ガルヴォルスFang 第17話「疑心」
怒りと憎しみを込めてタカシを殺害したハル。その憎悪を抱えたまま、ハルがアキに振り返る。
「アキちゃん・・・無事で・・よかった・・・」
アキの無事に安堵した途端、ハルが脱力してその場に倒れた。
「ハルくん!」
アキが物陰から飛び出して、ハルに駆け寄って支える。
「ハルくん、しっかりして!ハルくん!」
アキが呼びかけるが、ハルは反応もままならない心境になっていた。
「ハル・・アキちゃん・・・!」
そこへサクラがやってきて声をかけてきた。彼女は警官たちの包囲を切り抜けて、この会議場までたどり着いた。
「ハル・・・何があったの・・・!?」
「分からない・・人の姿に戻ったら、いきなり倒れて・・」
心配の声をかけるサクラに、アキが困惑しながら答える。
「とにかくハルを連れてここから出よう・・捕まえられる危険大だから・・」
サクラに呼びかけられてアキが頷く。2人はハルを抱えて、別の出入り口から会議場を飛び出していった。
警官が会議場に入ってきたときには、ハルたちはいなくなっていた。
ハルが指名手配にされて、ナツは完全に落ち着かなくなっていた。右往左往する彼に滅入っていたが、マキは気持ちを察して不満を言わなかった。
(ハル・・どこにいるんだ・・せめて連絡だけでもしてくれたら・・・!)
心配で気が気でなくなっているナツ。携帯電話を確かめるが、着信はなかった。
(やっぱこっちから連絡を入れたほうが・・!)
ナツが意を決して、ハルたちに連絡を取ろうとした。
そのとき、家の玄関のドアが開いた音がナツとマキの耳に入ってきた。
「この音・・」
「もしかして、ハルたちが・・・!」
マキとナツが急ぎ足で玄関に向かった。玄関にはハルがアキとサクラに支えられていた。
「ハル!」
ナツがハルに向けて呼びかけるが、ハルは反応を見せない。
「疲れているだけです・・休めば目を覚ますと思います・・・」
「そうか・・部屋に連れて行って、ベッドに寝かせよう・・!」
アキの言葉を聞いて、ナツはハルを連れて部屋に運んだ。ベッドに横たわったハルを見つめて、ナツは困惑を募らせていた。
「ホントに、何がどうなってるんだ・・ガルヴォルスの力が制御できなくなってたハルが、いきなりムチャクチャな指名手配をされて・・・!」
ナツがハルの身に起きたことに疑問を感じて声を荒げる。
「警視庁にいた悪い人の仕業なんです・・ガルヴォルスを追い込んで、抹殺するために・・・」
サクラも困惑しながら、ナツに事情を説明する。
「もうハルの疑心暗鬼は決定的になっちゃったよ・・もう自分が信じられるものしか信じようとしない・・」
「そんな・・・1番起きちゃいけないことが起きてしまったかもしれない・・ハルは暴走じゃなくて、自分の考えで誰かを傷つけてしまうかも・・・」
サクラの話を聞いて、ナツはハルを強く心配する。状況が悪い方向に向かってばかりだと、彼は思わざるを得なかった。
「ナツ、ちょっと来て!ニュースで・・!」
そこへマキがやってきて声をかけてきた。
「アキちゃん、サクラちゃん、ハルを頼む・・!」
ナツはアキとサクラに呼びかけてから、マキと一緒にリビングに向かった。
“警視庁が出していました伊沢ハル指名手配ですが、上層部の独断で出されたものと発覚。警視庁はこの手配を撤回し、当人と関係者への謝罪の意を示しました。”
ニュースはハルの指名手配の撤回を知らせていた。しかしナツはハルが解放されることの安堵よりも、警察に対する疑心暗鬼を強く感じていた。
「ホントに・・世界って何なんだって思えてくる・・・」
