ガルヴォルスFang 第14話「人の牙」
キャットガルヴォルスとなったサクラに、アキは目を疑った。
「ウソ!?・・・サクラさんも、怪物・・・!?」
アキが恐怖に駆られて後ずさりする。彼女の心境を心配しながらも、サクラはシンジに視線を戻す。
「抵抗してもムダだよ。君たちは僕にズタズタにされることに変わりないんだから・・」
「勝手なこと言わないでよね・・誰もそんな目にあわないよ。あたしもアキちゃんも、ハルも!」
あざ笑ってくるシンジに言い返して、サクラが飛び出す。彼女はシンジの周りを縦横無尽に飛び回っていく。
「かき乱して僕の隙を突こうってことだろうけど、そんな小細工をしてくるなら・・」
シンジが笑みをこぼして、アキに向かって歩いていく。
「アキちゃん!」
サクラがシンジに向かって真っすぐに飛びかかる。突然シンジが足を止めて、振り向きざまに右腕の肘の角を振りかざしてきた。
サクラがとっさに反応してジャンプして、シンジの角をかわす。その勢いのまま、彼女は一気にアキに近寄った。
「アキちゃん、つかまって!逃げるよ!」
サクラがアキを抱きかかえて、この場から逃げ出していく。
「だからこのまま逃げられるわけないって・・」
シンジが目を見開いて、2人を追いかけていく。するとサクラが突然空中から下に降りていった。
シンジも素早く下に降りていったが、その先にサクラとアキの姿はなかった。
「いない!?確かにここに来たはずなのに!?」
2人を見失って驚愕の声を上げるシンジ。人間の姿に戻った彼が、苛立ちを募らせる。
「絶対に屈辱を与えてやるよ・・あのひ弱なガルヴォルスに・・・!」
不満を抱えたまま笑みを浮かべるシンジ。彼はハルを追い詰めたい気分をさらに強めていた。
シンジから逃げ切ることができたサクラとアキ。アキを下ろしてから、サクラが人間の姿に戻った。
「ふぅ・・何とか逃げられたよ・・正直、逃げ切るって断言できなかったよ・・・」
サクラが肩の力を抜いて、安堵の吐息をつく。彼女のそばで、アキは震えたままだった。
「アキちゃん、大丈夫・・?」
「来ないで!」
サクラが手を差し伸べるが、アキは怖がって彼女から離れる。
「アキちゃん・・・」
怯えるアキにサクラが動揺を覚える。
「サクラさんも、怪物だったの・・・!?」
「アキちゃん・・うん・・あたしもハルと同じガルヴォルス・・でもあたしもハルも、心までは怪物になってないよ・・」
声を振り絞るアキに、サクラが切実に呼びかけていく。
「信じられない・・その姿なら、誰だって簡単に殺せてしまう・・・!」
「・・簡単じゃないよ・・簡単に殺せるぐらいの力があっても、何でもできるってわけじゃない・・実際、ハルに何もしてあげられない・・」
悲鳴を上げるアキに、サクラが物悲しい笑みを浮かべる。
「どんなことになっても、あたしはあたしだし、ハルはハルだし、アキちゃんはアキちゃんだよ・・つまり・・」
サクラが気持ちを落ち着けてアキに真剣な面持ちを見せる。
「怪物になっても、中身は人のままだってことだよ・・」
「中身は、人のまま・・本当にそうなの・・・?」
「うん・・でもハルは、人の心を失いかけてる・・」
恐怖を和らげていくアキと、困惑を覚えだすサクラ。
