ガルヴォルスextend 第8話「思い出の交わり」

 

 

 この日もかりんは、両親に花束を添えていた。

「今日も来たよ、お父さん、お母さん・・・」

 パーキングエリア近くの草原の木に花束を置く。

 差し込んでくる午後の日差し。木々や草を揺らすそよ風。それらが今のかりんの心に安らぎを与えていた。

 今回もしばらく語りかけた後、振り返って両親と別れる。また会いに行くことを心に秘めながら。

 草花の広がる草原に出てみるかりん。そこで彼女は眼の前でたたずんでいる青年を見つけて足を止める。

「ガ、ガクト・・・!?」

 かりんの驚きの声にガクトが振り返る。彼も彼女の姿に驚きを見せていた。

「お前、何でこんなとこにいるんだよ?」

「アンタこそここで何してるのよ?」

 互いに驚きの声をかけるガクトとかりん。するとかりんがひとつ吐息をつく。

「ハァ・・まさかアンタがここに来るなんて。」

「何だよ。ずい分な言い草じゃねぇかよ。」

 呆れたような態度を見せるかりんに、ガクトがムッとして反論した。

 

 その数時間前。ガクトはいつもの通りに店の仕事をしていた。かりんは用事があるということで、この午前中はオフ。彼のほかに美代子、華帆が店内にいた。

 そんな屈託のない時間の中、店のドアが開いた。

「いらっしゃい・・・アンタ・・・?」

 ぶっきらぼうに挨拶をした直後、ガクトは店に訪れた悟に困惑を見せる。

「大丈夫なのか?その・・お前のダチが、あんなことになっちまって・・・」

「いえ、大丈夫です。もう立ち直ったから・・」

 ガクトの心配に悟が笑顔を作って答える。言葉とは裏腹にまだ気持ちの整理がついていないことを、ガクトは感じ取っていた。

「よかった・・何とか、逃げ出せたんですね?かりんさんたちから聞いたら、あの怪物のほうに向かっていったって・・」

「あぁ・・生憎、オレは逃げ足とムチャは人一倍なんでな。」

 悟の安堵にガクトが憎まれ口をもらす。

「もう・・」

 2人の声が重なり、2人は話を切り出せなくなる。その沈黙を先に破ったのは悟だった。

「もう、あの怪物のこととか、忘れたほうがいいと思って。」

「驚いたな。オレも同じことをお前に言おうと思ってたんだ。お前にはいろいろと辛くなるからさ。」

 同じことを言おうとしていたことに戸惑いを感じながらも、ガクトと悟は小さく頷いた。その傍らで、華帆が不安を見せていた。

 ガクトがガルヴォルスであることを知らない悟に対して、彼女は不安を感じていた。

「さてと・・そろそろオレもお出かけしてくるか。」

 ガクトは唐突にきびすを返し、厨房へと戻っていく。

「いってらっしゃい、ガクトさん。」

 美代子は微笑んで彼を見送っていった。

 こうしてガクトは出かけていった。全てを失った、全ての始まりの場所へ。

 

 その目的の場所、パーキングエリア付近の草原を訪れたガクトは、両親に会いに行っていたかりんと偶然にも出くわしたのだった。彼らはひとまず近くの出店でホットドックを買い、一息ついていた。

