ガルヴォルスFang 第5話「平穏な思い」
ナツとのすれ違いから抜け出して、落ち着きを取り戻しつつあるハル。彼はナツと一緒に学校に登校した。
正門を通り、昇降口に来たところで、ハルとナツはアキが登校してきたのを目にした。
「伊沢くん・・おはよう・・・!」
「お、おはよう・・・!」
挨拶をしてきたアキに、挨拶を返したハルとナツの声が重なった。2人とも自分が声をかけられたと思ってしまった。
「・・・もしかして、あなたも伊沢って名字・・」
「オレ、ハルの兄のナツっていいます。よろしく。」
「そうでしたか、すみません・・三島アキです・・」
改めて自己紹介をするナツとアキ。
「これからもハルをよろしくね、アキちゃん。」
「はい・・こちらこそ、よろしくお願いします・・」
ナツが気さくな笑みを見せると、アキが微笑んで頭を下げた。そのとき、ホームルームを知らせるチャイムが学校に響き渡った。
「やべぇ!急がないと遅刻になっちゃう!」
ナツが声を上げて教室に向かって走り出す。
「あっ!待って、兄さん!」
ハルがアキと一緒に自分たちの教室に向かっていった。
1時間目が終わって休み時間を迎えた。次の授業が始まるまで、ハルは自分の席で休もうとしていた。
そんな彼にアキが声をかけてきた。
「あの・・ちょっといいかな・・・?」
「うん・・ちょっと休んでいただけだから・・・」
ハルがアキに振り向いて話を聞く。
「あの・・これからは、“ハルくん”って呼んでもいいかな?・・お兄さんと間違えてしまうし・・」
「あ・・うん・・いいよ・・僕も、名字よりも名前で呼ばれるほうがいいかな・・」
アキのお願いにハルが微笑んで頷いた。
「ありがとうね、ハルくん・・・それと・・もう1つ・・」
「ん・・?」
アキが続けて投げかけてきた言葉に、ハルが疑問符を浮かべる。
「放課後になったら・・・一緒に、寄り道でもどうかな・・・?」
「えっ・・・!?」
アキの誘いを聞いて、ハルが動揺を隠せなくなった。彼自身、誰かから、ましては女性から誘われるとは思ってもいなかった。
「都合が悪かったら、別にいいんだけど・・・」
「ううん、大丈夫、大丈夫!時間、空いているよ・・!」
ハルがアキからの誘いを受けて、首を大きく横に振った。
(アキさんとの時間が作れたなんて・・しかもアキさんから誘われた・・・!)
ハルが心の中で、アキとの時間を過ごせることを喜んでいた。
(僕の安らぎが・・こういう形で実現するとは・・・!)
期待が膨らんできているのを表に出さないようにして、ハルはアキに笑顔を見せた。
「それじゃ、放課後、一緒に帰ろう・・」
「はい・・ハルくん・・」
ハルが投げかけた言葉に、アキが頷いた。2人とも放課後を楽しみにしていた。
そして放課後。ハルを迎えにナツが彼の教室にやってきた。
「あれ?今日もハルは1人で先に帰ったのか?」
教室の中を見回して、ナツが肩を落とした。そんな彼にマキが声をかけてきた。
「先に帰ったのはホントだけど、1人じゃないよ。」
「1人じゃない?どういうこと・・?」
「三島さんと一緒。あの2人、いつの間にあんなの仲良くなっちゃったわけ?」
「アキちゃんと・・って、ええっ!?」
マキからハルとアキのことを聞いて、ナツが驚きの声を上げた。
下校したハルとアキは、2人ならんで道を歩いていた。しかし2人とも切り出す話題が見つからず、口ごもってしまう。
(どうしよう・・何を話したらいいのか、分からない・・・)
アキが心の中で呟いていく。ハルも心の中で悩んで、戸惑いを感じていた。
「あ、あの・・僕、家族以外の人と一緒に出かけたことがなくて・・まして、女の子と一緒だなんて全然・・・」
ハルが勇気を出して、アキに話を切り出した。
「私も・・家族以外の誰かと一緒の時間を過ごしたことがなかったんです・・その最初の相手がハルくんで、本当に嬉しいです・・」
「僕も・・・でも、どうしていけばいいのか、全然分からなくて・・・」
「私たち・・あまり気にしないほうがいいかも・・・」
「気遣いのないところに行ってしまったらゴメン・・・」
互いに笑みを見せあうアキとハル。2人はだんだんと落ち着きを取り戻しつつあった。
