ガルヴォルスextend 第5話「戒めの慟哭」
美代子に促されて小休止を取ってから、ガクトは利樹に案内されて、その探偵の事務所へと向かった。
ガルヴォルスであることをついにみんなに明かすこととなった。別に知られても深く考えることでもないと彼は思っていたが、周りがどう思っているのかが気がかりになっていた。
ふと横目で利樹の様子をうかがうと、不安の表情を隠しきれないでいるようだった。当然だ。隣に危険な化け物がいるのに、生きた心地がするはずがない。
そんな雰囲気を漂わせながら、2人はその探偵の事務所の前へと辿り着いた。
「ここだよ。秋探偵事務所。」
「秋・・・?」
事務所を指し示す利樹の言葉にガクトは眉をひそめる。
(どっかで聞いたような・・・?)
考え込んでいるところへ、利樹がガクトに再び呼びかけてきた。
「ここならその怪物についていろいろ聞けるはずだから。」
「あ、あぁ・・」
幼い少年に言われて、ガクトが気のない返事をする。
「と、とにかく、早く中に入って、いろいろ聞いてこようよ、お兄ちゃん。」
さらに促そうとする利樹。しかし彼は未だに不安の面持ちを見せて体を震わせていた。
「・・・ムリすんな。利樹、お前はもう帰っていいぞ。これはオレの問題なんだから。」
ガクトは笑みをこぼして、利樹の頭をやさしく撫でる。それで利樹は不安が和らいだ気分を覚えた。
「・・でも、ここまで来ちゃったから、最後まで付き合うよ。大丈夫。オレも兄ちゃんのために頑張っちゃうんだから。」
両手をグーにして強気を繕う利樹。彼の意思を受けて、ガクトは笑みをこぼす。
「ワリィな。それじゃ行くとするか。」
「うんっ!」
気さくな態度のガクトに元気よく頷く利樹。2人は気を引き締めて、事務所に入っていった。
この日も、夏子はガルヴォルスとその関連事件の整理に没頭していた。
ガルヴォルスが引き起こす事件は少なからずあるが、大規模な事件をいくつか絞り込んでいた。
その中から彼女は今、自動車道のパーキングエリアで起きた事件を取り上げていた。
(この事件の被害は甚大。駐車していた車両の大半が爆発、大破。死亡者多数。生存者はほんのわずか・・・)
膨大な被害をこうむっている事件に息をのむ夏子。これが、ガルヴォルス滅亡を狙っているドラゴンガルヴォルスにつながっているのだろうか。
そのとき、事務所のインターホンが鳴り響いた。悟もサクラもいないので、夏子は椅子から立ち上がり、ドアに向かう。
「はい、秋探偵事務所ですが?」
ドアを開けながら、挨拶をする夏子。その先には1人の青年と1人の少年が立っていた。
「あ・・・」
その青年の顔に彼女は見覚えがあった。しばらくの沈黙の後、
「ア、アンタ、何でこんなとこにいるんだよ・・・?」
その青年、ガクトが唖然とした面持ちで声をかけてくる。しかし夏子は憮然としたまま答えない。
「兄ちゃん、知り合いなの、この探偵さんと?」
「えっ?探偵?」
利樹の言葉にガクトが眉をひそめる。夏子が頭に手を当ててひとつ息をつく。
「まぁ、こっちでいろいろあってね。上司とそりが合わなくてね。」
「なるほどな。それにしても、まさかアンタが探偵になってたなんてな。」
「そういうアンタこそ、相変わらずの態度ね。スピード違反で取り調べられたときのまま。」
夏子が半ば呆れた面持ちでガクトを見つめる。
「ところで、こんなところに何の用?まさかまた罰金で免停だなんて言わないわよね?」
夏子が茶化すと、ガクトはムッとする。
「そんなんじゃねぇよ。ちょっと聞きたいことがあってな。アンタがガルヴォルスについていろいろ調べてるみたいだからな。」
ぶっきらぼうに言いつけるガクトに、夏子は真剣な顔つきを見せた。
悟とサクラがいないため、夏子は自分でコーヒーを入れようとした。しかしガクトと利樹はその気遣いを断った。
「さて、私に聞きたいことって何なの?ガルヴォルスについてだけど。」
夏子が単刀直入に話を持ち出す。それを受けてガクトが口を開く。
「アンタ、ガルヴォルスの対策本部を仕切ってたみたいだけど。なら、ガルヴォルスが起こした事件もいくつか知ってるんだな?」
「えぇ。その通りよ。」
「ならこれは知ってるか?パーキングエリアが爆発、炎上したっていうのは・・」
ガクトのその問いに少し驚きを覚えながらも、夏子は頷いた。
「丁度今調べていたところよ。それがどうしたというの?」
夏子が真剣に訊ねると、ガクトの顔に苛立ちがかすかに浮かんでいた。
「その犯人がどうなってるか、分からないか?」
「まだ分かっていないけど、ガルヴォルスの仕業であることは確定しているわ。遺体が発見されていない死亡者がいるからね。」
「ガルヴォルスの仕業だって・・・当たり前じゃないか・・アイツは・・オレの家族を・・久恵を殺したんだからな・・・!」
突然ガクトが憤慨を見せる。利樹が驚き、夏子が息をのむ。
