ガルヴォルスFang 第2話「狂気の牙」
普段と変わらない日常の中、学校に登校するハル。彼の頭の中には、昨日の怪物との遭遇と変化の光景が浮かび上がってきていた。
頭の中に浮かんできても、それはあくまで夢か幻。そういった類であるとハルは思い込んでいた。
「ハル・・大丈夫か・・・?」
気分が沈んでいるハルに、ナツが声を変えてきた。
「兄さん・・僕は大丈夫だよ・・何とかして気持ちを落ち着かせないと・・・」
笑みを作って答えてから、ハルは歩を早める。彼がとても大丈夫そうに見えず、ナツは心配を感じていた。
ナツと別れてハルは教室に来て自分の席に着く。これからも平穏な日常を送っていきたいと、彼は思っていた。
「はーい、みんな、着席してー。」
担任がクラスメイトたちに向けて声をかけてきた。
「今日からこのクラスに転入生が加わります。君、入ってー。」
担任に声をかけられて、1人の女子が教室に入ってきた。男子から見とれられている彼女に、ハルは見覚えがあった。
(あの人・・・間違いない・・街で見た彼女だ・・・)
街で感じた戸惑いを、ハルは再び感じていた。クラスに加わる転入生は、街で見かけた少女だった。
「君、自己紹介をして。」
「はい・・三島アキです・・よろしくお願いします・・」
担任に促される形で女子、アキが挨拶をする。彼女の口調と雰囲気は弱々しかった。
「それじゃ三島さん、あの後ろの席についてー。」
担任がアキに指し示したのは、ハルの隣の席だった。アキは戸惑いを浮かべながら、その席に向かっていって腰を下ろした。
「あの・・よろしくね・・・」
アキが声をかけると、ハルは無言で小さく頷いた。
(これで・・これで僕は落ち着けるかもしれない・・・)
常に安らぎを求め続けていたハルは、アキにかすかな期待を抱いていた。
転入生であるアキは、クラスメイトたちから質問攻めにあっていた。一気に質問されて、アキは答えられないでいた。
「向こうはどんなところだったの?」
「この学校は楽しめそうかな?」
「部活はやってたの?ここでどこに入るつもりでいるの?」
クラスメイトたちからの質問にアキは困っていた。
「ねぇねぇ、あたしがこの学校のこと、いろいろ教えてあげるよ♪体育館とか、迷って遅刻しちゃったらイヤだもんね。」
女子の1人がアキに手を差し伸べてきた。
「まだ休み時間あるし、ちょっとぐらいなら大丈夫だって♪」
「いいよ・・また今度の機会に・・・」
「遠慮しなくていいって♪あたしがちゃんと案内してあげるから♪」
消極的な反応を見せるアキだが、女子は聞かずに彼女は教室から引っ張り出そうとした。
その瞬間、ハルが突然教室の床を強く踏みつけた。その音に教室にいたクラスメイトたちが驚きを覚える。
「やめてよ、そういうの・・そんなに自分の思い通りにしないと気が済まないの・・・!?」
「何言っちゃってるのよ。あたしは親切で三島さんを助けようとしているだけなのよ。三島さんだって困っているんだし・・」
「人の考えを勝手に決めるな!」
悪びれる様子を見せない女子に、ハルが怒鳴り声を上げた。
「相手の考えを無視して勝手に決めつけるのは、嫌気がさすんだよ!」
女子に鋭い視線を向けるハル。これ以上何が言えば一触即発になると、クラスメイトたちは痛感していた。
「わ、分かったわよ・・・!」
女子は不満げにハルとアキから離れていった。クラスメイトたちも困惑気味に2人から離れていく。
「あ・・ありがとう・・・助けてくれて・・・」
「別に助けたわけじゃないよ・・本当に嫌気がさしていただけだから・・・」
感謝の言葉をかけるアキに冷めた態度を見せて、ハルは自分の席に体を預けた。
