ガルヴォルスExbreak
第1話「悪魔の胎動」
闇を宿すかのような漆黒の翼。
その異質の力に蝕まれる体。
不可思議な悲劇に絶望し、怒りと悲しみに囚われる少年。
この絶望の出来事が、血塗られた戦いの始まりだった。
都内にある宇井野大学。その敷地内にあるサッカー部のグラウンド。
そこでサッカー部の部員たちが1人の男子を相手に勝負をしていた。
「オレたちが勝ったら、今度こそサッカー部に入ってくれよな、マサキ!」
サッカー部の部員の1人、神木ジロウが男子、夜倉マサキに呼びかける。
「しつこいッスよ、先輩!オレに部活に入る時間の余裕はないんだから・・!」
マサキがジロウに対して不満を感じて、ため息をつく。
「それだけの腕があるのに、活かさないなんてもったいないじゃないか!」
「だからって入部させるのはどうかって思いますよ!オレにもオレの都合ってもんがあるんですから!」
ジロウとマサキが互いに文句を言い合う。
「さっさとケリを付けて、先輩に諦めさせますから!」
「悪いが、観念するのはそっちのほうだぞ!」
言い放つマサキに言い返して、ジロウがボールをシュートした。マサキが反応して跳んで、ボールを両手でキャッチした。
攻守が変わって、マサキがボールをキックした。ジロウがジャンプをするが、マサキのシュートは速く、ゴールに入った。
このPK勝負は、マサキの圧勝で終わった。
「くっそー・・全然敵わない・・・!」
ジロウが悔しがって、地面に拳を打ち付ける。
「というわけだから、もうオレを勧誘しないで下さいよ、先輩・・」
マサキは彼に言うと、グラウンドから去っていった。
「すげぇ・・さすが夜倉マサキだ・・!」
「ジロウに圧勝するだけの力があるのに、何でサッカー部に入らないんだよ・・!?」
「サッカー部どころか、どこの部にも入ってない・・」
「あのレストランのバイトと勉強に時間を使ってるなんて、もったいないなぁ・・」
マサキとジロウの勝負を見ていたサッカー部の部員たちが会話をする。
「ちくしょう・・このまま諦めきれるか・・必ずマサキのことを・・・!」
マサキをサッカー部に入らないことにどうしても納得できないジロウ。彼の中で強い激情が駆け巡っていた。
レストラン「ジンボー」。初老のマスター、神保ヘイゾウが営む店である。
ジンボーではヘイゾウの他、数人の店員が仕事をしていた。
「マスター、遅くなりました!」
マサキが慌てて制服に着替えて店内に来た。彼もジンボーにてアルバイトをしていた。大学のどの部活にも入っていないのは、そこでの仕事に時間を費やしているからである。
「遅かったね、マサキ。今日も神木先輩に追われていたの?」
ジンボーで働くウェイトレスの1人、天上ツバサがマサキに声を掛ける。
「運動部ったらしつこくて敵わないって。特に神木先輩は・・PK対決でオレが勝ったら諦めるってことになったけど、それで諦めそうにないな・・」
マサキが答えて、ジロウのことを考えて肩を落とす。
「いっそのことサッカー部に入ったら?マサキくんだったら大会で大活躍できそうだし。」
ジンボーのウェイトレス、柏田リオもマサキに声をかけてきた。
「そっちに時間を費やしたら、生活がままならなくなるって・・いつまでもマスターに甘えるわけにいかないんだから・・」
マサキが自分の立場を考えてため息をつく。
「でも見たいなぁ〜。マサキくんのシュートやドリブルを〜。」
「サッカーは中学まではチーム入ったり部活に入ったりしてたけど、それっきりだ・・」
リオが期待を口にすると、マサキが不満げに答える。高校以降は部活動やスポーツをしていないマサキだが、運動能力はずば抜けていて、運動部の部員に勝るとも劣らなかった。
「自分の生活費は自分で稼ぐって決めて、ここで働き始めたんだよね、マサキ。」
ツバサが微笑んで言って、マサキが頷いた。
「別に気にしなくていいのに〜。マサキの生活のために、わしが張り切ればいいだけなんじゃから〜。」
ヘイゾウがマサキを気遣い、気さくに振る舞う。
「いつまでもマスターの世話になりっぱなしになるわけにいかないですよ・・けど、マスターに雇ってもらってる身だから、完全な独り立ちにはなってないけど・・」
