ガルヴォルスEternal 第14話「恍惚」

 

 

 シオンの力によって石化され、全裸の石像にされた昇と香澄。2人は石化がもたらす快感に、完全に心を満たしていた。

 国や世界を動かしている人間、怪物に対する昇と香澄の憎悪は、シオンがもたらした快感に押しつぶされていた。

 互いに憎んでいたはずの相手に、昇と香澄は寄り添っていた。2人とも互いに触れ合うことしか考えられなくなっていた。

 石化されて自我を失い、心身の抱擁をしたまま、1年の月日が流れた。

 

 昇の行動により、政府は国の存亡を危惧していた。シオンが手を出したことで一気に壊滅状態にまで追い込まれた政府だが、すぐに立て直しが行われて、正常な議会や政策を行えるほどにまで回復した。

 香澄の戦いによって、暗躍をしていた怪物が次々に倒されていた。しかし彼女がいなくなったことで、怪物の暗躍が過激化し、公に姿を現して破壊や殺害を行う者まで出てきた。

 昇がいなくなって政府への被害は減った。香澄がいなくなったことで怪物が倒されることが少なくなった。

 怪物の事件は1年前よりも増大、拡大した。政府に付きつけられた問題と苦悩は深まるばかりだった。

 しかし政府は1年前よりも明らかに機能は向上していた。それは1人の少女のまとめがあったからだった。

 それは、昇と香澄を石化したシオンだった。

 

 シオンが政府の中心人物となったのは、昇と香澄を石化してから2ヶ月後だった。彼女は政治家たちに力を見せつけて、政府に身を置くことに成功した。

 シオンが指揮を執ったことで、政府は立て直しに成功し、彼女の指揮下に入った。

 シオンは人として生きようとする怪物は保護対象とした。人が怪物であることを不安視することを考慮して、その正体は極秘事項扱いとされた。

 当然、人を襲う怪物は人間の殺人犯同様、逮捕の対象とされる。拘束が不可能と判断された場合、攻撃も手段の選択肢とされている。

 国や世界は今、人の怪物の共存が図られていた。

 

 昇も香澄も見つからないままのポニテ。そこでの仕事を続けながらも、涼子も亮太も2人のことを気にしていた。

「昇くん、香澄ちゃん・・本当にどこに行ってしまったのかな・・・」

「心当たりのある場所を何度も探したけど、全然見つからない・・」

 心配を口にする涼子に、亮太が首を横に振る。

「もしかして、2人の身に何か・・」

「そんなことないわ・・必ず2人は帰ってくる・・・!」

 不安を口にした亮太に、涼子がたまらず声を荒げる。彼女の様子を見て、亮太が気まずくなる。

「すみません・・そんなつもりじゃ・・・」

「ううん・・私こそ、ごめんなさい・・・」

 互いに気まずさを感じて、亮太と涼子が謝る。

「今はこのポニテでの仕事を続けましょう。昇くんと香澄ちゃんが帰ってきたとき、気分よく休めるように・・」

「そうですね。そのために僕たちは頑張らないと、ですね・・」

 2人が互いに励まし合いをして、気分を落ち着けていく。

「さ、今日も元気よく頑張っていきましょう。」

「分かりました、涼子さん。」

 涼子の呼びかけに亮太が答える。2人は他の店員たちとともに仕事に励んだ。

 

