ガルヴォルスextend 第19話「迫る欲情」

 

 

 王によって力を奪われ、石化されたガクトとかりん。その変わり果てた姿を目の当たりにした利樹は、誰かに助けを求めようと必死に駆けていた。

 しばらく走っていくと、彼は悟の姿を発見する。

「あれは・・・悟お兄ちゃん!」

 利樹が必死の面持ちで呼びかけると、それに気付いた悟が振り返る。

「利樹くん!?」

 悟は一瞬唖然としながらも、すぐに気持ちを切り替えて利樹に駆け寄る。

「利樹くん、どうしたんだ?みんな心配してるんじゃないのかい?」

「ゴメン・・でも今はそれどころじゃないんだ!・・お姉ちゃんと、ガクトお兄ちゃんが・・!」

 切羽詰った利樹の言葉に、悟は緊迫を覚える。

「ガクトと、かりんさんに何かあったのかい!?」

「それが・・・とにかく早く来て!」

 少し混乱気味で説明がおぼつかなかったので、利樹はきびすを返して再び駆け出す。悟も彼を追いかけて走り出した。

 ガクトとかりんがいる広場に悟を案内してきた利樹。しかしそこに2人の姿はなかった。

「あれ・・・!?」

 利樹が戸惑いながら周囲を見回す。混乱を抱えてはいたが、場所に間違いはない。

「ここに間違いないんだね、利樹くん?」

「うん。気がついたらオレはここにいて、眼の前にガクトお兄ちゃんと、お姉ちゃんの裸の石像があって、もしかしてって思って・・・」

 不安の面持ちで応える利樹。その言葉に悟は困惑を覚える。

(利樹くんが言った現象・・まるでガルヴォルスの王の・・・まさかあの2人、王にやられてしまったのか!?・・ガクトとかりんさんが、王に・・・!?)

 悟の胸に一抹の不安がよぎった。すぐにでも2人の捜索を行おうと思ったが、利樹をここに放っておくわけにはいかない。

「とりあえずみんなのところに戻ろう。2人ならオレが探すから。」

 悟の言葉に利樹は渋々頷く。手をつないで、ひとまず「セブンティーン」に向かうことにした。

「キャアッ!」

 そのとき、どこからか女性の悲鳴が響き渡り、悟が振り返る。

「利樹くん、絶対にここを動かないで!すぐに終わらせるから!」

 利樹に言いつけてから、悟は声のしたほうに向かった。彼の姿が見えなくなった頃、利樹の意識はガルヴォルスの王に取り込まれていた。

 

