ガルヴォルスextend 第10話「獣の狂気」
突然セブンティーンに駆け込んできた少女、瑠那。彼女の姿を目の当たりにして、ガクトは憤慨を覚えた。
「おい、お前!・・ここに何しにきた・・!?」
ガクトがたまらずに瑠那に声をかける。彼の割り込みに彼女が驚きを見せる。
「あれ?ガクト、瑠那と知り合いだったの?」
かりんがきょとんとしながらガクトに問い返す。ガクトは苛立ちを見せたまま答える。
「知ってるも何も・・コイツは街を襲ったガルヴォルスなんだぞ!」
あざけるように言い放つガクトの言葉の意味が、かりんは一瞬分からなかった。しかしすぐに彼の言葉に反感を覚えた。
「な、何言ってんの!?瑠那があんな怪物のはずがないじゃない!」
「オレは見たんだ!そいつがガルヴォルスになって、みんなを・・!」
「いい加減にして!冗談でも許さないから!」
ついに憤慨するかりんが、ガクトを睨みつける。その間に瑠那が割って入る。
「瑠那・・・?」
かりんとガクトが呆然と瑠那を見つめる。瑠那がかりんに視線を向けて、沈痛の面持ちで語りかける。
「この人の言うとおりなの・・私は怪物になって、みんなを傷つけてしまってるの・・・」
「瑠那・・・!?」
瑠那の言葉に愕然となるかりん。ガルヴォルスの存在を知っている華帆も美代子も動揺を隠せないでいた。
「ウソだよね、瑠那?・・・瑠那が、ガルヴォルスだなんて・・・」
「ウソじゃないよ、かりん・・私の中にある、もう1人の凶暴な私が、みんなを傷つけてしまうの・・・」
信じられない面持ちを見せるかりんに、瑠那が胸を痛める心地で答える。
「かりん、私を助けてほしいの・・私、このままじゃホントの怪物になっちゃうよ・・!」
瑠那がすがるようにかりんに呼びかける。彼女の胸の痛みを感じて、かりんも悲痛の面持ちを浮かべていた。
しかしガクトは瑠那の助けを受け入れなかった。ガルヴォルスに対する憎悪を胸に秘めて、瑠那に詰め寄る。
「ガルヴォルスはみんなを傷つける。そいつがお前の親友だかなんだか知らねぇけど、今は違うんだ・・!」
そう言い放つガクト。そこへ美代子が彼の肩に手を当てた。
「あなたがガルヴォルスのことを快く思っていないのは分かるわ。でもここはかりんちゃんに任せましょう。」
微笑んで言い聞かせてくる美代子に、ガクトは腑に落ちないながらも、ひとまずこの場を引き下がることにした。
「ケッ!どうなっても知らねぇぞ。」
吐き捨てるようにして、ガクトは厨房へと引き下がっていった。
「ありがとう、マスター。私と瑠那のことを信じてくれて・・・」
「いいのよ。瑠那さんはあなたが信じているんだから。でも、どういった関係なの?」
安堵の笑みをこぼして一礼するかりんに、美代子が微笑みながら問いかける。
「うん・・瑠那は私の幼なじみなんです。中学までは一緒だったんですけど・・でも、違う高校に行っても、時々会ったり連絡したりしてましたので。」
かりんと瑠那の友情を知った美代子が満面の笑みを浮かべて頷く。
「瑠那さん、かりんちゃんだけじゃなく、私たちにもいろいろ頼っても構わないわ。ここを自分の家だと思って、存分に甘えなさい。」
「・・・ホントに・・ありがとうございます・・」
美代子の優しさを受けて、瑠那は一礼して感謝した。
美代子に言いくるめられて店を出て行ってしまったガクト。仕方なく、彼は携帯電話を使って、夏子を呼び出していた。
街中の喫茶店で待ち合わせをして、2人は注文したコーヒーを口にしていた。
「それで、私を呼び出して何か用なの?」
夏子が一息ついてから訊ねると、ガクトは憮然とした面持ちを見せてから答える。
「アンタ、ガルヴォルスのことを専門にしてるんだろ?」
「まぁ、一応ね。」
「それだけどよ、アンタんとこにガルヴォルスが1人紛れてるみたいなんだが・・」
その言葉に夏子は息を呑んだ。そして一呼吸置いて口を開く。
「アンタ、悟くんのことを知ってるのね?」
彼女が問い返すと、ガクトは憮然としたまま黙ったので、それを肯定の反応と見て彼女は続けた。
「もしかして、悟くんのことを敵だと思ってるの?だったらひと言言わせてもらうけど、悟くんはアンタが思うようなガルヴォルスなんかじゃないわ。」
「何?」