 夜の林道を駆け抜けていく女性。彼女は怪物に狙われて必死に逃げていく。

「か・・怪物・・早く逃げないと・・殺される・・・!」

 怪物からひたすら逃げていく女性。だが怪物の速さは女性を上回っていた。

 後ろから飛んできた針に、女性が背中から体を貫かれた。

「あっ!」

 口と胸から血を出して、女性が倒れる。即死した彼女の体から血をあふれさせていく。

「いいぞ、いいぞ〜・・獲物を仕留める感覚は、やっぱ最高だぁ〜・・」

 女性に追いついてきたハリネズミの怪物が、喜びを浮かべていく。

「人間と仲良くなんてやってられるか・・人間はオレの獲物だぜ・・」

「いくら怪物でも、人殺しは罪なのよ・・」

 そのとき、怪物に向かって声をかけてきた。彼の前にシオンが現れた。

「何だよ・・せっかく喜びに浸ってるのに、邪魔する気か・・?」

 怪物が笑みを消して、シオンに振り向いてきた。

「怪物もその力を誰かを手にかけるために使ってはいけない。人が人殺しすることと同じ過ちと罪・・」

「偉そうに言ってくれるな・・せっかくだ・・お前にも獲物になってもらうぜ・・」

 シオンの言葉を聞かずに、怪物が背中の針を飛ばす。ところが多くの針がシオンの眼前ではじき飛ばされる。

「何っ!?

 シオンが出した力に怪物が驚愕する。

「力ずくでは、本当の解決にはならないのだけど・・・」

 シオンは気まずさを浮かべて、怪物がおとなしくなることを願った。

「このまま楽しみを消されてたまるか!」

 しかし怪物は引き下がらずに、シオンに飛びかかってきた。

「仕方がないのね・・・」

 シオンは沈痛さを感じながら、さらに強い衝撃波を放った。怪物が衝撃波を受けて、昏倒して動かなくなった。

 事切れた怪物はそのまま体が崩壊を起こした。その様を見つめて、シオンが悲痛さを募らせる。

「シオン様、お疲れ様です。」

 黒ずくめの男たちがやってきて、シオンに声をかけてきた。

「後の処理をお願い・・私は休むわ・・」

「分かりました。」

 シオンが声をかけて、男たちが答える。シオンは辛さを抱えたまま、林道を後にした。

(まだ、世界を救えていない・・私がやらないといけないのに、私が辛くなっているようでは・・)

 込み上げてくる感情を抑えようと、シオンが自分に言い聞かせていく。

「私がやる・・私がみんなに救いの手を差し伸べるしかないのよ・・・」

 自分のやるべきことを胸に秘めて、救済のための行動を続けることにした。

 

