ガルヴォルスEternal 第8話「感傷」
明良を失った香澄はすっかり落ち込んでしまっていた。気落ちしている彼女を、涼子も亮太も気にせずにいられなかった。
いつも通りに振る舞っているように見える香澄。しかし空元気なのは誰の目にも明らかなほどだった。
「あ、すみません!すみません!」
香澄がテーブルに水をこぼしてしまい、謝りながら慌てて拭いていた。彼女の様子を見て、涼子が気まずくなる。
「香澄ちゃん、ちょっと・・」
香澄が戻ってきたところで、涼子が呼びかけてきた。
「すみません、涼子さん・・」
すっかり平謝りの香澄に、涼子が苦笑いを見せる。
「働き続けで疲れが出てきたのかもしれないわね。今日はもう上がっていいよ。」
「いいえ、大丈夫です!まだやれます!」
言いかける涼子に香澄が意気込みを見せようとする。しかし涼子は首を横に振る。
「ムチャしないほうがいいわ、今は。今日は混雑していないし、私たちだけでも大丈夫よ。」
「涼子さん・・・はい・・今日はすみませんでした・・・」
涼子に言われて香澄が謝る。彼女は早退するしかなかった。
「今日休めば気分が落ち着いて、また元気でしっかりな香澄ちゃんになって戻ってくるよ・・」
香澄が元気になることを信じて、涼子は仕事に戻っていく。
この様子を気にも留めていない様子の昇。彼は明良や自衛隊のことを考えて、さらなる憎悪を感じていた。
(アイツらがいないことが、世の中のためなんだ・・何もしなくちゃ何も変わらないから、オレがやるしかない・・・!)
明良の企みを思い出して、昇は頑なに自分の意思を貫こうとしていた。
ポニテを早退した香澄は、元気なく道を歩いていく。彼女は家には向かわず、寄り道をしていた。
(明良・・バケモノのいない世界を心から望んでいたのに・・私は、あなたを守れなかった・・・)
明良の死を思い出して、香澄が涙を流していく。彼女は明良を志を同じくする大切な仲間だと思っていた。
(早く・・早くバケモノを倒さないと・・明良みたいな人を増やしたらいけない・・・)
怪物を倒すことをひたすら自分に言い聞かせる香澄。しかし考えれば考えるほどに、彼女は辛さを募らせていた。
(また、バケモノを見つけて叩きつぶさないと・・・)
怪物の打倒という信念に突き動かされるように、香澄が歩き出していく。だが彼女は目の前さえもきちんと見ておらず、信号が赤になった横断歩道に足を踏み入れようとした。
「おいっ!」
そのとき、香澄が呼びかけられて腕を引っ張られる。その弾みで彼女は我に返った。
「あっ・・ご、ごめんなさ・・!」
動揺して謝ろうとした香澄。そこで彼女は昇の姿を目にした。
「あなたは・・昇くん・・・」
「ったく・・オレの目の前でそういうのやらされると迷惑なんだよ・・」
当惑を見せる香澄に、昇が憮然とした態度で言いかける。
「ありがとう・・ごめん・・危ないことして・・」
「謝ってほしいんじゃない・・こういうのは、オレが見てないとこでやってくれ・・」
謝意を見せる香澄に冷たく言うと、昇は歩き出していく。
「あ、ちょっと待って・・!」
香澄が慌てて昇を追いかけていく。彼女に気付いた昇が、足を止めてため息をつく。
「もうオレに構うな・・オレは関わりを持ちたくねぇんだよ・・」
「昇・・どうして、そんなに1人になろうとするの・・・?」
「誰かと関わったってロクなことがない。そう思い知らされたんだよ・・」
「ロクなことがないって・・・」
孤立しようとする昇に香澄は困惑する。彼女は1人になることの辛さを痛感していた。
「1人でいるほうがロクなことがないよ・・家族や友達、大切な人がいなくなるのは、とっても辛いこと・・・」
香澄が口にした言葉を耳にして、昇が眉をひそめる。
「お前、何かあったのか・・・?」
昇に問いかけられるが、香澄は口ごもって答えることができない。
「まぁいい・・言いたくないことは誰にでもあるもんだ・・オレもな・・」
「昇・・そうだね・・言いたくないのに無理やり言わされても、ね・・・」
昇が口にした言葉を聞いて、香澄はただただ頷くしかなかった。
「なら話は終わりだ・・気にすることなんてない・・お前もオレも・・」