夏子の真剣な言葉にガクトは眉をひそめる。
「確かにガルヴォルスの多くは、その狂気に駆られて凶暴になり、見境なく人を襲うわ。でもガルヴォルスの中には、悟のように人間の心を持った人だって・・」
「奇麗事はやめろよ。ガルヴォルスはみんなを傷つけるバケモノだ。人間の心なんて持ち合わしちゃいない。」
「ウソだわ。」
夏子の言葉をさえぎったガクトの否定を、彼女は否定し返した。
「アンタもガルヴォルスでありながら人の心をちゃんと持っている。少なくても、ガルヴォルスを憎んでいるという気持ちは、アンタの中にちゃんとある。」
小さく微笑みながら言いかける夏子に、ガクトはただムッとするしかなかった。
「お金は置いとく。オレのおごりだ。釣りも取っとけ。」
そして手持ちのお金を置いて、彼は喫茶店を後にした。しかしそのお金の金額と領収書を見比べる。
(お金、足りないんだけど・・・)
夏子は呆れた面持ちを浮かべながら、コーヒーを口にした。
気分の悪さが拭えないまま、ガクトはセブンティーンに戻ってきた。店内は先ほどの重い空気が消えて、いつもの様子に戻っていた。
「んもう、何やってたのよ、ガクト。早く仕事しなさいよ。」
かりんがガクトに気付いて愚痴るように言い放つ。ガクトは小さく笑みを見せてから、仕事に加わった。
そして昼の波を乗り切ったところで、ガクトたちはつかの間の休憩に入る。
「おい、かりん、ちょっといいか?」
「えっ?」
そこでガクトはかりんを呼びつけた。渋々頷く彼女を連れて、店の外に出る。
「何の用?」
「かりん、さっきやってきたアイツはどうしたんだ?」
「瑠那のこと?何とか気を落ち着けて、今は私の部屋のベットで寝てるわ。」
かりんが説明すると、ガクトは腑に落ちない面持ちを見せる。
「アイツ、このまま保護しようだなんて思ってるのか?」
「どういうことよ?瑠那は私に助けを求めてきたのよ。幼なじみを助けるのは当然じゃない。」
「お前、分かってるんだろ?ガルヴォルスがどういったものなのか・・その瑠那ってヤツも、ガルヴォルスになってみんなを襲ってるんだ。」
「それは違うわ。」
ガクトの言葉に、かりんは悲痛の面持ちを浮かべて首を横に振る。
「瑠那はガルヴォルスの力を恐れてるみたいなの。自分がガルヴォルスになって、みんなを傷つけてしまうことを怖がってるの。だから、私はそんな瑠那を助けてあげたいと思ってる・・」
「何を言ってるんだ・・まさかガルヴォルスを信じるなんて、バカなことを考えるのかよ!?」
「ガルヴォルスも人間も関係ない。私は瑠那を信じる!まだ瑠那には、人としての心が残ってるんだから!」
苛立ちをあらわにするガクトに対して言い放ったかりんが、彼に背を向ける。たとえどんなことになろうとも、彼女は瑠那を心から信じていた。
「ガルヴォルスなんて信じたら、傷つくのは眼に見えてる・・分かってるのか!?」
「ガルヴォルスに関する問題だからね。覚悟はしているわ。単純に見ても、アンタと同じくらいにね。」
ガクトの心配を振り切って、かりんは店に戻っていった。一抹の不安を抱えながら、ガクトはしばらく店の前に立ち尽くしていた。
仕事の合間を縫って、かりんは私室に戻ってきた。ベットに横たわっていた瑠那が丁度眼を覚ましたところだった。
「あ、瑠那、眼が覚めたみたいね。」
「かりん・・・う、うん・・」
笑顔で声をかけるかりんに、瑠那が小さく頷く。かりんは自分の机の上に、ピザを乗せた皿とミルクコーヒー入りのカップを置いた。
「このピザ、マスターが瑠那のために焼いてくれたんだよ。よかったら食べて。」
「うん。ありがとね。」
瑠那が元気を取り戻しているように見えて、かりんは安堵を感じた。瑠那も彼女を頼って正解だったと感じ取っていた。
「うっ!」
そのとき、瑠那が顔を歪めて胸を強く押さえだした。彼女の異変にかりんが慌てて駆け寄った。
「瑠那!?瑠那、どうしたの!?」
かりんが必死に瑠那に呼びかける。悲鳴染みた絶叫を上げる瑠那の顔に異様な紋様が浮かび上がる。
「瑠那!・・大丈夫・・私がそばにいるから・・!」
かりんが後ろから、苦しむ瑠那を抱きしめる。彼女の抱擁を受けて、瑠那が次第に落ち着きを取り戻していき、顔に浮かんでいた紋様も消えていた。
