ガルヴォルスextend 第1話「魔を狩る者」
充実な日々を送っていた1人の青年。
彼には両親と2歳年下の妹がいた。ショートヘアの丸顔の妹だが、その笑顔が青年の心を和やかにしてくれていた。
そんなどこにでも手に入れられるような生活がいつまでも続くと、青年は信じて疑わなかった。
しかし、それは簡単に崩れ去ってしまうものだと、彼は後に実感するのだった。
ある年の夏旅行の初日。高速道路内のパーキングエリア。
そこで青年の家族は休憩を入れることにした。
年に2回。冬か春にはスキー。夏にはその季節にあった旅行を楽しむ。これがこの家族の恒例だった。今回は妹がプランを立てたこともあり、みんな期待に胸を躍らせていた。
「とりあえずトイレついでに何か買ってくるよ。今回は久恵(ひさえ)が計画した旅行だし、オレもこれくらいはやっとかねぇとな。」
気さくな笑みを浮かべて、青年は車から降りつつ注文を聞く。妹、久恵を思えばこその行為だった。
トイレを済ませ、注文の缶ジュースやお菓子を買いに売店に入った。その注文を買って、車に戻ろうとした。
そのとき、パーキングエリアの中心で突然轟音が鳴り響いた。驚きを見せながら青年が振り返ると、停車している車の何台かが炎上しているのが見えた。
「あれは・・・まさか・・・!?」
青年は一抹の不安を覚えて、慌しく炎の上がっている真っ只中に駆け出した。
炎の中は崩壊した車の残骸と傷ついた人々でいっぱいになっていた。
「親父!お袋!久恵!どこにいるんだ!?」
青年は必死に家族を呼びかける。しかし周囲は炎と悲鳴で満ちていて、なかなか探し出すことができない。
そして自分たちが止めていた車のそばまでやってきていた。車は全壊していなかったが、中には誰もいない。
「どこだ・・どこなんだ!?」
青年はさらに周囲を見回して家族を探す。しかし周囲は人は避難していてその気配が感じられない。
みんな無事に避難できたのだろうか。一抹の不安と一途の安堵を覚えて、青年はひとまず引き返そうとした。
そこで青年は足を止めた。彼の眼に前に久恵が立っていた。
「久恵!」
青年は棒立ちになっている彼女に近づき、両肩に手をかけた。
「久恵、無事だったのか!?怪我は!?・・親父とお袋はどこだ・・・!?」
安堵の気持ちを感じながら、青年が妹に両親の居場所を尋ねる。しかし彼女の様子がおかしいことに、彼は眉をひそめる。
「おい・・久恵・・・!?」
青年がさらに問いつめると、久恵がうっすらと笑みを浮かべる。
「お兄ちゃん・・・パパとママ・・死んじゃったよ・・・」
「何っ!?」
久恵の言葉に青年が驚愕する。彼女の言ったことが信じられなかった。
「私をかばって切られて・・固くなっちゃったと思ったら、砂みたいに消えてなくなっちゃったよ・・・」
「そんな・・・そんなバカなこと・・・!?」
さらに愕然となる青年。その直後、久恵の動きが突然止まる。
「久恵・・・?」
青年が眼を疑うと、久恵の体が固まる。彼が呆然となりながら触れると、彼女が言ったように砂のように崩れ去っていく。
「ひさ・・・!?」
眼を見開いた青年の手から、久恵の肩が崩れ去っていく。そしてその亡がらは炎と風に巻かれて散っていく。
さらに信じられなかった。青年は呆然となったまま、無意識に炎のほうに振り返る。
巻き起こっている炎の中に1つの黒い影があった。炎に巻かれてその正体を確認できなかったが、それは死神が持っているような鎌を持っていた。
「まさか・・・!?」
青年は思い立って、その影に近づこうとする。しかし影は炎の中に消えていった。
家族を失った青年に絶望が襲う。その悲しみ、家族を奪ったと思われる影への憎しみに駆られて、青年は悲痛の叫びを上げた。
その顔には、異様な形の紋様が浮かび上がっていた。
「ふう。全く、事件と悩みの種は尽きないわね。」
黒のポニーテールの女性が椅子に腰を下ろしてひとつ息をつく。
彼女の名は秋夏子(あきなつこ)。デビルビースト、ガルヴォルスの対策本部を設立し、それらの事件に挑んできた元警部である。
