ガルヴォルスEternal 第22話「意志」
眠り続けている昇に、香澄は感情のままに寄り添っていた。彼女は昇と交わりがあることを確かめていた。
最初はお互い望んだことではなかった。むしろ耐え難い苦痛だと香澄も昇も感じていた。
しかし不可抗力とはいえ、昇と香澄は交わりを持ってしまった。
それを否定することができないと痛感しながらも、昇と香澄は己の戦いを続けることを変えなかった。
互いの過去、互いの心を目の当たりにした昇と香澄は、かつて向け合っていた強い憎悪を和らげていた。
それから昇と香澄は行動を共にした。共通の敵を倒すために。
その中で香澄は、もし昇が見境を失くしたときに全力で止めることも心に誓っていた。
(私が昇の足かせになっている・・止めることも・・力を貸すことも・・・)
香澄が昇に寄り添って、唇を重ねた。彼との抱擁を彼女は実感していた。
(お願い、昇・・目を覚まして・・こんなところで倒れているわけにいかなんだよね・・・!?)
心の中で思いを念じながら、香澄は昇との抱擁に身を委ねた。
昇と香澄を追いかけて、シオンは崖の上に来ていた。しかし2人の居場所が分からなくなってしまい、シオンは右往左往していた。
(気配を感じない・・強く縛り付けすぎたのがいけなかったのかな・・・)
自分のしたことが悪い結果を招いてしまったと思い、シオンは悔やんでいた。
(回復してくるのを待つしかないの・・でもその間にも、あの2人は辛さを膨らませている・・・)
気配が感じ取れるまで待つ余裕はないと言い聞かせて、シオンは昇と香澄の捜索を続けた。
シオンに見つかることなく、昇と香澄は夜を過ごした。意識を失っていた昇が、香澄に寄り添われたまま目を覚ました。
(オレ・・気絶していたのか・・・)
意識をはっきりさせようとする昇が、上に香澄が寄り添ってきていたことに気付く。
(香澄・・オレを抱いてきたのか・・・)
香澄に抱擁されても、昇は不快感を感じなかった。
「オレを助けようとして・・お前が・・・)
昇が香澄を優しく支えながら体を起こす。彼は両手を動かして、体の感覚を確かめていく。
(体の麻痺がなくなっている・・回復したみたいだ・・・)
昇は眠っている香澄を下ろして立ち上がり、辺りを見回す。
「アイツは近くにいないか・・」
シオンがいないことを確かめて、昇は香澄に目を向ける。
(憎み合っていたオレたちが・・不可抗力とはいえ、一心同体みたいな関係になるとは・・昔だったら絶対に考えられなかった・・考えようともしなかった・・・)
昇が香澄のことを考えて、皮肉を感じて思わず笑みをこぼす。
(変わってないのは、ゴミクズを叩きつぶして、心の底から安心できる時間を過ごすことぐらいか・・・)
自分の心を確かめて、昇が小さく頷いていく。
「昇・・・」
そのとき、香澄も意識を取り戻して、昇に声をかけてきた。
「香澄も目が覚めたか・・・」
「私も、すっかり眠ってしまったみたい・・・」
昇が声をかけて、香澄が微笑みかける。
「わざわざオレのために・・そんなことをしても、オレは・・」
「あの人のあの力・・私とあなたのどちらかだけじゃ・・」
「それがどうしたっていうんだ・・・!」
香澄がシオンの力について話すと、昇が自分の意思を示す。
「敵わないとか、できないとか関係ない・・オレを苦しめてくる敵は、何だろうと容赦しない・・それだけだ・・・!」
「昇・・昇は何があっても・・・」
頑なな昇に香澄が歯がゆさを感じていく。
(私も、今までそんな気持ちで戦ってきたじゃない・・そして、これからも・・・)
自分自身にも昇のような頑なな意思を持っていて、貫いてきていることを思い出して、香澄は皮肉を感じていた。
「あの人のあの力を何とかする方法を見つけないと・・」
「どんなことをしてでも、アイツがオレを押さえつけようとしてくるなら・・・」
