ガルヴォルスFangX 第2話「闇の剣」

 

 

 ナオミを見送ってから、リオも外に出かけた。彼女は街中の通りの真ん中で、異質の気配を感じて足を止めた。

(もしかして、近くにいるんじゃ・・・)

 リオは緊張を感じながら、気配の感じるほうに向かっていく。街中の路地に差し掛かった彼女が目にしたのは、刃を手放したガルヴォルスだった。

(いた・・ガルヴォルスが・・!)

 憤りを覚えるリオの頬に異様な紋様が浮かび上がる。そして彼女の姿が異形の怪物へと変わった。

 人に近い姿であったが、手の甲の辺りから剣のような刃を出す能力を備えていた。

 ソードガルヴォルスとなったリオが、手から刃を引き出した。彼女に気付いたハルが振り返る。

「ガルヴォルス・・また・・・!」

「ガルヴォルスは、1人も野放しにしない・・・!」

 敵意を見せるハルにリオが飛びかかる。彼女が振りかざしてきた刃を、ハルは後ろに下がってかわす。

「逃がさない・・!」

 リオがさらに刃を振りかざしていく。彼女の動きが速くなり、ハルが焦りを痛感していく。

「やられない・・やられてたまるか!」

 ハルがいきり立って、体から引き抜いた刃を突き出す。リオも右手の刃を突き出す。

 2人が突き出した刃が互いの頬をかすめた。直後、ハルは突っ込んだ勢いのまま前進して、リオの前から逃げていった。

「逃がさないと言ったはずよ!」

 リオがハルを追いかけて路地を飛び出す。しかし出た道にはハルの姿はなかった。

「逃げられた・・逃がしてしまった・・・!」

 ハルを逃がしたことに憤ったまま、リオが人の姿に戻る。

(ガルヴォルス・・・絶対に野放しにはしない・・・!)

 ガルヴォルスへの憎悪を募らせながら、リオは歩き出していった。

 

 リオの襲撃から逃れたハルは、ビルの屋上で待っているアキのところに戻ってきた。

「ハル・・大丈夫・・・?」

「うん・・あのガルヴォルスは倒したけど・・また別のガルヴォルスが現れた・・・・」

 心配の声をかけるアキに答えて、ハルが人の姿に戻る。

「あのガルヴォルス、手ごわかった・・・今までのガルヴォルスと違う気がする・・・」

「ハル・・・」

「でもどんな相手でも、僕はイヤなものに従う気はない・・従ったら、僕が僕でなくなる・・・」

 戸惑いを見せるアキの前で、ハルが世界の不条理に対する憤りを感じていく。イヤなものへの怒りが、今のハルを突き動かしていた。

「行こう、アキ・・ここも落ち着かなくなってきた・・・」

「ハル・・・そうだね・・・」

 ハルの呼びかけにアキが頷く。2人は襲撃を受けないように、この場を離れていった。

 

 薄暗い建物の中に、1人の女性が追い込まれていた。彼女の前に1人の青年が立ちふさがっていた。

「やめて・・来ないで・・・!」

「そうやって逃げるなって・・オレは鬼ごっこは好きじゃねぇんだよ・・一方的に切り刻んでいたぶるのがいいんだからよ・・・」

 恐怖で震える女性に対して、青年が不満を口にしていく。しかし彼はすぐに不敵な笑みを浮かべてきた。

「切り刻んでやるぜ・・その柔肌をな!」

 言い放つ青年の頬に異様な紋様が浮かび上がる。彼の姿がカマキリに似た怪物へと変わった。

「イヤッ!来ないで!キャアッ!」

 悲鳴を上げる女性に怪物、マンティスガルヴォルスが鎌を振りかざしてきた。建物の中に荒々しく血しぶきが飛び散った。

「ハハハ・・やっぱりこの感触は何度味わってもたまらないなぁ・・」

 マンティスガルヴォルスが喜びを感じながら人の姿に戻る。

「もっと味わいてぇ・・もっとこの気分を・・・」

 切り刻む感触を味わいたいという欲望に駆り立てられて、青年は歩き出していった。彼によって、既に数人の女性が犠牲になっていた。

 

