ガルヴォルス
-End of Absurb-
第6章

 

 

 カノンを連れてハヤトとギルから離れていくアイリとあかり。少し走ったところで、アイリたちは1度足を止めた。
「あの人は何なの・・あなたはいったい・・・!?」
 アイリがカノンに疑問を投げかける。
「分からないです・・いきなり現れて、私のことを・・・でも・・・」
 カノンが不安を募らせながら答える。
「あの人、私のことを知っていた・・トウガさんのように・・・」
「トウガさんって・・もしかして・・・!?」
 カノンが口にした言葉を聞いて、アイリが動揺を覚える。
「トウガさんのこと、知っているんですか・・・!?」
「うん・・ちょっと会っただけですけど・・・」
 声を上げるカノンに、アイリは落ち着きを取り戻しながら答える。
「私、実は・・記憶がないんです・・名前は、トウガさんに教えてもらって・・・」
「記憶がないって・・それって、すっごく大変なことじゃ・・・!」
 自分のことを話すカノンに、あかりが動揺を浮かべる。
「トウガさんは私のことを知っていると思います・・でも詳しく話してくれません・・私のことを気遣ってのことでしょうけど・・・」
「トウガさんが・・・」
 カノンの話を聞いて、アイリが困惑していく。トウガもカノンも深く重いものを抱えているのだと、アイリは痛感していた。
「とにかく、今はここを離れたほうがよさそうね・・きっとこの暗闇から出ないと、あの人から逃げ切ることはできないと思うから・・」
 アイリが口にした言葉に、あかりもカノンも小さく頷いた。彼女たちは再び走り出した。
 カノンを狙ったギルの前に立ちふさがったハヤト。彼はドラゴンガルヴォルスとなって、ギルに飛びかかる。
 ギルは自分が展開した闇を操り、ハヤトが繰り出した拳を防ぐ。ハヤトが立て続けに攻撃を繰り出すが、ギルの闇に阻まれる。
「速く重い攻撃だな。だがオレに対処できないほどではない。」
 ギルは不敵な笑みを浮かべて、闇を伸ばす。闇が触手のようにハヤトの腕と足に巻きついた。
「ぐっ!・・動けない・・!」
「オレの闇は頑丈でな。ガルヴォルスでも簡単には破れないぞ。」
 もがくハヤトにギルが不敵な笑みを見せる。
「オレはただ相手を倒すよりも、そいつに地獄以上の苦痛を味わわせるほうが効果的だと思っている。」
 ギルは自分の考えを告げて、ハヤトから視線を移す。
「お前も味わうといい。家族や仲間、大切な人を失う絶望を・・」
「お前・・アイリたちに手を出すつもりかよ!?お前の相手はオレだろうが!」
 アイリを追いかけるギルに、ハヤトが怒号を放つ。
「お前はオレの闇から出ることはできない。そこでおとなしく見ているといい。」
「ふざけるな!アイリたちに手は出させないぞ!」
 笑みをこぼすギルに憤りを覚えるハヤト。しかしギルの闇の触手から抜け出すことができない。
「言ったはずだ。ガルヴォルスでも簡単に破れないと。」
「こんなことで・・オレがじっとなんてしてられるか!」
 ギルの言葉をはねつけて、ハヤトが全身に力を込める。彼の体から紅いオーラが霧のようにあふれ出す。
 力を高めたハヤトが強引に闇の触手を引きちぎった。
「何っ・・!?」
 自分の闇がまたも破られたことに驚愕するギル。闇の触手から抜けたハヤトが、ギルに鋭い視線を向ける。
「好き勝手な考えで、アイリたちをいいようにされてたまるかよ!」
 ハヤトが言い放って、ギルに向かって飛びかかる。スピードの上がったハヤトの拳を顔に受けて、ギルが大きく押される。
「さっきよりも力が格段に上がっている・・お前もアイツと同じタイプのようだな・・」
「アイツ・・・!?」
 ギルが呟いた言葉を耳にして、ハヤトが眉をひそめる。
「お前も野放しにするわけにはいかないな・・・!」
 目つきを鋭くしたギルの頬に異様な紋様が浮かび上がる。彼の姿が漆黒の人型に変わった。
「本気になってきたか・・アイリたちを守るために、お前はここで倒させてもらう!」
