ガルヴォルスextend 第9話「風邪の最中の悲劇」

 

 

 相変わらずのにぎやかさを見せているセブンティーン。しかしここに美代子の姿はなかった。

 この日、彼女は親戚に呼ばれてその実家に寄っていた。少し心配していた彼女だが、かりんも華帆も大丈夫だといったので、結局向かうことにしたのだ。

 彼女の不安を拭い去るように、ガクトたちは調理や接客を行っていた。大きな問題も起きずに、昼の旺盛はすぎていった。

「ふう。やっと一息つけたな。」

 ガクトが厨房で言葉どおりに一息つく。それを見て華帆と利樹が微笑む。

「それじゃ、あたしたちはちょっと材料とかの買出しに行ってきちゃうけど、ガクトさん1人で大丈夫かな?」

「あぁ。この時間はそんなに客は来ないだろうからさ。それに、オレのことはガクトって呼んでくれよ。さん付けは何だか気が滅入っちまうからさ。」

「あ、ゴメンね。今度からそうするね。それじゃ。」

 華帆が苦笑いを見せながら厨房を出て行く。ガクトも彼女を見送ってから、接客のために厨房を出た。

 

 ピザの材料と今夜の食事の買出しに出たかりん、華帆、利樹。買うものをひと通りそろえたところで、彼女たちはサクラと会った。

「あ、サクラちゃん!・・あら?」

 声をかけた華帆がきょとんとなる。サクラの顔にはマスクがされていたのである。

「あれ?サクラさん、風邪ですか?」

 かりんが心配そうに聞くと、サクラは咳き込みながら頷いた。

「今、病院に行って風邪薬をもらってきたところなの。イヤなものは早めに治しておいた方がいいと思うから。」

 そういってサクラがまた咳き込んだ。それを心配そうに見つめるかりんたち。

「あまりムリせずに治したほうがいいですね。お大事に。」

「アハハ、ありがとうね。」

 改めて心配の言葉をかけたかりんに、サクラは苦笑するしかなかった。

 

 その翌日、悪夢は訪れた。この日初めに眼を覚ましたのはガクトだった。

「何だよ。オレが1番かよ。まぁ、マスターがいないんじゃ仕方がねぇかな。」

 愚痴をこぼしながら、ガクトは静かな店内を見回した。普通なら美代子が真っ先に眼を覚まして下ごしらえや準備をしているはずなのだが。

「まぁ、オレだけじゃ何かと不便だからな・・・おい、そろそろ起きろ!」

 ガクトが渋々かりんたちに呼びかける。しかし彼女たちの反応がない。

 そのとき、店内の電話が鳴り出した。ガクトは憮然としながら、その電話に手を伸ばす。

「はい・・華帆?」

 電話の相手は華帆だった。しかし受話器から聞こえてくる彼女の声はどこかおかしかった。

「何だって!?風邪!?」

 咳き込みながら言ってきた彼女の事情に、ガクトは驚きの声を上げる。

 そのとき、店内にかりんと利樹が顔を出してきた。しかし2人の様子もおかしかった。

「おい・・どうしたんだ、お前ら?・・まさか・・・!?」

 ガクトが一抹の不安を浮かべると、かりんたちが咳き込んだ。

「ガクト、ゴメン・・風邪引いちゃったみたい・・・」

「おい・・ウソだろ・・・おいおい、みんな風邪引いちまったっていうのかよ!?」

 みんな風邪を引いたことにガクトは愕然となる。自分だけで営業をしなくてはならないと思い、ため息をつくばかりだった。

 

 それからすぐに、ガクトはひとまず美代子に連絡を入れた。すると彼女は不安を見せながらも、

“それは災難ですね。すぐに帰ろうと思うから、それまでお願いします。ごめんなさいね。”

 そういって美代子は電話を切った。受話器を置いて、ガクトは再びため息をついた。

(ハァ・・いくらなんでも、オレ1人でさすがにきついなぁ・・)

 肩を落としながら、ガクトは再び電話の受話器を手に取った。

 

