が槍を振りかざし、冷気を帯びた旋風を吹き付ける。その風力に由記は吹き飛ばされる。
体勢を立て直そうとする由記に詰め寄り、美冬が槍を突き立てる。槍の刃は由記の左肩に突き刺さる。
「がはっ!」
体をえぐられる激痛にあえぐ由記。槍を突き立てられた肩から鮮血が飛び散る。
痛みに耐えられなくなった由記の姿が人間へと戻る。傷ついた肩を押さえて激痛に顔を歪める。
「痛いでしょう。苦しいでしょう。いつまでもこのような不快感を味わい続けるのは辛いでしょう。」
断末魔の苦悶をあらわにしている由記を見下ろして、美冬が言い放つ。
「私は哀れみ深い性格でして、あなたがそのように辛そうにしているのを見過ごすことはできません・・その痛み、私が取り除いて差し上げますわ。」
美冬が左手をかざし、由記に向けて吹雪を放つ。激痛と悪寒にさいなまれる由記の体が次第に凍り付いていく。
凍結によって神経が麻痺し、痛みが感じなくなっていく。同時に由記は脱力し、表情が虚ろになっていく。
やがて体を包み込んでいく凍結が全身に行き渡り、由記は完全に氷塊の中に閉じ込められた。ほつれた制服を身にまとった虚ろな表情の女子高生の氷漬けを見つめて微笑み、美冬は人間の姿に戻る。
「そういう何も考えない、何も感じないその姿・・私にはとてもたまりませんわ。」
歓喜の笑みをこぼしながら、美冬は由記を閉じ込めている氷塊の上に乗る。
「そしてその氷を粉々に砕くのもたまらないのですわ。飛び散る氷の欠片の1つ1つがきらめいて、それがとても美しい輝きを放つのですよ。」
未だに具現化が解かれていない槍を手にして、美冬が由記にとどめを刺そうとしていた。
(どうしたのかな・・私の体・・・)
薄らいでいく意識の中で、由記は胸中で呟いていた。
(痛みを感じない・・・体が凍り付いているせいかな・・それとも、これから死んでしまうということ・・・?)
彼女の眼には、淀んだ異空間が広がっているように見えていた。
(ダメだよ・・だって、私が死んだら、ちはやや黎利さん、みんなを悲しませることになるから・・・)
由記の中に、死に抗おうとする気持ちがふくらみ始めた。
(だから・・私はまだ死にたくないのよ・・!)
力を抜いていた手を強く握り締める由記。彼女の姿が再び怪物の姿へと変貌した。
氷漬けにした由記にとどめを刺すべく、美冬は槍を振り上げた。その瞬間、槍を突き立てていないにもかかわらず、氷塊に亀裂が入った。
「えっ・・・!?」
突然の出来事に眼を疑う美冬。亀裂はさらに広がり、ついには氷塊が崩壊を引き起こす。
美冬は跳躍して後退する。その眼前で、凍結から解放された由記が慄然と立ちはだかっていた。
「まだ、こんな力が残っていたというのですか・・・!?」
由記の驚異的な潜在能力に、美冬は驚愕を覚える。由記は彼女に鋭い視線を向けていた。
「私はまだ死にたくない・・私のせいで世界が滅びることになるとしても・・・!」
由記が美冬に低い声音で言い放ち、剣を出現させて握り締める。
「・・・ウフフフ。ずい分身勝手な言い分ですわね。世界よりも、自分の命が大事だって言うんですから。」
「私がいるだけで世界か滅びるっていう運命のほうが身勝手よ。私はそんな運命を信じない。私が最後まで否定する。」
哄笑をもらす美冬に、由記が決意を口にする。
「あなたに否定はできません。運命からも、私が与える死さえも!」
美冬も再び怪物へと姿を変える。2人はそれぞれの武器を握り締めて飛びかかる。
由記の剣と美冬の槍がぶつかり合い、その衝動が凍てついた草原を揺るがす。しかし激しい衝突の中で、美冬が先に毒づく。
(な、何なの、この力は!?・・・どんどん上がっている・・・!?)
彼女は感情とともに高まっていく由記の、フェイトとしての力に押され始めていた。必死に抵抗の手段を見つけるべく、彼女は思考を巡らせる。
(このまま真正面から対抗しても、勝ち目はありません!・・かくなる上は・・・!)
勝ちを求めた美冬は冷気の風を巻き起こし、再び由記を凍てつかせようと目論む。たが由記は背中の翼を広げ、冷気を相殺していった。
「そんな・・私の冷気が・・かき消されるなんて・・・!?」
力においても能力においても打ち負かされた美冬が愕然となる。そこへ由記が剣を振りかざし、美冬の槍を叩き落す。
脅威を抱きながら、由記から後退していく美冬。そんな彼女に追撃は加えず、由記は剣を放り捨てて人間の姿に戻る。
「どういうつもりですの!?・・・私を倒さないつもりなのですか・・・!?」
「・・・怯えているあなたに容赦なくとどめを刺すほど、私は非情ではない・・・」
沈痛の面持ちの由記の言葉に、美冬はあざけるように思わず笑みをこぼす。
「甘い・・甘いですわ・・今のようなあなたのその甘さが、今後のあなたの命取りとなるのですよ・・・」
「それでも、私は・・・」
「いいでしょう・・今回は私の負けにしておいてあげます。でも次に私たちと戦う際に、後悔しないようにしておきなさい。」
美冬はそう言い残すと、跳躍して由記の前から姿を消した。相手の脅威が去り、由記は緊迫を解いた。
(私にもよく分からない・・・あのフォースって人たちのほうが、私のことを知っているのかもしれない・・でも私の命は、私がどうするかは私が決める・・確信の持てない運命なんて、私は信じない・・・!)
