ガルヴォルスFang 第19話「救い」

 

 

 女性のいる大部屋には、棒立ちとなっている全裸の女性の石像が立ち並んでいた。いずれも女性によって石化された人たちである。

「みんな、幸せを感じていて、私も嬉しいわ・・」

 女性が石化された女性たちを見渡して、喜びを感じていく。石化した女性たちが、石化による恍惚を感じていることを知っていた。

「こうして気持ちよさを感じていくのが1番いい・・気持ちよくなっていれば、苦しいのも悲しいのも感じなくて済む・・それが幸せの形なのよ・・・」

 女性がさらに喜びを浮かべて、自分の力を実感していく。

「私はずっと苦しみを消したいと思い続けてきた・・その願いを叶えることのできる力を、私は手にすることができた・・」

 女性は呟いてから、大部屋から外に出ていった。

「次はあの子から、苦しみを消してあげないと・・・」

 女性は逃がしたアキにもう1度会おうとしていた。

 

 女性によってサクラが石化された恐怖で震えていたアキ。泣き疲れて、彼女は眠りについていた。

「アキちゃん・・・」

 横になっているアキを見つめて、ハルが辛さを感じていく。

「ハル・・ハルの体のほうはもういいのか・・・?」

 そこへナツがやってきて、ハルに声をかけてきた。

「僕は平気だよ、兄さん・・ただ、アキちゃんがこんなに怖がっているのが、僕も辛いんだ・・」

「アキちゃん、ホントに何があったんだ・・あんなに怖がるアキちゃん、オレも初めてだ・・」

 困惑を募らせるハルに、ナツも不安を口にしていく。

「まずはサクラを探すしかないみたい・・アイツを見つければ、アキちゃんを怖がらせたヤツを見つけられるはずなんだ・・」

「その手がかりを知っているのがアキちゃんだけど、怖がっているのをムリして聞き出すのはどうかと・・」

「それは僕も思うけど・・そうでもしないと、アキちゃんが怖がるままで・・・どうしたらいいんだよ・・・!?

「アキちゃんが話してくれるのが、1番いいんだけど・・・」

 苦悩を深めるハルとナツ。いても立ってもいられない気持ちを何とか抑えて、2人はアキを見守っていた。

「ナツ・・ハルくんのこと、話してったら・・・」

 そこへマキが顔を出して、ナツに声をかけてきた。するとナツは深刻な面持ちを浮かべて、ハルに振り向いた。

「ハル・・お前のこと、マキにも話すぞ・・」

「僕のことを・・・いいよ・・マキになら問題にならないと思うから・・・」

 ナツに問いかけられてハルが頷く。ナツは立ち上がって、マキを連れて部屋を出た。

「アキちゃん・・・」

 眠っているアキを心配して、ハルは彼女を見守っていた。

 

 ナツは今度こそ、マキにハルたちのことを話した。彼の話を聞いても、マキは簡単に信じることができないでいた。

「怪物って・・そんなのが現実にいるわけ・・・」

「オレも最初はそう思ってたよ・・だけど、ハルが人じゃない姿になって・・・」

 困惑しているマキに、ナツも深刻な面持ちを見せて言いかける。

「だけど体は怪物になっても、心までは怪物になってない・・今までのハルを見ても、ハルらしさは失われてない・・」

「ハルらしさ・・・それがいいのか悪いのか分かんないけどね・・・」

 ナツが口にした言葉を聞いて、マキが苦笑いを見せる。

「だけど、ハルは怪物になってから、その怪物の力におぼれそうになった・・それは、ハルに濡れ衣を着せた警察のせいもあるけど・・」

「ハルくんはイヤなことをイヤだって言っているだけなのに・・自分勝手な考え方が、ハルくんを追い込んでるってこと・・・」

「ほとんどの怪物は人の心を失ってるけど、ハルはきっと、誰よりも純粋なんだ・・人のほうが心をなくしてる中で、ハルみたいなのがいるんだ・・」

 戸惑いを感じていくマキに、ナツがハルのことを気にしていく。

「ハルにやられた警察は、結局は自業自得じゃないか・・ハルがよく言っているように、ハルに何もしなければ、こんなことには・・・」

「そのハルくんの心の支えがナツであって、アキちゃん・・」

「いや、もうアキちゃんだけだよ・・ハルの支えになってるのは・・」

 ナツとマキは言いかけて、ハルとアキのことを気にする。

「もうアキちゃんに任せるしかない・・悔しいけど・・・」

 言いかけて肩を落とすナツ。自分たちができるのは信じることだけだと、彼らは思い知らされていた。

 