「ところで、アンタホントに何しに来たのよ?」

 かりんがムスッとした面持ちでガクトに訊ねる。ここまできて隠すことでもないと思い、ガクトはひとつ息をついた。

「分かったよ。けど、あまりいい話じゃねぇぞ。」

 物悲しげに言いつけるガクトに、かりんも真剣に話に耳を傾ける。

「オレの家族は、あのパーキングエリアで死んだんだ・・・」

「死んだ・・・?」

 ガクトの言葉の意味に、かりんは一瞬戸惑った。

「あぁ。今、街で騒がれてる怪物の1人にな・・」

「もしかして、アンタも巻き込まれてたって言うの、あの事件に!?」

「えっ・・・?」

 声を荒げて聞き返してきたかりんに、ガクトが眉をひそめる。

「私の家族も、あの事件のときに、あのパーキングエリアにいたの。それで、お父さんとお母さんが・・・」

 あのときの惨劇を思い返すことになり、かりんは次第に沈痛の面持ちを浮かべていく。

「なるほどな・・まさかお前も、あの事件に巻き込まれてたとはな。」

 ガクトも彼女の気持ちを察しながら、小さく呟く。彼女も悲しみのあまりに自分の胸に手を当てる。

「お前も辛いことを経験してきたんだな。けど、オレたちは立ち止まってるわけにもいかねぇ。」

 ガクトがかりんの肩に手を当てて、真剣に語りかける。

「少なくても、オレにはやらなくちゃいけないことがあるんだ。もうこれ以上、オレたちみたいに誰かが悲しい思いをするのを見たくない・・!」

 彼の悲しみの中に、ガルヴォルスに対する憎しみが混じる。その言動に、かりんは沈痛さを感じ取っていた。

「でもあんまり危なっかしいマネはしないほうが身のためだと思うんだけど?」

 何とか明るい雰囲気を作ろうと憎まれ口をこぼすかりん。するとガクトがムッとした面持ちを見せる。

「余計なお世話と言っておこうか。どうしようとオレの勝手だ。」

「んもう、アンタは相変わらず子供みたいな言い草をするんだから。」

 彼の態度に呆れた顔を見せるかりん。今はこんな下らないやり取りをしたいと、彼女は心の底で思っていた。

 憮然とした面持ちをしていたガクトだが、すぐに真剣な眼つきをする。

「ところでかりん、お前はガルヴォルスってバケモノを、どう思ってんだ?」

「ガルヴォルス・・・」

 ガクトの突然の問いかけに、かりんは困惑を浮かべる。動揺を見せたまま、彼の質問に答えようとしない。

「分かった。悪かった。もう聞かねぇよ。お前も、いろいろ大変だっていうのによ。」

 ガクトが気まずそうな気分を感じて、先に折れた。ぶっきらぼうな態度を見せて、かりんに聞くのをやめた。

 彼女もガルヴォルスによって家族を失っている身。彼女も彼女なりに、そのときの出来事を塞ぎ込もうと必死になっているはずだ。それをぶり返すのは彼女のためにも、自分自身のためにもならないとガクトは思っていた。

「とりあえず、下のほうに下りてみようぜ。理由なくただ歩いてみるのも、何気によかったりするんじゃねぇか。」

「えっ?・・何よ、いきなり・・?」

 ガクトの唐突な提案に、かりんが不審そうに聞き返してくる。

「そういうのも別に悪くねぇかと思うんだけどなぁ。ま、ここにいつまでもいてもどうにもなんねぇ気がするからな。」

「ふう・・いい加減なんだから、アンタは。」

 言いつけてそのまま歩き出してしまうガクトに、かりんはすっかり呆れ果ててしまっていた。しかしその表情には小さく笑みが浮かび上がっていた。

 

 草原の近くにある公園と遊歩道。ガクトとかりんは意味もなくその道を歩いていた。はたから見れば彼氏と彼女のようだが、そんな関係など毛頭ないと言わんばかりの雰囲気を放っていた。

 道の脇には出店が数件並んでいた。ガクトはその中のクレープ屋に眼を留めた。

「なぁ、ちょっとつまんねぇこと聞くけど・・」

「何よ?」

 ガクトの声にかりんがぶっきらぼうに答える。

「出店のクレープってさ、女子供連れてねぇと・・男だけじゃ買いづれぇって気がすんだけどさ・・・」

「うーん・・言われてみれば確かに・・・」

 からかってくるかと思っていたガクトだが、かりんは少し考えてから真面目に答えてきた。

「アンタみたいな、女の子とは全く縁のない人には、買ったことなんてないんじゃないの?」

「悪かったな。」

 かりんの言葉にムッとするガクト。すると彼女は彼に微笑みかける。

「よかったら私が買ってきてあげようか?」

「えっ?」

「ただし、アンタのおごりね。あと、メニューは適当に決めちゃうから。」

 そういってかりんは出店へと走っていった。彼女の元気と笑顔を目の当たりにして、ガクトは安堵の吐息をついて笑みをこぼした。

 

