ガルヴォルスFangX 第1話「夜の牙」
全ての悲劇はそこから始まった。
怪物が、私の全てを奪った。
両親の命を奪い、お姉ちゃんをムチャクチャにした。
私はそんな怪物たちを許さない。
そんな私も、その怪物になってしまった。
向こうからしたら裏切り者なのかもしれない。
でも私には関係のないこと。
全てを奪い取った怪物を、私は根絶やしにする。
私が憎んでいるはずの、怪物の力で。
平穏であふれている街並み。その裏で起こっていた変革を、街を行き交う人々は知る由もなかった。
1ヶ月以上前にさかのぼる。それまで国の情勢を動かしてきた政治家や議員の大半が殺害された。現在は新たな政治家たちが議論をまとめているが、この事件は国だけでなく、世界にも衝撃を走らせることになった。
その事件を引き起こしたのが異形の怪物であることは、人々には全く伝えられていない。
「ガルヴォルス」。人の進化とされている存在で、動植物の特徴や能力を備えた怪物の姿を持つ。その能力は通常の人間を明らかに超えるものである。
国や世界で起こっている奇怪な事件の中に、ガルヴォルスが引き起こしたものは少なくない。しかし普通の人間の手に負える事件は限りなくないと言える。
ガルヴォルスの暗躍が潜んでいる中、人々はその事実を知らずに過ごしていた。
「いらっしゃいませー♪」
街の中にあるカレーショップ「ヘブン」。そこで働く1人の少女がいた。
剣崎リオ。やや引っ込み思案な性格ながら、優しさと真面目さを持った少女である。カレー好きの面もあり、彼女はこのヘブンで働けることになった。
「リオちゃん、カツカレーできたよー。」
ヘブンの店長、天童レンがリオに声をかけた。リオは笑顔を見せたまま、カレーをテーブルに運んでいった。
「頑張るね、リオちゃん。でも張り切りすぎると最後まで続かないよ。」
「大丈夫です、店長。私、これでも体力に自信はあるんです。」
レンが声をかけると、リオが微笑んで答えた。
(元気が戻ってきたかな、リオちゃん。最初は全然元気がなかったっていうか、何も信じられなくなってたからね・・)
レンがリオのことを考えていく。元気を取り戻させる意味も込めて、彼は彼女にヘブンでの仕事をするように言ってきたのである。
(こうして頑張ってくれてるから、オレの考えは間違いじゃなかった・・)
自分がリオにしたことが功を奏したと思い、レンは満足していた。
「シーフードカレー2つ。1つ甘口でー。」
リオが受けた注文を聞いて、レンはカレー作りに励んだ。
この日の仕事を終えて、リオは帰宅した。彼女が住んでいるのはヘブンの近くにあるマンションの1室である。
「ただいま・・」
その部屋に帰ってきたリオが挨拶をした。
「おかえりー♪」
すると部屋から1人の少女が飛び出してきて、リオに抱き着いてきた。
「ナオミ、苦しいよ・・苦しいって・・」
「あ、ゴメン、ゴメン、エヘヘ・・」
リオが悲鳴を上げると少女、京野ナオミが照れ笑いを見せた。ナオミはリオのマンションでのルームメイトで、明るい性格をしている。
「リオ、今夜ご飯の支度してたの。そろそろできるかな。」
「またカレー?カレーはは嬉しいけど、毎日私に合わされるとちょっと・・」
ナオミが台所のほうに目を向けると、リオが苦笑いを浮かべる。
「そういうわけじゃないんだけど・・カレーぐらいしかうまく作れなくて・・・」
「ナオミ・・そろそろ料理のバリエーション増やしたほうがいいと思うよ・・」
照れ笑いを見せるナオミに、リオが肩を落としていた。
「焦げ臭い・・・」
そのとき、リオが臭いに気付いて台所に向かった。カレーを入れた鍋に火をかけたままになっていて、カレーが焦げていた。
「大変!」