 眠っているアキに心配の眼差しを送り続けているハル。しばらくするとアキが目を覚ました。

「私・・・ハル・・くん・・・?」

「アキちゃん・・目が覚めたんだね・・・!」

 アキが声を上げると、ハルが喜びを見せる。

「ハルくん・・私・・・」

「さっきのことを覚えてないの?・・アキちゃん、すごく怖がってた・・何かあったんじゃないかって・・」

「さっきのこと・・・サクラさん・・・!」

 ハルの言葉を聞いて、アキが不安を感じて周りを見回す。そしてアキが恐怖を感じて震えだした。

「サクラさんが・・・サクラさんが・・・!」

「アキちゃん!・・やっぱり、何かあったんだね・・・!」

 ハルがアキに感情をあらわにして問い詰める。サクラに起こったことの恐怖で、アキは答えることができない。

「お願いだよ、アキちゃん・・アキちゃんを怖がらせるヤツを、僕は許せないんだ・・・!」

「でも、それだとハルくんまで・・・!」

「僕は!・・アキちゃんが辛くなるのがイヤなんだよ・・アキちゃんが辛くなると、僕まで辛くなる・・・!」

 心配するアキに、ハルが自分の気持ちを正直に言う。

「もう僕にはアキちゃんしかいない・・1番頼りにできるのは、アキちゃんなんだよ・・・!」

「ハルくん・・・そこまで、私のことを・・・」

 声を振り絞るハルに、アキが戸惑いを募らせていく。

「アキちゃん、教えてほしいんだ・・サクラがいないことと関係してるの・・・!?

 ハルにまた問いかけられて、アキは何とか話を切り出していった。

「女の人が現れて・・・サクラさんが私を逃がそうとして・・その人に石にされて・・・!」

「石に!?・・・それって、ガルヴォルスの仕業・・・!?

「分からない・・でも、すごくて怖い力だった・・普通の人間の私でも、そう感じた・・・!」

 驚愕を見せるハルに、アキが不安を込めてさらに答えていく。

「とりあえず、その人が現れた場所を教えて・・それだけすごいなら、僕でも力を感じられるかもしれない・・・!」

「ハルくん・・・うん・・・」

 ハルに呼びかけられて、アキは小さく頷いた。2人がサクラを石化した女性を探しに外に出る。

「ハル・・アキちゃん・・・!」

 ナツに声をかけられて、ハルが足を止めた。だがハルはアキを連れて、改めて家を飛び出した。

「思った通りだ・・ハルはもう、アキちゃんにしか・・・」

「ナツ・・・」

 ハルを支えられないことを痛感して歯がゆさを覚える。彼の辛い顔を見て、マキも戸惑いを感じていた。

 

 サクラを石化した女性を探しに、ハルとアキは外に出た。2人は女性が現れた場所に来たが、女性もサクラもそこにはいなかった。

「誰もいない・・ホントにここで間違いないんだね・・・!?

「うん・・・もしかしたら、サクラさん、連れていかれたんじゃ・・・!?

 問いかけるハルに、アキが不安を浮かべながら言いかける。

「どこにいるんだ、そいつは・・・近くにいないの・・・!?

