ガルヴォルスFate 第9話「心の在り処」

 

 

 文化祭も終わり、学校はいつもと変わらない平凡な生活へと戻っていた。

 放課後の女子サッカー部は、冬の大会に向けて練習の連続だった。ちはやも天音も猛練習に余念がなかった。

 そんな中のゲーム練習でのことだった。

 ちはやがボールを受けたところへ足がかかり倒される。その拍子は彼女は足に痛みを覚えた。

「ちはや、大丈夫!?」

 足を押さえているちはやに、天音が駆け寄ってくる。

「だ、大丈夫ですよ、先輩。こんなの少し休めば何ともないですよ。」

 ちはやが心配かけまいと笑顔を見せようとする。だが天音や水希には、とても安心できるように思えなかった。

「自分では大丈夫だと思っている怪我も、放っておいたら危ないこともあるのよ。今日はもういいから、すぐに保健室で診てもらって、病院にも行きなさい。」

「で、でも・・・はい。分かりました・・」

 天音の言いつけに、ちはやは渋々従うことにした。

「あたしも一緒に行きます。ちはやに肩を貸します。」

 水希が天音に肩を貸しながら呼びかけると、天音と部長は頷いた。

 

 フェイト打倒を目的としているフォースの1人である姫女。彼女は今、福音総合病院を訪れていた。

 この病院には、彼女の弟が入院している。弟は心臓病で、医者の看護を受けて病院での治療を続けているのだ。弟想いの姫女は、この日も見舞いに来ていたのだ。

 かつて軍部に身を置いていた姫女だが、彼女にとって弟が生きがいとなっていた。

「姫女さん、こんにちは。今日も見舞いですね。」

 ナースが姫女に笑顔で声をかけると、姫女も微笑んで答える。

「はい・・今、大丈夫ですか?」

「えぇ。今、起きた頃ですから。」

 笑みを見せあいながらのやり取りを終えると、ナースは姫女の前から立ち去っていった。彼女を見送ってから、姫女は行く当ての病室の前に立ち、ドアをノックする。

「どうぞー。」

 すると中から幼い少年の声が返ってきた。姫女は微笑んで、病室のドアを開いた。

 個室の病室のベットに、1人の少年が上半身だけを起こしていた。少年は入ってきた姫女に振り向くや、満面の笑顔を見せてきた。

「お姉ちゃん、また来てくれたんだね。」

「あぁ。私はいつでもお前の味方だ。」

 慕うような心境を見せる少年に、姫女は笑顔を見せる。彼が彼女の弟、辻谷ケンである。

 フォースとしての責務に明け暮れる日々の中、姫女はケンの見舞いに来ることを唯一にして最大の安らぎとしていた。常に張り詰めた空気の軍人時代とフォースにおける戦いの中で、彼女にとって弟との対話は彼女の心を休ませる場所になっていたのだ。

「ケン、気分はどうだ?どこか辛いところとかないのか?」

「今は大丈夫だよ、お姉ちゃん。リハビリとかして、ちょっとずつ体を慣らしたいと思ってるんだよ。」

「・・気持ちは分かるが、あまり急ぎ足になることはない。ゆっくり治していけばいい・・時間はいくらでもあるのだから・・・」

 姫女の言葉を受けて、ケンは笑顔で頷いた。しかし彼の笑顔はすぐに物悲しいものへと変わっていった。

「でも、あんまりお姉ちゃんに迷惑とか心配とかかけたくないし・・自分だけでも頑張れないといけないと思うから・・・」

 不安を口にするケンに、姫女はひとつ吐息をついてから答える。

「いいんだよ。お前は私にいくらでも迷惑をかけていいんだ。お前に迷惑をかけられることが、私には喜ばしいことなんだ。」

「でも・・・」

「お前といるこの時間が、私を励ましている・・お前が私に甘えてくれることが、私の心を癒してくれているんだ・・お前だけが・・私の心を支えているんだ・・・!」

「お姉ちゃん・・・」

 姫女の切実な思いに、ケンは笑みをこぼした。

「お姉ちゃんにはとても感謝してるよ・・・ありがとう・・・」

「私も感謝しているよ、ケン・・・」

 互いに感謝の言葉を掛け合う姫女とケン。このひと時が、2人にとって最愛の瞬間だった。

 

