ガルヴォルスFang 第9話「絶望の始まり」
シンジとの攻防の中、ハルの体に変化が起きた。刺々しい姿となった彼の体から、禍々しいオーラがあふれてきていた。
「僕がこんなに怖くなるなんてね・・でも、それで僕が尻尾巻いて逃げると思わないことだね!」
シンジがいきり立って、ハルに飛びかかって爪を突き出す。次の瞬間、ハルの右手の爪がシンジの体に突き刺さった。
「なっ・・!?」
攻撃を仕掛けたはずが逆に攻撃を受けたことに、シンジは驚愕を覚える。ハルの手が引き抜かれて、シンジの体から血があふれ出る。
「この僕が・・今の僕が血を流すなんて・・・!?」
苦痛を感じて顔を歪めるシンジ。ハルが彼に向かってゆっくりと近づいていく。
「お前はここで、オレが殺す・・・!」
ハルが低く告げて右手を構える。シンジがとっさに横に動いて、ハルの突きをかわす。
(本当に速い・・今の僕がスピードで追い詰められているなんて・・・!)
徐々に焦りを募らせていくシンジ。着地した彼は、自分の背後にハルが回り込んでいたことに気づく。
「あんまり調子に乗らないことですね・・!」
シンジが振り返りざまに、両腕を振りかざして肘の角でハルを切り裂こうとした。だがハルが突き出した両手で、シンジが再び突き飛ばされる。
「ま、まずい・・このままじゃやられる・・・!」
危機感が頂点に達し、シンジが慌ててハルから逃げ出していく。ハルが彼を追って走り出していった。
ハルが発揮した禍々しい力を、近くを通りがかっていたサクラも感じ取っていた。
(この感じ、ハルがいた場所だよね!?・・もしかして、ハルが襲われて・・・!?)
ハルの危機を直感して、サクラは人目につかない裏路地に入った。そこで彼女はキャットガルヴォルスになった。
サクラは素早い動きで建物の上を飛んで伝って、ハルのいる場所に向かっていく。
(ハル・・あたしが戻るまで、無事でいて・・・!)
ハルの心配を募らせながら、サクラはスピードを上げていった。彼女はハルとシンジのいる場所にたどり着いた。
「これって・・!?」
変貌を遂げていたハルの姿を見て、サクラが緊張を覚える。ハルの体からは禍々しいオーラがあふれてきていた。
「ハル・・何があったの・・・!?」
緊張を募らせながら、サクラがシンジを追っているハルに近づいた。
「ハル!・・どうしたっていうの、ハル・・・!?」
サクラが声をかけるが、ハルは彼女に目もくれずにシンジを追い続ける。
「ちょっと、落ち着いて、ハル!・・アイツがまた何かやったの・・!?」
サクラがハルに駆け寄って、そばで声をかけた。その瞬間、サクラの体に1つの切り傷がつけられた。
「えっ・・!?」
あまりに一瞬だったため、何か起こったのか分からなかったサクラ。痛みのために力を入れられなくなり、彼女が体から血をあふれさせながら、下の家の屋根の上に落ちた。
ただこの一瞬にサクラに注意を向けたためか、ハルは逃げるシンジを見失うことになった。
そのとき、ハルからあふれていたオーラが弱まっていき、そして消えていった。
「あれ・・・?」
我に返ったハルが人間の姿に戻った。
「ハル・・大丈夫・・・?」
「サクラ・・・僕・・何をしていたんだ・・・!?」
サクラが声をかける前で、ハルが自分の両手を見つめて震えていた。
「今のことを覚えてないの・・・?」
「思い出せない・・もしかしたら、思い出さないほうがいいことかもしれない・・・」
サクラが声をかけていくが、ハルは困惑するばかりになっていた。
「とにかく休もう・・気分を落ち着かせないと・・」
サクラに呼びかけられて、ハルが小さく頷く。彼は彼女に支えられて、家に戻っていった。
ハルに言われて先に家に戻ってきていたナツ。彼はハルのことを心配して、いてもたってもいられなくなっていた。
