ガルヴォルスFang 第13話「壊れゆく心」
ハルは気弱な性格だった。
リーダーシップはなく、自分から声をかけることもほとんどなかった。
ハルが気軽に声をかけられたのが、兄のナツだけだった。
気弱な性格のハルは、同級生や上級生にいじめられることがあった。拒めば暴力を振るわれることが、ハルを心身ともに追い込んでいった。
そしてある日、上級生がまたハルをいじめに来たときだった。
校舎裏で暴行事件が起こった。被害を受けたのはハルではなく、ハルをいじめていた上級生たちだった。
上級生を負傷させたのはハルだった。いじめられた不満が爆発して、彼は上級生に反逆したのだった。
上級生のほうが力があるはずだった。だがハルは感情の赴くままに強引に上級生たちを押さえつけて、地面や壁に叩きつけていった。流血が起きても上級生が怖がっても、ハルは攻撃をやめなかった。
最終的に、ハルはいじめてきた上級生たちに重傷を負わせることになった。
上級生の親からハルは責任を追及されることになった。ナツが頭を下げて謝ったが、ハルは絶対に謝らなかった。
悪いのは向こう。向こうがいじめてこなければ、こんな事態にならなかった。ハルはその一点張りだった。
親が問い詰めると、逆にハルが感情をあらわにしてつかみかかるばかり。ハルの感情を逆撫ですれば、何もかもが悪い結果しか生まなくなってくる。
それからナツも周りの人たちも、ハルを刺激しないように気を遣うようになった。
しかししばらくして、また事件が起こった。
進級してクラス替えしたことで、ハルはサクラと同じクラスになった。
このときのサクラはマイペースで、どんなことも自分が仕切ろうとしていた。相手の気持ちを気にすることなく、自分で物事を進行させてしまっていた。
その矛先はハルにも向けられることになった。
「ねぇねぇ、ちょっと付き合ってほしいんだけどいいかな?」
サクラに声をかけられて、ハルが当惑を見せる。
「何に付き合うっていうんだ・・?」
「それはついてきてのお楽しみ♪」
「今教えてよ・・よく分からないことに関わりたくない・・」
「いいから、いいから♪とにかくついてくればいいの!」
消極的になっているハルを、サクラが無理やり連れていく。
「やめてよ・・やめてったら・・・!」
ハルが声を上げるが、上機嫌になっているサクラは聞いていなかった。彼らが来たのは、サクラが立ち上げた同好会を行う部屋だった。
「はーい♪前人未到の挑戦をしていくチャレンジ同好会のスタートだよー♪」
「チャレンジ同好会・・?」
明るく振る舞うサクラに、ハルが疑問符を浮かべる。
「この調子で人数を集めていくよー♪君も手伝ってちょうだいね♪」
「何で・・何で僕がそんなことを・・・」
協力を求めてくるサクラだが、ハルは頷かない。
「そういうことで僕を振り回さないでよ・・どうしても乗り気にならない・・」
「何よ・・あたしの誘いを受けないっていうの!?」
部屋を出ようとしたハルに、サクラが詰め寄ってきた。
「あたしの誘いを断るなんて100年早いのよ!」
「そんなムチャクチャな・・」
怒鳴ってくるサクラに、ハルが困り顔を見せる。
「もしもあたしの誘いを断るなら、君のあのときのことをネットで広めちゃうよ〜。」
「ちょっと待ってよ・・そんな脅迫、思いっきり犯罪じゃないか・・」
「どこが?別に誰が困るわけじゃないし・・あ、君が困っちゃうか。」
「冗談じゃないよ・・目的のために手段を選ばないつもりか・・・!?」
脅しをかけるサクラに、ハルが敵意を向ける。
「全てはあたしたちのチャレンジ魂のためだよ♪」
サクラは笑顔を振りまくと、さらにハルに詰め寄って胸ぐらをつかんで鋭い視線を向けてきた。
「せっかくここまで来たんだから、後戻りできるなんて思わないことね・・!」
