ガルヴォルスextend 第24話「人の心」

 

 

 かりんの呼び止めも聞かないまま、華帆はキングガルヴォルスの洗礼を受け、人間を捨て去ってしまった。彼女はもう人間に戻ることはできなくなってしまった。

「これが、ガルヴォルスのホントの力・・・これであたしから“人間”はなくなったよ。」

 華帆が自分の両手を見つめて笑みをこぼす。その体は完全なガルヴォルスとなってしまっていた。その事実にガクトもかりんも、ようやく追いついてきたサクラ、夏子も驚愕を隠せなかった。

「これは・・・まさか、華帆さん・・!?」

 夏子が華帆の異様な雰囲気に息をのむ。華帆がガクトたちに振り向いて、無邪気な笑みを浮かべる。

「待たせたね、かりん。あ、はじめましてって言ったほうがいいかな?」

 普段の明るい態度で語りかけてくる華帆。しかしいつもの彼女と思えないとかりんは感じていた。

「あたしはやっと人間を捨てることができたよ。これからはガルヴォルスとして生きていくから。」

「華帆・・・!」

 語りかけてくる華帆に、かりんは信じられない面持ちを浮かべるばかりだった。

「かりん、ガクト、あなたたちも早く王の力を受けて、人間を捨てちゃおうよ。イヤなものがなくなって気分がよくなるから。」

 華帆がかりんたちに手を差し伸べる。しかしかりんは沈痛の面持ちを見せて、首を横に振る。

「私は、イヤ・・・!」

 彼女の返答に華帆は浮かべていた喜びを消す。

「私は人間が好きなの。その人間を捨てて、人間を全て滅ぼすことなんて、私にはできないよ!」

 悲痛に胸を締め付けられる思いを噛み締めながら言い放つかりん。彼女は人の優しさと、人に対して犯してしまった罪の意識を感じていた。

 しかし華帆は人に対して、そのどちらも感じてはいなかった。キングガルヴォルスの洗礼を受ける以前から、その冷淡さと憎悪は植えつけられていた。

「もうあなたを説得してもダメなんだね、かりん・・・」

 華帆は吐息をひとつついてから、かりんに向けて手を伸ばす。

「力ずくでも、あなたをあたしのものにするから・・・」

 獣の狂気を研ぎ澄ましながら、華帆は困惑を見せるかりんに向かって、ゆっくりと歩き出した。

「お願い、華帆ちゃん、眼を覚まして!」

 そこへサクラが華帆に向けて呼びかけてきた。華帆は態度を変えずに足を止め、彼女に視線を向ける。

「どうして私たちと戦わなくちゃいけないの!?私たち、互いに信じあってきたじゃない!傷つけあう必要なんて、どこにも・・・」

 華帆に向けて叫ぶサクラの語気が、悲痛さのあまりに次第に弱まっていく。

「確かにあたしたちは信じあっているわ。あたしたちだけはね。でも、他の人たちを信じることはできない。他人を簡単に傷つける人間なんて・・・!」

 華帆は淡々と語りだすが、次第に苛立ちがあらわになってくる。

「お願い、サクラちゃん、夏子さん。王の力を受けいれば、人間でもあたしみたいになれるから。」

 華帆が差し伸べた手を、サクラ、夏子と移動させていく。しかし気持ちが彼女たちに伝わっていないことを目の当たりにして、華帆は当惑する。

「そんな・・・どうしてみんな・・・!?」

「華帆ちゃん・・・」

「みんな裏切られたり傷つけられたり、そんな辛い経験があるんでしょ!?人間を捨てれば、そんなもの全部受けなくて済むんだよ!」

 押し寄せてくる辛さのあまりに叫ぶ華帆。彼女のその姿に、ガクトたちは困惑するばかりだった。

 重くのしかかる空気の中、華帆に呼びかけたのは夏子だった。

「華帆さん、人が生きるということは、その人にいろいろなことが訪れてくるものよ。ううん、それは人に限ったことじゃないわ。あなたのいう裏切りや辛さもとめどなく降りかかってくる。だけどそれを乗り越えて、生きているって実感するのよ。」