「ハル・・ホントに大丈夫なのか・・やっぱり戻るべきか・・・!」
ハルを放っておけず、ナツが彼がいた場所に戻ろうとした。その彼の視界に、サクラに支えられたハルの姿が入ってきた。
「ハル!」
ナツが慌ただしくハルに駆け寄った。
「ハル、大丈夫か!?ハル!」
「兄さん・・そんなに怒鳴らなくても聞こえてるよ・・・」
呼びかけるナツに、ハルが弱々しく返事をする。彼が大事になっていないことに、ナツは安堵の笑みを浮かべた。
「あのガルヴォルスはどうしたんだ・・・!?」
「分からない・・あっちが逃げていったのか、僕が逃げたのか・・」
ナツが続けて問いかけると、ハルが困惑しながら答える。
「とにかく家に入ろう・・サクラちゃん、ありがとう・・」
「ううん・・ハルの助けになれて、あたしは嬉しいよ・・」
声を掛け合って、ナツとサクラはハルを連れて家に入っていった。
ベッドに横になったハルは、心身ともに疲れてすぐに眠りについた。彼の部屋を離れてから、ナツはサクラに話を聞いた。
「ホントに何があったんだ?・・知っていることだけでもいいから、教えてほしい・・・」
ナツに問いかけられて、サクラは話をすることに躊躇する。しかしナツの真剣な顔を見て、話をする決心をした。
「ナツさん、ガルヴォルスって知ってます・・?」
「ガルヴォルスって・・まさか、サクラちゃん・・!?」
サクラの言葉にナツは一瞬耳を疑った。
「ナツさん、ハルのこと知ってたんだね・・あたしもガルヴォルスなの・・あたしもハルみたいに、人の心がちゃんとあるから。」
「サクラちゃんも・・それで、ホントはハルに何があったんだ・・・?」
「あたしもちょっとしか見てなかったから、詳しくは分かんないんだけど・・」
ナツの問いかけにサクラが話を切り出した。
「ハル、ちょっと様子が違ってた・・体から不気味な何かが出てて、姿かたちもちょっと変わってた・・それに何だか、見境をなくしてた・・」
サクラは自分が見た、そのときのハルの姿と行動を話していく。
「あたしが呼びかけても全然反応しないで、あたしにも攻撃をしてきた・・それもあたしだって認識してなかった・・・」
「マジで、見境なしってこと・・・!?」
サクラの話を聞いて、ナツはさらに緊張を膨らませた。
「ホントに落ち着かせないと、ホントに取り返しがつかなくなっちゃうかもしれない・・」
「今までハルが起こした面倒以上に・・・」
サクラとナツが今まで感じたことのない不安を感じた。
これまでの激情的な性格と高まっているガルヴォルスの力。これらを宿しているハルが暴走を起こしたら、自分たちで止めることは不可能に近くなる。サクラもナツはそう思っていた。
「イヤなことがあったら忘れようとして、なかったことにしようとするのがハルの性格だ。このまま忘れてくれることを願うしかないな・・」
「力の面でハルをサポートできるのはあたしだけ・・しっかりしないと・・」
不安を胸の奥に留めようとするナツとサクラ。2人の心情を気に留めることなく、ハルは眠り続けていた。
変貌を果たしたハルに返り討ちにされて、シンジは苛立ちを膨らませていた。
「この僕が、ボロボロにやられて、尻尾を巻いて逃げるなんて・・!」
腹立たしさを我慢できず、シンジがそばの壁に拳を叩きつけた。
「だけど、それで負けを認めてやるほど、僕は弱くはないよ・・・!」
しかしシンジがすぐに笑みを浮かべてきた。
「僕はもういじめられてばかりの僕じゃない・・・どんなヤツでも・・絶対に切り刻んでやるぞ・・・!」
ハルを含めた自分の敵を手にかけることを、シンジは強く決意していた。
その翌日の放課後、ハルが学校を休んだと聞いて、アキは家を訪れた。彼女はハルのことが心配でたまらなくなっていた。
(ハルくん・・大丈夫かな・・・?)