「オレは倒れはしない。オレが世界を動かしているのだからな。」
 激情を募らせて言い放つハヤトに、ギルが不敵な笑みを見せる。
「いつまでもいい気になるんじゃない!」
 ハヤトが激高して、ギルにまた拳を振りかざす。ギルは軟体動物のように体を変形させて、ハヤトの攻撃をかわす。
「な、なんてヤツだ・・!」
「オレは闇のように体を自由自在にできる。オレに簡単に攻撃を当てることはできないぞ。」
 緊張を覚えるハヤトに、ギルが自分の能力を語る。
「だったらよけられない攻撃を当てるだけだ!」
 ハヤトが全身に力を込めて、地面に拳を叩きつけた。拳の衝撃が周辺に、そしてギルに襲い掛かる。
 ギルが衝撃に押されて、倒れて転がっていく。
「こんな小細工で倒せるほど、オレはやわでは・・!」
 声を上げて立ち上がったギル。そこへハヤトが飛び込み、具現化した剣を振り下ろしてきた。
「ぐっ!」
 とっさに地面の闇に溶け込もうとしたギルだが、左肩をかすかに切られた。
「こんな隠れ方までするのかよ・・・!」
 闇の中に消えたギルに毒づき、ハヤトが周りを見回して彼を探す。
「まさかアイツ、このままアイリたちのところに・・!?」
 一抹の不安を覚えたハヤトが、アイリたちのところへ急いだ。
 カノンを連れて闇から抜け出ようとするアイリとあかり。しかしどこまで走っても彼女たちは闇から抜け出せない。
「おかしいよ~!これだけ動いて誰とも会わないなんて~!」
 あかりが不安を膨らませて、頭を抱えて悲鳴を上げる。
「もしかして、あの人の力なんじゃ・・・!?」
 アイリがギルの力に囚われていることを痛感した。
「そういうことだ。」
 そのとき、彼女たちのいる地面からギルが姿を現した。
「あなた!?」
「ハヤトくんは!?ハヤトくんはどうしたの!?」
 アイリとあかりが驚愕の声を上げる。その彼女たちにギルが不敵な笑みを見せる。
「お前たちを追い込むことで、アイツの地獄になるからな。まずはお前からだ。」
 ギルがアイリに向けて手を伸ばす。アイリがギルの手を振り払おうとするが、胸ぐらをつかまれて持ち上げられてしまう。
 そのとき、カノンの心の中に1つの光景がよぎった。それは彼女がギルに襲われ犯される瞬間。彼女が失っていた記憶の1つ。絶望の瞬間だった。
「イヤ・・・あなた・・あなたは・・・!?」
 一気に絶望を膨らませて、カノンが体を震わせる。
「来ないで・・やめて・・私たちにもう、何もしないで・・・!」
「カノンさん!?」
 恐怖するカノンにあかりがさらに驚く。アイリがギルに地面に押し付けられて、彼にさらに左手を伸ばされる。
「やめて!もうそんなことしないで!」
 悲鳴を上げるカノンの頬に紋様が走る。
「カ、カノンさん・・・!?」
 異変を起こしたカノンを横目に見て、アイリも驚愕する。カノンの姿が異形のものへと変わり、背中から翼を広げた。
「お前、ガルヴォルスの力を再び使えるようになったのか・・・!?」
 ギルもカノンを目にして驚きの声を上げる。
「やめて・・これ以上私たちにひどいことをしないで・・・!」
 カノンが目つきを鋭くして、背中の翼をはばたかせる。彼女から放たれた衝撃波が、ギルを強く吹き飛ばした。
 自分の眼前を衝撃が駆け抜けたことに、アイリが目を見開いたまま動けなくなる。
「ア・・アイリちゃん!」
 あかりがアイリに駆け寄って支える。
「アイリちゃん、大丈夫!?しっかりして!」
「・・・あ・・あかり・・・!」
 あかりに呼びかけられて、アイリが我に返る。
「アイリ・・・立てる・・・!?」
「う、うん・・でも、カノンさん・・・!」
 あかりの声に答えて、アイリがカノンに目を向ける。エンジェルガルヴォルスとなったカノンを目の当たりにして、アイリもあかりも緊迫を隠せなかった。
(カノンさんも怪物だった・・・でも、ハヤトと同じように、人の心が消えていないはず・・・!)