「ガルヴォルスの大きな力に振り回されて、見境がなくなってきてる・・このままじゃホントの怪物になっちゃう・・」
「ハルくんが・・・そんな・・・」
「ハルを助けてあげて、アキちゃん・・もうアキちゃんにしか、ハルを助けられない・・・」
戸惑いを募らせているアキに、サクラが歩み寄って懇願する。
「でも、私にできることなんて・・・」
「ハルに呼びかけて、気持ちを伝える・・それが1番の方法だよ・・・!」
迷いを見せるアキの手を取って、サクラがさらに頼み込む。彼女の目からは涙があふれてきていた。
「あたしがハルを全力で見つけるから、アキちゃんはハルを・・」
サクラがアキにハルを任せようとしたときだった。
「牧野サクラだな?」
兵士たちがアキとサクラの前に現れて、銃を構えてきた。
「大人しく我々に同行しろ。そこにいる娘も一緒だ。」
「何なの、アンタたち・・そんな格好でそんなもの持ち出して・・平和なこの国で戦争でもしようっていうの・・!?」
「指示に従え。それ以外の行動をすればすぐに撃つ。」
サクラが言い返すが、兵士たちは銃口を向けてくるだけである。
「一方的に脅して、逆らったら殺す・・そんなの犯罪に決まってるじゃないの!」
サクラが不満の声を上げた瞬間、兵士の1人が発砲してきた。放たれた弾丸はサクラとアキの間の地面に当たった。
「これは任務だ。人に害を及ぼす敵を打ち倒すことが、罪であるはずがないだろう。」
冷徹に振る舞う兵士たちに、アキは完全に怯えてしまって、言葉を出すこともできなくなっていた。
「ここで貴様を拘束、断罪する。貴様がガルヴォルスであることは分かっているのだ。」
兵士が口にしたこの言葉に、サクラは緊張を募らせる。
(ガルヴォルスのことを知ってる・・あたしがガルヴォルスだってことも・・・!)
「アキちゃん、逃げて!」
いきり立ったサクラがキャットガルヴォルスになる。彼女はすぐにアキを抱えて、兵士たちの包囲を飛び越える。
「逃がすか!」
兵士たちが2人に向けて銃を放つ。その中の1発がサクラの左腕をかすめた。
「うっ!」
撃たれた痛みで顔を歪めるサクラ。それでもアキを放さないように意思を強く持って、足を止めなかった。
「サクラさん・・腕が・・!」
「黙ってて!舌かんじゃうよ!」
困惑を覚えるアキに呼びかけて、サクラは力を振り絞って走っていく。
「逃がすか!先回りするんだ!」
「素早くても方向を絞れれば十分回り込める!」
兵士たちがサクラとアキを追って、次々に車で走り出していった。
アキと向かい合うことができず、ハルは途方に暮れていた。彼は街の雑踏に紛れ込んでいた。
(どうしたらいいんだ、僕は・・・アキちゃんに受け入れてもらえず、人間からも追われることに・・・)
自分に押し寄せてくる非情な現実を、ハルは拒絶しようとする。
(このまま・・僕は怪物になってしまえばいいんだろうか・・・)
自暴自棄に陥りかけていくハル。彼の中に徐々に悪い感情が湧き上がってきていた。
そのとき、数台の車が道路を通り過ぎていくのを目撃したハル。それが自分を狙ってきた兵士たちのものだと思い知って、彼は緊迫を膨らませた。
(もしかして、僕を追ってきたんじゃ・・・!?)
