ガルヴォルスextend 第18話「石化されるガクトとかりん」

 

 

 咆哮とも取れる叫び声を張り上げて飛び出すガクト。えん曲の剣を高らかと振り上げ、かりんを倒そうと迫る。

 家族、久恵の死の悲しみ。人の心身を傷つけるガルヴォルスを倒すことに駆り立てられて、彼は死を受け入れようとしているかりんに向けて剣を振り下ろした。

 全てがこの一瞬で終止符が打たれたかに思われた。

 違和感を感じたかりんが、閉ざしていた瞳をゆっくりと開く。その眼前には、苛立ったままのガクトの顔があった。

「えっ・・・?」

 かりんは眼を疑った。視線を移すと、振り下ろされたガクトの剣は、彼女の頭の上で止まり、小刻みに震えていた。

「ガクト・・・!?」

 かりんは信じられない気持ちでいっぱいになった。家族を奪った仇を前にしながら、ガクトは倒すことを躊躇していたのだ。

「なんで・・なんでなんだよ・・・!」

 ガクトは剣を振り下ろすことができないまま、低くうめく。その様子にかりんも戸惑いを覚える。

「なんでお前は、あんな形でオレと出会っちまったんだよ・・・あんな出会いをしなきゃ、オレはお前にこんな気分を感じなくても済んだって言うのに・・・!」

「ガクト、アンタ・・・!?」

「ちくしょう・・・ちくしょう!」

 かりんに振り下ろせずにいた剣を、揺らぐとともに叩きつけるガクト。気持ちの整理がつかないまま、人間の姿に戻る。

 かりんも彼のこの衝動に当惑を隠せなくなり、人間の姿に戻ってしまう。2人の困惑がこの場で静かに交錯していた。

 

 ガクトのことが気がかりになった悟、連絡を受けた花織と別れ、夏子、華帆、サクラ、利樹はひとまず「セブンティーン」に向かうことにした。

 もう少しで店に到着しようとしたところで、彼女たちは利樹の姿が見えないことに気付く。

「あ、あれ?利樹くんがいない!?」

「えっ?・・ホント、どこにもいないわ。」

 華帆の言葉を皮切りに、サクラが慌しく周囲を見回す。

「もしかして、ガクトとかりんさんのことが心配になったんじゃ・・!?」

 夏子の言葉に2人がいっせいに彼女に振り向く。

「あたしが探してきます!」

 そこで利樹の捜索を買って出たのは華帆だった。

「あたしもいろいろみんなのために動きたいし。夏子さんとサクラちゃんは、お店に戻って休憩していてください。何かあったら連絡しますので。」

 そういって華帆は単独で駆け出した。彼女からの連絡を待つ形を取って、夏子とサクラは店に向かうことにした。

 

 つかの間の休息を取るため、夏子とサクラは「セブンティーン」を訪れた。心配を見せつつも、笑顔で美代子が2人を迎える。

「いらっしゃいませ・・あら?夏子さんとサクラさん。」

 思いつめた面持ちを浮かべている2人に、美代子はきょとんとする。

「失礼します、美代子さん。実は私たち、かりんさんたちと会って・・・」

 真剣な面持ちで近くのテーブル席に座る夏子。注文を受けることを兼ねて、美代子は真面目に彼女の話に耳を傾けることにした。

 夏子はあえて、かりんがガルヴォルスであり、ガクトの家族の仇であることを話した。隠したところでいつかは知られてしまうと思ったからだ。

 同時に美代子にさらなる不安を与えてしまうことにもなりかねないと思っていたが、美代子はさほど気にした様子を見せなかった。

「そうだったのですか・・それでガクトさんとかりんちゃん、利樹くんはどこに・・?」

 頷いた美代子が、笑顔を見せながら夏子に訊ねる。

「かりんさんはガクトと悟くんが、利樹くんは華帆さんが探しています。心配ないとは思うのですが・・私も少し休んだらみんなを探してみようと思います。」

「そうですか・・でもそんなに心配しなくてもいいと思いますよ。」

 美代子の言葉に夏子は当惑する。

「どういうことですか?」

「ガクトさんは優しいから、きっとかりんちゃんを助けてくれるわ。私はそう信じています。」

 満面の笑顔を夏子とサクラに見せる美代子。彼女はガクトたちのことを心から信じているようである。

「そうですね。私もサクラさんも、ガクトやかりんさん、悟くんのことを信じていますから。でも、私は1人の大人として、彼らを迎えにいってきます。」

「ウフフフ。お願いしますね、夏子さん。」

 コーヒーを口にする夏子に、美代子は微笑んでピザをテーブルに置いた。

 