事件に関して上司と反論し、辞表を提出した後、彼女は私立探偵として第二の人生を歩んでいた。デビルビーストやガルヴォルスに対する事件への評価が高いこともあり、それらに関する事件の解決を依頼されることも多い。
ガルヴォルス、デビルビーストはともに人間の進化系である。どちらも獣に似た疑似体へと変貌し、動物としての本能に駆り立てられる。さらにガルヴォルスの死は完全な消滅を意味していた。石のように固くなった直後、砂のように崩れ去ってしまうのである。
現在、デビルビーストに関する事件は減ってきているが、ガルヴォルスの引き起こす事件は留まることがなかった。仕事を終えた夏子は今、つかの間の休息を取っていた。
「みんなやりたい放題やってくれるから、休まる余裕もないわね。」
小さく愚痴をこぼしながら、さらにひとつ息をつく夏子。そこへ探偵事務所のインターホンが鳴り響いた。
「アイツが来たのかな?グットタイミングというかなんというか。」
その音に夏子は笑みを浮かべて立ち上がり、ドアに向かっていく。そして嫌な顔ひとつせずにドアを開けると、そこには逆立った銀髪をした長身の青年が立っていた。
「遅くなりました、先輩。」
「もう私は高校時代の先輩でも警部でもない。私立探偵、秋夏子よ。」
さわやかな笑みで挨拶する青年に、夏子も微笑んで挨拶を返す。
彼は夏子の高校時代の後輩、速水悟(はやみさとる)。彼は私立探偵となった夏子に呼ばれてここに来ていた。
その理由は、彼がガルヴォルスとして転化していたからだった。そのことを初めて聞いたときは驚いた彼女だが、彼の本当の姿を快く受け入れていた。
「わざわざ呼び出して悪かったね。しかも、ガルヴォルスとしての力を頼りにするみたいで。」
「いいですよ。こんなオレに好都合だらけの仕事じゃないですか。」
侘びを入れる夏子に悟が苦笑する。上司が先輩で、しかも自分の力を唯一受け入れてくれている。彼にとってこれ以上の仕事の環境はなかった。
「はじめまして。あなたが悟の先輩の秋夏子さんですか?」
そこへ1人の少女が顔を出してきて、夏子は一瞬驚きを見せる。
「おいおい、いきなり顔出してくるから、先輩ビックリしちゃったじゃないか。」
その少女に悟が呆れた顔をする。彼の注意を受けても、彼女はあまり気にしていないようだった。
腰の辺りまである藍色の髪。スタイルがよさそうに見えるが、胸があまりないと嘆くことがある。悟のガールフレンド、友近(ともちか)サクラである。
「あ、自己紹介がまだでしたね。私は友近サクラ。悟とは大学で知り合ったんです。」
自己紹介をして夏子に一礼するサクラ。聞いていないことまで言ってくる彼女に、悟は苦笑いを見せるしかなかった。
賑わいを見せる真昼の街。その道路の片隅でバイクを止め、メットを外した1人の青年がいた。
少し逆立った広がりのある黒髪。Tシャツにジーンズとラフな格好をしている。竜崎(りゅうざき)ガクトである。
彼は生活の資金を稼ぐためにバイトを探していた。しかしいい加減で反抗的な態度から、彼はことごとくクビにされていた。そんな彼を受け入れてくれるところはなかなかなかった。
ため息をつきながら、ガクトは街中を歩いていく。雰囲気のよさそうなところを選別して、人ごみを抜けていく。
「ドロボー!」
そのとき、どこからか悲鳴が沸き上がった。ガクトがその声を耳にして、足を止めて振り返る。
人ごみがかき分けられたその先から、1人の黒尽くめの男が駆け込んできていた。左手にはひったくられたと思われる財布が握られていた。
「サイフドロボー!誰か捕まえて!」
財布の持ち主と思われる少女の声を聞いて、ガクトは泥棒を待ち構えた。
「どけ、どけ、どけー!」
焦りの叫びを上げながら突っ込んでくる泥棒。それに怯まず、ガクトが泥棒に拳を叩き込む。
うめき声をもらす泥棒が前のめりに倒れ、持っていた財布を落とす。その財布を拾って、ガクトが泥棒が逃げてきたほうに振り向く。その先から茶色がかったショートヘアの少女が駆け込んできた。