「思うよ・・思わないと、僕が僕でなくなる・・・!」
ハルは声を振り絞ると、力を込めてサクラを突き飛ばす。
「僕は無理やりやらされるのがイヤなんだ・・2度と僕を振り回さないで・・」
ハルが不満の声をかけて、部屋を出ていく。するとサクラが追いかけてきて、ハルに飛び膝蹴りを叩き込んできた。
「だから後戻りできるって思わないでよね!大人しくあたしの言うとおりにしてよね!」
サクラが倒れているハルを見下ろして、強気に言い放った。この瞬間、ハルの中にある感情が爆発した。
起き上がったハルがサクラの顔面をつかみかかってきた。彼はそのまま彼女を壁に叩きつけようとした。
だがサクラに逆につかんできている腕をつかみ返して、ハルを引き倒した。
「これでもあたし、腕っぷしは優れてるほうなの。だからあたしの言うとおりにしといたほうがいいんじゃないの?」
再び見下ろしてハルに言いかけるサクラ。自分の思い通りにならないものはないと、サクラは信じて疑っていなかった。
だがハルはまた起き上がってきた。そして再びサクラを捕まえおうとしたが、逆にサクラに伸ばした右腕をつかまれる。
「だからあたしには敵わないって・・」
サクラが強気に言って、ハルをあしらおうとした。だがハルは右腕をひねられているにもかかわらず、サクラをつかんで壁に叩きつけた。
右腕に痛みがなかったわけではなかった。ハルの爆発した怒りが痛みを感じさせなかったのである。
「お前は・・お前は!」
ハルがさらにサクラを床に叩きつける。全身に痛みを感じて動けないでいるサクラに、ハルが鋭い視線を向ける。
「お前はどこまで・・そんなに僕を苦しめたいのか、お前は!?」
ハルが怒鳴ってサクラを強く踏みつける。全身に激痛が走って、サクラが声にならない悲鳴を上げる。
2人の騒ぎに気づいて、生徒たちが顔を出してきた。
「ち、ちょっと!」
「伊沢、何やってるんだ!?」
周りにいた女子たちが悲鳴を上げて、男子がハルを止めに入る。腕を押さえようとする男子たちだが、逆にハルに振り払われる。
「コイツの味方をするの?・・自分がいい思いをするなら他の人がイヤな思いをしても構わないと思っている人に、味方しようっていうの・・・!?」
ハルが手を止めて、男子たちに冷たく言いかける。
「そうじゃない!ケガして血が出てるじゃないか!」
「これ以上やったら死んじまうぞ!」
男子がハルに向けて呼びかけるが、ハルは考えを変えない。
「そうされることを分かってて、コイツは僕を追い詰めようとした・・全部自業自得じゃないか・・」
「だからって、これはやりすぎだ!やっていい理由にならないって!」
「それはコイツみたいに好き勝手な人に言ったらどうなんだ!」
怒鳴る生徒たちに怒鳴り返して、ハルは聞き入れようとしない。
「ハル!」
そこへナツが教師たちと一緒にやってきて、ハルに駆け寄ってきた。
「ハル・・もうやめろ・・とりあえずやめるんだ・・・!」
「兄さん・・でも、悪いのは・・・!」
「分かってる・・分かってるから、もうおとなしくしろって・・・!」
困惑するハルをナツがなだめていく。ナツの言葉を受けて、ハルがだんだんと気持ちを落ち着けていく。
「もう帰るぞ、ハル・・今日はもう休むぞ・・」
「兄さん・・・うん・・・」
ナツに連れられて、ハルがこの場を後にしていく。彼に暴力を振るわれたサクラは意識を失っていた。
「早く病院へ!すぐに連絡して!」
それからサクラは病院に運ばれて、治療を受けた。出血していたものの、彼女の骨は折れておらず、体も打撲だけだった。
ハルはサクラに暴力を振った責任を求められた。しかしハルはサクラに謝ろうとしなかった。