 かりんに対して敵意を見せ付けるものの、ガクトは彼女に剣を突き立てることができないでいた。葛藤にさいなまれている彼を前に、かりんも困惑を隠せないでいた。

「ガクト・・気に病む必要は全然ないよ。私はアンタの家族を殺した、悪いガルヴォルスなんだから・・・」

 かりんが物悲しい笑みを浮かべながらガクトに呼びかける。するとガクトは迷いを振り切ろうと首を横に振る。

「分かってる・・オレはお前を倒して、みんなを安からにしてやりたい・・ここでオレが足を止めたら、みんなが浮かばれなくなる・・・なのに、なのにオレは・・!」

「ガクト・・・」

 自分自身にも苛立ちを感じているガクトに、かりんも胸を締め付けられる感覚でいっぱいだった。

 そのとき、ガクトとかりんの間に向けて、邪気を思わせる光の球が飛び込んできた。その爆発で吹き飛ばされ横転するガクトとかりんが起き上がり、振り返ると声号が右手をかざしていた。

「実に滑稽な光景だな。」

「何!?」

 鋭く言い放つ声号にガクトが言い返す。

 ガルヴォルスの中には、人間の姿のままでもある程度の能力の使用が可能なものがいる。声号もその1人であり、制限されている力でガクトたちを威嚇したのである。

「君はガルヴォルスを憎んでいた。今眼の前にいる、君の家族の命を奪った死神のガルヴォルスは特に。しかし君は彼女に剣を振り下ろすことができず、復讐を放棄しようとしている。馬鹿げた行為としか言いようがない。」

