ガルヴォルスFate 第4話「決闘の幕開け」
街中のデパートで起きた事件であったが、警察はあまりにも非現実的なために事件だとは認めなかった。
人形にされていた人々は全員、その間の意識がなく、証言をするにもあまりに力不足だった。結果、この出来事は怪奇現象ということで処理され、事件性は全く認められなかった。
しかし結果としては由記と黎利には都合がよかった。事件の詳細を知られないほうが、彼女たちのためになっていたからだった。
その次の日からしばらく、由記は発熱のために学校を休んでいた。生徒会や勉強などで疲れが出たのだろうというのが、ちはやの見解だった。黎利も彼女に同意していた。
由記の看病はちはやに任せることにして、黎利は自分の生活を過ごすことにした。
そして体調が回復した由記が、ようやく学校に来たのだった。
「ふう。ただの発熱でよかったよ〜。一時はどうなることかと冷や汗かいちゃったよ〜・・」
「ちはやったら、そんな大げさな・・・」
教室に着いて席につく由記とちはや。心配の声をかけてくるちはやに、由記が苦笑を浮かべる。
「ちはや、この前のデパートのことなんだけど・・・」
由記は笑みを消して、唐突にちはやに問いかけた。
「え?あのとき?あのときはあたしやみんな、気絶してたんだよね?ホントに何があったんだろう・・?」
腕組みをして考え込む素振りを見せるちはや。由記は追及しようとしたが、これ以上は自分のことをさらしかねないと思い、あえてしなかった。
そんな2人の前に、登校してきた水希が駆け寄ってきた。
「あっ!由記ちゃん、風邪治ったんだぁ!」
「お騒がせしました。」
大喜びする水希に、由記が笑顔を見せて答える。
「由記ちゃん、あんまりムチャしちゃダメだよ。何かあったら、ちはやに知らせたほうがいいよ。」
「そうだよ、由記。由記が倒れちゃうと、あたしが一生懸命にならなくちゃなんないんだから。」
水希に相槌を打ちながら、ちはやが肩を落とす。
「ゴメンね、ちはや。寝込んでた分、ちゃんと夕食当番やるから。」
「いいよ、いいよ。また疲れ溜まらせちゃったら責任感じちゃうよ、あたし。」
責任を感じている由記に弁解を入れるちはや。2人のやり取りを見て、水希は安堵の笑みをこぼしていた。
その日の昼休み、由記は黎利のいる教室へと向かった。生徒会で挙がった議題や報告を聞くためだったが、なぜかちはやがついてきていた。
「ただ先輩に聞くだけなのに、わざわざついてくることなんてないんじゃないの?」
「だって〜、いくら学校に来れるくらいまで回復したって言っても、由記はまだ病み上がりなんだから。あたしがしっかり面倒見ないと!」
「もう、オーバーなんだから。」
握り拳を見せて意気込むちはやに、由記は呆れて肩を落としていた。そんなもやもやを抱えながら、由記は教室の中を見回して、天音の文句の聞き手になっている黎利を見つける。
「黎利先輩!生徒会でまとまった要件を聞きに来ました!」
「おっ。ついに来たわね。」
由記の呼びかけに気付いた黎利が席を立ち、彼女たちに近づいてきた。
「由記、風邪はもういいのか?」
「はい。もう大丈夫です。それで、議題などについて聞かせてもらえないでしょうか・・・?」
由記の申し出に頷きかけた黎利だが、そばにちはやがいたのを眼にしてそれを留める。
「悪いけどこれは重要機密なんでね。ちはやは先に戻っててもらえないかな?」
「えっ?はい、いいですけど・・」
生徒会の内密な話ならば、無関係な自分は聞かないほうがいい。ちはやは黎利の言葉に渋々頷いた。
「それじゃあたしはお先に。黎利さん、由記にムチャさせちゃダメですよ。」
「分かってる、分かってる。言うこと言ったらすぐに帰すよ。」
黎利に念を押されたちはやが、一礼して先に教室へと戻っていった。そして黎利は由記を連れて教室を出た。
2人が訪れたのは生徒会室。ここでなら話が外に漏れないという黎利の判断だった。
「さて、ここで話することは、生徒会での話だけじゃない・・」