「あ、すいませーん!それ、私のサイ・・あわっ!」
慌しく駆け込んでしまったため、少女は足をつまづいて倒れる。そこへガクトが彼女を受け止めるが、勢いがありすぎて彼もしりもちをつく。
「いっててて、だ、大丈夫か?」
「あう〜、ゴメン、慌ててたから、つい・・・」
痛がるガクトに謝罪しようとした少女の言葉が途切れる。ふと自分のふくらみのある胸を見下ろして赤面する。
彼女の様子を気にして視線を移したガクト。自分の両手が彼女の胸を触っていることに気付き、赤面してそわそわする。
「う、うわっ!違う!これは、その・・!」
倒れそうになったところを受け止めた際に触ってしまったと弁解しようとするが、少女はガクトの言葉に耳を貸さず、両手をグーにして殴りかかってきた。
「もう!この変態!どこ触ってるの!」
「う、うわっ!違う、誤解だ!あれはただの不可抗力だ!」
必死に弁明するガクトだが、話を聞いてもらえない。自分の財布を彼から半ば強引に取り上げるようにして、少女はムッとする。
「かりん、かりん!」
そこへもう1人の少女が駆け込んできた。呼ばれた少女、紫堂(しどう)かりんが振り返り、笑顔を見せる。
「あ、華帆!」
かりんが元気よく手を振ると、美崎華帆(みさきかほ)が安堵の吐息をつく。
「もう、かりん・・相変わらずムチャするんだから・・」
「だって、この中には大事なものも入ってたから・・」
呆れた顔をする華帆に苦笑を見せるかりん。
「それで、誰がかりんのサイフを取り返してくれたの?」
華帆の問いかけにかりんが恥ずかしがりながら、頭を抱えているガクトを指差す。
(まぁ・・カッコいい人・・・)
彼を見た華帆が憧れの気持ちを抱く。一目惚れである。
「あ、あの・・あたし、美崎華帆といいます!あの、友達のサイフを取り返してくれて、ありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべて、ガクトに一礼する華帆。緊張しているのか、どこか落ち着かない様子だった。
そんな彼女に苦笑いを浮かべるガクトだが、かりんと眼を合わせるとムッとした面持ちを見せる。彼の反応に、かりんも同様にムッとする。
「ところで、あなたのお名前は?」
「えっ?・・あぁ。オレはガクト。竜崎ガクトだ。ま、また会うなんて偶然、そうそうあるもんじゃねぇけど。」
苦笑いを見せたガクトが振り返ると、華帆の憧れの眼差しに見送られる。
(あの暴力娘とまた会う偶然は、こっちから願い下げだけどな。)
かりんのことをねめつけながら、ガクトはこの場から立ち去っていった。
夏子から簡単な仕事の内容を聞かされた悟。その傍らで、同様に話を聞いていたサクラが、その内容の意味がなかなか飲み込めずに疑問符を浮かべている。
「つまり、暴徒化するガルヴォルスを止めるのがあなたの主な仕事になるわね。ただし、やむをえない場合を除き、ガルヴォルスを含めて人命を最優先にすること。」
「分かってます。ガルヴォルスは元々は人間ですから。オレもできることなら助けてやりたいですよ。」
夏子の説明に笑みを見せて頷く悟。
「オレはけっこう欲張りなほうですからね。でもそれは先輩譲りかな。」
からかうように告げる悟に、夏子がムッとする。影でクスクスと笑っているサクラに気付いて、鋭い視線を彼女に投げかける。
「とにかくよろしくね、悟くん。」
こうして夏子と悟が握手を交わし、2人のガルヴォルスに関する対策が新たに始動したのだった。
その手の上に、サクラがさらに手を添える。
「私も悟や夏子さんの助手として、お手伝いさせていただきます。」
彼女のいきなりの言葉に、悟ると夏子がきょとんとなる。
「ま、まぁ、助手というのも悪くはないかな。」
安堵を見せる夏子だが、悟は不安の面持ちを見せる。その様子に夏子は眉をひそめる。
「どうしたのよ?」
彼女に訊ねられて、悟は小声でこっそりと答えた。
「実はサクラは、とってもドジなんです。アイツに雑用とかやらしたら、逆に仕事が増えてしまいますよ。」