 カノンがガルヴォルスだったことを知って驚くも、アイリはカノンのことを信じた。
「これ以上私たちに関わらないで・・私たちに何もしないで・・・!」
「まさかオレのやり方が、華原カノンの心を刺激するとはな・・・!」
 鋭く言いかけるカノンにギルが毒づく。カノンの激情が具現化したかのように、彼女の体から荒々しい衝撃が巻き起こっていた。
「だがお前が崎山トウガの心の支えであることに変わりはない・・オレの目的のために、お前を・・!」
「来ないで!」
 迫るギルに怒号とともに衝撃波を放つカノン。ギルが体に切り傷を付けられて、衝撃波に押される。
「この力・・トウガやハヤトに迫る勢いだ・・・!」
 ギルがカノンの底力に毒づく。カノンが全身から力をあふれさせて、ギルに鋭い視線を向ける。
「これ以上、私たちに何もさせない・・・!」
 敵意を向けるカノンを、ギルが強く警戒する。
「アイリ!あかり!」
 そこへハヤトが駆けつけて、アイリたちと合流した。
「2人とも大丈夫か!?・・・また、ガルヴォルスが・・・!?」
 アイリたちに心配の声をかけたところで、ハヤトは巨大な力を発揮するカノンを目の当たりにする。
「待って、ハヤト!その人は、カノンさんよ!」
「何っ!?」
 アイリが口にした言葉に、ハヤトが驚愕を覚える。カノンの殺気に気圧されて、ギルは後ろに下がっていく。
「これではオレが敗北を喫するのは必至・・退くしかないようだな・・・!」
 危機感を覚えたギルは、自ら出した闇の中に姿を消した。その直後、彼が広げていた闇が消えて、元の通りの景色に戻った。
「助かったの・・あたしたち・・・!?」
 あかりが周りを見回して動揺を浮かべる。ハヤトが緊張を抱えたまま、カノンにゆっくりと振り返る。
「カノンさん・・あなた・・・!」
 ハヤトが声をかけたところで、カノンが我に返って自分の姿を確かめた。
「わ・・私・・どうしてこんな姿に・・・!?」
「もしかしてカノンさん、その姿になることも忘れていた・・・!?」
 困惑しているカノンに、アイリが疑問を投げかける。この言葉を聞いて、カノンはさらに苦悩する。
「私も・・怪物に!?・・私も・・記憶を失う前は・・誰かを殺して・・弄んで・・・!」
「それは違うわ!あなたは人殺しじゃない!」
 自分自身に恐怖するカノンに、アイリが声を張り上げて呼びかける。彼女の呼び声にカノンが戸惑いを覚える。
「あなたはハヤトとトウガさんと同じ!自分だけが満足するために力を使っていない!」
「トウガさん・・・トウガさんと同じ・・私が・・・!」
 励ましの言葉を投げかけるアイリだが、カノンは困惑を募らせていく。
「落ち着けって・・もうアイツはいないし、オレだって・・・!」
 ハヤトもカノンに呼びかけて、ガルヴォルスから人の姿に戻った。
「ハヤトさん・・・私・・・」
 徐々に落ち着きを取り戻していくカノンも、人の姿に戻る。
「カノンさん、トウガのところに行こう・・アイツなら、あなたのことを分かっているはずだから・・」
 ハヤトがカノンをトウガのところへ連れて行こうと提案した。
 そのとき、ハヤトとカノンは強い気配を感じて、緊迫を覚える。ガルヴォルスの力を思い出したことで、カノンも気配を感じ取れるようになっていた。
「この感じ・・また強い怪物が、ここに・・・!?」
「いや、この感じ・・間違いない・・・!」
 カノンが不安を口にして、ハヤトが言いかけて振り返る。彼らの前に駆けつけたのはトウガだった。