 その頃、サッカー部の練習で足を痛めたちはやは、水希に支えられながら病院を訪れていた。保険医から応急措置をしてもらったが、念のため病院で診てもらったほうがいいと言われたのだ。

「もう、先生もオーバーなんだから。ホントに少し休めば何ともないって言うのに。」

「でもこの際だから、念入りに調べてもらっちゃおうよ。」

「コラ、水希!あたしはそこまで凡骨にできてないわよ!」

 水希のからかいにちはやがムッとなる。くだらない冗談を口にしながら、2人は受付へと向かった。

 医者に診てもらったところ、軽い捻挫だった。そんなに気にすることではなかったと、ちはやは笑みをこぼしていた。

「だから言ったじゃないの。あたしのことはあたしが1番よく分かってるってことよ。」

「分かった。分かりましたよ。今回はちはやちゃんの勝ちだよ。」

 自信を持って言い放つちはやに、水希は肩を落とすしかなかった。

「さて、気晴らしにどこかで食べていこう。これじゃホントに不完全燃焼だよ。」

「その前に、部長や天音さんへの連絡が先だよ。みんな心配してないわけじゃないんだから。」

 両手を握り締めて意気込むちはやに、水希が気のない声をかける。ちはやが水希の言葉に従い、携帯電話を取り出したときだった。

 慄然とした空気を放っている女性が、受付と話を終えてこちらに向かってくるのを眼にしていた。そして互いに眼が合うと女性は唐突に立ち止まった。

「・・どうした・・・?」

「あ、いいえ・・ちょっと眼が合っちゃっただけで・・・」

 女性、姫女が訊ねると、ちはやは戸惑いを覚える。

「あの・・どこか悪いところでも・・・」

「えっ?・・いや、私は見舞いだ・・・」

 ちはやの問いかけに、姫女も戸惑いを覚えながら答える。

「見舞い、ですか・・・?」

「あぁ・・弟が入院しているんだ・・今日も見舞いでここに来たんだ・・」

 姫女の言葉にちはやは困惑を抱えたまま頷く。

「もし、よかったらあたしも弟さんに会ってもいいですか?」

「えっ?君が?」

 ちはやの突然の申し出に姫女が眉をひそめる。

「実はあたし、子供の頃に、少しでしたけど入院してたことがあって・・そこで一生懸命にリハビリをしてる子供がいて・・あたし、その頑張りにすごく励まされたんです。だから、あたしが弟さんに元気付けてあげようと思ったんですけど・・・いけないですよね・・・」

「・・・いや、構わないよ。ケンも分かってくれるだろう・・」

「いいんですか・・・ホントに申し訳ありません。」

「いいよ。案内するよ。」

 姫女が振り向くと、ちはやは微笑む。ところが水希の言葉を思い出し、ふと足を止める。

「ゴメン、水希。水希から部長たちに連絡入れておいて。」

「えっ!?ち、ちょっと、ちはやちゃん!」

 慌てふためく水希が呼び止めるが、ちはやは姫女と一緒にこの場を後にしてしまった。

「・・もう、しょうがないんだから、ちはやは・・・」

 諦めの面持ちを浮かべる水希が、ちはやに代わって連絡を入れたのだった。

 