「オレはあのガルヴォルスの影を見たんだ・・今でもあの形ははっきりと覚えてる・・・死神の持ってるような鎌を持ってた・・アイツが・・・!」
彼の脳裏には、家族を殺された悲惨な出来事が蘇っていた。燃え盛る炎と悲鳴の中で、彼はガルヴォルスに対する憎悪を芽生えさせていたのだ。このとき同時に、彼はガルヴォルスに覚醒したのである。
「オレはガルヴォルスを許さない・・オレが全部なぎ倒してやる!」
その怒りをテーブルに叩きつけるガクトが、その衝動で席を立つ。彼の憤りを目の当たりにして、夏子はひとつ息をつく。
「アンタもその事件の生存者であり被害者だったわけね。でも、復讐のつもりで戦おうと思ってるなら、やめといたほうがいいわよ。」
低い声音で言いつけ、夏子はガクトを見据えた。
その頃もセブンティーンはにぎわいを見せていた。ガクトと利樹のことを気にかけながらも、美代子たちは調理や接客に精を出していた。
「こんにちはー。」
そこへかりんがやってきて、美代子が笑顔を見せる。かりんは荷物を隅において、すぐさま接客に向かう。
店内が落ち着いてきた頃、かりんは美代子に訊ねた。
「マスター、ところで利樹どこに行ったか知りませんか?もう帰ってきてもいいと思うんですけど・・?」
「あぁ、それならさっきガクトさんと一緒に出て行ったわ。お買い物だとか言って連れてっちゃったみたいなんだけど・・」
かりんの問いかけに美代子は困ったような笑みを浮かべる。ガクトのことを気遣ってそ知らぬフリをしているだけなのだが。
「まぁ、ガクトさんが一緒だから、そんなに心配することもないと思うんだけど・・」
「アイツと一緒だから、余計に心配なんです!」
微笑む美代子にかりんが食って掛かる。
「でも利樹くん、ガクトさんのことお兄さんみたいに思ってるみたいだから。」
あくまで笑顔を崩さない美代子に言いくるめられてしまい、かりんはムッとしながら押し黙るしかなかった。
「あ、いらっしゃいませ。」
華帆の挨拶で、美代子とかりんが来客に気付く。やってきたのは1組の男女だった。腕を組んできて笑顔を振りまいている彼女に、彼は苦笑いを浮かべていた。
「いらっしゃませ。ご注文は・・・」
注文を取ろうとしたかりんがふと口ごもる。その青年、悟の気の優しそうな顔に思わず見とれてしまったのだ。
「あの・・クラブハウスサンドを1つ・・・」
呆然としている彼女に、悟が苦笑をもらしながら注文を告げる。その声に彼女はようやく我に返る。
「は、はい、クラブハウスサンド1つですね!」
かりんは緊迫したために思わず声を張り上げてしまう。悟とサクラが唖然となっているのを尻目に、彼女は赤面しながら厨房に入っていった。
それからしばらくしてから、かりんはクラブハウスサンドを盛った皿を運んで、2人のついているテーブルの上に置く。そのときも彼女は緊張を抱えて、頬を赤らめていた。
「どうしたの?何だか妙に緊張しているみたいだけど・・?」
そこへサクラが気にして、かりんに声をかけてきた。
「慣れてないわけじゃないみたいだけど・・あ、もしかしたら・・」
サクラは思い立って、悟に微笑みを向ける。何のことだか分かっていない悟が疑問符を浮かべる。
「あなた、名前は何ていうの?私は友近サクラ。彼は速水悟。」
サクラが自分と悟を紹介する。
「私?私は紫堂かりんですけど。」
「あ、あたしは美崎華帆です。よろしくお願いしますね。」
かりんが名乗ったところで、華帆が笑顔で話に割り込んできた。
「そんなにかしこまらなくていいよ。そんなに年離れてるわけでもないし。」
照れ笑いを浮かべるサクラに、かりんは次第に緊張がほぐれていくのを感じていた。
「これも何かの縁じゃないかな?世代の近い乙女たちが、こうして巡り会うなんて。」
「おいおい、そんな大げさなものでもないだろうに。」
微笑ましく語るサクラに、悟は苦笑を浮かべる。かりんも華帆も、彼らを見つめていた美代子も笑みをこぼしていた。
復讐をやめるように言いかけた夏子。しかしガクトは納得しなかった。
「たとえ復讐を果たしたとしても、アンタには何も残らない。しかもアンタの家族が喜ぶはずもないし、アンタ自身辛くなるだけ・・」
「アンタに何が分かるんだよ・・・!」
切実に言いかける彼女の言葉を、ガクトの憤りがさえぎる。
「家族を殺されたオレの悲しみと憎しみが、アンタに分かるのかよ・・・!」
「ガクト・・・」
「何にも知らないくせに、知った風な口を叩くな!」
憤慨の表情をあらわにしているガクトに、利樹は押し黙り、夏子も動揺を見せていた。家族を失った青年の心は、深い傷を受けて頑なになっていた。
「オレはみんなの仇を討つ!誰にも邪魔はさせない!」
そう低く告げて、ガクトは夏子から視線を外した。
そのとき、外のほうで爆音が響き渡り、ガクトたちは窓のほうを振り向く。
「な、何だ・・!?」
ガクトが低くうめくように声をもらす。
(まさか、ガルヴォルスが・・・!)