 その頃、秋探偵事務所でも、サクラが風邪に悩まされていた。そして同じ悩みを抱えていたのは彼女だけではなかった。

 夏子も風邪を引いて、仕事どころではなくなっていた。

「すみません・・何だかうつしてしまったみたいで・・・」

「気にしないで・・うつされるのは覚悟していたことだから・・・」

 謝るサクラにうめく夏子。熱と咳を抱えている彼女たちの声は弱々しかった。

「大丈夫ですか?・・ムリは禁物ってことなのかな・・」

 悟が2人の様子を横目で見ながら呟く。

 すると事務所の電話が鳴り出し、悟がその受話器を取った。

「はい、秋探偵事務所・・ガクトくん?」

 電話の相手はガクトだった。

「悟か・・実はな、ちょっと面倒なことが起きちまって・・」

 ガクトの気まずそうな口調に、悟は眉をひそめた。美代子が親戚の家に出かけていて、その中でかりんたちが風邪を引いてしまったことを、悟は聞かされたのだった。

「そうか・・実はこっちでも病人がいてね、動けるのがオレしかいないんだ。でもそういうことならすぐに行かせてもらうよ。」

「ワリィな。とりあえずよろしくな。」

 こうして悟は、セブンティーンで臨時に働くことになった。

 

 ガクトと悟の2人で営まれたセブンティーンの営業。先輩であるはずのガクトよりも、悟のほうが仕事の手際がよく、すぐに常連客に解け込んでしまっていた。

 その現状に腑に落ちないガクトをよそに、この日の壮絶とも言える1日の営業が終了した。

「ふう。やっぱり2人だけの営業は骨が折れるよ。」

「全くだ。」

 悟の言葉にガクトも同意する。私室のほうに耳を傾けると、かりんとガクトが咳き込む声がかすかに聞こえてきていた。

「さっさと治れってんだよ。こんな状態がいつまでも続いちゃ敵わねぇっての。」

「そう腹を立てることはないよ。もうすぐマスターが帰ってくるんだろ?そうすれば少しは楽になるかもしれないし。」

 愚痴るガクトに安堵の笑みをこぼす悟。言いたいことを言い切って、2人は顔を合わせて笑みをこぼす。

「オレたち、もしかしたら気が合ってるのかもしれないかも。」

「気持ちワリィこと言うなよ。気が合うのか、合わねぇのか、どっちにしても何か反発してる気はオレはしてる。」

 小さな笑みをこぼす悟に対してため息をついて見せるガクト。

「まぁ、とにかくよろしくな、悟。」

「こちらこそ、ガクト。」

 頷きあって握手を交わすガクトと悟。2人の絆がこうして確立したものと、このときの2人は信じていた。

 

 街外れの草原。そよ風が流れているその緑の地に、1人の少女が歩いていた。

 その足取りは安定していなかった。どこか弱りきった姿をあらわにしていた。

「ダメ・・このままじゃ・・また・・・」

 小さく呟く少女の顔に紋様が浮かび上がる。そして悲鳴染みた絶叫を上げた直後に、その姿が虎に似た怪物に変貌する。

 その眼は殺気が充満していて、まるで獲物を求める肉食の獣のようだった。

 その紅い眼光が、この草原の傍らを歩いている1組のカップルを捉える。

 怪物と化した少女が、その2人を獲物として認識し、本能の赴くままに飛びかかる。

「キャッ!」

 悲鳴を上げる女性。少女の牙がその柔らかな体を傷つける。

 そして恐怖で顔を引きつらせる男性も、その牙にかける。2人はこのまま草原に倒れるように思われたが、固くなった2人の体が、地面に倒れる直前に砂になって消えてしまった。

 しばらくしてから、少女は我に返り、人間の姿に戻る。そして自分が今したことに愕然となり、震える自分の両手を見つめる。

「わた・・し・・・また、やっちゃった・・・」

 望んでいないことをしてしまったことに恐怖する少女。その恐怖が、彼女をさらなる狂気へと追いやる結果となってしまう。

 絶叫を上げ、再び怪物に姿を変える少女。獣としての本能に駆られるまま、彼女は次の獲物を求めてさまよった。

 

 この日の仕事を終え、悟は店を後にしようとしていた。店の前にガクトが顔を出していた。

「今日はホントにすまなかったな。もしかしたら、また世話になるかもしれねぇが・・」

「別にこんなときじゃなくても、調査してるとき以外だったらいつでも引き受けるよ。」

「調査?」

 頷く悟の言葉に、ガクトが眉をひそめる。そのことについて触れようと思ったときだった。

 街のほうから悲鳴が響いてきた。その声にガクトと悟が振り向く。

「な、何だ、今の声は!?」

「まさか・・!?」

 思い立った悟がその声のするほうに向かっていく。

「お、おいっ!」

 ガクトもとっさに悟の後を追いかけていった。

 

