ガルヴォルスFang 第3話「闇の刃」
自分が異形の怪物となってしまった事実を受け入れるしかなくなったハル。彼は苦悩を深めたまま、家での時間を過ごしていた。
そんなハルのいる部屋に、ナツがやってきた。
「ハル、ちょっといいか・・・?」
ナツが声をかけると、ハルが彼に振り向いた。
「昨日は何があったんだ?・・ひどく疲れて帰ってきて・・今までで1番ひどいじゃないか・・」
「何でもないよ・・不愉快で気分が悪くなるなんてこと、今までなかったわけじゃない・・」
心配の声をかけるナツだが、ハルは首を横に振る。しかし彼が何かを隠していることに、ナツは気づいていた。
「ハル、何かあったらオレに言ってちょうだい。オレにできることだったらな。」
「だから何でもないって・・何かあるみたいに決めつけないでよ・・」
「決めつけてなんかないって・・あんなふうにいつも疲れて帰ってこられたんじゃ・・」
「決めつけてるじゃないか!」
ナツが言葉を投げかけるが、ハルは怒鳴って聞こうとしない。
「何でもないって言ってるのに、何で何かあるって決めてかかるんだよ・・お兄さんまで、そうやって僕を・・・!」
「オレはお前を心配しているだけだ!」
声を張り上げるハルに、ナツがつかみかかってきた。
「何にも言ってくれなきゃ、オレにだって分かんないじゃないか!オレでも何もできないじゃないか!」
「これは心配じゃない・・自分勝手な押し付けだ・・・!」
声を張り上げるナツを、ハルが声を振り絞って突き飛ばす。
「兄さんまで僕を苦しめたいのか!?」
ナツに怒鳴って、ハルが部屋を飛び出してしまった。次の瞬間、ナツは我に返って、自分がハルにしたことを思い知る。
「しまった・・ハルを追い込んじゃった・・・!」
ハルの心を傷つけてしまったことに、ナツは後悔を覚える。彼はハルを探しに家を出た。
街は昼夜問わず人込みであふれている。特に通勤ラッシュや休日はかなり混雑する。
その大人数に紛れて犯罪が行われることも否定できない。この中で犯罪が行われたとき、この混雑のために犯人を特定するのが困難となってくる。
このときもたくさんの人たちが街を行き交っていた。
その中を歩く女子高生。彼女は買い物に出かけていて、その帰りだった。
突然女子高生が胸に強い激痛を覚えた。彼女の視界に、自分を貫いている黒い刃が入ってきていた。
何が起こったのか分からないまま、女子高生は黒い刃に引き寄せられる。彼女はその先の黒い影に引きずり込まれていった。
その瞬間に、街にいた人たちは誰も気が付かなかった。事件として認識されることなく、女子高生の行方は生死も含めて分からなくなった。
しばらくして家に帰ってきたハルだが、ナツを拒絶してしまっていた。彼に嫌われてしまったことを、ナツはひどく気にしていた。
(帰ってきてもあの調子・・しばらくはそっとしておいたほうがいいかも・・)
ハルの心境を察して、ナツが参って肩を落とす。
(ハルはホントに繊細で、ちょっとしたことで刺激されてしまう・・自分のイヤなものを拒絶して、そのために暴力に出ることもあって、それを正当化しようとしてしまう・・)
ナツがハルのことを思い返していく。直情的だったハルは、不満をすぐに表面化させてしまう。普段はおとなしくしているが、いじめや悪だくみをされるとすぐに感情をあらわにして反発する。
責任を問われても、「自分は悪くない」「向こうがやってきたから反抗しただけ」「何もしてこなければ、自分も何もしなかった」と返すばかり。責任を問うことが追い込むことと同じと思うようになり、ハルはさらに疑心暗鬼を募らせることになった。
ナツをはじめ、周りの人たちがハルを気遣うようになった。刺激しないほうがみんなのためになることを学んできたからだ。
結果、ハルが落ち着いていられる時間が増えていった。しかし感情に任せて問題を起こすことがなくなったわけではない。
(ホントはハルが自立してほしいところなんだけど・・・自立してるけど、自分が導き出した答えで動いているというべきか・・)
ハルに対してどうしたらいいのかで、ナツは悩んで滅入っていた。