「トウガ・・・!」
「トウガさん・・・!」
 ハヤトとカノンがトウガに向けて声をかける。するとトウガがカノンに駆け寄ってきた。
「カノン!大丈夫か、カノン!?何で外へ出たんだ!?」
「トウガさん・・私、トウガさんが心配で・・・!」
 心配の声をかけるトウガに、カノンが戸惑いを浮かべながら答える。
「危険なヤツが狙ってるかもしれねぇのに・・・!」
「ごめんなさい・・私、どうしても自分のことが知りたくて・・・」
 歯がゆさを見せるトウガに、カノンが謝る。彼女の思いを知って、トウガが困惑を覚える。
(そこまで思いつめてるのか・・だけどダメだ・・知ったらカノンは、またあの絶望を思い出してしまう・・・!)
 カノンが抱えている絶望の記憶まで思い出してしまうことを恐れて、トウガが息をのむ。
「トウガさん・・・」
 カノンが声をかけるが、トウガは困惑を募らせていて答えない。
「トウガ・・カノンさんのこと任せていいか・・・?」
 ハヤトがトウガに向けて言いかける。するとトウガがハヤトに鋭い視線を向けてきた。
「カノンに近づくな・・これ以上カノンに、イヤな思いをさせるな・・・!」
 トウガがカノンを抱えて、ハヤトに敵意を向ける。
「ちょっと待て!オレたちは別に・・!」
 ハヤトが言いかけるが、トウガはビーストガルヴォルスになる。
「オレとカノンに手を出そうとするヤツらは、必ず叩きつぶす!」
「だから待てって!」
 ハヤトが呼び止めるが、トウガは怒りをむき出しにして飛びかかる。
「アイリ、あかり、離れろ!」
 ハヤトがアイリたちに呼びかけて、ドラゴンガルヴォルスとなってトウガの拳を受け止める。トウガの力に押されて、ハヤトが顔を歪める。
「落ち着け、トウガ!オレたちはカノンさんを助けただけ・・!」
「何度も言わせるな!オレたちの邪魔をするヤツも容赦しねぇと!」
 ハヤトの声を聞かずに、トウガが怒号を放って攻め立てる。
「待って、トウガ!この人たちは本当に私を助けてくれただけなんです!」
 カノンもトウガに必死に呼びかける。しかしトウガはハヤトへの攻撃をやめない。
「ぐっ!」
 ハヤトがトウガに突き飛ばされてしりもちをつく。すぐに起き上がろうとするハヤトの前に、トウガが立ちはだかる。
「オレは敵は全て叩きつぶす・・そうしなければ、オレたちがムチャクチャにされる・・・!」
「やめろって、トウガ・・カノンさんの声を聞けって・・・!」
 敵意をむき出しにするトウガに、ハヤトが声を振り絞る。
「本当です、トウガさん!ハヤトさんたちは、悪い人から私を助けてくれたんです!」
 カノンも必死の思いでトウガに呼びかける。
「コイツはオレの邪魔をするヤツだ!叩きつぶさねぇと、オレたちがムチャクチャになっちまう!」
「ムチャクチャになんてならない!」
 ハヤトに拳を繰り出そうとするトウガを、カノンが飛びついて止める。
「信じて、トウガさん!ハヤトさんたちを!」
 カノンが強く抱きしめて、トウガを引き留める。カノンはトウガを放すまいと必死の思いだった。
「何でだ・・このまま野放しにすれば、イヤな思いをするのはオレとおめぇなんだぞ!」
「トウガさんこそ、どうして信じようとしないの!?助けてくれた人ぐらい、信じてもいいじゃない!たとえ騙してきたとしても!」
「信じても救われたりしない!ゴミクズどもはその気持ちを利用して、オレたちを陥れる材料にするだけだ!そんな連中を信じても、何もいいことはない!」
「それでも信じて!誰も信じないなんて、そんなの辛すぎるよ!」