 女性が切り刻まれる猟奇殺人に、警察も捜査に乗り出していた。しかし犯人を追いつめる手がかりを得られないでいた。

 その警察の様子を、リオは目撃していた。

(警察・・ガルヴォルス相手じゃどうにもならないことを分かっている・・)

 警察の手に負えないことを痛感して、リオは物悲しい笑みを浮かべた。

「君、ちょっといいかな?」

 立ち去ろうとしたところで、リオが警官に声をかけられた。

「この辺りは凶悪な殺人犯が潜んでいる。できるだけ1人で出歩かないほうがいいですよ。」

「警察のできることなんて何もない・・」

 注意を呼びかける警官に、リオが冷たい態度を取る。

「何もないって・・君、何か知っているのかい?」

「私たちがひどい目にあわされたのに何もしなかった警察の言うことは聞かないと言っているの・・・!」

 問いかける警官に憤りを見せてから、リオは立ち去っていった。警官は唖然となり、彼女を追いかけることができなかった。

 

 国や世界の上層部の掃討やガルヴォルスの撃退を続けていたハルとアキ。2人は休息を求めて、街外れの草原に来ていた。

「ハルが戦ったことで、この国や世界は大きく変わったね・・だんだんとよくなってはいるけど、不安も同じくらい大きくなっているみたい・・・」

「不安なんてないよ・・だって悪いことを潰して回っているんだから・・・」

 アキが投げかけた言葉に、ハルが自分の考えを口にする。

「私たちのしていることで、誰かがイヤな思いをしていないかな・・私たち、知らないうちに誰かの心を傷つけて・・・」

「それで僕たちを恨むのはおかしいよ・・悪いのはそっちなんだから・・事情を知らないとか、そんなのもいいわけだよ・・」

「ハル・・そうすることで、ハルの安心がやってくるんだね・・・」

「うん・・できれば僕も平和的に何とかしたいけど、向こうがそうしない・・だから僕は戦う・・向こうの自業自得で・・」

 アキが声をかけても、ハルの考えは頑なだった。その彼の一途で純粋なところに彼女はひかれていた。

「真っ直ぐに安心をつかもうとする・・そうでないとハルじゃない・・・」

 ハルの気持ちを受け止めて、アキが彼と抱擁を交わす。

「安心できる場所に向かっていくハルに、私はたくさん勇気をもらった・・ついていきたいと思ったのは、ハルがいたから・・」

「アキ・・そういうけど、僕のほうがアキから勇気をもらったよ・・アキがいなかったら、こうして戦おうともしなかった・・」

 互いに勇気づけてもらったことを感謝するアキとハル。

「今日はもう休もう・・このまま、アキと一緒に休みたい・・・」

「こうして、ハルと一緒にいたい・・いつまでもいたい・・・」

 抱擁したまま唇を重ねるハルとアキ。互いとの抱擁と恍惚が、今の2人の安らぎとなっていた。

 

 ハルとの対峙と警官との懸念を経て、リオはマンションに帰った。彼女はそれからしばらく、ガルヴォルスに対する憤りを感じていた。

(ガルヴォルスは野放しにしない・・絶対に私の手で・・!)

 ガルヴォルスへの憎悪が、リオを戦いへと突き動かしていた。

「ただいま、リオー♪」

 そのとき、ナオミが帰ってきた声をリオは耳にした。

「おかえり、ナオミ・・ゴメン・・まだ夕食の支度が・・」

「今日も疲れたよ〜・・いっつも仕事きついけど、今日は特にひどかったよ〜・・」

 動揺を見せるリオに、ナオミが床に突っ伏してため息をついていた。

「すぐに夕食の支度するから、少し待っていて・・」

「うん・・お願いね、リオ〜・・・」

 リオが声をかけると、ナオミが気の抜けた返事をする。

(気持ちを切り替えないと・・私がガルヴォルスを許せないのは確かだけど、それにナオミやレンさんを巻き込むわけにはいかない・・・)