 ハルが周りを見回すが、女性の姿を見かけることはなく、気配を感じることもなかった。

「もうちょっと移動してみる・・そうすれば居場所が分かるかもしれない・・・」

「ハル・・・」

 探す範囲を広げようとするハルに、アキはついていこうとした。

 そのとき、アキは悪寒を感じて足を止めた。彼女が痛感した不快感は、ハルも感じ取っていた。

「ハルくん・・この感じ・・・!」

「うん・・僕も感じてる・・きっと、アキちゃん以上に・・・!」

 アキが声を振り絞ると、ハルも言葉を返す。ガルヴォルスとしての鋭い感覚が、特異かつ強力な気配を感じさせていた。

「また会ったわね、あなた・・・」

 さらに声がかかって、ハルとアキが振り返る。その先にはサクラを石化した女性がいた。

「お前か・・アキちゃんを怖がらせたのは・・・!?

「怖がらせたなんて・・もしも怖がらせてしまったのなら、私がその不安を消してあげないと・・・」

 敵意を向けるハルに、女性が妖しい笑みを見せる。

「あなたは誰!?・・ガルヴォルスなの・・・!?

 アキが女性に向けて疑問を投げかける。

「自己紹介をしてもいいかな・・私は朝倉(あさくら)イブ・・みんなから苦しみを消していくのが、私のやるべきこと・・」

 さらに微笑んでいく女性、イブにアキもハルも緊迫を募らせていく。

「サクラさんは・・サクラさんはどうしたの・・・!?

「あの子は苦しさから解放されて、気分がよくなったわ・・同じく気分をよくしている人たちのところに連れて行ったわ・・」

 さらに問い詰めてくるアキに、イブは妖しい笑みを浮かべたまま答えていく。彼女の微笑と見せつけている力に、アキは恐怖を感じるばかりになっていた。

「アキちゃんを怖がらせるなんて・・許せないよ・・・!」

 ハルが憤りを見せながら、イブに向かって歩き出す。

「行かないで、ハルくん・・危ないよ・・・!」

 アキが呼び止めるが、ハルは聞かずに進んでいく。するとイブが突然笑みを消して体を震わせた。

「あなた、ものすごい苦しみを抱えている・・・!」

 イブが告げた言葉を耳にして、ハルが動揺を覚えて足を止める。

「私が感じた中で1番かもしれない・・死にそうになった・・ううん、死ぬこと以上に辛いと感じたことをたくさん体験してきたみたい・・」

「いきなり何を言い出すんだ・・それをアキちゃんを困らせる言い訳にするつもりなのか!?

「困らせるなんてとんでもない・・むしろその逆・・あの子を苦しさから救ってあげたいの・・」

「そう言っても、アキちゃんをこんなに怖がらせていたんじゃ、信じられるわけないじゃないか!」

 イブが穏和に言いかけるが、ハルは疑心暗鬼に駆られて信じようとしない。激高する彼の頬に紋様が走る。

「アキちゃんの前から・・消えろ!」

 ファングガルヴォルスとなったハルが、イブに飛びかかる。肘の角を振りかざすハルだが、角が当たる瞬間にイブの姿が消えた。

「えっ!?

 驚きを見せるハルが周りを見回す。アキも周りを見るが、イブの姿が見えない。

「どこだ・・どこにいるんだ!?

 ハルが声を上げて、さらにイブの行方を追う。

「逃げるな!隠れてアキちゃんを怖がらせるつもりか!?

「あなたたちを放って逃げるわけにはいかないわ・・」

 怒鳴るハルに向けて、イブが言葉を返してきた。彼女が再び2人の前に姿を見せた。

「その姿と動き・・すごい力を持っているのね・・それに比例するように、苦しさと悲しさが大きくなっている・・」

 イブが妖しく微笑んで、ハルに近づいていく。

「ガルヴォルスはいろいろと悩みや辛さを経験している人が少なくないの・・力におぼれてしまう人が多いけど、怪物になってしまった怖さや誰かを傷つけてしまう辛さを感じる人もいる・・」