ハルは自分の身を守ろうとして、人込みの中に紛れていく。兵士たちが狙っていたのが彼ではなく、アキとサクラであると知らずに。
兵士たちから逃げ切ることに成功したサクラとアキ。サクラは誰も追ってきていないことを確かめて、安堵を覚える。
「ふぅ・・何とか逃げ切れたよ・・」
人間の姿に戻ったサクラがアキに振り返る。アキは怯えて震えていて、声を上げることもできないでいる。
「アキちゃん・・落ち着いて・・あたしがハルのところまで連れてくから・・」
「さっきの人たち・・サクラさんが怪物だから狙って・・・」
サクラが呼びかけると、アキは震えながらも声を振り絞ってきた。
「あたしも何がどうなってるのか全然分かんないよ・・何でガルヴォルスのことを・・あたしがガルヴォルスだってことも・・」
サクラがアキに困惑を見せる。彼女も状況が分かっていなかったが、不安は感じていた。
「分かっているのは、あの連中を振り切らないと危険だってこと・・あたしもアキちゃんも、きっとハルも・・」
「ハルくんも・・・」
「ハルくんもガルヴォルスだってことを知ってて、それで殺しに来る可能性は十分ある・・早くハルを見つけないと、今のハルの状態じゃ・・・」
サクラがハルに最悪の展開が起こりうる不安を口にする。
「ホントはあたし、すっごく怖い・・死んじゃうんじゃないかってだけじゃなく、ハルやアキちゃんに何かあったらって・・」
「サクラさん・・・」
「だから、そうならないためにも、そうさせないためにも、あたしが体を張るんだって決めたの・・ハルとアキちゃんが仲直りできるようにするんだから・・・!」
自分の気持ちを感情を込めて言うサクラ。彼女はハルを助けたい、ハルとアキがいつまでも仲良くなってほしいと、心の底から願っていた。
「いたぞ!」
そこへ兵士たちが車で駆けつけて、サクラとアキを取り囲んできた。
「人を脅かすガルヴォルス!貴様もここで射殺する!」
「だから、アキちゃんに手を出さないでっていうのが分かんないの!?」
銃を構えてくる兵士たちに憤って、サクラがキャットガルヴォルスになって身構える。
「待って、サクラさん!サクラさん、ケガを・・!」
アキが悲痛さを込めてサクラを呼び止める。サクラは撃たれた傷がふさがってはいなかった。
「分かってるよ・・でも、アキちゃんやハルが抱えている苦しみに比べたら、あたしのなんて、痛くもかゆくもない・・・!」
アキを守るため、ハルを助けるため、サクラは痛みに耐えて立ち上がろうとしていた。
サクラがガルヴォルスであること、彼女とアキを発見したことを、タカシも知っていた。
(私たちに見つかった時点で、お前たちに生き延びる結末は消えているのです。)
ハルだけでなくサクラも追い詰めていることに、タカシは不敵な笑みを浮かべていた。
(ガルヴォルスは1人たりとも存在させてはなりません。必ず滅ぼして、世界に本当の平和を。)
ガルヴォルスの全滅を目論むタカシ。ガルヴォルスが人間の進化であると知りながら、彼はそれを異端の存在として抹殺しようとしていた。
自分を狙ってくる兵士たちから逃げるように、ハルは街の中を駆け回っていた。
(もう追ってきてないかな?・・いい加減にほっといてほしいよ・・・)
何の罪も犯していない自分が追われることに、ハルは不満を募らせていた。
“アキちゃん、逃げて!”
そのとき、ハルの耳にサクラの声が入ってきた。
「サクラ・・アキちゃん・・・」
アキとサクラのことを考えるハル。しかし疑心暗鬼に陥っていたハルは、聞き入れまいとする。
(僕が行っても、アキちゃんは僕を受け入れてくれない・・受け入れてなんて・・)
必死に自分に言い聞かせるハル。しかし彼はそれでもアキのことを気にせずにいられなくなっていた。
(このままにできない・・アキちゃんを見捨てるなんて・・・!)
込み上げてくる想いに突き動かされて、ハルは兵士たちが向かったほうに走り出していった。
(アキちゃんがいなくなっちゃったら、アキちゃんに拒絶されることもなくなる・・イヤだけど、それはむなしいことじゃないか・・・!)
いきり立ったハルの顔に紋様が走る。ファングガルヴォルスとなって、彼はさらにスピードを上げた。
(アキちゃん・・どこにいるんだ・・アキちゃん・・・!)
ハルが五感を研ぎ澄ませて、アキの居場所を探っていく。
“アキちゃんを守って、ハルを助ける・・・!”
鋭くなっていた彼の聴覚が、サクラの声を捉えた。
(サクラの声・・アイツのそばにアキちゃんがいて、あの人たちがアキちゃんを・・・!)
ハルがアキの危機を察して、全速力で進んでいく。そして彼の視界に、兵士に囲まれているアキとサクラを発見した。
(アキちゃん!)