不安と心配を胸に秘めて、アキはインターホンを押した。少ししてから、玄関からハルが顔を見せてきた。
「アキちゃん・・・」
「ハルくん・・よかった・・元気そうで・・・」
戸惑いを見せるハルに、アキが安心の笑顔を見せた。
「今日出たプリントも持ってきたよ・・」
アキがバッグからハルの分のプリントを取り出した。
「ありがとう、アキちゃん・・丁度外に出て歩きたい気分になっていたんだ・・」
「いいの?まだ休んでいたほうが・・」
「大丈夫・・実は疲れていたのは体よりも頭のほう・・本当に落ち着かなくて・・・」
さらに心配するアキに、ハルが微笑みかける。彼の気分と心境を察して、アキも心を決めた。
「それじゃ私も一緒に行く・・まだ時間があるし・・」
「アキちゃん・・・」
「もちろん、迷惑だったらすぐに帰るよ・・」
「ううん・・一緒にいて・・そんな気分でもあったんだ・・・」
ハルが聞き入れてくれたことに、アキは喜びを見せた。2人は外に出かけて、道を歩いて気分転換に向かった。
「ところでハルくん・・サクラさ・・牧野さんのことは、どう思っているの・・・?」
「どうって・・・」
アキが投げかけてきた問いかけに、ハルが困惑を見せる。
「サクラさんに対して、イヤな思いをしていた・・ハルくんだから、まだそのイヤな思いを抱えているんじゃないかって・・」
「アキちゃん・・・イヤだとは今も思ってる・・だけど僕を助けたのも確かで・・・」
「ハルくん・・・実はサクラさんとお話したことがあって・・サクラさんもハルくんにしたことを後悔していたみたい・・・」
「今更後悔したって遅い・・後悔するなら、最初からやらなければいいのに・・・」
「そううまくいかないものかもしれない・・私もハルくんも、何もかもうまくいってほしいと思っていながら、うまくいったことなんてほとんどない・・」
「そういう問題じゃない・・やっていいこととやったらいけないことの区別をつけることが大事なんだよ・・それが分かっていない人が増えてきている・・不愉快になってくるよ・・」
呼びかけてくるアキにハルが不満の言葉を口にしていく。受け入れられないものを徹底的に拒絶しようとしている彼に、アキは困惑するばかりだった。
「アキちゃんは優しくて、みんなのことをちゃんと考えている・・アキちゃんみたいな人が増えていけばいいのに・・・」
さらに不満を口にしていくハルに、アキは言葉を返すことができなかった。
「おやおや。もしかしてデートかなぁ?」
そこへ1人の男がハルとアキに声をかけてきた。
「デート・・私たち、特にそんなつもりじゃ・・」
「いいなぁ、仲良くできる男女でいられて・・オレはそれだけの子に好かれたことなんて全然ないっていうのに・・・」
頬を赤くするアキに、男が不満を口にしてきた。
「そういうのを見せられると、我慢ができなくなってくるんだよ・・・!」
男の頬に異様な紋様が浮かび上がる。彼の変貌を目の当たりにして、ハルが緊張と恐怖を覚える。
ハルとアキの目の前で、男がマンモスに似た姿の怪物に変わった。
「か、怪物!?」
怪物、マンモスガルヴォルスにアキが悲鳴を上げる。
「バラバラに踏み潰してやるよ・・2人仲良くあの世に送ってやるから、心配いらないよぉ・・」
マンモスガルヴォルスがハルとアキに迫ってくる。
「逃げよう、アキちゃん!」
ハルがアキの腕をつかんで逃げ出した。マンモスガルヴォルスがゆっくりと2人を追っていく。
(まさか僕たちの前にガルヴォルスが出てくるなんて・・しかもこの状況・・アキちゃんの前で、僕もガルヴォルスになるわけにいかない・・!)
ハルが心の中で焦りを募らせていく。
(もしなったら、アキちゃんに嫌われてしまう・・・!)