街に出たハルとアキは、その中のワッフルの店に来た。
「ワッフル・・ちょっと前はよく出店が出ていたよね・・最近はあまり見かけなくなって・・」
「そうだよね・・私は好きなのに・・・」
買ったワッフルを見つめて、ハルとアキが言いかける。
「最近はこういうスイーツ、男でも気軽に買えるようになったよね・・」
「女の人もスイーツも好きだけど、肉も好きだっていう人も多くなってきたよ・・」
「それならそれでいいんだけど・・考え方まで肉食なのは我慢がならないよ・・・」
「ハルくん・・・」
会話をしていくうちにイヤなことを思い出して、ハルが表情を曇らせていく。彼の様子を見て、アキが困惑を覚える。
「脅しをかける、殴る蹴る、そうやって自分の思い通りにしようとするの、やられるのも見るのも嫌気がさしてくる・・わざとやっていても、自覚がなかったとしても、僕は許さないよ、そういうの・・・」
かつて周囲の女子たちから受けた仕打ちに対する反感を募らせていくハル。しかしアキのそばにいたことを思い出して、ハルは我に返った。
「ゴメン、アキちゃん・・イヤな思い、させちゃったよね・・・」
「ううん、大丈夫・・ハルくんの本当の気持ちが分かったような気がして・・・」
動揺を見せるハルに、アキが微笑みかける。一瞬笑みを見せたハルだが、再び表情を曇らせた。
「全員がそういう人じゃないっていうのは分かってる・・アキちゃんは優しいし・・でも、自分勝手な人がいるのは間違いないし・・・」
「分かるよ、ハルくん・・私も、そういうことで振り回された経験があるから・・現にそのことでハルくんに助けられたし・・」
「あれは助けたんじゃなくて・・単にイヤだっただけで・・」
「それでも私は嬉しかった・・勇気を持つことができた・・・」
「ううん・・僕には勇気なんてないよ・・勇気を与えることもできない・・イヤなものから遠ざかろうとしているだけ・・・」
「それも、勇気がないとできないことだと、私は思う・・・」
世の中の理不尽を責めるハルと、彼の心情を察して戸惑いを感じていくアキ。彼女に励まされたと思って、ハルは微笑んだ。
「イヤなものにはとことん暴力を振るってしまう・・こんな僕でも、受け入れてくれる・・・?」
「大丈夫だよ・・ハルくんは優しい人だから・・・」
悩ましい表情を見せるハルに、アキが笑顔を見せた。アキが自分を受け止めてくれたことを、ハルは心から喜んでいた。
「やっと・・やっと見つけた・・・」
そのとき、ハルとアキの前に1人の青年が現れた。青年はアキだけに目を向けていて、ハルには注目していなかった。
「あの、あなたは・・?」
「一緒に来てほしいんだ・・君はきれいだから・・・」
当惑を見せるアキに、青年が手を差し伸べてきた。
「あなたは誰ですか?・・何の用です・・?」
するとハルが青年に声をかけてきた。しかし青年は無視して、アキを連れて行こうとする。
「何で答えないんだよ・・アキちゃんに何をしようっていうんだ!?」
「邪魔しないでよ・・僕は彼女と話をしているんだから・・」
怒鳴るハルに低い声で返事をすると、青年が彼をつかみあげる。抵抗が間に合わないまま、彼は茂みに投げ飛ばされた。
「ハルくん!」
アキがハルを助けに行こうとするが、青年に腕をつかまれる。
「それじゃ行こうか。君は今よりももっときれいになるんだから・・」
「やめて・・放して・・放して・・!」
無理やり連れて行こうとする青年に、アキが悲鳴を上げた。
青年に茂みに投げ飛ばされたハル。起き上がったハルが、アキを連れて行こうとする青年に対して苛立ちを感じた。
「せっかく・せっかくアキちゃんと仲良くなれたのに・・・!」
青年への憤りを募らせるハル。彼の頬に異様な紋様が浮かび上がった。
「僕の・・僕とアキちゃんの邪魔をするな・・・!」
ハルの姿が異形の怪物、ファングガルヴォルスへと変わった。ハルはアキと青年のところへ向かっていく。
青年の手を力任せに振り払ったアキ。次の瞬間、ハルが飛びかかって青年を強く突き飛ばした。
飛び込んできた異形の怪物を見て、アキがさらに恐怖する。彼女はその怪物がハルであると思いもよらなかった。
(怪物・・これ、怪物・・・!?)
