ガルヴォルスFate 第6話「想いの選択」

 

 

 海との意外な接触以来、ちはやの様子がおかしいことに由記は気付いていた。

 授業中は退屈そうにしたり居眠りしたりすることは見られたが、外に眼を向けて物思いにふけることは今までなかった。

「沢北さん、居眠りしないと思ったらボーッとしちゃって・・」

「え・・あ・・す、すいません・・・」

 いつものように注意されているものの、普段のように慌てふためくような反応ではないちはや。

 何をそんなに思いつめているのだろうか。気にはなっていたが、由記はちはやに直接聞けないでいた。

 放課後の女子サッカー部での練習も、的確な動きを見せるも、いつもと比べて集中力に欠ける。由記の眼にはそう見えていた。

「やっぱりどっかが抜けてるって感じするわね、今のちはやは。」

 校庭の脇の道を通りがかっていた由記に、黎利が気さくな態度で声をかけてきた。

「先輩もそう思いますか・・どうしたんでしょうか、ちはやは・・」

「気になるんだったら聞けばいいじゃないの。そんなに躊躇することでもないでしょうに。」

「いえ・・あのフェイトってこと以来、あまりプライバシーに踏み込めなくて・・・」

 由記の口にした言葉に、黎利も深刻な面持ちを見せる。自分のことを明かせない状態にあるのに、他人のことに迂闊に首を突っ込めるわけがない。由記も黎利もどう見解付けていた。

「まぁ、とりあえず様子を見て、危うくなったなら止めればいいさ。あとは向こうから話を持ちかけてくるのを待つか・・」

「そうですね・・2、3日したら、多分ちはやから話を持ちかけてくるでしょう・・」

 淡々とした心境で、由記も黎利もちはやの様子を見守ることにした。

 

 由記が当番だったこの日の夕食、ちはやは未だに物思いにふけっていた。ときどきはしがさまよい、何に手をつけようとしているのか分からない様子だった。

「ねぇ・・由記・・・」

 ちはやが唐突に呟き、由記が聞き耳を立てる。

「あたし・・海先輩に好かれちゃった・・・」

「好かれちゃった・・・って、ええっ!?」

 ちはやが口にした言葉に、由記が驚きの声を上げる。手に持っていた茶碗を思わず落としてしまう。

「それって・・も、もしかして告白・・!?」

 声を荒げる由記に、ちはやは微笑んで小さく頷いた。そして彼女は事のいきさつを話し始めた。

 

 時間はさかのぼって昼休み。購買部でパンとおにぎりを買いに来ていたちはや。教室に戻ろうとして、彼女は体育館の横を通りがかった。

 そこで彼女は、クラスメイトたちとバスケットで遊んでいる海を見つける。足を止めた彼女に気付いて、海もひとまず体を休める。

「ちはやさん、お久しぶりです!」

 海が元気のある挨拶をちはやにかけてきた。ちはやは戸惑いを見せながら、小さく手を振って挨拶に返す。

「ちはやさんの噂は聞いてます!女子サッカー、活躍しているそうですね!」

「は、はい。まぁ・・」

 活気ある海の言葉に、ちはやが照れ笑いを見せた。

「オレ、ときどき女子サッカー部の練習、見させてもらってます!サッカーのことは詳しくは分かりませんが、あなたのプレイには熱意が感じられます!」

「ね、熱意だなんて、そんな・・あたしはただ、楽しく目標を持ってやっているだけです。海先輩も、バスケットをしているときはそうなんでしょ?」

「えっと・・そうですね、オレも・・・」

 ちはやに言葉を返され、海も照れ笑いを見せる。

「オレ、ちはやさんのその頑張りを見て、確信しました!・・オレ、ちはやさんのことが好きになりました!」

「え、ええっ!?」

 突然の海の告白に、ちはやだけでなく、周囲にいた生徒全員が唖然となった。

 あまりに突然のことだったため、ちはやはすぐに答えを出すことができず、気持ちがまとまってから、付き合うかどうか返事をすることになった。海もそれを承諾した。

 しかししばし考えてみてもなかなかまとまらず、ちはやは物思いにふけってしまっていた。

 

