ガルヴォルスFate 第3話「母の影」
この日、由記とちはやのクラスでは1枚のプリントが配られた。それは進路相談を目的とした三者面談のお知らせだった。
しかしこれはあくまで希望者のみのもので、寮で生活している生徒はあまり関係なかったり、個人面談という形を設けることになった。
「三者面談かぁ・・あたしにはあんまり関係ないかな。親は田舎でのらりくらりやってるし。」
ちはやはぼんやりとプリントを眺めていた。そんな彼女の眼に由記の姿が映った。由記は歯がゆい面持ちを浮かべると、そそくさにプリントをバックの中に入れた。
「由記・・・」
その姿を見て、ちはやは沈痛の面持ちを浮かべた。由記がなぜ歯がゆい心地になっているのか、ちはやは分かっていたのだ。
「ねぇ、ちはやちゃん、面談はどうするの?」
そこへ1人の生徒がちはやに声をかけてきた。
背中の辺りまである紫の髪の一部をまとめてツインテールにしている少女、飯塚水希(いいづかみずき)。ちはやと同じ女子サッカー部所属。小柄と子供っぽい口調から、時折高校生に見られないことが彼女の悩みの種となっていた。
「今回はやめとくわ。今はまだそんなに考えることじゃないし。」
「そう。あたしはいいって思うんだけど、親がうるさいんだよね。2人ともいい大学に進ませようって躍起になっちゃって・・もう、きりきり舞いだよ〜・・」
ちはやの机の上に突っ伏して困り顔をする水希に、ちはやは苦笑を浮かべる。しかし水希は立ち直ったのか、即座に顔を上げると、沈痛の面持ちを浮かべている由記に声をかけた。
「ねぇ、由記ちゃん。由記ちゃんはどうするの、三者面談は?先生とお母さんとで相談・・」
「やめて!」
水希の言葉をさえぎって、由記が憤りをこめた言葉を上げる。その声に水希から笑顔が消える。
「お願い・・・私に、母さんの話はしないで!」
由記は水希にそういうと席を立ち、そそくさに教室を出て行ってしまった。彼女の姿が見えなくなるまで、水希もちはやも言葉が出なかった。
「ちはやちゃん、あたし、由記ちゃんに悪いこと言った・・・?」
「水希・・由記の前で家族の、お母さんの話はタブーなの。あたしも詳しくは知らないけど、家族の間で何かあったらしくて・・・」
ちはやの説明を聞いて、水希が気まずい面持ちを見せる。
「い、いけない・・すぐに謝って・・」
水希が慌てて駆け出そうとすると、ちはやが彼女の手を取って止める。
「今は放っておいたほうがいいよ・・由記の場合、1人にさせておいたほうが治りが早いんだよ。」
ちはやの言葉に、水希は戸惑いを感じながらもこの場を動くことができなかった。
学校の校舎の屋上。その金網にもたれかかっていた由記は、静かに涙を流していた。
彼女は昔のこと、家族のことを思い返していた。しかし彼女にとってそれは忌まわしい記憶でしかなかった。
「私に母さんなんて・・・母さんなんて・・・!」
由記は苛立ちの面持ちを浮かべながら、あふれてくる涙を拭っていた。
「さて、ちはやにこれ以上心配させるわけにはいかないわ。そろそろ戻らないと。」
何とか気持ちの整理をつけながら、由記は教室に戻ることにした。彼女の葛藤は、怪物へと姿が変わるようになる以前から続いていた。
真昼の繁華街は、賑わいと静寂が混じっていた。人々はレストランや食堂などで昼食を取る姿が目立っていた。
その中のレストラン。この日もこの時間は客が集まってきていた。
大人や中高生のいるこの場所に、1人の少女が立っていた。無表情の少女は、両腕で1つの人形を抱きしめていた。
「どうしたのかな、お嬢さん?」
気付いたウェイトレスが少女に声をかける。しかし少女は表情を変えない。
「どうしたのかな?お母さんは?」
「・・お姉さん、きれいだね・・・」
突然口にした少女の言葉に、ウェイトレスは思わず赤面してしまう。
「他の人たちも、いい人ばかりで・・・」
ひとり呟く少女の顔に、突如紋様が浮かび上がった。その異変にウェイトレスが眼を見開く。
そして少女の姿が、かわいらしいフランス人形に変化した。その姿にウェイトレスだけでなく、周囲の客たちも魅了されていた。彼女が変身する直前の異様な紋様など忘れているほどに。
微笑んだ少女の眼に不気味な光が放たれる。光はこのレストランの中全体を包み込んだ。
やがて音もなく消えていった光。このレストランの中に立っていたのは、人間の姿に戻った少女だけだった。