リオが慌ててコンロを止めて火を消した。カレーが焦げただけで、それ以外の被害はなかった。
「あ〜・・また作り直しだよ〜・・」
「ううん、まだ大丈夫。手を加えれば何とかなるよ。」
肩を落とすナオミだが、リオは諦めずにカレーを作り直した。彼女の手でカレーが改めて完成した。
「すごい・・伊達にカレー屋で働いてないね♪」
「こういうやり方じゃお客様に出せないけどね・・食べ物を粗末にしたくないんだったら、こうしたほうがいいかなって・・」
喜びを見せるナオミに、リオが笑みをこぼす。
仕事ができて親友もいる。それらにリオは心から支えられていた。
平穏な国の裏で起きた変革。それは1人の少女を連れた1人の青年が引き金となっていた。
伊沢ハル。非常に繊細な性格で、イヤなものには徹底的に反発する。国や政治家たちに危害を加えてきたのは、自分たちを守ろうとするためだった。
三島アキ。ハルが通っていた高校に転入して、彼と心を通わせた。ハルの感情に心を動かされて、アキは彼についていくことを選んだ。
ハルとアキは世界の不条理と戦い続けていた。自分たちが平穏でいられるようにするため、2人は街を転々としてきた。
「ここしばらく、私たちを襲いに来る人が出てこなくなったね、ハル・・」
「まだ隠れて狙ってきているかもしれない・・でももうひと安心してもいいかも・・・」
アキに声をかけられて、ハルはこれまで張りつめていた緊張と不安を和らげようとしていた。
「そろそろ家に帰ろうかな・・兄さんたちが心配しているから・・」
「マキさんも・・サクラさんも・・・」
ハルとアキが1度自分の家に帰ろうとする。だがハルがふと足を止めた。
「ハル・・・?」
「まだいるみたい・・僕たちを狙ってるガルヴォルスが・・・」
ハルが周りを見回して警戒していく。しかし周りには何の姿も影もない。
「家に帰るのは、もうちょっと待ったほうがいいかもしれない・・・」
「でも、ナツさんたちが・・・」
「兄さんには、しばらく帰れないことは分かってる・・少しずれたところであんまり変わんないよ・・」
不安を投げかけるアキだが、ハルの考えは変わらない。
「大丈夫だよ・・兄さんは、僕とアキちゃんを信じてくれてる・・待っているって言ってくれたじゃないか・・」
「ハル・・そうだったね・・帰りたい気持ちはあるけど、すぐでなくても・・・」
ハルの考えにアキが頷く。2人はしばらく様子を見ることにした。
翌日、リオは休日を満喫しようとした。しかしナオミはこの日は仕事が入っていた。
「ゴメンね、リオ。休みに1人にさせちゃって・・」
「ううん、気にしないで、ナオミ。ここでお昼寝か、外に出てお散歩にするかも・・」
照れ笑いを見せるナオミに、リオが微笑みかける。
「できるだけ早く帰ってくるから。リオに心配させることはしないから。」
「そんな大げさにしなくても・・」
「エヘヘ。それじゃあたし、行くね。」
「いってらっしゃい、ナオミ。」
出かけていったナオミをリオが見送った。
「さて・・私も出かけることにしよう・・」
リオも少ししてから外に出かけていった。このときの彼女は冷たい目をしていた。
平穏に見える街の日常。その裏では奇怪な事件が起こっていた。
ビルとビルの間の路地を、1人の女性が走っていた。彼女は自分を狙う存在から逃げていた。
しかし女性は路地の行き止まりに追い込まれ、追ってくる影から逃げられなくなる。
「とうとう追い詰めたぞ、お前・・」
震える女性の前に、男が現れて不気味な笑みを浮かべてきた。
「みずみずしいお前は、本当においしそうだ・・」
目を見開いた男の頬に異様な紋様が浮かび上がる。さらに彼の姿が異形の怪物へと変わった。
男はガルヴォルスの1人。サボテンに似た姿のカクタスガルヴォルスだった。
「やめて・・助けて!」
