ガルヴォルスFang 第1話「獣の牙」
もうこんなムチャクチャなのはまっぴらだ・・・
自分たちの考えを他人に押し付けるのは間違いじゃないのか・・・!?
自分たちが正しいと言い張ってくるなら、同じやり方を押し付ける・・
恨んだり憎んだりするのはお門違いだよ・・
仕掛けてきたのはそっちなんだから・・・
警察署から出てくる1人の青年。暗い雰囲気を出している黒髪の青年だった。
伊沢ハル。内向的な性格で、強要されることを心から嫌っている。
ハルはいじめをしてきた同級生にケガを負わせたことで、警察に引っ張り込まれていた。それでもハルは自分は悪くない、自分をいじめてきたからこうなったと言い張って聞かなかった。
結局、いじめをした同級生の責任となったが、ハルは暴力を振るったこと自体に対する罪悪感を感じていなかった。
「ハル、ちょっとは後々のことも考えてから行動したらどうなんだい?」
警察署から出てきたハルに、1人の青年が声をかけてきた。ハルと背丈や顔立ちは似ていたが、彼と違って気さくな雰囲気を出していた。
「兄さん・・その後々のことを考えればこそだよ・・このまま言いなりになってたら、僕は僕でなくなる・・・」
「それこそお前がお前でなくなるって、ハル・・もうちょっと自制するってことを覚えたほうが・・」
「そういうのは僕以外の人に言ったらどうなんだ・・みんな、自分たちがよければ他のヤツが痛い目にあってもいいと思ってるんだから・・・」
兄、ナツの注意を聞き入れずに、ハルは歩き出していった。
「ハル・・しょうがないんだから・・・」
頑ななハルにナツは肩を落としていた。だがこれ以上きつく言うと逆に反発されると思い、ナツはハルにこれ以上言えなかった。
ハルは理不尽を強いられることを心から嫌っていた。強要されたことに反射的に反発して、彼は暴力を振るってきた。
そんな彼に対して、学校の生徒たちや近所の人たちは不安や敬遠を見せていた。その反応にハルは気付いていたが、それが厄介払いになっていると、都合のいいように取っていた。
「ハルくん、家でもあんなふうに暗いのかな・・?」
ハルの様子を見に来たナツに、ハルのクラスメイト、文月マキが声をかけてきた。
「いや、家じゃたまに無邪気に笑ったりすることがあるんだ・・家じゃオレがいるから安心してるとこがあるんだろうなぁ・・」
「そうなんだぁ・・あたしもみんなも、安心できないってことなのかなぁ・・」
「これでもオレはアイツのアニキだ。みんなと比べたら一緒にいる時間が長いからな・・」
ため息をつくマキに、ナツが気さくに言いかける。
「とりあえず、ハルがまた暴れたりしたときは、よろしくな・・」
「OK、分かったよ。あたしだって、伊達にハルくんのクラスメイトってわけじゃないんだから・・」
マキに声をかけてから、ナツは自分の教室に戻っていった。
ここ最近、街では奇怪な事件が多発していた。
女性が次々に惨殺されるというものだった。いずれもまるでクマやライオンのような猛獣に襲われたかのようだった。
「またこれか・・毎度毎度、嫌気が差してくるぜ・・」
「これ、ホントに人間の仕業ッスか?人間の力がここまでやれないッスよ・・」
嫌気を浮かべる警部と、苦笑をもらす刑事。