ハルを追い込む世界に、ナツも疑念を抱かずにいられず、手を強く握りしめていた。
眠りについているハルを、アキとサクラは見守っていた。彼が無事ということを確信していた2人だったが、それでも心配せずにはいられなかった。
「ハル・・張りつめていたものが和らいだのかな・・・」
「そうかもしれません・・でなかったら、まだ倒れないようにしていたかもしれない・・・」
サクラとアキがハルを見つめて言葉を交わしていく。
「ハルくんはすごい・・私には、ハルくんみたいな勇気が持てない・・・」
「アキちゃんだって勇気あるよ・・それにハルは、イヤなものを拒絶しているだけ・・」
「私には、拒絶しようとする勇気もないです・・・」
「自信持っていいって・・ハルを勇気づけたのはアキちゃんなんだから・・・」
気弱になるアキをサクラが励ましていく。アキは戸惑いを感じて、ハルをじっと見つめる。
「私、ハルくんの力になっていると、思ってもいいんでしょうか・・・?」
「いいって、いいって。ホントにそうなったんだから・・」
サクラに言われてアキはだんだんと不安を消していった。
「アキちゃん、サクラちゃん・・ハルの指名手配が取り消されたよ・・」
そこへナツがやってきて、2人にニュースのことを伝えた。
「ハルくんが・・・よかった・・・」
アキがこのニュースを聞いて安心を感じていた。しかし彼女は浮かべていた笑みをすぐに消した。
「でも、それを聞いても、ハルくんは安心できるのでしょうか・・・?」
「アキちゃん・・・」
アキが投げかけた疑問に、ナツとサクラが困惑を覚える。
「あれだけのことになったんです・・大丈夫だって言われても、ハルくんは大丈夫と思わない・・思えないんじゃないんですか・・・?」
「確かに・・・ハルの疑心暗鬼は、もう決定的になってる可能性が高い・・信じたくないけど・・・」
ナツもハルの心が荒みきっていることを痛感していた。助けたいと思いながらも、ハルを完全に助けることはできないと思うしかなかった。
「兄さん・・・アキちゃん・・・」
そのとき、ハルが意識を取り戻して、弱々しく声を上げてきた。
「ハルくん・・気が付いたんですね・・・!」
「アキちゃん・・・僕は・・・」
喜びの声を上げるアキに、ハルが当惑を見せる。
「あれからハルくん、気を失って・・私とサクラさんで連れてきたんです・・・」
アキに説明されて、ハルが記憶を呼び起こしていく。
「僕・・とうとうアイツを・・僕たちを陥れた悪者を・・・」
「ハルくんにとって気休めにもならないかもしれないけど・・指名手配、取り消されたって、今ニュースで・・・」
「ニュース・・・ホントに気休めにもならないね・・素直に信じることができない・・・」
アキの話を聞いても安心することができず、ハルが物悲しい笑みを浮かべる。
「信じようとしても、みんなが僕を信じようとしない・・それどころか僕たちを追い込んで平気でいて、しかもそれがいいことにされてる・・・もう僕は、何を信じたらいいのか分かんないよ・・・」
「ハルくん・・・」
絶望を感じていくハルに、アキは困惑を募らせるばかりだった。
「あまり思いつめないで・・考えるのは休んでからでも・・・」
「でも、その間に僕やアキちゃんたちを襲いに、誰か来るかも・・」
「そのときは、今度は私がハルくんを守る・・いつまでもハルくんに守られてばかりだと、ハルくんに悪いから・・・」
「アキちゃん・・・それでも・・僕は・・」
アキに励まされるが、ハルは不安を拭えないでいる。さらに呼びかけようとしたアキだが、サクラに止められた。