 リオは自分に言い聞かせてから、夕食の支度を始めた。彼女の気持ちを気に留める余裕もなく、ナオミは疲れ切っていた。

 

 この一夜の間に、女性が切り裂かれる事件が3件も発生した。警察も捜査が難航し、街の人たちは不安を膨らませていた。

 その中でリオはガルヴォルスへの憎悪を感じていた。彼女は同時にこの事件がガルヴォルスの仕業であるとも気づいていた。

(ガルヴォルスがこの近くで人殺しをしている・・自分が力があると思い込んで、勝手なことばかり・・・私たちのときだって・・・)

 自分がガルヴォルスを一掃しなければならないと言い聞かせて、リオは決心を強めていく。

(すぐにでも探しに行きたいところだけど・・・)

 考えていくリオが、ヘブンの看板を見上げる。

「レンさんを心配させるのはよくないね・・」

 リオは気持ちを切り替えて、ヘブンへと入っていった。

「おはようございます、店長。」

「おはよう、リオちゃん。今日も張り切ってるね。」

 リオが挨拶すると、レンが気さくに返事した。

「みなさんにこのヘブンのおいしいカレーをお客様にお届けできるのは、私にとっても嬉しいことですから。」

「そう言ってもらえるとこっちも嬉しいけど、張り切りすぎて疲れたりしないでよ。」

 笑顔で意気込みを見せるリオに、レンがさらに笑みを見せて言いかけた。

 ガルヴォルスへの憎悪を心の奥底に追いやって、リオは笑顔で接客をしていった。しかしある一瞬、彼女の笑顔が陰った。

 ヘブンにやってきた客たちも、立て続けに起こっている事件について話をしていた。その話を耳に入れてしまい、リオはガルヴォルスへの憎悪に駆られないように自分を抑えていた。

 やりきれない気持ちを隠しながら、リオはヘブンでの仕事を続けた。

 

 この日のヘブンでの仕事を終えようとしていたリオ。接客を終えて彼女が更衣室に行こうとしたときだった。

「リオちゃん、仕事中に気にしていることがあったみたいだね・・」

 レンが唐突にリオに声をかけてきた。

「店長・・何を気にしていたっていうんですか?気にするのはカレーとお仕事のことだけで・・」

「いや、それ以外のことを考えてた。たまには仕事以外のことを考えて気を紛らわすのも悪いことじゃないけど、今回はそういうのじゃないね。」

「そ、そういうのじゃないって・・・」

 レンに言われてリオが困惑する。どう答えたらいいのか、彼女は分からなくなっていた。

「最近おかしな事件が起こっているからね。不安になるのもムリないって・・」

「店長・・・はい・・・」

 レンが切り出した話を聞いて、リオが苦笑いを浮かべた。彼女は心の中で、ガルヴォルスのことを聞かれなかったことに安心していた。

「大丈夫さ。そんなすぐに危険に巻き込まれることなんてないさ。深く気にしない。」

「店長・・そうですね・・そうしたほうが気持ちが楽になりますよね・・」

 レンに励まされて、リオが笑みを取り戻した。

「それじゃ、今度もリオちゃんに期待させてもらうからね。」

「そんな店長、私にそんなに期待しても・・」

 レンに声をかけられて、リオが苦笑いを見せた。彼女は改めて更衣室に向かっていった。

 

「それでは失礼します。」

 着替えを終えてヘブンを後にしたリオ。この日はナオミが夕食を作る番のため、リオはゆっくり帰ることにした。

「たまには気分転換で寄り道でもしてみようかな・・」

 リオが腕を伸ばしながら気分を落ち着かせようとする。彼女は街中のスーパーに立ち寄ろうとしていた。

“やめて!助けて!”

 そのとき、リオの耳に女性の悲鳴が飛び込んできた。ガルヴォルスである鋭い聴覚が、遠くからの声を拾ったのである。

(もしかしたら、あの殺人事件の犯人が・・・!)

 予感を覚えたリオが声のしたほうに向かって走り出す。彼女は工事途中の建物の前にやってきた。

(感じる・・この感じ・・間違いなくガルヴォルス・・・!)