(ホント・・どうしてみんな、勝手を押し付けないと気が済まないんだ・・馬鹿げてる・・・)
心の中で周囲への不満を募らせていくハル。
(でも・・三島さんと一緒にいられたら・・僕は気分を落ち着かせることができるかもしれない・・・)
一方でハルはアキへの期待を膨らませていた。
それからアキは何の問題にも巻き込まれることなく、授業を受けることができた。ハルの言動に助けられたと、彼女は思っていた。
そして放課後、ハルは1人で下校しようとしていた。正門を出たところで、ハルはアキに声をかけられた。
「今朝は本当にありがとうね・・私、どうしたらいいのか、全然分からなくて・・・」
「別に助けたいと思ったわけじゃないよ・・ああいうのがイヤだった・・それだけだよ・・・」
再び感謝してきたアキに、ハルは冷めた態度を見せる。
「それでも、あなたに助けられたのは間違いないから・・・」
「・・・ホントに感謝されるほどのことじゃないよ・・僕は、今のこの世の中がイヤなんだよ・・・」
思いつめた面持ちを見せるハルに、アキが戸惑いを覚える。
「みんな自分勝手・・自分の思い通りになればそれでいい・・相手がイヤな思いをしようが関係ない・・そんな人たちの思い通りになるのが、どうしても我慢ならないんだ・・・」
「伊沢くん・・でも、全員がそういう人ばかりとは・・・」
「それは分かっている・・でもそれも事実なんだから、そう思わないと押しつぶされちゃうじゃないか・・・」
不安を見せながらも言葉を返すアキに、ハルが感情を込めて言いかけた。世の中への不満を心に宿している彼に、アキは困惑を感じていた。
「何で分かろうともしないんだ・・明らかに間違っているって分かることを、何で正しいことだって思い込めるんだろう・・・」
不快感を募らせて、ハルが自分の胸に手を当てる。彼はまさに胸を締め付けられるような気分を感じていた。
感情を抑えるのに必死になっているハルに、アキはこれ以上声をかけることができなかった。
「ゴメン・・君は全然悪くないのに、不満をぶつけてばかりになって・・・」
ハルはアキに謝ってから、逃げるように走り出していった。アキは彼を追うことができず、後ろ姿を見送るだけだった。
白昼、数人の不良に絡まれて、人気のない場所に連れ込まれていた青年がいた。気弱に振る舞っている青年に、不良たちが笑みを見せてきていた。
「さーて、本題だ・・有り金全部渡しな。金目のもんもなぁ。」
「ここじゃ叫んでも、誰か来るまで時間がかかる。それまでにテメェをボコってずらがるのはわけねぇんだぜ。」
抵抗されても自分たちに不利が降りかかることはないと、不良たちは勝ち誇っていた。すると青年が突然不気味な笑みを浮かべてきた。
「あっ!?何笑ってやがんだ!?」
「あまりの絶望ぶりにおかしくなっちまったんじゃねぇか?」
苛立ちと嘲笑を見せる不良たち。
「人に来られて面倒になるのはこっちも同じだからね・・僕も好都合だったわけだよ・・・」
「コイツ、何わけ分かんねぇことを!」
呟きかける青年に、不良たちが苛立ちを膨らませる。すると青年が笑みを強めてきた。
「ここにいるのはエサ・・僕のエサだぁ・・・!」
目を見開いた青年の頬に、異様な紋様が浮かび上がる。そして彼の姿がクワガタムシを思わせる姿の怪物へと変わった。
「バ、バケモノ!?」
「何なんだよ、コイツは!?」
恐怖の絶叫を上げる不良たちの前で、青年が変身したスタッグガルヴォルスが不気味な笑みを浮かべる。
「このヤロー!」
不良の1人が隠し持っていたナイフを手にして、スタッグガルヴォルスに飛びかかった。
「よせ!」
仲間が呼び止めたときには遅かった。スタッグガルヴォルスの頭の角が、ナイフを突き出した不良の体を貫いていた。