「・・せめて、力を1つに合わせて、強くすることができたら・・・」
「オレと、お前がか・・・?」
香澄が投げかけてきたことに、昇が眉をひそめる。
「そんなことをして、力を上げられるなら・・・」
昇がシオンを倒す方法を頭の中に浮かべていく。彼は寄り添ってくる香澄を抱き寄せていく。
「オレは手段を選んでこなかった・・・」
昇が自分の戦いを思い返していく。彼はシオンや世界を狂わせている上層部への憎悪を募らせる。
「オレを押さえつけてくるものは、徹底的に叩き潰す・・・!」
「昇・・そのために、私たちの力を1つにすることも・・・」
香澄が呟いた言葉に昇が小さく頷く。彼は今まで以上に、自分を脅かす敵を倒すために手段を選ばなくなっていることを、彼女は痛感していた。
「昔の私たちだったら、屈辱だとか思って、絶対にやろうとはしなかった・・・」
「お互いのことを知ったからなんだろうな・・不本意ながら・・・」
互いに苦笑を浮かべる香澄と昇。2人は安心を感じながら、優しく抱擁を交わす。
「単に敵が同じというだけじゃない・・私たちの意思も同じになっている・・」
「意思も同じ・・オレたちは力も掛け合わすこともできる・・・」
さらに抱擁を深めて、互いのぬくもりを感じ合っていく香澄と昇。2人は込み上げてくる感情に突き動かされて、唇を重ねた。
そして2人は、自分たちの力がかけ合わさっていくのも実感していった。
(力が流れてきてる?・・力が、湧き上がってくる・・・!?)
香澄の力が自分に流れ込んできていると、昇は感じていた。
(オレも香澄も、今はアイツを倒すために・・・)
昇は今まで持ったことのない強さを受け止めて、香澄をさらに抱きしめる。
「ありがとうって、言うところなんだろうな・・・」
「いいよ、気にしなくて・・本当に、意思が同じになっただけだから・・・」
憮然とした態度で言いかける昇に、香澄が微笑みかける。
「今のでアイツに気付かれただろうな・・」
「でも、今度こそは、昇は・・・」
昇と香澄がシオンのことを考えていく。2人はシオンが近づいてくるのを予感していた。
かけ合わさったときの昇と香澄の力を、シオンが感じ取った。
(いた・・2人ともまだ近くにいる・・・彼は、縛りがなくなっているみたい・・・)
昇と香澄のことを考えていくシオン。
(もう手放さない・・たとえ本人が救いを拒絶していても、救われなくていい人なんていない・・・)
救いをもたらしたいという自分の思いのままに、シオンは歩き出していく。彼女は光に近づくような動きと速さで、昇と香澄の気配のするほうへ向かう。
そしてシオンは昇と香澄の前にたどり着いた。
「やっぱり来たか・・」
シオンを前にしても、昇と香澄は落ち着いていた。
「今度こそ・・あなたたちに救いを・・・」
「そんなものはいらない・・お前の考えをオレは絶対に受け入れない・・・!」
切ない表情を浮かべるシオンに、昇が冷たい視線を送る。香澄も真剣な面持ちを浮かべていた。
「それで・・あなたたちが辛くなっていいことに・・・」
「オレは、お前たちを許せないんだよ・・今までもこれからも・・・!」
悲痛さを訴えるシオンに、昇が憎悪を傾ける。
「オレは、オレたちは、押し付けられるのに我慢がならないんだよ・・たとえそれが、どれだけいいことだとしても・・・!」
「それが、救いであったとしても・・・!?」
頑なな意思を示す昇に、シオンは心を揺さぶられていく。
「それでも・・私はあなたたちが・・ううん、みんなが辛さにさいなまれるのは、耐えられない・・・」
「だったらお前も、始末されるべきゴミクズでしかない・・・!」
悲痛さを募らせるシオンに対し、昇が両手を握りしめる。彼の頬に異様な紋様が浮かび上がっていく。
「どこまでもオレたちに付きまとってくるなら・・お前も叩きつぶさないといけないんだよ!」