中にいた客たちの姿はなく、少女の周囲には何体もの人形が落ちていた。
「みんな、私と一緒に遊ぼうね・・・」
少女は落ちている人形の1体、ウェイトレスだった人形を拾い上げ、持っていた人形と一緒に抱きしめた。
「ゴメンね、みんな・・全員を連れて行くことは、私にはできないの・・・」
少女は物悲しい笑みを浮かべながら、静寂が包み込んでいるレストランを後にした。
この日の女子サッカー部の練習はなく、軽いミーティングが行われただけで済み、ちはやと水希は早く帰ることとなった。しかし由記は生徒会の会議があったため、一緒に帰ることはできなかった。
会議が順調に進められている中、由記は考え込んでいた。人でなくなってしまったことへの不安と、ちはやの強い想いが交錯し、彼女はどうしたらいいのか分からなくなっていた。
やがて会議は終わり、生徒たちが解散していく。だが由記は呆然としたままだった。
そんな彼女に、黎利が背後から胸をわしづかみしてきた。
「キャッ!・・もう、先輩ったら、そういうのはやめてくださいっていつも・・」
「ハハ。そうやってボーッとしてるからいけないのよ、由記。」
自分の胸を押さえて赤面する由記に、黎利は笑みをこぼしていた。
「その様子じゃ、まだ悩みは解消されてないみたいだね。」
黎利が問いかけると、由記は笑みを消して無言で小さく頷いた。
「何があったのか、気になりはしてるけどムリには聞かない。だけどもし話したくなったら、聞いてもよくなったら、私に話してくれればいい。」
「先輩・・本当にありがとうございます・・・話すときがきたら、必ず話しますので・・・」
「アハハハ、別にムリに話さなくてもいいわよ。誰にも明かさないまま封印してしまうのもひとつの手よ。」
屈託のない話を持ちかけてくる黎利に、由記は次第に安らぎを覚えていっていた。
「全く、アンタは相変わらずハレンチよね。これで生徒会長様だっていうんだから呆れるわ。」
そこへ天音が2人に声をかけてきた。天音は黎利の言動に肩をすくめていたが、黎利は気にしていない様子だった。
「由記も迷惑でしょうに。ちはやも同じことされて参ってたわよ。」
「いえ、そんな・・・」
気さくに声をかけてきた天音に、由記は笑みを作って答える。
「イヤならイヤってハッキリ言ったほうがいいわよ。といっても、この女は聞きそうもないけど。」
「だって由記もちはやもいい体してるんだもん。ちょっとからかってみたくなってしまうのよ。」
「それがいけないと言ってるのよ、黎利!分かってるならささっと直しなさいよ!」
「いいじゃないのよ、天音。プロモーションの確認は、女性とってとても重要なんだから。」
怒ってムキになる天音だが、黎利は全く悪びれる様子を見せない。それを見て由記は笑みをこぼしていた。
「とにかく、ハレンチもいい加減にしときなさいよ。私は今日のミーティング内容を確認してから帰るからね。」
「分かったわ、天音。こっちはお先に帰るからね。」
笑顔を見せてくる黎利に見送られる形で、天音はムッとした面持ちのまま生徒会室を後にした。すると黎利は改めて由記に振り返った。
「由記、確か、今日はちはやとは一緒に帰らないんだったね?」
「はい。ちはやと水希ちゃんは先に帰りましたけど・・それがどうかしたんですか?」
由記が聞き返すと、黎利は含み笑いを浮かべた。
「たまには私と一緒に帰らない?」
「えっ?先輩と、ですか?」
黎利の唐突な誘いに由記は当惑を見せる。
「もちろん問題がなければの話だけどね。由記にとっても、ちはやにとっても。」
気さくな笑みを見せる黎利。由記は少し考えてから答えた。
「分かりました。ちはやも先輩とだったら許してくれると思いますから。」
「そう。ありがとうね、由記。まぁ学校から出たら後はプライベートタイム。堅苦しく構えずに気楽に話でもしよう。」
あくまで気さくな言動を崩さない黎利に苦笑をもらすも、由記も笑顔を見せて頷いた。
由記と黎利たちより先に下校していたちはやと水希。2人は寄り道をして、街中のデパートの女性服売り場や下着売り場を下見していた。
「へぇ。ずい分いいものが入荷してるんだねぇ。」
「ちはやが部活とバイトを両立させてる間に、あたしがチェックしていたんだよー♪」
品揃えに感心するちはやに、水希が笑顔で説明を入れる。
「でもこれ、今度の安売りになってたよね。今すぐ手を出しちゃうと損だよねぇ・・」
