ガルヴォルスextend 第23話「駆け抜ける自由」

 

 

 悟に襲いかかる数体の人工ガルヴォルスたち。個々の能力はそれほどでもないのだが、多勢に無勢といった形で、悟は劣勢に陥っていた。

 悟も負けじと剣を振り抜いて反撃に出る。しかし優劣はなかなか逆転しない。

 そんな中で、ガルヴォルスの1体が、夏子とサクラに対して襲い掛かってくる。夏子が必死に発砲するが、強化された怪物の体には無力だった。

「先輩!サクラ!」

 悟が2人の危機に駆けつけようとする。が、そこへ白い冷気が吹き付け、彼の左腕に付着する。

「ぐっ!」

 左腕が凍てつき、突き刺すような痛みにうめく悟。不自由が他の部位にまで伝達し、身動きが取れなくなってしまう。

 追い詰められた彼を、人工ガルヴォルスたちが取り囲む。夏子とサクラにも怪物の魔の手が伸びていた。

(くっ・・ここまでなのか・・・先輩、サクラ・・・!)

 窮地に追い込まれたと思い、歯がゆい気分を噛み締める悟。

 そのとき、ガルヴォルスの1体が強い衝撃を受けて突き飛ばされる。他のガルヴォルスたちや悟たちが振り向くと、1台のバイクを停車させて、2人の人物が降りる。

 メットを外したその2人に、その場にいた全員が驚きを隠せなかった。ガルヴォルスの王に石化されたはずのガクトとかりんだった。

「まさかこんなところで会うとはな、声号さんよ。」

 ガクトが不敵な笑みを見せて、驚愕している声号に言い放つ。

「バ、バカな!?・・君たちは王の糧となったはず・・・!?」

「あぁ。確かに利樹に入り込んでたガルヴォルスの王に石にされたさ。けどどういうわけか、オレたちは元に戻れたんだよ。」

 声を荒げる声号に向けて、ガクトが淡々と告げる。外したメットをバイクの上に置き、ガクトはゆっくりと歩き出し、傷ついて動けないでいる悟の横で立ち止まる。

「しばらく会わないうちに、ずい分と弱くなったじゃないのか?」

「・・ガクト、無事だったのか・・・?」

「オレを甘く見るなよ。いつまでもこんなヤツらに時間かけてる暇は、オレたちにはねぇんだからよ。」

「・・・そうだな・・」

 ガクトにからかわれるような態度を見せられ、悟はふと笑みをこぼして立ち上がる。

「一気に決めるぞ!」

「あぁ!」

 人工ガルヴォルスを鋭く見据えるガクトと悟の姿が変化する。速さに長けたガルヴォルスの姿に。

 そして眼にも留まらぬ速さで動き出す2人。その速さに人工ガルヴォルスたちはついていけてない。

 各々の剣を振りかざし、次々と人工ガルヴォルスを切り払っていく。2人の動きが止まった瞬間、ガルヴォルスたち全員が絶命して体が崩れてしまっていた。

 優劣を逆転させ、敵を一掃したガクトと悟。彼らも、かりん、夏子、サクラも振り向いた先、声号は全く顔色を変えていなかった。

「やはり人工のまがいもの。粗悪な実験体でしかなかったようだ。」

 人工ガルヴォルスたちが倒されたことにも全く動じず、淡々とした態度を崩さない声号。

「どちらにしても、王が存在している以上、もはや君たちに、人として生きることはできない。」

 不敵な笑みを続ける声号を、悟ははじめの形態に戻って鋭く見据える。

「ガクト、お前は王を追うんだ。彼の相手はオレがする。」

「おい、誰がオレに指図してんだよ。お前にオレの道を選ぶ権利はねぇよ。」

 悟の指示をガクトは聞こうとしない。しかし悟は気にせずに話を続ける。

「お前が追い求めている相手は彼ではないはずだ。」

 その言葉にガクトは真剣な面持ちになる。ガクトが追い求めているのは、王に接触しようとしている華帆だ。

「かりんさん、一緒に行ってください。先輩も、サクラも。」

 かりん、夏子、サクラにも指示を送る悟。あくまで1人で声号と対峙しようとしていたのだ。

「分かったわ、悟。私も私の戦いをするからね。」

 サクラは同意を見せていたが、夏子は同意しかねていた。

「でも悟くん、サクラさんは・・」

「大丈夫ですよ、夏子さん。私だって悟やガクトさん、かりんさんの力になりたい。足手まといになるようだったら、すぐに引き返しますから。」

「サクラ・・ありがとう。」