ガクトはたまらず事務所を飛び出し、爆音が発せられた場所へと向かう。
「あっ!ガクト!」
「お兄ちゃん!」
夏子が叫ぶところで、利樹が飛び出そうとするが、彼女に手で制されて止められる。
「利樹くんはここにいて。私が彼を止めるから。」
夏子は利樹を言いつけて、改めてガクトの後を追いかけた。
街から轟いた爆音は、セブンティーンにいた悟やかりんたちにも聞こえていた。
「な、何なの、今の爆発は・・!?」
華帆が何事かと驚きの声を上げる。
「まさか・・・」
小さく呟いて真剣な面持ちになる悟が立ち上がり、手に持っていた食べかけのサンドを口に放り込んだ。
「サクラ、お前はここにいてくれ。かりんさん、華帆さん、サクラを頼みます。」
サクラをかりんたちに任せて、悟は1人で店を飛び出した。
「悟さん、1人で大丈夫かな・・・?」
かりんが不安を呟く。するとその声を聞いていたサクラが笑みを投げかける。
「大丈夫だよ、かりんちゃん。悟はあれでもけっこう強いから。」
その自信と信頼がどこから来るのか。かりんは彼女に言われても、不安を拭うことができなかった。
人ごみあふれる街中。人が多ければ、その中に飛び交う声も少なくない。それは普段は聞こえないはずの心の声も例外ではない。
人々の栄えるこの中で1人、不快な気分を感じている少年がいた。
「やめろ・・やめてくれ・・・」
少年は苦悶の表情を浮かべて何かを訴えていた。しかしその声も、街の雑踏にかき消されてしまう。
「やめろ・・・心の声が、僕に響いてくるよ・・・」
頭を押さえ、押し寄せてくる声からなる痛みにさいなまれる。
「やめろ・・頭が割れる・・・!」
次第に語気を強めていく少年の顔に紋様が浮かび上がる。
「僕に声をかけないでくれ!」
ついに叫び声を上げた少年の姿が、突如鳩のような怪物に姿を変えた。そしてさらに稲妻に似た光を放出する。
突然のことに、周囲の人々が動揺を見せたり悲鳴を上げたりする。その何人かが閃光に巻き込まれると。その体が次第に硬直する。
怪物へと姿を変えた少年、ピジョンガルヴォルスの放った光には、あらゆる人物の時間を停止、硬直させてしまう効果を備えている。時間そのものが止まっているため、彼が力を解かない限り、どんなことをしても動かすことができなくなる。
少年を悩ませている心の声さえも、その力の前に停止してかき消されていく。
「やっと・・・やっと止まったよ・・・」
苦悶の表情を浮かべていた少年が安堵を浮かべる。しかしその表情は穏やかではなかった。
人々が逃げ惑い、街中は混乱で包まれていた。その波をかき分けて、駆け抜けていく1人の青年がいた。
青年、ガクトはいきり立つとその顔に紋様が浮かび上がる。
「これ以上勝手なことはさせない!」
叫び声を上げた彼の姿が、竜に似た怪物へと変貌する。翼を広げ、高らかと街の上空に舞い上がる。
退避していく人々が消えたところで、ガクトは着地する。そして吹き飛ばされそうになっている状態のままのビルの破片を気にして眼を向ける。
その破片を手に取ろうとするが、その宙に定着してしまっているかのように微動だにしない。
それをあえて気にせずに視線を前に戻すガクト。その先には同様に動かなくなっている人々の姿があった。石とも金属とも取れるような質感の体で、みんな動きを完全に止めていた。
「こんな・・こんなひどいこと・・・!」
憤りを覚えながら、ガクトはさらに前方を見据える。そこには鳩の姿をした怪物が体を震わせていた。
「お前が・・お前がこんなことをしたのか・・・!?」
ガクトは低い声音でその怪物に問いかける。その怪物、ピジョンガルヴォルスの影に幼い少年の一糸まとわぬ姿が映し出される。
「お前からも心の声が・・・やめてくれ・・やめてくれ・・・!」