不良の体から血があふれ出し、仲間たちが恐怖と絶望を膨らませていた。事切れた不良を地面に落とすと、スタッグガルヴォルスがさらに笑い声をあげてきた。
「さぁ、たっぷりと楽しませてもらうよ!」
いきり立ったスタッグガルヴォルスに襲われて、不良たちは逃げることもできずに惨殺された。彼らは引きちぎられて血肉へと変わり果て、その血だまりの上でスタッグガルヴォルスは喜びをあらわにしていた。
その翌日は学校の休みの日だった。休日の場合、ハルは1日中家にいることが多いが、時折1人で出かけることもあった。
この日もハルは1人で家を飛び出していた。
「また声もかけないで出て行ったな、ハル・・」
黙って出て行ったハルに、ナツは肩を落としてため息をついていた。
1人外に出たハルは、考え事をしながら歩いていた。
(昨日は冷たいことを言っちゃったけど・・三島さん、本当に優しかった・・)
アキのことを考えていって、ハルが笑みをこぼしていく。
(あんなに優しくしてくれるんだから、僕も悪くない態度をとらないと・・)
気持ちを落ち着けてアキと交流していこうと、ハルは決意しようとしていた。
「エサ、みーつけた・・」
そのとき、突然声をかけられてハルが振り向いた。その先には1人の青年が立っていた。
「今度は昔の僕と同じ気弱そうなのか・・過去を消し去るには丁度いいかも・・」
不気味な笑みを浮かべてきた青年の頬に紋様が走る。この変化にハルが一気に緊迫を膨らませる。
そして青年がスタッグガルヴォルスに変わった。恐怖をあらわにして、ハルが後ずさる。
「怪物・・ウソだ・・怪物が現実にいるなんてありえないこと・・・!」
目の前と以前で起こった現実を否定しようとして、ハルがスタッグガルヴォルスから逃げ出す。だが飛び上がったスタッグガルヴォルスが、彼の前に回り込んできた。
「逃がさないよ・・たっぷりと遊ばせてもらうよ・・・!」
「やめろ・・来るな・・来るな!」
不気味な笑みを浮かべるスタッグガルヴォルスから再び逃げようとするハル。だがスタッグガルヴォルスが突き出した角に上着を引っかけられて持ち上げられてしまう。
「捕まえた・・これからじっくりと遊びの時間を・・」
スタッグガルヴォルスがハルを引き寄せて、両手を構える。
(イヤだ・・僕はこんな思いしたくない・・放して・・放してよ・・・!)
心の中で拒絶を膨らませるハルの頬に、異様な紋様が浮かび上がった。
「放せよ!」
叫び声をあげた彼の姿も異形の姿に変わった。その衝撃でスタッグガルヴォルスが突き飛ばされる。
「お前・・お前もガルヴォルスだったとはね・・」
スタッグガルヴォルスがハルの変貌したファングガルヴォルスを目にして笑みをこぼす。
「だけど上には上があるってもんだよ・・ガルヴォルスをやっつけたこともあるんだからね!」
スタッグガルヴォルスがハルに飛びかかる。ハルは軽い身のこなしで、スタッグガルヴォルスが出してくる両手をかわしていく。
「もう・・ちょこまかと逃げちゃって・・!」
不満を口にしながら、スタッグガルヴォルスがスピードを上げる。彼が突き出した頭の2本の角が、ハルの体を捕まえた。
「やっと捕まえた・・今度は逃げられないよ・・・!」
スタッグガルヴォルスがハルに向けて不気味に笑う。
「1度骨をバラバラにしてから、じっくりたっぷり引き裂いてやる・・ちぎられる痛みに苦しむ君の顔が楽しみだ・・」
期待と喜びの笑みを浮かべて、スタッグガルヴォルスが角に力を込める。角による締め付けがハルの体に襲い掛かる。
「どうだ?・・痛いだろう?・・こうして痛めつけていくのが、僕には1番気分のいいことなんだ〜!」
「それがお前の勝手な考えなのか・・・!?」