「瑠那・・もう大丈夫だから・・だから!」
悲痛の声を上げながら、瑠那を介抱しようとするかりん。冷静さを取り戻した瑠那だが、かりんに対する優しさとともに彼女に対する不安を感じていた。
小さな調査を終えて、事務所に帰ってきた悟。ガクトがドラゴンガルヴォルスであったことに、未だに戸惑いを感じていた。
これからどう対応すればいいのか、悟は答えが分からないでいた。最悪、生死を賭けて戦うことになるかもしれなくなる。
悩みながら椅子に腰を下ろした悟を見て、調査の整理を一区切りさせた夏子が声をかける。
「いったいどうしたの、悟くん?何だか、思いつめているみたいだけど・・?」
「あ、いや・・」
彼女の心配に悟が作り笑顔を見せる。彼の思いつめた様子を見かねて、再び声をかけた。
「もしかして、あのガクトのことを考えてるの?」
その問いかけに悟は顔を引きつらせる。すると夏子は笑みを見せる。
「私もアイツのことは何となく分かってたわ。アイツ自身ガルヴォルスでありながら、その凶暴性を憎んでいる。アイツにも辛いことを経験してきたのよ。」
「それは・・分かってますが・・・」
悟は夏子の言葉に同意しながらも、困惑を拭えずにいた。
「不安なのは、彼が人間の心を取り戻そうとしているガルヴォルスさえも手にかけてしまうかもしれないということなんです。そうなったら、オレは彼を止めなくてはならなくなる。命を奪ってでも・・」
「そうかもね・・でも、まだアイツを救い出せるかもしれない。復讐や憎しみという魔物から・・・」
夏子の励ましの言葉を受けて、悟は小さく笑みをこぼした。
「そうですね・・・ガクトくんには、かりんさんや美代子さんたちが一緒ですし、がさつですけど社会に馴染んでいるようですし・・」
悟は信じることにした。ガクトの人としての心を。また再び分かり合えるときが来ると。
この日1日の仕事が終わり、ガクトたち店員が安堵の吐息をついていた。かりんが瑠那のことを心配して、再び私室に向かった。
「瑠那、紅茶持って来たよ・・えっ!?」
部屋に入った彼女が、中に瑠那の姿がないことに気付いて驚く。その拍子で、持っていたティーカップが手から落ちて割れる。
ベットのシーツがめくれ上がっている。いつの間にかこの部屋を飛び出したのだ。
「瑠那!」
かりんが慌てて瑠那を探すが、家の中にも近辺にも瑠那の姿はない。どうしようもなくなってしまったかりんは、美代子たちにも協力を求めた。
美代子も華帆も瑠那を探すが、ガクトの目的は彼女たちとは違っていた。彼は今度こそ、ガルヴォルスである瑠那を倒そうと考えていたのだ。
街に駆け出してさらに瑠那を探すかりん。この人ごみの中で狂気に囚われてしまったら、彼女自身だけでなく多くの人々が傷つくことになる。
それはかりんも望んではいなかった。
そしてついに、かりんは瑠那の後ろ姿を発見する。
「瑠那!」
かりんは必死にその姿を追いかけて、その肩に手をかけて呼び止める。しかしその人は瑠那ではなかった。人違いだった。
「あっ!・・すみません、人違いでした・・・」
かりんが謝罪して小さく一礼する。その少女は振り返って行ってしまった。
(瑠那・・いったいどこに・・・)
かりんは沈痛の面持ちでうつむいて、途方に暮れていた。
そのとき、街中で女性の悲鳴が響き渡った。
「瑠那!?」
騒然となる人々の中で、かりんが一抹の不安を覚えて、その悲鳴の聞こえてきたほうに向かった。
その広場の中心に、悶え苦しみながらふらついている瑠那の姿があった。彼女を見つめたかりんが緊迫を覚える。
「瑠那!」
かりんが瑠那に駆け寄ろうとしたときだった。瑠那の姿が虎に似た怪物へと変貌した。
「瑠那・・!?」
かりんがガルヴォルスとなった瑠那を目の当たりにして驚愕する。同時に、周囲にいた人々が恐怖して逃げ出していった。
しばらくして、この場にはうめいている瑠那と、彼女を呆然と見つめているかりんだけが取り残されていた。そこへ騒ぎを聞きつけて悟が駆けつけた。
「かりんさん・・・お前は・・!?」
かりんの後ろ姿からその先の怪物に視線を移す悟。タイガーガルヴォルスが青白い吐息をもらしながら、かりんに紅い眼光を向けている。
(まずい!)