怪物の少年が頭を抱えてうめき出す。押し寄せてくるガクトの心の声に再びさいなまれていたのである。
ガクトに遅れて、夏子もこの場に駆けつけてきた。苦悩している怪物を目の当たりにして、彼女は戦意を弱めた。
「あの子・・何かに怯えてる・・・?」
彼女は怪物が苦痛の末に力を暴走させているのだと推測する。もしもそうなら、その苦痛から解放させなくてはという慈悲も同時に芽生えさせていた。
「ガルヴォルスは・・どいつもこいつも・・・!」
憤慨したガクトが剣を具現化し構える。
「待ちなさい、ガクト!そのガルヴォルスは何かに苦しんでるだけよ!」
そこへ夏子が呼び止めるが、ガクトの憤りは治まらない。
「ガルヴォルスはみんなを傷つけるバケモノだ!そんなの、オレが倒す!」
夏子の言葉を聞こうとせず、ガクトは少年に向かって飛びかかった。
「や、やめろ!」
少年がたまらず力を解放する。解き放たれた閃光がこの場に集まっていたほこりの時間をも凍てつかせて固めてしまう。
その力を回避しながら、ガクトは剣を振り下ろす。少年はとっさに飛翔してそれをかわす。
しかしガクトも翼を広げて追撃する。そんな彼に向けて、突如炸裂音が轟く。
ガクトが動きを止めて、その音が飛んできたほうに視線を向ける。その先で、夏子が銃を構えていた。銃口からは発砲を意味していた白煙がこぼれていた。
「アンタ、いったいどういうつもりなんだ・・・!?」
ガクトが苛立ちを込めて夏子に言い放つ。彼女は顔色を崩さずに答える。
「やめなさい、ガクト!あの子はまだ人間に戻れる可能性があるのよ!」
「何言ってんだよ!アイツはガルヴォルスだ!人間じゃないんだ!」
夏子の言葉を一蹴して、ガクトは再び剣を構える。柄を握る手に力を込めて、全力の一撃を狙う。
「お前らが・・お前らが!」
ガクトは叫びながら剣を振り下ろす。抜刀は光の刃となって、ピジョンガルヴォルスの体を真っ二つにする。
「あっ・・・!」
夏子が、切り裂かれて砂になって崩れていく少年に眼を見開いた。一途の望みがこの一瞬で完全に消え去ってしまったのである。
敵である存在を倒したガクトが、着地したところで人間の姿に戻る。喜んではいないが、悔やむ様子もなかった。憤りの表情が消えていない。
「ガクト・・アンタ・・・!」
彼の態度に苛立った夏子が、銃を懐にしまって近寄る。
「あの子はまだ人間に戻れる可能性があった!それなのにアンタは・・・!」
叫ぶ夏子だが、ガクトは自分が今したことを悪びれたと思っていないようだった。彼の返答を待たずに続ける。
「それに、アンタの今の攻撃・・もし周りが止まって固まっていなかったら、街は大惨事になってたわ!アンタは自分の目的のためなら、周りがどうなっても構わないというの!?」
「オレはガルヴォルスを倒す!アイツらのせいでみんなが苦しむ様を、もう見たくないんだよ!」
「いい加減にしなさい!」
苛立ちを見せるガクトに、夏子はついに怒号をあらわにする。
「もし自分の復讐のために、みんなを巻き込むようなことをするなら・・・!」
夏子はガクトに敵意を向ける。最悪の場合、命を絶ってでも彼を止めることを覚悟していた。
しかしガクトの視線は彼女に向いてはいなかった。彼が見据えているのは彼女の背後にいる異形の姿。
「アイツ・・・!」
ガクトは再び苛立ちをあらわにして、再びガルヴォルスへの変身を遂げる。そして夏子に気付いていないカオスガルヴォルス、悟に向けて奇襲を仕掛けた。
次回
「僕のことを全く知ろうともしない!」
「君、大丈夫かい?」
「そんなに気を遣わなくてもいいんじゃねぇのか?」
「やめろ!やめてくれ!」
「僕はここだ!本当の僕を、その陳腐な頭に刻み付けるんだ!」