自分は悪くない。サクラが無理やりにしなければ、自分の何もしなかった。ハルはその一点張りだった。
そんなハルにサクラの親が叱りに来た。それでもハルは謝ろうとせず、逆に親に憤りの言葉を言い放ってきた。
「あなたたちも僕を苦しめたいの?・・アイツに無理やり振り回されるのを、みんなも正しいと思い込んでいるの・・!?」
「あなた、サクラをあんな目にあわせてまだそんな・・!」
「アイツのやることなら何をやってもいいっていうの?・・何をやっても許されると思い込んでるなら・・!」
怒鳴ってくる親にハルが憎悪を傾ける。
「どんなことになっても文句は言わないよね!?」
「ハル、よせって!」
敵意をむき出しにするハルを、ナツが呼び止める。彼に声をかけられて、ハルが気分を落ち着かせていく。
「もうよすんだ、ハル・・みんな、分かってるから・・・!」
「兄さん・・・」
ナツに言われてハルがおとなしくなっていく。
「本当に、すみませんでした・・・」
ナツは親たちにそういうと、脱力しているハルを連れてこの場を後にした。
それから数日がたって、ナツがサクラに会いに来た。サクラは打撲から回復して元気を取り戻しつつあった。
「こんにちは、サクラちゃん・・体は大丈夫・・・?」
「うんっ♪もう全然大丈夫だよ♪」
ナツの心配の声にサクラが元気に答えた。しかしすぐに彼女から笑顔が消える。
「って言いたいんだけど・・気持ちのほうは元気になってないかな・・」
「本当にごめん・・ハルが、その・・・」
「ううん、気にしないで・・悪いのは、あたしだったんだから・・・」
謝るナツにサクラが弁解する。
「あたし、何でもかんでも自分の思った通りにやらないと気が済まなくて・・そう考えると他のことが全然考えが回らなくて・・」
「サクラちゃん・・・」
「でも、そのあたしのやり方が、ハルを怒らせちゃったんだね・・ハル、怒ってあたしをボコボコにすることしか考えてなかった・・」
戸惑いを覚えるナツに、サクラが物悲しい笑みを浮かべる。するとナツが思いつめた面持ちを見せて、話を切り出した。
「ハルは強すぎるんだよ・・感受性も、イヤなものへの反発も・・だから、無理やり言うことを聞かせたり都合のいいようにしたりしても、ハルは絶対に言うことを聞かない。むしろ逆効果なんだ・・」
ハルのことをサクラに話していくナツ。彼はハルが感情に任せた暴挙をするのを何度も見てきていた。
「そんな無理やりなことが、ハルをあのような性格に追い込んじゃったんだ・・アイツは自分を苦しめると感じたものには徹底的に反発する・・」
「ハルが・・・あたし、謝りに行かないと・・・!」
「それはやめたほうがいいよ・・ハル、もう完全に君のことを敵だと認識しちゃってる・・顔を見せただけで、アイツが何をするか分かんない・・」
病室を出ようとするサクラだが、ナツに呼び止められる。
「会うのはもうちょっと間を置いたほうがいいみたい・・」
「ナツさん・・・ハル・・・」
ナツに忠告されて、サクラは困惑を募らせていく。ハルに会わせる顔がないと、サクラはここで思い知らされていた。
それからサクラはハルに会うことなく、家庭の事情で引っ越すことになった。
サクラはハルのことを気にしていた。しかしハルに会うことは彼の神経を逆撫ですることになると、彼女は痛感していた。
ハルに会ってどのような振る舞いをしたらいいのか、サクラは分からなかった。
それからサクラがハルと再会したのは、彼女がまた転校してのことだった。
「ハルくんと、サクラさんに・・・」
サクラの話を聞いて、アキが戸惑いを膨らませていた。
「あたしがハルを追い込んだ・・だからあたしに、ハルを元気づける資格はないの・・」
物悲しい笑みを浮かべるサクラ。自分を責めている彼女に、アキは困惑するばかりだった。