 獣としての本能に駆られて、ついに街に入り込んだ少女、タイガーガルヴォルス。その狂気に危機感を覚えた人々が、一目散に逃げ出していた。

 そのうちに数人に向けて、タイガーガルヴォルスが青白いガスを噴射する。そのガスに巻き込まれた人たちが咳き込み、やがて苦痛に悶え苦しみだす。

「これは硬質化の効果も持ってる致死の薬よ。たくさん苦しんで死んでいくといいわ。」

 ガスと同じ色、青白く固まって死んでいく人々を見て、タイガーガルヴォルスは笑みをこぼしていた。

「待て!」

 そこへ悟が駆けつけ、振り返った怪物を見据える。そして彼はカオスガルヴォルスへと変身する。

「へぇ。あなたもガルヴォルスなんだ。だったら少しは楽しめるかもしれないね。」

 そう言い放って、少女は青白い死のガスを悟に向けて吐き出す。悟はそれを横に飛びのいてかわす。

(これは、水分をプラスチックみたいにしてしまう有毒ガスか!こんなもの、人間が浴びたら・・・!)

 回避行動を取りながら、悟が毒づく。

 人間の体の大方が水分で構成されている。このガスを受ければ、生きていられないのは眼に見えている。

(ここはさらに変身して、一気に間合いを詰めるか!)

 相手の動きをうかがいながら、悟は次の一手を模索した。

 