「なるほど。海先輩に告白されて、それでどう答えたらいいか分からなくなってるのね・・」

 ちはやの話を聞いた由記が頷いてみせる。が、すぐに困り顔を見せる。

「でも私に相談されても、いい答えは出せないと思うよ。私、彼氏どころか、恋ってものをしたこともないから・・」

「そうなの・・ゴメンね、由記。あたしのために・・・」

 由記の答えを聞いて、ちはやが微笑んで謝る。そして彼女は話を続ける。

「それにあたし、好きな人がもう1人いるんだよね、実は・・・」

「・・もしかして、イブキ先輩のこと?」

 由記の問いかけにちはやは照れながら頷く。

「ねぇ、由記・・イブキ先輩と海先輩、由記だったらどっちがいい?」

「えっ!?私が選ぶの!?」

「だから・・もしもの話だよ・・・」

 驚きをあらわにする由記に、ちはやが弁解を入れる。

「えっと・・・イブキ先輩も海先輩も、元気があっていい人だけど・・付き合っていくとなると・・・」

 ちはやの質問に、由記は考えあぐねていた。このような経験がないため、彼女はどう対処すべきものなのかも見当もつかないでいた。

「とにかく、ちはやの正直な気持ちを海先輩に伝えればいいと思うよ。ちはやが決めたことなら、先輩たちも分かってくれるはずだから・・」

「由記・・・」

 由記の見解を聞いて、ちはやは困惑を隠せなかった。食事を食べ終わり、食器を持って立ち上がったところで、由記がちはやに笑みを向ける。

「それに、選択肢は2つとは限らないということも、覚えておいたほうがいいかもね。」

「えっ・・・?」

 由記が口にした言葉にちはやが戸惑いを見せる。ちはやは自分の胸に手を当てて、改めて考える。

「そうか・・あたしには、選択の限りがないんだよね・・・」

 由記の言葉に励まされたような気分を覚えて、ちはやは決心がついた気がしていた。

(あたしにあるこの気持ちを、あたしは大事にしたい・・・もし間違っていたとしても、取り返しをつければいい・・・)

 

 街中にあるワインバー。地下にあるそのバーはダンスステージも設置され、若い女性たちに大人気だった。

 そのバーに、1人の女性が来店してきた。大人用の黒のスカートドレスを着用しているその長い金髪の女性は、とてもこのバーでダンスをするようには思えなかった。

「お客様、お飲み物は何にいたしましょう?」

 その女性に、ウェイターが声をかけてメニューを見せてきた。しかし女性はメニューに眼を向けない。

「少し騒がしいわね。私には辛いかもしれないわ・・」

 女性がため息をついたことに、ウェイターが眉をひそめる。彼の前で女性の頬に異様な紋様が浮かび上がる。

 楽しいダンスを待っている客たちの中で、女性が不気味な怪物へと姿を変える。無機質とも取れる怪物の体には、凄まじい電撃がほとばしっていた。

「う、うわっ!・・バ、バケモノだ!」

 怪物の姿を見た客たちが血相を変えて逃げ出した。その反応を見て、女性は再びため息をつく。

「人をバケモノ呼ばわりするなんて・・失礼な人たちね・・・」

 女性は右手をかざし、体を帯電していた電撃を放出した。荒々しい磁場に襲われて、逃げ惑っていた女性たちの体が微弱の輝きを帯びた金属へと変化していく。

 女性の電撃の拡散は速く、バーを出すことなく客や店員をことごとく金属の像へと変えていく。電撃が治まったときには、そこはもう賑わいを見せていたバーではなくなっていた。