言い放つ昇が龍の怪物に変わった。彼の体からあふれている紅いオーラは、今までにない強さと濃さを宿していた。
「その力・・あなただけの力じゃない・・・!」
シオンが昇から出ている力を感じ取って、緊張を膨らませていく。
「この感じ・・2人の力が合わさっているような・・・まさか・・・!?」
「私の力、昇に届いたみたい・・・」
驚愕するシオンに、香澄が真剣な面持ちで言いかける。
「託そうとして・・うまく届いて、昇に合わさったみたい・・それで昇の力が上がっている・・」
「ホントの意味で、オレたちの考えがひとつになったってことか・・・」
香澄に続いて昇も今の自分の力が実感していることを口にする。
「どんなことがあっても、オレたちはお前には絶対に屈しない・・・」
昇が困惑を募らせているシオンに鋭い視線を送る。
「力だけじゃない・・お前たちを許せないこの感情は、ここまでになった・・・!」
「それで、私を倒そうと・・私がいなくなったら、誰も救われなくなってしまう・・・!」
力も意思も強固にした昇に対して、シオンは退かずに真正面から向き合おうとする。
「だったらお前はもう、オレに叩き潰されるしかない・・・!」
昇は低く言うと、シオンに向かって飛びかかる。昇が振りかざした拳が、シオンを強く吹き飛ばす。
すぐに踏みとどまるシオン。彼女はほとんどダメージを受けておらず、平然としている。
「本当に強くなっている・・確かに2人の力が合わさっている・・・」
昇の力を痛感して、シオンが緊張を募らせていく。
「それでも私は引き下がるわけにはいかない・・私が諦めてしまったら、誰もが幸せになるなんてことがなくなってしまう・・・!」
シオンが自分に言い聞かせて、意識を集中していく。
「今度こそ・・あなたたちに救いを与えるために・・・!」
シオンが両手を前に伸ばして、昇をまた縛り付けようとする。彼女の念力を受けて、昇が足を止める。
「そうでもしないとあなたを止めることができないから・・・このままあなたを・・・!」
シオンが呟きながら、昇を押さえ込もうとする。
「何度も同じことはオレには通じないぞ・・・!」
昇が全身から紅いオーラを放出して、自分を束縛している念力を打ち破った。
「えっ・・!?」
最大限の力も破られたことに、シオンが驚愕する。
「もういい加減に引き返せ・・でないともう、叩きつぶすことをためらわない・・・!」
昇がシオンに向けて忠告を送る。かつての昇なら忠告すら言わなかったと、香澄は思っていた。
「救わないといけない・・私はあなたたちを・・みんなを・・・!」
「もうしつこいんだよ・・お前の救い何ていうのはよ・・・!」
手を伸ばして向かってくるシオンに、昇が鋭い視線を向ける。彼は右手を握りしめて、シオンに突っ込んで繰り出す。
昇の右の拳がシオンの体に叩き込まれる。
「うっ!」
力を発して拳を止めようとしたシオンだが、昇の力を止められずに拳を体に叩き込まれる。吹き飛ばされたシオンが、体に激痛が駆け巡り悶絶する。
「止め切れない!?・・・そ、そんな・・・!?」
攻撃を止められなかったことに愕然となるシオン。起き上がろうとする彼女に、昇がゆっくりと近づいていく。
「止めないと・・止めないと、私は何のためにいるのか、分からなくなる・・・!」
「止まらない・・オレは止まるわけにはいかないんだよ・・ゴミクズどもが、どこまでもふざけたマネをしてるから・・・!」
互いに声を振り絞るシオンと昇。
「オレが何もしなくなってしまったら、それこそ連中は好き勝手に振る舞う・・自分たちが正しいと思い上がり、間違いを間違いと思おうともせず・・・!」
国や世界の上層部への憎悪を募らせる昇。その怒りと憎しみの矛先を、彼はシオンにも向ける。