「確かに被害の具合だけなら人間業じゃねぇな。けど動物がここまで器用に人を襲って、誰にも気付かれずに逃げられるもんなのか?」
「それはそうッスけど・・」
「とにかく、さらに警備を強めるぞ。これ以上被害を増やすな。」
「了解ッス!」
警部に声をかけられて、刑事が走り出していった。
それから警察は街に敷いている警戒網を強めていった。だがこの事件の犯人どころか、その手がかりさえも見つけることもできなかった。
ハルをいじめようとして逆に暴行をされた男たち。その1人がハルからの仕打ちに苛立ちを募らせていた。
「伊沢め・・このまま済ましてやるものか・・必ず思い知らせてやるからな・・・!」
ハルへの憎悪を感じていく男。
「ここのところ、女相手にやってきたが・・そろそろ直接アイツを狙ってもいいよな・・・!」
殺気に満ちた男の頬に、異様な紋様が浮かび上がっていた。
放課後を迎え、ナツはハルと一緒に帰ろうと彼の教室を訪れた。だが教室にハルの姿がなかった。
「ハルくん、先に帰っちゃったみたいだよ・・あたしも気が付いたらいなくなってて・・」
「やっぱりか・・ハル、たまにオレが声かける前に帰っちゃうことがあるんだよなぁ・・」
マキが声をかけると、ナツが肩を落としてため息をついた。
「でも今日はそれだけだよ。騒ぎも起こさなかったし・・」
「そういうふうに大人しくしてくれただけマシと思うべきか・・」
「あたし、今日は掃除当番ですぐに帰れないんだよ〜・・ナツ、先に帰ってて・・」
「いいよ、マキちゃん。オレ、待ってるから・・」
「今はあたしよりもハルくんを気にしてあげて。あたしはその後でいいからさ・・」
「そう・・分かった、マキちゃん・・ゴメンね・・」
マキに頭を下げてから、ナツは先に学校を後にした。
それからナツは急ぎ足で家に帰った。玄関に鍵がかかっていたが、ハルの部屋にはバッグが置かれていた。
「帰ってからまた外に出たのか・・・」
ナツがハルに対して不安を感じたが、外に飛び出して彼を探しに行こうとはしなかった。
(すぐに帰ってくるのを信じて待つしかないみたいだ・・・)
1度家に帰ってからまた外に出たハル。気分を落ち着かせることができないでいた彼は、家でじっとしているのも不快に感じていた。
(何でみんな、自分勝手に話を進めようとするんだ・・周りにイヤな思いをさせているのが分かんないのか・・・!?)
心の中で周りへの不満を叫んでいくハル。
(もうああいうのは、痛い目にあわないと分かんないもんなのかな・・・)
考えれば考えるほどに不快感に襲われていくハル。彼は自身の苦悩を振り払おうとするあまり、足早になっていた。
その足でハルは街の中に入ってきていた。街中は人が多く、彼らの会話が聞こえるだけで不安を感じ、不快へとつながっていくことも少なくなかった。
その街中で、ハルの目の前を1人の少女が横切った。
後ろ首の辺りまである髪と穏やかさと安らぎ。この雰囲気を放っている少女に、ハルは思わず見とれていた。
外見だけで好感を持つことはないハル。外見がいいのに性格で不快を感じた人と会ったことは今までで少なくない。
だが今回、ハルは少女から安らぎを感じていた。
(いい・・もしかしたら、僕の心の支えになってくれるかもしれない・・・!)