 人目のつかない自分の屋敷に戻ってきたシオン。そこには彼女が石化して解放感を与えた女性たちがいた。

 1年前よりも石化された人は増えていた。ここにいる誰もが石化によって解放されて、苦しみや憎しみ、辛さを忘れて快感に浸っていた。

「みんな、幸せね・・辛いことを何もかも忘れて、心地よさを堪能している・・・」

 シオンが女性たちを見渡して微笑みかける。

「今の世界のために苦しんでいる人がたくさんいる・・そんな辛さからみんなを救ってあげられるのは、私だけ・・」

 自分がやるべきことを考えて、シオンが沈痛さを噛みしめていく。

「これで、みんなが幸せでいられるなら・・・」

 みんなの幸せのため、みんなが感じている辛さを自分が背負うことを、シオンは受け入れていた。

 大部屋を通り抜けて、シオンは奥の部屋に来た。そこには全裸の石像の昇と香澄がいた。

 昇と香澄は依然として石化したまま。抱擁して口づけを交わしたまま、部屋の真ん中で立ち尽くしていた。

「よかった・・あなたたちは今も幸せでいてくれた・・・」

 シオンが2人を見つめて微笑みかける。彼女は彼らに近寄って、優しく手を添える。

 シオンに見られても触れられても、石化している昇も香澄も微動だにしない。

「本当に愛し合っているのね、あなたたちは・・すっかり憎しみや苦しみを忘れている・・・」

 シオンは昇と香澄の心の中を感じ取っていた。2人は未だに互いとの抱擁を続けていた。

「お互いへの憎しみも、それぞれの信念も、私がもたらした解放によってかき消されている・・これであなたたちは、自分たちの憎しみや辛さに押しつぶされないでいる・・」

 昇と香澄の心の中を垣間見て、シオンが微笑みかけていく。

「あなたたちのように純粋な心の持ち主が、傷ついて傷付けられていくのは、私も辛い・・・」

 2人への思いを感じてから、シオンは彼らから手を離す。

「あなたたちは本当に幸せ・・解放に浸って、お互いに触れ合って喜びを感じていくことしか頭にない・・」

 シオンが昇と香澄の心境を語っていく。

「触れ合い続けて、いつしか疲れて眠りについても、目を覚ましたときにはまた快感に突き動かされて、触れ合いをしていく・・これで辛さを感じることはない・・」

 2人が快感の中で過ごしていくことを、シオンも快く思っていた。

「これが、あなたたちにとって最高の幸せ・・・」

 昇と香澄の幸せがこれからも続いていくと、シオンは確信していた。

「世界はまだ荒んでいる・・まだ誰もが辛さを抱えている・・・」

 シオンが世界の現状を痛感して、胸を痛める。

「荒んでいる世界のために、純粋な心に怒りや憎しみ、悲しみや辛さがあふれている・・」

 彼女は世界の人々の辛さを汲み取り、噛みしめていく。

「救う方法は、それ以上の解放を与えて、辛さを忘れさせること・・・」

 救いの方法を改めて確かめるシオン。

「そのための力を持っているのは、私だけ・・だから私がやらないといけない・・・」

 シオンは自分に言い聞かせてから、次の救済と世界の情勢に向けて行動を再開した。

 

 石化されて、その快感で心を満たしていた昇と香澄。2人は快感の赴くまま、抱擁を続けていた。

 自分のことも考えられないでいる昇と香澄。2人はただ互いの体に触れ続けていた。

 触れていくことで快感と安息を感じていく昇たち。結果、憎悪も苦痛も感じることがなくなっていた。

 彼ら自身が心からこの事態を快く思っていたかどうかは定かではない。それを考えることもできないでいた。

 長い抱擁の中でも、昇も香澄も無表情でいた。

 触れていたい、感じていたい、いい気分に浸っていたい。そういった感情しか2人にはないはずだった。

 だがこの長い時間の中で稀に、昇と香澄の目からかすかに涙があふれてきていた。その瞬間にシオンは気づいていなかった。

 

 国や世界はシオンの導きを受けていると言っても過言ではない状態にあった。彼女の言う通りにして成功を果たした事例は多かった。

 シオンを支持する人は徐々に増えていった。だが一方で彼女を快く思わない者もいた。

 政治家やボディガードたちと別れて、1人夜道を歩くシオン。彼女の行動を複数の影が監視していた。

 人気のない道の真ん中で、シオンは突然足を止めた。

「隠れているのは分かっているよ・・隠れられたままだと落ち着かないから、出てきてくれると安心できるのだけど・・・」

 シオンが振り向くことなく声をかける。すると木陰や物陰から数人の男たちが現れた。

「いつまでもいい気になりやがって・・・!」

「何でもかんでも、貴様の思い通りになると思わないことだ・・!」

 男たちがシオンたちを取り囲んで、憎悪の声を投げかけてきた。

「お前らバケモノが国や世界を動かすなんて、あってはならないこと!」

「ましてバケモノとの共存など愚の骨頂!」

「貴様を皮切りに、バケモノどもを根絶やしにしてくれる!」

 男たちが銃やナイフを取り出してシオンに迫る。するとシオンが沈痛さを浮かべて肩を落とす。

「暴力は辛さしか招かない・・それは人間だけの話でも言えること・・・」

「バケモノの貴様がそれを言うか!」

 呟きかけるシオンに怒号を放ち、男の1人が飛びかかりナイフを突き出してきた。だがシオンに当たる前にナイフが男の手から弾かれる。

「な、なぜ!?・・効かないだと・・!?