 ちはやを連れて改めて病室に向かうこととなった姫女。病室に向かう廊下で、ちはやが唐突に声をかけた。

「そういえば、お名前まだ聞いていなかったでしたね・・」

 ちはやの質問に、姫女は顔色を変えずに答える。

「私は辻谷姫女だ。君は?」

「あたしは沢北ちはやです。」

 互いに自己紹介を終えると、姫女がちはやに手を差し伸べた。

「これも何かの縁だろう。私のことは姫女でいい。」

「あたしもちはやでいいですよ。」

 互いに自己紹介をした姫女とちはやが、改めて笑みを見せあう。そして2人はケンのいる病室にたどり着いた。

 再びドアをノックして病室に入る姫女。この日再び訪れた姉に、ケンはきょとんとした面持ちを浮かべた。

「あれ?お姉ちゃん、どうしたの?」

 再び現れた姫女に、ケンが問いかけた。すると姫女と一緒にちはやが顔を見せてきた。

「はじめまして。あたし、沢北ちはやって言います。」

 ちはやがケンに自己紹介をして一礼する。

「お姉ちゃんの知り合い?」

「いや。今しがた会ったばかりだ。彼女がお前に会いたいと言い出したので、私が案内したんだ。」

 ケンの疑問に姫女が照れながら答える。姉の話を聞き、ちはやを改めて見つめて、ケンは笑顔を見せた。

「こちらこそはじめまして。僕は辻谷ケン。よろしく。」

「うん、よろしくね、ケンくん。」

 差し出されたケンの手を取って、ちはやは握手を交わす。ちはやの笑顔を見て、ケンも笑顔をこぼした。

「大丈夫だよ、ケンくん。話を聞く限り、ケンくんは一生懸命になってるし、お姉さんがこうしてお見舞いに来てくれる。」

「ちはやさん・・・」

「そしてあたしもこうしてケンくんを見守ることにする。だからきっとよくなるよ・・・」

 ケンを優しく励ましていくちはや。かつて病気に立ち向かって努力する子供たちに励まされた彼女は、同じように努力する子を優しく見守ってあげたいという一途さを抱いていた。