その翌日、ハルとナツは一緒に登校した。ハルが落ち着きを取り戻したのかどうか分からず、ナツは声をかけられないでいた。
「ナツー♪」
そこへマキがやってきて、ナツに明るく声をかけてきた。
「マキ、おはよう・・昨日、ハルを怒らせちゃて、気が立ってるんだ・・」
「そ、そうなの・・ゴメン・・・!」
ナツから言われて、マキが口を押えて小声で謝る。
「オレも何て言ったらいいのか・・そもそも何か言っていいのか分かんなくて・・」
「あたしも注意して様子を見たほうがよさそうね・・」
ナツから事情を聴いて、マキが小さく頷く。
2人の心配をよそに、ハルは先に教室に入った。既にアキが登校していて、自分の席に座って窓越しに外を見つめていた。
「三島さん・・・この前は・・その・・・」
ハルが話を切り出そうとすると、アキが振り向いて笑顔を見せてきた。
「ううん・・謝らないといけないのは私のほう・・ごめんなさい、伊沢くん・・」
「三島さん・・・ありがとう・・こんな僕を、気遣ってくれて・・・」
謝ってきたアキに励まされて、ハルが安らぎを感じていく。
「僕は本当に感情的で・・自分でも気持ちをコントロールできなくて・・」
「伊沢くん・・・私も、まだ自分をコントロールできているとは思っていない・・勇気を出せたらって、何度思ったことか・・・」
自分自身への歯がゆさを、ハルもアキも噛みしめ合っていた。
「だけど・・君のおかげで落ち着いた自分でいられるかもしれない・・・」
ハルはアキに微笑みかけると、自分の席に着いた。
(ハルくん、落ち着いてきたみたいだね・・)
ハルの様子を見ていたマキが、安心して笑みをこぼしていた。
それからハルは落ち着きを保ったまま授業の時間を過ごし、放課後を迎えた。アキもナツも日直の仕事があったため、ハルは1人で下校することになった。
その帰路の途中、ハルは街の人に聞き込みをしている警部と刑事を目の当たりにする。警察に快い感じを持っていなかったため、ハルは不安を覚える。
街の人たちに聞き込んでいったように、警部たちがハルにも声をかけてきた。
「君、ちょっといいかな・・?」
「な、何です・・・?」
警部に声をかけられて、ハルが後ずさる。
「ここのところ、街での失踪事件が多発してるんだ。どのような状況なのか分かっていないが、誘拐や殺人が行われていることも視野に入れてる・・」
「君も用心しておいたほうがいいっすよ。こっちも警備を厳しくして、犯人がいるなら必ず捕まえるっす。」
警部と刑事がハルに事情を説明して、ハルが頷いた。
「はい・・気を付けます・・・」
ハルは警部たちに答えると、ゆっくりと歩いていった。
「彼、何かあるっすね・・もしかしたらアイツが犯人・・」
「何かあるのはこの事件に関わりがあるからじゃねぇ。アイツ、この街で問題を起こしてる小僧だ。」
疑いの眼差しをハルに送っている刑事に、警部が言葉を返す。
「それじゃアイツが、あの伊沢ハルっすか?」
「そうだ。アイツはいじめや暴力沙汰を受けて、事あるごとに感情を爆発させてんだ。アイツに責任を追及しても、自分は悪くねぇ、向こうが悪いことをしてきたから反抗しただけの一点張りで、無理やり話を進めようとすると逆効果の状況悪化になるだけ。」
「えっ!?加害者じゃなく、被害者なんすか!?それに、そんないいわけが通用するなんて・・!」
「そうやって追い込んだら、おめぇもアイツの敵に強制加入だぞ。」
真に受けない刑事に、警部が注意を促す。
「あそこまでひねくれた性格にしちまったのは、自己満足だけじゃなく、今の世の中かもしれねぇな・・」
世の中の荒みと皮肉を感じていく警部。しかし刑事は彼の言葉の意味をよく分かっていなかった。
「そろそろ行くぞ。いつまでもじっとしてるわけにはいかねぇぞ。」
「うっす!」
警部に呼ばれて刑事が答える。彼らは事件の捜査を続けるのだった。
警部たちから事件のことを聞かされて、ハルは不安を感じていた。彼は同時に、その犯人が怪物ではないかとも思っていた。