 悟が感謝の言葉をかけると、サクラは頷いて駆け出す。かりんも笑みを見せて彼女を追いかける。

 ガクトも、渋々受け入れた夏子も彼女たちを追いかけていった。この場には悟と声号だけとなった。

 人間として立ち向かおうとする悟と、人間を完全に捨て去った声号。人として戦おうとしているカオスガルヴォルスの影に、悟の姿が映し出される。

「あなたは人間を完全に捨ててしまった。もう後戻りはできない。だからオレは、あなたを人を蝕む敵と見なして倒します。」

「君の考えは王には通用しない。いや、私にも及びはしないだろう。」

 悟の言葉を声号は受け入れない。

「もはや君の言葉は私に届くことはない。さて、そろそろ決着をつけるとしようか。」

「そのようだ。だがオレはこの考えを変えない。どんなことが起きても!」

 声号に言い放ち、悟が剣を握り締めて構える。

「ならその甘い考えを後で後悔するがいい。その命と引き換えに。」

 声号が言い終わった直後、悟に向かって飛びかかる。悟は剣で受け止めつつ、後退して距離を取ろうとする。

 だが声号が間髪置かずに詰め寄り、右手の爪を突き出してくる。悟はこれも剣で受け止めるが、次第に力押しされる。

(何という力だ・・というよりも、全然迷いがない・・!)

 次第に押されていく悟が胸中で毒づく。

 ガルヴォルスは人間の進化系。その狂気に囚われていなければ、人の心が残っているはずである。しかしそれは無意識に迷いを植えつけることにもなる。

 しかし声号はガルヴォルスの狂気に囚われていないにも関わらず、全く迷いが感じられない。真っ直ぐに力を傾けてきていた。

「ごあっ!」

 ついに押し負けて突き飛ばされる悟。声号は体勢が立て直す暇を与えずに、続けざまに頭の触覚を振り下ろす。

 悟はこれをうまく体を反転させて回避し、その勢いのまま距離を取る。標的を外して突き刺さった触覚が、その先の地面を灰色に変える。

 サソリの尻尾を思わせる触覚の先端にも、石化の毒が含まれている。1度でも刺されば、体全体に石化が広まってしまうのである。

 悟が呼吸を整えながら声号を見据える。

「心というものは不敏なものだ。迷いなどを生み出し、戦いや襲撃を妨げてくる。」

 声号が半ば呆れた態度で語りだす。

「心は本能や衝動の前では弱さ、枷でしかない。だが王の洗礼を受け、完全なガルヴォルスとして人間の心を捨て去れば、戦いにおける枷はなくなる。」

「それは違う!心は弱さを引き起こすだけじゃない!」

 声号の冷淡な言葉を悟は否定する。

「心は何にも手を差し伸べられる優しさ、何事にも立ち向かえる勇気を生み出す。人として欠かしてはならないものなんだ!」

「そんなものは詭弁でしかない。ガルヴォルスの王が作り出そうとしている世界の中では、世迷言にしかならないんだよ。」

 悟の言葉を声号はあざ笑いながら無碍にする。

「心は人に様々なものを生み出していく。苦しみ、憎しみ、悲しみ、親しみ、優しさ、勇気。強さと弱さが同居している。だから心ある人間は、強くなる無限の可能性を秘めているんだ。」

 真剣に語りかける悟だが、声号は哄笑をもらしていた。

「実に滑稽な考えだ。強さは強さ、弱さは弱さ。相対的なこの2つの要素が同居することはない。」

「あなたは人の心を捨ててしまった。もう強くなろうとする向上心はあなたにはない。」

 今度は逆に、声号の言葉を悟が否定する。

「あなたが選んだ道のほうが、滑稽だとは思わないのですか・・・!?」

 悲痛の表情を浮かべて、持っている剣の柄を強く握り締める悟。問いつめる彼を、声号は鋭く見据える。

「弱さを抱えている君に、弱さを捨てた私を倒すことはできない。」

 低く言いつける声号が、再び悟に向かって飛びかかる。頭部の触覚が振り上げられた瞬間、悟の姿が変化する。

 一気に速さを上げて、声号の触覚をかわす。そしてすぐさま声号に剣を振りかざす。しかしサソリの硬い表皮に悟の攻撃は通じなかった。

「くっ!」

 低くうめきながら悟はひとまず声号から離れる。

(硬い体だ・・この形態では攻撃力が低下してダメージを与えられない。しかし元に戻ればスピードで負けてしまう・・・)