「でも、やっぱり気にするよ・・1人じゃ辛くなって当然・・」
「勝手に決めるな・・オレのことを勝手に決めるな!」
諦めきれない香澄に憤り、昇が怒鳴る。感情をあらわにする彼に、香澄がまた言葉を詰まらせる。
「他のヤツのことまで勝手に決めつけて、それが正しいものにしている・・ああいう連中がいるから、世の中はよくなるどころか腐っていくんだよ・・・!」
「昇・・・私と、似ているかもしれない・・・」
今の世界への憤りを口にする昇に、香澄が共感を覚える。
「私も憎んでいるものがある・・自分の目的のために、他人を平気で傷つけるヤツ・・」
「お前も・・・?」
香澄が口にした言葉を聞いて、昇が眉をひそめる。彼が振り返って香澄に目を向ける。
「そんな連中のせいで、私は何もかも失った・・全てを奪ったアイツらを、どうしても許せない・・」
「お前も、大切な人を失った・・・」
「もしかして、昇も、何かを失って・・・」
当惑を覚える昇に、香澄は戸惑いを募らせる。
「オレは父親を失った・・身勝手な連中が身勝手なやり口で、自分が犯した罪をなかったことにした・・そんなヤツらがいい気になってる世の中は、マジで居心地が悪い・・」
「昇・・そうだよね・・許せない相手がいつまでもいい気になっていたら、どうしても我慢できなくなるよね・・」
昇の言葉に香澄が同意して頷く。
「身勝手なアイツらがいなくなれば、人間がみんな平和でいられる・・・」
「人間・・人間自体いれば丸く収まるわけじゃない・・・」
切実に言う香澄だが、昇は不満を感じていた。
「身勝手なのは今、国や世界を好き勝手に動かしている連中だ。明らかに間違っていることを正しいことだと言い張って押し付けて、思い上がって・・・!」
「でも人間なら、本当の人間なら、必ず分かり合えるものだよ・・」
「本当の人間?・・本当の人間って、何だっていうんだ・・・」
「それは・・・」
昇に冷淡に言われて、香澄が口ごもる。昇は憤りを抱えたまま、ビルが立ち並んでいるほうに目を向ける。
「好き勝手にやっている上に、自分たちだけ安全なところにいていい気になっている・・それが今の世の中なんだよ・・」
「でも、同じ人間なんだから分かり合える・・信じてもいい人たちだよ・・」
「自分勝手な連中に期待したって、何にもならない・・ヤツらはオレたちの言うことをまるで聞きゃしないんだから・・」
人間を信じようとしない昇に、香澄は困惑していた。
「お前は人間を信じようとしてるけど、オレはそいつらの中に、消えるべきヤツらがいることを知っている・・・」
人間への怒りを口にして、昇は歩き出していく。
「昇・・・」
頑なな意思を示す昇に、香澄は胸を痛めていた。
(人間は悪くないよ・・悪いのは、人間を苦しめる怪物のほう・・)
彼女は心の中で怪物への憎悪と、昇への心配を膨らませていた。
香澄と別れた昇も、人間への憎悪を募らせていた。
(思い上がっているゴミクズは、もうぶちのめすしかない・・ヤツらは何を言っても聞こうともしない・・もう死ぬ以外にない・・・)
身勝手な人間への憎悪を噛みしめて、昇が両手を強く握りしめていく。
そのとき、昇の視界に演説をしている議員の姿が入ってきた。彼は怪物撲滅を力説していた。
「アイツら・・・!」
議員に怒りを覚えた昇の頬に、異様な紋様が浮かび上がる。彼は龍の怪物になって、人前に飛び出した。
「うわあっ!バケモノ!」
「に、逃げろ!」
周りにいた人々が悲鳴を上げて逃げ出していく。
「は、早く出せ!」
議員が運転手に慌てて呼びかける。彼らを乗せたワゴンが走り出すが、前に出てきた昇が出した足に止められる。
「構わん!突き飛ばせ!バケモノ相手ならやっても問われない!」
議員が呼びかけて、運転手が昇を押し込もうとした。しかし昇の力に逆に押されて、車が転倒する。
「くっ・・おのれ、バケモノ・・・!」
議員が車から這い出て、さらに逃げようとする。その前に昇が立ちふさがってきた。
「バケモノが・・バケモノが!」
議員が護身用に持っていた拳銃を取り出して、昇に向かって発砲した。しかし銃弾を受けても、昇は平然としていた。
「貴様たちバケモノが世間に恐怖を与える!絶望の塊なんだよ!」