「これで静かになったわね。騒々しくないのが心が落ち着くというものよ。」

 人間の姿に戻った女性が、周囲をうかがって微笑んだ。バーにいた人々は全員、彼女の力で金属の像と化していた。

「あなたたち、その姿で自分自身の美を堪能して、心を落ち着けるといいわ。」

「あなたもけっこう派手にやってますわね。」

 金属となった人々に語りかけたところで、少女が姿を見せて女性に声をかけてきた。美冬と萌である。

「あまり騒がしくされるよりはいいでしょう?それに、あなたにとやかく言われたくはないね。」

 美冬のからかうような言葉に、女性は淡々と返す。

「あなたたちが私の前に来たってことは、私の勘は間違ってないようね・・ついに、フェイトが現れたか・・・」

 女性の真剣な面持ちでの言葉に、美冬も真剣に頷く。

「多分、この街のどこかにいるはずですわ。他の人を出し抜いてしまってもよろしいのですけど、ひとまず全員合流したほうがいいと思いまして。」

「フン。まさかフェイトが恐ろしくなった、などと馬鹿げたことを考えてるわけじゃないでしょう?」

 女性が不敵な笑みを浮かべてからかうと、美冬が苛立ちの表情を見せる。だがそばに萌がいることを察して、美冬は我に返る。

「お姉ちゃん、こんなところで突っ立ってたってしょうがないよ。千夏さんもケンカしないで。」

 そこへ萌が心配の面持ちで美冬と女性、百合野千夏(ゆりのちか)をいさめる。

「ケンカを吹っかけてきたのはそっちなんだけどね・・・」

 千夏が不機嫌そうに呟くと、美冬がムッとした面持ちを見せる。それから少し、萌が2人の機嫌を取る羽目に陥ってしまった。

 

 それから一夜が明け、ちはやは一途の決心を胸に秘めて学校へと急いだ。朝練習のために1人での登校となったが、緊張を拭えないまま彼女はほとんど眠れなかった。

「ちはや、何だか眠そうよ。大丈夫なの?」

 彼女の様子を見かねた天音が声をかける。ちはやの眼には、寝不足を思わせるくまができていた。

「天音さん・・大丈夫です・・少し考えことをしてたら、眠れなくなっちゃって・・」

 ちはやが苦笑いを浮かべると、天音が呆れた面持ちを浮かべる。

「全く、あなたって人は・・十分に睡眠を取ることも、選手の務めなんだからね。」

「はい。すみませんでした。」

 天音に笑みを作って頭を下げ、ちはやは改めて練習に集中した。

 

 そしてその日の放課後。バスケット部、サッカー部、ともに練習が終わり、部員たちが着替えを終えて下校していく。

 その中でちはやは正門で待っていた。海がやってくるのを待っていたのだ。

 しばらくすると、着替えを終えて帰路につこうとしていた海が通りがかってきた。海は待っていたちはやに気付いて、正門で足を止める。

「あ、ちはやさん!どうしたんですか、ここで?」

 海に声をかけられたちはやが顔を上げる。

「も、もしかして返事をいただけるのですか!?」

 緊張を見せながら訊ねる海に、ちはやは戸惑いながらも小さく頷く。

「場所を変えませんか?ここだと人が多いですし・・」

 ちはやの申し出に海は頷き、2人は正門を離れた。その2人の後を追いかけて、由記と黎利がついてきていた。

「いよいよ告白タイムですねぇ、由記くん。」

「わざわざ見に行くこともないですよ、先輩。見つかったら怒りますよ、ちはや。」

 にやけている黎利に困り顔を見せる由記。2人はさらにちはやたちを追いかけようとしたときだった。

「こんなところで何をやってるの、アンタたちは!」

 そこへ天音が現れ、声をかけられた由記と黎利が足を止めて振り返る。

「あ、天音先輩・・これは、その・・・」

 由記が弁解しようとするのをよそに、天音が彼女の奥にいるちはやと海に眼を留める。

「あれはちはやと、桐生くんじゃないの・・・!?」

 天音が血相を変えて、由記と黎利に合わせてちはやを監視する。何事か詳しくは分からないままだったが、それでもただごとでないと感じて、彼女も事の成り行きを見ることにした。