腕を組んで悩むちはや。水希も同様に考え込んでいた。
「まぁ、今回は様子見ということで、本格的に手を出すのはこれからってことで。」
「でも当日は戦争よ。やるっていうなら完璧に戦闘モードに入らないとね。」
互いに気さくな笑みを見せあうちはやと水希。談話の中で笑みをこぼしていると、水希が1人ぽつんと立っている少女を眼にする。
「あれ?あの子・・・どうしたんだろう?」
少女の様子を気にした水希が、おもむろに少女に声をかけた。少女は無表情のまま、水希たちに眼を向ける。
「どうしたのかな、こんなところで?」
水希が微笑みかけて訊ねると、少女は閉ざしていた口を開いた。
「お姉ちゃん、かわいいね・・私、ほしくなっちゃうよ・・」
「えっ?」
少女の唐突な言葉にきょとんとなる水希。すると少女の頬に異様な紋様が走る。
「これって・・!?」
少女の異変に驚きを見せる水希。彼女とちはやの眼の前で、少女の姿が人形の怪物へと変わる。
「どうなってるの、これ・・・!?」
「逃げて、水希!」
驚愕する水希を、ちはやは呼びかけながら突き飛ばす。同時に怪物の眼が不気味に光り、水希をかばったちはやを包み込む。
閃光を浴びたちはやの体が徐々に収縮されていく。そして少女が持っていたものとおなじ種類の人形へと変化して動かなくなった。
「ちはや、どうしたの・・・!?」
水希が恐る恐る呼びかけるが、人形と化したちはやは全く反応しない。怪物がゆっくりとちはやへと近づいていく。
水希はたまらず駆け出し、ちはやを拾い上げてそのまま走り去った。怪物は呆然とした様子のまま、2人を見つめていた。
「私のお人形さん、もっていかないでよ・・・」
怪物となっている少女が、淡々と囁く。しかしすぐに感情のこもった心境を見せる。
「みんな・・みんな私の着せ替え人形になるのよ!」
少女は再び眼を光らせて、人々を人形に変えるべく動き出した。
その頃、由記は黎利に連れられて、街中のハンバーガーショップで軽く食事を取っていた。気楽にハンバーガーを口に入れている黎利を前にして、由記は少し戸惑いを見せていた。
「あれ?食べないの?もしかしてカレーのほうがよかった?でもおやつにカレーはちょっとねぇ・・」
「いえ・・先輩がそうやってハンバーガーを食べているのって、予想してなかったというか・・・」
きょとんとした面持ちで訊ねてきた黎利に、由記は微笑んで答える。
「何よ、失礼ねぇ。私は毎日高級料理を食べているような裕福さは持ってないし、たとえそうでもこういったファーストフードに手を出したくなる人間なのよ。」
黎利がムッとした面持ちを見せると、由記がたまらず押し黙ってしまう。それを見た黎利がすぐに笑みを取り戻す。
「冗談、冗談。失礼だなんて全然思ってないよ。由記を元気付けようと思って、ざわと言ったんだよ。」
この言葉に由記は安堵の面持ちを見せた。
「本当にありがとうございます、黎利先輩・・いつも私なんかに気を遣ってくれて・・」
「謙遜しないの。私はあなたを気にかけてるだけなんだから。もちろんちはやもね。だから気にしなくてもいいんだよ。」
黎利の励ましの言葉に由記は素直に喜んだ。そしてコーラを口にした。
「今回は私のおごりでいいよ。気にしないで頼んじゃっていいよ。」
「えっ?いいんですか?」
「ただし1000円まで。それ以上は自腹ね。」
きっぱりと言ってのける黎利の言葉に、由記は甘えることにした。
そのとき、由記は窓から見えたデパートの慌しい様子を眼にした。
「あれ?どうしたんでしょう、いったい・・・?」
「えっ?・・おや。何かあったのかな?」
由記の声に振り向いた黎利も疑問符を浮かべて、じっとデパートの様子を伺っていた。中から客や店員が逃げ惑うように飛び出してきていた。
その群衆の中の1人に、由記は眼を見開いた。
「水希ちゃん・・あれ、水希ちゃんですよ!」
「水希って、あなたとちはやのクラスメイトの・・?」
声を荒げる由記に、黎利が淡々と答えてみせる。
「何かあったのかもしれません。私、ちょっと見てきます!」
「あっ!由記!・・まだハンバーガー食べかけなのに・・・」
慌てて飛び出していった由記を追いかけることにしたものの、黎利は名残惜しさを抱えていた。
怪物に変身して人を人形に変えている少女に、デパートは慌しくなっていた。ごった返している人ごみをかき分けて、由記は水希に駆け寄った。
「水希ちゃん!何があったの!?」