 イブが悩まし面持ちを見せて語りかけていく。

「そんな苦しさや悲しさを抱えた、心を失っていないガルヴォルスも見てきたけど、あなたほどの人は初めてだわ・・」

「今度はオレを惑わせるつもりか・・その手には乗らないぞ・・・!」

 イブの言葉を頑なに拒絶していくハル。彼の様子を見て、イブが悲しい顔を浮かべる。

「疑心暗鬼に駆られているのね・・それだけの辛さを抱えながらも絶望していない・・感心するところなのかな・・・」

 ハルを嘆いたところで、イブが妖しい笑みを浮かべる。

「どんなに大きな苦しさでも、私が消してあげる・・私の力はそのためにあるのだから・・」

 イブがハルに向かって、右手を出して近づいていく。ハルがいきり立ってイブに飛びかかって、爪を振りかざす。

 だがイブはハルの爪を軽やかにかわした。

「くっ!」

 毒づくハルがさらに拳を繰り出す。だが彼の打撃の連続もイブにかわされる。

「あなたたちが抱えている苦しさや辛さが、私を反射的によけさせてくれているのよ・・だから私に敵意を向けても、私を傷つけられない・・」

「ふざけるな!そんなおかしなこと、ありえないことだろう!」

 語りかけるイブに、ハルが憤りを募らせる。彼の姿が刺々しいものへと変わり、体から禍々しいオーラがあふれ出してきた。

「本当にすごい力・・でもその力の源が苦しさから来るものなら、私には通じない・・」

「通じないなんて・・通じないなんてことはない!」

 微笑んでいるイブに対して、ハルが素早く飛びかかる。その速さは目にもとまらぬものだった。

 だが全力を出したハルの攻撃さえも、イブは回避してみせた。

「そんな・・・!?

 動きを止めたハルが、イブの特異な力に驚愕する。困惑している彼に、イブが手を差し伸べてきた。

「怖がらないで・・その苦しさが消えるのは、あなたたちにとって幸せなことになる・・」

 微笑みかけてくるイブを不快に感じながらも、ハルは反論することができないでいる。

「私は本当に、あなたたちを助けてあげたいの・・ずっと辛いまま、苦しんだまま一生を終えてしまうのは、私にとっても辛くなってしまう・・」

 イブの伸ばした手が、ハルの左腕をつかんだ。ハルは反射的にイブの手を振り払った。

「あなたたちの苦しさを、私に消させて・・あなたたちの抱える苦しみを消してあげるのが、私の喜びになる・・・」

「そうやって、自分の思い通りにしたいのか、お前は・・!?

「自分の思い通り・・それでも、誰かのために何かをするのは、悪いこととは思っていないのよね・・?」

 反発しようとしたところでイブに言葉を投げかけられて、ハルが再び押し黙る。

「幸せになることは、誰にとっての願いなのは間違いない・・あなたもあの子も、幸せになりたくないなんて、絶対に思っていない・・」

「だけど・・だけど・・・!」

「私が幸せを与えてあげる・・さっきの子が感じている解放を、あなたにも与えてあげる・・・」

 イブが改めてハルに手を差し伸べてきた。

「いらっしゃい・・私と一緒に・・・」

「ダメ!ハルくん!」

 アキからの叫びを耳にして、ハルがとっさにイブから離れた。

「せめてあなたたちが探しているあの子に会ってみたら・・?」

「えっ・・!?

 イブが投げかけた言葉に、ハルだけでなくアキも動揺を見せる。

「実際に自分の目で見れば、幸せに気持ちが傾くこともある・・」

「そうやって・・そうやってオレたちを陥れようというのか・・・!?

「百聞は一見にしかず・・自分の目で見てみるのが1番・・」

 敵意を見せようとするハルの前で、イブが指を鳴らした。すると彼らの周りの風景が一変した。

 ハルとアキが気が付くと、彼らは暗闇に包まれた大部屋にいた。

「ここは・・・!?

 ハルが呟いたところで、再びイブが彼らの前に姿を見せた。彼女は2人を自分の大部屋に招いたのだった。

 

 

次回

第20話「石化」

 

「あなたたちの苦しさは、必ず私が取り除いてみせる・・・!」

「オレはお前には絶対に屈しない!」

「私・・私は・・・!」

「もうあなたたちが苦しみに襲われることはない・・」

「あなたたちに永遠の、最高の解放と幸せを・・・」

 

 

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