 リオは緊張と警戒を感じながら、建物の中に入っていく。薄暗い建物の中を彼女は慎重に進んでいく。

 そしてリオは地下へと降りていった。明かりはほとんどなくなっていたが、彼女が足を踏み入れた場所は血まみれになっていた。

「こういうところなら気づかれずに切り刻めると思ったんだけどな・・」

 暗闇に包まれている部屋の中から声が響いてくる。マンティスガルヴォルスがまた女性を惨殺していた。

「あなたが・・みんなを・・・!?

「何でこんなとこに来やがったのか知らねぇが、運が悪かったな、お前・・」

 目つきを鋭くするリオに、マンティスガルヴォルスが振り向いて不気味な笑みを見せてきた。

「お前も一緒にここで切り刻んでやるとするか・・まだ物足りないとも思っていたしな・・」

「そうやって、自分の目的のために、関係のない人を次々と・・・!」

 あざ笑ってくるマンティスガルヴォルスに、リオが憤りを募らせていく。

「怒ってんのか?けど力のねぇヤツがオレを止められるわけが・・」

 マンティスガルヴォルスがさらにあざ笑ったとき、リオの頬に異様な紋様が浮かび上がる。彼女の異変にマンティスガルヴォルスが笑みを消す。

「お前・・まさかお前も・・・!」

 マンティスガルヴォルスが緊張を覚える。リオの姿が異形のものへと変わっていく。

「お前もガルヴォルスだったとはな。丁度いい。そろそろガルヴォルスも切り刻んでやりてぇと思ってたとこだ・・」

 マンティスガルヴォルスはまた笑みを見せて、リオに迫っていく。リオは彼に戦意と敵意を向ける。

「お前がその1人目になるんだよ!」

 マンティスガルヴォルスが鎌を振り下ろす。だがその先にリオの姿はなかった。

「何っ!?どこだ!?どこに逃げた!?

 マンティスガルヴォルスがリオを探して周りを見回す。

「出てこい!こんなマネしておいて、尻尾巻いて逃げて、ビビってんじゃねぇぞ!」

「私は逃げるつもりはない・・」

 怒鳴るマンティスガルヴォルスに向けて、リオの声が返ってくる。

「それに逃がさないのは私のほう・・」

 次の瞬間、リオがマンティスガルヴォルスの眼前に現れた。彼女の突き出した拳が命中して、マンティスガルヴォルスが突き飛ばされて、部屋の壁に叩きつけられる。

「ぐっ!・・このアマ・・けっこう力あるじゃねぇかよ・・!」

 壁から這い出てきたマンティスガルヴォルスが苛立ちを募らせる。

「だが遊びは終わりだ!今すぐ切り刻んで・・!」

 いきり立ったマンティスガルヴォルスが両手の鎌でリオを切り刻もうとした。

 次の瞬間、リオがマンティスガルヴォルスの横をすり抜けて、後ろに回り込んできた。

「切り刻まれたのは、あなたのほう・・・」

「コイツ、どこまでも逃げ回りやが・・!」

 低く告げるリオにマンティスガルヴォルスが襲い掛かろうとする。だが次の瞬間、マンティスガルヴォルスの体がバラバラになって、鮮血をまき散らした。

 リオの右手からは剣のような刃が出ていた。その刃と素早い動きでマンティスガルヴォルスを切りつけたのだった。

「ガルヴォルスがいるから、私もみんなも苦しい思いをすることになる・・・!」

 ガルヴォルスへの怒りを抱えたまま、リオは人間の姿に戻る

「誰も野放しになんてさせない・・ガルヴォルスは、1人残らず斬る・・・!」

 憤りを募らせながら、リオは建物の外へ出ていく。女性の血の上に、ガルヴォルスの鮮血が上塗りされることになった。

 ガルヴォルスに対する復讐の戦いに、リオは身を投じていた。

 

 

次回

第3話「邂逅」

 

「あの、大丈夫ですか・・?」

「ハルはイヤなものに逆らい続けているんです・・」

「本当の安心・・・」

「久しぶりだね、ハル、アキちゃん・・」

 

 

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