 呆れ果てた声号の言葉に、ガクトもため息をつく。彼自身、今している行為に対して腑に落ちない心境だった。

「確かにオレの今の姿はあまりにも馬鹿げてる。自分でもそう思えてならない・・けど、その迷いを消そうとしても、逆にどんどん付きまとってくるんだ・・!」

 うめくように言い放つガクト。彼の姿に完全に呆れてしまい、声号は嘆息をもらす。

「やはり私と君は気が合わないようだ。人間を滅ぼそうとする私と、人間を愛している君とでは。」

「アンタ・・・!」

「私は無知で愚かでありながらも、過ちを繰り返す人間の存在を認めない。君が思っている、心身ともに傷つけるガルヴォルスのいい例だよ、私は。」

「愚かなのはガルヴォルスだ!ヤツらが滅びることが、みんなにとって幸せなことなんだ!」

「いや、滅びるのは人間のほうだ。ガルヴォルスの王が覚醒すれば、人間はその力の前に駆逐される。」

 声を荒げるガクトに全く動じず、声号は鋭く言い放つ。

「今はまだ完全覚醒しているわけではないが、それでも私たちガルヴォルスの王と呼べるほどの脅威は備えている。君もその力を骨身に刻み付けることになるな。」

 声号が視線を移し、ガクトとかりんもそのほうに振り向く。

「利樹・・・!?」

 そこに立っていたのは利樹だった。しかし驚きを見せるガクトの見つめる彼の様子はおかしく、無表情でガクトたちを見つめていた。

「利樹、ここまで来たっていうの?でも私は・・・」

 かりんは戸惑いを見せながら利樹に近づこうとする。しかし様子がおかしいことを感じて、彼女は足を止める。

「利樹、どうしたの・・・!?」

 かりんが心配そうに呟くが、利樹は表情を変えず微動だにしない。

「私たちの前に姿を見せてくれたようだ。人間を崩壊へと導く、ガルヴォルスの王が。」

「なっ・・!?」

 不敵な笑みを見せる声号の言葉に、ガクトもかりんも言葉を失う。その瞬間、利樹の影が盛り上がり、青年の姿へと形を成す。

「そんな・・・!?」

「お前が・・ガルヴォルスの王・・!?」

 かりんとガクトが信じられない気持ちでいっぱいになる。利樹がガルヴォルスの王の器となっていることに愕然となっていた。

「王はまだ不完全の覚醒状態だ。君たちが本気を出せば、王を倒せないことはないだろう。」

 声号が淡々と告げてくる。しかしその声はガクトたちの頭には入っていなかった。

 王の力が恐ろしいわけではない。王が利樹であるため、戦意を完全にそがれてしまっていたのだ。

「お前たち、ガルヴォルスだな?・・復活のための礎となるがいい。」

 影は冷淡に告げると、ゆっくりと右手を伸ばす。その指先から淡い光の触手が飛び出す。

 ガクトは反射的に横に飛びのき、その触手をかわす。そして彼は無意識のうちに、困惑したまま動けないでいるかりんの腕をつかむ。

「ガクト!?」

 当惑するかりんを引き連れて、ガクトはここから駆け出す。王の器になっているとはいえ、利樹に危害を加えることは彼にはできなかった。

「逃がさん。」

 影は顔色を変えずに、伸ばした右手を広げる。その瞬間、ガクトとかりんは上から強い圧力をかけられ、うつ伏せに叩きつけられる。

「ぐはっ!・・くっ、何でもアリかよ・・!」

 毒づきながらうめくガクトが、影に視線を向ける。

「逃走も抵抗もできない。たとえ上級のガルヴォルスである君たちでも、王の前では無力に等しい。」

 それを見つめる声号が、淡々と言い放つ。

「高みの見物をしたいところだが、王の生贄にされるわけにはいかないのでな。私は退散させてもらうよ。」

 そういって声号は直立の体勢のまま飛び上がり、この場から姿を消した。影の攻撃を受けて傷ついた体を起こし、ガクトは鋭く見据える。

「お前がガルヴォルスの王か・・せめて、その力だけでも!」

 ガクトは覚悟を決めつついきり立ち、ガルヴォルスになって戦おうとする。その顔に紋様が浮かび上がる。

 そこへ影が再び触手を伸ばしてくる。その狙いは、ようやく立ち上がったかりん。

(かりん・・・!)

 ガクトは影に対する敵意を消し、かりんに振り返って駆け出すガクト。たまらず彼女を自分に抱き寄せる。

「かりん!」

「ガクト・・!?」

 おもわず叫ぶガクト。彼のこの一瞬の言動に戸惑うかりん。

 そんな2人を、光の触手が容赦なく取り巻く。先端が2人の体に突き刺さり、2人は苦悶の表情を浮かべる。

 しかしさほど痛みは感じなかった。代わりに体から何かを抽出されて、不思議な感覚を感じていた。

「な、何なんだ、これは・・・?」

「体から、力が抜けてくみたい・・・」

 ガクトとかりんが動揺を浮かべながら呟く。2人の体から次第に力が抜けていっていた。

  ピキッ ピキッ ピキッ

 そのとき、ガクトとかりんの着ていた上着が突然引き裂かれた。ガクトはさらけ出されたかりんの素肌に、思わず赤面する。

「何、コレ!?・・体が、動かない・・・!?」

 かりんの驚愕の言葉にガクトは我に返る。思い切って彼女の素肌に眼を向けると、その体は白く固まり、ところどころにヒビが入っていた。

「これは・・・体が石になってる・・・!?」

 ガクトの言葉にかりんがさらなる驚愕を見せる。白くなった石の体は、彼らの意思に反して自由に動かすことができなくなっていた。

 そこでガクトは、先ほど起きた奇妙な事件を思い返していた。怯える利樹の先で見た裸の少女の石像。街中でも同様の石像がたたずんでいた。

(あれは、利樹のやったことだったのか・・・)

 ガクトは毒づきながら、頬を赤らめているかりんの顔を見つめる。

  パキッ パキッ

 そしてガクトのジーンズ、かりんのスカートが引き裂かれる。2人の体のほとんどがさらけ出される。

「まさか、このまま私、裸に・・・!?」

 徐々に衣服を剥がされていく状況に、かりんは愕然となる。その間にも、触手は2人の体からの抽出を続けていた。

 ガクトは必死に抵抗しようとガルヴォルスへの変身を試みる。しかし力が吸い取られる感覚にさいなまれて、変身することができない。

「アイツが吸い取ってるのは、オレたちのガルヴォルスの力か・・・!?」

 ガクトは抽出を続けている影に視線を向ける。影も利樹も冷淡な表情を浮かべているままだった。

「こんな・・こんなこと・・・くそっ!」

 ガクトはたまらなくなり、石化していくかりんの体を抱きしめる。突然の抱擁を受けて、かりんは石化のものとは違う当惑を感じた。

「ガクト・・どうして、私を・・・!?」

「勘違いするなよ!素っ裸のまんま、こんなところで放置するなんて、オレには見てられねぇんだよ!・・オレが、お前の服の代わりになってやる・・代わりにしては役不足だけどな・・」