 悲鳴を聞きつけて駆けつけた悟。そこでは1人の少女に槍を突き刺しているアネモネガルヴォルスがいた。

 先ほどの悲鳴はその長髪の少女のもののようだ。ガルヴォルスの毒牙にかかり、灰色になって固まってしまった。

「あなた・・何をしているんだ・・・!?」

 その光景を目の当たりにした悟が声を荒げる。それに気付いたアネモネガルヴォルスが振り返り、人間の姿、花織へと戻る。

「悟さん・・何をしているって・・見ればお分かりでしょう?ガルヴォルスの本能に従い、人間を襲って石化していたのです。」

「どうして・・あなたたちはガルヴォルスの狂気からみんなを守ろうとしているのではないのですか!?」

 悟が言いかけると、花織はメガネを軽く直す。

「愚問ですね。私たちはガルヴォルスが人間より勝っている存在だと自負しています。そして王の前に、人間は完全に駆逐されるのです。」

「バカなことをいうな!あなたたちは、ガルヴォルスが全てだと考えているのか!」

 悟が憤慨すると、花織は呆れたように笑みをこぼす。

「たとえ私が個人的な意見を述べたとしても、王が蘇れば・・・」

 花織は言いつけて、全身に力を込める。顔に紋様が浮かび、彼女は再びガルヴォルスへと変身する。

「王の洗礼を受ければ、あなたもそんな中途半端な考えを切り捨てることになりましょう。」

「そんなことはない。オレは人の心を守る。」

 妖しく微笑む花織に対し、悟も言い放つ。彼の顔にも紋様が走る。

「ただ、それだけだ!」

 そして叫ぶと同時に彼はカオスガルヴォルスへ変身する。その姿はいきなり、速さを重視した形態だった。

「神経を麻痺させるあなたの毒花粉を受けるつもりはない。一気に決着をつけてやる。」

 言い終わるとすぐに、悟は一気に花織に詰め寄る。花織も花粉を撒き散らして牽制するが、悟の速さはその毒の霧をも駆け抜けてしまっていた。

 悟は花織の腹部に拳を叩きつける。この形態では攻撃力は落ちるが、それでも決定打となり、さらなる追撃のつなぎとなった。

 間髪置かずに集中攻撃を繰り出す悟。花織に反撃する暇を与えない。

 その痛烈な攻撃についに花織は怯む。悟は最後に一撃彼女に見舞う。傷ついて横転した彼女が人間の姿に戻る。毒花粉や石化の槍も出す時間さえなかった。

 戦いに決着がついたと悟った悟は人間の姿に戻る。その行為に花織が眼を疑う。

「どういうつもりですか?・・このまま私を倒すなり固めるなりすれば・・・」

 花織が悟に疑問を投げかける。しかし悟は聞く耳を持たず、立ち上がれないでいる彼女に背を向ける。

「オレは無抵抗の相手に危害を受ける非情さも、相手を固める趣味も持ち合わせてはいないし、オレの主義にも反する。」

 そういって悟は花織から立ち去っていく。

「ま、待ちなさい・・・」

 花織が力を振り絞って立ち上がる。そして再びガルヴォルスに変身しようとする。

 しかしそのとき、彼女はただならぬ気配を感じ取って眼を見開き、その咆哮にゆっくりと振り返る。その先にいたのは、冷淡な表情を浮かべる利樹だった。

 彼の影が突然盛り上がり、人の形を成していく。

「ガルヴォルスの、王・・・」

「何!?」

 声を荒げる花織に悟も驚愕しながら振り返る。しかし影は彼女にしか眼を向けてはいない。

 影が伸ばした手の指先から淡い光の触手を伸ばす。それらが、満身創痍で動けないでいる花織を取り巻く。

 触手の先端が彼女の体に忍び寄り、ガルヴォルスの力を吸い出していく。

  ピキッ ピキキッ

 力が失われた彼女の体が石化を始める。ヒールやストッキングが壊れ、白い石の足が現れる。

 石化を受けている花織が頬を赤らめて快感を覚えている。彼女はこの石化が、いや、ガルヴォルスの王の復活の人柱になれることに喜びを感じていたのだ。

  ピキッ パキッ パキッ

 石化はさらに進行し、花織のレディーススーツを引き裂く。王の洗礼が彼女を次第に丸裸にしていく。

「社長・・・私は・・・私は・・・」

  パキッ パキッ

 石化が全身を包み込んでいた花織が、弱々しくも笑みをこぼしていた。石化の影響で、彼女がかけているメガネが割れて顔から外れて落ちる。

  ピキキッ

 彼女の律儀な表情が、無機質な音を立てて白く固まっていく。

     フッ

 その瞳にもヒビが入り、花織の石化が完了した。彼女のガルヴォルスの力を奪い取った影が触手を戻すと、そのまま利樹の中に戻っていった。

「そんな・・利樹くんが・・・!?」

 その光景を目の当たりにしていた悟が愕然となっていた。そして別の気配を感じ取って振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべている声号の姿があった。

「声号さん・・!?」

「そう。あの少年こそが、ガルヴォルスの王だ。」

 声号の言葉に悟はさらなる動揺を浮かべる。それを気にせずに、声号は我に返って困惑を見せている利樹を見つめて話を続ける。

「王はまだ完全に目覚めてはいない。悟くん、君の力でも十分に相手することはできるだろう。しかし君には倒せないよ。彼の体に入り込んでいる王を・・」

 まるで戒めるような声号の言葉。彼の言うとおりであることを感じ、悟は戦意を揺らいでいた。

「君に躊躇なく敵を倒す非情さはない。君では王を倒すことも、復活を止めることもできない。世界はガルヴォルスで満たされ、支配される。それが君の、私たちの運命だ。」

 そういって声号はきびすを返して立ち去っていった。悟はどうしたらいいのか分からず、利樹に声をかけられるまでこの場を動けなかった。

 

 明かりの消えている暗闇の部屋。その中心で、ガクトとかりんは立ち尽くしていた。

 利樹に入り込んでいるガルヴォルスの王によって裸の石像にされてしまった2人。意識を取り戻したときには、この部屋の中にいたのだ。

(ここは・・・オレは、いったい・・・)

 はっきりしない意識の中で、現状を確かめようとするガクト。そして彼は、眼の前にかりんがいることに気付く。

(かりん・・・?)

 ガクトは思わず恥じらいを覚えた。かりんの姿は、何も身に付けていない裸身だったからだ。そして自分も裸であることに気付いて、さらに気まずく感じてしまう。

(そうか・・・オレたちは利樹に、ガルヴォルスの王に力を奪われて、石にされちまったんだっけか・・・)

(うん、そうだよ・・)

 ガクトが苦笑いを浮かべたところで、かりんが声をかけてきた。

(かりん・・眼が覚めたのか・・?)

(うん・・でもここ、どこなんだろ・・?)