 意思を頑なにするトウガに、カノンがひたすら呼びかける。
「ゴミクズどもは自分たちさえよければそれでいいと思い上がっている・・野放しにするだけでも、世の中が腐っていく・・叩きつぶさきゃ、オレたちはみんな終わりだ・・・!」
「いい人もみんな、そのために殺すの・・・!?」
「オレたちの邪魔やゴミクズどもの味方をするヤツはオレたちの敵だ・・オレは容赦するつもりはねぇ・・・!」
「私にも、容赦しないの・・・!?」
「カノンは違う!・・カノンは、あるべき人の見本を示してくれてる!おめぇみてぇなのが増えてってくれたら、世の中よくなる・・!」
「私だけじゃない・・心優しい人は・・自分勝手な人ばかりじゃない・・・!」
 自分の怒りを貫こうとするトウガに、カノンが想いを伝える。彼女は視線をハヤトたちに移す。
「ハヤトさんは悪い人じゃない・・多分、トウガさんと同じものを抱えている・・・」
「コイツが・・・!?」
 ハヤトのことを信じるカノンの言葉を聞いて、トウガが眉をひそめる。ハヤトがゆっくりと立ち上がり、2人とじっと見ていた。
「たとえオレと同じでも、邪魔をしてくるなら、オレは・・・!」
 それでもトウガは自分の意思を貫こうとする。意思を曲げることは不条理を受け入れることになりかねないと、彼は思っている。
「カノン、戻るぞ・・戻らないと危ない・・・!」
 トウガがハヤトへの攻撃をやめて、きびすを返して歩き出す。
「トウガ・・・」
 彼の後ろ姿を見て、カノンが戸惑いを募らせる。
「ハヤトさん、アイリさん、あかりさん、助けてくれてありがとうございました・・では・・」
 カノンはハヤトたちに一礼すると、トウガを追って走っていった。
「カノンさん・・・トウガさん・・・」
 トウガとカノンのことを気に掛けて、アイリは困惑していた。
 ハヤトとカノンに撃退されて、ギルは気まずさを感じていた。
(崎山トウガと竜崎ハヤト、さらに華原カノン・・厄介事が増えるばかりだな・・)
 危機感と歯がゆさを噛みしめて、ギルがため息をつく。
(だがトウガとハヤトの仲はいいとは言えない。近いうちに衝突することになる・・)
 1つの目論みを思いついて、ギルが笑みをこぼす。
(その瞬間を待つことにしよう。あの2人は追い込んでも意味がない。消耗したところを直接叩く・・)
 自分の打つ手を見出して、ギルはその瞬間を見定めるべく、ハヤトとトウガの動向をうかがうことにした。
 カノンを連れて別の人気のない林の中に来たトウガ。ハヤトにとどめを刺さなかったトウガだが、彼と分かち合おうとしなかった。
 信じても裏切られる。それすらも敵は利用して踏みにじってくる。だから倒すしかないと、トウガは思い続けていた。
「ゴミクズどもを滅ぼさなければ、世の中はよくならねぇ・・オレたちとアイツらは絶対に一緒にはいられねぇ・・・」
「トウガさん・・・」
 自分の頑なな意思を口にするトウガに、カノンが困惑する。
「私のためなのですか?・・私の、思い出せない記憶のために・・・」
「カノン・・それは違う・・それは・・・!」
 カノンが口にした言葉を聞いて、トウガが感情を揺さぶられる。
「教えて、トウガ・・記憶を失う前の私に、何があったのか・・・?」
「それはダメだ・・言ったらおめぇ、あのイヤなことまで思い出しちまう・・・!」
 頼み込むカノンだが、トウガは話そうとしない。彼は話したことでカノンが絶望の瞬間を思い出してしまうことを恐れていた。