悲鳴を上げようとした女性に、カクタスガルヴォルスが触手を伸ばしてきた。触手は女性の体に絡み付いて、先端が彼女の体に刺さる。
「うわあっ!」
悲鳴を上げる女性から、カクタスガルヴォルスの触手が吸い出していく。すると女性の体が固くなっていく。
そして触手が離れたところで、女性の体が砂のように崩れていった。
「おいしかった・・やっぱり体と同じく、水分も素晴らしかった・・」
カクタスガルヴォルスが喜びを覚える。彼は触手を使って、女性の水分を全て吸い取ってしまった。水分を失った女性の体は、砂のようになって崩壊してしまった。
「もっとだ・・もっとすばらしい水を吸い出してやるさ・・」
カクタスガルヴォルスが喜びを感じたまま、男の姿に戻る。男は次の女性を求めて歩き出していった。
女性が次々に灰になる事件。警察も調査を行っていたが、犯人の手がかりさえも発見できないでいた。
「またおかしな事件が起こってるッスね・・」
「こんなこと、とても人間の仕業とは思えねぇ。どうやったらこんなマネができるのか、逆に教えてもらいてぇとこだ・・」
刑事と警部がこの事件に悩まされていた。
「そういえば1ヶ月前から起こってる、国のお偉いさんたちが襲われた事件も、どういう手口なのか分かってないんスよね?」
「アレは何もかもが謎だらけだ。こっちから手を出すのも気が引ける感じが漂ってるしな・・」
「謎は深まるばかりってヤツッスね・・」
「ったく、頭を抱えることばかりだな・・」
刑事と警部が多発する不可思議な事件に悩まされていた。
「そういえばあの伊沢ハルっていうヤツ、最近見かけないッスね。」
刑事が違う話題を持ちかける。
「前は指名手配されてたッスけど・・それも馬鹿げたやり方だったッスけど・・」
「ほっとけ・・アイツはしつこくされるのがイヤなんだよ・・」
刑事に向けて言いかける警部。ハルのことを気にしながらも、警部は何かしてやろうとしなかった。それがハルのためだと思っていたからだ。
「今オレたちがやるのは、目の前で起きてる事件をまた起こさせねぇことだ。」
「警部・・・そうッスね!やってやるッスよ、オレ!」
警部に言われて刑事が意気込みを見せる。
「張り切るのはいいが、捜査は気を付けてやれよ。せっかく手がかりを見つけられたとしても、ムチャクチャにしておじゃんになったら敵わんからな。」
「分かってるスよ。いくらなんでもそこまでマヌケじゃないッスよ、オレ。」
警部に注意をされて、刑事が苦笑いを見せる。2人は事件の捜査を再開するのだった。
自分たちを狙う存在を感知して、ハルはアキと一緒に街の中を歩いていた。2人の周りには街を行き交う雑踏がいた。
「これだけ人がいると、誰が私たちを狙っているのか・・」
「分からない・・でもこういうところにいれば、向こうは僕たちをはっきりと見れるけど、迂闊に何かしてこれないはず・・」
アキが声をかけると、ハルが周りに注意を向けながら答える。
「誰かを巻き込むことも、ハルは気にしないんだね・・」
「向こうがみんなを傷つけてくるんだ・・自分たちのために関係ない人まで巻き込んで、その罪も他の人に押し付ける・・自分たちが正しいと思い込んでいる連中と一緒にいると、息が詰まりそうになる・・・!」
物悲しい笑みを浮かべるアキに、ハルが世界の不条理に対する不満を口にしていく。
「こそこそ隠れて安全に済まそうとしても、僕は必ず引きずり出す・・・!」
自分の敵を倒すことが平穏につながると信じて、ハルは歩き出す。アキも戸惑いを感じながら彼を追いかけていった。
ハルとアキが雑踏から外れて、路地に差し掛かったときだった。
「ハル?・・・もしかして・・・」
「うん・・僕たちを狙ってきているヤツが近づいてきている・・・」