 一方の要素を上げれば一方が殺されてしまう。向上と低下。力の分配に対して悟は毒づいていた。

 声号を倒すには、力と速さを掛け合わせなければならない。だがそれを行うには、ガクトのように何らかのリスクを受けなくてはならない。今の悟に、そのような形態への変化はできなかった。

(諦めるな。まだ何か手立てがあるはずだ。力と速さ、2つをうまくコントロールできれば・・)

「2つをうまく・・・そうか!」

 思い立った悟が身構える。それを見ていた声号は、言動を変える様子を見せない。

「これで分かっただろう。弱さを抱えるが故の無力さを。」

 声号が右手の爪を悟に向け、とどめを刺そうと迫ろうとしていた。そこへ悟が飛び出し、先手を狙う。

 素早い動きで声号に詰め寄り、剣を振り上げる。だが声号は防御に専念している。速さは上がっているが力が減退しているこの形態では、防げば打開できると踏んでいた。

 しかし剣を振り下ろす瞬間、悟の姿が元の形態へと戻る。

「なっ・・!?」

 この一瞬、声号は驚愕をあらわにした。素早い勢いのまま、悟は力を向上させて剣を振り下ろす。

 力を一気に増大させた剣の一撃が、サソリの硬い体を突き破り、切り裂き、鮮血をまき散らす。しかし飛び散ったその血は、人間のように紅いものではなく、別の生物を思わせるような青緑に変色していた。

 キングガルヴォルスの洗礼を受け、人間を捨て、完全な怪物と成り果てた証拠だった。

「ぐ、ぐはぁっ!」

 激痛にあえぐ声号がその場にうずくまる。剣を引き抜いた悟が刀身についた血を振り払う。

「こ、こんな・・こんな手を打ってくるなんて・・・!」

 声号が苛立ちをあらわにしながら、戦意を治めていく悟を鋭く睨みつける。悟は真剣な態度を崩さない。

「悪いがオレはあなたを殺さない。その苛立ちが、あなたが人間を捨て切れていないことを示している。だが、もしこれ以上牙を向けてくるなら、オレは今度こそ・・・」

 悟は警告を告げてから、ガクトたちやキングガルヴォルスを追おうとする。

(こんなバカなこと・・・この私が、弱いはずの人間に劣るなど・・・!)

 声号の苛立ちが次第に強まっていく。血の飛び散る体を突き動かして、悟に敵意を向ける。

(王は世界を変えることができる唯一の存在だ。この腐りきった世界を塗り替える者。)

 右手の爪を研ぎ澄まし、悟に向かって足を踏み出す。

「お前たち弱き人間に、王を超えることなどできるものか!」

 絶叫を上げて悟に飛びかかる声号。しかし悟は戦意を完全に消してはいなかった。

 握り締めていた剣を振りかざし、声号の胴をなぎ払う。サソリの体が両断され、飛びかかった勢いのまま倒れ込む。

「王は・・絶対の存在・・・お前たちに未来は・・・」

 振り絞った言葉を最後に、声号の体が砂のように崩れて消えていった。その死に様を、人間に戻った悟が悲痛の面持ちで見下ろす。

「別に王を超えようなどと思っていない。何かに優劣をつけようとも思っていない。だが、王がみんなを傷つけるというなら、オレは王を倒す。」

 悟は前を向き、迷いを振り切って歩き出す。

「オレにはあなたが捨てた、大切なものが存在しているのだから・・・」

 ガクトたちの、王のいる場所に向かって、彼は足を速めた。

 