生徒会室のドアを閉めた黎利が、真剣の面持ちで由記を見つめる。
「あなたが悩んでいたのはあれが原因だったってわけか。」
「あ、はい・・・」
黎利の質問の意味を理解して、由記は戸惑いを見せながら頷く。
「私も最初は正直驚いたよ。まさか由記があんな姿になるなんて・・」
黎利が悪ぶった言動を見せると、由記が思いつめた面持ちを見せる。
「だけど、由記が由記であることに変わりはない。現にあなたはこうして私やちはやの前にいて、いつもと変わらない生活を送っている。それであなたじゃない点なんてまるでないじゃないの。」
「先輩・・・」
「それとも、今はちはやとエッチができない、なんて言うんじゃないでしょうね?」
「えっ!?せ、先輩、どうしてそのことを・・・!?」
突然の黎利の言葉に由記が赤面して当惑する。その反応を見て笑みをこぼしてから、黎利は話を続ける。
「あなたとちはやのことは気付いていたよ。大丈夫。口外はしてないよ。他の人が気付いているかもしれないけどね。」
半分冗談を交えながら笑みをこぼす黎利に、由記は安堵と和みを感じていた。
「それで、由記が変身したあの姿、どういうものなのか分からないの?」
「はい・・分かってるのは、あの姿になると、いろいろな力が使えるみたいで・・」
「いろいろな力?」
由記の言葉に黎利が眉をひそめる。
「いろいろな武器を出したり、五感でしょうか・・今まで感じてきたものが、今までよりも敏感に感じるようになって・・あと・・・」
「あと?」
「あと・・人やものを別のものに変えられるようにも・・」
そういって由記は机のひとつに手を添えた。彼女が意識を傾けると、その机が一瞬にして灰色に変化した。
「これって・・!?」
その変化に黎利は眼を見開いた。由記の触れている机が、一瞬にして石化したのである。
「ただのものだったら、変身していなくても触れて念じるだけでこの通りです。元に戻すときも同じようにすれば・・」
そして由記が再び意識を傾けると、石化していた机が元に戻った。その変化に黎利はただただ唖然となっていた。
「それじゃ、人間相手にも効果があるってこと・・・」
当惑を押し殺して黎利が呟くと、由記は無言で頷いた。
「でも、こんな力を使わず、あの姿にならなきゃ、普通の人間と変わらないんでしょう?」
黎利が唐突に口にした疑問を耳にして、由記は心の中に漂っていたもやもやが晴れたような心地を覚えた。
たとえ人でない姿に変わり、人知を越えた力を持ってしまったとしても、人の心と姿を忘れなければ人として生きていられる。一途な希望を感じた由記は、心から安らぎを感じていた。
「ありがとう・・・」
「えっ・・?」
突然の由記の感謝の言葉に、黎利がきょとんとなる。
「何だか私、自分の気持ちに整理をつけることができたかもしれないです・・・先輩、ありがとうございました・・・」
由記は眼に大粒の涙を浮かべて、黎利にすがり付いてきた。あまりにも突然のことに、黎利は戸惑いを見せる。
「ち、ちょっと、由記・・!?」
「本当に・・本当にありがとうございます、先輩・・・!」
「ああぁ・・わ、分かった。分かったから、1回離れてよ・・」
子供のように泣きじゃくる由記に、黎利は気恥ずかしくなってしまう。由記が離れて気を落ち着けたのを見てから、黎利は改めて真剣な面持ちに戻る。
「それで、本当にエッチはしてないの?」
「はい・・こんな私ともし交わってしまったら・・ちはやも私と同じように・・・」
黎利の問いかけに由記は沈痛の面持ちで答える。怪物となった彼女が最も恐れていることはそれだった。
もしも由記とちはやが抱擁し、由記の中にある怪物の何らかの因子がちはやに伝達するようなことがあれば、彼女も怪物へと変身しかねない。
たとえどんなことになっても、ちはやだけは怪物になってほしくない。自分と同じ苦しみをしてほしくない。それが由記の1番の願いだった。
そのとき、授業開始のチャイムが鳴り響き、由記と黎利がそれに意識が向く。