 自分たちがどこにいるのか分からず、かりんも不安の面持ちを浮かべていた。しかしガクトの視線が自分の体に向けられていることに気付いて、彼女は一瞬唖然となる。

(ちょっと、どこ見てるの・・!?)

(い、いや・・何だか、こうして見てると、お前、けっこうかわいいかなって・・)

 ムッとするかりんに対し、ガクトが気恥ずかしそうに答える。その言葉に一瞬戸惑うも彼女は抗議の声を返す。

(そ、そんなこと言われたって、ちっとも嬉しくないんだから・・)

(悪かったな・・オレみたいなヤツとずっと一緒にいなくちゃいけないなんてな。)

(アンタに胸を触られたこと、忘れたわけじゃないんだからね。それなのに、こんな裸の付き合いをされるなんて。)

 互いに憎まれ口を叩くガクトとかりん。しかし2人は実のところ、互いを認めていた。

「やっと見つけたよ・・ガクト、かりん・・・」

 そのとき、部屋に声が響く。ガクトとかりんがその声のしたほうに意識を傾ける。聞き覚えのある声だった。

 その直後、暗闇に包まれていた部屋に明かりが灯る。その光に照らされていたのは、

(華帆・・・!?)

 かりんは石化した自分たちを見て、いつもの明るい笑顔を見せている華帆に困惑を見せる。

(お、おい・・・)

 そこへガクトが当惑の声をもらす。かりんも周囲に視線を向けると、部屋の周りの壁には、多くの写真やポスターが貼られていた。

 それらに映し出されているのは、全てガクトとかりんの姿だった。

(これは、何なんだよ・・・!?)

(ガクトと、私・・・!?)

 自分たちの姿が部屋中に散りばめられていることに、ガクトもかりんも動揺の色を隠せなかった。2人のそんな心の声を、華帆は感じ取っていた。

「携帯やカメラとかで撮ったものをパソコンでプリントアウトしたんだよ。」

(それじゃ、ここは・・)

「うん。あたしの部屋だよ。」

 ガクトとかりんに、いつもと変わらない笑顔で答える華帆。しかしその現状はとても普通とは思えなかった。

(でも華帆、なんで私たちの声が聞こえるの?)

 かりんが不安の面持ちで華帆に訊ねる。かりんとガクトは物言わぬ石像となっているため、心の中で声は発せず、実際に声を届けることはできない。

 華帆は顔色を全く変えずに、かりんの問いに答える。

「それはね、あたしもガルヴォルスだからだよ。」

(えっ・・!?)

 その言葉にかりんだけでなく、ガクトも驚く。その反応を感じ取っていく華帆の顔に、異様な紋様が浮かび上がる。

「見せてあげる。あたしのホントの姿を。」

 そして彼女の姿が怪物へと変わる。しかし背から広がった羽は鮮やかで、見る者を魅了するには十分だった。蝶の姿をしたバタフライガルヴォルスである。

「これがあたしのガルヴォルスの姿。あたしの鱗粉を吸っちゃうと、仮死状態になって動けなくなっちゃうの。」

(華帆・・!)

 淡々と自分の能力について説明する華帆に、かりんは困惑するばかりだった。バタフライガルヴォルスの影に、華帆の裸身が映し出される。

(何でなんだよ・・華帆、何でお前が・・!?)

 今度はガクトがたまらずに言い放つ。それでも華帆は笑みを崩さない。

「あのパーキングエリアの出来事のときに、あたしはガルヴォルスになったの。」

 そういって華帆は人間の姿に戻る。

「もちろん、美代子さんや他の人たちにはそのことは知らないはずだよ。あたしがガルヴォルスになるのはこの家に1人でいるときと・・」

 華帆の顔から笑みが消えていく。

「・・気に入らない人間にお仕置きをするときだけだもん。」

 そして彼女は突然、自分が着ている私服を脱ぎ始めた。その行為にガクトもかりんも戸惑う。

 2人の反応を気に留めながらも、華帆は衣服を全て床に脱ぎ捨てて全裸となる。ふくらみのある胸、滑らかな素足、くびれのある腰がさらけ出される。

「あたしはかりんとご両親と一緒に旅行に出かけて、その途中にパーキングエリアに立ち寄った。そこで不良にからまれて、おじさんとおばさんは刺されて・・・」

 華帆は語りかけながら、ゆっくりとガクトたちに近づいていく。そして2人の石の頬にそっと手を伸ばし指先で触れる。

「あたしたちが傷ついて、辛い思いをしてるっていうのに、周りの人たちは助けようとも救急車を呼ぼうともしなかった。その間に、かりんはガルヴォルスになって不良たちをやっつけた。」

 2人の後ろ首に腕を通し、優しく抱きとめる華帆。

「あたしがガルヴォルスになった、ううん、なりかけたのはこのとき。かりんはみんなを傷つけた自分をよく思っていないみたいだけど、あたしはこれでよかったと思ってるよ。」

(華帆・・・!?)