 戸惑うかりんにガクトは不敵な笑みを浮かべる。さらけ出されている彼女の素肌を包み込むつもりで、彼は右手で尻を、左手で髪を当て、彼女を自分に引き寄せる。

(ガクト・・・)

 かりんはこの抱擁に安らぎを覚えていた。これは石化による解放感と快楽によるものという思念も、心の片隅で感じていた。

「全くどうなっちまってんだよ・・敵も倒せず、その親玉にこんな目に合わされてるなんてよ・・・」

 ガクトは弱々しくも愚痴をこぼす。この状況を打破する術が見つからず、絶望感を覚えている。

(ガクト、みんな・・これで、これでよかったのかな・・・)

 かりんの脳裏に周囲の大切な人たちの姿が浮かぶ。彼女はその人たちに後ろめたい気持ちを感じていた。

  ピキッ パキッ パキッ

 ガルヴォルスの力を吸い取られ、石化がガクトとかりんの手足の先まで達していた。ガクトがかりんを抱きしめたまま、2人はもはや動くことができなくなっていた。

(これは私へのホントの罰なのかもしれない・・にしても、その罰でガクトを巻き込んじゃうなんて、私って、どこまでいっても悪い人だよね・・・)

 自分を責めるあまりに、かりんは眼から涙を流していた。そんな彼女は、裸にされていく自分の体が、ガクトの体であたたまっているような高揚感を感じていた。

(あったかい・・ガクトって、こんなにあったかかったんだ・・・)

 ガクトの肌を感じながら、かりんは全てに自分を委ねることにした。

(ダメだ・・どうにかして抵抗したかったけど、全然どうにもならねぇ・・・)

 ガクトは必死に石化に抗おうとしているが、影の束縛の前になす術がなかった。

(それにしても・・何だか気分がよくなってきている・・体が石になって、力が入らなくなってきているからか・・・)

 彼も石化による解放感に酔いしれ始めてくる。その中で彼は、かりんの柔らかな肌のあたたかさを感じていた。

 かりんと初めて会ったとき、不覚にも彼女の胸に触ってしまったこと。最悪の出会いと思っていたが、それが彼に、彼女のあたたかさを感じ取ることになっていた。

 敵と認識したにも関わらず、ガクトはかりんの肌に快楽を覚えていた。

  パキッ ピキッ

 石化はガクトとかりん全身を白く固め、頬にもヒビが入っていく。

「ガクト・・・」

「かりん・・・」

  ピキッ パキッ

 小さく呟く2人の唇さえも石に変わり、声を発することもできなくなる。頬がひび割れ、髪が固まっていく無機質な音が、脈打つような感覚で耳に響いてくる。

     フッ

 そして互いを見つめていた瞳にヒビが入り、ガクトとかりんは完全な石像と化した。その直後、影はガルヴォルスの力を吸いきり、触手を石の体から離す。

 光の触手を手に戻した後、影は利樹の中に舞い戻っていく。そして冷淡な表情を浮かべていた利樹が、ここで我に返る。

「あれ・・ここ・・・?」

 利樹がどういう状況下に置かれているのか分からず、周囲を見回す。その視線が一点で止まったとき、彼はその光景に愕然となり、ひざをつく。

「そんな・・・何だよ、こりゃ・・・!?」

 彼が見つめる先には、裸の石像となっているガクトとかりんの姿があった。

「お兄ちゃん・・お姉ちゃん・・・あああ・・・!」

 利樹は錯乱しそうになりながら、誰か助けを求めようとこの場を駆け出した。自分自身の中にいる王の影が、2人を石化したことに気付かずに。

 取り残されたガクトとかりん。物言わぬ石像となった2人を、妖しい笑みを浮かべて見つめる少女の姿があった。

 

 

次回

第19話「迫る欲情」

 

「ガクトとかりんさんが、王に・・・!?」

「君のようにハンパな位置づけは、完全な迫害という末路を辿る。」

「やっと見つけたよ・・ガクト、かりん・・・」

「君には倒せないよ。彼の体に入り込んでいる王を・・」

 

 

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