 近くの休憩できる場所に行きついたガクトとかりん。彼女の買ってきたクレープをほお張りながら、快晴の青空を見上げていた。

「ふう。けっこううまいもんだな、クレープも。」

「分かったでしょ?これが女の子の好みの1つの味よ。」

 感心するガクトにかりんが自信ありげな態度で頷いてみせる。

「これでアンタが女の子の気持ちを、少しでも分かってくれればいいんだけど。」

「き、気持ちワリィこというなよ!俺は男だぞ!」

 気さくな笑みを崩さない彼女に、ガクトが赤面して抗議の声を上げる。

「まぁ、こういう時間を過ごすのも、けっこういいかもしれないね。」

「・・そうだな。こんなふうにキンピカなくらいに幸せな・・・えっ?」

 かりんの言葉に安堵の笑みをこぼしつつ手を伸ばしたガクトだが、その手の先のほうで奇妙な金色の輝きを見つける。

「な、何だ、ありゃ・・!?」

 ガクトが眉をひそめると、その先には金の像が立ち並んでいた。

「これっていったい・・!?」

 かりんも何事かとこの場を立ち上がる。その直後、周囲は騒然となっていた。

「いったい、何が起こったんだ・・!?」

 ガクトも立ち上がって周囲の騒然をうかがう。

「ちょっと、アレ!」

 かりんが指差したほうにガクトが振り向くと、そこには頭部と尾が鯉の形に似た怪物がいた。怪物は眼から黄金の光を放ち、それを受けた女性が黄金の像と化していた。

(ガ、ガルヴォルス・・!?)

 ガクトが怪物、カープガルヴォルスに驚愕を見せる。かりんに視線を向けると、彼女は怯えを見せていた。

(コイツ、怯えてる・・親を殺したヤツの仲間だからか・・・!)

 ガクトは彼女の様子を見て毒づく。しかし、彼が抱えている不安はそれだけではなかった。

(どうする!?・・そんなコイツの前で変身するわけにはいかない。ここは逃げるしか・・・!)

 苦悩を繰り返しているガクトたちに、カープガルヴォルスが振り返ってきた。

「お前もかわいいじゃないか。キンピカになって、いい気分にさせてやるよ。」

 カープガルヴォルスが怯えているかりんに眼をつけて、不気味な哄笑をもらしている。さらに毒づいたガクトは、

「おい!逃げるぞ!」

 そんな彼女を連れてこの場を離れる。

「おいおい、逃げちゃうなんてつれねぇなぁ。」

 愚痴をこぼしながら、怪物は飛び上がり、2人を追いかけた。

 

 必死の思いでガルヴォルスからの逃走をするガクトとかりん。彼女はようやくガルヴォルスの恐怖から落ち着きを取り戻したのだった。

「ハァ・・ハァ・・何とかまいたか・・・おい、大丈夫か!?」

「う、うん・・・」

 心配の声をかけるガクトに、かりんが弱々しく頷く。

「どうして、私を助けてくれたの・・・?」

 そのとき、かりんが唐突にガクトに問いかける。するとガクトはムッとした顔を向ける。

「何分かりきったこと聞いてんだよ?そんなの、誰かが傷つくのを見たくないからに決まってるだろ。」

 ひとつ吐息をついてから、ガクトはさらに続ける。

「お前みたいなヤツでも、傷ついてほしくねぇんだよ、オレは・・」

 胸を締め付けられるような心地を覚えながら、ガクトが自分の気持ちをかりんに伝える。彼の心の中にある決意を目の当たりにして、かりんが一瞬呆然となった。

(コイツ・・周りをすっごく気にしてる・・・ホントに優しい人・・・)