「あちゃー。もう授業の時間ですかー。」
黎利が頭に片手を当てて困る素振りを見せる。
「それでは先輩、私は失礼します。」
「はーい。昼休みに軽く話し合いがあるから。」
気さくな様子の黎利に見送られて、由記は教室に戻っていった。黎利も由記を見送ってから、この生徒会室を後にした。
昼休みのミーティングも滞りなく進められ、放課後になって開放されたような感覚に陥っていた由記。この日は久しぶりにちはやとの都合と合い、2人で下校することになっていたのだが。
「相変わらず仲がいいねぇ、お二人さん。私も混ぜてくれないかなぁ?」
正門に差し掛かった2人に、黎利が気さくに声をかけながら駆け込んできた。
「黎利先輩・・?」
由記が黎利に振り返り、ちはやも足を止める。
「いいじゃないの。3人が一緒に下校するなんて滅多にないかもよ。」
「それもいいんじゃないかな。黎利さんと一緒なら、楽しい下校になりそうだし。」
気さくな振る舞いを見せる黎利に、ちはやも同意する。2人に笑顔を見せられて、由記も同意するしかなかった。
3人は再び街中のハンバーガーショップを訪れた。改めておごりたいという黎利の申し出だった。
今度は何の弊害もなく、3人は楽しい軽食を過ごすことができた。このひと時が、今の由記にとってかけがえのない時間であり、黎利も彼女の心境を察して喜びを感じていた。
そして3人が帰路についたときには日が傾き始めていた。
「ふう。黎利さんが一緒だと、いろいろためになる話が聞けていいですー。」
「そう?こんな私の話で満足になれるなら、いつでも聞かせてあげるよ。」
満面の笑みを見せるちはやに、黎利が調子のいい言動を返す。そして黎利は由記に眼を向ける。
「悪かったね、由記。風邪が治ったばかりだっていうのにムリさせて。」
「いいえ。気にしないでください、先輩。病は気からって言いますから。これで少しは調子がよくなりますかな。」
詫びを入れる黎利に、由記が気さくに振舞ってみせる。完全に元気を取り戻したのだと、ちはやは感じ取っていた。
しかし運命は彼女たちに安らぎを与えてはくれなかった。
もうすぐ寮の前の道に差し掛かろうとしたときだった。
「黎利さん、今日はホントにありがとうございました。」
「いいって、いいって。私もいい気分転換になったから。」
感謝の言葉をかけるちはやに黎利が弁解する。黎利は由記とちはやの髪に軽く手を当てて撫でる。
「あなたたちは私の自慢の後輩たちよ。自分に自信を持って、お互い仲良くするんだよ。」
「・・はいっ!」
黎利の言葉を受けて、由記とちはやは元気よく返事した。
「それじゃ、私も家に帰るとしますわ。また・・・」
自分の家路につこうとしていた黎利だが、振り向いた彼女は眼の前の人物に視線を止める。由記もちはやもその人物に眼を向ける。
その人物は長身の若干若い男だった。男は当惑を見せている3人の女子の中で、由記だけを見据えていた。
「まさかこんなところにいたとは・・・」
「えっ・・?」
男のもらした言葉に由記が眉をひそめる。彼女たちの前で男の顔に紋様が走り、彼の姿が変化する。頭部と両肘に鋭い刃が突き出ている。鮫を思わせる姿の怪物である。
「これは・・!?」
男の変身に由記たちが驚きを見せる。3人が後ずさりをすると、怪物も彼女たちの歩幅に合わせるようなペースで前に歩み出る。
「まずいよ。ここは逃げたほうがいい!」
黎利が由記とちはやに促し、3人はきびすを返してこの場を駆け出した。怪物は慌てる様子を見せず、ゆっくりと追いかけていった。
少し駆けたところでひとまず足を止め、怪物が追ってきていないか確かめる由記たち。単調な動きをしているとは思えないような怪物は、未だに彼女たちを追い続けていた。
「ウソ・・あんな歩きでどうしてここまで・・・!?」
ちはやが怪物の動きに驚愕を見せる。ここで由記が、怪物が常に自分に視線を向けていることに気付く。
(もしかして、私だけを狙っているんじゃ・・・!?)