自分の身に降りかかる運命を不条理と捉え、由記はその運命に抗うことを心に決めた。そしてその運命に、決してちはやを巻き込んではならないことを心に決めた。
フェイト、由記との戦いに敗北を喫した美冬は、フォースの集合場所に帰還した。その部屋には彼女に心配の面持ちを見せてきた萌と、彼女の敗北に呆れながらも笑みをこぼしていた千夏がいた。
「あらあら。これは手痛くやられたものねぇ。1人で行くなんて大口叩いちゃうから・・」
「うるさいわよ、性悪女!」
からかってくる千夏に憤慨する美冬。今の美冬には、普段の上品な振る舞いは微塵もなかった。
「これでもう分かったでしょう?フェイトは強がって勝てるほど甘い相手ではないということが。」
「私は強がりも油断もしていませんわ!自分の力を満足に扱えなかったはずのフェイト、負けることはなかったですわ!」
「それがお前の敗因だ。」
なだめる千夏に反論する美冬に、部屋に戻ってきた姫女が口を挟んできた。
「あら、姫女、今おかえりなの?」
千夏が声をかけるが、姫女は彼女に眼もくれず、美冬に呼びかける。
「フェイトが力を扱いきれていないと思い込み、勝ちを得たと思い込んでいた。お前はフェイトの力を侮りすぎた・・・」
姫女の淡々とした態度の言葉に、美冬と、姉が心配で気が気でない萌も反論できないでいた。
「これからは団結してフェイトを倒すべきだ。フェイトを滅ぼさねば世界が滅びる。手段を選んでいる状況ではないのだぞ・・・」
「ウフフフ。でもまだ少しぐらい、遊戯の時間はあると思うけど。」
千夏が口にした言葉に姫女が眉をひそめる。
「千夏、何を企んでいる?」
「私の知り合いが、そろそろ福音町に来る予定でいるから。彼女にフェイトを始末してもらおうと思ってね。」
姫女の疑問に千夏が妖しく微笑んで答える。
「彼女は相手を陥れることと、相手が悶え苦しむことを喜びにしている最悪の性格をしているからね。フェイトのことを話したら、どうやって陥れてやろうって笑っていましたよ。」
千夏も笑みをこぼして周囲の反応をうかがった。しかしこの話による反応は姫女も美冬たちも見せてはいなかった。
「彼女は自分の目的や快楽のためだったら、どんな手段でも使うからね・・・」
そう告げると、千夏は部屋から出て行った。
人気のない郊外の通り。月が雲で隠れている今、街灯だけが暗闇を淡く照らしていた。
その明かりに照らされているにも構わずに、通りを必死に駆け抜けていく1人の女子がいた。福音大付属高校の制服を身につけたツインテールの少女である。
少女は後ろに眼もくれず、ひたすら駆けていた。何かから逃げるように。
やがて息が絶え絶えとなり、少女は足を止める。彼女を駆り立てる何かは、追いかけてきている様子はなかった。
だがそれは彼女の錯覚だった。
突如筒状の物体の一部が2つ出現し、疲れきっている少女を閉じ込めた。
「えっ!?何っ!?」
驚愕を見せる少女が物体を押しのけようとするが、カプセル状となった物体は微動だにしない。
「ウフフフフ。やっとハマってくれたようね。手間がかかったけど、罠にかかったこの瞬間がたまらないのよね。」
少女が見つめる暗闇の中から、1人の女性が現れた。長い黒髪の中背の女性である。
女性はカプセルに閉じ込められて困惑している少女を見つめて、女性は妖しく微笑む。
「何なの、コレ!?・・ここから出して!」
少女が助けを求めると、女性は哄笑を上げる。
「何を言ってるの?せっかく罠に陥れたのに、助けたら意味がなくなっちゃうじゃないの。これからあなたには私のために苦しんでもらうわよ。」
女性は言い終わると、指を鳴らした。その直後、少女を入れているカプセルの上から透明な液体が流れ落ちてきた。
カプセルを伝って液体が落ちてきた直後、少女が苦悶の表情を浮かべる。息苦しさを覚えて苦しみ、時折咳き込みだす。
「さぁ、その調子でどんどん苦しむのよ。死の罠に落ちたあなたの悶え苦しむ姿が、私の心を満たしてくれるのよ。」
歓喜に湧く女性の前で、少女は苦痛にあえぐ。やがて体から力が抜け、少女は両手を胸に当てた格好のまま動かなくなる。
「あら?もう終わりなの?もう少しもがいてくれると思ってたんだけど・・仕方ないわね。」
女性がため息をついて肩を落とした後、再び指を鳴らした。すると少女の足元から黒茶色の煙が吹き上がり、カプセルの中を包み込む。
煙が満たされた直後、カプセルは開かれて消失する。充満していた煙の中から、全身が黒茶色に染まった少女が現れた。少女は胸に手を当てた格好のまま硬直し、煙を浴びて固まってしまったのだ。
「でも、けっこういい感じに固まってくれたからよしとするか。」
女性は微笑みかけて、像となった少女を背にして姿を消した。
これが、最悪の事態への幕開けだった。
次回
「由記、あたしのこと、嫌いなの・・・?」
「ちはやだけはこれ以上、私に深く関わってほしくない・・・」
「やっと捕まえた。」
「ちはや、逃げて!」
「あなたの苦痛の舞、じっくり見せてもらうわよ。」