「怪物相手にそんなものが通じないことは、十分に分かっているはずなのに・・・」

 驚愕する男に、シオンが囁くように言いかける。

「そのために大勢の人間が手にかかったことを、忘れてはいないはず・・」

「おのれ・・撃て!すぐに撃て!」

 悲しみを噛みしめるシオンに対して、男たちが銃を発砲する。放たれた弾丸はシオンの直前で弾け飛んでいく。

「私はあなたたちが対峙している怪物を超える力があるのよ、私には・・」

「悪魔・・バケモノを超える、悪魔だ・・・!」

 低く告げるシオンに、男たちが畏怖を覚えて後ずさりしていく。

「これ以上は何もしないで、おとなしく引き上げて・・最後の忠告としておくわ・・」

 シオンが男たちに言いかけて、目つきを鋭くする。

「このまま・・このまま引き下がれるか!」

 ところが男たちはさらに発砲をしてきた。するとシオンが右腕を振りかざしてきた。

 次の瞬間、男たちが全員、体から鮮血をまき散らして昏倒した。シオンが発した力が彼らの命を奪ったのである。

「聞いてくれたら、何も起こらずに済んだのに・・・」

 平穏無事に済まなかった事態に、シオンは辛さを募らせる。

「とても辛い・・でも他のみんなのほうがもっと辛いはず・・だから、私がふさぎ込むわけにはいかない・・・」

 シオンが自分に言い聞かせて、込み上げてくる辛さを抑えようとする。

「みんなを辛さを取り除いて幸せにしてあげられるのは、世界で私だけ・・私しかいないのだから・・・」

 シオンは呟いてから1人歩き出す。命を手にかけてしまった罪を背に受けて、彼女はみんなを幸せにするための行動を続けるのだった。

 

 石化の中の抱擁を続けている昇と香澄。2人の心は快感の赴くままに、お互いを触れ合っていた。

 抱擁以外は何も考えられない。言葉どころか、意図して声を出すこともできないはずだった。

「・・・あ・・・」

 そのとき、香澄の口からかすかに声がもれてきた。しかしその瞬間に昇も、香澄自身も気づいていない。

 気づくことがないまま、昇と香澄が抱擁を続けていく。

「・・・あ・・・」

 今度は昇の口からかすかに声がもれた。しかしそれも2人は気づかない。

 昇と香澄はそのまま互いに触れ合って、心地よさを感じていく。

 そのとき、昇と香澄の目から涙が流れてきた。そのことにも2人は気づかない。

 しかし完全に快感で心を満たしているはずの2人に、かすかだが確実に変化が起こっていた。

 

 また新しく、少女を連れ込んで解放の石化を与えていたシオン。石化の進行とともに動揺と恍惚を募らせていく少女を見て、シオンは喜びを感じていた。

「そう・・このまま、この気分に身を委ねていけばいい・・・」

「私・・・私・・は・・・」

 微笑みかけるシオンに、少女が戸惑いを浮かべる。強い快感のため、少女は目から涙を、秘所から愛液をあふれさせていた。

「怖いはずなのに・・恥ずかしいはずなのに・・・全然、イヤな感じが・・・」

「あなたはもう怖いものやイヤなものに悩むことはない・・このままこのいい気分に浸っていればいい・・・」

 呟いていく少女に優しく囁くシオン。

「私・・・これで・・・いい・・・」

 込み上げてくる快感に身を委ねて、少女が微笑みかける。彼女はこのまま石化に包まれて、立ち尽くしたまま動かなくなった。

「これでまた1人、救われた・・幸せになれた・・・」

 シオンが少女を見つめて喜びと安心を感じていく。

「でもまだ・・辛い思いをしている人がたくさんいる・・・」

 シオンが笑みを消して、世界の状況を気にして辛さを覚える。

「みんなを救えるのは私だけ・・・」

 シオンは自分に言い聞かせて、屋敷から外に出た。

「見つけて、みんなと一緒に幸せを分かち合わせる・・・」

 辛さを抱えている人々を助けるため、シオンは歩き出す。自分の力でみんなを救えると、彼女は確信していた。

 

 

次回

第15話「幸福」

 

「誰かが辛い思いをしていたら、それは世界が幸せとは言えない・・・」

「本当の幸せの形を、私は見出した・・・」

「これが・・お前の・・・」

「あなたの・・・過去・・・」

 

 

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