 今回もケンを優しく見守ってあげたい。それがちはやの気持ちを駆り立てていた。

「ありがとう、ちはやさん。僕、もっと頑張るからね。」

「あたしも応援してるからね、ケンくん。」

 互いに言葉を掛け合いながら、絆を深めていくケンとちはや。その親交を見て、姫女も笑みをこぼしていた。

「ちょっと、ちはや、こんなところにいたー。寄り道しないで帰ってこいって、天音先輩カンカンだよ。」

 そこへ水希が現れ、ちはやに不満をぶつけてきた。その言葉にちはやの表情が凍りつく。

「ま、まずい・・天音先輩のカンカンは、あたしたちにはとっても恐ろしいものなのよね・・・」

 次第に不安と恐怖が募り、顔にまで浮かび上がってくるちはや。

「ゴ、ゴメンね、ケンくん、姫女さん。あたし、そろそろ帰るね。」

「あぁ、こちらこそ、私たちのことに付き合わせてしまって・・・」

 姫女も詫びを入れると、ちはやが彼女に笑顔を見せる。

「いいんですよ。あたしが勝手にしてしまったことなんですから、お気になさらず。時間ができたら、また来たいと思ってますので、そのときはよろしくお願いします。」

「あぁ、私のほうこそ、そのときはよろしく、ちはや。」

 改めて握手を交わし、絆を築くちはやと姫女。

「それでは、また。」

「さようなら、ちはやさん。」

 ケンに見送られて、ちはやは水希に引っ張られながら、病室を後にした。

 少し間を置いてから、姫女も言葉を切り出す。

「では、私もそろそろ出かけてくるよ、ケン。」

「お姉ちゃん・・もしかして、また戦いに行くの?」

 病室を出て行こうとしたところでケンが呼び止め、姫女は戸惑いを覚えて足を止める。

「何を言っているんだ、ケン・・私は今は軍人ではない・・・」

「分かってるよ・・でも、軍での戦い以上にすごい戦いをしているんでしょう?」

 ケンの言葉に姫女が困惑を抱えながら振り返る。ケンは沈痛の面持ちで彼女を見つめていた。

「分かってたよ・・お姉ちゃんが、ダイヤモンドの怪物だってこと・・でも僕、それでも全然怖くないよ。だって、どんな姿をしてたって、お姉ちゃんなんだから・・・」

「ケン・・・」

 ケンの言葉に姫女はさらなる困惑を覚える。姉の邪な姿を知っていただけでなく、ケンはそれと向かい合っているのだ。

「ケン・・お前には知られたくなかった・・お前にだけは気付いてほしくなかった・・・」

 悲痛の面持ちを見せる姫女の顔に紋様が走る。ケンの眼の前で、彼女の姿が怪物へと変わる。

「これが・・お姉ちゃんの本当の姿なんだね・・・」

 微笑みかけるケンを、姫女は唐突に抱きしめた。そして彼女の体が純白の光に包まれ、ケンに伝染する。

 姫女の光の影響で、ケンの体が宝石へと変わっていく。

 自分の弟を別の物質に変化させていることにさらなる悲痛さを覚える。しかし未だに微笑みかけているケンの笑顔を見て、姫女は戸惑いを覚える。

「いいよ、お姉ちゃん・・・」

「ケン・・・!?」

「本当は僕、生きる自信がなくなってたんだ・・だから、どんなことになっても、僕は全然構わない・・・」

「ケン・・・!」

「お姉ちゃんにこうしてダイヤモンドに変えられるなら、僕は嬉しいよ・・・」

 喜びをあらわにして、姫女に身を委ねるケン。彼の体は彼女の力によって、下半身が完全に宝石となっていた。

(ケン・・お前は私の正体を知りながら、それでも私を受け入れ、私に全てを委ねようとしている・・・)

 姫女は胸中で悲痛を感じていた。怪物と化している彼女の眼からうっすらと涙が零れ落ちる。

(私は軍人として、敵の動きを常に把握し、生きるために敵を全て滅ぼしてきた。だが・・・!)

 ケンを宝石へと変えていく光が次第に消失していく。

(本当は・・何も分かっていなかったということか・・・)

 愕然となった姫女が脱力し、姿も人間へと戻る。同時に首から上を残すだけとなっていたケンの宝石化が止まり、体も元に戻る。

「お姉ちゃん・・・?」

 突然止まった宝石化に、ケンは呆然となっていた。

「すまない・・ケン、本当にすまない・・・」

「お姉ちゃん・・・」

「分かっていたつもりでいただけだった・・・本当はお前のこと、何も分かっていなかったんだ・・・!」

 戸惑いを見せるケンの前で、姫女はひたすら涙を流していた。軍人として常に非情、かつ気丈に振舞っていた彼女には見せない感情だった。

「お前はいつも私のことを思って笑顔を見せてくれていたが、本当は辛かったのを私に見せまいとしてくれて・・・!」

「違うよ、お姉ちゃん!そんなんじゃ・・・!」

 姫女の切実な思いを受けて、ケンも感情をあらわにする。

「いいんだ、ケン・・辛いことや悲しいこと、何でも私に相談してくれ・・私が、全て受け止めるから・・・!」

「お姉ちゃん・・ありがとう・・・ありがとう・・・!」

 姉の優しさを受けて、ケンは悲痛さを姫女に打ち明けたのだった。

(感謝するのは私だ、ケン・・・お前のいるこの場所が、私の心の在り処なのだ・・・)

 姫女も自分の安らぎの場所を改めて思い知らされ、喜びを感じていたのだった。

 

 生徒会の会議もなく、用事もなかった由記は、街で買い物をしていた。この日の夕食当番である彼女は、下校途中に買出しをしようと思ったのだ。

 スーパーにたどり着き、中に入ろうとしたとき、由記は不気味な視線が自分に向けられていることに気付いて足を止める。

「姫女からあなたのことは聞いていますよ、フェイト・・いいえ、ここでは南城由記さんとお呼びしたほうがよろしいかしら?」

 上品そうな言葉遣いをしてくる少女の声を受けて、由記は緊迫を覚えながら振り返る。そこにはフォースの1人、美冬が笑みを浮かべていた。

「あなたは、フォースの・・・!?」

「本当ならここにいる人たちを全員、凍りつかせてしまってもよろしいのですが、私はそこまで粗暴ではありませんわ。」

 あくまで気丈に振舞ってみせる美冬だが、由記は不快な面持ちを浮かべていた。

「場所を移動しましょうか。あなたが納得するところへ、私を案内していただけますか?」

 美冬の指示に由記は無言で頷く。2人は街から離れ、人目の付かない場所へと移動した。

 

 

次回

第10話「ワームホール」

 

「あなたのような相手、私だけで十分ですわ。」

「ふうん。ワームホールかぁ・・」

「私はまだ死にたくないのよ・・!」

「お前はフェイトの力を侮りすぎた・・・」

「あなたを滅ぼさなければ、この世界が滅びることになるのよ。」

 

 

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