「そんなことオレが認めない・・死んでも許しはしない・・叩きつぶすまでは、オレは絶対に死なない!」
「それで、あなたたちが苦しみに包まれても・・・!?」
「苦しみを消すために戦うんだよ・・オレは・・・!」
愕然となっていくシオンに、昇は自分の意思を示していく。
「どうしても考えを押し付けてくるなら、オレはお前を叩きつぶす・・・!」
昇が言いかけて、具現化した剣を握る。それでもシオンは引き下がらない。
「そうかよ・・死なないと分かんないのかよ!」
昇が怒号を放ち、剣を構えてシオンに向かって突っ込んできた。シオンが両手に力を集めて、昇の剣を受け止めようとする。
しかし両手をすり抜けて、剣はシオンの体に突き刺さり貫いた。
「えっ・・・!?」
この瞬間にシオンは愕然となる。みんなを救う前に命を絶たれることを、彼女は受け入れられなかった。
「私は・・私はまだ・・・!」
「もうオレの前から消えろ・・2度と出てくるな・・・!」
手を伸ばそうとするシオンに、昇が鋭く言いかける。昇が剣を引き抜くと、シオンの体から血があふれ出す。
「私はここで命を終えるわけにいかない・・まだみんな・・辛さから解放されていないのだから・・・!」
シオンが痛みに耐えながら、昇に近づこうとする。すると昇が振り返って香澄のところへ戻っていく。
「待って・・行かないで・・・!」
シオンが昇を呼び止めようと、力を振り絞っていく。
「もういい・・オレは行く・・・」
昇は呟くと、香澄と一緒に歩き出す。
「これからも私は、あなたに救われる必要はない・・・」
香澄が1度足を止めて、シオンに悲しみを込めた言葉を送った。
「待って・・このままだと、あなたたちは・・救われなくなってしまう・・・!」
シオンが追いかけようとするが、昇と香澄は彼女の前を立ち去っていった。
「まだ・・まだ私は倒れるわけにいかない・・だってまだ・・みんな・・・!」
シオンが声と力を振り絞るが、体から血があふれ出てきて、彼女はふらついて倒れてしまう。
「死ねない・・死ぬわけにいかない・・死にたくない・・・私・・・」
倒れながらも体を引きずりながら進もうとするシオン。あふれる血が地面にしみついていく。
(誰だって救われていいはず・・ずっと救われないままな人がいるなんて・・あまりにも悲しすぎる・・・)
救いたいという思いと願いだけが、今のシオンを突き動かしていた。
(だから私は・・みんなを・・・あなたたちを・・・)
手を前に伸ばして必死に前に進もうとするシオン。しかし気持ちだけで体を動かせなくなり、彼女はついに完全に倒れてしまう。
(救いたい・・助けたい・・私・・私は・・・)
失われていく意識の中でも、シオンは世界のみんなの幸せを願っていた。
そしてシオンの体が固まって、崩壊して散っていった。昇の剣に刺されて、シオンは命を落としたのだった。
シオンを手にかけた昇は、怪物から人の姿に戻っていた。香澄から受け取って一時的に強くした力も失われた。
「昇・・体は、大丈夫・・?」
「あぁ・・お前の力は、オレを縛っていたのではなく、支えてくれていたからな・・」
香澄が声をかけて、昇が小さく答える。
「これでもうオレは、アイツに付きまとわれることはない・・2度と・・」
「昇・・・うん・・そうだね・・・」
昇の呟きに香澄が頷く。
「オレたちはこれからまた、ゴミ掃除に・・・」
国や世界の上層部への攻撃の再開のため、昇はまた歩き出す。
(昇・・・)
再び敵を倒すことに専念する昇に、香澄は心を揺さぶられていく。
(私が昇を止めないといけないときが来るかもしれない・・・)
心の中に秘めている決意を募らせて、香澄も歩き出した。
次回
「誰もあの2人を止められないのか!?」
「どうするのが、懸命な決断だというのだ・・・!?」
「どいつもこいつも、どこまでもオレの敵に・・・!」
「私たちは・・世界の敵に・・・」