 悟を追いかけて街中に駆け込んできたガクト。そこで彼は、青白く固まって事切れている人々を目の当たりにする。

「これは・・・ガルヴォルスの仕業か!」

 苛立ちを覚えたガクトがさらに街中を進んでいく。そこで彼は、対立し争っている2体のガルヴォルスを目撃する。

 1体は虎の姿をしている。そしてもう1体は、

「アイツ・・・!」

 カオスガルヴォルスを見つけたガクトが、さらなる憤慨を覚える。その感情の赴いて、ドラゴンガルヴォルスに変身する。

「お前・・今日こそは!」

「ぬっ!?」

 叫びながらガクトが剣を振り上げて飛びかかる。その声に気付いた悟が振り返り、持っていた剣で受け止める。

「お前が、街のみんなを殺したのか!」

「お前・・何を言って・・・!?」

 悟が弁解しようとするが、ガクトは全く聞く耳を持たなかった。互いに剣を弾き返し、距離を取って見据える。

「待て!街を襲ったのは虎の姿をした・・!」

 悟が呼びかけるが、ガクトはなおも聞こうとしない。敵意をむき出しにして再度飛びかかる。

 そこへタイガーガルヴォルスが飛び込み、ガクトと悟の首をつかむ。そしてその勢いのまま2人を押し込み、壁に叩きつける。

 その強烈な突進に、ガクトと悟がうめく。その勢いに耐えられなくなった壁が崩壊する。

 痛烈な痛みを覚えながら横転するガクトと悟。深いダメージを受けた影響で、2人が人間の姿に戻る。

「お前・・・!?」

「君・・・!?」

 互いの正体を目の当たりにした2人が驚愕をあらわにする。手を焼いていたガルヴォルスの正体が、今にも親しくなっていた仲同士だったことが、にわかに信じられなかった。

 そんな2人の前に、タイガーガルヴォルスが立ちはだかる。虎の怪物の少女が青白い吐息をもらして2人を見据える。

「もう終わりなの?案外あっけなかったね。そろそろ苦痛を与えて死んでもらうことに・・・うっ!」

 とどめを刺そうとした少女が、そのとき、突然苦悶を見せてうめき出した。何事かとガクトと悟が眉をひそめる。

 彼女の姿が人間の姿に戻る。少しはねっけのある茶色のショートヘアをした、幼さの残る少女である。

「どうしたんだ・・何が起こったというんだ・・・!?」

 悟が少女の異変に困惑する。何かが彼女に苦痛を与えているのは確かだった。

「また・・また私・・みんなを・・・!」

 苦悶を浮かべながら、必死に声を振り絞る少女。その混乱を抱えたまま、彼女はこの場を離れて姿を消していく。

「ア、アイツ、このまま逃がして・・!」

 ガクトが少女を追いかけようとしたところで、悟が彼の腕をつかんで止める。

「お前・・・!」

 ガクトが眼を見開いてその手を振り払う。しかしもう少女の姿は見えなくなっていた。

「どういうつもりだ、お前・・アイツをかばうって言うのか!?」

「違う!・・彼女は何かに苦しんでいる。傷つけたわけでもないのに・・あれは精神的なものだ!彼女の中にある何かが、彼女自身を苦しめているんだ!」

 講義する悟だが、ガクトはわけが分からないという顔を見せる。

「何言ってんだよ?あんなのただうめいているだけじゃねぇか。」

「違う!多分、彼女は葛藤しているんだ・・ガルヴォルスの凶暴性と・・」

「バカなことを言うな!ガルヴォルスはみんなを傷つける!人の心なんて持っていない!」

 怒号をぶつけ合い、睨み合うガクトと悟。ガルヴォルスの人間性を完全否定するガクトに、悟は次第に嫌悪感を抱き始めていた。

「・・アンタも、ガルヴォルスってことなのかよ・・・!」

 吐き捨てるように言い放って、ガクトは悟とすれ違うようにしてこの場を離れた。悟が振り向いて、ガクトの憎悪に満ちた後ろ姿を睨みつける。

(竜崎ガクト・・君は・・お前は・・本気で全てのガルヴォルスを滅ぼそうというのか・・・人間の心を取り戻そうとしている人まで、手にかけようというのか・・・!?)

 ガクトと悟。2人の青年を分かつ溝が、嫌悪という形で深まり始めていた。

 

 結局ガルヴォルスの少女を見つけ出すことができず、ガクトも悟もひとまず自分の居場所に戻ることにした。

 互いが敵対していたガルヴォルス同士ということに、様々な困惑が生まれていた。その中で最も不安を感じていたのが、これからの接触である。

 ガルヴォルス同士。しかも意思の反発が強い。再び分かり合えるのは容易ではなくなっていた。

 深く考えてみてもいい案には辿り着けるはずもなく、ガクトと悟は病人の看病を気にかけることにした。

 

 わだかまりが消えないまま、翌日を迎えた。サクラやかりんたちの風邪はすっかり治っていて、慌てて帰ってきた美代子の心配は取り越し苦労に終わる結果となった。

 いつもと変わらないはずのセブンティーン。しかしその中で、ガクトは悟に対する不信感を抱いていた。

 彼は敵だったのか。人間のフリをして、周囲の人たちを騙しているのか。敵意を示したかったガクトだが、心のどこかでそれを抵抗していた。

 そんな不快感を胸に秘めながら、ガクトはこの日の営業の準備を行っていた。

 その最中のことだった。

 まだ営業時間でないにも関わらず、店のドアが開いた。

「あら?ごめんなさい。まだ開店していないの。」

 美代子が声をかけるが、それを聞かずに1人の少女が入ってくる。真っ直ぐ、かりんのところに。

 その姿にガクトは眼を疑った。店に入ってきたのは、昨日ガルヴォルスとなって街を襲撃してきた少女だったのだ。

「えっ・・瑠那!?」

 かりんがその少女、諸星瑠那(もろぼしるな)の登場に驚きを隠せないでいた。瑠那は切羽詰ったような面持ちでかりんを見つめる。

「かりん、お願い!私を助けて!」

「えっ!?」

 突然瑠那に助けを求められ、かりんは唖然となる。美代子も華帆もその騒然とした様子に緊迫を覚える。

 その中でガクトだけが瑠那に対して疑念を抱いていた。狂気に駆られたガルヴォルスの少女が、かりんの知り合いとしてここを訪れたのだった。

 

 

次回

第10話「獣の狂気」

 

「私、このままじゃホントの怪物になっちゃうよ・・!」

「悟くんはアンタが思うようなガルヴォルスなんかじゃないわ。」

「ガルヴォルスを信じるなんて、バカなことを考えるのかよ!?」

「ガルヴォルスも人間も関係ない。私は瑠那を信じる!」

 

 

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