マサキはヘイゾウに甘えようとせず、自立しようとしていた。
「マサキくーん、フレンチトーストとパンケーキをおねがーい♪」
ウェイトレスの1人、鴨下ララが注文を伝えてきた。
「あ、了解。すぐに用意するよ。」
マサキがララに答えて、厨房に戻っていった。
「頑張り屋だね、マサキは。私も頑張らないと。」
ツバサも気を引き締めなおして、仕事に戻っていった。
日が暮れて、宇井野大学の近くの小道は街灯が少なく暗かった。しかし駅まで近道のため、そこを通る人は少なくなかった。
「ちょっと遅くなっちゃった・・早く帰らないと・・・!」
1人の女子が大学から慌てて駅へ向かって走っていく。
「この辺りの道、本当に暗くて危なっかしいよね・・もうちょっと明かりを増やしてくれたらいいんだけど・・・」
女子は不安を感じながら、小道を足早に進んでいく。
その最中、女子は不気味な声が耳に入ってきて、思わず足を止めた。
「何?・・何かいるの・・・?」
女子が周りを見回して、声の主を探る。しかし暗闇の道は暗くてよく見えない。
「気のせいよね・・暗いから錯覚しちゃったのかも・・・」
女子がひと息ついて、気持ちを切り替えて再び歩き出そうとした。
次の瞬間、女子の進む先の暗闇に、不気味な光が煌いた。
「な、何っ!?」
女子がその光に驚いて、たまらず声を荒げる。
その直後、1つの影が暗闇から飛び出して、鋭い一閃が女性を襲った。女性は悲鳴を上げることなく倒れた。
現れたのは不気味な怪物。手の爪を振りかざして女子を切りつけたのである。
影は闇に溶け込むように姿を消した。斬りつけられた女子は、体から血をあふれさせていた。
立て続けに発生している殺人事件。事件が起こる度に警察が駆り出されていたが、犯人の手掛かりを見つけることができないでいた。
「また同じ手口・・鋭い爪で切り裂かれて、出血多量で死亡している・・・!」
警部、猪熊テツオが現場を見て肩を落とす。
「熊か虎にでも襲われたみたいな有様だが、この辺りにそんなものが住んでると言う話も、動物が逃げ出したという情報も聞かない・・」
テツオが情報を整理するが、事件の詳細が見えてこない。
「警部、死亡推定時刻は昨日の夜6時半から7時の間。体を斬りつけられての出血多量死です。」
鑑識がテツオに近づいて、女子について報告する。
「これは人間業とはとても思えません。仮にできたとしても、他の誰にも気付かれずにそれを遂行するのは・・」
鑑識の言葉を聞いて、テツオが再びため息をついた。
「その時間、この辺りにいた人を見つけるしかないか・・お前ら、聞き込みに行ってこい!」
「はい!」
テツオが指示を出して、警官たちが周囲に聞き込みに向かった。
「警戒を強化しなければいかんな・・・!」
テツオが気を引き締めなおし、調査を続けるのだった。
奇怪な殺人事件のニュースは、世間に広まっていた。宇井野大学のキャンバス内でも、不安が広がっていた。
「これじゃ夜遅くまで外にいられない・・早めに帰らなくちゃ・・・!」
「部の練習も早めに切り上げないといけなくなったし・・」
生徒たちが事件とその対策に不安を感じていた。
「オレも夜に外は出歩かないほうがよさそうだな・・」
マサキもこの事件のことを考えてため息をつく。
「マサキくーん!」
ララがそんなマサキに駆け寄ってきて、声をかけてきた。
「今日あたし、ジンボーでバイトなんだけど、帰りに送ってほしいんだけど〜・・ほら。例の事件があるし、襲われたら大変だし〜・・」
「オレが送ったとして、その帰りはオレ1人じゃないか。早めに切り上げるようにしてもらえよ。マスターのことだから軽く聞き入れてくれるって。」
頼みごとをしてきたララに、マサキが苦言を呈した。
「ちょっとお金を使い過ぎちゃって、それなのに休んじゃったら厳しくなっちゃうよ〜・・!」
「お金のことはララちゃんの自業自得だろ・・」
両手を合わせて頭を下げるララに、マサキが呆れて肩を落とす。
「他の人に甘えるなら、マスターの気遣いをきちんと聞いとけって・・」
「んもう!マサキくんのいじわる〜!」
マサキから注意されて、ララがふくれっ面を浮かべた。
「さて、オレもジンボーに行くとするか。ララちゃんも遅れないようにな。」
「コラー!マサキくーん!」