一途な想いを感じていくハル。ふと追ってみようとした彼だが、少女の姿は人込みに紛れて見えなくなってしまった。
(いない・・いいことは簡単に起きないとは思っていたけど・・残念と思うところか・・・)
少女を見失って、ハルは肩を落とした。
心の整理がつかないまま、ハルは再び歩き出した。彼は街から外れて、いつしか人気のない通りに来ていた。
(やっぱり外に出ても気分が落ち着かないのかな・・もう帰ろうかな・・)
ため息をついたハルが家に帰ろうとした。
「こんなところにいたとはな、伊沢・・」
そこへ声をかけられて、ハルが緊張を覚える。振り返った彼の前に現れたのは、先日に暴力事件を起こした学校の男子の1人だった。
「ずいぶんといいご身分だな、伊沢・・テメェのせいでボッコボコにされたオレのほうが悪者にされて、たっぷりしぼられた・・」
「それは君が悪いんだろう?・・僕を無理やり引きずり回そうとしたからいけないんだよ・・」
不気味な笑みを浮かべてくる男子に、ハルは冷めた振る舞いを見せる。嫌気がさしていた彼のこの態度が、男子の感情を逆撫でする。
「そうやって調子に乗ってるのが、気にくわねぇんだよ!」
苛立ちを膨らませる男子の頬に、異様な紋様が浮かび上がる。彼の変化を目の当たりにして、ハルがさらに緊迫を募らせる。
「もうルールもクソもねぇ・・丁度徹底的に痛めつけてやりたかったんだ・・・!」
男子の姿にも変化が起こった。クマのような姿の異形の怪物へと変わった。
「か、怪物!?・・ウソだ・・怪物がホントに現れるなんて・・!?」
「ビックリしたか!けどな、コイツは紛れもねぇ事実!オレの無敵の姿だ!」
恐怖をあらわにするハルに、男子が変身した怪物、ベアーガルヴォルスが言い放つ。
「普通のヤツにはいい気になれだが、そうじゃねぇオレ相手にそいつは通用しねぇぞ!」
「うわあっ!」
襲いかかってきたベアーガルヴォルスから、ハルは悲鳴を上げながら逃げ出していく。ベアーガルヴォルスが振り下ろしてきた右手を、ハルは辛くもかわす。
ベアーガルヴォルスの爪は、眼前の地面を軽々とえぐっていた。
「なんて力・・ホントにバケモノだ・・・!」
「逃げんなよ・・当たってくれねぇと楽しめねぇじゃねえかよ!」
声を荒げるハルに、ベアーガルヴォルスが再び襲いかかる。ハルは目を見開いて、全力で逃げ出していく。
「何で・・何でこんなことになるんだよ・・何で僕がこんなことに!?」
自分の身に降りかかる危機に抗議の声を上げるハル。彼は再び街に戻ってきていた。人の多い街なら、ベアーガルヴォルスは人を襲うことはできないと思っていた。
「うまく紛れて、何とか逃げ切らないと・・・!」
恐怖から逃れようと思考を巡らせるハル。
「キャアッ!」
「うわあっ!」
だが突然、街中に悲鳴が上がった。街を歩いていた人たちが血しぶきを巻き上げて倒れていった。
「まさか・・・!?」
和らげようとしていたハルの恐怖が再び高まった。ベアーガルヴォルスは人目をはばからずに虐殺を行ってきた。
「こういう殺戮ショーも、いつかやってみたかったんだよなぁ・・・!」
不敵な笑みを浮かべるベアーガルヴォルスから、ハルが再び逃げ出した。彼が裏路地に逃げ込んだのを、ベアーガルヴォルスは見逃さなかった。
「どうして僕のために、こんなムチャクチャなことができるんだよ!?どうかしてる!どうかしてないとこんなことはできないって!」
さらに激情の声を上げるハル。人気のない道を、彼はひたすら走り続けた。
「逃げてもムダだと分かんねぇのか・・・!?」
ベアーガルヴォルスがハルの頭上を飛び越えて回り込んできた。ハルはきびすを返して反対方向へ逃げようとするが、ベアーガルヴォルスに後ろから押さえつけられて、地面に倒される。
「ぐっ!」
「鬼ごっこは終わりだ・・これからテメェをたっぷりといたぶってやるよ・・・!」
うめくハルにベアーガルヴォルスが右手を振り上げてきた。
(イヤだ・・こんなのイヤだ・・このまま死んじゃうなんて、絶対にイヤだ・・・!)
ハルが心の中で声を張り上げていく。
(死にたくない・・一方的に自分勝手を押し付けられて終わるなんて、絶対に認めない・・・!)