青年を追って再び走り出したハルの姿を見て、アキが体を震わせる。彼女はこの場から動けなくなってしまった。
体勢を整えて着地した青年に、ハルが追いついた。真剣な表情を見せている青年に対し、ハルは憤りを浮かべていた。
「君、さっきの男だね・・ガルヴォルスだったとは・・」
「アキちゃんを、オレの心を傷つけたな・・・!」
悠然と言いかけてくる青年に向けて、ハルが声を振り絞る。
「オレの心を壊すようなマネをするな・・・!」
ハルが激高して青年に向かって飛びかかる。青年は後ろに下がって、ハルが出してきた右手をかわす。
「感情をむき出しにして襲い掛かってくる。まさに獣だね・・」
着地した青年がハルに向けて右手をかざす。
「女性以外に使ったことはなかったんだけど・・」
青年はその右手から金色の光を放った。ハルはとっさに動いて光から離れる。
光を浴びた地面が金に変わっていった。
「これはたくさんの美女をよりきれいにするためのものだ・・本当は男や醜い相手には使いたくないんだけど・・」
「だったら使うな・・いや、もう2度と使うな・・オレを苦しめるものは、全部使うな!」
淡々と言いかける青年に、ハルが怒鳴り声を上げる。いきり立つ彼に、青年がため息をつく。
「自己満足だね。この上なく自己満足・・でも、僕もその点だけは同じか・・」
呟きかける青年の頬に紋様が走る。彼の体が金の性質に変わっていった。
ハルが右の拳を青年に叩き込んだ。だが青年の体には傷1つつかない。
「ぐっ!」
逆にハルが右手を痛めて顔を歪める。
「僕のこの体は金だけど、硬さはダイヤモンドクラスだよ。いくらガルヴォルスでも、そう簡単に僕の体を傷つけられるものじゃないよ。」
「そんなの関係ない・・オレは、お前が許せないんだよ!」
青年が説明をするが、ハルは聞こうとしない。
「せっかくアキちゃんと楽しい時間を過ごせていたのに・・気分を落ち着けようとするのも、どうして邪魔をするんだ!?」
「僕はあの子をきれいにしたいと思っているだけだよ・・君こそその邪魔をしないでほしいね・・」
「どうして勝手を押し付けるんだ!?そんなにオレを苦しめたいのか!?」
「言っても聞かないか・・それじゃ本当に問答無用だね・・」
さらに憤って刃を手にするはハルに、青年がため息をつく。ハルが再び飛びかかって、青年に刃を突き出す。
だがハルの刃も青年の金の体に傷をつけることができない。
「これだけやれば、ムダだと思い知るよね・・」
青年は言いかけると、ハルの右腕をつかんで振り回す。ハルが青年の手を振り払おうとするが、抜け出すことができない。
青年が振り回していたハルを地面に叩きつける。その弾みでハルの右肩の関節が外れた。
「ぐあぁっ!」
痛めた肩を押さえて、ハルが絶叫を上げる。悶え苦しむ彼を見下ろして、青年が肩を落とす。
「本当に醜いものだね。実に見苦しい・・これでは金にするのも腹立たしくなってくる・・」
青年は不満を口にすると、ハルから刃を奪い取る。
「自分の力で力尽きるのがどれほど屈辱的なことか、思い知るといいよ・・」
「こんな思いをされるのがイヤだって・・何度も言っているんだ!」
青年が刃を振り下ろそうとしたとき、ハルが全身から刃を突き出してきた。そのうちの数本が青年の金の体に当たる。