立ち去ったマサキに怒って、ララが叫び声を上げていた。
「いじわるなんだから〜!よーし!しっかり働いて、それから急いで帰ればいいだけなんだからねー!」
ララもマサキに文句を言ってから、不機嫌のまま歩いていった。
この日のジンボーでの仕事を終えて、ララは帰り支度をしていた。
「ララちゃん、私が家まで送るよ。」
ツバサが気を遣ってララに声をかけてきた。
「でも、ツバサちゃんの家はあたしの家とは反対側だよ?」
「いいのよ、気にしなくて。ララちゃんが無事に家に帰れるなら・・」
心配するララに、ツバサが笑顔で答える。
「それじゃ、お願いしちゃおうかな・・でも帰りは遠回りしていくか、タクシーか何かを使ったほうがいいと思うよ・・」
「ありがとう、ララちゃん。その助言、肝に銘じておくよ。」
ララとツバサがお互いの言葉を聞き入れて、笑みをこぼした。
「2人ともこんな時間までやっちゃって・・最近夜が物騒だってニュースになっておるのに・・」
ヘイゾウがマサキに目を向けて、ツバサたちへの心配をする。
「オレも早めに仕事を切り上げて家に帰ったほうがいいって言ったんですけどね・・オレをボディガードみたいに使おうとして・・」
マサキがララへの不満を口にして、ため息をつく。
「今からでも一緒についていったら?マサキは頼もしいんだから・・」
「早く帰れって言ったのに、今まで仕事を続けたララちゃんの責任だぞ。オレがそこまで面倒見切れないですよ・・」
ツバサたちのボディガードをお願いするヘイゾウだが、マサキは乗り気にならない。
「ガンコじゃのう、マサキのそういうところは・・」
ヘイゾウが首をかしげて呟いていく。嫌味を感じたマサキが大きく肩を落とした。
「分かった、分かりましたよ。ついていきゃいいんだろ?」
「アハハハ。すまんのう、マサキ。」
ツバサたちを送ることにしたマサキに、ヘイゾウが笑みをこぼす。
「あれ?ツバサちゃんとララちゃんは?・・2人とももう外に出ていってしまったのか・・!?」
マサキが店の入り口やその前を見回すが、ツバサとララはいなくなっていた。
「マジでしょうがないんだから・・待ってろよ・・!」
マサキは大きく肩を落としてから、ツバサたちを追い掛けて外へ飛び出した。
無事に送り届けようとララについてきたツバサ。2人は周りを気にしながら、慎重に夜道を歩いていく。
「何も・・何も出てきませんように・・・!」
ララが震えながら、祈るように呟く。その様子を見て、ツバサが苦笑いを見せた。
そのとき、ツバサたちは近くで物音を耳にして、思わず足を止めた。
「だ・・誰かいるの・・・!?」
ララが震えながら周りを見回す。しかし人のいる様子は見られない。
「き、気のせいだよ、気のせい・・・!」
ツバサが自分たちに言い聞かせるように声を振り絞る。
「やっぱり、あたしの家にお泊りしたら?・・ツバサちゃんの家にはあたしが事情を言うから・・」
「いいよ、気にしなくて。私が急いで帰ればいいだけなんだから・・」
心配するララに、ツバサが笑みを強くって答える。
「さぁ、ここでおしゃべりするんじゃなくて、早く家に行こう。」
「う、うん・・」
ツバサが呼びかけて、ララが頷いた。2人は足早に夜道を進んでいった。
ツバサとララを追って、1人外へ飛び出したマサキ。しかし2人を見つけられず、マサキは滅入っていた。
「全然見つかんない・・もうララちゃんの家に着いちまったか・・?」
ツバサたちからかなり離されたと思い、マサキが足を止めた。
「仕方がない・・追いつけなかったって、マスターにはいいわけしとくか・・それで後でツバサたちに連絡して、無事を確かめると・・」
マサキは気持ちを切り替えて、ジンボーに戻ることにした。
そのとき、マサキの耳に不気味な唸り声が入ってきた。
「な、何だ・・・!?」
マサキが足を止めて周りを見回して、声の正体を確かめようとする。
(まさか、例の事件の犯人か!?・・ツバサちゃんたちじゃなく、オレが狙われたのか・・!?)
犯人が近くにいると思い、マサキが緊張を膨らませる。
(ここまで追いかけて見つからなかったんだ・・ツバサちゃんたちはもうララちゃんの家に行っただろう・・オレも急いで離れないと・・!)