感情を膨らませていくハルの頬に、異様な紋様が浮かび上がってきた。
「何っ!?」
この異変を目の当たりにして、ベアーガルヴォルスが緊張を膨らませる。
「認めたくない!」
ベアーガルヴォルスの目の前で、ハルの体に変化が起こった。彼は全身から刃が生えた異形の姿となった。
ハルは全身に力を込めると、ベアーガルヴォルスが押されて跳ね飛ばされる。立ち上がったハルがベアーガルヴォルスにゆっくりと振り返る。
「まさかテメェもガルヴォルスだったとはな・・オレたちに刃向かうだけのことはあったというわけか・・」
ベアーガルヴォルスが不敵な笑みを浮かべてきた。
「だがだとしても、オレより上ということはねぇんだよ!」
ベアーガルヴォルスがハルに向かって飛びかかる。彼が振りかざした爪を、ハルは素早く動いてかわした。
ベアーガルヴォルスが左手を振りかざそうとするが、ハルが出してきた右の拳を体に叩き込まれた。
「ぐっ!」
攻撃された部分に激痛を覚えて、ベアーガルヴォルスが後ずさる。冷たい視線を向けてきているハルに、ベアーガルヴォルスが苛立ちを募らせていく。
「伊沢のくせに・・どこまでも調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
ベアーガルヴォルスが怒号を上げて、ハルに勢い任せに飛びかかる。ベアーガルヴォルスの両手がハルを両腕ごと体を持ち上げた。
「これで手は出せねぇよな・・足を出そうとしてきたら、思いっきり叩き落としてやるぞ・・・!」
ベアーガルヴォルスが勝ち誇って笑みを見せる。
「ここから握りつぶしてやる・・オレに逆らったことをたっぷりと後悔させてやるぞ!」
「調子に乗っているのはそっちじゃないか・・・!」
言い放つベアーガルヴォルスに対して、ハルが低く鋭く言葉を投げかける。
次の瞬間、ベアーガルヴォルスの体を1つの刃が貫いた。貫かれた体から紅い鮮血があふれ出してくる。
刃はハルの右手に握られていた。その刃がベアーガルヴォルスの体を突き刺したのである。
「コ・・コイツ・・・オレを・・・!」
「自分が勝手を押し付けているのを棚に上げて、他人を陥れるようなことをするのは・・本当に最低なことだ・・・」
目を見開いていくベアーガルヴォルスに、ハルが低く告げる。普段の彼と比べても今は冷徹になっていた。
ハルが刃を引き抜くと、ベアーガルヴォルスが後ずさる。体に力を入れられなくなった彼は、ゆっくりと地面に倒れていく。
「もうオレに構うな・・オレなんかを相手にして、何の得があるというんだ・・・」
不満を口にするハルが歩き出していく。彼の後ろ姿を見送る形で、ベアーガルヴォルスの体が石のように固まり、さらに砂のように崩れて消えていった。
ベアーガルヴォルスと争った場所から少し歩いたところで、ハルは我に返った。
「あ・・あれ・・・?」
無心で非情な攻撃をした覚えがなく、ハルが動揺を膨らませる。
「オレは、何を・・・えっ・・・!?」
そのとき、ハルはそばの窓に映った自分の姿に目を疑った。映っていたのは人ではなく怪物の姿だった。
「これが、オレ!?・・そんな・・ウソだ・・・!」
異形の姿に対して疑念と恐怖を感じていくハル。
「オレ、怪物になってしまったのか・・あんな怪物の仲間に・・・ウソだ・・こんなのウソだ!」
絶望感を爆発させて叫ぶハル。次の瞬間、彼の姿が怪物から人間へと戻った。
「あれ・・・戻った・・・!?」
動揺を抱えたまま、ハルが自分の両手に目を向ける。怪物ではなく、ちゃんと人の手をしていた。
「ウソだよね・・きっと夢か見間違い・・そうだ・・そうに決まってる・・・」
作り笑顔を浮かべて自分に言い聞かせていくハル。
「そうだ・・帰らないと・・兄さんが心配してる・・・」
ナツのことを気にして、ハルは歩き出していった。彼が現実と思わないようにしていたこの出来事が、彼の運命の変化の始まりだった。
次回
「間違いない・・街で見た彼女だ・・・」
「あたしがちゃんと案内してあげるから♪」
「相手の考えを無視して勝手に決めつけるのは、嫌気がさすんだよ!」
「エサ、みーつけた・・」
「オレに・・オレに勝手を押し付けるな・・・!」