「だからムダだって言っているのに・・」
青年が呆れてため息をついたときだった。ハルの刃が彼の体に傷をつけた。
思っていなかったことに驚き、青年がハルから離れる。立ち上がったハルを見据えたまま、青年は傷ついた自分の体を確かめる。
「まさか僕のこの体に傷をつけるなんて・・いつか高いレベルのガルヴォルスに会うかもしれないと思っていたけど、まさか彼とは・・・!」
高まっているハルの力を痛感して、青年が緊張を募らせる。
「やるね、君・・僕は白金コウ。僕に名乗らせるのは相当なことだよ・・」
青年、コウが悠然さを見せて名乗る。
「本当なら君をすぐに始末しておいたほうがいいのだけど、あの子を見逃すわけにもいかないからね・・」
「待て!アキちゃんに手を出すな・・!」
アキを狙って歩き出すコウを、ハルが追おうとする。だが突然体に痛みを覚えて前に進めなくなってしまう。
「か・・体が、動かない・・・!?」
「力の使い過ぎみたいだね。そこでおとなしくしているといいよ・・運がよかったね・・」
うずくまってうめくハルに言いかけてから、コウはこの場を離れていった。彼を追うことができないまま、ハルは人間の姿に戻ってしまった。
青年やファングガルヴォルスとなったハルの姿に恐怖して、アキは逃げながらハルを探していた。しかし彼女はハルを見つけられないでいた。
「ハルくん・・どこにいるの・・!?」
ハルを追い求めて走り続けるアキ。近くにハルがいるのだと、アキは確信していた。
「彼なら今頃寝ていると思うよ。」
そこへ声をかけられて、アキが一気に恐怖を膨らませた。彼女の後ろにコウが現れた。
「彼は運がよかったよ。生き延びられたんだからね・・さて、改めて君を連れていくとしよう・・」
「やめて!放して!・・ハルくん!ハルくん!」
コウに捕まって連れていかれていくアキが、ハルに向けて叫ぶ。しかし彼女の声はハルには届いていない。
「ついに・・ついに手に入れたよ・・君を・・・」
アキを手にした喜びを胸に秘めて、コウは戻っていった。
コウに連れ去られて、アキは意識を失った。彼女が目を覚ましたのは、暗闇に満たされた部屋の中だった。
「ハルくん・・・どこ・・・?」
「自分の心配よりも彼の心配とは、彼も本当に幸運をつかんでいたんだね・・」
周りを見回すアキに、コウが声をかけてきた。
「目が覚めたみたいだね・・ここに連れてくるまでに気絶してしまったみたいだね・・・」
「ここは・・・!?」
「ここは僕の楽園。美女がきれいになっていく場所だよ・・君もここでもっときれいにしてあげるよ・・」
問いかけるアキに、コウが淡々と呼びかける。そこでアキは、部屋の中で立ち並んでいる美女の金の像を目撃する。
「みんな、よりきれいになった美女たちだよ・・君も仲間入りを果たすんだ・・・」
コウのこの言葉を聞いて、アキは絶望していく。彼女は自分も金にされてしまうと思い知らされていた。
次回
「アキちゃん・・どこなんだ、アキちゃん・・・!?」
「体が・・思うように動かない・・・」
「ここを知ってしまったからには、無事に帰すわけにいかなくなった・・」
「アキちゃんを助け出せるなら・・どんなことでもしてやる・・・!」