 やがてちはやと海は近くの広場を訪れた。2人が時計の前で止まったところで、由記、黎利、そして天音は近くの木陰に隠れた。

「ちはやさん、あなたのお気持ちを聞かせてくれますか・・・?」

 海が改まってからちはやに声をかける。影で固唾を呑む由記たちが見守る中、気持ちの整理をつけてからちはやは答える。

「海先輩・・・ごめんなさい・・今は、先輩の気持ちに応えることはできません・・・」

 申し訳ないような面持ちで謝罪するちはや。肩を落とされると覚悟していたが、海は満足げに笑っていた。

「そうですか・・いいですよ。気にしないでください。オレ、ちはやさんの気持ちを知りたかっただけですから。ちゃんとこうして答えが聞けただけで、後悔はありません。」

 海の言葉に安堵しかかるも、やはり気まずい感覚が抜けないちはや。

「ちはやさんには、他に好きな人がいるとか、あるいは、今したいこととかありますからね。それを無視させるわけにはいきませんから。」

 海に励まされる形になり、ちはやは小さく笑みを作っていた。彼の言葉を耳にした由記は、戸惑いを感じていた。

 ちはやが好きな相手が、もしかしたら自分なのかもしれない。それは今では歓喜ではなく不安をかき立てるものとなっていた。

「あ〜あ、ふっちゃったかぁ、ちはや。」

「何、のんきなことを言ってるのよ、アンタは。」

 気のない声を上げる黎利に、同様に気のない態度で言い返す天音。肩を落としている2人の横で、由記は困惑していた。

 今の自分を愛してはならない。忌まわしき邪な自分をちはやが惹かれてはいけない。このまま海と結ばれればよかった。

 由記の心は、様々な気持ちが複雑に絡み合っていた。

 

 外の晴天が完全にさえぎられたとある建物の地下。その1室に、美冬、萌、千夏はやってきていた。

「全く、招集がかかったというのに、あの人は何をしているのですか・・」

 部屋の中を右往左往していた美冬が、1人不機嫌に愚痴っている。

 彼女たちが待っているのは、辻谷姫女(つじたにひめ)。この部屋で集まることになった美冬たち4人のうちの1人である。

「まぁ、しばらく待ちなさい、美冬。姫女だって好きで遅れてるわけじゃないんだし。理由は私たちにも分かってるでしょうに。」

「どんな理由でも、遅刻は遅刻ですわ!それが私たちにどんな支障をきたすことか!」

 楽観的に言葉を返す千夏に、美冬が食って掛かる。しかし千夏は態度を変えない。

「その支障を楽しむのも、1つの楽しみというものよ。」

 微笑んでみせる千夏に歯軋りを見せるものの、美冬はうまく反論できないでいた。

「すまない。遅くなってしまった。」

 そこへ1人の女性が部屋に入ってきた。短く切りそろえられている黒髪に、女性とした高い長身。慄然とした雰囲気を放っている。

「遅いじゃありませんの、姫女さん!私たちがどれほど待っていたと思ってるのですか!?」

 美冬が姫女に食って掛かるが、姫女は顔色を変えずに淡々と答える。

「本当にすまなかった、美冬、萌、千夏。」

「構わないわ、姫女。それより用件は分かっているわよね?」

 千夏の言葉に姫女は深刻な面持ちで頷く。美冬も萌も真剣に構えている。

「私も感じた・・フェイトか・・・」

 姫女の言葉に千夏も頷く。

「フェイトがこの世界に現れた・・世界は荒れるな・・・」

「そうね・・でも、私たちは自分のためにフェイトを倒す。」

「そうしなければ、私たちの自由がなくなってしまいますものね。」

 姫女の呟きに千夏と美冬が答える。

 目的や感情はそれぞれだが、彼女たちは倒すべき敵が共通していた。

「ともかくフェイトを探そう。せめてどこにいるかくらいは明確にしておかないと。」

 姫女の言葉にとりあえずは賛同する千夏、美冬、萌。フェイト打倒のため、彼女たちは行動を開始しようとしていた。

 破滅を打ち砕くために集められた4人「フォース」として。

 

 

次回

第7話「フォース」

 

「ここにいたか、フェイト・・・」

「今年の文化祭は、絶対成功させるぞー♪」

「ここもずい分と騒がしいわね。」

「怪物!?・・この学校にまで・・!」

「さて、パーティーを始めましょうか、フェイト!」

 

 

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