「たとえ普通なら耐えられない怖い体験を思い出すことになるとしても、トウガがいるなら乗り越えられる・・トウガがいつものように、私を支えてくれるように・・・」
「カノン・・・!」
 覚悟と信頼を見せるカノンに、トウガが戸惑いを感じていく。今は自分よりカノンのほうが精神が強くなっていると、トウガは思っていた。
「さっき、あのギルってヤツに会ったな・・」
 トウガが話を切り出して、カノンが小さく頷く。
「カノンはアイツに、体を弄ばれて、ムチャクチャにされたんだよ・・そのときにおめぇは記憶を失って・・・!」
 トウガが話をしていくと、カノンが目を見開く。彼女の脳裏に様々なビジョンがよぎってくる。
「わ・・私・・・あのとき・・・!」
「カノン・・おい・・・!」
 頭を抱えて震えだすカノンに、トウガが声を荒げる。
「イヤ・・やめて・・来ないで・・・!」
「カノン、おめぇ・・・!」
 怯えるカノンを目の当たりにして、トウガが困惑する。
(思い出してきてる・・あのときのことを思い出して、また怖い気持ちが膨らんできてる・・・!)
 カノンの心境を察して、トウガが緊迫を募らせる。
「カノン・・もういい!ムリに思い出すんじゃねぇ!」
 トウガがカノンに近寄って、声を荒げて呼びかける。
「助けて・・やめて・・そんなことしないで・・!」
「カノン、オレだ!オレはそばにいる!おめぇに何かしてくるヤツがいるなら、オレが全部叩きつぶしてやる!」
 震えるカノンの体をトウガが抱きしめる。彼からの抱擁を受けて、カノンが戸惑いを感じていく。
「おめぇはオレが守る!だから考えるな!イヤなことは考えなくていい!」
「トウガさん・・・私・・・!」
 必死に呼びかけるトウガの声を耳にして、カノンの心が揺れる。
「オレのそばにいてくれ、カノン!オレは絶対に、おめぇと離れたくはねぇんだ!」
 トウガが叫んだこの言葉に、カノンは心を打たれる。彼女もトウガにすがりつくように抱きしめた。
「トウガ!・・トウガが、私を悪いものから引きずり出してくれる・・私のことを支えてくれる・・・」
「カノン・・オレはここだ・・ここにいる・・オレはおめぇのそばにいる・・・!」
 だんだんと恐怖や絶望を和らげていくカノンに、トウガが思いを伝える。2人とも互いを放すまいと必死の思いになっていた。
「ホントはこれからもオレの戦いに巻き込みたくねぇとこだけど、カノンが望むなら・・・」
「トウガ・・トウガと一緒なら、どんな危険なところでも怖くない・・勇気が持てる・・・」
 思いを汲み取ろうとするトウガに、カノンが寄り添っていく。微笑んだ彼女はトウガに全てを預けようとしていた。
「トウガだったら、奥までのぞかれても構わない・・・」
「カノン・・・でも、それだとおめぇが・・・」
「トウガなら受け入れられる・・トウガなら・・」
 当惑を見せるトウガに、カノンが微笑んで身を委ねる。
「分かった・・もう1度、カノンと・・・」
 トウガが微笑んで、カノンと口付けを交わした。トウガもカノンもこの口付けに心地よさと一緒に、懐かしさを感じていた。
(この感じ・・これも、失っていた記憶の中にあったのかも・・・)
(この気分・・久しぶりな気がする・・オレが思ってる以上に、昔のことだった気がする・・・)
 カノンとトウガが心の中で口付けの感覚を確かめていく。2人は恍惚を堪能して、ゆっくりと唇を離した。
「カノン・・・オレ・・・オレは・・・!」