(怪物だったら、誰にも気づかれないで人殺しをすることができるかもしれない・・仮に見つかっても、そのすごい力で捕まらないようにもできる・・)
今起こっている事件が普通の人間に解決できないことを、ハルは思い知らされていた。
(怪物を止めることができるのは怪物だけ・・でも、僕には関係ない・・僕は巻き込まれたくないんだ・・・)
心の中で事件に巻き込まれることを拒絶するハル。彼はその非情さから逃げるように走り出していった。
「アイツか・・どこから狙ってやろうかな・・ケケケ・・」
そんな彼を狙う影が、その近くに潜んでいた。
日直の仕事を終えて、ナツも下校していた。ハルは先に学校を出て行ったことを、ナツは分かっていた。
「きっと家に帰ってるよな・・オレも早く帰って安心させるか・・」
歩を早めて家に向かうナツ。その途中の交差点で、彼は人込みに混ざって進めなくなってしまう。
「混雑タイムに入っちゃったな・・」
ナツが滅入って、信号待ちの人たちから抜け出した。
そのとき、ナツの視界に黒い刃に貫かれる女性の姿が入ってきた。
(あれは・・!?)
ナツは直感した。最近ニュースで報じられている失踪事件の真相であることを。
(もしかして、あれが事件の犯人なんじゃ・・!?)
不安を感じたナツは、慌てて交差点から離れていく。だが彼の逃亡に、女子を引きずり込んだ影は気づいていた。
人込みから離れて、家まで少しというところまで来ていたナツ。
「見ておいて逃げるなんてずるいじゃないか・・」
その彼の前に、突然黒い影が伸び上がってきた。影は1人の男の姿へと変わっていく。
「せっかく楽しんでいるのを邪魔しないでもらいたいな・・」
「やっぱり、お前が最近起こってるおかしな事件の犯人・・!?」
不気味な笑みを浮かべる男から、ナツが後ずさって離れようとする。
「おかしな事件にされているのか・・事件にもなっていないのが、オレの理想だったんだけど・・」
男の体が再び黒くなっていく。ナツがとっさに彼から逃げ出していく。
「だから逃げるのはずるいって・・」
怪物、シャドウガルヴォルスが地面に右手を突っ込む。彼の右手が地面に入り込んで、影のように地面を這って伸びていく。
影は逃げていくナツの影とつながると、彼に向かって地面から飛び出してきた。
「ぐっ!」
影から伸びてきた黒い刃は、ナツの右肩をかすめただけだった。ふらつく彼だが、再び全速力で逃げ出していく。
「やはり動いている相手には簡単に当てられないか・・だったらじっくりと追い詰めていけばいい・・」
シャドウガルヴォルスがナツを追いかけていった。
少し遠回りしてから家に着いたハル。もうナツが帰ってきているだろうと思っていたハルだが、玄関には鍵がかかっていた。
「兄さん・・おかしいな・・まだ学校なのかな・・・?」
ナツが帰ってきていないことに、ハルは疑問と不安を感じていた。
そのとき、ハルの耳にナツの声が入ってきた。ナツの呼吸は乱れていて、ハルにも焦りを伝わらせていた。
「もしかして、兄さんに何か・・・!?」
ナツに危機が迫っているのを直感して、ハルは走り出した。彼はナツを探して道を駆け抜けていく。
そして街外れの林道に差し掛かった時だった。ハルは逃げ惑うナツを見つけた。
「兄さん!」
「ハル!?」
声をかけてきたハルに気づいて、ナツが声を荒げる。ナツは緊張を一気に膨らませた。
「ハル、逃げろ!」
ナツに呼びかけられた瞬間、ハルは彼を追ってきている影に気付いた。普通の人間に影に潜むガルヴォルスの存在に気付けないが、同じガルヴォルスであるハルには居場所をつかむことができた。
ナツの影から黒い刃が伸びてきた。
「兄さん、よけて!」
ハルに呼びかけられて、ナツがとっさに横に動いた。黒い刃はナツを外れて、彼の横をすり抜けていった。
「兄さん、大丈夫!?」
「あぁ・・それよりも逃げるぞ!じっとしてたら、ハルも殺される!」
声をかけるハルを連れて、ナツは再び走り出していった。地面を進む影が、2人を追ってさらに進んでいく。
(近づいてきてる・・しかも僕たちよりも速い・・このままじゃ、追いつかれる・・・!)