笑い声をあげていたスタッグガルヴォルスに、ハルが低い声音で言い返す。彼は締め付けてきているスタッグガルヴォルスの角をつかんで、力を込める。
「また逃げるの?・・そんなことさせないよ!」
スタッグガルヴォルスがさらに角に力を込めるが、逆にハルに角を広げられていく。ハルの両手がスタッグガルヴォルスの角の1本をへし折った。
「うぎゃあぁっ!」
角を折られた激痛に襲われて、スタッグガルヴォルスが絶叫を上げる。
「痛い!痛いよ!こんなに痛い思いをするなんて、聞いてないよー!」
のたうちまわるスタッグガルヴォルスの前に、ハルが立ちはだかってきた。
「しつこくしないでくれ・・そういうのイヤなんだよ・・・!」
ハルは低い声で言って、手にした刃をスタッグガルヴォルスの体に突き刺した。
「ぐあぁっ!」
絶叫を上げるスタッグガルヴォルスが動かなくなる。彼の体が崩壊を起こして消滅していった。
「オレに・・オレに勝手を押し付けるな・・・!」
憤りを口にして、ハルが振り返って歩き出した。その途中、彼の姿が人間へと戻っていった。
「やっぱり・・僕は、あんな怪物になっていたんだ・・・」
受け入れたくない現実を突きつけられて、ハルが絶望を覚える。
「もう僕は・・人間じゃないの・・元に戻ることはできないの・・・!?」
平穏を懇願しながら、ハルは家に帰っていく。彼は胸を締め付けられるような不快感を拭えないでいた。
暗闇が広がる部屋の中、1人の少女が壁際に追い込まれていた。彼女の前に1人の青年が立っていた。
「そんなに怖がらないで・・すぐに気持ちが楽になるから・・・」
青年が優しく言いかけると、少女に右手をかざした。その手から金色のまばゆい光が放たれた。
一気に恐怖を強めた少女だが、光を受けた途端に抗うことができなくなった。彼女の体が光と同じ金色に変わっていく。
「どうなってるの・・体が・・動かない・・・!?」
自分自身に違和感を覚える少女。彼女の体は本当に金に変わっていた。
「いいよ・・どんどんきれいになっていくよ・・・」
青年が少女を見つめて笑みを強めていく。今まで恐怖していた少女だが、金に染まっていくにつれて恐怖が和らいでいく。
「おかしい・・怖いのがなくなっていく・・力が・・入らない・・・」
脱力していく少女の体がほとんど金に変わり、動けなくなっていた。
「このまま・・このままずっと気分をよくしているといい・・」
微笑む青年の前で、少女は動かなくなった。彼女は青年の力で完全に金となった。
「これでまた1人、女の子がきれいになった・・」
金となった少女を見つめて、青年が喜びを感じていく。
「他の子たちと同じように、気分をよくしていることだろうね・・」
青年が呟いて後ろに振り返った。その先にはたくさんの女性の金の象が立ち並んでいた。全てが青年によって金にされた女性たちである。
「みんなきれいになっただけじゃない・・安らぎも感じられるようになった・・本当に素晴らしいことじゃないか・・」
青年が金の女性たちを見回して、喜びの声を上げる。だが彼の笑みがすぐに消えた。
「でもまだ満たされない・・まだものにしたい子がたくさんいる・・」
さらに美女を金にして手にしたいという欲求を感じていく青年。
「今度はこの街を探してみようかな・・街に行けばかわいい子がたくさんいるからね・・・」
地図で次に行く場所を確かめてから、青年は出かけていった。彼が向かったのはハルが暮らしている街だった。
次回
「兄さんまで僕を苦しめたいのか!?」
「何にも言ってくれなきゃ、オレにだって分かんないじゃないか!」
「どこから狙ってやろうかな・・ケケケ・・」
「どうして・・どうして僕を苦しめたいんだよ・・・!」
「ハル・・・!?」