 真剣な面持ちで語りかける夏子。彼女の言葉が華帆にのしかかってくる。

「華帆さん、あなたはその生きることから逃げたのよ!裏切りや辛さに立ち向かわず、怯えて逃げてしまったのよ!」

「違う・・違う!あたしは人間に対してしなくちゃいけないことをしただけ!裏切りや辛さを受け入れて、いいことなんて何ひとつない!」

 真っ向から対立する夏子と華帆。しかし追い詰められていたのは華帆のほうだった。

「かりんさんやガクトたちの気持ちを裏切って、あなたは何を求めているの!?」

「うるさい!」

 感情をあらわにした華帆が、ガルヴォルスの狂気をあらわにする。背中の羽を羽ばたかせて、りん粉を振りまく。その粉が夏子に向けて迫る。

 虚を突かれた夏子が後退を行うが、りん粉が早く接近してくる。

「夏子さん!」

 そんな彼女を、サクラがとっさに突き飛ばす。しりもちをつく彼女の代わりに、サクラは華帆のりん粉の霧に包まれる。

「サクラさん!」

「うく・・夏子さん、だいじょう・・ぐっ・・・!」

 眼を見開いた夏子に一瞬笑みを見せた後、りん粉の毒に苦痛を覚えるサクラ。毒りん粉が彼女の感覚や神経を麻痺させていく。

「夏子さん、逃げて・・・かりんさん、戦って・・・」

「サクラちゃん・・!?」

 必死に呼びかけるサクラに、かりんはさらなる動揺を見せる。

「華帆ちゃんはもう人の心を失くしてる。彼女を助けたいなら、戦って倒さなくちゃいけない・・・」

 声を振り絞るサクラが、りん粉の毒による麻痺によって脱力していく。

「お願い、かりんさん・・華帆ちゃんを、助けてあげて・・・」

 体の色がりん粉の影響で青ざめ、瞳も生の輝きを失って虚ろになるサクラ。かりんに華帆を救ってほしいと願い、意識を失った。

「サクラちゃん・・・」

 悲痛のあまりに歯がゆい気持ちにさいなまれるかりん。彼女の眼の前で、サクラは仮死状態に陥って硬直して立ち尽くしていた。

(確かに私が華帆を何とかしなくちゃいけない。でも、私には華帆を傷つけるなんてできない。)

 自分の体を抱きしめて、胸中で呟くかりん。無二の親友を傷つけることは、彼女の人として生きる気持ちを裏切ることにもなりかねない。

 どうしたらいいのか分からなくなっていると、ガクトがかりんの肩に手を乗せてきた。

「ガクト・・・」

「かりん、サクラの言うとおり、華帆と戦うしかないぞ。」

「そんな・・ガクトまでそんなこと・・・」

 ガクトの言葉にかりんはさらに戸惑う。

「華帆のことを心から心配してるお前の気持ちは分かってる。けど、だったらなおさらアイツを止めるべきだ。」

「でも・・」

「お前がアイツのホントの親友なら、アイツの間違いを止めてやらねぇと。」

 改めてガクトの顔を見つめるかりん。彼は歯がゆい面持ちを必死に噛み締めていた。

 彼も華帆を助けられないことを実感していた。それを受け入れがたいと感じながら、彼は覚悟を決めていたのだ。

 かりんもその覚悟に駆り立てられて、心を満たしていた迷いを振り切る。

「どこまでやれるか分からないけど、何とかやってみる。」

 ガクトに頷いて見せて、華帆に眼を向けるかりん。

「オレはガルヴォルスの王とやる。おい、アンタ!サクラを守ってやってくれ!」

 ガクトが夏子に向けて呼びかける。しかし夏子は一瞬ムッとした面持ちを見せる。

「ちょっとアンタ、せめて名前で呼んでもらいたいね。」

「悪かったよ。とにかく任せたぜ、秋夏子さんよ。」

 からかうように言いかける夏子に、ガクトがぶっきらぼうな態度で返す。彼に頷き、硬直して動けないでいるサクラに駆け寄る。

 数歩前に出て、冷静さを失っている華帆を見据えるかりん。

「場所を変えるよ、華帆。」

 デッドガルヴォルスに変身し、移動を始めるかりん。華帆も誘いに乗って彼女についていった。

(かりん、華帆を頼んだぜ・・・)

 苦渋を舐めつつかりんに華帆を任せるガクトは、ゆっくりと振り返ったキングガルヴォルスを見据える。

「おい、オレがお前の相手をしてやるよ!」

 ガクトが王に対し挑発的な態度を見せる。それに動じる様子を見せず、王はガクトを見据えていた。

 

 ガクトたちから離れ、林の中に移動してきたかりんと華帆。2人は立ち止まり、互いを困惑の面持ちで見つめていた。

「ここなら誰もいない。私とあなたの2人だけだよ。」

「そうだね。ゆっくり話し合えるって言いたいところだけど、あたしはそのつもりはないよ。」

 華帆の冷淡な口調に、かりんは胸を締め付けられるような気分に襲われる。

「かりん、もうあたしはあなたを、力ずくでものにするって決めたから。」

 華帆は妖しい笑みを浮かべて、両手、背中の羽を広げる。

(華帆、もう人間の心を失くしてしまったの?・・もう昔のように、心からの笑顔を見せてくれないの・・・?)