マサキがジンボーを目指して走り出す。しかし唸り声は彼の耳から離れない。
そのとき、マサキの頭上を1つの影が跳び越えた。彼の前に怪物が現れた。
「何っ!?バケモノ!?」
マサキが怪物に目を疑い、恐怖を覚えて後ずさりする。狼を思わせる顔立ちの怪物が、彼にゆっくりと振り向いた。
「獲物だ・・獲物を狩る感触を味わいたい・・・!」
怪物がマサキを見つめて笑みをこぼす。
「やべぇ・・こっちに来るぞ・・・!」
マサキが緊迫を募らせて、怪物から逃げ出す。しかしすぐに怪物に前に回り込まれてしまう。
「そ、そんな・・!?」
「オレから逃げることはできない・・獲物は獲物らしく、おとなしく仕留められろ・・・」
目を見開くマサキに、怪物が低い声で言いかける。
「それで、大人しく殺されてたまるかよ!」
マサキが再び怪物から逃げ出す。怪物が高速で飛びかかり、爪を振りかざした。
「ぐあっ!」
左肩に爪が当たり、マサキが顔を歪める。
「だから逃げられないと言っただろう・・体を切り裂く感触、何度味わっても心地いい・・血や肉の味もな・・・!」
怪物が爪を掲げて、先に付いた血を舐めて笑みをこぼす。
「血!?・・オレ、傷つけられている・・!?」
肩を押さえていた手についた血を目にして、マサキが驚愕する。
「次はズタズタにしてやるぞ・・切り刻まれる感触を確かめる・・・!」
「冗談じゃない!こんなことで死んでたまるか!」
笑みを強める怪物に言い返して、マサキが必死に走り出す。彼は痛みに耐えながらも、生き延びようとしていた。
「往生際悪くムダな努力をするヤツを仕留めるのも、悪くない・・」
怪物がとどめを刺そうと、マサキを追って爪を構えた。
(死にたくない・・こんなことで死んでしまうなんて、絶対にありえない・・!)
マサキが心の中で叫び声を上げる。
(絶対に認めてたまるか!)
感覚が鋭く研ぎ澄まされたときだった。マサキの体に変化が起こった。
怪物が振り下ろした爪を、マサキが腕で弾いた。マサキは漆黒の体をした異形の姿となった。
「な、何だ、これは!?・・オレの爪が跳ね返された・・!?」
怪物が自分の爪を見つめて驚愕する。マサキが怪物に振り向いて、鋭い視線を向けてきた。
「オレは死なない・・殺されるくらいなら、お前を殺してでも生き延びる・・・!」
マサキが低い声音で言って、怪物にゆっくりと近づいていく。
「もしかして、オレと同じ存在なのか!?・・だったら、オレと一緒に楽しまないか!?人間を片っ端から仕留めて、その感触を味わうんだよ・・!」
自分と同類と見なした怪物が、マサキに人を襲うことを誘う。しかしその言葉がマサキの怒りを逆撫でした。
「そんなバカげたこと・・許されるはずがないだろうが!」
マサキが怒号を放ち、怪物に向かって飛びかかる。その速さは先程の彼を超えるだけでなく、怪物に勝るとも劣らない。
「ぐおっ!」
怪物がマサキの突進を受けて、強く突き飛ばされて、その先の壁に叩きつけられた。
「な、なんという力だ・・オレがこれほどのダメージを受けるとは・・・!」
怪物が痛みを覚えてうめく。彼はマサキの発揮した力が自分より上だと痛感する。
「だが、スピードはオレのほうが上だ・・!」
怪物がいきり立ち、マサキに向かっていく。怪物がマサキの後ろに回り込んだ。
「くたばれ!」
怪物が爪を突き出すが、マサキが振り向きざまに繰り出した拳の甲が彼の伸ばした腕を叩いた。
「うぐっ!」
腕に激痛を覚えて、怪物が顔を歪める。体勢を崩して地面に膝をつく彼を、マサキが見下ろす。
「もう2度と人を襲わないと誓え・・そうすれば命は助ける・・・!」
「オレに・・この狩りの快感を忘れろというのか・・・!?」
忠告するマサキだが、怪物はいら立ちをあらわにする。
「そんなこと、死んでもゴメンだ!」
怪物が言い放つと、眼前の足元に爪を振りかざして砂煙を舞い上がらせた。マサキが左手を振って砂煙を振り払うが、怪物は姿を消していた。
「逃げた・・往生際悪く・・・!」
マサキが怪物に対していら立ちを膨らませた。
その直後、マサキが意識がもうろうとなって倒れた。彼の姿が異形のものから人に戻っていた。
「力が、入らない・・体が、言うことを・・・」
弱々しく声を発するマサキ。彼は起き上がることができないまま、意識を失った。
その直後、1台のワゴン車が走ってきて、中から黒ずくめの男が数人出てきた。彼らは倒れているマサキを連れて、ワゴン車に乗せて去っていった。