「先輩、ちはやを連れて逃げてください。私があの怪物を引き付けますから。」
「ゆ、由記!?」
由記の指示に黎利だけでなくちはやも驚きの声を上げる。
「気付いたんですけど、あの怪物、私だけを見ているみたいなんです。だから私が囮になれば・・お願いします!」
「あっ!由記!」
由記は単独で駆け出し、ちはやの呼びかけにも応じずに走り抜けた。怪物も由記だけを狙って跳躍を開始した。
「由記・・・黎利さん、由記が・・!」
ちはやが黎利に振り向いて呼びかける。深刻な面持ちを浮かべた後、黎利はちはやに呼びかけた。
「ちはや、あなたは誰か呼んできて。私は由記を追いかけるから。」
「でも、黎利さん・・!」
「いいね!」
抗議の声を上げるちはやに念を押して、黎利は由記を追って駆け出した。この指示はちはやをあの怪物の事件に巻き込まないようにと考えた黎利の計らいだった。
ちはやと黎利から離れ、怪物を引き付けた由記は、人気のない広場で立ち止まり振り返った。怪物は落ち着いた様子のまま彼女についてきていた。
「やはり私を追ってきていたようね。ここなら誰もいない。話ならゆっくりできる。」
由記は冷静な態度を見せて怪物に呼びかける。彼女の気構えを組んだのか、怪物は元の人の姿へと戻る。
「お願いです。もしあなたにまだ人の心があるなら教えてください。私の変身するあの姿について、何か知りませんか?」
危険な言動だと分かりながらも、聞いて知っておきたい。由記は男に思い切って疑問をぶつけてみた。
「お前、自分の姿について何も知らないのか・・やはり覚醒して間がないからか・・」
男は低い声音で淡々と語りかける。由記は固唾を呑んで彼の言葉に耳を傾ける。
「いいだろう。お前はオレたちの中でも、忌まわしき存在とされているのだ。」
「忌まわしい・・・どういうことなの・・・!?」
困惑を覚える由記の問いかけに、男は顔色を変えずに告げる。
「オレたちの間では、お前をある名前で呼んでいる。」
男は少し間を置いてから、由記に向けて答える。
「フェイト・・血塗られた運命を背負う者の名だ・・」
男の口にした名に由記は息を呑んだ。自分の姿が運命の意味を持つ名「フェイト」であることを知らされた。
夕暮れ時になってしまうと、日の光が差さなくなってしまう裏路地。人気のないこの道を駆ける1人の女性がいた。
女性は後ろを振り返ることさえも恐れるように、ひたすら路地を逃げていた。背後から迫ってくる不気味な影から。
だがその影は女性が駆け抜けている眼前に姿を現した。
「残念だけど、君は僕から逃げられないよ。」
影は青年の声を発すると、立ち止まった女性に向けてまばゆいばかりの光を放った。すると女性がその光の中へと吸い込まれていった。
光が治まると、影は姿を現した。幼さの残る青年で、彼の手にはビー玉ほどの大きさの透き通った宝石があった。
その宝石の中には、先ほどまで逃げ惑っていた女性が眠るようにして入っていた。
「女性は宝石といった美しいものに惹かれていくもの・・宝石の中には入れれば、君たちも本望でしょう。」
青年は宝石を覗き込みながら微笑む。彼の声に反応することなく、宝石に封じ込められている女性は眠り続けていた。
「さて、そろそろ女子高生でも狙ってみましょうか。」
青年は次の標的を定めて、上着のポケットに宝石をしまって歩き出した。
次回
「私は・・フェイト・・・」
「由記はあくまで由記なんでしょ?」
「どんなことでも受け止めるから!」
「君を宝石に入れたら、どんな輝きを持つことか。」
「お前はオレたちからも人間からも妬まれるのだ。」