「ドジねぇ。そういうのは退屈しなくて、案外いいかも・・・」
夏子が笑みを見せた直後、キッチンのほうで何かが割れる音がした。サクラに仕業なのだろう。
(まぁ、ホントに退屈しなくて済みそうね・・・)
呆れ顔の悟を見て、夏子も苦笑を浮かべるしかなかった。
そこへ机の電話が鳴り出した。夏子は気持ちを切り替えて、その受話器を取る。
「はい、夏探偵事務所です・・ガルヴォルスですか!?」
声を荒げた夏子に、悟が緊迫を覚える。サクラは後片付けにてんやわんやを続けていた。
「分かりました。すぐに現場に向かいます。」
電話の相手に言いつけて、夏子は受話器を置いた。
「オレが行ってきますよ。」
悟が椅子から立ち上がって夏子に言いかける。
「でも悟くん・・」
「いきなり先輩の手を煩わせるわけにはいかないですよ。とりあえず、オレに任せてください。」
「・・・分かったわ。ひとまずあなたに任せるわ。」
夏子が承諾すると、悟が笑みを見せる。
「わ、私もいきます〜・・・」
そこへサクラが慌しく顔を出して声をかける。助手として、彼女なりに意気込みを見せているようだった。
連絡を受けて街を疾走していた悟とサクラ。事件の内容は、街中でガルヴォルスが暴れているというものだった。
白昼堂々と事件を引き起こすのは珍しいとは言い切れないが、解決しなくてはならないことに変わりはない。
現場に駆けつけた彼らの前に、蛇を思われる怪物が荒々しい吐息をもらしていた。スネイクガルヴォルス。牙と体液には対象を石に変える効力を備えている。
駆けつけてきた悟たちに気付いて、スネイクガルヴォルスが振り返ってくる。サクラはまだ呼吸が整っていない。
悟が周囲を見回すと、ガルヴォルスの被害を受けて、灰色の石像に変わり果てている人々が飛び込んできた。必死で逃げ惑う女子高生、恐怖する女性。かばい立てする男性。
「みんなを元に戻すんだ!今なら後戻りができる!」
悟が怪物に向けて呼びかけるが、怪物は突如不気味な哄笑を上げる。
「後戻り?そんな必要なんてねぇんだよ。この力は最高だ。オレを心地よくさせてくれる。みんないい悲鳴を上げて石になってくれた。」
彼の説得を怪物はあざ笑う。ガルヴォルスの力を最高のものとして楽しみ、人としての心を切り捨ててしまっていた。
「やるしかないのか・・・!」
毒づきながら悟は怪物の前に立つ。そして困惑を見せているサクラに呼びかける。
「サクラ、少し離れてるんだ。巻き添えを食わないように。」
「う、うん・・」
彼の言葉を受けて、彼女は近くの物陰に逃げ込んだ。それを見送って、悟は怪物を見据える。
怪物が口から灰色の液体を吐きかけてくる。悟は横に飛びのいてそれを回避する。液体のこぼれた石畳が、塗られた塗料とは違う灰色に変貌する。
「この毒液で、みんなを石に変えていたのか。」
小さく呟く悟。それを聞き取っていた怪物が哄笑を上げる。
「その通り。さらに、オレの牙にも石化の効果を持っている。お前をぶっ潰した後、お前の連れの娘をじっくり石にしてやるよ。」
怪物が口から体液をもらしている。人の心を完全になくしていると悟って、悟は覚悟を決めた。
悟の顔に異様な紋様が浮かび上がる。ガルヴォルスに変身する前兆である。
そのとき、そんな彼を飛び越えて怪物に向かっていく1つの影があった。眼を見開いた悟の顔から文様が消える。
割り込んできたのは人にいた形の人でない姿をした人物。その眼光は血のように紅く染まっていた。
「あれは・・・!?」
「・・ガルヴォルス・・・!?」
隠れているサクラ、そして悟が驚きを浮かべる。同様に驚きを見せている蛇の怪物に、人影が言い放つ。
「ガルヴォルスは、オレが全て滅ぼしてやる!」
いきり立った人影、竜を模した姿のドラゴンガルヴォルスがスネイクガルヴォルスに言い放った。
次回
「あのガルヴォルス、並のレベルではなかったです。」
「アンタは昨日の変態男!」
「じゃ、あたしがゲットしちゃおうかな。」
「みんなを守るために、オレはお前を倒す。」
「ガルヴォルスは、オレが全て滅ぼしてやる!」