「自分たちの愚かさを棚に上げて、自分たちが邪魔にしてるヤツを追い込んで苦しめて、自分たちは正しいだと言い張って思い上がって・・・!」
悲鳴のように言い放つ議員に対して、昇が憤りを募らせていく。
「ゴミクズはどこまで行ってもゴミクズなのかよ、お前らは!?」
昇が怒号を放って、議員に向かって右足を振り上げた。蹴りを顔に受けて、議員が大きく横転していく。
蹴られた衝撃で首の骨が折れて、議員は即死した。それでも怒りを抑えきれず、昇は両手を強く握りしめていた。
昇と別れた香澄は、苦悩をさらに深めていた。人間の安全と平和に対して昇が憤っていることに、香澄は複雑な気分を感じていた。
(昇・・人間は悪くない・・みんないい人だよ・・涼子さんも亮太さんも、明良だって・・・)
人間を信じている香澄は、昇の憤りにどうしても納得ができなかった。
「こんなところを歩いていたか。」
小道を通っている香澄が、声をかけられて足を止める。彼女の前に現れたのはチーターの怪物となる男だった。
「お前はこの前の・・・!」
香澄が男を見て、目つきを鋭くする。
「警察も自衛隊も、オレを止めることも追いつくこともできない。」
言いかける男の頬に紋様が走る。
「ひ弱な人間たちに味方するお前も、オレに勝つことはできない。」
男がチーターの怪物になって香澄を見据える。すると香澄が憤りをあらわにしてきた。
「強いとか弱いとかじゃない・・愚かなお前たちバケモノは、この手で滅ぼす!」
香澄も死神の怪物へと変化して、怪物に向かっていく。彼女が繰り出した拳を、怪物は素早くうごいてかわす。
「何度やってもムダだ。オレを捉えることはできない。」
怪物が香澄に言いかけて嘲笑してくる。彼の態度が香澄の感情を逆撫でする。
「自分の目的のために行動し、時に邪魔だと思ったものを排除する。それに人間もその進化も同じだが?」
「違う!私はお前たちとは違う!」
「違わないさ。お前もオレと同じなのだから。」
「違うと言っている!」
男が投げかける言葉をはねつける香澄。彼女の拳が怪物を外れて、地面に叩きつけられる。
「体がお前たちと同じだとしても、心はお前たちとは違う・・心が違えば、お前たちと同じじゃない!」
「勝手な言い草だな。あくまで違うと言い張るか・・」
鋭く睨みつけてくる香澄に、怪物は呆れ果てる。
「オレに倒されても、このまま己を貫き通しても、お前の望みどおりになることはない。どちらにもなれない半端者として、地獄に落ちるしかない・・」
怪物が目つきを鋭くして、香澄に向かってゆっくりと前進していく。
「私は死なない・・地獄に行くつもりもない・・・!」
香澄が言いかけて、死神の鎌を手にして構える。
「お前たちを滅ぼすことが、間違いであるはずがない!」
香澄が飛びかかり、怪物に向けて鎌を振りかざす。だが素早く動く怪物にかわされる。
「何度同じ手を使ってくるのか・・」
怪物がため息をついて、香澄に一気に詰め寄る。彼は爪を振りかざして、香澄の体を切りつけていく。
「ぐっ!」
体に切り傷を付けられて、香澄が顔を歪める。さらに腕も傷をつけられて、彼女は持っていた鎌を落としてしまう。
「これで終わりだ。最後は力を入れて喉を潰してやる。」
怪物が右手を構えて、消耗している香澄に迫る。
「私は死ねない・・人間のために・・この世界のために・・・!」
声と力を振り絞って、香澄が両手を握りしめる。彼女の体からあふれてきている血が地面に飛び散っていく。
「明良のためにも!」
香澄が目を見開いて、怪物に向かって拳を振りかざす。
「バカのひとつ覚えだな・・」
怪物が呆れ果てて、香澄の拳をかわしてみせる。
「終わりだ。」
「私はまだ死ぬわけにはいかない!」
怪物が目つきを鋭くした瞬間、香澄が外された拳をそのまま振りかざしていく。この拳の圧力が竜巻のような突風を巻き起こした。
「何っ!?」
思わぬ衝撃に怪物が目を見開く。香澄は強引に怪物に拳をぶつけた。
「ぐっ!」
重みのある一撃を受けて、怪物が跳ね上げられて、そのまま地面に落ちる。
(攻撃力はすさまじい・・単純に動きが直線的だったというだけ・・・!)