「かりんさん!」
悟はかりんの危機を感じて飛び出す。彼に振り向くかりん。同時に瑠那が口から青白い有毒ガスを放つ。
(くそっ!間に合わない!)
悟はたまらずにカオスガルヴォルスに、速さを重視した姿に変身する。そして毒ガスが迫るかりんを、素早い動きで救い出した。
毒ガスは霧のように拡散し、逃げ遅れた少女と少年に激痛を与え、死に至らしめてしまう。
安全な場所まで後退してから、悟はかりんを下ろす。彼のガルヴォルスとしての姿を目の当たりにして、彼女は動揺を見せる。
「悟さん・・あなた・・・!?」
「かりんさん・・・ここはオレに任せて、早く逃げるんだ。」
悟はかりんにそう言いつけて、大きく跳躍した。彼女が瑠那に攻撃しないよう言いつける間もなく。
悟は眼にも留まらぬ動きで、拡散する毒ガスをかき分けて、瑠那に一気に詰め寄った。さらに毒ガスを吐き出させまいと、悟は間髪入れずに攻撃を開始した。
連続攻撃が次々と瑠那に叩き込まれ、彼女は宙に跳ね上げられる。体勢を立て直し、全速力で迎撃を開始する。
しかし悟の速さに到底追いつけず、瑠那はさらなる攻撃を受けて地面に叩きつけられる。うめきながら立ち上がれないでいる彼女の前に、悟が着地して剣を具現化する。
「もうやめるんだ。これ以上みんなを傷つけるなら、オレは・・」
悟は覚悟を決めて、剣の切っ先を瑠那に向ける。
「やめて!」
そこへ駆けつけたかりんが呼びかけて、悟が思わず彼女に振り返る。息を切らして切羽詰った面持ちで、かりんが悟に訴える。
「やめて、悟さん!瑠那を、私の友達を傷つけないで!」
彼女に呼び止められて、悟は戦意をそがれる。その拍子で人間の姿に戻ってしまう。
それから間もなく、瑠那も人間の姿に戻る。彼女はあえぎ声を上げ続けたまま、起き上がろうとしない。
体の痛みのせいではない。自分がまた人の命を奪ってしまったという心の痛みのせいだった。
「かりんさん、彼女は、まだ人の心が残ってる。人間であり続ける限り、その人を助けたいと思ってるから・・・」
微笑む悟に、かりんは安堵して満面の笑みを浮かべる。2人は意識を失った瑠那を抱えてセブンティーンに戻ることにした。
その様子を、同様に騒ぎを聞きつけて駆けつけたガクトは、物陰から見つめていた。ガルヴォルスに対する不信感を抱きながら。
(瑠那、私は信じ抜くからね・・どんなことがあっても、私が瑠那を守るから・・絶対に・・・)
ガルヴォルスから受けた苦しみと悲しみが、かりんの心を駆り立てていた。無二の親友を守ることを、彼女は心に誓っていた。
次回
「お願い・・私を殺して・・・!」
「そこをどくんだ、かりんさん!」
「お前!」
「瑠那は死なせない!絶対に!」
「かりんが瑠那のことを信じるなら、オレも悟のことを信じてもいいのかもな。」