 デッドガルヴォルスの影に映し出されたかりん。彼女はは心の中で悲しみを噛み締め、覚悟を決める。もう華帆には心が消えてしまっている。もう昔にも戻れない。

「私も・・私もここで負けるわけにはいかない・・・みんな、こんな私を待っててくれてるから・・・」

 死神の鎌を具現化し、強く握り締めるかりん。

「だから私は戦う。華帆を助けるためにも!」

 鎌を振り上げて、華帆に向かって飛びかかる。麻痺効果のあるりん粉に注意を払いながら。

 華帆は飛翔して、振り下ろされたかりんの鎌をかわす。間髪置かずにかりんが鎌を振り上げるが、華帆の身軽な動きにかわされる。

「分かってるよね、かりん?王の石化のように、あたしにはりん粉で仮死状態にすることができるんだよ。」

 そういって華帆が羽を羽ばたかせ、眼下のかりんに向けてりん粉を振りまく。

「分かってるよ、華帆。ガルヴォルスはそういう力が備わってるからね。」

 かりんが鎌を回転させ、その圧力でりん粉を吹き飛ばし後退する。そこへ華帆が一気に降下してきた。

「えっ!?」

「そうくると思ってたよ。」

 虚を突かれたかりんに、華帆が羽を叩きつける。羽の強い一撃に突き飛ばされるかりん。

 りん粉を吸うまいと構えていたため、麻痺をうけることはなかった。しかし華帆の攻撃にかりんは怯んでしまっていた。

 そこへ華帆が再びりん粉を放つ。体勢を立て直したところにりん粉が襲い、かりんはとっさに息を止める。

「今のあたしを甘く見ちゃダメだよ。」

 華帆がかりんの腹部に手を突き出す。腹部を圧迫され、呼吸を強いる。

(ダメ・・ここをつかまれたら、息が・・・!)

「くはっ・・!」

 息苦しさに耐えかねて、かりんはついに口をあけてしまう。そこからりん粉が入り込み、彼女の神経を蝕んでいく。

(しまった・・りん粉が・・・!)

 かりんは神経の混乱に苦痛を覚え、顔を歪める。足取りがおぼつかなくなり、眼に映る華帆の姿が二重三重になって見えてくる。

(力が入らなくなる・・体の自由が利かない・・・)

 麻痺によって脱力していくかりんが人間の姿に戻る。虚ろな表情になり、手がだらりと下がる。

 肌が青ざめ、瞳から生の輝きが消えてきていく。かりんは完全な仮死状態に陥ってしまった。

「やったよ・・これでかりんはあたしのものだから。」

 華帆が微動だにしなくなったかりんの姿を見て無邪気に微笑む。

「これからはかりん、あなたは誰にも渡さないから・・」

 背中の羽を収め、ゆっくりとかりんに近寄る華帆。獣の手で親友の青ざめた頬を優しく撫でていく。

(ダメ・・体が言うことを聞かない・・心だけ取り残されて、体はどこかに放り出されたみたいな・・・)

 華帆に体を弄ばれながら、かりんは胸中でうめいていた。しかし体は仮死状態に陥っているため、自由に動かすことができなくなっていた。

(負けたくない・・・こんなところで負けたくないよ・・・)

 彼女は必死に奮い立とうと念じ、力を込める。

(ガクトが・・みんなが・・私が戻ってくるのを待ってるんだから・・・)

 仮死状態の瞳から、流れるはずのない涙があふれてきた。消えかけている彼女の命が再び脈打とうとしている。

(たとえ華帆を手にかけることになっても、私には、守り抜きたい確かなものがある!)