アキの姿を目の当たりにして、ハルが兵士たちに向かって突っ込んでいく。
「アキちゃんに手を出すな!」
叫ぶハルが兵士たちを突き飛ばして、アキとサクラの前に駆け込んできた。
「ハル!」
「ハル、くん・・!?」
彼の登場にサクラが声を上げ、アキが動揺を覚える。
「ハル・・来てくれたんだね・・・!」
サクラがハルを見て安堵を感じて、脱力してふらつきそうになった。
「ハルくん・・どうしてここへ・・・!?」
アキが声を振り絞ると、ハルが体を震わせてきた。
「オレもどうしてなのか、分かんないよ・・でも、アキちゃんがいなくなったら、オレ自身がどうかなるんじゃないかと思えて・・・」
ハルが自分に言える正直な気持ちを口にしていく。
「お前は伊沢ハル・・自分から処罰を受けに出てくるとは。」
「ここでお前たちを一掃してやるぞ!」
兵士たちがハルにも銃を向けてきた。するとハルが彼らに憎悪を向けてきた。
「しつこいんだよ、お前たち・・そんなマネをしないでおとなしくしてくれれば、オレもお前たちもイヤな気分にならずに済んだのに・・・!」
ハルがいきり立って、右手を強く握りしめて振り上げた。
「いけない!アキちゃん!」
サクラがアキに駆け寄って、彼女を抱えてジャンプする。同時にハルが右手を振り下ろして、地面を叩いて砂煙を巻き上げる。
「また視界をさえぎって逃げるつもりか!」
「何度も同じ手が通用すると思っているのか・・!?」
声を荒げる兵士たちが、目を凝らしてハルたちを探る。立ち込める砂煙の中から、彼らはハルたちのかすかな影を捉えた。
「あそこだ!まだ逃げられてはいない!」
「今度こそやってやる!」
兵士たちが影に向けて銃を連射する。弾丸の雨はハルたちの周りを通り抜けていた。
「分からないのか・・・!?」
着地したハルが兵士たちに憤りを見せる。
「死なないと分からないとでも言いたいのか、お前たちは!?」
激高したハルの姿が刺々しいものへと変わった。彼がむき出しにした殺気と狂気に、兵士たちが一瞬臆する。
「まさかこのようなことで気圧されるとは・・!」
「どんな手に打ってこようと、我々の使命は変わらない!」
兵士たちが気を引き締めなおして、ハルに再び発砲する。弾丸を次々に受けるも、ハルは全く怯まない。
「き、効かない!?・・そんなはずは・・!」
「やせ我慢をしているだけだ!撃ち続ければ!」
兵士たちが驚きながらも発砲を続ける。するとハルが全身から衝撃波を放つ。
「おわっ!」
衝撃波にあおられて兵士たちが吹き飛ばされる。激情をむき出しにしているハルに、アキは恐怖を感じて言葉が出せなくなっていた。
「オレは、お前たちを許してはおかない・・2度と出てこれないようにしてやる・・・!」
ハルが声と力を振り絞って、兵士たちに迫る。
「貴様、我々を手にかけようというのか・・!?」
「所詮ガルヴォルス・・人殺しをすることに、罪悪感がないということか・・!」
兵士たちが口にしたこの言葉を耳にして、ハルが心を揺さぶられる。人殺しが罪であるという認識が、彼自身の激情を抑えにかかっていた。
「だがガルヴォルスはガルヴォルス!お前たちを打ち滅ぼすことは、罪ではなく正義!」
「ガルヴォルスがいなくなれば、世界は平和になる!」
射撃をやめない兵士たちに、ハルが右手を振りかざした。彼の手の爪が兵士の1人の体を切りつけた。
ガルヴォルスでない人間を、ハルはついに手をかけた。
次回
「ハルが、指名手配!?」
「お前たち自身の行動が、自らの首を絞める結果を招いているのです。」
「ガルヴォルスも人間も関係ない・・」
「お前たちは、オレの敵だ!」