怪物が激痛に苦しみながら、胸中で焦りを膨らませていく。
(食らったら確実にやられる・・回避行動を取らないと・・!)
怪物が立ち上がり、向かってくる香澄に目を向ける。彼女が再び繰り出した拳をかわそうとする怪物だが、体勢を崩して倒れる。
「攻撃を受けたダメージが・・!」
思っていたよりもダメージが大きいことに気付き、怪物が毒づく。体が思うように動かず、結果スピードを上げることができない。
「お前たちは、絶対に逃がさない!」
香澄が鎌を拾って、怪物に向かって振りかざす。持てる全力を出して回避する怪物だが、左腕を鎌で切り裂かれた。
「ぐあぁっ!」
左腕を失い、怪物が絶叫を上げる。香澄がさらに鎌を構えて、怪物を鋭く見据える。
「今度こそ終わりなのは、お前のほう・・!」
香澄が怪物に鎌を振り下ろす。鎌が怪物の首をはねて、命を奪った。
“オレに倒されても、このまま己を貫き通しても、お前の望みどおりになることはない。どちらにもなれない半端者として、地獄に落ちるしかない・・”
香澄の脳裏に怪物の言葉がよぎってくる。その言葉が彼女をいら立たせる。
(私は地獄に落ちない・・ハンパにもならない・・・!)
香澄が心の中で強く言い聞かせていく。人の姿に戻った彼女の前で、事切れた怪物の体が崩壊を引き起こした。
(怪物がいなくなることがみんなが守られることになる・・それが間違っているなんて、ありえない・・・)
怪物への憎悪と頑なな意思を強めて、香澄は歩き出す。
(きっと・・きっと昇も分かってくれる・・人間のよさを・・・)
昇も人間がいい存在だと分かってくれるときが来ると、香澄は信じていた。国や世界を動かしているその人間に強い憎悪を向けている昇が、分かり合おうとわずかも思っていないことを、香澄は思いもしていなかった。
自分勝手な人間への憎悪を募らせる昇。彼は林道からビル地帯を見つめていた。
(世の中は自分たちが正しいと思い上がっているゴミクズたちのいいようになっている・・しかも、他のヤツはそのことを何とも思っていない・・・)
昇は人間への憎悪を募らせて、手を握りしめていく。
(ホントの地獄は、許せないヤツの言いなりになったり、ほったらかしにすること・・・)
彼はその人間を無関心などで何の手も打たない他の人間にも憎悪していた。
(オレは絶対に野放しにしない・・必ずヤツらを叩きつぶす・・・!)
自分を陥れる人間を滅ぼすことを改めて心に誓い、昇は歩き出していった。
次回
「いつまでもオレに付きまといやがって・・・!」
「みんな誰もが、幸せでいられたらいいのにね・・」
「お前たちが、私の全てを壊した!」
「今度こそ、お前たちを仕留める!」