アキから拒絶されることを、ハルは心から恐れていた。それを避けるために、彼は思考を巡らせていた。
マンモスガルヴォルスが見えなくなったと判断して、ハルがアキと一緒に路地を曲がって逃げ込んだ。
「ハァ・・ハァ・・逃げられたかな・・」
アキと一緒に呼吸を整えながら、ハルが路地をのぞいてマンモスガルヴォルスが来ていないかどうかを確かめる。アキは恐怖を感じたまま、声を出すこともできずに震えていた。
「オレはそっちじゃないよぉ・・」
そこへ声がかかって、ハルとアキの緊迫と恐怖が一気に膨らんだ。路地の先からマンモスガルヴォルスが現れた。
「な、何でそこから!?あんなにゆっくりに来ていたのに!?」
「人を見た目で判断するなっていうことだよ・・」
声を荒げるハルをマンモスガルヴォルスが突き飛ばす。重みのある打撃を受けて、ハルが激痛に襲われて立ち上がれなくなる。
「ハルくん!」
アキが悲鳴を上げてハルに駆け寄ろうとする。だがマンモスガルヴォルスが手を伸ばしてアキをつかみ上げてきた。
「お前にも苦しみを味わわせてやるよ・・どんな苦しみを見せるか、楽しみだぁ・・」
「く・・ぅぅ・・・!」
不気味な笑みを浮かべてくるマンモスガルヴォルスに締め上げられて、アキがうめき声を上げる。
「やめろ・・アキちゃんを放せ・・・!」
ハルが声と力を振り絞って、マンモスガルヴォルスに敵意を向ける。しかしマンモスガルヴォルスはアキを放さない。
「やめろと言っているのが分かんないのか!」
怒りの声を上げて、ハルがマンモスガルヴォルスに飛びかかる。だがマンモスガルヴォルスが振りかざした右腕に、ハルが簡単に弾き飛ばされる。
「邪魔しなくても、お前たちが天国に行くのに大した時間の差はないって・・だから慌てるなって・・」
マンモスガルヴォルスが左手だけでアキを持ち上げたまま、右手を構えて力を込める。彼はアキに拳を叩き込もうとしていた。
「やめろって言っているんだ・・そんなことも分かんないヤツはバカだ・・いや・・・!」
激情を膨らませていくハルの頬に紋様が走る。
「この世界のゴミ屑だ!」
叫ぶハルの姿がファングガルヴォルスへと変わった。彼の変貌にマンモスガルヴォルスが目を見開き、アキが目を疑う。
「ハル、くん・・・!?」
「お前もガルヴォルスだったとは・・どうりで打たれ強いわけだ・・」
驚愕を隠せなくなっているアキを、マンモスガルヴォルスが手放す。
「だけどたとえガルヴォルスだろうと、オレのパワーに勝てはしないよぉ・・」
「アキちゃんを苦しめるお前は、必ずこの世界から消してやる・・・!」
迫ってきたマンモスガルヴォルスに、ハルが冷徹に告げていく。マンモスガルヴォルスの踏みつけを、ハルが素早くかわす。
「速いねぇ・・でもオレも力だけじゃないよぉ・・」
マンモスガルヴォルスが力に乗せて速さを上げていく。その突進でハルが突き飛ばされて、壁に叩きつけられる。
「お前からバラバラに叩き潰してやるか・・」
マンモスガルヴォルスがハルに迫って力で潰そうとする。
「もう何も潰せない・・オレがお前の命を潰すから・・」
ハルが手にした刃がマンモスガルヴォルスの体を貫いた。
「バカな・・・!?」
力で打ち負けたことに愕然となるマンモスガルヴォルス。ハルの刃が引き抜かれた瞬間、マンモスガルヴォルスが崩壊して消えていった。
アキはハルから目を離せないままだった。彼女の前でハルが刃を消して、ガルヴォルスから人の姿に戻った。
「アキ・・ちゃん・・・」
アキに振り向いて、ハルが愕然となる。ガルヴォルスとしての姿をアキに見られて、ハルは絶望感に襲われていた。
次回
「違うんだ・・僕はあんなのとは・・・!」
「私・・これからどうしたら・・・!?」
「ハル・・これって・・・!?」
「オレにはもう何もない・・だからオレは、オレの力のままに・・・!」