 自分もこんなふうに勇気を持って立ち向かいたい。かりんは知らず知らずのうちに、ガクトと共感していたのである。

 そのとき、2人の背後にある大木がなぎ倒される。振り返った2人の先に、カープガルヴォルスが立ちはだかっていた。

「鬼ごっこはおしまいだ。黄金は金銭的価値も高い。私もいい気分になるためにも、黄金の像になってもらうぞ。」

 怪物が不気味に笑う。ガクトはかりんをかばうようにしながら怪物を見据える。

「お前は逃げろ。アイツはオレが食い止める。」

「でも、それじゃ・・・」

 小声で逃げるように促すガクトにかりんが戸惑う。

「大丈夫だ。オレがそう簡単にやられると思ってんのか?」

 ガクトが必死に呼びかけるが、かりんはそれを受け入れることに抵抗を感じていた。全ての責任を、自分の悲しみさえも彼に預けてしまうと感じていたのだ。

「・・やっぱりダメ。このままアンタに全て任せるなんて、私にはできない!」

「お、おいっ!」

 慌てて止めようとするガクトの声を聞かずに、かりんがカープガルヴォルスに向かっていく。そして一定の距離を保ちながら旋回していく。

「ほらっ!狙いは私なんでしょ!こっちに来なさい!」

「バカ!何やってんだ!?」

 ガルヴォルスに呼びかけるかりん。ガクトがたまらずに彼女を呼び止める。

「ずい分と威勢のいいお嬢さんだ。望みどおりに金色に染めてやろうか。」

 カープガルヴォルスが眼から金色の光を放つ。

「キャッ!」

 その光を受けたかりんが怯む。

「かりん!」

「ガ・・ガクト・・・」

 叫ぶガクト。固められる束縛の中で必死に声をかけるかりん。光に包まれた彼女が、黄金の像と化してしまった。自分の身を守る体勢のまま、完全に固まってしまった。

「いい形で固まってくれたようだ。これは売るよりも保存したほうがよさそうかも。」

 カープガルヴォルスが、金色のかりんの姿を見つめて笑みをこぼす。

「お前・・・許さねぇ・・絶対に許さない!」

 ガクトがガルヴォルスに対する憎悪をたぎらせる。その顔に紋様が走り、叫びを上げると同時にその姿が変化する。

「ガルヴォルス・・お前たちは・・お前たちは!」

 ガクトは剣を握り締めて、カープガルヴォルスに向けて飛びかかる。眼から放たれた黄金の光を、翼を広げて飛び上がって回避する。

 大きく飛翔したところで、剣を振り上げて一気に降下する。その勢いのまま、声を張り上げて剣を振り下ろす。

 重みのある刃が怪物の体を真っ二つに両断する。悲鳴を上げる間もなく、カープガルヴォルスは絶命した。剣の衝突によって吹き上がった砂に、崩れた亡がらが混じる。

「・・コイツらが・・父さんや母さん、久恵だけでなく・・かりんの家族まで・・!」

 人間の姿に戻ったガクトが苛立ちをあらわにする。そんな彼は胸中で改めて誓いを立てる。

 ガルヴォルスを滅ぼすことを。家族の敵討ちだけでなく、かりんや周りにいる人々の心身を守るために。

 

 カープガルヴォルスの死によって、金の像にされていた人々が元に戻った。まるで金色の塗料が洗い流されるようにして、その束縛から解放されたのだった。

 かりんもその束縛から解放され、力なく倒れていく。彼女の視界にガクトの姿が映る。

 その姿が一瞬、異様な怪物に見えた。しかし錯覚なのかどうかを確かめることなく、彼女は意識を失った。

 

 そしてかりんが眼を覚ますと、そばにはガクトがいた。彼はこの草原の上で腰を下ろし、彼女が起きるのを待っていたようだった。

「よう。やっと起きたか。もう日が落ちそうだぞ。」

 愚痴るように言いつけるガクトの言うとおり、空は紅くなっていた。もう少しすれば夜になってしまう。

「私・・そうか・・あの怪物にやられて・・・ガクト、あの怪物は?」

 周囲を見回して記憶を辿っていくかりんに、ガクトは遠くを見るような眼つきで答える。

「あの怪物なら、他の怪物が現れてやっつけちまったぞ。」

「他の怪物・・・」

 彼の話を聞いたかりんの脳裏に、かすかに記憶に残っている竜の姿をした怪物が蘇る。

「仲間割れでもしてたのか・・とにかく、アイツを倒したらとっとと行っちまいやがった。」

 まるで他人事のように言ってのけるガクト。意識をハッキリさせながら、かりんはただただ頷いた。

「オレもお前も、けっこう悪運があるみたいだな。何にしても助かったな。」

「・・そうね。無事で何よりって感じね。」

 くだらないことを口にしながら、ガクトとかりんが顔を合わせ、笑みをこぼしていた。

「さて、いい加減に帰らねぇとな。マスターも心配してきてると思うからさ。」

「そうだね。行こう。」

 2人は立ち上がり、頷きあって駆け出した。

 わがままで猫舌で口が悪い。が、本当は人一倍心優しい。かりんはガクトの本当の姿をかいま見たような感覚を覚えていた。

 

 

次回

第9話「風邪の最中の悲劇」

 

「おいおい、みんな風邪引いちまったっていうのかよ!?」

「ムリは禁物ってことなのかな・・」

「これは硬質化の効果も持ってる致死の薬よ。」

「お前・・・!?」

「君・・・!?」

 

 

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