 その命が光り輝く感覚を覚える。その瞬間、かりんの眼にガクトの姿が飛び込んでくる。彼女が思い描いた幻想であるが。

「何やってんだよ、こんなところで?」

「ガクト・・・?」

 戸惑うかりんの頬を、ガクトが優しく手を当てる。

「早く戻ってこいよ。オレは待ってるからな。」

 そういってガクトはかりんに軽く口付けを交わした後、姿を消した。幻想だとわかっていながらも、かりんはガクトに励まされたことで笑顔を取り戻していた。

 

 かりんの眼に生の輝きが戻った。その瞬間、彼女のガルヴォルスの力が蘇ったことを察知して、華帆は当惑を浮かべる。

「うわっ!」

 かりんの体からまばゆい光が放たれ、華帆はたまらず後退する。光はかりんを仮死状態にしているりん粉さえも吹き飛ばしていた。

 青ざめていたかりんの体が元の人間の色を取り戻す。硬直していた体が再び動き出す。

「そんな・・どうしてあたしのりん粉を受けて・・・!?」

 華帆が信じられない様子をあらわにする。それをよそに、かりんは真剣な面持ちで華帆を見つめていた。

(そう、これは全部私の罪・・)

 胸中で呟きかけるかりんが、怪物に変わり果てた華帆をじっと見つめる。

「華帆、あなたの罪も心も、私が全部背負っていくから・・・」

 命あるものを切り裂くのは死神の宿命。命を奪うことが罪ならば、その命を背負っていくことこそが償い。

 かりんは華帆を、無二の親友を殺める罪と罰を背負うことを心に決めた。

 眼から流れてくる涙が伝う頬に異様な紋様が走る。そしてかりんは再び死神へと変身し、鎌を握り締める。

 華帆が背中の羽を羽ばたかせる。りん粉を振りまきつつ、上空に飛翔する。

「あたしは負けないから!絶対かりんをあたしのものにしてみせるから!」

 もう華帆に余裕はなくなっていた。自分が解かない限り解くことができないはずのりん粉の麻痺を解かれたことに、驚愕を隠せなくなっていた。

「華帆、もうあなたの動きは分かってるから・・」

 かりんは小さく呟いてから、広がるりん粉の真っ只中に飛び込んだ。一気にりん粉を突っ切り、麻痺にかかる前に攻撃を仕掛けようとしていた。

「えっ・・!?」

 奇襲と感じた華帆が、驚愕のあまりに空中で停滞してしまう。

 間合いを詰めてきたかりんが鎌を振り下ろす。死神の刃が蝶の怪物の体を切り裂いた。

 鮮血をまき散らしながら落下する華帆。あまりにも一瞬の出来事だったため、悲鳴を上げることもできず、地面に落下する。

 着地し、華帆を見下ろすかりん。人間の姿に戻るが、華帆を切り裂いた鎌はそのまま彼女の手に握られていた。罪の意識の現われだった。

(そう・・これが、私が華帆にした罪の証・・・)

 かりんが鮮血のついた鎌を見下ろして胸中で呟く。その血は赤くなく、青緑をしていた。

(私が華帆を傷つけたのも、私が華帆を救えなかったのも、華帆が人間でなくなってしまったのも・・・全部、私のせい・・・)

 自分の罪を悔やみながら、彼女は持っていた鎌を地面に落とした。

 

 変化のない態度を続けているキングガルヴォルスを見据えて、ガクトはドラゴンガルヴォルスに変身する。そして感情の赴くままに、キングガルヴォルスに向かって飛びかかる。

 しかし彼が拳を振り上げたところで、キングガルヴォルスが手を伸ばす。その手のひらから強烈な衝撃波が放たれる。

「ぐっ!」

 突き飛ばされたガクトが激しく横転する。体が上げる悲鳴に彼は顔を歪める。

(やっぱ王というだけあるってか・・なんて力だ・・・!)

 傷ついた体に鞭を入れ、ガクトは立ち上がる。そんな彼に向けて、キングガルヴォルスが再び右手を伸ばす。

「ぐっ!・・がはっ!」

 強い念動力に体を締め付けられ、ガクトがあえぐ。強い力を振り払おうとするが、念動力はさらに力を強めて、ガクトに苦痛を与えていく。

 ガクトの体力を死ぬ寸でのところまで追い込もうとするキングガルヴォルス。そこへ剣の一撃が飛びかかり、その体を切り裂いた。

 念動力から解放され、大きく息をつくガクト。彼が見た先には、王に剣を振り下ろしていた悟の姿だった。

 

 

次回

第25話「守り抜きたい確かなもの」

 

「華帆、私、行くから・・・」

「オレたちの攻撃が通用しない・・・!」

「これが王だって言うのかよ・・・!」

「一緒に戦おう、ガクト!」

「このままじゃ、オレたちも華帆みたいに・・・!」

 

 

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