「でもアキちゃんなら、ハルを支えてあげられる・・2人が互いを信じ合わないと・・」
「サクラさん・・・でも、私はハルくんを・・・」
「アキちゃんが信じてあげなかったら、ハルはどうなっちゃうの・・・!?」
怖さと迷いを見せているアキに、サクラが必死の思いで呼びかける。
「このままじゃ、ハルはひとりぼっちになっちゃうだけじゃない・・心までホントの怪物になっちゃう・・・!」
「ハルくんが・・そこまで・・・」
「アキちゃんは、ハルがそんなのになっていいとは思ってないんだよね・・・!?」
サクラに呼びかけられて、アキが戸惑いを見せる。
「ハルくんに辛い思いをしてほしいなんて思ってない・・でも、私が会おうとしても、逆にハルくんを辛くさせてしまう・・・!」
「アキちゃん・・アキちゃんなら、ハルを辛さや苦しさから救い出せる・・アキちゃんだけなんだよ、もう・・・!」
胸を締め付けられるような気分を感じるアキに、サクラが懇願する。
「あたしでもいいなら、あたしで何とかしようと思う・・でも、どんなに前向きでも、どんなに力があっても、ハルを助けることができないんだよ・・・」
ハルを助けられない自分に無力さを痛感するサクラ。物悲しい笑みを浮かべる彼女に、アキは戸惑いを感じていた。
「女の子同士で仲良く話をしてるみたいだね。」
そこへ声がかかって、アキとサクラが振り返る。サクラは覚えのある声と姿に緊張を覚える。
2人の前に現れたのはシンジだった。
「アンタ、ハルを襲った・・!」
「覚えていてくれたんだ。僕も有名になったもんだね・・」
サクラに声をかけて、シンジが笑みを強める。
「ハルはここにはいないわよ!残念だったわね!」
「そんなことは分かっているんだよ。今回の僕の狙いは、君たちなんだから・・」
強がるサクラにシンジが不敵な笑みを見せる。サクラとアキの緊張が一気に膨らんだ。
「私・・・!?」
「あのひ弱が君に思い入れがあるみたいだからね・・君に何かすれば、アイツがどんな反応をするのか、確かめたくなってね・・」
恐怖を膨らませて後ずさりするアキに、ハルがゆっくりと近づいていく。その間にサクラが割って入ってきた。
「アキちゃんは逃げて!あたしが食い止めるから!」
「サクラちゃん・・!?」
呼びかけるサクラにアキが戸惑いを覚える。
「でも、それじゃサクラさんが・・!」
「そうだよ・・君が逃げたらその子がどうなることか・・」
アキが声を荒げる前で、シンジの頬に紋様が走る。彼が変化したシャークガルヴォルスを目の当たりにして、アキが恐怖に駆り立てられて目を見開く。
「2人とも僕がズタズタにするんだ・・アイツにこれ以上ないくらいの絶望を味わわせてやるよ・・・!」
「アキちゃんは逃げて!ハルのそばについてて!」
爪をとがらせるシンジから守ろうと、サクラがアキに呼びかける。
「でも、それだとサクラさんが・・!」
「あたしよりもハルだよ!」
離れられないでいるアキに、サクラが感情をあらわにする。彼女に呼びかけられて、アキが戸惑いを覚える。
「ハルに何かあってからじゃダメなんだよ・・今だからこそ、アキちゃんがハルのそばについていなくちゃ・・・!」
「それは叶わないよ。だって君たちはここで僕に・・」
サクラのアキへの呼びかけをシンジがさえぎる。
「そんなことさせない!」
シンジに対して怒りをあらわにしたサクラ。彼女の頬に異様な紋様が浮かび上がった。
「サクラさん、まさか・・・!?」
アキが目を見開く前で、サクラがキャットガルヴォルスに変わった。
次回
「サクラさんも、怪物だったの・・・!?」
「怪物になっても、中身は人のままだってことだよ・・」
「ガルヴォルスは1人たりとも存在させてはなりません。」
「貴様もここで射殺する!」