アキが不安を口にすると、ハルが小声で答える。
「ここには人通りはほとんどない・・だから襲い掛かってきてもおかしくない・・」
続けて話していって、ハルが足を止めて後ろに振り返った。2人を狙って不気味な男が現れた。
「お前も僕たちを狙っていたの・・・!?」
「男には興味がないな・・オレがほしいのはみずみずしい女・・お前のそばにいる女のほうだ・・・」
問い詰めるハルに、男が笑みを見せて答える。
「お前もみずみずしさ、いただかせてもらうぞ・・・!」
目を見開いた男の頬に紋様が走る。彼の姿がカクタスガルヴォルスに変わる。
「アキを狙っているのか・・そんなこと、僕は許さない・・・!」
ハルがカクタスガルヴォルスに対して怒りを覚える。彼の頬にも異様な紋様が浮かび上がる。
「僕が・・オレがお前を倒す・・アキに手を出せないように!」
言い放つハルの姿も異形の怪物へと変わった。体から刃が生えているファングガルヴォルスへと、彼は変化を遂げた。
「お前もガルヴォルスだったのか・・だけど邪魔するならお前でも容赦しないぞ・・・!」
カクタスガルヴォルスがハルに向けて針を飛ばしてきた。ハルはアキを抱えて大きくジャンプして、ビルとビルの間を一気に向けて上空に出た。
ハルはそばのビルの屋上に着地して、アキを下ろした。
「アキはここにいて・・すぐに終わらせるから・・・」
「ハル・・・」
呼びかけるハルにアキが戸惑いを覚える。ハルはカクタスガルヴォルスのいる路地に戻っていく。
「わざわざあの女を遠ざけて、自分だけ戻ってくるとは・・とんだナイト様だな・・」
カクタスガルヴォルスがハルをあざ笑ってくる。
「ならお前を始末してから、あの女の水分をいただかせてもらうぜ!」
カクタスガルヴォルスがハルに向けて針を飛ばす。ハルは素早く動いて針をかわす。
カクタスガルヴォルスは今度は触手を伸ばしてきた。ハルはこれも素早くかわして、カクタスガルヴォルスに詰め寄った。
ハルが拳を握りしめて叩き込んだ。だが命中した瞬間、ハルの拳にカクタスガルヴォルスの体にある棘が刺さる。
「ぐっ!」
ハルが痛みを感じて顔を歪める。棘の刺さった手から血があふれ出す。
「オレに直接攻撃を加えるのは自殺行為だぜ・・もうおとなしくオレにやられるしかないな・・」
カクタスガルヴォルスがハルをあざ笑う。だがハルは攻撃を諦めない。
「オレの、オレたちのことを勝手に決めるな・・・!」
怒りをあらわにしたハルが、体から刃を引き抜いて、剣のように持つ。カクタスガルヴォルスが放ってきた針を、ハルが刃で弾く。
カクタスガルヴォルスが触手を伸ばす。がハルの姿がカクタスガルヴォルスの前から消えた。
「どこに・・!?」
ハルを探して注視するカクタスガルヴォルス。
次の瞬間、カクタスガルヴォルスの体を刃が貫いた。ハルが突き出した刃が、カクタスガルヴォルスを捉えた。
「こんなに速く、動けるなんて・・・!」
体から血をあふれさせて、カクタスガルヴォルスが倒れる。返り血をふり払い、ハルは刃を手放した。
「オレたちに手を出さなければ、死ぬこともなかったんだ・・・」
歯がゆさを感じて、ハルが手を握りしめる。彼自身、私欲などで争うようなことをしたくないと考えていた。
「いた・・ガルヴォルスが・・・!」
そこへ声がかかり、ハルが振り返る。その先には手から刃を出している異形の怪物がいた。
「ガルヴォルス・・また・・・!」
「ガルヴォルスは、1人も野放しにしない・・・!」
敵意を見せるハルに怪物、ソードガルヴォルスが刃を構えて飛びかかってきた。
次回
「絶対に野放しにはしない・・・!」
「あのガルヴォルス、手ごわかった・・・」
「切り刻んでやるぜ・・」
「ガルヴォルスは、1人残らず斬る・・・!」