だんだんと危機感を募らせていくハル。彼は影に潜むシャドウガルヴォルスの居場所が分かっていた。
「いい加減にしろ!何でみんな、僕たちを苦しめようとするんだよ!?」
激情が込み上げてくるあまり、ハルが不満の叫びを上げる。しかし影が接近をやめない。
「早くオレに捕まえられれば、すぐに楽になれるのに・・」
シャドウガルヴォルスがハルとナツに向けて、不気味な笑みを浮かべる。強まっていく激情に突き動かされて、ハルの頬に紋様が走る。
「やめろって言っているのが分かんないのか!?」
激高するハルの姿が変貌を遂げる。彼の変化にナツが目を疑う。
「ハル・・・!?」
驚きを隠せなくなるナツの前で、ハルが影に向けて拳を振り下ろす。拳を叩きつけられて地面が揺さぶられて、シャドウガルヴォルスが影の中にいられなくなって飛び出してきた。
「お、お前もガルヴォルスだったか・・!」
シャドウガルヴォルスがファングガルヴォルスとなったハルを見て、声を荒げる。だが彼はすぐに笑みを取り戻した。
「だが同じガルヴォルスだろうと、オレの餌食にしてやるさ!」
シャドウガルヴォルスが地面に体を溶け込ませて、ハルの影から黒い刃を伸ばしてきた。ハルは即座に反応して、紙一重で刃をかわした。
シャドウガルヴォルスがさらに影から刃を出していく。ハルだけでなく、木や電柱などの影からも刃を出していった。
黒い刃がハルの体の刃を叩き、さらに体をかすめるようになっていく。
「当たるようになってきたか。この調子で直撃を・・」
シャドウガルヴォルスが勝気になった時だった。ハルが一気に距離を詰めて、シャドウガルヴォルスの顔面をつかんできた。
(なっ・・!?)
突然距離を詰められたことに、シャドウガルヴォルスが驚愕を覚える。
「どうして・・どうして僕を苦しめたいんだよ・・・!」
声を振り絞って、ハルがシャドウガルヴォルスを地面に叩きつける。衝撃に襲われるシャドウガルヴォルスだが、すぐに地面に溶け込んでハルから逃れた。
「逃げた・・この近くにはもう感じない・・・」
呟きかけて、ハルが人間の姿に戻った。次の瞬間、彼はナツに目を向けて緊張を覚える。
「兄さん・・・これは・・・」
困惑を見せるハルに、ナツもまた困惑を募らせるばかりとなっていた。
次回
「何なんだよ・・何でお前まで、あんなバケモンに!?」
「僕にだって、何がどうなってるのか分かんないんだよ!」
「絶対に・・絶対に仕留めてやる・・・!」
「これ以上オレを苦しめることは許さない・・・!」