「あっ!由記ちゃん!ちはやが、ちはやが・・・!」
慌てふためく水希が、由記に持っていた人形を見せた。その人形の姿はちはやそのままだった。
「これって、まさか・・!?」
由記は水希が目の当たりにしたことを理解した。ちはやは何者かに人形にされたのだと。
由記はたまらずデパートの中へと駆け込んでいった。
「由記!」
彼女を追いかけてきた黎利が呼び止めるが、由記は聞かずに入っていってしまった。
「あなたが水希さんだね?あなたはここにいて。私が由記を連れて戻ってくるから。」
「か、会長さん!?・・は、はいっ!」
黎利の呼びかけに水希が驚きながらも返事をする。そして黎利は由記を追いかけてデパートの中に駆け込んでいった。
デパートの中は一部電気が消えている場所があった。点滅する明かりの下、由記は女性服売り場を駆けていた。
彼女は細心の注意を払いながら周囲をうかがう。そんな彼女の前に、1人の少女が姿を見せた。
由記は少女に声をかけることができないでいた。彼女は少女の中に秘められた邪な気配を感じ取っていた。
「お姉ちゃん、私のお人形、知らない・・?」
少女はか細い声で由記に声をかけてきた。しかし由記は緊迫を覚えたまま答えない。
「私のお人形、持ってった人がいるの・・・だから私、お人形を探してるの・・・」
言い終わると、少女は怪物へと姿を変える。由記の緊張感がさらに高まる。
「でも、お姉ちゃんが代わりでもいいかな・・・」
呟く少女の眼が不気味に光る。由記はたまらず横転してその閃光をかわす。
「お姉ちゃん、これからは私とずっと一緒・・私と家族になるんだよ・・・」
「家族・・・」
少女の囁きに由記の思考が揺らぐ。振り向いてきた少女を鋭く見据えた彼女の顔に紋様が浮かぶ。
「家族はいない。私の家族は、ちはやだけなんだから・・・!」
感情を解き放つと同時に、由記の姿も怪物へと変化する。由記は鋭い視線を投げかけるが、少女は動揺を見せない。
「ちはやをあんな姿にしたのはあなたね・・お願いだから、元に戻して・・」
「あのお姉ちゃんのこと?・・ダメだよ・・あのお人形は私のものだよ・・・」
少女が再び眼光を光らせる。由記は右手を突き出すと、彼女の前に光の壁が出現し、閃光をさえぎる。
そして由記は間髪置かずに長剣を出現させ、少女の背後に回りこむ。そして少女の首筋に剣に切っ先を軽く当てる。
「お願いだから、ちはやを元に戻して!できるなら、あなたを手にかけたくはないの・・・!」
由記は悲痛の口調で少女に呼びかけた。しかし少女はこの考えを改めない。
「ダメだよ・・せっかく私がお人形にしたのに、元に戻すことなんてないよ・・・」
「これ以上言わせないで!ちはやを元に戻して!」
声を荒げる由記。だがそれでも少女は、人形にした人たちを元に戻そうとはしない。
「これからは、お人形はずっと私と・・・」
少女の言葉を耳にして、由記は眼を見開いた。そして突きつけていた剣を少女に押し付けた。鮮血が飛び散り、感情と心境の定まらない由記の体に降りかかる。
由記の眼の前で、人間の姿に戻った少女が前のめりに倒れる。ゆっくりと倒れていく中、少女の体は固まり、床に倒れると砂になって崩れてしまった。
由記はずっと眼前の悲惨さを見つめたまま眼を見開いていた。その眼から涙の粒がこぼれていた。
徐々に我に返っていく由記は、人間の姿へと戻る。だが、そこでも彼女はさらなる驚愕を覚える。振り向いた先には、彼女を追いかけてきていた黎利の姿があったのだ。
「先輩・・・!?」
由記は困惑しきってしまい、体を震わせる。黎利も何がどうなっているのか分からず当惑をあらわにしていた。
少女の死によって、人形にされていた人々は元に戻ることができた。ちはやも元に戻ったものの、気絶していたような感覚に陥っていた。
しばらく待っていたちはやと水希の前に、黎利に支えられながら、由記がデパートから出てきた。元気よく手を振ってみせる水希。ちはやが涙ながらに由記に抱きついてきた。
泣きじゃくるようにすがってくるちはやに、由記は小さく笑みを見せた。しかし由記の心は強く打ちひしがれ、その心境を悟って黎利も困惑を抱えていた。
次回
「あなたが悩んでいたのはあれが原因だったってわけか。」
「まさかこんなところにいたとは・・・」
「宝石の中には入れれば、君たちも本望でしょう。」
「どういうことなの・・・!?」
「フェイト・・血塗られた運命を背負う者の名だ・・」