「1回外に出よう・・ハルを休ませるなら、時には1人でじっくり休ませたほうが効果的じゃないかな・・」
「サクラさん・・・はい・・・」
サクラに言われて、アキが小さく頷いた。
「ちょっと気分転換に散歩に出てきます・・すぐに戻ってくるし、何かあったら知らせますから・・」
「サクラちゃん・・・うん・・・」
サクラの言葉にナツが頷いた。サクラとアキは1度部屋から家の外に出かけることにした。
「オレも下にいるから、何かあったら必ず言うんだぞ・・もう勝手に出ていくのはなしだからな・・・」
ナツもハルに声をかけて部屋を出た。部屋はハル1人となった。
(もう信じられるのは、僕を心から信じてくれるものだけだ・・その気持ちを見せつけないと、誰も僕のことを分かってくれない・・・)
ハルが心の中で自分の気持ちを呟いていく。
(僕は、僕を陥れようとするものを許さない・・・でもそれは悪いことじゃない・・そうさせたのは向こうなんだから・・・)
自分自身の意思を強固にしていくハル。彼は敵と見なしたものを排除することへの躊躇を捨てていた。
気分転換のため、アキとサクラは外に出かけていた。今までの騒然がウソだったかのように、2人の周りは平穏だった。
「不思議な気分です・・こんな気分、長い間味わっていなかった気がします・・・」
「実はあたしも・・ホントに余裕なかったからね・・」
自分の気持ちを正直に口にしていくアキとサクラ。
「私たちやハルくんが心から願っていたものなのに、こうして叶っても実感がわかなくて・・・」
「世の中って、ホントに単純じゃないよね・・こうしたらこうなるって、ハッキリしてたらいいのに・・・」
「単純じゃないから、何もかも思い通りにならないから、私たちは悩んだり一生懸命になったりして、成長していけるのではないでしょうか・・・」
「でも、ハルはそれで納得しない・・自分ばかりがイヤな気分を味わわされて、周りの誰かが何もイヤな思いをしないでいるのが、我慢できない・・・」
ハルの心配をして、アキとサクラが表情を曇らせていく。するとサクラがすぐに気を引き締めて、アキに再び声をかけた。
「そんな傷ついたハルの心を支えてるのがアキちゃんなんだよ・・アキちゃんがいなかったら、きっとハルは、自分を取り戻せなかった・・・」
「サクラさん・・そんな・・私のほうがハルくんに支えられているのに・・・」
「そんなことないよ・・あたしができなかったことを、アキちゃんはできてるんだよ・・」
サクラが呼びかけて、アキの手を取った。彼女に突然手を握られて、アキが戸惑いを見せる。
「お願い・・これからもハルを支えてあげて・・・アキちゃんがそばにいるだけで、ハルはハルでいられるんだよ・・・」
「そばにいるだけで・・・私がそばにいるだけで、ハルくんは幸せになれる・・・」
「うん・・そばにいるだけでいい・・ハルのそばにいてあげて・・・」
サクラに呼びかけられて、アキは決心を強めていく。彼女は心からハルを支えてあげたいと思うようになった。
再びベッドに横たわっていたハル。寝ようとしていた彼だが、落ち着くことができず寝れないでいた。
「落ち着かない・・僕を陥れようとした人がいなくなって、楽になれたはずなのに・・・」
なかなか楽になれないことに、ハルは逆に不満を感じて落ち着けなくなっていた。
そのとき、ハルは強い気配を感じ取って緊張を募らせる。立ち上がった彼が窓から外に目を向けた。
「もう指名手配は終わっちゃったのか。面白くないなぁ・・」
声をかけられた瞬間、ハルは視線を止めた。その先にいたのはシンジだった。
(見られた・・僕が家にいるところを・・・!)