 かりんを乗せてバイクでガルヴォルスの王を追い求めるガクト。先行していたサクラを追い抜き、ただならぬ気配を頼りにバイクを走らせていた。

 そして灰色の石や砂利が広がる荒野でバイクを止めると、その眼前に不気味な姿の人型の怪物が立ち尽くしていた。キングガルヴォルスである。

 キングガルヴォルスは、他のガルヴォルスを追い求めて彷徨っていたが、周囲にガルヴォルスがいないため途方に暮れていた。

「こんなところにいたのか。やっと見つけたぜ。」

 ガクトが低い声音で言い放つと、キングガルヴォルスがゆっくりと振り返る。ガクトとかりんの姿を見て、不気味な吐息を漏らす。

「この様子じゃ、華帆はまだきてないみたいだよ。」

「そうみたいだな。」

 周囲の様子をうかがうかりんの言葉に、ガクトは淡々と答える。

「かりん、お前は華帆と合流したほうがいい。アイツを直接止めたほうがいいからな。」

「そうだね。でもガクトはどうするの?」

 かりんの問いかけに、ガクトは改めてキングガルヴォルスを見据える。

「オレはアイツと戦い、倒す。」

 拳を強く握り締めて、王と対立することを告げるガクト。それを聞き入れたかりんは頷いてみせる。

「分かったよ、ガクト。華帆のことは私に・・・」

 言いかけたところで、かりんは言葉を止めて驚愕をあらわにする。彼女の異変にガクトも彼女の見つめるほうに視線を向ける。

 するとガクトも眼を見開き驚愕する。荒野の谷の上には、王を見つけて笑みを浮かべている華帆の姿があった。

「華帆!?」

 かりんが眼を疑って声を荒げる。彼女たちの視線の先で、華帆がゆっくりと崖から降りてくる。

「見つけたよ、王・・」

 歓喜の言葉を呟きながら、王の姿をじっと見つめる華帆。

「ダメ、華帆!」

 王に近づこうとしたところで、華帆はかりんに呼び止められる。華帆は振り向くと、きょとんとした面持ちを浮かべる。

「かりんも来てたんだ。」

「華帆、お願いだからやめて!王に人間の心を奪われちゃったら、後戻りできなくなっちゃうよ・・・!」

 平坦に告げる華帆に、かりんが悲痛の声をかける。しかし華帆の気持ちに変化はない。

「後戻りはずっと前にできなくなっちゃってるよ、かりん。人間がいるから、あたしたちは辛い思いをすることになるんだから・・・」

 そういって華帆は再び王に向かって歩き出す。

「ダメ!華帆、やめて!」

 かりんはたまらず飛び出し、デッドガルヴォルスに変身する。そして華帆の前に立ち、彼女の行く手をさえぎる。

「これ以上行かせない!力ずくでも止めるから!」

 完全と立ちはだかるかりん。笑みを消した華帆の顔に紋様が浮かび上がる。

「邪魔しないで、かりん。でないとかりんでも本気で行くから・・」

 その姿が蝶の怪物、バタフライガルヴォルスに変身する華帆。背中の羽を羽ばたかせ、虚を突かれたかりんを吹き飛ばす。

「キャッ!」

 突風を受けて横転するかりん。何とか踏みとどまりながら、華帆に眼を向けて苦悩する。

 華帆は悲しみを込めた眼差しをかりんに向け、再び王に向かって歩き出す。もはや彼女に親友の声も届きはしない。

 彼女が眼前に立ったところで、キングガルヴォルスが彼女の両肩をつかむ。そしてつかむ両手から光を放ち、バタフライガルヴォルスの影に映し出された華帆の姿に伝達する。

「キャアッ!・・あはぁぁ・・・ぁぁぁ・・・!」

 激しい衝動と苦痛が華帆に押し寄せてくる。しかし彼女は小さく笑みをこぼしていた。

「華帆!」

「華帆、やめろ!そいつから離れろ!」

 かりんとガクトが呼びかけるが、華帆は笑みを浮かべたまま、王の洗礼を受けようとする。彼女の人間としての姿に、無機質な音とともに徐々に亀裂が入り込んでくる。

「かりん、ガクト、今までありがとう。でもあたしは人間を捨てるよ。みんなを平気で傷つける人間なんて・・・」

 唯一心から信頼を寄せている2人に言葉を投げかけた後、華帆の影が割れたガラスように崩壊する。

「あっ・・・!」

 ガクトとかりんが愕然となった。華帆が人間を完全に捨て去った瞬間だった。

「華帆・・・華帆!」

 無意識のうちに人間の姿に戻っていたかりんの悲痛の叫びが、荒野に響き渡った。

 

次回

第24話「人の心」

 

「これであたしから“人間”はなくなったよ。」

「お願い、華帆ちゃん、眼を覚まして!」

「かりん、あなたは誰にも渡さないから・・」

「これは全部私の罪・・」

「華帆、あなたの罪も心も、私が全部背負っていくから・・・」

 

 

作品集に戻る

 

TOPに戻る

inserted by FC2 system