 華帆が発した意外な言葉に、かりんはたまらず声を荒げた。

「だってそうじゃない。人間なんて自分勝手で冷たい生き物ばっかなんだもん。だからあたしは、ガルヴォルスの力でお仕置きしてたんだよ。でも美代子さんやサクラちゃんは悪くないからね。あの人たちを傷つけたりはしないから。」

 冷たく言いかけてくる華帆の本当の考えに、かりんもガクトも困惑と憤りを感じていた。華帆は人間の滅亡を心の片隅で願っていたのである。

 

 驚愕の真実を知って気持ちの整理がつかなくなり、悟は利樹とともに、近くの公園で小休止していた。

「悟さん、大丈夫?何だかいろいろと辛そうに見えるんだけど?」

「あぁ、うん、大丈夫だよ。」

 利樹の心配に悟が笑顔を作って答える。困惑の原因が自分にあることなど、利樹には知る由もない。

 しばらく休んでいると、悟は遠くから、夏子とサクラが近づいてくるのに気付いた。

「あ、先輩とサクラたちだ。」

 悟は体を起こして、夏子たちに近づいていく。

「先輩、サクラ、ここまで来てもらって・・・」

 悟がやってくる夏子たちに声をかけようとする。しかしただならぬ気配を感じて、進めていた足を止めて振り返る。

 その視線の先にいる利樹が、再び無表情を浮かべている。ガルヴォルスの王に意識を奪われていたのだ。

「利樹くん・・・」

 悟は歯がゆい面持ちを浮かべながら、声号の言葉を思い返していた。

“君には倒せないよ。彼の体に入り込んでいる王を・・”

 その言葉を振り切ろうと悟はいきり立つ。それに呼応するかのように、彼の顔に紋様が走り、そして彼をガルヴォルスへと変貌させる。

「悟・・?」

「まさか・・!?」

 その光景にサクラはきょとんとするが、夏子は一抹の不安を覚えて走り出す。

 じっと見つめてくる利樹に向かって、悟が戦意をあらわにして駆け出す。そこへ弾丸の破裂音が響き、悟の足元の地面を叩く。

 悟が足を止めて振り返ると、夏子が引き抜いた銃を発して彼を止めたのだった。

「先輩・・・」

「悟くん、何考えてるの!?利樹くんに危害を加えようなんて・・!」

 当惑する悟に言い放つ夏子。彼女は彼がしようとしていたことを見かねていた。

「先輩・・すみません!」

 悟は後ろめたい気持ちを感じながら、剣を具現化し、再び銃を構えた夏子も前方の地面に投げつけた。

「ふわっ!」

 その衝撃と砂煙を受けて、夏子が体勢を崩してしりもちをつく。その間に、悟は再び利樹に向けて拳を振り上げる。

「悟!」

 サクラの叫び声とともに振り下ろされる拳。しかし利樹の眼前で止まる。

 悟はためらいを覚えてしまっていた。それはサクラに呼び止められたからではない。ここまできて利樹に感情を抱いてしまったのだ。

「く・・・!」

 うめくだけで攻撃できないでいる悟。

 そこへ悟は別の誰かから突然殴られて突き飛ばされる。転倒したところで立ち上がると、その先には声号の姿があった。

「声号さん・・・!?」

 困惑する悟に対し、声号は嘆息をつく。

「君のようにハンパな位置づけは、完全な迫害という末路を辿る。ならば、私の手で引導を渡してやろう。」

 顔に紋様が浮かび上がった声号が怪物へと変化する。サソリの姿を思わせるスコーピオンガルヴォルスに。

 毒づきながらも、悟は利樹に敵意を向ける。そこへ声号が割り込み、拳を振るってくる。

 悟は懸命にこえを回避しながらも、あくまで利樹を狙っていた。だがそれが彼にとって声号に隙を作ることとなってしまった。

「今の君では、私にむざむざと石にされるのが関の山だ。」

 不敵に言い放つ声号の尾のような後頭部の触手に叩きつけられる悟。そんな2人を、困惑するばかりの夏子とサクラが、そして冷淡な表情をしたままの利樹が見つめていた。

 

 

次回

第20話「王の目覚め」

 

「人間なんて、みんないなくなっちゃえばいいんだよ。」

「利樹くんのためにも、王は倒さなくちゃいけないんだ・・」

「邪魔はさせないよ。」

「王が、目覚めた・・・!?」

「ガクト、かりん、あなたたちはあたしのものだよ。」

 

 

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