ハルが一気に危機感を膨らませた。彼は部屋から出て、玄関から外に飛び出した。
「これで僕にいつでも狙われることになるって思ったみたいだね。それも面白いかも・・」
「いい加減にしてよ・・せっかく落ち着けるところまで来たのに・・・!」
「イヤならさっさと僕に八つ裂きにされればいいんだよ・・そうすればすぐにでも楽になれるんだから・・」
「それで楽になれるの!?・・切り刻まれたら痛いじゃないか・・・!」
言いかけてくるシンジに、ハルが不満を口にしていく。
「やっと落ち着けるようになってきたのに・・邪魔しないでもらいたいよ・・・!」
憤りを募らせていくハルの顔に紋様が走る。
「オレたちの邪魔をするな!」
叫ぶハルがファングガルヴォルスになる。ガルヴォルスとなった彼を見て、シンジが不敵な笑みを見せる。
「そこまでするなら、僕が直接お前に本当の苦しみを味わわせてやるよ・・お前が思っている地獄が地獄に思えなくなるぐらいにね!」
目を見開いたシンジもシャークガルヴォルスとなった。2人が憎悪を向け合い、飛びかかって爪と角をぶつけ合う。
「必死だな・・そんなに僕に切り刻まれるのがイヤだってかい!」
「あぁ、イヤだ!オレたちは絶対に、お前の思い通りにはならない!何度も言わせるな!」
あざ笑ってくるシンジをハルが殴りつける。シンジは突き飛ばされたが、直後にハルの殴った右腕に傷がつけられた。
「だったら何度も言うことになるかもね。もっとも、切り刻まれたら無制限ってわけにはいかないけど・・」
シンジが叩きつけられた壁から出てきて、笑みを強める。
「それを実現させてやるよ・・僕のこの手でね!」
いきり立ったシンジがハルに飛びかかる。
「本当に・・地獄に堕ちないと分からないとでも言いたいのか!」
憤怒したハルの体が刺々しいものへと変わる。彼はシンジが振りかざした爪を、拳で弾き返す。
「何っ!?」
自分の攻撃を跳ね返されたことに、シンジは驚愕する。ハルの体から禍々しいオーラがあふれてきていた。
「またその姿か・・どんなことをしても、僕には敵わないというのに!」
目を見開いたシンジがハルに飛びかかる。彼が全力で爪を振りかざすが、素早く動くハルに命中しない。
「どこまでも往生際が悪い!」
怒号を放つシンジがハルを捕まえようとした。
次の瞬間、シンジが左目に激痛を覚えた。
「ぐ、ぐああぁっ!」
シンジが左目を押えて絶叫を上げる。彼の左目から血があふれてくる。
「お前・・僕の・・僕の顔に傷を!」
今までにない怒りをあらわにするシンジ。血があふれている左目には切り傷がつけられていた。
ハルが素早く腕の角を振りかざして、シンジの顔を切りつけたのである。
「こうされることを覚悟して、オレを狙ってきたんだろう!?・・痛がって不愉快になるぐらいなら、最初からオレを狙わなければよかったんだ・・!」
「いい気になるな!お前がさっさと僕に切り刻まれればいいんだろうが!」
「物分かりが悪いから、みんな身勝手で、それがいつまでも治らないんだ・・・!」
憤りをあらわにするシンジに、ハルが鋭い視線を送る。
「オレはもう、こんなムチャクチャなのは絶対に認めない・・お前のようなヤツも、そんな連中がいるこの世界も・・・!」
「僕にこれだけの侮辱を・・お前だけは絶対に許さない!」
シンジが叫んで、爪を振りかざして地面を切り裂いた。切り裂かれた地面から砂煙が舞い上がって、視界をさえぎった。
「ただでは殺さないぞ!お前の体を細かく切り刻んで、これ以上ないほどの苦痛を味わわせてやるからな!」
シンジの怒りの声がハルに向かって響いてくる。砂煙が弱まったときには、彼の姿はなくなっていた。
「次に出てきたら・・今度こそ、2度と勝手なことができないようにしてやる・・・!」
シンジをはじめとした敵への容赦を切り捨てたハルが、人間の姿にも戻った。彼は引き返すことができないほどの修羅場に踏み入れてしまっていた。
気分転換の散歩をしていたアキとサクラ。2人はハルが落ち着いた頃だと思うようになっていた。
「そろそろ戻ろう・・ハルを心配させるといけないから・・」
「そうですね・・帰りましょうか・・」
サクラが投げかけた言葉にアキが頷く。2人はハルの家に戻ろうとした。
「ここにもいた・・苦しみを抱えている人が・・・」
そこで声をかけられて、アキとサクラが足を止める。彼女たちの前に、1人の女性が現れた。長く白い髪をした女性である。
「私が、あなたたちの苦しみを消してあげる・・・」
女性がアキとサクラに向けて妖しく微笑んできた。
次回
「私に全部任せればいいのよ・・」
「ちょっと・・何がどうなってるの・・・!?」
「苦しみを消せるのが、1番の幸せ・・」
「私がみんなに幸せを届ける・・」