 戸惑いを見せるトウガの前で、カノンは自分の服を自ら脱いだ。両手を広げる彼女に、トウガは気を落ち着けてから寄り添った。
 カノンがトラウマになっていると思い、彼女との抱擁をしなかったトウガ。彼は思いを受け取ったことで、その抑制を解いた。
 トウガも服を脱いで、カノンとの抱擁を深めた。2人の交わりは成功へと及んだ。
(怖くない・・体の中にまで入られているけど、トウガさんだから、イヤな感じがしない・・・)
 ギルに犯された恐怖に絶望を感じていたカノンだが、トウガは素直に受け入れられると実感していた。
「カノン・・・オレ・・このまま・・・!」
「いいよ・・トウガ・・もっと・・もっとやって・・・」
 動揺を見せるトウガを、カノンが快く受け入れようとする。
(カノン・・記憶をなくす前から、おめぇはオレを受け止めようとしてくれてた・・オレを支えようとしてくれてた・・・)
 あくまで受け入れようとしてくれるカノンに、トウガは安らぎを感じていた。彼は改めて、カノンが心の支えになっていると確信した。
 トウガとカノンのことを気にしたまま、ハヤト、アイリ、あかりはマンションに戻ってきた。あかりと別れた後、ハヤトはアイリと一緒に自分の部屋に来た。
「カノンさんとトウガさん、大丈夫かな・・・?」
「体のほうは問題ないと思うけど・・心のほうは・・・」
 トウガとカノンの心配をするハヤトとアイリ。揺れる心境のまま、2人はベッドの上に横たわった。
「アイリたちはカノンさんを任せていいか?トウガはオレが相手をする・・」
「ハヤト・・トウガさんと戦うつもりなの・・・!?」
「向こうが攻撃してくるようなら・・戦うのはマジで最後の手段だけど・・・」
「カノンさんもトウガさんも悪い人じゃない・・自分たちを守ろうとしているだけ・・・」
 トウガとカノンのことを考えていくハヤトとアイリが、複雑な気分を感じていく。
「全部を守れるわけじゃないけど、そう考えるのだけでもわがままになるのかな・・・」
「わがままでも、悪いなんて言わせるか・・守られなくていい人なんていやしないんだから・・・」
 アイリとハヤトが思いを口にして寄り添い合う。2人は互いに抱擁の中で心地よさを感じていく。
「オレはお前を守りたい・・あかりもみんな守りたい・・あの2人だって救ってやりたい・・・!」
「私も・・みんなが幸せになってほしい・・そして、ハヤトといつまでも一緒にいたい・・・!」
 正直な思いを伝え合い、ハヤトとアイリは口付けを交わした。2人はさらに深い抱擁を交わし、さらに交わっていく。
 アイリから唇を離すと、ハヤトは改めて彼女を抱きしめた。
「今日現れたアイツは、トウガとカノンさんを狙っている・・アイツは相手を苦しめることだけを喜びにしている・・・!」
 ギルのことも考えて、ハヤトが深刻な面持ちを浮かべる。
「少なくても、ああいうヤツの好きには絶対にさせちゃいけない・・何が何でも止めないと・・!」
「ハヤト・・・何度も言うことになるけど、無事に帰ってきて・・・私、これからもハヤトとこうしていたいから・・・」
 1つの決意をするハヤトに、アイリが願いを送る。
「もちろんだ・・それはオレの願いでもあるからな・・・」
「うん・・・」
 ハヤトも願いを口にして、アイリも微笑んで頷いた。2人は再び唇を重ねた。
 自分たちの心地よさをこれからも感じ合っていきたい。ハヤトもアイリもそう思っていた。
 
 
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